狩人話譚

□ ボクとワカ旦那さん[3] □

ボクと軽弩使いさん【1】

「……ワカ君、ちょっといいかな」

 そう言ってハビエルさんたちがテントに入ってきた。帰還予定から数日遅れてバルバレに帰ってきた四人がまとう空気は、とても重い。ギルドに武具のメンテナンスを頼まずに直行で来たようで、防具がところどころ汚れているものの見たところ大怪我はしていないようだった。
 狩りを無事に終えたはずなのに深刻な表情を浮かべる四人に何があったのか僕もワカ旦那さんもわからず、思わず顔を見合わせる。ほっぺたにつけている赤い三本爪のフェイスペイントが少し剥がれたハビエルさんが、ワカ旦那さんに尋ねた。

「単刀直入に聞くよ。君の知り合いに【ヒナ】という女性ハンターはいるかい?」
「――――ッ」

 ひゅ、とワカ旦那さんが息を飲んだ音が聞こえた。ボクにしか聞こえないほど小さな音だったけれど、ワカ旦那さんは平常心を取り繕おうとしているようにも、表情を一生懸命に隠しているようにも見えた。そのまま静かにハビエルさんに問い返す。

「話が見えないな、何があったんだ? おっちゃん」
「ああ、突然すまない。実は……。」

 ハビエルさんたちは遺跡平原でリオレイア、ゲリョス、ケチャワチャの大連続狩猟を行う依頼を受けていた。ボクらオトモアイルーがモンニャン隊で火山へ向かっていた頃に討伐は完了したのだけれど、ギルドに戻る途中に緊急連絡が入った。
 地底火山でブラキディオスの討伐に挑んでいたハンターがグラビモス亜種の奇襲を受け危険な状態に陥っているそうで、ただちに地底火山へ救援に向かってほしいと頼まれたハビエルさんたちは移動を開始した。
 ハンターは四人。全員女性で、ギルドに通達をした一人は軽傷だったものの二人は自力で動けないほどの重傷を負ってしまい、そして最後の一人は……。ハビエルさんのトーンが一段と落ちる。

「胸部を熱線で貫かれていて、手の施しようが無かった。その子は自分を運び出したトラ君を見て『ジン』と呼んでね……。たまにワカ君とトラ君を間違える人がいるだろう? もしかしたらと思って」

 説明を終えたハビエルさんの後ろでエイドさんが両手で顔を覆って背を向けた。それを見たグリフィスさんがエイドさんの肩に手を置いて慰める。目の前で人の死を見たショックはかなり大きかったのだろう。

「ギルドカードはギルドに回収されているから外見を説明するのは難しいけれど、アイボリーの長髪で左目の近くに泣きぼくろがあった。目の色はヘーゼルだ」
「…………。」

 続けて話された外見の特徴を聞いてもワカ旦那さんは黙り込んだままだ。ワカ旦那さんの本名を知っている人はこの場にいるハビエルさんたち以外ではミサさんたち孤児院で出会った人たちだけだと思っていたけれど、他にも知っている人がいたのだろうか。

「……人違いだと思うな」

 ワカ旦那さんがようやく口を開いたけれど声色はとても硬く、シーツを握る手は震えていた。目線もハビエルさんたちの誰にも向けられず、ベッドの少し先に落としている。明らかに動揺を隠そうとしているワカ旦那さんのハチミツ色の瞳が、少し濁って見えた。

「故郷がジンオウガ亜種に襲われた時に村人は俺以外全員殺されてしまったし、孤児院で親しくなった人はミサ姉たちだけだ。ハンターになってからもミサ姉たち以外のハンターと行動したことは無いし、心当たりが無いんだ。別の誰かと間違えたんじゃないか? 瀕死の状態で意識が混濁していたなら、何が見えているのかもわからないだろうし」
「……そうか。何度も『ジン』『ごめん』と繰り返していたからワカ君の知り合いだったらと思っていたんだけど、人違いかもしれないね」
「ハビエル……。」
「ワカ君がそう言うんだ。ワカ君を信用しよう、グリフィスちゃん」

