狩人話譚

□ ボクとワカ旦那さん[3] □

ボクと狩人【1】

 ボクは今、天空山にいる。もちろん依頼を受けたからなんだけど、その依頼はなんとギルドマスターから直接言い渡されたものだ。依頼書をじっくり読むワカ旦那さんをパイプから煙を出しながらほっほほ、と笑っているギルドマスターが話した依頼の内容を思い返す。少し怪訝な顔を浮かべたワカ旦那さんが印象的だった。

「……生態未確定のジンオウガを捕獲?」
「キミは【観察眼】に優れていたよね。このジンオウガは体格から見てまだ若い個体なようだから、体力に個体差が多くて捕獲できるチャンスを見極めるのが難しい。その点キミの捕獲成功率の高さは信頼できるから、キミにお願いしたいのだよ」
「ギルドマスターに直接依頼されて断るわけにはいきません、受注します。ナコ、準備に入ろう」

 ハンターに復帰して約一ヶ月。足の具合を確認しながらまずは採取の依頼を主に請け負っていたけれど、そろそろ狩猟の依頼も受けようと集会所に向かったところで受付の上に座ってハンターたちを眺めていたギルドマスターに声をかけられ、先ほどの会話を交わした後に突然依頼書を渡された。たまたま受付処理が終わってボードに貼られるものだったみたいだけど、ギルドマスターがこの依頼の受注者にワカ旦那さんを選んだのには理由があった。

 モンスターの肉質や弱点を熟知しているワカ旦那さんは、モンスターの疲労や体力の状態をなんとなくだけど見抜くことができる。必ず的中するわけではないけれど、観察眼を使ってモンスターの捕獲を行うことは多い。モンスターの体力を全て削る討伐よりも少しの体力を残して捕獲するの方が早く狩りを終えられるため、ハンターにかかる負担も少なくて済むからだ。そのためワカ旦那さんは捕獲をすることの方が多かった。もちろん場合によっては討伐することもあるのだけれど。
 こうして復帰狩猟第一段となる依頼はこのジンオウガの捕獲に決まり、テントに戻って狩りの支度を始めることになった。



 今回の捕獲対象、【雷狼竜ジンオウガ】は若い個体でありながら最近になって突然無差別に天空山のモンスターを襲っているらしい。おかげで捕食されるわけでもなくボロボロにされたモンスターがあちこちに転がる惨状の目撃情報が増えていた。凶暴化したモンスターは生態系を乱す恐れがある上に近辺のシナト村にとっては驚異に他ならない。ギルドもジンオウガが狂竜ウイルスに侵されていると判断して、狂竜ウイルスの研究をしたいことから討伐ではなく捕獲を命じたそうだ。
 集会所を出発したワカ旦那さんの出で立ちはいつものガララ防具ではなくガンナー用のベリオ防具で、背負っているのもブリザードタビュラではなくリオレウスの素材からつくられた【蒼火竜砲[烈日]】。

 このライトボウガンはワカ旦那さんと同じ村の出身の【ヒナ】さんが使っていた【鳳仙火竜砲】を強化したものだ。リオレウス亜種の素材を用いたため、真紅のボウガンは蒼い装いに変わっている。
 ワカ旦那さんだけが生き残っていたと思われていた【ナバケ村】の悲劇。同世代で、許婚(両親同士だけでなく、本当はお互いに強く意識していたことを死後知ることになったのだけれど)だったヒナさんも実は保護されていて、別の孤児院を出て人知れずハンターになっていた。
 けれどヒナさんは狩りの最中で命を落としてしまい、ワカ旦那さんはヒナさんと一度も言葉を交わすことができずにお別れをしなければならなかった。そしてヒナさんの仲間に形見としてこのボウガンを譲り受けるよう頼まれ、ヒナさんの遺志を継ぐように背負ったのだ。
 狩猟復帰最初の本格的な狩猟にこのライトボウガンを選んだのは、きっと自分がこれからも人を守るためのハンターであり続けたいとヒナさんに見せたいからだろう。そんなワカ旦那さんをサポートするためにもちろんボクも一緒に天空山について行った。
 ギルドマスター曰く若い個体のため危険度は低めだそうだ。それでも狂竜化している可能性が高いのだから危険な相手なのは確実。ワカ旦那さんをしっかり助けないといけないと思いながら腰に下げている回復笛を強く握りしめた。



