狩人話譚

□ ボクとワカ旦那さん[2] □

ボクと太刀使いさん【1】

 シャガルマガラとの激戦を終えた数日後、ボクは火山のふもとにある【ナグリ村】というところに連れて行かれた。この村にはワカ旦那さんのお兄さんの一人、【リウ】さんが住んでいて未知の樹海で発掘される武具について日々調査をしているとか。
 ここに来た目的は、シャガルマガラに壊されてしまった狩猟笛【THEレクイエム】のマウスピースを修理するため。樹海で拾われる貴重で扱いの難しい武具を丁寧に研磨できる技術を頼り、このナグリ村の鍛冶屋に依頼したという。
 がっしりとした体格とモサモサした髭が特徴の土竜族のおじさんに狩猟笛と手紙であらかじめ教えられていた必要な素材を渡して修理してもらっている間に、ワカ旦那さんはリウさんと積もる話をしていた。
 久しぶりに再会した兄弟水入らずの時間なので、ボクはハンマーで叩いたり炉に入れたりと修理を行う土竜族のおじさんの動きを見ていたけど、少しだけ二人の話を聞いてしまった。

「……そうか、無事に狩ることができて何よりだ」
「うん」
「だがジン、その戦い方は俺も評価しない。ミサ姉さんも、フェイ兄さんもきっと同じことを言うだろう。お前はもう“あのこと”に縛られる必要は無いんだ」
「でも……。」
「ジン。仲間たちはお前を【ワカ】と呼ぶのだろう。背負わなくていい。俺は……俺たちは、お前には【人】でいてほしい」
「…………。」
「お前を【ジン】と呼べるのは知っている俺たちだけだ。仲間たちは何も知らないし、知る必要も無い。だからお前を咎める者など、どこにもいない」
「……ありがとう、リウ兄」

 リウさんたちは知っていて、ボクたちは知らないこと。ワカ旦那さんの本当の名前が【ジン】であることは、ハビエルさんとエイドさんも知っている。トラフズクさんもいずれ知ることになるかもしれないけど、秘密はそれだけじゃないみたいだ。

(ワカ旦那さん、オトモアイルーのボクにも教えられない秘密があるんですニャ?)

 ボクより上の存在(ボクよりずっと長くいるのだから勝ち目は無いのだけれど)にちょっと悔しい気持ちになっていると、誰かが火山の出入り口を下ってくるのが見えた。遠巻きに見てもわかるハンターの武器と防具、ということは依頼を受けてモンスターを狩ってきたのかもしれない。

「リウ兄、誰か火山に行ってたの?」
「数刻ほど前にな。あの女ハンター、若いのにかなりの腕前らしい。単独でテオ・テスカトルを狩りに行ったようだが……成し遂げてきたようだな」
「あの【炎王龍テオ・テスカトル】を!? G級並のハンターなのかな」
「詳しくは聞いていないが、古龍の討伐に秀でているらしい」

 同じく気づいたらしい二人の会話を聞きながら、ボクも村長と話をしているハンターを見つめた。
 女の人は黒い鎧を着ていて、白い髪の毛を長く伸ばし右側のてっぺんで結んでいる。黒い鎧のところどころに髪の毛に似た色の毛がこしらえてあって、その風貌はジンオウガ亜種を思い出させた。もしかしたらあのモンスターの素材でつくられた防具なのかもしれない。
 武器は背丈より長い太刀。紫と青が混ざったような色の鞘に付いている白い毛のそれもジンオウガ亜種の素材みたいだ。そんな武具に包まれたハンターは、リウさんの言う通りエイドさんと歳が近そうに見える。二十歳前後だろうか。
 ……と、視界にワカ旦那さんが入ってきた。どうやら好奇心から接触を試みたみたいだ。

「……誰? 貴方」
「俺は【ワカ】。ちょっと用事があってこの村に来ているんだ。君は聞くところ古龍討伐専門みたいだけど」
「ええ、テオ・テスカトルを討伐してきたところ」
「たった一人で、それも撃退じゃなくて討伐!? すごいな」
「聞きたいことはそれだけ? それじゃ私、行くから……。」
「あ……うん」

 もしかしてナンパでもされてると思われたのだろうか、ワカ旦那さんとの会話をあっさりと切ると足早に待機している荷車へ向かって行ってしまった。ボクが知る限りではワカ旦那さんが女性を意識しているところを見たことが無いので、単に一人のハンターとして話をしたかっただけだろうけれども。
 一方的に会話を打ち切られたワカ旦那さんがぽかんとしていたところに、リウさんが歩み寄る。

「あのさ、リウ兄」
「なんだ」
「やっぱり、ただの服じゃハンターに見えないかな」
「そうかもな。お前の場合、フェイスペイントも無ければただの村人に思われるかもしれん」
「そこまで言わないでよ……。」

