狩人話譚

□ ボクとワカ旦那さん[3] □

ボクとユクモ村【2】

 村に着いて早速温泉に向かうのかと思いきや、武具屋さんでユクモノ防具を買っていた。防具といってもこちらの地域でいうブレイブ防具のように初心者ハンター向けの安価な素材でつくられているそうなので、バルバレに戻った後の狩りには向きそうにない。けれどせっかくの記念なのだから、と着替えて気分はすっかりユクモハンターだ。
 笠は手に持ち、渋い紫色を基調とした服装は赤が多いこの村の風景にとても似合っている。ちなみにボクらにもユクモノネコドウギを買ってくれたので、みんなユクモハンターになっている。

「全員同じ防具って面白いね、普段こんなことにはならないだろうし」
「そうやねー。ユクモノ防具着るの初めてやったから似合うか不安やったけどどうかな、おっちゃん?」
「うん、似合ってるよエイドちゃん」
「ホント? 嬉しいな。……ん? どうしたん、フィスさん」
「えっ!? な、なんでもないわ……。」

 ハビエルさんと話をしていたエイドさんがふと視線を感じて近くにいたグリフィスさんに声をかけていたけれど、グリフィスさんはエイドさんの胸辺りを見ていたような気がする。
 その一方で、ワカ旦那さんとトラフズクさんは雑貨屋の隣にある大きなタマゴの殻がグラグラと揺れているのが気になっているようだ。中でタマゴを茹でていたようで、試食品を近くにいた女の人から受け取ると喜んで食べていた。似たような笑顔を見せるので、ここだけ見れば兄弟と間違われてもおかしくないかも。

 一度宿に行って温泉に入る支度をしようという話になり、階段を上っていく。ワカ旦那さんの足が心配だったけれど、少しずつ上がっていくのなら大丈夫みたいだ。宿の部屋に案内され(人数が多いので大きい部屋を用意された)、荷物を置いて温泉に向かう。
 温泉はさっきより更に長い階段の先にあってワカ旦那さんもさすがに狼狽えたけれど、ハビエルさんの肩を貸そうか?という言葉に大丈夫、と答えて自力で上る決意を固めたようだ。
 多くの観光客とすれ違いながら温泉に近づくにつれて、何かの匂いが強くなってきた。どこかで嗅いだことがあるような、独特の匂い。鼻をすんすんとさせていると、ワカ旦那さんがはは、と笑った。

「硫化水素の匂いだな。ほら、地底洞窟で硫黄結晶の納品依頼を請け負ったことがあっただろう? あれの匂いと同じだ」
「そうですニャ、硫黄結晶ですニャ! でもどうしてその匂いがここでするんですニャ?」
「硫化水素は温泉がわきでる吹き出し口によくたまるんだ。成分が一緒なんだろうな。温泉にはよくある匂いだよ」
「詳しいやね、ワカにいちゃん。あともう少しだよ、がんばって!」

 階段のてっぺんまであと少し。エイドさんに腕を引かれようやく最後の段に上り詰めたワカ旦那さんは、振り向いて自分が上ってきた階段を見下ろした。ほっと一安心したような表情で、先に建物の中に入っていたハビエルさんを追いかける。
 木で組み立てられた頑丈そうな建物の内部は温泉が近くにあるからかとてもぽかぽかしていて、遠くから水の音が聞こえる。湯気に包まれているのか心なしか視界が曇って見えた。
 ワカ旦那さんたちは受付から借りた【ユアミ】と呼ばれるタオルと水着のような短いパンツを受け取り、着替えるために男女別の脱衣所へ向かう。裸で入る温泉もあるそうだけど、混浴なのと体を休めることが前提なのでこうするらしい。
 ボクらオトモアイルーは服を脱いでそのまま入っていいそうなのでワカ旦那さんの着替えを待ち、準備が整ったところで大浴場へ向かおうとしたのだけれど背後からハビエルさんの声を聞いて振り向いた。

「ずいぶんと痛々しいね……。」

 ハビエルさんの視線はワカ旦那さんの右足に向けられていた。隣に立っていたトラフズクさんもそれに気がついてじっと見つめている。
 火傷を負ってから約二ヶ月程経ってようやく歩けるようになったワカ旦那さんの右足は、あのミラボレアスのブレスの威力を物語るかのように肌の色が赤黒くなってしまったのだった。太股の辺りまで火のブレスを浴びてしまったので範囲がとても広く、色白というほどでもないけど比較的色素の薄い左足と変色した右足との違いはとても目立ってしまう。
 これでも十分人前に見せられる程度には回復したのだ。最初の頃はもっと酷い傷だったのだから。ワカ旦那さんは改めて両足の色の違いを確認したけれど、首を振って笑顔で応える。

