狩人話譚

□ 銀白色の奇士[4] □

第40話 竜の血 後編

 ずっと床の上で寝転がっているリュカの頭の中では、後悔している過去の記憶が何度も繰り返されていた。足を食われた自分を見て駆け寄ろうとした二人の友人は爆風に消え、最後の一人は崖から転落しながら『絶対に助けるから、心配すんな』とこれから死ぬというのに屈託の無い笑顔を見せた。
 すっかり滅入っているようだ。気を紛らせようと首を傾けると、ワカがリククワから持ってきた杖が目に入る。それを手にとり、まじまじと眺めた。全ての武器を使いこなすフェイの器用さは、こんなところにも生かされたのだろう。

「腹はすいていないか? マテラが食事を用意したのだが」
「すまねぇ。いただくぜ」

 香ばしい匂いと共にトレーに頑固パンや肉野菜のスープを乗せたリウが現れた。杖を戻すと体を起こし、リュカはパンを口にする。外の景色は暗く、遠くに見えるマグマの川が岩を赤く照らしており、赤と青が入り混じる光景が美しく見えた。
 だが、それほどの時間が経過しているとわかると、自分のために樹海に向かった三人を思い食事の手が止まる。

「弟たちが心配か。必ず帰ってくる、だから今は体力をつけて三人を待つんだ」
「…………。」
「……俺も、四年前に足を怪我してな。同じように杖を作ってもらったんだが、同日に調合師だった弟はハンターになることを決めたらしい」
「あいつが?」

 食欲を失ってしまったリュカに、リウは過去の話をすることにした。過去を語りたがらない義弟について、リククワのハンターに知ってもらうためでもあるが。

「もともと三人で狩猟に向かうのを寂しがっていたのだが、俺の負傷をきっかけに自身もハンターになって力になりたいと思ったようだ。危険だから俺とミサ姉さんは以前から反対していたんだがな。弟の気持ちを汲んだのだろう、ミサ姉さんの目を盗んでフェイ兄さんがこっそりギルドに連れて行ったらしくてな。後戻りができなくなった」
「後戻りできない? 無理矢理やめさせることぐらいできただろ、兄貴のお前なら」
「あいつは融通の利かない、頑固な一面がある。それに、ハンターになることは弟の人生においてとても重要なことだったらしい」
「重要? なんだよそれ、ハンターを目指してたのか」
「……“運命”というやつだ」
「…………。」

 運命という言葉を聞いてリュカの顔が強張る。以前、ワカはこんな発言をしたことがあった。

『“運命”か……。あまりその言葉は使いたくないんだ』
『こうなるのが当然なんだって思ってしまう。まるで全ての因果が始めから定められているみたいで』

 その時の彼の表情はとても寂しそうで、陰を落としていた。運命と定められるのが嫌なら、ハンターになる運命とやらも受け入れたくなかったのだろうか。リュカが首を傾げるのを見てリウは続きを語る。この話の中で最も伝えたいことを聞いてもらうために。

「どうか、弟のことを頼む。俺たちからは何も語ることはできないが、いつかは弟自身が打ち明けてくれると信じている」
「なあ。その言葉、フェイからも聞いたんだ。モーナコからも言われたことがある。あいつ、どっか病気してんのか?」
「…………。」
「イエスでもノーでもねぇってか。……今の姿じゃ説得力は無いけど、あいつは護衛ハンターが守る書士隊の一員だ。二度と悲劇は起こさせねぇよ」

 拳をぎゅ、と握って目を閉じる。瞼の裏にディーンの優しい笑顔が浮かび上がった。大切な仲間を二度と失わせまいと強く願い目を開けると、リウが穏やかな笑みをたたえてこちらを見えていた。

「ありがとう」
「リュカ!」

 リウが礼を述べると同時にナレイアーナが飛び込んできた。布袋を肩にかつぎ上げ、息をきらせている様子は飛行船を降りて全力疾走してきた証拠だ。後ろからリュカの居場所を教えたのであろうマテラがついてきた。

「言われた通り、素材を集めきったわ。お願い、リュカの義足を作って!」
「全て揃っている。見事だ、感謝する。マテラ、工房へ行くぞ」
「あいよ。あと少しの辛抱だからね」

 リウ夫妻が洞穴を出ると、リュカはナレイアーナに困惑した表情を見せた。ここにいるのは彼女一人だけ。樹海に向かった二人が、いない。

「イアーナ、ワカとカゲは」
「……大丈夫、必ず戻るわ」
「おい、二人に何かあったのか? まさか、モンスターに?」
「あのね、」

 自分のせいで、また大切な仲間が。そんな不安から今にも泣き出しそうなリュカの顔を見たナレイアーナは、一部始終を話した。移動中にワカが告げた、重大な秘密も加えて。



「此処は……」

 マゼンタの瞳が開かれ、独り言をこぼしながらカゲは体を起こした。ゆっくりと腕を動かし、腹部に触れる。痛みはあるが、動けないほどではない。ベッドに腰掛けて室内を見回すと、過去にキョウとミツキを見舞った部屋と同じつくりであることからここがバルバレの病院だと把握した。
 そして、近くのテーブルに置かれていた小瓶を見て愕然とする。それは、子どもの頃に見覚えがあるものだったから。

