狩人話譚

□ ボクとワカ旦那さん[4] □

ボクと兄弟たち【2】

 エイドさんはもちろん弓に用いるビンの調合を知っているけれど、ワカ旦那さんもミサさんが弓を使うことがあったのでその手伝いでレシピを暗記していたようだ。別々のビンをつくりながら、狩りの作戦を立てていく。

「ティガレックスは直進に走るから、回避は余裕をもって行動すれば間に合う。俺が麻痺弾、睡眠弾でサポートをしていくから、エドちゃんは曲射で頭部を狙ってほしい。このボウガンは毒弾が装填できないから毒ビンも準備してもらえると助かるな」
「ええよ。こっちも強撃ビンが入れられんから、お互いにサポートせんとね」
「エイド、閃光玉も持っていくニャ。ワカ坊はノーコンだから任せられないニャ」
「相変わらず痛いところを突くな、エールは。閃光玉は足止めになるし、持っておいて損は無いから頼むよ」
「うん」

 手際の良いワカ旦那さんが先に調合を済ませたのでエイドさんの分の調合も手伝い、すぐに終わった。するとエイドさんが棚から何かを取り出す。何だろうと思って眺めていると、それはモンスターの鱗で覆われた小さな壷。見覚えがあるのかワカ旦那さんの目つきが少し怪訝なものに変わった。

「ワカにいちゃんの手ってすごいガサガサしてるんやもん。アタシからのお礼のつもりでこれ、塗らせて」
「エドちゃん、それってもしかして」
「うん? ハンドクリームやけど」
「…………。」
「その、嫌ならええよ。バラの匂いするから苦手かもしれへんし」
「……いいや、お願いするよ」

 すっとワカ旦那さんの右手がエイドさんの前に差し出される。調合の具合を直に確かめるために素手で調合を繰り返すことを何年も繰り返してきたワカ旦那さんの指先はガサガサしているけど、ボクはそんなワカ旦那さんの手が好きだった。仲間のために尽くした手は、かつてはボクの命も救ってくれたのだから。
 エイドさんの褐色の指がワカ旦那さんの白めの指に絡みながらクリームが塗られていき、ふんわりと花の匂いがテントに香る。その間誰も一言も口を開かなかった。指先を見つめるワカ旦那さんのほっぺたがほんのり赤くなっていたことに気が付いたけれど、それでも何も言わずに静かな時間を過ごした。

「ありがとう、エドちゃん。まだ時間があるから加工屋に行こう」
「えっ、なんで?」
「その弓はもう少し強化できるはずだ。ミサ姉が使ってる弓はクイーンブラスターを強化したものだから、リオレイアの素材があれば強化できる」
「そっか、練習にしか使わんかったから強化してへんかった。行こ、ワカにいちゃん」

 二人は立ち上がってテントを出ていく。武器の強化をするだけだからボクらオトモアイルーは留守番でいいだろうとボクもエールも判断した。エールの表情を伺うと、目が合う。ちょっと不満そうなのは、先ほどのエイドさんの話を心の中で反芻しているからだろうか。

「あんなこと、どうしてボクに黙っていたニャ。ボクにも何かできたかもしれないのに」
「ワカ旦那さんもでしたニャ。自分だけで背負って頑張ろうとして、結局追い込んでしまっていましたニャ。エール、エイドさんをボクらで一生懸命支えましょうニャ」
「言われるまでもないニャ。あの暴れん坊をきっちりと仕留めてやるニャ」

 シュッシュッと拳を突き出してやる気満々みたいだけど、エイドさんがティガレックスに立ち向かったことが無いためモンニャン隊の経験だけが頼りになる。負けん気の強いエールだから、そんなハンデなんて吹き飛ばしてしまうだろうけど。
 少しの時間をおいて、ワカ旦那さんとエイドさんが戻ってきた。エイドさんの手にあったクイーンブラスターはワカ旦那さんの瞳のような綺麗なハチミツ色に変わっていた。嬉しそうな笑みを浮かべてエイドさんがエールに生まれ変わった弓を見せた。

「クイーンブラスターの最終強化がこの【月穿ちセレーネ】なんやって。一度だけ希少種のリオレイアを狩ったことがあって良かった」
「月を穿つなんて強そうな名前ニャ」
「これで準備は万端だな、俺たちはテントに戻るよ」
「本当にありがとね、ワカにいちゃん。明日もよろしく」
「ああ、おやすみ」

 ガンナーのハンターだけで狩りに挑むのは初めてだ。ワカ旦那さんにはエールと共に適度に動き回ってティガレックスの気を引くように言われている。エイドさんのためにもワカ旦那さんのためにも、頑張らなくちゃと気を引き締めた。



