狩人話譚

□ ボクとワカ旦那さん[3] □

ボクとオトモアイルーたち【1】

 ぽかぽか陽気に包まれたバルバレの中を歩く。お日様はちょうど頭の上にあり、ボクはお昼ご飯の調達を終えてテントに戻るところだった。今日はボク一人じゃない。来客も一緒だ。

「へー、杖を使って歩けるようになったんね。良かったやん」
「世話を焼かせるハンターニャ。さっさと治してまた狩りに顔を出してほしいニャ」

 買い物をしていたところ偶然居合わせたエイドさんとエール。声をかけられたので姿を捜すと、エイドさんが見慣れたゲリョス装備ではなく青い鱗に覆われた鎧を着込んでいたので驚いた。
 【蒼火竜】と呼ばれるリオレウス亜種の防具で、青と黒でまとめられた出で立ちにカッコイイなと見上げていたらエールにこっちも見ろと言わんばかりに突かれた。エールも毛色と同じ青のアシラネコではなく碧を主張したジンオウネコの防具を身につけていて、二人一緒に防具を新調したのだと教えられた。

 二人は新しい防具に上機嫌でテントへ戻る途中にボクを見つけたそうで、ワカ旦那さんの所で談話をしながらお昼を食べたいとボクについてきている。いくら杖を使って歩けるようになったとはいえ、多くの人が行き交う中を歩くのは危険なのでテントの外に出たことは無い。だから誰かが来てくれるとワカ旦那さんはとても喜んでいた。『寂しがり屋』とフェイさんが言っていた通りだなと思う。

「ワカにいちゃんもびっくりしてくれるかなー」
「ボクはワカ坊よりハビエルに見てほしかったニャ」
「何か言った? エール」
「空耳ニャ」

 中年男性が好みなエールはハビエルさんがお気に入りだけど自分を戦士だ、女は捨てた、と豪語してるためになかなか乙女らしい面を見せない。エイドさんの前では主の仲間であることを気にして表に出さないようにしているけど、オトモアイルーだけの時はハビエルさんの名前を頻繁に出すのでハビエルさんのオトモアイルーであるテッカはいつも微笑ましそうに見守っていた。



 ワカ旦那さんの待つテントまであと少し。お昼なので寝ていることは無いだろう。本を読んでいるのかなと思っていると、テントの中から声が聞こえてきた。既にお客さんがいるみたいだ。

「こんなにたくさん持ってきてくれるなんて助かるよ、ありがとう」
「私にできることはこれくらいだから……。」

 その声には聞き覚えがあった。『あの狩り』からしばらく聞いていなかったけれど、今でもはっきりと耳に残っている。帰ってきてくれたんだと嬉しく思いながら、テントの中に入った。

「ただいまですニャ」
「おかえり、ナコ」
「あ、ナコ君! おかえりなさい」
「お久しぶりですニャ、グリフィスさん」
「元気そうね、嬉しいわ」

 ミラボレアスを一緒に狩った太刀使いのハンター、グリフィスさん。
 狩りを終えてバルバレに着いた直後すぐにワカ旦那さんの治療のためにギルドに強制的に医療機関へ連れて行かれたので、ちゃんとした挨拶もできないままお別れしてしまった。ワカ旦那さんが受け取った手紙にはいつかバルバレに戻るという内容が記されていたそうだけど、約束通り来てくれた。バルバレギルドに正式にハンター登録をしてバルバレのハンターになったらしい。
 ワカ旦那さんの太股の上にはカゴに詰められた薬草などが乗っていて、お見舞いの品として持ってきてくれたようだ。グリフィスさんの青い目がボクの後ろに立っていた二人に向けられ、少しだけ首をかしげる。

「ナコ君、後ろの子たちは……?」
「アタシ【エイド】いいます。この子はアタシのオトモの【エール】」
「私は【グリフィス】。よろしくね」
「うん、よろしく! もしかしてワカにいちゃんと一緒に火山に向かったハンターって……?」
「私のことよ。私の不注意でワカがこんなことになってしまって……ごめんなさい」
「フィスちゃん、俺は平気だよ。それにこの怪我はフィスちゃんのせいじゃないから」

 グリフィスさんの会話から受ける印象が違う、そう思った。前はほとんど笑わないで親しみにくい感じがあったのに、今は朗らかに微笑んでいて普通の女の子といった雰囲気だ。憎しみの対象だったミラボレアスの狩りを経たことで、本来の性格が露になったのかもしれない。

「モーナコ。あのハンターの奥、何かいるニャ」
「えっ? ……ニャニャ?」

 エールがボクの腕をつついたので目を向けると、グリフィスさんの白い髪の影に黒くて小さい何かが見えた。そろっと回り込んでみると、そこにはアイルーが座っていた。今まで一言も声を出さなかったので気が付かなかった。
 毛並みは黒く、耳や手足の先は深い青のツートンカラー。パチリと目が合ったけれどそれでも何も言わないので、グリフィスさんに直接尋ねる。

