狩人話譚

□ ボクとワカ旦那さん[3] □

ボクとユクモ村【3】

 二日目の朝は、涼しい風に起こされた。ガーグァの卵を使った卵焼きは甘めの味付けで、農場で採った野菜のお煮付けは塩分が控えめの素朴な味がした。
 温泉を中心とした観光業が主な生業というユクモ村だけど、こんな穏やかな場所でもモンスターの脅威はすぐ傍にある。集会浴場の一部のスペースを間借りして存在しているギルドの集会所がそれを証明していた。
 今日は何を楽しむのかというと、ガイドの人に連れられて村の近くにある【渓流】の探索だ。もちろん危険分子となるモンスターは事前に追い払われていて、今だけはハンターじゃないワカ旦那さんたちが悠々と歩ける安全な環境になっている。

 渓流へ続く道の入り口に立っている女性のガイド【サクラ】さんと挨拶をかわし、早速案内してもらう。ユクモ村のギルドの女の人たちが着ている服をまとい、肩に付かない程度に伸ばした黒い髪の毛を揺らしてサクラさんは明るい声でボクら観光客にユクモ村の歴史や特産品、渓流の地形について説明してくれた。

「皆さんはハンターなんですね。渓流の豊かな自然で日頃の疲れを癒してください!」
「どうしてアタシらがハンターってわかったん?」
「エイドはうっかりニャ、ボクらオトモアイルーが一緒にいる時点でバレバレニャ」
「うふふ、それもあるんですけどね。さっき握手させていただいた時に皆さんの手の平にタコがあったからすぐにわかりました。それに、やっぱりハンターは体つきがしっかりしていますし」
「なるほど、さすがたくさんの観光客を見ているだけあるね」

 そんな会話をしてる内に渓流に入ったようで、川の流れる音と葉っぱが風に揺れる音が同時に聞こえる。息を深く吸うと、とても心地よい空気がいっぱい体の中に入ってきて清々しい気持ちになった。こんなところでモンスターを討伐することなんてあるのだろうかと思うほど、静かで爽やかな場所だ。原生林もたくさんの自然があふれる場所だけど、渓流は開けた場所が多くてとても開放感がある。
 一層開けた場所に着くと、目の前にボロボロになった廃屋が見えた。モンスターの攻撃を数回受けたら粉々になってしまいそうなほど、その建物は古くて脆そうだった。興味深そうにワカ旦那さんがその廃屋を見つめながらサクラさんに声をかける。

「サクラさん、この廃屋は一体?」
「昔のことなんですけど、この辺は集落だったそうなんです。けれど突然起こった大嵐によって一夜でこんな状態になってしまって」
「嵐……自然現象がこんなに大きな被害を? ここの気候や地形を考えたらなかなか考えにくいな」
「なかなか鋭いですね! この原因は、ある古龍だったんです」
「古龍? クシャルダオラとか……」

 すかさず口を挟んだのはグリフィスさん。古龍といえばグリフィスさんの方が詳しい。けれどその推測に対してサクラさんは『いいえ』と否定した。

「村に古くから伝わる伝承……天の神とも禍の神とも呼ばれていた龍です。ギルドでは【嵐龍アマツマガツチ】と呼んでいました」
「アマツマガツチ……私も聞いたことがあるわ。そんな危険度の高い古龍が、こんな村のすぐ傍に?」
「はい、ですがご安心を。我らユクモ村の専属ハンターさんがバッチリ討伐してくれました。ですから、この渓流も以前より穏やかになったんですよ!」

 腰に手を当てて自慢げに話しているところを見るに、サクラさんはそのハンターを村の誇りと思っているようだ。村の危機を救うハンターは、人々にとって英雄なのだから。ワカ旦那さんもチコ村にいた頃はとても頼られていたようだったし。
 ユクモ村のハンターがどんな人なのかはわからないけれど、目を輝かせて数々のハンターの偉業を語るサクラさんはハンターに対して強い憧れを抱いているように見えた。

「ここはドスジャギィやガーグァなどが主に生息していたんですが、そこにジンオウガが現れたんです。おかげで生態系が一時乱れたそうで。しかもジンオウガは本来渓流ではなく更に奥にある【霊峰】に生息していたはずなのにこちらへ降りてきてしまったんです」
「それがその、古龍のせいってことかい?」
「おそらく、とはギルドの見解です。私のようなただのガイドには何もわかりません。でも、もし本当にジンオウガがアマツマガツチに住処を追い出されてしまったのなら、ちょっと可哀想かなって思います」
「可哀想? 相手はモンスターじゃない、同情する必要なんて無いわ」
「ええ、ですけど話し合いもできず力ずくで無理矢理外に追いやられて、悲しかったんじゃないかなって」