 そう、今日のワカ旦那さんは狩りに出ないためいつものガララ装備を身につけておらず、ユクモ風の服(特別な素材でつくられている本物のユクモ防具は見た目以上に防御力に優れるそうで、今ワカ旦那さんが着ているのはただの布でつくられた、ハンターではない町人でも購入して着られるものらしい)だった。そんな服を着ていた上に厳つい印象を与えるフェイスペイントも無いので、総合してハンターとは思われなかったのだろう。
 がっくりと肩を落とすワカ旦那さんにリウ兄さんはちょっと笑いながら『すまん、言い過ぎた』とフォローしつつ、今度は樹海から見つかる武具についての話を始めていた。



 数日後、すっかり元通りになったTHEレクイエムを担いでワカ旦那さんはリウさんに別れを告げた。笛が綺麗に直ったのもあるけれど、やはり義兄弟と会うのが久しぶりだったのでとても上機嫌だ。ナグリ村は暑いので暑さが苦手なワカ旦那さんはあまり行きたがらない場所だから、リウさんと一番会う回数が少なかったらしい。

「古龍、か。あのシャガルマガラでさえ四人で挑むのが精一杯だったのにそれを一人でこなすなんて、あの女の子すごいんだな」
「ワカ旦那さんもアカムトルムと戦ったですニャ」
「あれは古龍に匹敵する力を持つけど、一応は飛竜種なんだ。そもそも俺が暑さに勝てなくて撃退が限界だったしな。結局もっと腕のいいハンターに討伐されたし、そもそもお前がいただろう。俺一人じゃ撃退すらもできなかっただろうな。そう思うと、あの子はきっといい腕を持っているんだろう」
「もしかして、あのハンターさんが気になるんですニャ?」
「そうだな。だってあの子、たぶんエドちゃんと同じぐらいだぜ。一体何歳からハンターの道に入ったんだろう」

 ボクの『気になる』はそういう意味ではなかったんだけど、と心の中で指摘しつつ荷車はゆっくりとバルバレへ向かう。エイドさんは元気だろうか。ハビエルさんの焼いた美味しいお肉が食べたい。トラフズクさんともっとお話したい。またみんなと狩りに行きたい。エールとテッカ、カワセミたちともお喋りをしたい。
 そんな風に思っていると、大抵は違うことが起こるのがこの世界。



 テントに向かう途中に郵便屋のアイルーと会ったので、ワカ旦那さんは自分宛の手紙が来ているか確認をしていた。何通か封筒を受け取っている……ギルドからの書類だろうか。
 帰宅して早速開けてみると、送り主の記載は無いものの誰からの手紙かは大方予測がついたみたいだ。ちょっと嫌そうな顔をしてワカ旦那さんが呟く。

「あの時の白い鎧の男だ」

 シャガルマガラ討伐の依頼書を直接手渡しに来た、白い鎧を着た謎の男ハンター。
 ワカ旦那さんの村の仇や本名まで知り尽くしていたことは怪しい印象を残したけれど、ただのハンターではない雰囲気を持っていた。結局名前すらわからずにいなくなってしまったのだけど、そのときの兜を被った似顔絵が書いてあったのでワカ旦那さんも理解できたようだった。

「どんな内容なんですニャ?」
「最近この辺でハンターが狩猟に出て行方不明になっている、という事件の話だ。そんなこと、俺も知っているんだけどな。どうしてわざわざこんな方法で伝えてきたんだろう」

 ワカ旦那さんの話す事件は、ボクも一緒に記事を見たので覚えている。注意喚起のために集会所に貼られていたのだった。ある地域に向かったハンターがことごとく戻ってこないらしく、今は立ち入り禁止区域となっている。

「【黒龍ミラボレアス】……。」
「ミラボレアス?」
「この手の事件が起こると、大抵このモンスターの名前が挙がるんだ。禍々しい気をまとう、“逃れられない死”を司ると言われる漆黒の鱗を持つ龍。この龍を見て生きて帰れた人はいない、だから正体不明の事件があればそいつのせいにされるんだよ。あくまでお伽噺にしかいない架空の龍だけどな」
「そうなんですニャ……。」
「他のモンスターとは違って、人間も食ってしまうなんて話もあるんだぜ。だからみんな行方不明になってしまうんだ。アイルーも食べるだろうから、ナコも食われるかもな」
「ニャ!? ワカ旦那さんの方が先ですニャ!」
「ははっ、言ったなお前」

 茶化しあいながらもワカ旦那さんは再度手紙を見つめる。ハンター側としては、素直に警告を受け入れ該当する地域に近寄らなければいいだけのことなんだけど、この手紙には『だけど君は行かなくてはならない』という意味合いが含まれているように思えた。前回のシャガルマガラ討伐依頼の書類を持ち込んだのがあの人だったから、余計にそう感じる。

