狩人話譚

□ ボクとワカ旦那さん[4] □

ボクと兄弟たち【3】

 ネコの巣に避難すると、ワカ旦那さんはエイドさんをそっとおろした。大きな木に寄りかからせ様子を窺うと、落ち着いてきたのか辺りを見回している。脅威が目の前から去ったので正気を取り戻したみたいだ。エールが心配そうにエイドさんを見上げた。

「エイド、落ち着いたニャ?」
「うん……ごめん。アタシ、おかしくなっちゃって」
「過去の狩りのことがフラッシュバックしてしまったんだ、しょうがないさ」

 ネコの巣はティガレックスが入り込める広さではないので安心して体を休めることができる。回復笛を吹いて傷を癒すと、兜を外し狂竜ウイルスの侵食を抑えるためにウチケシの実を口にするワカ旦那さんを見たエイドさんが何かに気が付いて血相を変えた。

「ワカにいちゃん、その左腕……!」
「岩が直撃したけど防具で防ぎきれたから大丈夫。腕自体はこの通り平気だよ」

 ガンナーの左腕の防具は右腕に比べ厚みを増したものが多い。ヘビィボウガンに装着できるシールドには及ばないけれど、部位破壊された爪で抉った岩は通常よりも小さくボウガンの弾で細かくできたので、なんとか防具だけで凌げた。攻撃手段を変えようと睡眠弾から別の弾に変えていて良かったとワカ旦那さんは語った。
 防具の見た目はボロボロでも怪我が無いことを左手を動かしてアピールしたけれど、エイドさんの目にじわりと涙がたまっていくのを見てボクらはうろたえてしまった。ここまで弱気なエイドさんを見たことが無かったから。

「やっぱりダメなハンターやね、アタシ。迷惑ばかりかけてなんも変わってない。エール、ごめんね。カトレア姉やんに鍛え直してもらわんと」
「何を言うニャ! まだ討伐に失敗したわけじゃ……」
「カトレア姉やんは完璧主義の信条に釣り合うハンターの腕前があって、イオシス姉やんは人に狩りの技術を教えるのが上手やし、ウィルソン兄やんはあちこちを旅する体力があって世渡りするのも得意で……、アタシはなんにもできひん。姉やんも兄やんも尊敬しとるよ、それに引き替えアタシは」
「エドちゃん、卑屈になっちゃ駄目だ。今はティガレックスを狩ることを考えよう」
「ワカにいちゃんは本当に頭がええよね。ティガレックスに弾を何発当てたら麻痺させられるかなんて、いつもは狩猟笛を使ってるのによう覚えていてすごいやん」

 どんどんマイナスの方向に考えが向かってしまっているのか、エイドさんが俯いてしまった。その拍子にぽろりと涙がこぼれ、固く握りしめる拳の上に落ちる。そんなエイドさんを見かねてワカ旦那さんは座り込んだままのエイドさんを抱きしめた。強張ってしまった体を安心させようと、静かに呟く。

「ミサ姉の立ち回りはハンターとしてG級並だし、フェイ兄はコミュニケーション能力に長けている。リウ兄は俺よりもっと広い分野にかけて博識だよ。たとえ血が繋がっていなくたって俺も兄弟を尊敬してる。俺も自分に何ができるのか真剣に悩んだことがあるから、気持ちはわかるよ。人には得意不得意が必ずある。だから悩んでいないで得意なことを生かせってフェイ兄に言われたんだ。受け売りになってしまうけど、得意なことを見つけて伸ばせば自信がついてくる。自分を見捨てちゃいけないよ」

 エイドさんの目からまた涙が溢れ、すがるようにワカ旦那さんの背に手を回す。優しくエイドさんの背中をさすってあげると、やがて感情をカバーできなくなったのかしゃくりあげるように体を震わせた。

