狩人話譚

□ ボクとワカ旦那さん[4] □

ボクととある友達【2】

 シナト村を経由して天空山へ。天空山にいるということは、既に採取ツアーに参加しているハンターなのだろうか。それともリエンがお世話になったアイルーの里が他にもあったのかもしれない。もしかしたら野生のアプトノスを手懐けているのかも。色々想像を膨らませながら歩いていると、朝市さんはその友達との出会いを語り始めた。

「あん時は俺がまだ駆け出しハンターの頃やったな。ジンオウガに襲われているところを見つけたんだ。なんとか助けてやりたかったんやけど、俺の実力じゃどうにもできなくて返り討ちに遭ってしまった」
「それで、その友達は」
「残念やけど、ジンオウガに連れ去られた。たぶんあのまま……。」
「それじゃ友達って……?」
「ちゃんと続きがあるから聞いてくれ。その直前に、俺はジンオウガに殺されそうになった。けれど親が俺を助けてくれたんだ。
 俺が助けようとしていたことを理解してくれたのかもしれん。だから今も親と交流があるよ」
「……??」

 ジンオウガに襲われた友達は連れ去られてしまい、悲しい結末を迎えてしまったらしい。だけど朝市さんの『友達』が未だに人間なのかすらわからないし、そもそもこの話では友達は既にこの世界のどこにもいないことになってしまう。

 不思議な話を聞いている内に天空山の西側にある一部の天井が突き抜けた洞窟に着いた。どこにも生き物の気配は無い。友達とやらは一体どこにいるのかときょろきょろしていると、朝市さんは空を見上げて手を振った。すると少しの間を置いて何かが羽ばたく音がぽっかりと開いた天井から聞こえ始めた。
 逆光でよく見えないけど翼をバサバサとはためかせている。鳥にしてはとても大きい。よく見れば尻尾もあって……と少しずつシルエットがハッキリ見えてきて正体を悟ったボクは唖然とした。もちろん隣にいたワカ旦那さんも。

「紹介するよ。リオレウスの子ども、【ちび助】だ」

 朝市さんの傍に降り立ったのは、小さなリオレウスだった。

 ボクらが対峙するあのリオレウスより鱗の色が鮮やかで、体も小さい。小さいといってもイャンクックぐらいの大きさはあるし、開いた口の中にはギザギザと尖った牙が生え揃っている。けれど、どこか人懐っこい目をしていた。
 人とモンスターが仲良く寄り添っている、そんな現実を目の当たりにしてワカ旦那さんはとても驚いていた。信じられないと言わんばかりにハチミツ色の目が大きく見開かれている。

「リオレウスの子ども……!? どういうことだ、市」
「さっきの話の続き。あの後夫婦はまたタマゴを産んだみたいなんだ。どうやら俺のことを気に入ってくれたみたいでさ、こうして仲良くしているんだ」
「……つまり、アンタはリオレウスの子どもを助けようとして返り討ちに遭ったところを親のリオレウスたちに救われて、その後産まれたこのリオレウスがお前の“友達”ってことか?」
「そういうこと」

 ちび助は甘えるような鳴き声を出して朝市さんをお兄さんのように懐いている。モンスターと心を通わせる人がいるなんて本当に驚いた。ましてや【空の王者】と呼ばれるリオレウスが人間に懐くなんて。

「安心するニャ、旦那がいるからワカ殿にもモーナコにも危害を加えるようなことはしないニャ」
「そういう問題じゃない! モンスターと親しくなるなんて危険すぎる!!」
「ワカ君……?」

 ワカ旦那さんの叫び声は、怒りの他に何か別の感情が入り交じっているに感じた。ボクですらあまり見ないワカ旦那さんの態度に朝市さんもおちびも、ちび助までも不思議そうにワカ旦那さんを見つめている。

