狩人話譚

□ ボクとワカ旦那さん[3] □

ボクと義姉兄さん【2】

 すぐに霞ヶ草を見つけて摘んだリウさんにこの花だ、と見本として見せてもらう。採取の依頼でここへ訪れた際にワカ旦那さんが気まぐれで摘んでいた白い花だ。
 草むらを調べては摘み取ってポーチに入れる作業を続けていると、またぽつぽつと会話が始まる。

「ジンのあの髪型もすっかり様になったようね」
「ああ。目を合わせないように伸ばしたままでは仲間と打ち解けるのは難しかっただろう」
「なあモーナコ。いつ髪を切ったんだ? あんな、眉まで見える短さにさ」

 ボクはワカ旦那さんの前髪が長かった頃を知らない。ボクが出会った時から、ワカ旦那さんはあのこざっぱりとした短髪だ。
 チコ村に漂着した際、本人の意識が無いため有無を言わせずに邪魔そうだと思った村長さんに切られてしまったことだけは把握している。そのことを伝えると苦笑いされた。どうやらあの髪型は三人にとって見慣れないものらしい。

「孤児院で会った頃は臆病といえるぐらい大人しくて、部屋の隅っこで縮こまっていたわ。その頃からもう前髪は長かったわね。なかなか素顔を見せてくれなかったもの」
「オレが声をかけたらビビって泣き出してさ。それでリウが時間をかけて説得した。そうしてやっとオレたちに馴染んでくれたんだよな」
「フェイ兄さんの大きな声でずいずいと迫られたら、気の弱い人はかえって萎縮してしまうだろう。あれはフェイ兄さんが悪い」

 あらかた探し尽くしたので隣のエリアへ移動する。一時的にボクといた頃の記憶を忘れてしまった時にエイドさんに詰め寄られた途端リウさんの後ろに隠れてしまった、人見知りで臆病な姿がワカ旦那さんの本来の性格。
 今じゃ目をじっと見られること以外は人見知りもしないし、怖がるのも小さな虫ぐらい。そう思うとチコ村で過ごした1年はワカ旦那さんをたくましく成長させた、と言えるのかもしれない。

「私たちは孤児だった、特にジンは幸せだった空間を突然全て奪われたから辛かったでしょうね。乗り越えて前向きになってくれて、本当に良かったわ」

 ふわりと涼しい風が吹いて、安堵の声を漏らすミサさんの赤い髪がハチミツ色のヴェールの下でなびく。煌びやかな黄金の鎧が日光に反射し、その輝きに照らされた赤髪はとても綺麗だ。
 同じく髪を長く伸ばしていたグリフィスさんの髪の色は雪のように真っ白で、まるで絹糸のように細くしなやかだったなと考えていると『ほら、手が止まってるぜ』とフェイさんに軽く頭をがしりとつかまれた。

「霞ヶ草だけ重点的に探すとあっという間に終わるな。こんなにあっさり終わるものだったか?」
「フェイったら、最近討伐の依頼ばかり受けていたんじゃない? 霞ヶ草の形も完全に忘れてるみたいだし」
「い、いいじゃねえかよ。受ける依頼は自由なんだから」

 照れながらボクの頭に乗せたままの手を乱暴に動かすので、兜が外れてしまいそうだ。だけどグラグラしていたのはボクの視界だけではなかった。体全体に感じる地鳴りに気付いたリウさんが立ち上がってああ、と小さく声をこぼす。

「フェイ兄さん、余計なことを言うから」
「何だよ!? オレのせいかよ!」

 フェイさんの怒鳴り声をかき消すほどの大きな音を立てて地面を盛り上げながら巨体が姿を見せる。大きな体の割に前足は非常に小さく、また頭も小さい。だけどとにかく目立つ渋い緑の体。
 ボクらの前に現れたのは【恐暴竜イビルジョー】。食いしん坊で暴れん坊という、かなり危険なモンスター。こんなところで出くわすなんて思わなかった。せっかく霞ヶ草をたくさん摘めたというのに。背負っているプーンギに手を伸ばそうとすると、ミサさんにその手をつかまれた。

「モーナコ君、いい? 逃げるわよ」
「えっ?」
「リウ、殿は任せたわ!」
「了解だ、ミサ姉さん」
「よっしゃ、ベースキャンプまで撤退だ!」
「え? ええっ??」

 ミサさんたちは武器を抜かない。それどころか背を向けて逃げ出した。採取ツアーなのでイビルジョーは討伐対象ではないけれど、ハンターとして対峙せずに撤退の構えを見せたことにボクは素直に驚いてしまった。