「グリフィスさんのオトモアイルーですニャ?」
「そうなの、天空山で出会って。ほら、あいさつしなよ【リエン】」
「……リエン、ニャ」

 嬉しそうにオトモアイルー、【リエン】をだき抱えてボクとエールの前に見せる。元気が無いように見えるリエンは、不安そうな不満そうな、まるで初めて出会ったグリフィスさんのような雰囲気を出していた。

「わあ、可愛い! 野良アイルーをスカウトしたんね、すごいやん」
「ニャッ!!」
「えっ?」

 エイドさんがリエンに触れようとした途端、くるりと素早く身を回してグリフィスさんにしがみついてしまった。ボクらに対しては嫌がる様子じゃなかったのに、エイドさんが近づいたらこんな反応を見せるなんて一体どうしたのだろう。

「ごめんねエイド。この子、人に慣れていないの。ワカにも触らせようとしなかったし……。」
「積極性は個人差があるからな。少しずつ慣れていけばいいさ」
「…………。」

 な?とワカ旦那さんが黙り込んだままのリエンにもう一度声をかけるも返事は無し。エイドさんがちょっと残念そうに一歩下がると、グリフィスさんがまたごめんね、と言ってリエンの顔が見えるように抱き直す。
 気まずい空気が流れ出した中、グリフィスさんが口を開いた。

「ワカ、エイド。お願いがあるの。この子を【モンニャン隊】に連れて行ってほしい」
「モンニャン隊に?」
「いきなり人に慣れるのは難しいから、まずはアイルーたちと友達になってほしいの。そうすれば、人とも少しずつ親しくなっていけるんじゃないかって」
「なるほどな、モンニャン隊は五人まで行けるからここにはいないテッカとカワセミを入れても十分だ。ナコ、行けるか?」
「ボクはいけますニャ」
「ありがとうナコ君。リエンのこと、よろしくね」
「それじゃボクはハビエルのテントに行って話をしてくるニャ。エイドはここで待ってるニャ」
「あ、うん。お願いね、エール」

 エールの申し出はハビエルさんとお話する機会を得たいからなんだろうなと思いつつ、去るのを見送る。こうして新たにリエンを加えたオトモアイルーは全員モンニャン隊へ行き、ワカ旦那さんを除くハンターは丁度ハビエルさんが受注した依頼に向かうことになった。
 残るワカ旦那さんはボクたちと一緒にチコ村へ行くことにした。ハビエルさんが受けた依頼は大連続狩猟、三体のモンスターを数日かけて狩る大がかりなものだしモンニャン隊もいくら短いルートを選んでも日をまたいでしまう。そうなるとワカ旦那さんの看病をできる人がいなくなるので、最後の手段としてモンニャン隊出発の場所に隣接したチコ村のアイルーたちにお世話になることにした。



「【チコ村】?」
「リエンは初めて行くニャ? アイルーがたくさん住んでいる海辺のぽかぽかした村ニャ。みんな元気いっぱいニャ」

 リエンにとってチコ村、そもそも海すら初めてのようで心なしか目が好奇心で輝いて見える。アイルーたちとなら先ほど見せた人見知りは出ないみたいだ。
 船の中でテッカがリエンと話をしているのを遠巻きに眺めつつ、ボクは隅っこで横になったままのワカ旦那さんの傍に座っていた。ワカ旦那さんはリエンたちに聞こえないように控えめな声で、ボクがテントに来るまでしていた話を教えてくれた。

「リエンについてはフィスちゃんからあらかた聞いた。人間に捨てられた過去を引きずっているらしいんだ」
「ニャ? 捨て……?」
「命を救ってくれたフィスちゃんには心を開いているけど、他の人間はまだ信頼できない。よっぽど酷い目に遭ったんだろうな。可哀想に」

 人間に捨てられる。
 メラルーとして生きてきてオトモアイルーとなってからも旦那さんはワカ旦那さんしかいないボクにはその行動の意味すら理解できないけれど、ずっと一緒にいたワカ旦那さんの記憶があやふやになっていなくなってしまった時の感覚に近いのだろうか。信じていた足場が崩れ落ちる恐ろしさ、そして張り裂けるような胸の痛みに。

「ここにいるオトモたちは、みんな様々な経緯で今の主と出会ったアイルーばかりだ。リエンも人間が悪い奴らだけじゃないってわかってくれればいいんだけど」
「悪い、奴ら……。」
「お前は運が良かったんだろうな。いや、逆か。運が悪かったのかもしれない」
「ワカ旦那さん……?」
「そろそろチコ村に着くんじゃないか? アイルーの賑やかな声が聞こえる」

