狩人話譚

□ ボクとワカ旦那さん[3] □

ボクとユクモ村【4】

 誰かが起きあがる気配がする。トイレに行くのかなと思いふと顔を上げると、薄暗い視界に赤黒い右足が見えた。ワカ旦那さんが起きたみたいだ。
 真っ暗なせいか手探りで何かを探している。ユクモノ防具を手に取るとみんなを起こさないように静かに着替えだしたので、これから外に出るつもりだろうか。もう外は真っ暗だというのに。
 そっと部屋を出ていくワカ旦那さんを追いかけて、廊下で小さく声をかけるとハッとした顔でボクを見つけてくれた。

「起こしてしまったか、ごめん」
「ワカ旦那さん、どこへ行く気なんですニャ?」
「ちょっと夜の風を浴びに。ナコもおいで」

 目が覚めてしまったしついて行かないと何をするかわかったものではないので、一緒に外に行くことにした。夜の散歩にも興味を持ったという理由もあるし。
 この時間では当然どこのお店も閉まっていて、24時間営業だという温泉の灯りがぼんやりと見えるだけ。少し歩くとたいまつで照らされている赤い布を敷いた長いすがあったので、ワカ旦那さんは腰を下ろした。完全に酔いが醒めたことを確認するために、ふと聞いてみる。

「ワカ旦那さんって、泣き上戸だったんですニャ?」
「あのお酒、予想以上に度が強くてやられたよ。記憶が飛んだみたいだ。変なこと言ったり変な行動をとって皆に迷惑かけたりしていないよな?」
「ニャ……ヒナさんのこと、言ってましたニャ」
「えっ」

 よほどショックだったのか前かがみになって頭を抱えてしまった。またか、と小さく呟いたので、前にもこんなことがあったようだ。うう、だのああ、だの反省のうめき声をあげながら弁明を始める。

「ミサ姉たちにさ、ハンターになったお祝いってことでお酒を飲まされて……。その時に村のことを少しだけ話してしまったんだ。それ以来酒は控えていたんだけど……はあ、これはもう禁酒しないと」

 ミサさんたちが知っていた話は、お酒に酔ったワカ旦那さんが自ら話したことだった。でも、本当は誰かに辛い気持ちを聞いて欲しかったんだろうなと思う。言わないように堅く閉ざしていた扉を、お酒が緩めてしまっただけなのだから。後ろめたい隠し事が多いワカ旦那さんの口を軽くしてしまう危険物として、ボクも心に刻み込むことにした。
 後ろに生えていた木からはらりと赤い葉っぱが落ちてきた。足下に落ちたまるで人の手のように分かれた葉っぱは、バルバレの地域では見たことが無い。手にしてじっくり眺めているとワカ旦那さんがボクごと抱きあげて持っていた葉をつまむ。

「これは【モミジ】だな。本で見たことはあるけど、本物は初めて見たよ。赤くて綺麗だな」
「すごく鮮やかで、キレイですニャ」
「あらあら、仲良しですわね」

 二人でモミジの葉っぱを見ているところに一人の女の人が声をかけてきた。艶のあるカブレライト色の髪を結い上げたてっぺんに玉のついたクシを差し込み、ユクモ村独特の衣装らしい【キモノ】という服を着ている。花の模様がついた淡い緑の布を肩にかけ、ふわりと風に揺らしながらボクらに近づいてきた。少し垂れている長い耳は竜人族の特徴だ。
 物腰の柔らかそうな笑みを浮かべるこの人は一体誰なのだろうと思っていると、にこりと微笑みながらすっと隣に座ったので驚いた。そんなボクらの反応などお構いなしに、女の人は優しい声で話しかけてきた。

「このような時間に夜風に当たりに?」
「あ……はい」
「月光に照らされた紅葉も粋なものでしょう? 私も夜の紅葉、好きですわ」
「村の方なんですニャ?」
「あらあら、失礼しました。わたくし、このユクモ村の村長でございます。どうぞよしなに」
「えっ、村長さん!?」

 こんな時間に村長さんが外を歩いているとは思わず、ワカ旦那さんが慌てて立ち上がろうとしたけれど『構いませんよ』と言われ戸惑いつつも再び座る。ちょっと躊躇いつつも、ワカ旦那さんは月の光と同じ色を宿した目で静かに尋ねた。

「村長なら、ナバケ村のことを知っていますか?」
「ナバケ村……?」

 どうして突然ナバケ村の名前を出したのだろうと思ったけれど、温泉で語ったヒナさんに関することかもしれない。今はもう誰も知らない村の名前を聞いた村長さんは首をかしげて長い袖を口元に寄せ、思い出すような仕草を見せた。