「ほら、早く!!」
「ニャァァ!?」

 体がふわりと浮く。せっかちなフェイさんが動かないボクの体を掴んで肩に抱き上げたので、ボクの視界はミサさんたちの向かう前方ではなく、イビルジョーが見える後方に広がった。
 イビルジョーはボクらを追いかけて来ずに、その場に一人残ったリウさんを標的にした。リウさんは盾を突き出すと低く身構えて防御態勢をとり、イビルジョーの噛み付きを盾でタイミング良く防いだものの勢いの強さに少し後ずさった。
 その直後にイビルジョーの小さな目が合ってしまったので、間違いなく次のターゲットはボクだと確信して足をバタバタさせて慌てて叫ぶけど、フェイさんは落ち着いてミサさんと連携をとっていた。

「フェイさん、イビルジョーがこっちに来ますニャ!」
「ルートは大丈夫か、ミサ姉ちゃん!」
「いいわよ、このまままっすぐ走って!」
「オッケー!! 落ちるなよ、モーナコ」

 退却の態勢を崩すことなくミサさんもフェイさんも走り続ける背後から、ズンズンと巨体を揺らしてイビルジョーが近づいて来る。いくら体力自慢のハンターでも強走薬無しでずっと走れるわけじゃない、このままじゃヘトヘトになって追いつかれてしまうのではと思った瞬間、イビルジョーが低く唸り声をあげてその場に留まった。まるで、痺れているような……いや、実際に痺れている。

「もしかして、【シビレ罠】ですニャ?」
「ええ、私が仕掛けたの」
「ミサ姉ちゃんの罠を仕掛けるスピードと正確さは罠師並だからなあ。飛び込んでくる奴らの足下に的確にハメちまうし」

 ミサさんはイビルジョーに背を向けて逃げていたほんの少しの時間でシビレ罠を仕掛け、更にその上を通らせるように誘導しながら撤退していた。
 動けないイビルジョーを追い抜くようにリウさんも走って来たけれど、素通りせずにイビルジョーの足下にそっと何かを置いた。お肉みたいだ。あれを食べさせて時間を稼ぐつもりなのだろうか。
 シビレ罠の効果が切れたイビルジョーは体を震わせ、再びボクらを追いかけようとしたけれどすぐ目の前にあるお肉に気が付いて、食いしん坊はあっさりとそれにがっついた。リウさんを待つために二人が足を止め、お肉を食べているイビルジョーを見つめている。

「さすがリウ、準備していたのね」
「前に出現したという報告を聞いていたからな」
「心配性だからなあ、お前は」

 笑いながらボクを降ろしたフェイさんがそう言うと同時にイビルジョーの体がぐらぐらと揺れて、倒れた。ぐうぐうと寝息をたてていることから、さっきのお肉は生肉にネムリ草を調合した【眠り肉】だったようだ。眠りに落ちる分、シビレ罠よりも効果が強く長い。

「急ぎましょう、ベースキャンプまではもう少しよ」

 イビルジョーが眠っている間にベースキャンプへ戻り、支給されたネコタクチケットを納品ボックスに入れてこの採取ツアーは終了した。



 手続きを終えてバルバレへ急ぎ足で戻っている途中に、ボクはリウさんに気になっていたことを聞いた。

「リウさん、どうして準備をしていたのにイビルジョーを狩らずに逃げたんですニャ?」
「俺たちは【モンスターハンター】だ。だが今ここに来た理由は弟のためだ。無用な狩りをするつもりは無い。イビルジョーは生態系を破壊するおそれのあるモンスターだから、俺たちがここで狩らなくてはいけない相手だったかもしれない。しかしタフネスなイビルジョーを討伐するには時間がかかる、そうなればジンをずっと待たせることになるぞ」
「帰ったらギルドにイビルジョーに遭遇したことを報告するわ。近い内に討伐の依頼が上がるわよ」
「そうそう! 別にギルドに怒られるわけじゃないから心配するなって」

 三人はあくまでワカ旦那さんを優先していた。きっと三人の実力ならイビルジョーを討伐することもできたけど、一刻も早くバルバレに、ワカ旦那さんの元に戻ろうとしていたのだ。煙玉、閃光玉、こやし玉、落とし穴、たくさんの道具を三人で分担して持ってきていたのは安全に撤退するための用意だった。
 ワカ旦那さんに対する三人の兄弟愛、家族愛をひしひしと感じ、敗北感に似たものが心の底からわいてきた。……そんなことを思っている場合じゃないのだけれど。

「やっぱり敵いませんニャ、ミサさんたちには」
「ふふっ、十年以上一緒に暮らしていたからね。だけどジンがハンターになってからあんなに大泣きする姿を晒したのはモーナコ君だけよ。私たちには必死に見せまいと意地を張っていたのにね」
「え? あいつ、何したの??」
「秘密、ね? モーナコ君」

