狩人話譚

□ ボクとワカ旦那さん[2] □

ボクと太刀使いさん【3】

 ドシャ、と瓦礫の上に受け身も取れずに落下する。鎧のおかげで堅い瓦礫でもなんとか痛みを我慢できたけど、顔を上げて……絶句した。

 ミラボレアスの前方に見えたのは、崩れ落ちた巨大な柱の残骸だけ。

 ワカ旦那さんの姿はどこにも無い。グリフィスさんは無事だったけど、同じく呆然と立ち尽くしている。そんなボクらの様子に気づいたのか、ゆっくりとミラボレアスはこちらを向いてにたりと笑った。まるで、次はボクたちの番だと言いたげに。

 ワカ旦那さん、どうしたんですニャ?
 どうして姿を見せないんですニャ?
 起き上がってくださいニャ、ワカ旦那さん。
 笛を吹かないと旋律の維持が――

「ナコ君!」

 意識を引きずり出されると同時に、グリフィスさんがボクを抱きかかえて飛ぶ。ボクがいた場所に火球が落ちて、瓦礫が散った。

「ナコ君、吹いて。回復笛を」
「グリフィスさん……。」

 ボクをそっと地面に下ろすと太刀を抜いて、再びミラボレアスと対峙する。回復笛……腰に付けていた角笛。ワカ旦那さんがつくってくれた笛。

「言ってたじゃない。“生き残ってみんなで帰ろう”って。それを言ったワカが死ぬわけないわ! 貴方はワカのオトモアイルーでしょう! オトモが主を信じないでどうするのよ!!」

 鎧の一部が砕け落ちた姿で、グリフィスさんは悲しみを堪えた表情で叫んだ。そうだ、ボクにとって一番大事な気持ち。ボクが今ここにいる理由。ワカ旦那さんのためにボクはここまで来たのだ。大丈夫、ワカ旦那さんはきっと生きてる。

 回復笛を手に取り、奏でる。大きな音色はミラボレアスの気を引くには十分すぎるもので、ボクめがけて這いずってくる。すぐには逃げない、ギリギリまで引きつけるんだ。
 囮となってモンスターの隙をつくらせるワカ旦那さんの動きを思い出しながら、ミラボレアスがボクに近づき喰らおうと口を開ける瞬間背後の壁を蹴り、頭部を踏みつけてかわす。
 その勢いのまま何度もバリスタを当ててボロボロになった翼膜にガララネコプーンギを叩きつけると、ビリビリと翼膜の一部が破れた。 怯んだ隙を見逃すわけが無く、グリフィスさんが気刃斬りを放つと正義の名を冠した太刀の刃が真紅に輝く。

「いけるわ! 絶対に、諦めない!」

 自分自身を励ますように、グリフィスさんが吼えた。グリフィスさんの強さは単なる狩りの腕だけではなく、最後まで諦めない精神力の強さもあってこそのもの。今のグリフィスさんの装備はあちこちが壊れてしまっていて、防御力がだいぶ落ちているだろう。更にワカ旦那さんが旋律を維持できなくなったことで身を守ってくれた防御旋律の効果はかき消えているし、風圧も、スタミナの消耗も防いでくれる旋律も既に消滅していた。
 何より体が極限を迎えていた。それでも、グリフィスさんは諦めない。自分の人生の、少しの間とはいえ行動を共にした仲間の、三年越しの仇を討つために気力だけで立っているように思えた。
 そのとき、ふいとミラボレアスが後ろを向いた。ボクとグリフィスさんに目も向けず、撃龍槍がある方向へ動き出す。まさかと思ったけれど、ミラボレアスの目線の先に人影があった。

「ワカ旦那さん!」

 兜は外れてしまったのか、黒土色の髪が揺れている。武器も背負っていないしハチミツ色の鎧はところどころが焦げていて、歩き方もどこかおぼつかない。
 それでもワカ旦那さんはゆっくりと確実に『ある場所』に向かって歩いていた。ワカ旦那さんの目的に気付いたグリフィスさんは急いでミラボレアスの後を追いかけていく。
 ボクも追いかけようとしたけれど、足の裏に違和感を覚えて足下を調べてみると、バリスタの弾に似た形の弾を見つけた。紐が装着されている……もしかしたら【拘束弾】なのかもしれない。
 すぐにバリスタに装着させようとしたけれど紐が邪魔でなかなか上手く装填できない。急がないと、ワカ旦那さんが今度こそミラボレアスに喰われてしまうのに!