 グリフィスさんが何か言いたそうだったけど、ハビエルさんは首を横に振る。二人ともワカ旦那さんが嘘をついていることに気が付いている。恐らく涙を懸命に堪えているエイドさんも、静かにワカ旦那さんの様子を見つめているトラフズクさんも。それでも、ワカ旦那さんはその空気を払拭しようとした。

「ごめん、ちょっと横になるから外してくれないか?」
「わかった。余計な時間をとらせてすまなかったね」

 ワカ旦那さんのお願いを受けてハビエルさんが真っ先にテントを去った。トラフズクさんがハビエルさんの後を追い、心配そうに振り返りながらもグリフィスさんも出ていく。
 残されたエイドさんは何かを言いたそうだったけれど、ワカ旦那さんを呼ぶだけに終わった。

「……ワカにいちゃん」
「エドちゃん、大丈夫だ。少し休めば楽になるよ、大丈夫」

 力無く笑うワカ旦那さんの顔を見て一層表情を暗くしながら、エイドさんもテントから姿を消した。硬く握られた拳は、まだ震えている。静寂を取り戻したテントの中で、ワカ旦那さんはボクにも退室を促した。

「ナコ、お前も出るんだ」
「で、でも」
「大丈夫だって言ってるだろう? 少し眠るだけだから」

 歪な輝きを見せるハチミツ色の目で何度も繰り返される『大丈夫』。引き金のようにフェイさんの声が蘇ってきた。あの日の夕暮れに、力強さを秘めた青い瞳がボクに伝えたこと。

(『大丈夫』って何度も言うようになったら真逆の意味と受け取っていいぜ。ミサ姉ちゃんの言ってた“大泣きした”姿を見せたのがお前だけだっていうんなら、オレはお前にあいつを託すよ)

 大丈夫じゃないのに大丈夫だと、自分に言い聞かせようとしている。それに気付いてワカ旦那さんが心配になり立ち止まってしまったけれど、ワカ旦那さんはボクの気持ちを拒否するように静かに首を振った。

「頼むよ、ナコ。一人で休みたいんだ」

 ワカ旦那さんが頑固なのはそれなりの時間を共に過ごしてきているからよく理解している。ここまで懇願するようになったらもう何も聞いてくれない。じっとワカ旦那さんの顔を見る。

「…………。」
「……わかりました、ニャ。おやすみなさいニャ、ワカ旦那さん」

 意思疎通をする気が無いかのように目線を下ろしたまま動かす気配の無いワカ旦那さんに根負けしたボクも、渋々テントを出た。背後でワカ旦那さんがどんな表情をしているのか、確かめることができずに。



 ワカ旦那さんが宣言通り本当に横になって眠っているのかはわからないけれど、テントを出てしまった以上引き返すことはできない。このままミサさんかフェイさんの所へ向かい、ハビエルさんたちが会ったハンターについて聞いてみるべきだろうか。
 そう考えながら顔を上げると、テントを出た少し先にハビエルさんたちが立っていた。ボクを見つけたエイドさんが近づいたけれど、トラフズクさんがエイドさんをぐいと追い抜いてボクの目前に立ちはだかる。

「トラ君?」
「モーナコ、なんで出てきた」

 突然の行動に後ろで驚いているエイドさんを全く気にする素振りも見せず、トラフズクさんはボクの目をじっと見ていつもより低い声を発した。
 ハビエルさん以外にあまり感情を表に出さないトラフズクさんが、とても険しい表情をしている。初めて見る表情にボクは困惑してしまった。ワカ旦那さんもあまり怒る表情を見せることが無いけれど、こんな感じだったと思ってしまう程。
 真っ青な瞳がボクを射抜き、淡々と告げる。

「すぐにもどれ、モーナコ」
「ワカ、ないてる」

 その言葉を聞くと同時にボクの足は踵を返し、無意識の内にテントへ向かっていた。トラフズクさんが何に気が付いたのかはわからない。ただ、今ここですぐに引き返さないと取り返しのつかないことになってしまうような気がした。



 テントに戻ると、ワカ旦那さんは肩を震わせながら右手で顔を覆っていた。外にいるみんなに聞こえないように極力声を抑えてすすり泣く姿にボクの心の中で悲しみ、怒り、呆れ、たくさんの感情が渦巻いた。
 ワカ旦那さんは、ボクがテントを出た後にボクとの間に見えない壁をつくった。その壁がようやく見えた気がして、ボクは壁をぶち壊すように一心に駆けだした。