「見た目は酷いけど、触っても痛みは無いよ。これから薄くなっていくし、普段はあまり見せることもないから気にしていない」
「そうか。それじゃ大浴場へ行こうか」
「おんせん、たのしみ」
「ボクもニャ」

 岩で囲んだ大きな浴槽に、何人かの人がゆったりと浸かっている。端にはアイルーを模したような大きな顔の岩があり、口の部分から水がドバドバとこぼれている。あれが自然の力でわいているという温泉の水なのだろうか。
 桶でお湯を体にかけてから入るのがマナーだそうで、ボクの分はワカ旦那さんがかけてくれたのだけど本当に温かくて驚いた。お湯の量が多すぎて頭から思い切り被せられた直後思わず毛をぶるぶるさせて弾き飛ばすと、ワカ旦那さんにごめん、と笑いながら謝られた。
 人が座ってくつろぐのに適した深さに設計されているので、ボクらの身長だと立ってギリギリ首が出るかどうかという具合だ。これでリラックスできるのかなと近くにいた別のオトモアイルーを見ると、上手にぷかぷかと浮いていたのでなるほどと真似して足を浮かせる。

「極楽だなあ、気持ちいい」
「あ、いたいた! ワカにいちゃーん」

 頭にタオルを乗せて満足げにくつろいでいるワカ旦那さんを呼ぶ声を探すと、同じくタオルを巻いたエイドさんとグリフィスさん、そしてエールとテッカがやってきた。二人とも髪をまとめてタオルの中に押し込んでいるので、なんだか新鮮に見える。四人もかけ湯をすると温泉に入った。

「あったかくて気持ちええね」
「そうね……。」
「どうしたん、フィスさん。そんな端っこにおらんでこっち来ればええやん」
「……その、ちょっと見せたくなくて」
「見せたくない? 何を?」

 端っこというのは背後が全部岩と竹の壁の四隅。エイドさんに誘われても拒否していたけれど、エイドさんの寂しそうな表情に根負けしたのか、グリフィスさんは少しずつ近づいてきた。そしてワカ旦那さんの隣に座ったところで後ろを通り過ぎた観光客の目線がグリフィスさんの背中に向けられていたことに気付く。

「フィスちゃん、もしかして背中に……?」
「以前の狩りで受けた火傷の痕があるの。それが恥ずかしくて……ね」

 グリフィスさんの白い背中には、タオルで胸から下は隠れているものの明らかに広範囲に渡って受けただろう火傷の痕が残っていた。白い肌だからこそ余計に目立つ赤っぽい傷跡を見てワカ旦那さんの右足の火傷痕が連想される。

「宿敵から受けた傷なの。前はもっと酷かったんだけど、あいつを狩ってから少しずつ薄くなってきているわ」
「…………。」
「そうなん。フィスさんせっかく綺麗な白い肌してるんやし、これから薄くなって見えなくなればええね」
「ありがとう……エイド」

 グリフィスさんの宿敵、すなわちミラボレアス。一度敗れた相手に復讐を誓い、三年後に討伐した狩りから傷跡が薄くなってきたというのはグリフィスさんを縛っていた鎖が解けてきたように思えた。思わずワカ旦那さんが黙り込んでしまったのは、ボクと同じことを考えたからに違いない。

「ところで……ワカ君もそういう経験があったのかい?」
「すこし、あかい」
「えっ?」

 背後からやってきたハビエルさんとトラフズクさんに言われて背中をぐるりと見てみると、確かに一部が右足ほどではないけど赤くなっていた。着替えた直後には見られなかったのに。

「血行が良くなったからかな? 俺、色んなモンスターから何かと背中に攻撃を受けていたから。防具のおかげで大きな傷にはならずに済んでいたけど」

 思い出されるのはジンオウガの雷、亜種の赤黒い光もそうだし、記憶を失うきっかけにもなったリオレイア希少種の炎。確かによく背中に浴びている。けれどジンオウガ亜種の光はボクを庇ったために受けたものなので、申し訳ない気持ちになってしまった。