 手を組み霊峰があるらしい方角をサクラさんが見つめたので、ハビエルさんとグリフィスさんもその目線を追った。ちなみにエイドさんとトラフズクさんは近くの川の浅瀬にいた亀に夢中になっている。
 背の低いボクには渓流の木々で空の半分を隠されてしまっているため、ワカ旦那さんに肩車してもらおうかなと見上げると、ワカ旦那さんの目線はみんなとは違う方向、廃屋に向けられていた。

「…………。」
「ワカ旦那さん?」

 何かを考え込んでいる。深く思考を掘り下げているみたいだ。こうなると刺激を与えないとなかなかこちらに気付いてくれないので袴を引っ張って気を引こうとしようとしたところに、背後から忍び寄る黒い影があった。

「ワカ、トラフズクがカエルを見つけたからあげるニャ」
「うわああっ!? いきなり足にくっつけるな!」

 考えごとをしているワカ旦那さんの左足にカワセミが一応一言入れつつ緑色のカエルをピタリと付けた。しがみつくところを見つけたカエルはしっかりと袴にくっついてしまい、ワカ旦那さんは一生懸命振り払おうと左足をぶんぶんと振っている。
 あそこまで暴れる体を支えている右足に気が付いていないようだけど、あんなことができるほど右足の調子は良くなっているみたいだ。自分でカエルを捕まえた方が早いと気が付いて、カエルをつまむとトラフズクさんの手に渡していた。

「やっぱりハンターだからモンスターの話に食いつくんですね! ですが渓流の楽しみはまだまだありますよ! 今度はこちらですよ~」

 サクラさんが手を振ってボクらを誘導する。この後は飛竜がねぐらにしているという鍾乳洞に行ったり、宿で買ったお米を海苔で包んだおにぎりを食べたり、アイルーの巣の近くにあるタケノコを見つけたり、渓流はこちらの地域には無い不思議なものがたくさんだ。
 もちろんバルバレに数ある狩猟場にもあるのだろうけれど、いつもモンスターに気を配ってばかりで景色を楽しむ余裕が無かった。いつか原生林だけでなく遺跡平原なんかも探索してみたいな。



 渓流を一回りしてユクモ村に戻ってくる頃にはもう夕方になっていて、昨日やってきた時と同じく赤い空と赤い旗が迎えてくれた。あっという間の探索だったなと振り返る。

「ありがとう、サクラさん。おかげでとても楽しい思い出ができたよ」
「いえいえ! たくさん歩いて疲れたでしょうから、次はおいしいものをたくさん食べてくださいねー!」

 ハビエルさんが頭を下げ、サクラさんも頭を深々と下げる。そして『お疲れさまでしたー!』と元気いっぱいな声で宿に向かうボクらを見送ってくれた。階段を上りながらんー、とエイドさんが背伸びをして一息つく。

「いい所やったね、トラ君!」
「うん」
「今日はどんな料理が出てくるかなー。楽しみやね」
「はは、エイドちゃんはずいぶんとここの料理が気に入ったみたいだね。バルバレに戻ったら真似てつくってみようかな」
「ええね! ハビおっちゃんなら上手につくれるよ!」
「ハビエルのりょうり、食べたい」

 エイドさんとトラフズクさんに挟まれて歩くハビエルさんはまるで親子のように見えて、とても微笑ましかった。エールとカワセミは実際にそれぞれの主に対して子どもを見るような目をしていたけれど。



 さっきの探索で見たタケノコを混ぜたご飯やキノコのお吸い物を食べ終えたら温泉へ。二度目の温泉は時間帯が良かったのかあまり人がおらず、変な人に絡まれることもなくのんびりと過ごすことができた。
 温泉に浸かりながらお酒も飲めるそうで、ワカ旦那さんもせっかくの機会だからと温泉で温められたお酒を口にしていた。ジョッキではなくビンのような入れ物から小さなコップ――【とっくり】と【おちょこ】――に注いで飲んでいる。
 そういえばワカ旦那さんがお酒を飲んでいるところをあまり見たことが無い。お酒は好きじゃないのかなと思いながらくつろいでいた途中で『泣き上戸』という言葉を知ったのは、ワカ旦那さんがヒナさんを失った悲しみを呟きながらお酒を飲んでいたときだった。
 不意に気配が変わった気がして顔を上げると、ハチミツ色の目からこぼれる涙がお酒と温泉で温まった赤いほっぺたを伝っていた。汗と混じっているせいか他の人には気付かれていないようだ。

「なあ、ナコ。ヒナはさ、この村に保護されたらしいんだ。アノエラさんから聞いた」
「ニャッ!? そうなんですニャ?」
「ヒナが言ったらしいんだ、森で倒れて気が付いたらユクモ村にいたって。恐らくギルドに緊急召集をかける狼煙をあげたんだろうな。俺が保護されたのはポッケ村なんだ。同じ村で襲撃を受けたはずなのになんでか俺とヒナは違う村に保護されて、それぞれの地方の孤児院に引き取られた……。どうしてなんだろう」