「ワカーーッ!!」

 グリフィスさんの泣きそうな悲鳴に顔を上げると、ミラボレアスが上体を持ち上げて高台にたどり着いたワカ旦那さんの目の前に立ちはだかっていた。けれど、それより少しだけ早くワカ旦那さんがピッケルを振りかざす。

 二度目の撃龍槍。

 接近しすぎたため片方の撃龍槍がミラボレアスの胴体を掠める程度に終わってしまったけれど、動きを止めるには十分だった。よろめいたミラボレアスの着陸地点を見計らって、グリフィスさんが渾身の気刃斬りを放つ。首を狙って連続で斬りつけ、最後の回転斬りで顔に巨大な傷を負わせた。

「これで……終わりよ!!」

 間髪入れず振り向きざまに、刃がミラボレアスの右目を貫いた。



 THEジャスティスに右目を貫かれたミラボレアスが吼える。後ろに倒れそうな体を支えようと羽ばたかせたけど、直立することはできずぐらりと揺れて倒れた。それでも起きあがろうと長い首を持ち上げ、こちらを憎々しげにぎろりと睨むとゆっくり地面へ沈んだ。
 虚空を見つめ、口を開けたまま動かなくなったミラボレアスに近づいたグリフィスさんは、右目に突き刺さっていた太刀を抜いて鞘に納める。その顔つきは複雑そうで、色んな気持ちが渦巻いているのだろうと思う。
 高台のスイッチにもたれかかるようにしてミラボレアス討伐の瞬間を見ていたワカ旦那さんも高台から飛び降りたけど、右足が地面に着いた途端体が傾き派手に転んでしまった。そうだ、歩き方がおかしかったから足を怪我したに違いない。慌てて近寄ると、黒土色の頭が持ち上がる。

「ワカ旦那さん!」
「いつつ……すっかり忘れてた」

 壁に背を預け、座る態勢をとるために両腕で動かない右足を前に投げ出す。瓦礫の上に乗せられた右足は太股から先が赤黒く焼け焦げていて、嫌な臭いが立ちこめていた。ミラボレアスのブレスにやられてしまったのだろう。あまりの惨状に思わず眉にシワを寄せてしまった。

「酷い火傷ですニャ、歩けるんですニャ?」
「さっきまではとにかく必死だったから歩けたけど、流石にもう無理だろうな。しばらくは狩人稼業も休業か」

 苦笑いを浮かべるワカ旦那さんの顔には脂汗が浮かんでいて、痛みを我慢しているようだった。ポーチから秘薬を取り出すと、本来飲むはずのそれを右足に思いっきりぶちまける。応急処置なのかもしれない。よく見ると足の形がはっきりと見えたので、具足は既に無くインナーも焼け焦げて素足になっていたみたいだ。

「……フィスちゃん」

 ワカ旦那さんが立ち上がれないので座ったままミラボレアスを見つめているグリフィスさんに声をかけるけど、反応は無い。
 三年をかけて捜し求めた宿敵を狩ったグリフィスさんの心境はボクたちにはわからない。あの階段を上るときに『奴を狩ったら未練は無い』と言っていたから、全てを成し遂げた虚無感に囚われているのかもしれない。

「フィスちゃん、おめでとう。頑張ったな」

 その言葉にようやくグリフィスさんが顔を上げる。そして座り込んだままのワカ旦那さんの胸元に飛び込んだ。突然の行動に驚きつつも、ワカ旦那さんはしっかりとグリフィスさんを受け止めた。