「カゲ、目が覚めたか。良かった」
「しかも起き上がっていますニャ。ワカ旦那さんの言う通り、効き目は抜群でしたニャ」

 病室にワカとモーナコが入ってきた。安心したように微笑む二人に対し、カゲは不満を隠しきれない様子だ。小瓶を再度見て、尋ねる。

「【竜仙丹】を僕に使ったというのなら、全て知っていたんだね」
「……ああ。お前には、【竜人族】の血が流れているんだな?」

 ワカの発言にモーナコは目を丸くした。竜人族といえば、リククワにムロソが、かつて世話になったチコ村の村長やバルバレのギルドマスターなどがいる。だが、彼らとカゲが同じ種族とは到底思えなかった。外見の特徴が一致しないからだ。
 モーナコの反応から仲間には話していないと悟るも、これ以上隠す必要は無い。カゲは自らの素性を明かす覚悟を決めた。

「僕は【半竜人】。竜人族と、人の間に生まれた子どもだよ。人の心を読む眼も、遠くまで聞こえる聴力も、竜人族の血の賜物。外見の特徴は此処くらいだけどね」

 そう言ってカゲは五本指の左手で自身の赤い髪をかきあげた。そこには先の尖った、人とはやや形状の異なる耳があった。

「樹海に現れたミツキさんは【竜仙花】を集めるように伝えた。緊急事態だったから、やむを得ず俺に教えたんだろうな。竜仙花は竜仙丹の素材になる花。これで確信が持てたよ」
「そう、美月が。……矢張り、君は気付いていたの?」
「ああ。お前によく似た人を知っているから。……カゲ、俺の目を見てくれ」
「…………。」

 遂に待ち望んだ答えを知らされるはずなのに、緊張からか恐々とマゼンタの瞳が金色の瞳を覗き込む。赤い髪をなびかせる少女が、少しずつ大人の女性へ成長していく姿が見えた。温かい笑みを浮かべる女性の名を、ワカは静かに告げた。

「【雌火竜落としのミサ】。俺の義理の姉でもあり、お前が捜していた兄弟だ」
「……ずるいよ」

 カゲがぽつりと呟いた直後にワカの腕をつかむ。傷に触れたのかワカが少しだけ顔を歪めたが、構わずにカゲの様子を窺う。

「僕の、僕の姉さんだ! 如何して君の姉さんなの!? 僕にとってたった一人の、血が繋がってる姉さんだ! 如何して君が、姉さんと一緒に育ったの……? ずるい、ずるいよ!」

 涙をポロポロとこぼしながらカゲは叫んだ。捜し続けていた兄弟の存在をようやく教えられるも、自身が望んでいた共に暮らす願いを目の前の男に奪われていただなんて。ずるいよ、と子どものように何度も呟く。
 腕をつかむ力が抜けたので、ワカはカゲを抱きしめた。義姉が自分にそうしてくれたように。

「ミサ姉は、孤児院にいる時に出会った。一度だけ自分の耳を見せてくれたことがあって、当時はどうして故郷にいた長老と同じ形をしていたのかわからなかったけど、後にあれは竜人族特有のものだと知ったよ」
「……孤児、院?」
「……ミサ姉とは会ったことが無いのか?」
「物心がついた頃には居なかった。迷惑をかけたくないからか、自らシナト村を出て行ったって聞いたよ。それが僕が六歳の頃。それから二十年、ずっと会いたいと思い焦がれてた。たった一人の、家族だから。でも、ようやく見つかった。それだけで今は十分だよ」

 はあ、と涙を拭いながら息を吐く。数刻前に大怪我を負ったばかりなのに長話ができるのも、竜人族に効果てきめんである竜仙丹のお陰だろうか。今までこれほどまでの怪我を負ったことが無い上に半竜人であることを隠していたため、秘薬以上の効果を得るものだとはカゲ自身も知らなかったのだ。

「本来竜人族は同族としか契りを交わさない。だけど、人の父は竜人族の母を一途に愛して、その結果二人の子どもが生まれた。子どもには竜人族の特性が引き継がれるけど、人の血も交わることでとても不安定な体になってしまう。だから、半竜人は禁忌の存在なんだ」
「お前もミサ姉もハンターとして生活できている。不安定な要素なんてどこにも無いじゃないか」
「慧眼と地獄耳は利点だけじゃない。それに、幼少期はシナト村でこれらの力を制御できるように育てられたからね。母は僕を産み落とすと力尽きてしまい、父は半竜人を二人も世に送り出したために里を追放されたから、僕だけ村に引き取られたんだ。両親は、互いを純粋に愛し合っていただけだったのに、ね」