 ベースキャンプで身支度を整えて、ジンオウガを捜す。天空山は度重なる地殻変動によってつくられた段差が非常に多くて、蔦を掴んで上り下りをするような激しい段差もある。そういう場所が多いため翼を持たないジンオウガが動けるエリアは限られているから、大方の予測をつけて歩き出した。もちろんワカ旦那さんが方向音痴なのは相変わらずなので、地図はきちんと支給品ボックスから取り出しているけれど。

 天空山の中でも最も天候が狂いやすい遠雷の響くエリアに入ったときに、ワカ旦那さんが左手で後ろにいたボクに控えめな声で制止をかけた。

「いたぞ、気を抜くなよ」

 そう言われて前方に視線を向けるとカブレライト色の空でバチバチと光る雷を背景にのしのしと歩くジンオウガを見つけた。報告通り若い個体なのか、確かに体が小さく見える。ボクらにはまだ気が付いていないようなので、態勢を整えるチャンスを得た。
 ジャキ、と弾の補填をするとワカ旦那さんは蒼火竜砲を構えたまま走り出す。ライトボウガンは武器を構えて立ち回ることが基本の武器だ。軽量化されている分同じボウガンだけど重くパワーのあるヘビィボウガンに火力が劣るため、確実に弾の威力が最も発揮される【クリティカル距離】をとって射撃を行わなくてはならない。
 ジンオウガがこちらに気づき、低く唸って威嚇行動をとる。直後にワカ旦那さん目がけてハチミツ色の角を振りあげて叩きつけようとしたので、ワカ旦那さんはすぐに反応して足だけを動かして左側に跳ぶ。更に続いて後ろにバックステップをすると同時に弾を発射した。
 弾は放たれると一気に拡散して、ジンオウガの体全体に直撃する。これが【散弾】。普段は仲間のハンターも巻き込んでしまうため持ち込むことすらしなかったけれど、単独で狩猟をするのなら体の大きいモンスターに非常に有効な弾だ。特にジンオウガのように四つ足で低く身構えるようなモンスターには。
 ジンオウガの攻撃をかわしながら弾を撃ち込むワカ旦那さんに続くようにボクもガララプーンギを投げつけて攻撃する。時にはジンオウガの気を引くためにうろちょろして隙をつくるように立ち回った。

 そんな攻防が続いている内に、頭にぽつんと音が響く。なんだろうと思っているとそれは少しずつ間隔を狭めて頭だけでなくボクの体全体を、大地を叩き始めた。ザアアア、と狩猟の中に新たな音が加わる。

「雨か……。」

 ジンオウガと距離をとったワカ旦那さんが低い声を出して空を見上げる。兜で目が隠れているけれど、苦々しい表情をしているのは確かだ。
 狩りの中で雨が降ることは少ない。視界が悪くなるだけでなく雨によって体が濡れて体力も消費してしまうし、足場も悪くなるので狩りの最中の雨はボクは好きではない。遺跡平原で泥濘に足を取られて泥だらけになってしまったことは、今でも忘れられない苦い思い出だ。

「ナコ、ジンオウガの雷に気をつけてくれ。この状況は危険――!」

 ワカ旦那さんがボクに警告を出した途端ジンオウガが苦しげに鳴きながら倒れ、ハッと振り返る。じわじわとジンオウガの体をカブレライト色のもやが包み込み始めていた。この現象は、狂竜化を発症するときのもの。それに気が付いたワカ旦那さんは冷静に弾を補填し、ジンオウガにボウガンを突きつける。
 ジンオウガの目がカッと見開かれ、先ほどまで苦しんでいた気配なんて感じさせないほど勢い良く起きあがる。狂竜化すると狂竜ウイルスに侵されたため全身が不気味なカブレライト色に染まり、鳴き声も何かのノイズが混ざったかのように変わってしまう。このジンオウガも例外ではなく、鼓膜を劈くはずの咆哮が上擦った声に変貌した。

