狩人話譚

□ ボクとワカ旦那さん[3] □

ボクと狩人【2】

 薬草の匂い、ボクの体を優しくなでている感触。ああ、ドスイーオスに尻尾をかじられた時もこんなことがあったな、とぼんやり考えたところで現状を思い出し意識が急浮上した。

「ナコ、気がついたか! 良かった……!!」
「……ワカ旦那さん?」

 気が付くと天空山のベースキャンプのベッドに寝かされていて、目の前には安心して泣きだしそうなワカ旦那さんの顔。おでこやほっぺたには傷がついているし、左腕は押さえつけられたときに痛めたのか青い痣ができてしまっていた。けれどそんなことはお構いなしに、ワカ旦那さんはボクの頭を撫でて安堵の息をもらした。

「ワカ旦那さん、ジンオウガは……?」
「別のエリアに移動したよ。まずはお前を助けないと、って思って。ごめん、俺の采配ミスだった」
「ミス? どういうことですニャ?」
「お前の着ているティガネコ防具はティガレックスの素材からつくられている。ティガレックスは雷の力が苦手だから、大ダメージを受けたんだよ。しかも雨が降っていたから水たまりから濡れた体に雷が伝わってしまって、雷光球自体は回避できても巻き込まれてしまった。本当は別の防具に着替えなくちゃいけなかったな、本当にごめん」

 仰向けに寝転んだ視界の空はいつの間にか真っ青で、体が軽いと思ったら鎧は外されていて手足には包帯が巻いてあった。肌が焼けてしまったのか今もピリピリするけれど、手当てのおかげでその痛みは意識を失う直前よりだいぶ弱く感じられる。
 穴に潜って逃げる力すら失ってしまっていたボクを見てワカ旦那さんはとても落ち込んでいた。ガララ防具とは違い機動性や属性防御を重視したガンナー防具は物理防御力が低く、ジンオウガに倒された時につけられた赤い傷が痛々しい。

「ボクは大丈夫ですニャ、ワカ旦那さんに助けてもらったからすぐに動けますニャ。それよりワカ旦那さんも手当てをしてくださいニャ」
「そうだな、そのまま休んでいてくれ」

 そう言うとワカ旦那さんはポーチから回復薬を取り出し、半分飲み干して体力を取り戻すと薬草をビンに浸す。てきぱきと処置をしながらワカ旦那さんがボクが意識を失った後のことを教えてくれた。

「ジンオウガは確実に俺を捕食しようとしていた。こやし玉をぶつけて対処したかったんだけど、それを予測していたのか腕を完全に封じられて……武器も手放してしまったし、もう駄目だと思ったんだ。でも、何故かジンオウガは俺の顔を見て首をかしげるような仕草を見せた。ザボアザギルやテツカブラがやるような、あの動きだ。どうしてそんな隙を見せたのかはわからないけれど、なんとかポーチに手が届いたからこやし玉をぶつけて追い払った後すぐにお前を抱いてベースキャンプに戻ったんだ」

 ぎゅ、と右手と口を器用に使って左腕の包帯の先を強く結び、ほっぺたには回復薬をたっぷり湿らせたガーゼを当てる。調合だけでなく治療も的確にこなすワカ旦那さんの医療術は、ハンターになる前から会得していたのだろうか。それにしてはどうしてボクのように人ではない生き物にも手当てができるのか不思議だけど。ボク以前にオトモアイルーを雇ったことが無かったそうだし。

「モンスターは野生の本能だけで生きているわけじゃない。しっかりと知能を持っていて、自然の中で生存するために知恵をしぼっている。ただそれが人間の顔を把握する記憶力と繋がるかはわからないけれど」
「顔を把握する? どういう意味ですニャ、ワカ旦那さん」
「もしかしたら、あのジンオウガは……」

 遠くでジンオウガの咆哮が聞こえる。この近くまでやってきたようだ。治療が済んだのか外していた兜を被り、蒼火竜砲に通常弾を装填して背負ったのでボクも立ち上がろうとしたけれど『お前は休んでいた方がいい』とベッドに押さえつけられてしまった。1人で行こうとするワカ旦那さんにボクは冷静になるように釘を刺す。

「ワカ旦那さん! 無理だけはしちゃダメですニャ、みんな心配していますニャ。忘れちゃいけませんニャ!」
「わかってる、兆候は見え始めているからあと少しで終わる。俺を信じてくれ」