「――っ!?」

 下を向いていたせいか気が付かなかったワカ旦那さんの体に真正面から突撃してそのままベッドに沈ませると顔を覆っていた右手が離れ、ハチミツ色の目から涙をボロボロ流しながら声も出さずに驚いているワカ旦那さんの顔が見えた。
 現状を理解した驚きの表情はすぐに怒りの表情に変わり、ボクに怒号を飛ばす。

「どうして戻ってきた! 出て行けって言っただろう!」
「一人にできるわけありませんニャ! そんな、辛そうに泣いているのに!」

 ボクは今、オトモアイルーとして最低な行動をとっている。主であるハンターの言うことを無視して、足を怪我して動けないことをいいことにワカ旦那さんを押し倒して胸の上に圧し掛かっていた。
 本気でボクを追い出したいならすぐにボクの首根っこをつかんで放り投げればいいのにそうしないのは、そこまで気持ちの余裕が無いからだろうか。

「や、やかましいじゃ! 主人の言うことが聞けねえのかや!?」
「――!」

 今はもう聞くことが無くなった方言が飛び出し、しかも初めて主従関係を口実にボクに言い返す。本当に余裕が無いとわかると渦巻いていたいくつもの感情の1つだけが徐々に強くなってきて、昂っていた気持ちがどんどんしぼんできた。耳も、丸くなってしまった尾も垂れる感覚がする。

「どうしてですニャ、ワカ旦那さん。
 ボクは、ワカ旦那さんの傍にいちゃいけないんですニャ? 相棒と言ってくれたのは何だったんですニャ?」

 ワカ旦那さんの胸の上で体がブルブルと震えだす。視界が涙で霞んでよく見えない。
 残された最後の感情は、悲しみだった。

「ボク、ボク、辛いですニャ! ワカ旦那さんが、悲しいのに! ワカ旦那さんのオトモアイルーなのに!! 傍にいてあげられないのが、一番辛いですニャ! 今までたくさんボクのことを助けてくれているのに、どうしてボクにワカ旦那さんを助けさせてくれないんですニャ!? ボクは、ワカ旦那さんを助けたいんですニャ! 置いていかないでくださいニャ!!」

 自分でも言いたいことがまとまらないまま気持ちだけを吐露すると、突然ワカ旦那さんの上体が持ち上がったのでバランスを崩して後ろに転がりそうになる。だけどすぐにワカ旦那さんの左腕に支えられ、その後両腕で少し強めに抱きしめられた。

「……ごめん、ナコ。俺、自分のことしか考えていなかったんだな」
「ワカ旦那、さん」
「ごめん。自分勝手な言動でお前を泣かせてしまった」

 ワカ旦那さんの声は、涙声だけど先ほどの不安定さは無かった。抱擁を解いて、ボクの顔とワカ旦那さんの顔が間近で向かい合う。ハチミツ色の目からこぼれる滴は、記憶を取り戻したあの時よりもっと多かった。

「なあ、ナコ。聞いてくれるか? 俺の村のこと、“あの子”のこと」
「もちろんですニャ」

 見えない壁を壊されたワカ旦那さんは、全てをさらけ出す覚悟を決めてくれた。瞬きをすると、またポロッと涙がこぼれ落ちる。
 狩りの時はモンスターの弱点や肉質、状況を仲間に知らせるため常に冷静で落ち着いているけれど、今のワカ旦那さんはまるで……。そっとほっぺたに両手を添える。温かい涙がボクの薄いハチミツ色の毛に吸い込まれていった。

「ワカ旦那さん、泣きすぎですニャ。泣き虫さんですニャ」

 ボクの一言にワカ旦那さんのハチミツ色の目が丸くなる。けれどすぐに嬉しそうに、そしてどこか寂しそうに笑った。

「……まさか同じことを言われるなんて思わなかった」

 優しくボクの頭を撫でると、ワカ旦那さんはボクの目をしっかりと見て語り始めた。今となっては誰も知らないという、【ナバケ村】の話を。



「俺が住んでいた村は【ナバケ村】と呼ばれていた。その名前を知ったのは孤児院に来てからだったな。それまで俺の知る世界は村だけだったから、村に名前があることすら知らなかった。村はずっと雪に覆われていて、月日の流れなんて把握できない。だから俺は日の感覚や自分の年齢がわからないんだろうとミサ姉に言われた。

