狩人話譚

□ ボクとワカ旦那さん[3] □

ボクと義姉兄さん【1】

 朝を迎え、耳にぼんやりと賑わいの声が入り込んでくる。回復薬やピッケルを売る商人の声や狩りへ向かうハンターたちの足音が聞こえ始め、そろそろ起きてワカ旦那さんの朝ご飯を用意しないといけないなと考える。今のワカ旦那さんに必要なのは、一日でも早く足の火傷を治せるよう安静に過ごす環境なのだから。
 今日は何にしようか。昨日はお魚を食べたし、今度はお肉にしよう。そんな風にメニューを張り巡らせていると、頭の上の気配が少し動いた。

「……う、うぅ」

 ワカ旦那さんの声だ。だけどこの声の調子は寝言ではなくうなされているみたいで、ボクは一気に意識を覚醒させて飛びはねるようにベッドをのぞき込む。

「ワカ旦那さん! どうしましたニャ!? 傷が痛いんですニャ!?」

 仰向けに寝てうんうんと唸りながら眉間にしわを寄せるワカ旦那さんの肩を何度も叩く。意識ははっきりしているみたいで、加減をどうしようか悩みながらのボクの手をゆっくりとつかむとハチミツ色の目が開かれて……。

「すごく、腰が痛い……」

 右足ではない部位の不調を訴えられた。



「はあ…困りましたニャ」

 朝食を調達するために町中へとぼとぼと足を運びながら考える。ミラボレアスの狩りを終え……つまりはワカ旦那さんが怪我を負ってまだ三日も経っていない。
 右足はまだ曲げることもできず、薬草を張り替えたら後は大人しく横になったり足を伸ばしたまま座って本を読んで過ごすのが精一杯。しかも寝る際は寝返りにも気を遣って常に仰向けで寝ていた。もし右側に寝返りを打ってしまったら、バルバレ中にワカ旦那さんの情けない悲鳴が響いてしまうだろう。
 そんなわけで、色んなフィールドを走り回る体力自慢のハンターにとってじっとしている日々は体が堪えられなかったらしく、ワカ旦那さんの腰が声にならない悲鳴を上げてしまった。

「困ったな、完治するまではまだまだ日がかかるというのに……。」

 上体を起こして腰をさするワカ旦那さんを見上げつつ、腰痛に聞く薬があれば……と考えたところで思い当たるものが口からこぼれた。

「【霞ヶ草】……!」

 天空山に生えている霞ヶ草。チコ村にいた頃、村長さんがこれを欲していたのでワカ旦那さんが天空山へ向かい採取していたところガブラスに襲われていたジンオウガの子どもを見つけ、助けた矢先に親ジンオウガに雷を浴びて名前だけ思い出したという、忘れられない事件のきっかけ。あの草を調合して腰に貼ればだいぶ楽になるはずだ。

「そうか、俺がギルドに霞ヶ草の採取依頼を出せばいいのか。ハンターが依頼を出すのはみっともないけど、この状況ならギルドも依頼を受け付けてくれそうだし」
「待ってくださいニャワカ旦那さん、ボクが行ってきますニャ! 依頼を届けてから集会所に張り出されるまで数日かかるそうですニャ、その間にもっと腰が痛くなったら大変ですニャ」
「それはそうだけど、お前一人じゃ採取ツアーすら依頼を受けられないだろう?」

 的確に告げられる現実。今ほどオトモアイルーであることを悔やんだ瞬間は無い。ボクはワカ旦那さんのオトモアイルーであって、ハンターではない。主が不在でオトモアイルーだけが依頼を受けることなんてできない。その指摘にボクは黙り込むしかなかった。

「せめて俺のギルドカードの情報を得ているぐらいのハンターじゃないと、お前も同行させてもらえないだろうからな。やっぱりギルドに依頼を出すよ」
「ニャ……でも、ワカ旦那さん」
「気持ちだけでも十分だ、ありがとう。あとごめん、悪いけど朝ご飯の買い出しを頼むよ」

 そう言って横になったワカ旦那さんの姿を思い出して胸が痛む。自分の力でワカ旦那さんを助けられないのがとても悔しかった。だけど腹の虫がご飯を要求しているのでひとまずは朝食をとってから依頼を出そうとテントを出て、今に至る。

(エイドさんたちはみんな不在でしたニャ。ギルドに依頼を出すしか方法は無いんですニャ?)