「レクイエムも直ったことだし、依頼が何か来ていないか見に行こうか」
「はいですニャ!」

 手紙を引き出しにしまうと、ガララ防具を着込んで修理したてのTHEレクイエムを背負って集会所に向かう。獄炎石の納品やガーグァの金の卵の納品といった採取系の依頼から、リオレイアの捕獲やティガレックスの討伐、テツカブラとザボアザギルの同時討伐などたくさんの依頼が並んでいる。
 依頼を眺めていると、後ろからハンターが一覧を見ようと近づく気配を感じたのでボクはスペースを空けようと少し位置をずらした。そしてふと見上げて……。

「ニャ、あのときのハンターさん」
「え……?」

 思わず呟くと、その声に反応してハンターがボクを見下ろした。偶然にも、隣にやってきたのはナグリ村で会ったあのハンターだった。
 ハンターはボクの顔を見て、次にワカ旦那さんの顔を見る。そうして『貴方、ハンターだったの』とワカ旦那さんの傷を再び抉る一言。ワカ旦那さんは返答に詰まっていたけれど、どうにか正気を保たせているように見えた。

「狩猟笛の修理をしてもらっていたんだよ。あのときは狩りに出る気は無かったからラフな格好だったけどこの通り、君と同業者なんだ」
「ふぅん。……待って、その狩猟笛」

 ハンターはワカ旦那さんの背中に担いでいたTHEレクイエムをじっと見つめている。虹色に光る筒を見てもしかして、と呟いた。

「ガララ装備に、THEレクイエム……。少し前に強化個体と噂される天廻龍を狩ったハンターの一人は、貴方なの?」
「あ、ああ。そうだけど」
「…………。」

 何故か黙ってしまったハンターにワカ旦那さんとどうしたのだろう、と目を合わせる。もしかしてシャガルマガラの討伐依頼を受けたかったのだろうか。古龍専門のハンターらしいし。少しの間をおいて、ハンターが口を開く。

「ねえ、何か依頼を受ける予定は」
「これからだけど……」
「それじゃ、私と一緒に行くつもりは無い?」
「えぇっ!?」

 ワカ旦那さんの大きなリアクションに周囲にいたハンターも驚いてしまった。『すみません』と周りに軽く頭を下げつつも、ワカ旦那さんのハチミツ色の瞳は大きく開かれたままだ。

「いきなりだな、どうして俺と」
「そうね、ちょっと興味を持った……。」
「興味?」
「わざとシャガルマガラの笛を担いで囮になったこと」
「!」

 強化個体の可能性が高いシャガルマガラの討伐は討伐直後こそ話題になったけれど、あの場にいたハビエルさんもトラフズクさんもエイドさんも、各々がどのように戦って、または見守っていたかは語っていない。あり得るとしたら、報告先のギルドぐらいなものだけど、この人はハンターだ。どこからそんな情報を聞いたのだろう。

「なんで、君がそんなことを」
「聞くつもりは無かったんだけど……ある人に、ちょっとね」
「……?」

 何故かちょっと嫌そうな顔をするのが気にかかったけれど、ギルド関係者と知り合いなのかもしれない。とにかく、ワカ旦那さんがすごい人に狩りに誘われてしまったのは事実。
 だけどここまで話を進めておきながら、ボクたちは大事なことを知らなかった。

「あのさ、今更なんだけど……君の名前は?」

 そう尋ねられると、白い髪を揺らしながら彼女は答えた。

「私は【グリフィス】……。よろしく」



 その日からしばらくの間、狩りはずっとグリフィスさんと一緒だった。といっても、ボクは最初の何回かは連れて行ってもらえなかった。
 グリフィスさんはオトモアイルーを連れていない。かつてのワカ旦那さんのように四人で狩りを行っていたからというわけでもなく、そもそも仲間のハンターすらいない。ずっと単独でハンターをしていたので、グリフィスさんにとってオトモアイルーという存在は疎ましかったようで。

「だって人間と違って、重い武器も固い鎧も身に付けることができないじゃない。すぐに地面に潜って撤退するらしいし、戦力にならないのならいない方がマシ」

 氷のような冷たい印象を受ける青い瞳で面と向かって言われるとかなりグサリとくる一言だけど、ボク一人の力では大型モンスターを狩ることなんてできない。
 戦力外告知は仕方がないのかなと思っていたけれど、それを聞いたワカ旦那さんが一生懸命グリフィスさんに何度もオトモアイルーの必要性を訴えていた。
 回復笛によって攻撃態勢の維持ができるとか、単独狩猟の時には火力の低い狩猟笛にとって貴重な火力になってくれるとか、何より大切な相棒だとか。その度に反論されていたようだったけれど、それでも二人で狩りを数回こなした頃にはボクの参加も許可してもらえた。

