狩人話譚

□ ボクとワカ旦那さん[3] □

ボクとユクモ村【1】

「本当に大丈夫なんですニャ? 杖がなくても」
「あれからかなり日数が経過したしな、そろそろ歩けるようにならないと。さあ、立ってみろよジン」
「うん……。」

 ハラハラしながら見守るボクとは対照的にフェイさんが真面目な表情でワカ旦那さんに立つように指示する。ベッドから足をおろし、両腕に力を入れてゆっくりと腰を上げた。包帯を巻かれた右足は、今のところ何事も無いように地面の上に立っている。

「…………。」

 火傷を負っていない左足に重心をおいていたようで、少しずつ右足にも力を入れる。両手を宙に浮かせたままおそるおそる足下を見ていたけれど、両足でしっかりと立ったのか驚きと喜びが混じった表情に変わった。

「……たっ、た」
「やりましたニャ、ワカ旦那さん!!」
「ナコ……俺、立ってるんだな」
「まだだぜ、ジン。その右足を前に出して、踏みしめな」

 思わず喜んで飛び跳ねたけれど、フェイさんの言う通りまだその場に立っただけだ。右足を少し浮かせて、そっと地面に下ろす。足を痛める様子は無い。そのままぐっと踏みしめて、今度は左足を前に進める。
 そうして少しずつ前に進み、数メートル先にいたボクの元へゆっくりと近づいてきた。火傷が完治したのだと喜びで体が飛び跳ねた。

「ワカ旦那さん、歩けましたニャ! 良かったですニャ!」
「ああ、良かった……!」

 ボクの前にたどり着いたワカ旦那さんは腰をかがめてボクを抱き上げる。近くに立って様子を見ていたフェイさんも嬉しそうに笑い、親指を立ててテントの外に向けた。

「ジン、最後の試練だ。テントの外に出てみな」
「えっ? そ、外って俺インナーなんだけど」
「なあに、出てすぐに戻るだけでいいから!」

 にっと笑って促すフェイさんに渋々といった感じでワカ旦那さんはボクを抱いたまま外へ向かう。すると目の前にミサさんとリウさんが待っていたので、ボクもワカ旦那さんも目を丸くしてしまう。たまたま通りかかったとは言いがたい。

「ミサ姉、リウ兄もどうしてここに?」
「お前が装備していたガララ防具の修復が終わったから渡しに来たところだ。フェイ兄さんにここで待っていてくれと言われたから何かと思えば、こういうことか」
「へへっ、そういうこと」
「おめでとうジン、これからリハビリを続ければ狩りにも行けるわね」

 ミサさんもリウさんもワカ旦那さんが自分の足だけで外に出られたことを喜んでくれた。驚いてぽかんとしているワカ旦那さんの後ろで、フェイさんが成功と言わんばかりに笑っている。前もワカ旦那さんに内緒で3人でやってこようとしたし、サプライズをするのが好きなのかもしれない。現状を理解したワカ旦那さんの顔からも喜びがこぼれた。

「ありがとう、ミサ姉、リウ兄。フェイ兄も」
「自分の意志で歩いたのだから、お前の頑張りの成果だ」
「これなら大丈夫そうね。ジン、受け取って。快気祝いよ」

 ミサさんが茶封筒をワカ旦那さんの目の前に差し出す。赤い何かの模様が印字されているけれど、ギルドのものではない。ボクを抱いたままでは手が塞がっているので自分で腕から抜け出して見上げると、ワカ旦那さんが中身を確認しているところだった。横に長い紙が数枚入っていて、書いてある文字を読み上げる。

「……ユクモ、村?」
「ジンも知っているだろう。山岳地帯にある“温泉”が有名な村だ」
「村のことは知ってるけど……ミサ姉、どうしてそこに行けるチケットを?」
「私のキャラバンにいる子がくれたのよ。ジンにライトボウガンの技術を教えた【ロロ】と【モモ】を覚えてる? あの双子、ジンの話を聞いたら心配していてね。湯治にどうかって」
「ロロさんとモモさんが?」

 二人の名前はワカ旦那さんにライトボウガンの使い方を教えてくれた女性の双子ハンターとして聞いたことがある。会ったことは無いけれど、ワカ旦那さんのためにチケットを用意してくれたのだからきっと優しい人たちなのだろう。

「仲のいいハンターもどうだ、ってことで数枚入れたんだってさ。オレらも行きたかったんだけど今回だけはお前の仲間たちに譲るぜ。迷惑かけたりしたんだろうしな」
「仲の、いい……。」