「ありがとう、ワカ……! わたし、わたし……!!」

 顔を上げたグリフィスさんの目からは大量の涙がこぼれている。
 だけどそれは悲しみの涙ではなく、喜びの涙だとすぐにわかった。
 グリフィスさんが笑っていたから。

「あいつを、狩れたの……! みんなの力で、狩れたんだよね! ありがとうっ、ありがとう……!!」

 何度もお礼を言うグリフィスさんは、青い瞳からポロポロと涙を流しながら笑っていて。初めて見たグリフィスさんの笑顔は、本当に綺麗だった。いつもの真剣な眼差しが消えた柔らかい微笑みを見て、ワカ旦那さんも嬉しそうにハチミツ色の目を細める。

「うん、お疲れさま」
「良かった……ワカも、ナコ君も死ななく、て……」
「フィスちゃん?」

 グリフィスさんの声の語尾が弱々しくなり、ワカ旦那さんに寄りかかってきたので慌てて両腕で抱える。と、いっても動けないのでただ上半身を支えるだけに終わってしまったけれど。

「なんだか、つかれちゃった……」
「そうか……ゆっくり休むんだ。もう君を怯えさせる相手はいない」
「うん……」

 すう、と息を吐くと静かな寝息が聞こえてきた。あれほどの激闘を神経を張りつめたまま長時間こなしていたので、とうとう限界を迎えたようだ。
 とても安心したような、幸せそうな寝顔に『憑き物が落ちる』という表現が浮かぶ。グリフィスさんもエイドさんと年齢が近いようだったから、年相応の表情をようやく見せたのかもしれない。グリフィスさんの汚れてしまった髪を優しく撫で、ワカ旦那さんは顔を上げた。
 ワカ旦那さんも安堵からか笑っているけれど、おでこにこびりついている脂汗はボクの背中に冷や汗を流させる。

「……ナコもお疲れ。ミラボレアスの頭に乗るなんて、無茶したな」
「ワカ旦那さんこそ無理しすぎですニャ。そんな大火傷までして」
「大丈夫、まだ痛みを感じるから壊死はしていない。時間はかかるだろうけど、治療すればまた歩けるようになるさ」
「全然大丈夫に見えませんニャ! 顔色が悪いですニャ!!」
「はは、そうか」

 ワカ旦那さんの『大丈夫』はちっとも大丈夫じゃない。そう心に深く刻み込んだ。本気で怒っているボクに構わずやっぱり体が痛むのか控えめに笑い、ワカ旦那さんも大きく息を吐いた。
 深い眠りに落ちているグリフィスさんを手放さないようぎゅっと抱きしめて、ボクに眠そうなハチミツ色の目を向ける。

「ナコ、ごめん。俺もちょっと休むよ。フィスちゃんも起きたら、帰ろう」
「わかりましたニャ、二人はボクが守りますニャ」
「頼もしいな。それじゃ、たの、……」

 最後まで言い切らずにワカ旦那さんも眠りに落ちていく。会話が途切れ、シュレイド城は一気に沈黙した。シャガルマガラの時とは違い、狩猟後も空は変わらず不気味な色合いのままだ。満足げに眠っている二人の側にミラボレアスの遺骸が横たわっているのがとても不思議に見える。
 伝説上のモンスターとしか知られていなかった黒龍。何度も全身がバラバラにされるような痛い思いをして、何度もダメかもしれないと諦めそうになって、だけど何度も立ち上がって戦い続けた。今までの狩りで最も過酷だったな、とミラボレアスの潰れた右目を見て思い返す。

「……?」

 気のせいだろうか、首が少し動いた気がする。まさか、と思い直す。見間違えたのだろう、そうとでも思わないと……そんな現実逃避は、バリバリと床を抉る音で打ち砕かれた。
 全身が悪寒に包まれ、血の気が引く。そしてわき上がってくるのは、絶望。

「そ……そんニャ……」

 ミラボレアスが、立ち上がった。

 右目は潰れているし、あちこちから血を流しているけど残った左目はボクとしっかりと捉えている。口元からは荒い息がフーフーと漏れていた。まだ生きていたなんて!