「子どもの内は懇意であっても、いずれ野生の血が蘇る可能性がある。それに、この狩猟場をギルドが管理していることはわかっているだろう? もしモンスターを従わせていることを知られてしまったらこのリオレウスだけじゃない、市とちびの立場も危なくなる」
「大丈夫、親のリオレイアとリオレウスも俺のことを信頼してくれている。それにここはギルドの飛行船が入れない場所だから、こうして会っていることはバレんし」
「旦那の言う通りニャ。ちびレウスは自分たちを心から信頼しているニャ、野生化して襲ったりなんかしないニャ」
「そんな認識じゃ甘いよ、ちび。この天空山には今もたくさんの脅威がある。そのために多くのハンターが入山してくるから、このリオレウスにも危機が迫ることがあるかもしれない。市たち以外のハンターから殺気を向けられた時、一体どうなるか……。」

 冷たい声で語りながらワカ旦那さんがちび助を睨むと、ちび助は面食らったような顔をして長い首を少し引いた。ワカ旦那さんの言った殺気を感じ取ったのかもしれない。何より、この重々しい空気を。

「旦那、ワカ殿に紹介したのは間違いだったニャ。真面目そうなハンターだから大丈夫だと思っていたけど、真面目すぎて頭がカチカチニャ」
「ワカ君が何と言おうと、俺たちはちび助を信じる。絶対に」
「…………。」

 首を横に振っておちびが朝市さんに抗議をする。ワカ旦那さんの険しい目線はずっとちび助に注がれていて、ちび助もどうしたらいいのかわからないようで朝市さんに顔を向けて助けを求めるように小さく鳴いた。

「!!」

 だけどその瞬間、朝市さんの顔がさっと青ざめた。ちび助の首に手を置いて、急かすようにポンポンと叩いて声を荒げる。

「逃げろ、ちび助!! すぐに巣に戻れ!」

 何かを感じ取った朝市さんはちび助に命令を出した。ちび助はどうしてそんなことを言うのかと困っていたけれど、『行け!』と叫ぶ朝市さんを見てやむなく飛び去っていく。離れていくちび助を見届けると朝市さんは洞窟の入り口に目線を向けた。ワカ旦那さんもその視線を追う。

「……何か来るのか?」
「大型モンスターだ、まっすぐこっちに向かって来てる」

 朝市さんはモンスターの気配を察知したようで、ボクもワカ旦那さんもわからない内からモンスターの接近に気付いたみたいだ。身構えていると、やがて遠くから足音が聞こえてくる。ドドッ、ドドッと大地にリズムを刻むこの走り方は四つ足、そして天空山に生息するモンスターで該当するのは……。

「【雷狼竜ジンオウガ】!?」

 姿を見せたのは、既に雷光虫から雷のエネルギーを得て超帯電状態のジンオウガ。すぐに襲いかかるつもりはないようで、余裕があるのか悠々とボクらを見下ろしている。

「なあ、市。さっきのリオレウスの兄弟をさらったのは、ジンオウガだったんだよな」
「……そうやけど」
「ジンオウガの嗅覚はかなり優れているから、俺たちを狙うならもっと前に接触しているはず。恐らくこいつの目的は、あのリオレウスだ」
「えっ、ちび助を!?」
「そこまで執着するほどの因縁があるのかもな」

 そう言ってワカ旦那さんは王牙琴に手をかけて肩に乗せる。狩猟態勢に入ろうとしていることに気が付いた朝市さんが慌てて狩猟笛に手を乗せた。

「待ってくれ! まさかこのジンオウガを狩るつもりなんか!?」
「こいつも捕獲する、と言いたいのか?」
「そうだ、ジンオウガだって自然の中で生きているから」
「俺はこいつを狩るよ」
「ワカ君、どうして!」

 狩猟をさせまいと両手でがっしりと狩猟笛を押さえられワカ旦那さんは顔を悲しげに歪ませる。頑固なワカ旦那さんに実力行使で制止にかかるハンターも珍しい。

「俺が狩るのはアンタの“友達”を守るためだ。もしジンオウガを捕獲しても再びこの山に返される可能性があるのなら……俺は友達の身の安全を確保するために戦って、討伐する」
「そんなっ! でも、他に何か方法があるはず……!」
「それを今すぐここに提示できるか?」
「……っ」