 ミサさんの言う『大泣きした姿』とは、ジンオウガ亜種討伐のときに記憶を全部取り戻して、泣きながらボクに謝ってきたときのことだ。あの場にいたのはボクとワカ旦那さん、そして様子を見に降りてきたミサさんだけだった。なので経緯を知らないフェイさんが割り込んできたけど、ミサさんはそれを軽く流す。

「だから何だよ、ミサ姉ちゃん! 気になる!!」
「あ、ほらバルバレが近づいてきたわ! ジンが待ちくたびれてるわよ」
「ちぇっ、上手いこと話をそらして……。」

 集会所に戻ってギルドに報告書を提出し、霞ヶ草も用途や経緯を説明して持ち帰ることができたので、これでようやくワカ旦那さんの腰痛に効く薬をつくることができそうだ。



 リウさんが薬の調合をして、ミサさんが手当てをしている間にフェイさんは街に夕飯の買い出しへ。ボクはリウさんのつくる薬の手順を見ていた。腰に霞ヶ草を調合した湿布を貼ると、じんわりと効いているようでワカ旦那さんがふう、と息を吐く。

「ひんやりとして気持ちいいよ、ありがとう」
「ストックはそれなりにあるが、いつかはまた切れてしまう。それまでには脚の具合も良くなって寝たきりでなければいいが」
「ただいまー! 夕飯と“いいもの”を買ってきたぜ」

 陽気な声と共にフェイさんが買い出しから戻ってきた。片手にはボクたちの夕飯が入っている布袋、そしてもう片手には数本の木の棒。何に使うのかわからない棒の存在に思わず視線が釘付けになっていることに気が付いたフェイさんがへへっ、と笑った。

「チコ村から入ったいい木材があってさ。夕飯を食ったらちょっとしたものを作ってやるよ」

 ココットライスとたてがみマグロのチャーハンを美味しくいただいた後、フェイさんが外で木材を加工するそうなのでついて行った。
 人気の無い外れで、フェイさんは小さなナイフで棒の長さや太さを調整しながら削り始める。削り終えた長い棒と短い棒を組み込んでいくとそれはVの字型の杖に変わり、出来映えに満足したフェイさんはボクに使い方を見せてくれた。

「右足を怪我しているから、こんな感じで左手に持つんだ。ここを脇で挟んで左足に重心を置くようにすれば、こいつを支えに片足でも歩けるようになるんだぜ」
「すごいですニャ、フェイさん」
「へへっ、すげえだろ。調合は下手だけど、こういう仕事には自信があるんだ」

 鼻の下をこすって自信ありげに笑うフェイさんから杖を受け取る。心なしか海の匂いがしてチコ村のみんなの顔が思い浮かぶ。

「ありがとうございますニャ、フェイさん。ワカ旦那さんもきっと喜びますニャ」
「今のオレにできることはこれぐらいしか無いからな。……なあ、モーナコ」

 フェイさんの明るい口調が急に暗くなる。同時に、表情も寂しげなものに変わってしまった。日が沈んできたからか、風も冷たくなった気がする。

「あいつ、本当は寂しがり屋なんだ。自ら独りを選んでいたくせに、独りを嫌がる。それに意地っ張りで、面倒な弟だ」
「…………。」
「怪我してハンターができなくなっちまって……元気なふりをしてるけど、本当は気が滅入ってるぜ。だから、できるだけ傍にいてやってくれ」
「わかりましたニャ」

 気が滅入っている。フェイさんの言葉に胸に深く何かが突き刺さった。あの狩りから一度も痛いとも辛いとも言っていないけれど、それは我慢していただけ?またボクに本心を告げないでいた?不安ばかりが渦巻いてしまう。

「あとさ、『大丈夫』って何度も言うようになったら真逆の意味と受け取っていいぜ。ミサ姉ちゃんの言ってた“大泣きした”姿を見せたのがお前だけだっていうんなら、オレはお前にあいつを託すよ」

 背を屈めて、ボクの頭を加減を知らない強い力で撫でる。兄弟であるフェイさんたちならワカ旦那さんを元気にさせられるはずなのに、あくまでボクにその役を頼もうとしていた。兄弟だからこそ必死に弱みを見せないようにするからだろうか。

「託す、つってもお前に全部を押しつけるわけじゃないからな。困ったことがあったらオレやミサ姉ちゃんに相談しても構わねえ。だけど、最終的にはきっとお前だけが頼りになる」

 ボクにはまだ自分に何ができるのかわからない、自信が無い。けれど、ボクはワカ旦那さんのオトモアイルー。ワカ旦那さんの傍に寄り添って、支えたい。その気持ちだけはずっと変わらない。

「ボク、ワカ旦那さんを助けたいですニャ」

 それでも、まだ全てを問いつめることはできないでいた。
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