 冷たい風が吹く氷海に着き、白い息を吐きながらエイドさんはホットドリンクを口にする。エイドさんはゲリョスの素材でつくられたガンナー防具を着ていた。以前愛用していた剣士用の防具とデザインに違いが無いように見えたけど、頭防具がよく見ると顔以外をすっぽりと覆うようになっている。
 ナバケ村育ちの影響でホットドリンク要らずのワカ旦那さんは、大鬼ヶ島に弾を装填するとエイドさんにボウガンを構えたまま声をかけた。思わぬ行動にエイドさんも目を丸くする。

「エドちゃん、そのまま動かないで」
「ワカにいちゃん、何するん?」
「鬼人弾と硬化弾を撃つ。効果はかなり長いから今撃った方がいいかと思って。回復弾と同じで衝撃で中の粉末がばら撒かれるようになってるから、痛みは無いよ」

 そう言いエイドさんの右腕に二発弾を撃つ。言った通り痛みは無いようで、エイドさんも不思議そうに腕に触れている。これで準備が整ったので、ボクらはベースキャンプを発った。
 モンスターの位置を勘で把握できるエイドさんがいるので、どこにティガレックスがいるかは既にわかっている。かつてジンオウガ亜種とワカ旦那さんが対峙した急な斜面のエリアだ。

 モンスターが近くにいることを察したのか避難を始めた家族連れのポポを横目に氷の壁を上りきると、急勾配のてっぺんにハチミツ色の巨体が見えた。エールとアイコンタクトをとると、一気に坂を駆け上ってティガレックスに注意を逸らす。大きな口を開けて咆哮を放つけど、ボクには聴覚保護の力が備わっているしエールも距離があるため動きを縛られることなく身構えた。

「うおおおお! タマ獲ってやらぁぁ!」

 ティガレックスの咆哮に反応してエイドさんの狩猟モードにスイッチが入った。仲間がいる安心感からなのか、恐怖で動けなくなってしまう事態は避けられたみたいでほっとする。
 ぐいと弓を力強く引き、溜めて放つと空中で矢がまとまって落下する。あれが【曲射】なのか、と思いながらボクとエールはティガレックスの爪を狙った。ワカ旦那さんはティガレックスの突進を避けては確実に弾を撃っている。装填数が少ないため慎重に狙わなくてはいけないと昨晩話していたことを思い出した。

「次で麻痺する! ナコ、こっちを振り向かせてくれ」
「ハイですニャ!!」

 ガララプーンギをブーメランのように投げ、わざとティガレックスの視界に入ってワカ旦那さんとエイドさんがいる方向へ走る。つられるように頭を向けさせた瞬間、ティガレックスに麻痺弾が直撃して動きを止めた。

「ナイスや、ワカ! いくでぇぇ!!」

 狩猟モードのエイドさんは口調もガラリと変わるのでワカ旦那さんのことも呼び捨てになってしまう。慣れてしまったのかワカ旦那さんも気にしなくなり、毒ビンを射るエイドさんの後ろで麻痺弾の調合を行っていた。調合速度が早いからこそできる芸当だ。
 麻痺から解放されたティガレックスがバックジャンプをして、体に赤い筋を浮かび上がらせる。怒りだしたサインだ。轟音で吼えると突進の速度も上がり、ますます攻撃に慎重にならなくてはいけない。体の小さいボクらは簡単に巻き込まれてしまうから。

「ニャッ!」
「エール!!」

 急な方向転換に回避が間に合わず、エールに降りおろされた腕が直撃する。寸でのところで武器を構えて軽減させたけれど、勢いに負けて吹き飛ばされてしまった。突進した先に立っていたワカ旦那さんたちは回避できたので、ボクはすぐに回復笛を吹いてエールの傷を癒す。

「助かるニャ、モーナコ」
「どういたしましてニャ」
「おんどれぇ、アタシの仲間に……! 許さねえぇぇ!!」

 エールが傷つけられたことに怒ったエイドさんが曲射を放つ。ワカ旦那さんは再び麻痺弾を装填させてティガレックスに当てていき、またティガレックスの動きを止められたので攻撃のチャンスが生まれた。

「さっきのお返しニャー!」

 エールが大きめのタル爆弾を持ち上げ、ぶん投げると爆発と共に右脚の爪がバキリと音を立てて欠けた。次は左脚の爪を狙おうとして左側に回ったところでティガレックスの麻痺が解けて、飛び上がった。移動を確認するとワカ旦那さんは大鬼ヶ島を背負いボクを呼ぶ。