 言われた通り、波の音に混じって来客を歓迎する漁師アイルーたちの声が聞こえる。チコ村に到着してまずは村長さんにあいさつと事情を説明して、ワカ旦那さんを少しの間ここで休ませてもらう許可を得た。
 ボクたちはすぐにモンニャン隊の準備に入ったけど、その間ワカ旦那さんは村長さんの隣に座って話をしていた。足下にはアイルーもいて、ユクモ風の服で足しか見えていない包帯を巻かれた右足を心配そうに見ながら会話に混ざっている。

「満員で出発するなんて初めてニャ。楽しみニャ」
「狩りを五人で行っちゃダメなのは5が不吉な数字だからと言われているニャ、まさか誰かがモンスターに食べられたりしないニャ?」
「カワセミ、それはリエンに悪いニャ。私たちはオトモアイルーだからきっと関係無いニャ」
「テッカの言う通りですニャ、だからリエンもこっちに来て下さいニャ」
「……ニャァ」

 それぞれが着替えている中少し距離をとっているリエンに話しかける。オトモアイルーになったばかりらしいリエンは、若葉色のヘルメットと土色の鎧が特徴のどんぐりネコ防具を装備していた。
 リエンの目線はボクらの装備に向けられていて、それに気が付いたテッカの右目がにこりと細められる。

「みんな、すごいカッコイイ装備ニャ」
「リエンもモンニャン隊に何度も参加すればいい素材を手に入れて、リエンの旦那さんに頼んで加工屋さんにつくってもらえるニャ」
「ご主人様に……。」

 オトモアイルーとして一番経歴が長いテッカはボクらのリーダーだ。ボクも当初右も左もわからなかったけど物腰の柔らかいテッカは何でも丁寧に教えてくれたな、と装備を興味深げに眺めているリエンを見て思い返す。
 女性のアイルーでボクらをまとめるリーダーシップのとれるしっかり者はリエンにも優しく接しているので、とてもリラックスしているように見えた。

 テッカは温かそうな黄金色のフードとコートのルドロスネコ、カワセミは真っ黒な毛並みに対して真っ白な飾り髪とベストのキリンネコ、エールは武士のような碧の鎧のジンオウネコ、そしてボクはハチミツ色にカブレライト色の模様が入ったレックスネコ。
 みんなそれぞれの防具をまとって食料も準備万端。ぷかぷかと浮かぶタルに5匹がしがみついて、海を渡って今回の目的地【火山】へ向かった。



 今回の依頼は火山の麓に密かに存在するアイルーの村の近くを火竜リオレウスがうろついているので撃退してほしい、というものだった。アイルーが住みやすいように道幅を狭くしているため、人間は立ち入ることができないからボクたち狩りに慣れたオトモアイルーの出番というわけだ。
 地上から溢れるマグマは迫力満点。溶岩島にも似ているけれど遠くまで続く真っ黒な大地はボクらの足では何日もかかりそうなほど広いことを見せ付けていた。高所にある村を目指して狭い登り坂を歩きているリエンを背後で火薬草をポーチに入れていたテッカが呼ぶ。

「役に立ちそうなお宝があったら拾うし、小型モンスターくらいなら討伐するけど大型モンスターは撃退が限界ニャ。恐らく私たちが全員束になったって日が暮れても倒れてくれないニャ」
「テッカたちが束になってもニャ?」
「そうニャ。だから本当に狩るのはハンターと力を合わせる時ニャ」
「それでも人間だって当たりどころが悪ければ死んじゃうニャ」
「カワセミ、そこで口を挟んじゃダメニャ」
「本当のことを言って何がいけないニャ。ハンターがいるから大丈夫なんて油断してると、一撃でもっていかれるニャ」

 テッカとリエンの会話にカワセミが真実だけど夢を壊しかねない一言を発してエールに咎められる。カワセミはしっかりと現実を見据えている。だからこそ相手に釘を刺すように容赦無くピシャリと言うけれど、それを生意気な態度と受け取るハンターもいるそうだ。
 『まるで天空山より高いプライドを持ったアイルーだ』と揶揄された時は、意地悪を言ったハンターの鎧のつなぎ目の裏にツメでぷすりと反撃したとハビエルさんが言っていた。

「……ニャ、みんな。ボク、みんなのご主人様との出会いを聞きたいニャ。みんなのご主人様がどんな人たちなのか、知りたいニャ」

 リエンがぽつりと呟くと、その場がしんと静まり返る。人を信じられなくなったリエンの心をなんとかできるチャンスじゃないかとボクは思った。だから同意しようと口を開いたら、先にエールが反応を示した。

「ボクも興味あるニャ。テッカ、ハビエルとはどんな出会いだったニャ?」
「相変わらずエールはハビエルのことばっかりニャ。いいニャ、村に着くまで話しながら進むニャ」

 こうして、ボクらの旦那さんとのお話が始まった。
 オトモアイルーだけの、旦那さんたちには内緒のお話。
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