 ボクはヒナさんのその話を聞いた覚えが無い。リハビリがてら一人で散歩に出ていたこともあったので、その時にアノエラさんと会って話をしたのだろうか。
 ワカ旦那さんは誰に助けられたのか覚えていないけど、ワカ旦那さんを助けたヨハンさん……いや、公に【アンナ】さんと名乗っているあの人はギルドナイト。いくら村の生まれといっても、一介のハンターが事情を聞くのは立場的に難しそうだ。
 ワカ旦那さんの話を聞いていたからかどこか気落ちしながらもお酒を飲んでいるグリフィスさんから少し離れた所では、ハビエルさんとエイドさんもお酒を口にしたのかあちらもほろ酔い状態で会話をしていた。

「なあおっちゃん、アタシってむっちりなん?」
「どうしたんだい唐突に。エイドちゃんはごくごく一般的な女の子の体格じゃないか」
「あんな、昨日変な酔っぱらいのにいちゃんたちにむっちりって言われてん。しかもフィスさんのおっぱいは小さいって」
「ぶっ」

 ちょうどお酒を口に含んでいたのかハビエルさんが激しく咳き込んだ。咳をするハビエルさんの大きな背中をテッカが優しくトントンと叩いてあげている。
 ちなみにエールはというとハビエルさんの近くにいるだけで満足しているのか、エイドさんの隣で恍惚の笑みを隠しもせずに晒しながらぷかぷか浮いていた。
 話の内容に興味が無いのか、トラフズクさんは何の反応も見せずにカワセミと一緒に湯船に浮かせる鳥のおもちゃ(こちらでは素材でしか目にすることが無い【彩鳥クルペッコ】がモデルらしい)を浮かべて遊んでいる。とりあえずグリフィスさんの耳にエイドさんの言葉が届いていないことだけが幸いだ。

「フィスさんみたいなスタイルええなーって思ってるのに、実際どうなん? 男の人って大きいのと小さいのとどっちがええの?」
「うーん、おっさんは形かな。形が良ければ大きさは別に気にしていないよ」
「ふーん? それじゃハビおっちゃんの奥さんのおっぱいってキレイやったんやろねー」
「ははは、それはもちろん」

 普段はあまり女性について語ることが無いハビエルさんまでこんな状態なのだからお酒の力って凄いなと思う。そんな不思議な会話を聞いた後に目線を戻してぎょっとする。
 ワカ旦那さんにつられたのかグリフィスさんまでぽろぽろと涙をこぼしながらお酒を飲んでいて、二人で泣きながらお酒を酌み交わすという奇妙な状況になっていた。肌の色が薄い二人がほっぺたを赤くしながらお酒を飲んでいるので、飲みすぎて具合が悪くなってしまうのではとボクもリエンも心配しているけれど、異質な雰囲気に何も言い出せない。

「どうして俺とヒナは別々の孤児院に引き取られてしまったんだろう。生きているってわかっていれば俺、どんな手を使ってでも会おうとしたのに」
「ワカ、その気持ちはわかるわ。ひとりぼっちって辛いよね、私も独りになってすごく悲しい思いをしたから……。」
「わかってくれて嬉しいよ、フィスちゃん……!」
「わかるわよぉ、ワカ!」

「モーナコ、ご主人様とワカさん大丈夫ですニャ? いつものご主人様じゃなくてボク、心配ニャ」
「ニャー……どうしましょうニャ」

 泣きながらお酒を飲む二人には男女のいいムードなんて何も無く、涙を流しつつ意気投合してがっちり握手した後に男らしく肩を叩き合いそうな勢いすらあるように見えた。
 この異様な雰囲気にさすがにエイドさんたちも気付き、呆気にとられてしまった。やがて泣き疲れてしまったのか、うとうととしだしたのでハビエルさんが宿に戻ることを提案した。
 グリフィスさんの帰り支度はエイドさんにお願いして、着替えをなんとか自力でしてもらった後二人と合流するまで待っている内に壁に寄りかかって静かに寝息をたて始めてしまったワカ旦那さんを見ながら、ハビエルさんが説明してくれた。

「泣き上戸ってのはね、普段自分の気持ちを押さえ込んでいる人がお酒に酔って隠している気持ちを爆発させるために涙が出てしまうんだ。グリフィスちゃんもワカ君も、若いのに辛い目に遭っていたけどずっと我慢していたんだろうね」
「つらい、こと……。」

 今回のことでヒナさんがワカ旦那さんの大事な人だったことが明らかになっただろう。でもハビエルさんは何も言わないでくれた。家族や大切な人を失った悲しみを汲んでくれたのかもしれない。
 エイドさんたちがやって来たのでワカ旦那さんを無理やり起こしてハビエルさんに肩を貸してもらい、グリフィスさんはエイドさんが肩を貸す形でどうにか宿に戻った。このお礼はどこかで返さなくちゃ。

 これで二日目は終了。明日は少しゆっくりした後にバルバレに帰ることになる。またいつかこの村に遊びに来れたらいいなと思いながら、ボクはオトモアイルー用の小さな布団にくるまった。
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