「ワ、ワカ旦那さん、グリフィスさん……!」

 ミラボレアスの強い殺気をも感じ取れないほど二人は力尽きていた。巨体の影がボクらをすっぽりと覆い、ボクらを押し潰そうとこちらへゆっくり体を押し倒し始める。
 二人を運ぶ力は無いけど、ボク一人逃げるわけにもいかない。約束したから、『守る』と。
 無謀とわかっていても、ボクはガララネコプーンギを構えた。あの頭部めがけて投げつけるのがせめてもの抵抗。ゆっくりと接近する黒い影に、ボクは覚悟を決めた。

「!?」

 その直後、突然視界の右側から何かがミラボレアスに突き刺さった。
 それはミラボレアスの巨体をぐいと強引に引っ張る。ボクらを真上から潰そうとしたミラボレアスは勢いのまま右側に倒れ、再びズシンと大地を揺らした。今度こそ動かなくなった姿を見て思わず腰が抜けてしまい、ぺたんと座り込む。

「い、いったい何が……?」
「いやー、驚いたなぁ」
「ニャッ!?」

 何が起こったのか理解できない頭に、更に理解できないことが起こる。どうしてこの人がここに来ているのだろうか。その人はミラボレアスを一瞥すると、ワカ旦那さんとグリフィスさんに目線を向けて二人の様子に軽く茶々を入れた。

「本当にこいつを討伐してくれるなんてね。しかしなんだいこの二人、付き合ってるの? 抱き合っちゃって」
「ニャ、あの……」
「ん? ああ、無事だったんだね、オトモ君。ミラボレアスを討伐したオトモアイルーなんて名誉なことじゃないか」

 白い鎧のハンター。今思えばあれはミラボレアスの注意喚起だったであろう手紙をワカ旦那さんに送りつけた男の人。前は兜を被っていたから顔が見えなかったけど、今回は兜を外し素顔を晒していた。
 若いように思えた声と喋り方とは裏腹に、顔つきはしっかりしていて(どこか感情を読み取れないニヒルな笑みを浮かべているけれど)、ワカ旦那さんとハビエルさんの間ぐらいの年齢に見える。髪はワカ旦那さんより明るい茶色で、てっぺんで縛った毛先はまるで花のように広がっていた。初めて見る素顔に驚きつつも、おそるおそる尋ねた。

「どうしてここに来たんですニャ?」
「決まってるだろう、見届けに来たのさ。僕は【ギルドナイト】だからね」
「ギルドナイト!?」

 ギルドナイト、ギルド直属のハンター。だけど裏では密漁や違反をするハンターを取り締まる仕事もしていると酒場で聞いたことがある。
 ギルドナイトと呼ばれる防具を見たことがあるけれど、目の前のこの人はそれではない、モンスターの素材でつくられた防具を着込んでいるので一目ではギルドナイトとはわからない。気づかれないようにあえて一般的なハンターの服装をしていたのかもしれないけれど。

「黒龍ミラボレアスはハンター二名、オトモアイルー一名の計三名で討伐。最期に悪あがきのように抵抗を図ったがバリスタが暴発し装填されていた単発式拘束弾が発射。ミラボレアスの体を縛り、攻撃を阻止。完全討伐を果たす。……こんなものでいいかな」

 ミラボレアスの最後の攻撃を止めたのは、バリスタの拘束弾。ボクが装填したけれど発射までは至らず、結局撃たずに放置していたはず。暴発とは考えにくいので、この人が撃ったのだろうか。
 ギルドナイトは手帳をしまうとワカ旦那さんに体を預けて眠るグリフィスさんに近づき、屈んで温かい眼差しを向ける。ニヒルな笑みがふっと消えたので、こんな表情ができるのかと失礼ながらも驚いてしまった。

「グリフィスちゃん、おめでとう。あの日から三年か……だいぶ変わったねぇ」
「グリフィスさんと知り合いなんですニャ?」
「うーん、“命の恩人”かな? あ、僕が助けた側ね。こっちの彼も」
「ワカ旦那さんも……?」

 唐突にワカ旦那さんを指されて驚く。ワカ旦那さんはこのギルドナイトと面識が無かった。素顔も見せていなければ名前も名乗らなかったせいもあるだろうけれど、ワカ旦那さんの命の恩人とはどういうことなのだろうか。口を開けたままのボクを見てギルドナイトも拍子抜けしたような顔をした。