 ぽん、と軽く頭の上に手を置いてワカ旦那さんはベースキャンプから走り去った。きっとベースキャンプに近いエリアにジンオウガがいる。
 ミサさんたち兄弟も、エイドさんたちハンター仲間も、そしてきっとヒナさんも無茶をするワカ旦那さんを心配している。何度も失いかけたその命を本当に深い闇の底に落としてしまわないように。

 ベッドの上から蒼を背負った白い影を見送る。ワカ旦那さんが言おうとしたこと。あのジンオウガは以前ワカ旦那さんが助けた子どものジンオウガではないか、とボクは思う。
 チコ村の村長さんのために霞ヶ草を採りに天空山に向かった時にガブラスに襲われている子どものジンオウガを見つけたワカ旦那さんは、ガブラスを追い払ってジンオウガを助けた。その直後に親のジンオウガが現れ、敵と見なされて襲われてしまったのだけど、その時の子どものジンオウガだというのだろうか。
 あの時のワカ旦那さんは採取に適したレザー装備を着ていた。だから顔もよく見えていて、ジンオウガが自分を助けたワカ旦那さんの顔を覚えていたのなら、兜をどかした時にワカ旦那さんの素顔を見て命の恩人だと思い出したと考えられるかもしれない。

 咆哮と雷鳴が響いている。信じてくれと言われたものの、やっぱり心配だ。どうしようかとベッドの上でじっとしていると、ジンオウガの鳴き声が遠ざかった気がした。
 用意周到なワカ旦那さんのことだから、と鼻をスン、と音を立ててペイントの匂いを探すとやはりペイント弾も発射済みだったようだ。これなら追跡も簡単だ。
 起きあがって腕を動かす。足も動かす。念のため首もぐるりと回す。ベッドから降りて軽くシャドウアクションをして体の具合を確かめれば、だいぶ調子が戻ってきたことを確認できた。
 いくら雨が止んだとはいえ、水たまりはあちこちに残っているだろう。鎧を着ていこうか迷ったけれど、万が一のことも考えて置いていくことにした。ボクも無理はしない。穴に潜って撤退することも選択肢に入れてワカ旦那さんの元へ向かった。



 ベースキャンプを出てすぐのエリアにいるのかと思いきやワカ旦那さんとジンオウガの姿は無く、ペイントの匂いをたどるとどうやら移動したようだ。
 隣接しているイーオスのたまり場にもおらず、更に奥……ジンオウガを発見して狩りを開始した場所に戻って行ったみたいだ。ジンオウガの寝ぐらも近いので体力が尽きそうになってねぐらに戻ったところを捕獲できるかもしれない。
 イーオスを振り切って進むと、目の前でジンオウガと対峙するワカ旦那さんが見えた。ボクに気が付いていないのか、ワカ旦那さんは蒼竜火砲をジンオウガに向けたままだ。

「……?」

 どこか様子がおかしい。
 どうしてワカ旦那さんは動かないのか。
 どうしてジンオウガも動かないのか。
 すぐに弾を撃てるはずなのに時間が止まったかのようにワカ旦那さんは固まってしまい、ジンオウガは頭を下げてじっと動かない。捕獲できるところまで体力が落ちているのかもしれないけれど、それなのにワカ旦那さんが捕獲の準備をしないのが不思議でならなかった。

「――!」

 不意に、ワカ旦那さんが動いた。罠を仕掛けるのではなく、射撃の構え。

「ワカ旦那さん!!」

 放った弾がジンオウガの頭部に直撃して、ジンオウガの体が揺らめく。背に集めていた雷光虫が宿り主の最期に気付いたのか光となって散り、光を失ったジンオウガは悲しげに鳴いて倒れ込んだ。
 撃ち込まれたのは捕獲用の麻酔弾ではなく【貫通弾】。頭部から抉るその弾の威力を砕かれた角が物語っている。動かなくなった口から息は漏れていない。ジンオウガの命が失われた瞬間だった。
 ボクはこの光景に呆然としてしまった。そもそもこの依頼は、討伐ではなくて……。

「ワカ旦那さん……どうして、」

 どうして捕獲せずに討伐してしまったんですニャ。

 ワカ旦那さんの表情は兜に隠れていてよく見えない。驚いたり慌てる様子も無く、蒼火竜砲を背負うとゆっくりとジンオウガの亡骸に近づく。まさか、このまま剥ぎ取りをするのだろうか。捕獲の依頼なのに討伐をして、更に剥ぎ取りなんてしたらそれはまさしく【密猟】になってしまう。
 ジンオウガの傍に立ったところでボクの存在に気が付いたようだけど、構うことなく背中に生えた白い毛に触れる。確証を得たのか、毛に頭を埋めてワカ旦那さんは小さな声で呟いた。