 朝市さんが昨日話していた、捕獲したモンスターが野生に戻される可能性。それが逆にちび助を脅かしてしまうことをワカ旦那さんは推測していた。

 人ではなく、モンスターのためにモンスターを狩る。初めて見るワカ旦那さんの行動だった。

 ジンオウガはまだボクらの様子を窺っているけれど、そろそろ臨戦態勢に入りそうだ。ボクとおちびはジンオウガにも気を配りながらそれぞれの主を見やる。意見が食い違う主たちをすぐに手助けできるように。
 ワカ旦那さんは狩猟笛を背に戻すと朝市さんに顔を向ける。悲しみを帯びたハチミツ色の目が今にも泣き出しそうに見えた。

「市……アンタは優しすぎるよ……。」

 そう言うとワカ旦那さんはジンオウガの前に出て自分の兜に手を添える。何をするのかと思いきや、兜を外して素顔をジンオウガに晒した。ハチミツ色の目が雷狼竜を静かに見つめる。

「俺にはこいつを狩らなくちゃいけない理由がもう一つある。……ジンオウガ、俺の顔を覚えているだろう?」
「!!」

 まさか、と息を飲んだ。ジンオウガはワカ旦那さんの顔をじっと見て、何かに気が付いたようにハッと突然表情を変えて鼻息を荒くした。兜を被り、ジンオウガをじっと見据えながらワカ旦那さんは冷静に指示を出す。

「市、ちび。二重床のエリアを経由してベースキャンプに逃げてくれ。そして救助要請を出してほしい」

 ワカ旦那さんをターゲットにしたジンオウガが身を低くして飛びかかる。その動きを先読みして回避すると、ワカ旦那さんは洞窟の出口へ走っていく。

「こっちだ、ジンオウガ! アンタの子どもを“殺した”のは俺だ! 俺を喰らいに来いっ!!」

 ジンオウガに言葉が通じているかはわからないけれど、挑発するように出口で叫ぶとそれに反応してジンオウガは目の前にいるボクらを無視して再び身を屈めて駆け出す。ボクも走り去るワカ旦那さんとジンオウガを追いかけようとしつつも振り返り、どうにかこれだけは伝えようと叫んだ。

「お願いですニャ! ワカ旦那さんを助けてくださいニャ!! 今のワカ旦那さんは……」

 ジンオウガの咆哮が響く。もうダメだ、説明をしている暇は無い。朝市さんはワカ旦那さんの発言にショックを受けているのか、それとも悩んでいるのか呆然と立ち尽くしているけど、おちびが救助要請を出してくれることを信じてボクも洞窟を飛び出した。



「ワカ旦那さん!!」
「ナコ! 金色石がある道……こっちの方角でいいんだな?」
「そうですニャ、そっちに行けば朝市さんたちも安全に移動できますニャ」
「わかった」

 ジンオウガの繰り出す攻撃を必死にかわしながら、ワカ旦那さんは煽るように右手を大きく振り意識を向けさせる。完全に囮となって動くワカ旦那さんに、怒りを爆発させたジンオウガは引き込まれるように洞窟のエリアから離れていく。
 雷の響くエリアから段差の多いイーオスのたまり場へ。今回もイーオスがいたけれど、ジンオウガの出現によって端で威嚇するだけに止まっている。ドスイーオスの乱入が無いことを祈るばかりだ。
 ワカ旦那さんが王牙琴を肩に担ぐ。その笛の素材が仲間のものと気づいたのか、ジンオウガが口を大きく開いて雄叫びをあげた。攻撃の隙を見計らいながら移動速度を上げる旋律だけは奏でたけれど、素早くて激しい攻撃をかわしながら他の旋律を揃えるのはかなり厳しい。
 ならば、と攻撃に転じたようだけどジンオウガの弱点である頭に命中した一撃はあまり効いていないようで、反撃といわんばかりに飛び出してきた雷をまとった爪を転がって回避する。ボクもワカ旦那さんも、この状況が最悪のものであることを実感した。