 後ろめたさを感じつつも最後の望みとして3人のテントを覗いたけれど、全員依頼を受けて発った後で。猫背を更にぐんにゃりさせながら歩いていくと、後ろから『よう』と明るい声をかけられる。誰だろうと振り返ると、見覚えのある金髪と青い瞳が視界に入った。

「やっぱりジンのオトモアイルーじゃねえか。久しぶりだな」
「あ、フェイさん……。」

 ワカ旦那さんの義理のお兄さんの一人、フェイさん。ボク個人としてはワカ旦那さんが記憶を取り戻して以来あまり会うことは無かった。ワカ旦那さんは個人的に会っていたようだけど。
 フェイさんは前に見たジンオウガの鎧ではなく、海のように真っ青な鎧とちょっとくすんだオレンジのラインが特徴的な装備だった。確か【海竜ラギアクルス】というモンスターの素材でつくられた鎧だ。ラギアクルスはこちらには生息していないので、同等の価値がある別のモンスターの素材を商人と交換しなければ素材が集まらない、製作難度が高いものだ。
 ボク一人だったのを見て『あいつはどうした?』と尋ねられ、言葉に詰まっていると更に言葉を被せられる。

「さては、お前に飯を調達させて二度寝か?」
「ち、違いますニャ、ワカ旦那さんは」
「ん? ジンがどうかしたのか??」
「ニャ、ニャア……。」

 怪我をして動けないなんて知ったら、フェイさんならきっとテントに駆け込んでしまう。ワカ旦那さんもそれを予測していたのかフェイさんたちには話さないでほしいと言われていたので、狼狽えてしまった。
 もしかしたら事情を話せば力を貸してくれるんじゃないかと期待してしまい、しどろもどろになる。そんなボクの様子を見て何かを察したようで、フェイさんがにやりと笑みを浮かべる。

「わかったぜ、狩りで怪我しちまって動けなくなったんだろ。それで代わりにお前が飯なり薬なり買いに行く途中だったんだな?」
「あの、そのですニャ」
「よし! それならオレらに任せな! お前は先にテントに戻っててくれ、飯なら何か適当に買って行くから。じゃあな!」

 行動力があるともせっかちともいえるフェイさんの動きはとても素早い。静止の声もかける暇も無くあっという間に走り去ってしまった後ろ姿に呆然としながら、再びどうしようかと頭を抱えた。

「約束、破ってしまいましたニャ」



 行きも帰りもとぼとぼと歩いていた気がする。テントに入ると、まだ横になっていたワカ旦那さんが少しだけ体を起こした。

「おかえり……あれ? 手ぶらじゃないか。どうしたんだ??」
「ニャ、ワカ旦那さん……その、」
「ジン! ……おわああぁっ!!」
「えっ、フェイ兄!?」

 どう打ち明けようかと言葉を濁らせていたら背後からフェイさんが文字通り転がり込んできた。全力疾走してきたのか息は荒く、テントに入った途端足が絡まったみたいで、『あーくそ、痛え』と言いながら体を起こす。
 突然の来訪と転倒に言葉が出ないワカ旦那さんに近づくと、フェイさんは軽く右手を挙げた。

「よう、お見舞いに来たぜ」
「ど、どうしてここに……まさかナコ、お前」
「ごめんなさいですニャ、ワカ旦那さん」
「こいつは何も言ってないぜ。オレの推理でこんなことだろうなって思って来ただけさ。うわっ、これは酷くやられたもんだな」
「あ、うん……アグナコトルに」
「アグナコトル??」

 こちらには生息していないモンスターだからか、フェイさんが不思議そうに首をかしげたので事情を説明する。嘘で塗りたくられた、けれどボクらの立場を守るための偽りの話――ミラボレアスではなくアグナコトルを狩ったこと――をすると納得してくれたようだ。

「へえー、そんな遠い所にまで行ったのか。お前も随分と強くなったんだな」
「そんなことは無いよ、一緒に戦ってくれた仲間のおかげだよ」
「そうかあ? 前より攻撃に積極的になった、ってミサ姉ちゃんが言ってたぜ」
「私が話したのはだいぶ前だけどね」
「あれ、そうだ……っけ?」