「ボクを庇った時もそうでしたニャ、背中でしたニャ」
「気にするなよ、ナコ。お前のおかげであの後記憶を全部取り戻せたんだから。それに傷跡は狩人の勲章だ、ってフェイ兄がよく言ってたし」
「勲章……おっさんのは勲章とは言えないかもな」
「おっちゃんも?」

 ハビエルさんがどこか自嘲的にこぼした言葉に首をかしげているとほら、とハビエルさんがボクらに広い背中を見せてくれた。数本の鋭い爪のような傷痕があり、背を向けたままハビエルさんはぽつりと語った。

「三年前に町を襲われた時に、家族を守ろうと戦おうとしたんだけどね……。あの時はハンターでも何でもなかったから、勝ち目なんて全く無かった。結局攻撃を受けて……そこからは覚えていないんだけど、あの後助けてくれた人の話によると水路に落ちて流された結果町の外に出てしまったそうなんだ。この傷はただの傷。誰かを守ってついた傷でもないんだ」
「……そうやったん」

 ハビエルさんの宿敵はシャガルマガラ。家族とお店を失ったという悲劇は聞いていたけれど、ハビエルさんは武器も無かったのにあの古龍に立ち向かっていた。まるで、ワカ旦那さんから聞いたナバケ村の人たちみたいだ。狩りの力が失われていたにも関わらず、村を守るためにジンオウガ亜種を追い払おうと必死に戦ったように。

「いいや、立派な勲章だよ、おっちゃん。おっちゃんは家族を守るためにあの古龍に立ち向かったんだ、本当に……立派だ」
「ありがとうワカ君。そう言ってくれると、救われる気持ちになるよ」

 ざぷん、と音を立ててお湯をすくって顔にかけるハビエルさんの隣にいたトラフズクさんの体がふらりと揺れてハビエルさんに寄りかかったので、どうしたのだろうと顔をのぞき込んで驚く。まるで具合が悪そうにぐったりとしていたから。

「トラフズクさん! 大丈夫ですニャ!?」
「あっつい……」
「しっかりするニャ、トラフズク」
「のぼせたんじゃないかな? 休ませるから一足先に宿に戻るよ」
「わかった。お大事にな、トラ」
「んー」

 気の抜けたような返事をしたトラフズクさんに肩を貸しながらハビエルさんが去る。テッカとカワセミも主についていくようで、『私たちも戻るニャ』と言って出ていった。
 一方のワカ旦那さんは、エイドさんとグリフィスさんに挟まれた状態だ。両手に華、というやつだろうか。ワカ旦那さんはほとんど意識していないようだけど。
 そう思ったのはボクだけではないようで、同じく温泉に浸かっていた若い男の人たちがにやにやしながらこちらを見ている。顔が赤いのはトラフズクさんのようにのぼせたからではなく、お酒を飲んだからみたいだ。少し離れているのにお酒の匂いがわかるぐらいたくさん飲んだようだから。

「よう兄ちゃん、カワイイ女の子二人もはべらせていい気分じゃねーの」
「うわ、酔っ払いニャ。絡み酒とか最低ニャ」

 エールが悪態をついたけれどそんなのお構いなしに近づいてくる。エイドさんが驚いてワカ旦那さんに身を寄せるのを見た酔っぱらいはケケケ、と変な笑い声を出した。

「おいおい怯えちゃってるじゃんこっちの子、カワイソー」
「でも可愛いくね? このむっちりしてるカラダ、いいじゃん。お尻は安産型かなー??」
「な、なんなんこの人ら。どうしようワカにいちゃん」
「さっさとあがろう、面倒事はごめんだしな」
「おい、逃げんなよ兄ちゃん!」

 あがろうとしたワカ旦那さんの肩に手を置いて中途半端な姿勢で制止をかける酔っ払いにボクはやめさせようと毛をぶわりと逆立てたけど、ワカ旦那さんの視線を受けて留まる。面倒事を起こさないでほしいと言っているような視線だったけれど、この質の悪い酔っぱらいからどうすれば逃げられるのだろう。
 立ち上がったことでワカ旦那さんの足が湯船からあがり、酔っ払いたちは視界に入った足を見て『うげっ』と潰れたような声を出した。

「なんだぁ? この兄ちゃん片足変だぞ」
「きもちわりー、なんだこの色」
「気持ち悪いと思うのなら、さっさと手を離してくれ。俺に構うな」
「アンタなんかにゃ用は無えよ、オレらはこのお嬢ちゃんたちに用があんの。なーどうよ? オレらと一緒に別の温泉も見て回らね?」