「やっぱり、同じ雷の力じゃそう威力は無いよな」

 遺跡平原でティガレックスとかち合ったときとは正反対の、相性が最悪の組み合わせ。雷の力を持つジンオウガに雷の力をぶつけても大したダメージにならない。こうなると武器そのものの攻撃力に委ねるしかないけれど、その重量から大振りに振るう攻撃しかできない狩猟笛の性質とワカ旦那さんの攻撃ペースではどれほどの時間を要するか検討がつかない。
 だからこそ朝市さんの力を借りたかったけれど、もう願う余地は無い。ボクとワカ旦那さんでどうにか救助要請が受理されて助っ人が来てくれるまで時間稼ぎをするしかなかった。

「ナコ、お前もベースキャンプに戻るんだ」
「何を言っていますニャ! ボクもワカ旦那さんと一緒に戦いますニャ!」
「この間の狩りのことを忘れたか!? 俺はもうお前にあんな傷を負わせたくないんだ。だから、お前だけでも……!」

 雨が降っている中で浴びたジンオウガの雷撃。穴に潜って撤退する力さえ失ってしまうほどの大ダメージだった。ボクの油断が原因だったのに、ワカ旦那さんは今でも自分のミスだと思っているようだ。
 けれどボクは絶対にこの場から離れたくなかった。ハビエルさんから聞いたヒナさんの最期を思い出してしまったから。動ける仲間に救助要請を出し、助けが来る寸前にグラビモス亜種の熱線で胸を貫かれたヒナさんの棺の上で大粒の涙をこぼして泣いていたワカ旦那さんの痛々しい姿は、今もこの目に焼きついている。
 きっと今のワカ旦那さんは村の宿命なんて意識していないのに、また無意識の内に人のために命を懸けて動こうとしている。ボクはオトモアイルーとして三度そんな無茶をさせるわけにはいかなかった。

 命令を無視するボクに構う暇も無くなったのか、ジンオウガの猛攻をかわしながらカウンターを当てていく持久戦へ変わっていく。いつもならダメージを与えていくとジンオウガが怯んで雷光虫が背中から離れるのに一切それが見られないのは、ワカ旦那さんが雷の力で攻撃することによってジンオウガに力を与えてしまっているからのように見えた。
 ワカ旦那さんは一旦一つのことに集中するとそれ以外があまり目に入らなくなる。だからボクはワカ旦那さんの周りにも気を配っていたのだけど、ジンオウガの攻撃に気をとられている隙を狙われてしまった。

「うっ……!?」

 ワカ旦那さんの背後にいたイーオスが茶化すように毒の原液を吐きかけた。露出している腕の傷から毒が直接入り込み、ワカ旦那さんの体力を奪っていく。
 毒自体はボクの解毒笛ですぐに治せる。それよりもっと危険なことは、この一瞬の隙を同じ狩人であるジンオウガに付け入られてしまうことだった。バランスを崩して膝をついてしまったワカ旦那さんが毒によって青ざめた顔を上げると、右腕を思い切り降り上げたジンオウガの姿。

 ジンオウガの爪が、ワカ旦那さんを斬り裂こうとしている。

 どうやったらワカ旦那さんを助けられる?そう考えた瞬間ボクの視界に映るもの全ての動きが遅く感じられた。だけど頭の回転だけはそのままで、ボクは一生懸命頭脳をフル回転させた。

 解毒笛や回復笛を吹いている余裕は無い。飛び込んで割り込もうとしても間に合わない。プーンギを投げつけるなら、どこを狙う。弱点の頭は?右腕を上げているからこちら側からは狙えない。それならあの爪を……ダメだ、かなり高く上げられて届かない。
 ああ、時間が無い、どうしよう、どうしよう!!
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