 いつ村ができたかはわからないけれど、村をつくったのは密猟をしたハンターと彼らを処罰できなかったギルドナイト。ハンターはただ狩りを楽しむために虐殺の限りを尽くしたとも、町を守るために一心不乱に狩り続けた結果、種を絶やしてしまったとも言われている。ギルドナイトはハンターを処罰しなければならなかったけれど、それができずに身分を投げ捨ててハンターと一緒に逃げてしまった。ハンターとギルドナイトたちは、雪山の奥地でひっそりと暮らし始めた。それを知ったギルドは竜人を監視役として送り出した。村近辺のモンスターも密猟するようなら今度こそギルドの力をもって処罰しなければならないと……。

 でもハンターとギルドナイトが大型モンスターを狩ることは無かった。村の近くはガウシカやポポぐらいしか生息していないし、必要以上の狩猟はしなかった。地形の関係もあって、山に囲まれた村に大型モンスターが侵入できる余地が無かったんだ。隠れるように暮らし続ける彼らを見て竜人は共に暮らすことを決めた。おとぎ話のように【ズサマ】に教えられていたよ」
「ズサマ?」
「ギルドから遣わされた竜人だ。長老として、村の大事な役割を担う存在だった。元は古龍の動きを予測する【古龍占い師】という仕事に就いていたけれど、あることがきっかけで引退してナバケ村の監視役に任命されたらしい。よくよく考えれば左遷だったのかもな。知識が豊富で、何でも教えてくれた優しい爺ちゃんだった。村が維持できたのもズサマのおかげだと思う。けれど、ズサマはナバケ村の人間に掟を施さなくてはならなくなった。それが“名前”の洗礼だ。

 人の持つ固有記号“名前”に意味を持たせる。村の創始者であるハンターとギルドナイトは全員同じ頃に同じ病で死んでしまった。密猟と、その罪人を裁かなかった罰が下ったのだろうと言われている。そこで、ズサマは竜人の力で新たな命の未来を占い、その生にふさわしい名を与えていたんだ。名前にはその人の生涯を示す言葉が刻まれていて、その通りに生きることで先祖の罪を償わなくちゃいけなくなった。ナバケ村の人たちは、生まれた時から罪を背負っているんだ」
「ワカ旦那さんの名前は、一体」
「俺の……【ジン】は、『【仁】の心を以て【人】に【尽】くす【刃】』。それは、村をつくってから誰一人としてならなかったモンスターハンターになることを告げられていた」
「お告げの通りに、ハンターになったんですニャ?」
「ああ、ハンターになった後にも続きがあるからな」
「続き?」
「『その身を【塵】にするまで【陣】を舞う荒れ狂う【迅】とならん』……。俺は狩りの中で死ぬ運命にある」
「!?」

 いつもの調子で言われたその言葉に心臓が凍り付いた。ワカ旦那さんは死ぬためにハンターになった、それがご先祖様の償いになるなんてボクには信じられなかった。
 今までに思い当たるいくつかの命を落としかねない選択。全てそのために計算された行動だというのなら、ワカ旦那さんはとんでもない人だ。

「だから……だから、あんな無謀なことばかりしていたんですニャ!?」
「……そう、なのかもしれない。本当に無意識だったんだ。シャガルマガラの狩りの時にTHEレクイエムを背負ったのも、あのモンスターに単身で挑もうとしたフィスちゃんに協力したのも」
「ワカ旦那さん、死んじゃ嫌ですニャ! 死ぬためにハンターになったなんて、悲しすぎますニャ……!」
「……ごめん」

 危険が多いハンターという職業故にいつかは来てしまうかもしれないと覚悟していた別れが思ったより近くに存在していたと思うと、ボクは怖くて涙が止まらなかった。
 ボクを抱きしめて謝りながら、ワカ旦那さんは話を続ける。
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