「完全に狂竜化したか……! ナコ、俺が捕獲できるタイミングを見つけるまで援護を頼む」
「ハイですニャ!」

 いくら狂竜化したとはいっても、ある程度のダメージは与えているから捕獲できるチャンスは近づいているはず。そう信じて攻撃を再開した。
 狂竜化したモンスターの動きは緩急が激しく、突然激しい攻撃を繰り出したかと思えば今度はゆっくり駆け出したりする。ボクらを翻弄するような、不思議な動き。更に敵対しているボクらでもなく、周りで威嚇をするアイルーでもない誰もいない空間へ攻撃を繰り出すこともある。まるで別の生き物に体を乗っ取られたような動作はとても不気味に見えた。 
 ジンオウガの動きが複雑になったことで隙を見定めるために速攻が封じられてしまい、また降り続ける雨の影響で体が濡れて体が少し重い。地面の一部には水たまりもできてしまっていて徐々に狩猟環境が悪化していく。

 雷光虫を背中に取り込んだジンオウガが天に向かって吼えると、体全体から雷がほどばしり超帯電状態に移行した。だけどその雷は白い輝きだけではなく狂竜ウイルスによる禍々しい色も混じっている。
 それでもワカ旦那さんは怯むことなく攻撃を続けた。散弾を使い切ったのかすぐさま別の弾を装填して頭部目がけて撃った。その弾は一発では終わらず、三発連続で発射される。
 ライトボウガンが持つ特技【速射】。撃ったのは【通常弾】のようだ。ブリザードタビュラはリミッターを解除して速射を用いない使い方をするので、速射を見るのは初めてだった。連続で射撃ができる分反動で発射が終わるまでは動けない。だからボクが少しでもジンオウガの隙をつくらなくてはいけないと思い、ジンオウガの傍を走ってはUターンして気を引かせる。
 するとジンオウガが尾に雷を溜めて身を翻す勢いで雷の弾を発射した。二発を二回、計四つの雷の弾が飛んできたけれど亜種のそれに比べればスピードは緩やかで回避は難しくはない。そう思って身を屈めたのだけれど、その瞬間ワカ旦那さんが悲鳴のような声をあげた。

「ナコ、いけないっ! すぐに離れろ!!」
「えっ……ニャアアア!?」

 突然全身にはしる鋭い痛み。まるで雷を全身に浴びてしまったような、耳の先からしっぽまで強い力が一瞬で突き抜けた。雷の弾はかすりもしていないはずだった。それなのにどうして。ボクの頭の中は『痛い』と『どうして』でいっぱいになり、そのまま目の前が真っ暗になってしまった。

「ナコ! ナコッ!! しっかり……あっ――!」

 ズシン、と大地が揺れる。懸命に耳を動かすとジンオウガの低い唸り声と、ワカ旦那さんの苦しそうな声が聞こえる。ビリビリと痺れる体に信号を送ってなんとかまぶたを開けると、霞んだ視界にジンオウガの下敷きにされたワカ旦那さんが見えた。ジンオウガは逃げられないように前足でワカ旦那さんの腕を押さえつけ、更にもう片足で兜をどかしている。

「う、ぐっ……うぅっ」
(ワカ 旦那さ、ん……)

 兜が外れて焦りに満ちたハチミツ色の目が露わになり、どうにか逃げだそうと身をよじっているけれどいくら通常個体より小柄とはいっても大型モンスター、びくともしない。
 まるで小型モンスターを捕食しようとしているかのような光景に、ボクはなんとしてでも体を動かそうと必死になった。けれどボクの気持ちに反して体は少しも動いてくれず、ぼやけた視界が少しずつ閉ざされていく。

(寝ちゃダメですニャ、ワカ旦那さんを、助けなくちゃ――)

 ジンオウガの頭がワカ旦那さんの顔に近づいていく動きがひどくゆっくりに見えて、ボクの意識はそこで途絶えてしまった。
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