「俺は毎日が雪に閉ざされた村でひたすら本を読んでいた。同じ本を毎日、何回も。それで記憶能力を強めたのかもしれない。だけど俺は時間の経過を把握できない。三日を越えたらあとは一週間も一ヶ月も同じだ、ナコに管理をしてもらわなくちゃみんなとの約束の日もわからなくなってしまう。エドちゃんはどんなモンスターにも立ち向かえるハンターの知識と腕、何より一人でも努力し続けた強い意志があるじゃないか。俺は自分の意志を持たないで、村の掟に従って生きることしか考えていなかった。今もそうだ、ナコが一緒にいて生活が成り立つし、ヒナのことはまだ引きずってる。約束したのに一度も守ることができなかったことを悔やんでるよ」
「ワカ、にいちゃん……アタシ、」
「今から頑張るんだよ、エドちゃん。俺は宿命に従うんじゃなくて、自分の意志でみんなを守りたい。ここが正念場だ。あのティガレックスを狩ることができればきっと変わることができる」

 頭をなでるとエイドさんも手を離してワカ旦那さんと向き合う。涙の跡が残っていたけれど、新たに涙がたまることは無かった。目尻をぐいと拭うと、マカライト色の目に活力が戻った。

「ありがとう、ワカにいちゃん。アタシ、もう一度頑張る」
「うん、その調子だ」
「でもね、ヒナさんが心の中におるのに、アタシにこんなことしちゃあかんよ」
「……エドちゃんだから、こうしてあげたんだけどな」

 優しく微笑むワカ旦那さんの表情は、棺の中で眠るヒナさんに向けたものと全く同じだった。それぞれの武器の具合を確かめ、準備を整えると武器を背負い洞窟の方角を見つめる。

「エドちゃん、ティガレックスは今どこに?」
「……さっきと変わらんね、あの洞窟の中におるみたい」
「よし、行こう」

 互いに頷いて洞窟に向かって走り去る二人に置いていかれないようボクとエールも追いかける。走りながらエールがぼやいた。

「さっきの空気、完全にボクらのこと置き去りにしていたニャ」
「ニャ、そうですニャ」
「ワカ坊ってば大胆なことをするニャ。ボクもハビエルにぎゅっとしてもらったらヘブン状態になってそのまま昇天しちゃうニャ」
「死んだらダメですニャ、エール!?」

 エイドさんが再び立ち上がってくれたことで、ボクらの気力も戻った気がする。これなら、きっとあのティガレックスを狩ることもできると強く信じられた。



 不気味なカブレライト色に染まったティガレックスを見つけ、臨戦態勢に入る。ボクらに気が付いたティガレックスが勢い良く飛びかかってきたので全員さっと散って反撃に転じた。エールがボクにこちらへ来るようジェスチャーを送ったので近寄ると、大技の提案をされた。

「モーナコ、合体技を使うニャ」
「こ、ここでですニャ?」
「足止めをしてエイドたちに攻撃するチャンスを与えるニャ!」

 エールと手を合わせ、地面から小さなどんぐり型ロケットを掘り起こす。急いでロケットにしがみつくと、噴射を始めよろよろと不安定ながらも宙に浮かび上がった。その間ティガレックスはワカ旦那さんたちに気が向いている。これなら狙える!

「【ネコ式突撃隊】、行くニャーー!!」
「ウニャニャー!」

 ブレーキをかけて体を止めたところめがけて一直線に突撃する。背中にロケットをぶつけ、そのまま背中に飛びついた。本来は頭部に乗りたいけれどエイドさんの曲射に巻き込まれる恐れがあるのと爪が届きそうなのでエールと共に背中を狙ったのだった。
 鬱陶しそうに頭を振ったり暴れるティガレックスにエイドさんが矢を当て、ワカ旦那さんは地面に何かを仕掛けている。罠かもしれない。やがて背中にいるボクらを潰そうと身を翻す動きを見せたので飛び降りた。
 背を床に叩きつけて起きあがったティガレックスの目の前にはエイドさん。目が合ったけれどエイドさんは決して怯まず、ティガレックスを睨み返した。ボクらが足止めをしている間にティガレックスの背後に回りこんだワカ旦那さんが声をあげる。