 フェイさんの言葉にきっとエイドさんたちを思い浮かべているのだろう、枚数を数えている。チケットは全部で五枚。オトモアイルーを数えないのであればエイドさん、ハビエルさん、トラフズクさん、グリフィスさんでぴったりだ。となるとボクは留守番になってしまうけれど、ワカ旦那さんたちがのんびりできるのなら構わない。

「ありがとう、ミサ姉」
「お礼はあの子たちに言わないと。キャラバンの所まで行けそうかしら、せっかくだからリハビリがてら元気な姿を見せてあげたらどう?」
「そうだね、そうしようかな。防具もテントに戻さないといけないし」

 一旦テントに戻り、ガララアジャラの鎧を置いてユクモ風の服に着替える。ボクは何かがあったときのために杖を持っていくことにした。リウさんとフェイさんとは別れ、ミサさんと一緒にキャラバンに向かうことにした。
 その途中、ミサさんにワカ旦那さんのことを聞かれた。ワカ旦那さんが前より元気になったことに気が付いていたからだ。後ろからゆっくり歩いているワカ旦那さんに聞こえない程度の小さい声で、たまに後ろを振り返りながらボクはヒナさんのことを話した。
 ミサさんたちがワカ旦那さんのことで知っていたのは、名前に付けられた運命と村の結末だけだった。村の歴史やヒナさんのことを知らなかったのは、密猟者の子孫であることを隠したかったのだろうし、ヒナさんのことは生存していたことをワカ旦那さん自身が知らなかったからだろうか。ミサさんにそれらを詳しく説明することはしなかったけれど、いつかワカ旦那さんから話を打ち明けてくれることを信じている。



 バルバレは様々なキャラバンが集まっているけれど、ミサさんが所属しているキャラバンはその中でも規模が大きい。ハンターだけでなく、料理をする人、武器の加工をする人。男の人も女の人もアイルーもいて賑わっている。
 ワカ旦那さんはどのキャラバンにも所属せず、バルバレに根付いてギルドからの依頼を主に請け負うハンターだ。いつかワカ旦那さんもミサさんのようにどこかのキャラバンに所属して、あちこちを旅するようになるのだろうか。そんな未来もあるのかもしれない。
 ロロさんとモモさんは、双子だけあって顔がそっくりな綺麗な女の人たちだった。鮮やかな桃色の髪の毛を二つに結んでいるのがロロさん、一つに束ねて頭の上でお花のようにまとめているのがモモさんだそうだ。ユニオン色の防具をロロさんが、マカライト色の防具をモモさんが着ている。原種と亜種の色合いから想像するとイャンクックのガンナー用防具だろうか。
 チケットのお礼と今の状態の報告をすると、とても喜んでくれた。手を合わせて笑顔をほころばせるリアクションも一緒なところが双子らしいな、と思う。

「また元気になったらおいでよ。ライトボウガンのリハビリにもつき合うし、狩猟笛のハンターは少ないから助っ人をお願いするかもしれないから」
「モモの言う通りだね、せっかくアタシたちが教えたんだから腕をなまらせちゃダメだよ?」
「……うん」

 ワカ旦那さんの返事に間があったのは、ヒナさんからライトボウガンを引き継いだことを思い出していたように見えた。リオレウスの素材を主に使ったという【鳳仙火竜砲】。先日ギルドから許可を得てようやくテントに保管している武器の仲間入りを果たしたところだ。これからはあの形見の武器で狩りに向かうこともあるかもしれない。

「本格的に体を動かせるようになったらまた指導をお願いしたいんだけど、いいかな…?」
「任せて! ね、ロロ」
「もちろんだよ。ゆっくり休んできてね」
「ありがとう。お土産、買ってくるから。ミサ姉、俺そろそろ戻るよ」
「うん、元気でね。無理しちゃ駄目よ」

 三人に手を振り、ゆっくりとキャラバンを後にする。帰りはさすがに疲れてきたのか休みながらだったけれど、ワカ旦那さんは自分の足で歩けることの喜びをかみしめるように歩いていた。
 途中エイドさんたちにチケットを渡すためにそれぞれのテントにもお邪魔してきた。運良くみんなテントにいたので(グリフィスさんは『中がちらかってるから……』と言って外で話をしたけれど)チケットを渡す。出発は三日後で、二泊三日のツアーだ。専用の荷車が来るそうなので、それに乗ってユクモ村に向かう。
 ワカ旦那さんはユクモ村を知っているみたいだけれど、ボクはその村がどんな風景なのかもわからない。温泉というのがどんなものなのかも。当日になるまでワカ旦那さんと一緒に歩く練習をしながら、楽しみを募らせた。