「あれ? もしかして聞いていないのかい?」
「何がですニャ? ワカ旦那さんはギルドナイトさんに助けてもらったことがあったんですニャ?」
「……そうか、まだ打ち明ける勇気は無いのか」

 急に真剣な表情になってワカ旦那さんを見下ろすギルドナイトにボクは何かされるのではないかとヒヤヒヤしたけれど、呆れているような、哀れんでいるような目線を浴びせるだけに終わった。

「この足じゃ一、ニヶ月はまともに狩りなんかできないだろうし、その間に聞いてごらんよ。ここまで尽くしてくれる相棒にそろそろ話したっていいことだろうに」

 思い出されるのはナグリ村でのワカ旦那さんとリウさんのやりとり。ワカ旦那さんの本当の名前が関わっているようだけれど、詳しいことはわからないままだった。しみじみと何かを考えながら、ギルドナイトは本人が聞いていないにも関わらず静かに声をかけた。

「あの時の少年がここまで成長するとは思わなかったなぁ。だけど……いつまで背負い続けるんだい? 【ナバケ村】の末子」

 ナバケ村。聞いたことの無い名前だ。それがワカ旦那さんの故郷の名前?マントを軽く翻しさてと、とギルドナイトが顔をこちらに向けて呟く。

「あ、そうそうモーナコ君」
「なんですニャ?」
「僕はギルドナイトの【ヨハン】。いつも名乗っている偽名は【アンナ】」
「??」
「僕の決して語らない秘密だ。君はたった今これを知ったけれど、どこにも打ち明けてはならない。誰かに漏らそうものなら……わかっているね?」

 一方的に告げられたギルドナイト、【ヨハン】さんの名前。そもそもギルドナイト自体が正体を現すことの無い特殊な組織だというのに、この人はあっさりと自分の名前を、それも本名まで晒した。

「ミラボレアスの討伐は本当に極秘任務だ。帰ったところで討伐したのがこの黒龍だなんて絶対に明かしてはいけないよ。君だけじゃない、この若きハンター二人にも危険が及ぶからね」
「それなのに、どうして教えたんですニャ?」
「んー、覚悟してもらいたいからかな? ミラボレアスはギルド内でも情報が厳重に取り扱われるモンスターだ。実在が知られれば世間はたちまち大混乱を引き起こす。そのため必死に存在はしない、と隠蔽を続けているのさ。君たちはそんなとんでもない奴を狩ってしまった。まあ、大人しくギルドの方針に従えば問題は起こらないけれどね」
「…………。」

 笑顔で恐ろしいことを言われてボクは表情を失う。グリフィスさんが三年前にこの黒龍と戦ったことを隠されてしまったように、この狩りも世間では存在しないことになる。でもそれを受け入れなければいけない。
 とても複雑な気分だけど、今までひっそりと実在したミラボレアスを狩ったハンターの存在が示唆されなかったのは、みんなこのことを受け入れたからなのだろう。黙ってしまったボクを見てうん、とヨハンさんは満足げに笑う。

「わかってくれたようだね、それじゃそろそろ僕は失礼するよ」
「あ、あのっ、ヨハ……えっと、アンナさん!」

 名前で呼ぼうと思ったけれどこれは触れてはいけないものだと気づいて言い直すと、それに気づいたのかにっこりと微笑んだ。もうこの人とは関わることすら控えた方がいいのだろうけれど、これだけは言いたかった。

「ものわかりのいい子は僕、好きだよ。何だい?」
「ありがとうございましたニャ。あの拘束弾が無かったら、ボクたちは死んでいましたニャ」
「……さあ、何のことかな? 記録にはバリスタの暴発とあるんだけどね」

 飄々とした態度でそう言い残してヨハンさんは茶色の髪を揺らしてシュレイド城を去り、再び静寂が訪れる。
 たくさんの話を受けてボクの頭はパニック寸前だ。ギルドナイトと接触したこと、ワカ旦那さんの過去も知っていること、この狩りは絶対に口外してはならないこと。とにかく最後のことだけは守らないといけないのだけは心に決めた。