「やっぱり、背の帯電毛がところどころ生えていない。ガブラスに皮膚ごと傷つけられてしまっていたからだろうな」
「ワカ旦那さん、このジンオウガはやっぱり」
「たぶん……俺が前に助けた個体だ」
「ど、どうして狩ってしまったんですニャ!? 観察眼が失敗したんですニャ?」
「…………。」

 ワカ旦那さんは何も答えずにすっと立ち上がるとジンオウガに背を向けて歩き出す。捕獲に失敗して、これ以上ここにいる意味は無い。ギルドに戻って依頼に失敗したことを告げなくてはならなくなった。



 ベースキャンプでボクの鎧を回収し、荷車に乗り込む。その間もずっとワカ旦那さんは無言で、兜を外すことも無かった。依頼に失敗したことで気落ちしているのか、自分がかつて助けた命を自分で撃ち抜いてしまったことを後悔しているのか、ボクには両方のように思える。

「ワカ旦那さん、ボクはワカ旦那さんが捕獲に失敗したとは思えませんニャ。一体何があったんですニャ?」
「…………。」
「ワカ旦那さん、教えてくださいニャ」

 兜の下に隠れているハチミツ色を見つめる。ボクの問いに時間をおいて、ようやくワカ旦那さんが口を開いた。まずは重い溜息からだったけれど。

「狩ってくれと……言っているように見えたんだ」

 ワカ旦那さんは蒼竜火砲を抱えながら、そう言った。

「わざと急所である頭を下げて、動かなくなったんだ。まるで『ここを撃て』と差し出すように。あいつは捕獲されたら惨い目に遭うことを察知したのかもしれない。ジンオウガの異名は【無双の狩人】。モンスターといっても狩人の誇りがあって、そんな死に方をするのなら狩人として狩りの中で死にたいと願ったんじゃないかって、思ったんだ」

 ボクはモンスターが捕獲された後どうなるのか知らない。けれど狂竜ウイルスを調べるために解剖されたり、さまざまな実験体にされてしまったり、闘技場に連れ出されたりするのではないかとハンターの間では噂されていた。それをモンスターも勘付いていたのではと語った口元は、自虐を含んで悲しげに歪んでいた。
 あの時のジンオウガはワカ旦那さんの語った通り、頭を下げてじっと動かなかった。帯電をするわけでもなく、本当に自らの意志でワカ旦那さんが自分を撃ってくれるのを待っているかのように見えた。けれど、ワカ旦那さんは悩ましげに頭を振る。

「……あくまで俺の推測だけどな。俺は人間で、あいつはモンスター。お互いの考えていることがわからないんだから、本当のことを知ることは無理なんだろうな。単に疲労で体が動かせなかったのかもしれないし、そもそも狂竜化しているなら正気を失っているはず。これは俺が自分の犯したことを正当化させるための言い訳に過ぎない」
「もしかして、ジンオウガを捕獲できるのをわかっていて、わざと撃ったんですニャ?」
「…………。」

 俯きながらこくり、とワカ旦那さんが頷く。観察眼はしっかりとジンオウガの状況を分析していた。けれどジンオウガが突然見せた動きにワカ旦那さんは困惑して、そして命を狩ってしまった。
 ワカ旦那さんは蒼竜火砲を置いてボクをあぐらをかいた足の上に乗せると、そのまま抱きしめた。兜で目は隠れているけれど、悲しんでいる気配を感じる。

「お前みたいに言葉が通じたら、話し合うことができたら無駄に血を流さなくても済むかもしれないのにな」
「ワカ旦那さん……。」
「ごめんな、お前に怪我をさせた上に依頼にも失敗してしまって」
「まだ復帰したばかりですニャ! ギルドマスターには怒られるかもしれないけれど、ボクも一緒に怒られますニャ」
「いいや、オトモアイルーに責任は無い。手続きはハンターが行うものだし、お前はバルバレに戻ったらさっさとテントで休んでもらうぞ。戻ったら傷の具合も診てやるからな」

 会話はそこで途切れて、ゴトゴトと揺れる荷車の中でやがて疲れがどっときたのか眠気に襲われて意識が沈んでいく。うとうとと舟を漕ぎ始めたボクに気が付いたワカ旦那さんはおやすみ、と言ってコロンとボクを横にして、夢の世界に旅立たせてくれた。
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