「ええ、確か十七年ほど前でしたわね。モンスターに襲われて滅びてしまったと聞きましたが……どうして貴方のような若い方がその村の名を?」
「俺は、その村の生き残りなんです。もう一人の生き残りがこの村に保護されたと聞きました」
「あらあら、あの女の子の他にもうお一人いらしたの。では、あの子が今どうなさっているのかご存じなのですか?」
「…………。」

 知ってるとも知らないとも言わず、口を噤んで下を向いてしまったワカ旦那さんの反応に村長さんは少なくともヒナさんがもうこの世界にいないことだけは把握したみたいだ。村長さんから悲しむ気配を感じ取る。

「そうですか……それは、残念ですわ」
「……もう、取り戻せないことですから。それより、教えてほしいんです。昔この近辺を襲った嵐の正体の古龍について」
「嵐龍、アマツマガツチについて、ですか?」

 ワカ旦那さんが力強く頷く。渓流で見つけたボロボロの廃屋、その原因となった嵐龍のことを教えてくれたサクラさんの話。何か深く考えていた姿が印象に残っていたけどあの話と故郷の悲劇がどう繋がるのか、ボクはワカ旦那さんの言葉の続きを待った。

「ナバケ村はジンオウガ亜種に襲われて……無くなってしまった。俺はあの村の周りのことは全然わかりません、でも専属ハンターがいなかったということは大型モンスターも生息していなかったということだと思います。ここのジンオウガと同じように、もしかしたら他のモンスターのせいで住処を追い出された結果、遠く離れたあの村に来てしまったんじゃないかって」
「……ジンオウガの、亜種」

 こちらの地域には亜種の目撃情報が無いのか、村長さんは驚いていた。でもワカ旦那さんの話を聞いてさっきよりも深く考え込み、答えを導き出そうとしている。少し間をおいて、村長さんはゆっくりと答えてくれた。

「アマツマガツチの移動経路などは古龍故になかなか調査が進みませんの。ですが、ポッケ村にもユクモ村にも近いナバケ村ならアマツマガツチの通り道となりその子を住処から追い出してしまった可能性は十分にありますわね。勿論アマツマガツチではないモンスターの可能性も否定できないのですが。村の雑貨屋にアマツマガツチの書が売られていますから、そちらを買ってみてはいかがかしら」
「ありがとうございます。俺たち、宿に戻ります」
「村長さん、おやすみなさいですニャ」
「ええ。おやすみなさいませ」

 立ち上がったワカ旦那さんと一緒に宿へ戻ろうとしたけれど、背後から村長さんに声をかけられて振り向く。月明かりの下、真っ赤なモミジの手前に立つ村長さんは思わず息を止めてしまうほど神秘的だった。

「【名化ナバケ村】最後の子。貴方の村の風習は私も存じていますわ。生まれた時から咎人の業を背負い、贖罪の途を辿らねばならない悲しい風習と。風習をつくったあの古龍占い師は同胞の間では落ちこぼれと言われていましたがとても心優しく、清らかで温かい心を持つ方でしたの。日常の占いは非常に当たる方でしたから、あの風習は貴方がたの命を繋ぐものだったことには違いありませんわ。わたくしはあの方が“あの時”古龍の気配を察知できたのだと信じていますの。モンスターの急襲は防げなくても、貴方と……あの子の命を護ることだけはできたのですから。
 
 あの村は十七年前に滅び、貴方は今、村の外の世界にいらっしゃいます。貴方も…本当はあの子も、村の風習から解き放たれたとわたくしは思うのです。ご自身で見つけた道を、ご自身の足で歩んで行くことが皆の命を継いだ貴方だけができる最上の贖罪ではないかと。どうか、その命を大事になさってくださいね」
「……ありがとうございます」

 まるで、ワカ旦那さんの今までの生き様を見通しているかのような言葉だった。受け取った言葉を噛み締めるように間を置いてからワカ旦那さんは静かに答えて、頭を下げる。ボクもぺこりと頭を下げ、背を向けてモミジの木から去った。
 途中で不意に歩みを止めて夜空を見上げたワカ旦那さんのハチミツ色の目は月光を浴びて輝いていて、決意を固めたようにも見えた。

「ナバケ村の悲劇の本当の原因は誰にも答えられるはずがない。わかっていて聞いてしまったけれど、とんでもない答えが返ってきたな。俺自身は今のところハンターに復帰することしか考えていないけど、ズサマの“落ちこぼれ”というレッテルを剥がすことができた、そんな気がするよ。偶然だったけれど、村長と話をできたことはとても意味があった」