 あれから少し経って、先に目を覚ましたグリフィスさんがワカ旦那さんに抱きしめられていることに驚いて思わずビンタをかましてしまい、ワカ旦那さんのキツい気付けとなったのは三人だけの秘密。



「ワカにいちゃん!」

 テントに飛び込んできたのはエイドさんだ。後ろにはエールもいる。ベッドに横になっていたワカ旦那さんが上体を起こすと、心配そうに包帯を巻かれた右足に目線を投げかけた。

「足、大丈夫なん? アグナコトルって奴にやられたって聞いたけど」
「うっかりなハンターニャ。話を聞いてからずっとエイドが心配していたニャ」
「面目ない。処置もちゃんとしたし、今は平気だよ」

 あの狩りはギルドによってこう処理された。

『孤島地方に存在する火山の不審な活動の調査のために送り出された女ハンターは、バルバレの町にて情報収集をしていた際に居合わせた男ハンターに同行を依頼。男ハンターのオトモアイルーを連れた計三名で火の国近辺の火山へ向かったところ、奥地にて【炎戈竜アグナコトル】が暴れ回っていたことが原因と判断。討伐を試み、数刻後に討伐完了。ただし男ハンターは狩猟開始直後にアグナコトルの攻撃により右足を負傷、離脱した』

 遠く離れたシュレイド城に行ったことを別の遠い地方へ出たことにして、更にワカ旦那さんの足の怪我もこちらには生息していないモンスターが原因とした。書物でアグナコトルを知っていたらしいワカ旦那さんと、実際に狩ったことのあるグリフィスさんが口裏合わせをして問題無く話を合わせられるようにできている。
 ちなみにボクはベースキャンプ近辺の捜索をして、その後離脱したワカ旦那さんの側にずっといたことになっているのでモンスターについては知らなくていいと言われた。

 続いてハビエルさんとトラフズクさん、更にテッカとカワセミもやって来た。四人がテントに入ると美味しそうな匂いもついてきたのは、大きめのお盆にたくさんの手料理を乗せてきたからだ。豪勢な手土産だな、とワカ旦那さんは喜んだ。

「しばらく留守にしているとは聞いたけれど、そんな遠方に向かっていたとはね」
「ごめんな、おっちゃん。内密にして欲しいって言われたから」
「ワカ、足、痛くない?」
「ああ、しばらく動かせないけど大丈夫だ。わざわざ来てくれてありがとう、トラ」
「きちんと治るなら安心ニャ。ニャ、カワセミ」
「そうニャ、命があるだけありがたいと思うべきニャ」
「カワセミは相変わらずだな。テッカも来てくれたんだな」
「手伝ってもらおうと思ってね、奮発してしまったし。
 結構酷い火傷だと聞いたから驚いたよ。直撃してしまったのかい?」
「流石に実物を討伐したのは初めてだったからグラビモス並の熱線をなぎ払うように撃つなんて思わなくてさ、油断したよ」

 ボクがミラボレアスの頭にしがみついていた時、ワカ旦那さんは大タル爆弾Gを使って柱を破壊しミラボレアスにぶつけようとしていたらしい。だけど頭部にしがみついていたボクが振り落とされたので準備が中途半端になった上にちょうど開けた視界の目の前にいたため見つかった。そこで、ワカ旦那さんは咄嗟に設置した爆弾で放たれると先読みしたミラボレアスのブレスと相殺を図った。爆弾を自分の足で蹴って起爆させ爆風で自分を後方へ無理矢理吹き飛ばし、ブレスを相殺しつつ少しでもブレスから離れようとしたけれど、投げ出されていた右足だけがブレスに当たってしまった。
 右足が骨まで溶けずに済んだのは、ずっと維持し続けていた防御力を高める旋律と、火属性に耐性のあるガララ防具、そして火耐性を上げる食事の効果のおかげだった。特にガララ防具と食事のおかげで火傷のダメージを抑えられた。それでも歩けなくなるほどだったのだから、着火した瞬間辺りが歪んで見えたほどのブレスは本当に凶悪な威力だと思う。
 その後崩れた柱の影に倒れたので追撃を免れ、ボクが吹いた回復笛によって全快ではないものの体力を取り戻したワカ旦那さんは、右足を無理矢理引きずる形で柱の残骸を伝って撃龍槍のスイッチの所まで歩いた。倒れた柱が橋の役目を果たしてくれたので、負傷した足でも高台に上ることができたらしい。そんな無茶をしたので、帰りはずっと荷車でうなされていた。