 いつの間にか会話に新しい声が混ざっていることに気が付いて、フェイさんが会話を中断させて振り返る。ボクも顔を上げると、そこにはいつから入ってきていたのかワカ旦那さんの義理のお姉さん、ミサさんが立っていた。
 ミサさんもまた装備を変えていた。リオレイアが好きだというミサさんらしく、淡いピンク色のリオレイア亜種から上品な輝きを放つゴールドルナ、リオレイア希少種の鎧。三種のリオレイアを同時にたった一人で狩ったという【雌火竜落としのミサ】という異名は伊達じゃない。
 ワカ旦那さんもフェイさんも(もちろんボクも)驚いていたけれど、ミサさんはごくごく自然の調子でワカ旦那さんの目の前に何かが入ったカゴを差し出した。

「フェイに言われて来たのよ、ほら朝ご飯。まだなんでしょう? キングターキーとシモフリトマトのサンドイッチ、買ってきたわ。これ好きだったよね」
「あ、ありがとう」

 小さいカゴを優しく手渡し、ミサさんもまた右足を気遣うように観察している。そんなミサさんにテントの外を確認しながらフェイさんが声をかけた。

「ミサ姉ちゃん、リウは?」
「私がご飯を買ってた時に到着したみたい。荷物を整理したら来るはずよ」
「リウ兄まで来るの!? なんでいきなり」
「たまには四人で狩りをしようと思ってさ、それでお前を喜ばせたくて内緒で一斉に集まろうとしたんだがまさかこんなことになっちまってるなんてな」

 バルバレに拠点を置いているミサさんとフェイさんはすぐ動けるにしても、遠方のナグリ村からわざわざリウさんもやってくるなんて思いもせず、申し訳無さでワカ旦那さんは眉を下げる。

「ごめん、せっかく来てくれたのに」
「モンスターハンターだもの、負傷して休業することだってあるわよ。
 傷は酷いみたいだけど、無事で良かったわ」
「ミサ姉ちゃんの言う通りだな。こうやって挫折しながら強くなっていくんだぜ、ハンターってもんは」
「……うん」

 ワカ旦那さんがカゴからサンドイッチを取り出し、ボクにも一切れ渡してくれたのでほおばる。ちょっとピリッとする味付けのキングターキーに甘みの強いシモフリトマトがよく合う。おいしいなと味わっているとミサさんが提案を出した。

「何か力になれることは無いかしら? 塗り薬の材料になる薬草や、食材の調達ぐらいなら私たちにもできるわ」
「そうだな、なあどうなんだジン」
「……ミサ姉、フェイ兄。お願いしたいことがあるんだけど」

 ワカ旦那さんはギルドではなく、義兄弟に霞ヶ草採取の依頼をした。ミサさんが天空山の採取ツアーの依頼を受注し、フェイさんとリウさん、そしてボクもついていく。ワカ旦那さんはお留守番になるけれど、日帰りで戻れるのでそれまではまた横になってもらうしかない。腹ごしらえをしたら出発の準備をして、テントを発つことにした。



「それじゃ行ってくるぜ」
「うん、行ってらっしゃい。ナコも気を付けてな」
「ハイですニャ!」

 フェイさんが手を振るとワカ旦那さんもベッドの上から応じて見送ってくれた。朝食を終えた頃に赤と銀の鎧、アグナコトルの鎧(あのモンスターの鎧なんだ、と驚いた)を着たリウさんがやってきたので事情を説明して、ボクも含めた四人で集会所へ向かう。その途中でフェイさんがしみじみと話し出す。

「久しぶりだなー、三人で行くのは」
「そうね。今回はモーナコ君がいるけれど」
「あ、悪い」
「気にしないでくださいニャ、フェイさん」

 謝りながらボクの頭をくしゃくしゃとなでてくれるフェイさんの手の力は思ったより強い。ちょっと頭が痛いけれど、悪気は無いのだから好きにさせることにする。ワカ旦那さんのギルドカードの情報から義兄弟の三人を信頼できるということで、ボクも採取ツアーに参加させてもらえたことだし。

「本当に懐かしいぜ。あいつはハンターになる前、オレたちの狩猟道具を調合してくれてたんだ」
「その頃からワカ旦那さんは調合に詳しかったんですニャ?」
「そうね。調合の知識はリウが教え込んだわ。あの子、頭がいいから飲み込みがとても早くてあっという間に約二十種類もあるフエールピッケルを用いる調合まで覚えてしまったの」