「言っておくけど、ワカのためだから……。貴方がいないと調子が狂うみたいで、どうも危なっかしいの」

 いつもボクが隣にいたからか、どうも回復薬を飲むタイミングがズレたり、そもそも元気すら無かったようだ。それが素なのか演技なのかわからないけれど、ボクも参加できると知って心から喜んでいる様子のワカ旦那さんを見てグリフィスさんは呆れているような表情を浮かべていた。実力を疑われているのかもしれない。
 あと一人狩りに行けるのだからとエイドさんたちも誘いたかったようだけど、グリフィスさんに固く止められてしまった。これ以上仲間はいらない、四人が最適とは限らない、と。あまりにも頑なに拒否するので仕方なくワカ旦那さんはしばらくグリフィスさんと一緒に狩りをするようになった。
 買い出しに行ったときに会ったエイドさんに最近なかなか会えないことを言われ、申し訳ない気持ちにもなる。一応事情は話したけれど、このままずっとグリフィスさんと一緒に狩りを続けるつもりなのだろうか。

 古龍をたった一人で狩っていたグリフィスさんの腕前は想像以上のもので、太刀で斬っては軽い足取りで横に飛び、隙を見つけては素早い動きで弱点の部位に接近して斬りつける。一気に力を解放させて連続攻撃の後に回転斬りを放つと刃の色が変わる、太刀の能力【気刃斬り】というものも見た。
 ただ太刀はリーチが長く、ワカ旦那さんに当たりそうだったことが何度かあった。今まで一人で狩りをしていたため仲間との連携に慣れていないようで、ワカ旦那さんはグリフィスさんに連携攻撃のノウハウを教えていた。腕前が一流だからか飲み込みも早く、頭部を狙うワカ旦那さん、尻尾を狙うグリフィスさんと役割ができ、状況に応じて声をかけあいながら連携をとれるようになった。
 それから会話もするようになったけれど、グリフィスさんが笑うところを一度も見たことが無い。トラフズクさんも静かな人だけど、あの狩りを終えた後に微笑むような笑顔を見せてくれた。
 ハビエルさんがトラフズクさんと心を通わせるのに時間がかかった、と言っていたことを思い出す。ワカ旦那さんにそれができるのかはわからないけれど、少しずつ親しくなれたらいいなと思う。



 三人での狩りが定着してきた頃。今では落ち着いて討伐できるようになったジンオウガ亜種の狩猟を終え、ベースキャンプで暖をとっていた日のこと。ワカ旦那さんがホットドリンクの効果が切れて寒がっているグリフィスさんの肩に布をかけ、ふと尋ねる。

「フィスちゃんは、今まで誰かと一緒に狩りに行ったことはあったのか?」
「……一度だけ」
「なんだ、あったんだ。いつ、どいつの狩りで?」
「一緒だったのは、ほんの少しだけよ……。」

 俯いていたグリフィスさんが顔を上げる。氷海のような綺麗な青い目が、ワカ旦那さんのハチミツ色の目を見つめた。その目はとても悲しそうで、だけど奥に強い憎しみがこもっているようにも見えて……、

 放たれた一言はとても硬く、冷たく、そして重かった。

「死んだわ」

 思わず手の平で転がしていた雪玉を落とす。ワカ旦那さんも、言葉を失ってしまう。


「ニャ……?」
「喰われたの。私の目の前で……。」
「人を喰うモンスターなんて聞いたこと無いけれど……、有り得るとしたら、イビルジョーか?」
「違う」
「それじゃ、一体」
「【      】……。」
「……?」

 グリフィスさんの震える唇からは白い吐息が漏れただけで、ほとんど聞き取れない。珍しく目線をそらさずグリフィスさんの言葉を聞こうとしていたワカ旦那さんが首を傾げると、グリフィスさんはハッと正気に戻ったように立ち上がり、大きな氷塊が浮かぶ氷海の傍に歩き出す。

「フィスちゃん?」
「なんでもない、忘れて……。」

 そこで会話は途切れた。グリフィスさんが何を言おうとしたのかは、わからないままだった。目の前で仲間が喰われるなんて、どれほどショックを受けたのだろう。それが原因で仲間をつくりたくなかったのかな、と推測する。
 冷たい風に雪のように真っ白な髪と肩からかけられた鮮やかな赤の布がはためく後ろ姿は、とても寂しそうだった。



 それから数日後。いつにも増して真剣な表情をしたグリフィスさんが、装備を整えた状態でボクらのテントにやってきた。黒い鱗で覆われた手甲には、ギルドの紋章が押された一通の封筒が握られている。

「ワカ、一緒に狩ってほしい相手がいる」

 青い瞳に、強い意志が灯っていた。
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