 ワカ旦那さんの火傷の痕を気持ち悪いなんて言われたことも頭にきたけど、未だにエイドさんとグリフィスさんを下心丸見えの視線で見る酔っ払いたちにそろそろ我慢ができなくなってきた。だけど、隣から殺気のこもった声が響いて思わず怯む。

「アンタら……黙ってれば好き放題言って、いい加減にしなよ」
「おっ、気が強いんだなぁこっちの子は」
「白い髪に白い肌……ひゅ~怒った顔も美人じゃねえの」

 ボクの気持ちを代弁するかのように立ち上がったグリフィスさんはにやにやしながら眺める酔っ払いに対してギロリと睨むけど、酔っぱらっているのかその殺気もあまり伝わっていないようで、かえって酔っ払いたちを調子に乗らせてしまった。

「華奢なカラダもいいね~。ただ惜しむらくはおっぱいが小さいことかな」
「!?」
「揉みごたえが無さそうだなー。こっちの色黒の子は結構あるのに」
「…………。」
「フィ、フィスちゃん……?」

 ワカ旦那さんが狼狽えたのは、口を閉ざしたグリフィスさんから大型モンスター並の気迫が放たれているからだ。周りにいた人たちも思わずグリフィスさんの方を見てしまうほど。ぎりぎりと固く握られた拳が震えているのは、かなり怒っている証拠だ。

「気にしてるのに、よくも言ったな……この酔っ払いども!!」
「ひゃげぇぇっ!?」
「ぎょえええええっ!!」

 スパン、スパーンとグリフィスさんのビンタが酔っ払いのほっぺたに炸裂した。身長の倍はある太刀を振り回すグリフィスさんの腕の力は細い見た目に反してかなりのものな上に、酔っ払いは気が抜けていたのか避けることすらせず直撃を許したため、ふらふらと頭を揺らして伸びた。
 顔は湯船から出ているので溺れる心配は無さそうだ。ほっぺたに付いた手の形をした赤い跡が痛そうだけど、自業自得。

「私、宿に戻るわ。こんな奴らと一緒にいたくない!」

 ざわつく周りの視線なんて気にせず、スタスタと歩いてグリフィスさんは浴場を去ってしまった。誰もが呆然としてしまったけれど、一番驚いていたのはオトモアイルーのリエンだった。十分体が温まったはずなのに、ブルブルと震えてしまっている。

「ご、ご主人様って、ぶち切れると恐ろしいニャ」
「見事な一撃だったニャ。さすが凄腕ハンター、会心率が高いニャ。エイドも見習うべきニャ」
「フィスちゃんのビンタは痛いぞ。ハンターでないとたぶん耐えられない」
「ビンタされたことあるん、ワカにいちゃん……というかビンタされちゃうようなことしたん!?」
「あ、いや、ちょっとした誤解で……うん」
「今の話でワカのカブがガタ落ちニャ」
「僕、ご主人様に聞いてみるニャ」
「やめてくれリエン、本当に誤解なんだって!」

 二人のオトモアイルーに大慌てするワカ旦那さんはあのことをだいぶ反省しているようだ。ミラボレアスを討伐した後に力尽きたグリフィスさんを動けない体でしっかり支えるために抱きしめてしまったので、目を覚ましたグリフィスさんに驚かれてビンタを受けたあの出来事は当事者たちとボクしか知らない。
 バルバレに着くまでには消えたから良かったけれど、しばらくの間左のほっぺたに三本ツメの模様とは違う赤い模様が残ってしまったのは今でも忘れられないでいる。

「とりあえず、俺らもあがろうか」
「そうやね。悪いのはこの人たちやけど、すっかり居づらくなっちゃったし」
「まだ日はあるし、別の時にまた堪能すればいいニャ」

 こうしてボクらは宿に戻ることにした。同じ部屋なので先に休んでいたハビエルさんとトラフズクさんは、機嫌の悪そうなグリフィスさんに戸惑っていた。温泉で何があったかなんて、言えたものじゃない。
 そのあとユクモ村で採れた新鮮な魚のお刺身や特産品をふんだんに使った豪勢な料理をいただいている内にグリフィスさんの怒りも収まったようだったので、心の中で安堵しながら一日目が終わった。

 窓にぶら下げている鈴がチリンチリン、と風に揺られる度に奏でられる。その綺麗な音に引き込まれるようにボクはすぅっと眠りに落ちていった。
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