 今回はハンターではなく観光客としてユクモ村に向かうため、全員いつもの鎧姿ではなくラフな服装だった。グリフィスさんの着ている袖の長い服と短めのパンツはどこかのキャラバンの女の人が着ていたものに似ている気がする。武器も持たずに荷車に乗り込むのは不思議な感覚だ。オトモアイルーたちも一人ずつなら引率可能なので、全員のオトモアイルーも勢ぞろいできた。

「ユクモ村か……温泉の観光地として有名だからゆっくりくつろげそうだね」
「ハビエルさん、温泉って何ですニャ?」
「モーナコは知らないニャ? ためたお湯の中に入ってじっくり温まるところニャ」
「それは、お風呂ってことですニャ?」
「そうニャ、自然の力でわくお風呂ニャ。私たちの知ってるお風呂は薪を燃やした火力で水を温めるけれど、温泉は最初から温かい水が吹き出しているのを利用するニャ」
「すごいですニャ……!」

 テッカは温泉が何たるかを知っているようで、ボクに丁寧に教えてくれた。自然のお風呂。一体どんなものなのだろう。あまりにもボクがワクワクしているような顔つきになっていたからか、ハビエルさんとテッカに笑われてしまった。それでも好奇心が尽きないのだからしょうがない。

「ワカ、やせた」
「えっ……痩せた、かな? 確かにずっと狩りに行ってないから筋肉も落ちたかもなあ」
「これからリハビリだね、ワカ君。いつかまた一緒に狩りをしよう」
「もちろんだ、その時はまたよろしく」
「リエンは温泉初めてですニャ? ボクは初めてですニャ」
「ボクも初めてニャ。カワセミは入ったことがあるニャ?」
「知ってはいたけど、毛がずぶぬれになるのはあまり好きじゃないから入ったことは無いニャ。だからどれほどのものか試させてもらうニャ」

 大きな荷車に乗せられたボクたちはちょうど男女(オトモアイルーも)に分かれて会話を弾ませていた。いつも狩りの場合は四人しか参加できないし、最近はワカ旦那さん…というよりヒナさんのことがあってからあまり会うことが無かった。
 狩りの最中で命を落としたヒナさんは、全員の心に陰を落としてしまったのだと思う。そのヒナさんの幼馴染であり、大切に想っていたワカ旦那さんはより一層。けれどワカ旦那さんが自分の足でチケットを届けたことで、ワカ旦那さんが体も心も元気になりつつあることを証明したからみんな揃ってくれたのだ。

「温泉かー、楽しみやね! フィスさん」
「そうね……。」
「あれ? ちょっと乗り気じゃないように見えるけど、温泉好きじゃないん?」
「そうじゃないけれど……エイド、知らないの? あそこって混浴なのよ」
「えっ、こんよ……ひゃあああぁ!?」
「ハビエルにボクの生まれたままの姿を見られてしまうニャ!」
「エール、今だってチョッキ着てるだけニャ」
「大問題ニャ、テッカ! このチョッキがあるか無いかでボクらの露出度が大きく変わってしまうニャ!」
「……ふふっ、面白いわね。この子たち」
「そうなん? いっつもこうなんよ。こ、混浴やけどせっかくやしフィスさんも入ろ?」
「うーん、どうしようかな」
「えぇーっ、一緒に入ろうやん! 入らんなんてもったいないし」
「わかったわ。もう、エイドの方が妹みたいね……」
「実際アタシ末っ子やもん、それに一歳しか違わんからあんまり変わらないやん」

 背後からは賑やかな女性陣の会話。エールは相変わらずの調子で、それを楽しげに眺めているグリフィスさんの声のトーンも弾んでいた。混浴?お風呂は裸で入るものだから……人間は裸になることを恥ずかしがるので、それを気にしているのかもしれない。
 半日ぐらいの移動を経て、ユクモ村にたどり着いた。夕焼けで綺麗なだいだい色に染まっている村は、石でできた階段がいくつもあり、そのてっぺんには大きな建物と赤い空に向けて湯気があげられていた。
 ところどころに見える赤い布に白い線で描かれていた模様は封筒に付けられていたものと同じで、どうやらあれはユクモ村のマークだったみたいだ。
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