「エドちゃん! そのまま背を向けてまっすぐ走るんだ!」

 エイドさんが弓を背負って走り出したのと、ティガレックスが前脚で強く地面を蹴りだしたのはほぼ同時だった。エイドさんは言われた通りまっすぐ走り、その後ろをティガレックスが追いかける。狂竜化のせいもあってティガレックスの突進スピードは上がっている、このままでは追いつかれてしまう!
 そう思った瞬間、ティガレックスが地面に飲み込まれた。ワカ旦那さんの仕掛けた落とし穴に引っかかったみたいだ。走る途中で落とし穴に気づいたエイドさんはもがいているティガレックスを確認すると弓を引く。
 ティガレックスの背後ではワカ旦那さんが何かの弾を発射していた。蒼竜火砲では見たことの無い、着弾から時間差で爆発を起こす弾が速射で放たれる。特徴が該当するのは【徹甲榴弾】。それを連射で放つボウガンなんてあったのかと驚いた。

「穿てえええええぇぇぇぇっ!!」

 そこへエイドさんの鋭く勇ましい声と共に矢が降り注ぎ、ティガレックスが悲鳴をあげる。前脚をばたつかせてたまま力尽き、動かなくなった。洞窟がしん、と静けさを取り戻すと同時にエールが飛び上がって喜んだ。

「やったニャ、エイド!!」
「エ、エール……アタシがトドメを刺したんやね」
「そうニャ。もしかして覚えているニャ?」
「うん、ティガレックスが落とし穴に落ちた辺りから」

 駆け寄るエールに不思議そうな顔でエイドさんは語る。いつも狩猟モードになっているときの記憶は無いのに、この時だけは自分の意識をはっきりと持っていた。最後に曲射を放ったときの指先の感覚も覚えている、と。ボクとワカ旦那さんもエイドさんに駆け寄る。ワカ旦那さんは安心した表情でエイドさんに称賛を送った。

「狩りに対する恐怖心から身を守ろうとして現れた人格だったんだろうな。それをエドちゃんの気持ちが上回って、普段のエドちゃんの精神が浮上したんだ。おめでとうエドちゃん、間違いなくティガレックスはエドちゃんが狩ったんだよ」
「ワカにいちゃん……! エールも、モーナコちゃんもありがとう! また狩りの時に変わっちゃうかもしれんけど、なんとなくこれから少しずつアタシ自身が頑張れる気がするんよ」
「エイドが狩りでもこのままになるニャ? それは心配ニャ、トロくさいから」
「ええーっ!?」

 エールの一言に洞窟が笑いに包まれる。過去のトラウマを乗り越えたエイドさんは、とても清々しい表情をしていた。いつものおっとりした雰囲気の他に、どこか凛々しい印象も受けたのも気のせいではなさそうだ。



 集会所に戻るとカトレアさんたちが迎えてくれた。カトレアさんの手には既にギルドからの通達が握られていて、エイドさんがティガレックスを討伐したことが記されていた。

「ギルドから報告をもらったわぁ。やるやないの、エイド」
「あ、ありがと、カトレア姉やん」
「いつになく正直に言ったね、カトレア姉さん」
「カトレアはスパルタ教育方針だけど同時に過保護だからね、気にかけてたんでしょう」
「聞こえてるでぇ、二人とも」

 ウィルソンさんとイオシスさんの発言から、カトレアさんもエイドさんが今後ハンターを続けていけるのか心配していたのだと知った。厳しくも温かく見守っていたようだ。そしてそれに応えたエイドさんを見て満足げに微笑んだ。

「その様子なら大丈夫やねぇ、ほなら私たち観光も済んだしそろそろ村に戻るわぁ」
「えっ、もう行っちゃうん?」
「私は村に育成中のハンター見習いがいるから。ウィルソンもここを出るのよね?」
「うん、今度ドンドルマに新しい施設ができるそうだからそれの下見に」
「そっかぁ……会いに来てくれてありがとうね、みんな」
「頑張ってるエイドの姿を見られて本当に嬉しかったわ。元気でね、その内手紙送るから」

 イオシスさんがエイドさんを優しく抱きしめる。背後から『そろそろ行くでぇ』とカトレアさんが声をかけたので抱擁を解いたイオシスさんが突然冷めた声で爆弾を投下した。

「せやね、行きましょうか……【ガトレード】」
「ちょっ、ちょっとイオシス姉さん……!?」
「せっかくエイドがお世話になってる友達に、嘘をついたままお別れしたくないじゃない。ねえ、ガトレード“お兄さん”?」