 ベッドの傍に立てかけられているヘイズキャスターに止まっているクレハに『おいで』と左手を掲げると、六枚の羽根を羽ばたかせて腕に絡みつく。言葉は通じないが、彼女も心配していたのだろう。

「紅羽は、父が育てた猟虫なんだ。姉さんが生まれた頃から育てていたって。だから紅羽は姉さんの事を知っているかもしれないと思って、狩人になって様々な場所を転々としたけれど、ちょっと目立ちすぎちゃったみたいで……あの男、アンナにギルドに密告されたんだ。『僅か十余歳の少年が狩人として活動しているのはおかしい』ってね」
「アンナが……?」
「僕が半竜人だから狩人の資格をはく奪されるのかと思った。でもギルドの対応は想像と違っていて、数年間裏方の仕事をさせられたんだ。実年齢と見た目が合致しないから、変な輩に目を付けられて揉め事に巻き込ませないようにしたみたい。実質保護されたようなものだよ。恭と美月は僕の護衛でもあり、監視者でもあったんだ」

 常に少年の両脇に立っていた二人のハンターの姿を思い浮かべる。カゲとは仲間でありながら妙な距離感を保っていると感じていたが、違和感の正体にワカは納得した。
 アンナの行動は、過去に自分を滅びた故郷から救った時のそれに類似しているとも思う。少年は禁忌とされる存在、そして自分は……そこまで思考が進んだが、中断する。

「僕の秘密は此れでお終い。それより、リュカの義足に必要な物は揃ったの?」
「ナナちゃんを先にナグリ村に向かわせている。今日はもう遅いから、翌朝に俺たちも出発しよう。明日になればお前の傷も良くなっているだろうし」
「御免、迷惑かけた。僕の所為でリュカが左足を失ってしまったから、頑張らなくちゃと思って」
「気にするな、いつかはこのことに触れなくてはいけなかった。いい機会になったよ。落ち着いたら、ミサ姉のいるキャラバンへお前を案内するよ。少し前に子どもが生まれたと聞いたから、今頃なら大丈夫のはずだ」
「えっ!? あ、赤子……?」

 思いがけない発言を聞いてカゲがマゼンタの瞳を開く。

「そうだ。ミサ姉はあるキャラバンのリーダーと結ばれて、子を宿した。お前がミサ姉の弟だとわかったてもすぐに話せなかったのは、このためだったんだ」
「そっか……僕、叔父さんになっちゃうんだね。叔父さんかぁ……姉さん、すごいなぁ……」

 姉が母親になっていることを知り、カゲの心に様々な思いがこみ上げる。自分のようにギルドに存在を知られ、立場を隠されながら日陰で活動するような人生を歩むことなく幸せを手にしていた姉の強かさが眩しく感じられた。



 翌日、目測通り怪我が快復したカゲはワカたちと共にナグリ村へ向かった。完成した義足はしっかりとリュカの足に装着されており、使いこなすまでは時間を要するが、じきにかつてのように狩猟に出ることも可能となると言われ五人が喜びにわく。

「すごいですニャ。リュカさん、また歩けるようになりますニャ」
「みんな、サンキューな。ワカの兄貴たちにも礼は言っておいたぜ」
「元の鞘に戻ったってやつかな。少しの間はここでリハビリが必要だろうけど、拠点の皆には長期出張って事にしておくから」
「おう。そんでカゲ、樹海でのことをイアーナから聞いたぜ。お前もやっぱり変わった奴だったんだな」
「黙っていて御免ね。僕も君らと同じ“奇士”ってわけ」
「不思議な巡り合わせってあるものね。本当に特殊なハンターを集められちゃったってわけ?」
「ははっ、そうだろうね」

 カゲは自らの境遇を包み隠さずリュカたちにも説明をした。優れた力を持つが、変わり者。四人が奇士であることが改めてはっきりとする。
 ふとナレイアーナにある考えが浮かび、迷わず口にする。

「ねえ、ワカとカゲって兄弟になるのかしら?」
「いきなりなんだよ、イアーナ」
「共通のお姉さんを持つ弟なら、兄弟って言えそうじゃない」
「ワカ旦那さんもカゲさんも、兄弟の四番目ですニャ」

 弟と呼ばれた二人が顔を合わせる。リククワの参謀役と、まとめ役。金色の瞳と、マゼンタの瞳がかち合い、笑う。

「兄弟、かあ。良いね。ワカ、僕の新しい兄弟だ」
「そうだな。お前も俺の兄弟だ」
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