「一緒にいたハンターの子、もう出発したそうだね。どんな子だったのか見てみたかったよ」
「うん。ワカのともだち、気になった」
「あたしも! 凄腕のハンターやったんでしょ?」
「フィスちゃんかあ……。あの後話をする機会が無かったからな」

 バルバレに戻るとワカ旦那さんはすぐに手当を受けるためにギルドへ搬送された(治療だけでなくこの依頼に関わる全ての口止めの強要もされた)。この時にグリフィスさんとは別行動になり、テントに戻れるようになった時には既にバルバレを発ったという話を聞いた。
 ワカ旦那さんはお別れの挨拶ができなくてすごく残念がっていたけれど、テントの中にこっそりと手紙が忍び込まれていたようで大事に保管している。文章が気になったのだけれど、見せてくれなかった。概要だけは教えてくれたけど。

 ちなみに帰る途中にグリフィスさんにヨハンさんのことを名前と身分を言わずに伝えたところ、『やっぱりあの男!』と憤慨していた。三年前にミラボレアスに傷を負わされたグリフィスさんを助けたのがヨハンさんだったようで、またその後も何度か顔を合わせていたらしい。ヨハンさんがギルドナイトであることはミラボレアスを追いかけている間に知ったようだけど、本当の名前までは知らないみたいだ。
 更にワカ旦那さんのことをグリフィスさんに教えたり、シャガルマガラの太刀を製作してグリフィスさんに渡すように受付嬢に言い渡したのもヨハンさんだった。ギルドナイト、それもかなり上の立場の人ならそれぐらい許可を得なくても独断で行えるのも理解できる。
 自分にやたらお節介を焼く男、と好意的なのか嫌っているのかわからないような評価をしているみたいだけど、『人の寝顔を見てにやにやしていたなんて、今度会ったら礼を言った後にぶん殴ってやるわ』と話すグリフィスさんは決してヨハンさんを毛嫌いしているようには見えなかった。

「ちょっとの間バルバレを離れるらしいけど、いつかまた来るってさ」
「そうなん? それじゃまた会えるんやね」
「そういうこと。で、目の前に並べてもらったご馳走、そろそろ食べていいかな? 俺、お腹すいちゃって」
「そうだね、みんなの分のご飯も準備したし、ここで昼食にしよう。いいかい? ワカ君」
「もちろん。久々にみんなで食べたいし」
「モーナコ君、ワカ君の分の取り皿を出してくれるかい」
「わかりましたニャ!」

 みんなで『いただきます』の号令をしてご飯にかぶりつき、おしゃべりもして、味わう。和やかな空気に包まれて、生きて帰ってこられたんだと実感する。
 ボクはあの過酷な狩りのことを、絶対に忘れない。たとえ、口に出してはいけない禁忌の狩りでも。



「それじゃワカ旦那さん、行ってきますニャ」
「モーナコちゃん連れて行くね、ワカにいちゃん」
「エドちゃんになら安心してナコを任せられるよ。迷惑かけるんじゃないぞ、ナコ」
「わかっていますニャ! ワカ旦那さんもお薬ちゃんと飲んで下さいニャ」

 ワカ旦那さんは火傷の治療に専念するため、しばらく狩りをお休みすることになった。その間はエイドさんたちの狩りを手伝ったり、モンニャン隊の活動をしていたけれどヨハンさんが言っていた『ワカ旦那さんが背負い込んでいるもの』を問いただすことができないままでいた。

 ワカ旦那さん、その隠し事はボクには重すぎるものなんですニャ?
 どうしても胸の内を明かしてくれないんですニャ?
 ワカ旦那さんのすぐ傍に立っているものだと思っていたのに、
 実は見えない壁があった……そんな距離感を感じた。
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