 満足げにそう呟き、部屋にこっそり戻る。すっかり温もりを失った布団はひんやりとしていたけれど、じきにまた温かくなるだろう。浴衣に着替えたワカ旦那さんも布団に入り、ふと目が合うとボクの頭を一撫でして『おやすみ』と笑った。




「ねえ……私、昨日の記憶が無いんだけど、迷惑かけてなかった……?」
「な、何言ってるのフィスさん、ずっと大人しかったやん! アタシはおっちゃんとトラ君と少し離れた場所で話をしていたからよく見てないし、ワカにいちゃんも何も無かったって」
「そっ、そうニャ。安心してほしいニャご主人様」
「……なら、いいんだけど……。」

 朝を迎えて正気に戻ったグリフィスさんが昨夜の失態について聞いていたけど、エイドさんとリエンのフォローでうまく収まった。今まで冷静にモンスターを狩る姿しか見ていなかったグリフィスさんの別の一面を見た気がする。あまり飲み過ぎると二日酔いになるそうだけど、さほど悪化していないようで良かった。
 ユクモ村でとる最後の朝ご飯は中に昆布の入ったおにぎりやオンプウオの塩焼きといった食事が並び、このユクモ村独特の料理を味わえるのも最後と思うと名残惜しい。

 バルバレに戻る荷車が到着するまでお土産屋さんで買い物をすることになり、ワカ旦那さんはこの旅行を準備してくれたロロさんとモモさんにお礼を兼ねたお土産を買おうと商品を見ていた。
 村に着いた直後に試食で食べたユクモ温泉たまごが気に入ったようで、ミサさんたちの分も購入していた。ナグリ村に住んでいるため手渡しに行くには時間がかかるリウさんには、ユクモ村産のお米からつくられたお煎餅をお土産にするみたいだ。試食があったので食べてみたかったけれど、結構歯ごたえがあるそうなのでボクらオトモアイルーは食べない方がいいらしい。

「ナコ、雑貨屋に行ってくるよ。ここでお土産を眺めて待っていてくれ」
「ハイですニャ」

 どうやらワカ旦那さんは昨晩出会った村長さんから聞いた嵐龍についての本を買いにいくようだ。雑貨屋さん自体は一日目で既に見ていたこともあり、ワカ旦那さんの言いつけ通り様々な食べ物や雑貨が置いてあるお土産を見て回ることにしているとみんな色々なお土産を手に取っていた。

「見てーフィスさん、この人形ええよね!」
「か、可愛いわね……?」
「ご主人様、語尾が上ずってるニャ」
「フィス嬢の反応が正しいニャ、やっぱりエイドのセンスはおかしいニャ」
「ええぇ~! なんで?」

 エイドさんとグリフィスさんは布で縫われたモンスターをモデルにした人形に興味を持っていた。でもエイドさんが持っていた人形は大きな口を持つ生物、【潜口竜ハプルボッカ】というモンスターのものだ。
 人形になっているから可愛いのかもしれないけど、参考として飾ってある本物の絵を見ればお世辞にも可愛いという次元に入っているようには思えない。エールが言っていた『センスが微妙』というのはこういうことらしい。話に合わせようと必死なグリフィスさんを見つめるエールの同情している表情がちょっと哀愁を帯びて見えた。

「たまに商人からここの農場の野菜を仕入れたりするけれど、どれも美味しくて気に入ってまして。これらに合う調味料はありますか?」
「もちろんございます! おすすめはですね……」

 ハビエルさんはユクモ料理のために調味料を見ていた。料理好きの血が騒ぐのかバルバレに戻ったらレシピの研究をしてみたいようで、店員さんにあれこれ尋ねている。今の職はハンターだけど元はお肉屋さんだから料理のこととなるとハビエルさんはとても生き生きした目を見せる。傍にいるトラフズクさんもそんなハビエルさんを嬉しそうに眺めていた。ちなみにトラフズクさんもユクモ温泉たまごを詰められた箱を抱えている。



 目的の書物を手にワカ旦那さんが戻ってきた頃、荷車がやってきた。とうとうユクモ村とお別れだ。村の人たちが観光客に手を振ってお別れの挨拶をしてくれた。仲居さんたちやお店の人たち、両手を元気に振るサクラさんも見えて、全員で手を振ってお見送りに応える。
 その遠く、あのモミジの木の下で村長さんが軽く手を振っていることに気が付いたワカ旦那さんとボクは一層振る手の力を強めた。
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