 兄弟三人が顔を合わせることも久しぶりなのか、声も会話もとても弾んでいる。ボクの知らない、ハンターになる前のワカ旦那さんの話は新鮮だった。
 一足先にハンターになっていたミサさんたちの道具の下準備を手伝っていたことは聞いていたけれど、記憶した調合のレシピの多さに驚いた。だけど、そこでだが、とリウさんが口を挟む。

「回復薬の苦みが嫌いで、ハチミツを思いっきり足していたな」
「オレ、あれ好きだったけどな。甘くて飲みやすいんだぜ」

 エイドさんにワカ旦那さんの調合した回復薬グレートを飲ませて驚かれたことがある。『めっちゃ甘いやん! ハチミツどれぐらい入れたん!?』と迫られ、通常比率の倍に近いハチミツをブレンドしていると答えていて、それを聞いたハビエルさんに『ワカ君は甘い味つけが好みなんだね』と言われていた。でもハチミツの消耗が半端でないので、頻繁に採取していないといけなかった。そんな話を聞いてミサさんがくすくすと笑う。

「フェイもジンも味覚がお子さまなのよね」
「ひっでえなあミサ姉ちゃん、オレはあいつの兄貴なんだからガキじゃねえって!」
「あくまで絆を結んだ順だからな。ジンが実はフェイ兄さんより年上の可能性もある」
「リウまで容赦しねえのな……オレはそんなの信じねえから」
「そうね。わからないままだから、それでいいのよ」

 ボクは荷車の中で三人とたくさんの話をした。ボクからは最近のワカ旦那さんのことや、グループを解散してから出会ったトラフズクさんやグリフィスさんのことを話した。
 特に強化個体だったシャガルマガラを狩った話に興味を持たれた。シャガルマガラ自体ではなく、リウさんがナグリ村で評価しないと言った、『あの笛』で立ち向かったことに。

「やっぱりジンのやつ、無茶していやがったんじゃないか!」
「フェイさん、ワカ旦那さんを怒らないでくださいニャ。ハビエルさんを助けようと必死だったんですニャ」
「わかってるよ!! だけどな、気に喰わねえ」
「ジンはその後ナグリ村を訪れたんだが、その時に俺からも言っておいた。だからもう無理はしないと思っていたが……。」
「なんで、あいつは……ちくしょう」

 不満げに口を尖らせるフェイさんと静かにやりきれない憤りを見せるリウさんは、心の底からワカ旦那さんを心配し、批難していた。人のために自分を犠牲にする『自己犠牲』の精神。最近の狩猟の中でそれが顕著になってきた気がしたのは間違いでは無かった。
 リウさんはワカ旦那さんに名前について何かを叱っていたようにも思える。この三人なら知っているのだろうか、ワカ旦那さんがひたむきに隠している、独りで背負っているものを。

「ミサさん、ワカ旦那さんは一体」
「ごめんね、モーナコ君。あの子のことは私たちでも全部は知らないの。話せることについては、あの日に大体話したわ」

 『あの日』とはワカ旦那さんの村の仇であるジンオウガ亜種(村を滅ぼした個体そのものではないけれど)を討伐した帰りの日。
 ワカ旦那さんが疲れはてて眠っていることをいいことにボクが教えられたのは、ワカ旦那さんの故郷が雪深い地域の村で、ジンオウガ亜種に襲われてワカ旦那さんを残して滅びてしまって、それから孤児院に保護されてミサさんたちと出会って、やがてハンターになったことだけだ。村の詳しいことについて何か知っているのかもしれないけれど、口止めされているのだろう。

「そろそろシナト村よ。みんな、支度して」

 ミサさんの声にボクらは顔を上げる。荷車はシナト村にもう少しというところまで進んでいた。採取ツアーなので大型モンスターの出現情報は無い、安全をほぼ約束された状態だ。といっても突然何が出現してもいいように狩猟用の装備をしているけれど。

「霞ヶ草、というか植物の知識ならリウにお任せってところだな。頼むぜ」
「任せてくれ、フェイ兄さん」

 シナト村の長老に天空山へ向かう旨を伝え、門を開けてもらう。そびえ立つ山々。段差が多いので小さい体のボクには動き回るのがなかなか大変だけど、ワカ旦那さんのために一生懸命霞ヶ草を探さないと。
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