 ガトレード……お兄さん?ボクもワカ旦那さんもエールも固まってしまう。だって目の前のカトレアさんはどう見ても女の人だ。声もちょっと低めだけど女の人の範囲だし、装備だって女性用のを着こなしている。

「おんどれなぁ……」

 だけどくるりと振り返ったカトレアさんから発せられた声はワカ旦那さんよりも低く、ぎょっとしてしまった。女の人で野太い声を出せる人なんてまずいないはずだから。

「ガトレード、ノリノリで女装して周りを勘違いさせて面白がるのも大概にしとき?」
「あ、あのウィルソン……それって」
「えーとですね、ごめんなさい。カトレアって名前は偽名で本名は【ガトレード】、男なんです」
「おい貴様、何バラしとんじゃ」

 ギロリと睨むカトレアさんは食事会の時にミサさんとはしゃいでいた人と同一人物とは思えないほど豹変していた。エイドさんはもちろんわかっていながら黙っていたのだろう。女性装備を着こなしてハンターをしているだけで中身はれっきとした男性だからとウィルソンさんから変なフォローをされたけど、それでも不思議なことする人だと思う。
 最後の最後に正体をバラされて不満を爆発させたカトレアさんは、突然ワカ旦那さんに近づくと兜を外しハチミツ色の目を睨みつける。驚いて目を丸くしたままのワカ旦那さんに、カトレアさんははっきりと告げた。

「おい金眼野郎、エイドに手ぇ出したら容赦せぇへんで。これからもしっかり守ってやり」
「え? は……はぁ」

 矛盾しているような言いつけに曖昧な返事をしたワカ旦那さんに乱暴に兜を被せ、ずかずかと歩き去ってしまうカトレアさんをイオシスさんが追う。途中で振り返って笑顔で手を振ってくれたのでボクらも手を振って見送った。
 残されたウィルソンさんもここを去ろうとしたけど、2人の兄弟と距離が開いたことを確認してこっそりエイドさんが故郷を離れた後のことを教えてくれた。

「兄さんはあれでもエイドちゃんを心配しているんです。エイドちゃんが家出した後、真っ先にエイドちゃんを追いかけようとしたんですよ。一人じゃ心配だからって。みんなで説得してエイドちゃんを自由にさせたんだけど、結果的に頼れる仲間に出会えたみたいで良かった。ワカ君、エイドちゃんをよろしく。兄さんも本当はそう言いたかったんだと思います」
「ウィルソン兄やん、そうやったん?みんなアタシのために黙ってそのままにしてくれたんね」
「母さんは自信を持たせるために、あえてエイドちゃんを旅立たせたんだ。きっと大丈夫だろうって。その努力は証明された、これからも頑張ってね」

 そう言い残してウィルソンさんもバルバレを去った。最後にとんでもないことを言われて驚いたけど、エイドさんを大切な末っ子として心配していたのは兄弟全員そうだったと知って安心した。

「エドちゃん、あのお兄さ、いや、おね……? とにかく、すごいな」
「ごめんね、ワカにいちゃん。怒られそうだから黙っとったんよ」
「い、いや俺は構わないけど。ふう、なんだかひと段落付いたら腹が減ったな」
「せやね。ハビおっちゃん、おるかな? お肉焼いてくれたら嬉しいんやけど」
「もしテントにいたら俺から頼み込むよ。エドちゃんが試練を乗り越えたお祝いをしてほしいって」
「あっ、ハビエルの所に行くならボクも行くニャ!」

 ハビエルさんとトラフズクさんがいるテントに向かうワカ旦那さんを、ハビエルさん会いたさでエールもついていく。エイドさんはお兄さんとお姉さんが去った方向をじっと見つめていた。お別れを惜しんでいるのかなと思っていると、ワカ旦那さんとエールに目線を向けて小さな声でつぶやいた。

「ありがと……“ワカ”」
「どうかしましたニャ? エイドさん」
「えっ!? な、なんでもないんよ! エールとワカにいちゃんに置いてかれちゃうやん、行こ」

 聞き間違いだっただろうか。いつも『ワカにいちゃん』と呼んでいるのに、この時だけ愛おしそうにワカ旦那さんの名前だけを口にしていたように聞こえた。
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