「隣のエリアに移動したか。ナコ、回復笛を頼む」
「わかりましたニャ」
「あ、あのワカにいちゃん」
「エドちゃん。大丈夫、順調に進んでいるよ」
「うん……。」

 ティガレックスがいなくなったことで狩猟モードから解放され普段のエイドさんに戻っているけれど、どこか不安そうだ。エールに『しっかりするニャ』と足をぺしぺし叩かれて苦笑いしている。

「毒一回に麻痺二回か。麻痺弾は切れたから次は睡眠弾を撃つよ。眠ったらエールの憤怒大タル爆弾の術で強烈な一撃を与えてやってくれ」
「大役ニャ、任せてほしいニャ」
「…………。」

 ワカ旦那さんとエールのやりとりを静かに見守るエイドさんの表情は暗いままだ。もしかしてエイドさんは感じ取っているのではないだろうか。前にもシャガルマガラを狩りに向かう寸前にワカ旦那さんに感じた命の危機を……。



 急勾配のあるエリアから氷の洞窟のエリアに移った。坂に苦しめられることは無いけれど今度は狭さが敵に回ったので回避に気を付けなくてはいけない。ワカ旦那さんは宣言通り睡眠弾を撃っていて、当たった箇所から煙があがっている。樹海でイャンガルルガの捕獲にも使っていたけれど、あの時より煙が濃い。弾にも強度の違いがあるらしいので効き目の強い弾を用いているのかなと思う。

「モーナコ、下がるニャ。様子が変ニャ」

 異変に気がついたエールがボクに制止の声をかける。ティガレックスの動きが鈍くなり、頭を大きく揺らして氷の床に沈んだ。ワカ旦那さんの睡眠弾で眠ったのかなと思い振り返ると、ワカ旦那さんがボウガンを構えたまま呆然と立っていてボクの予測は誤りだと知った。

「おかしい、まだ俺は二発しか撃っていない。四発は撃たないと眠りに落ちないはずだ。だからこれは――」

 じわじわとティガレックスの体に浸食していくカブレライト色のもや。エイドさんの話が蘇る。まさか、このティガレックスも……!

「いっ……嫌やあああああぁぁぁっ!!」

「エドちゃん!?」
「エイド!!」

 洞窟に響いた悲鳴にワカ旦那さんが振り返ると、狩猟モードではなく普段のエイドさんがぺたりと座り込んでいた。両腕を抱き、震えながら狂竜化したティガレックスを見つめている。過去と同じシチュエーションになってしまったことでパニックに陥ったのかもしれない。

「モーナコ、ボクらで気を引かせるニャ! 今のエイドは危険ニャ!!」
「わかりましたニャ!!」

 狂竜化と怒り形態という二重の脅威を持ったティガレックスは非常に手強い相手になった。移動速度が曖昧なためにタイミングがつかみにくい。突進を予測して横に飛ぶと突然動きをキャンセルするかのようにその場で突進をやめ、大きな体を回転させる。ボクもエールも回避が間に合わず弾き飛ばされてしまった。

「エドちゃん、しっかり! 俺たちがいる、怖がっちゃ駄目だ!」
「嫌や、アタシ、アタシには無理や! アタシ……怖い、嫌や……っ」

 態勢を立て直すと、青ざめた顔で震えるエイドさんの肩に手を添えてどうにか立たせようとするワカ旦那さんの後ろ姿が見えた。その二人にティガレックスが気付いてしまい、ボクは血の気が引いた。

「ワカ旦那さん!!」
「エイド!!」

 懸命に主の名前を叫ぶ。ティガレックスが地面を爪で抉って氷混じりの岩を弾き飛ばす。ワカ旦那さんは振り向きざまにボウガンで岩を迎撃したけれど細かく砕けた岩が直撃した。そのまま突進されてしまうと思いきや狂竜化した影響でティガレックスは正気を失っているのか、今度は誰もいない空間に向かって吠えている。今しかないと踏んだワカ旦那さんが行動に出た。

「ごめん、エドちゃん!」
「きゃあっ!?」

 ワカ旦那さんは武器を背負うとエイドさんを抱き上げて肩に担ぐ。驚いて悲鳴をあげつつも弓を手放さなかったことに気が付いてどこか安心した表情を浮かべつつも、すぐにハンターの顔つきに戻ってボクらに指示を出す。

「ネコの巣に避難しよう、早く!!」

 エイドさんの腰ポーチから閃光玉を出すと、ティガレックスのいる方向に向かって投げた……つもりのようだけど右にブレて壁に直撃した。それでも眩しい光が洞窟を覆い、ティガレックスの視界を焼くことには成功したのでボクらは急いで移動を開始した。
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