狩人話譚

□ 銀白色の奇士[4] □

第39話 偽りの左 後編

 地獄耳が足音を拾い上げたためヘイズキャスターに手を伸ばしたが、人のものだとわかり音の先を見つめる。エリア5を抜けてきたナレイアーナとワカだ。

「カゲ、無事か? ……リュカ!?」

 倒れているリュカの異変に気が付いたワカも驚愕する。一方、ナレイアーナは静かに辺りの様子を見ている。ベリオXヘルムを外すと、憔悴しきった顔が露わになった。

「とうとうやっちゃったわね」
「…………。」

 困ったように話すナレイアーナから目をそらす男の表情は、暗い。状況を把握したことで落ち着きを取り戻したワカは周囲を確認し、これからの目的を定める。

「狩猟の続行は不可能だ、撤退しよう。まずはリュカを安全なところに移動させなくては。ナナちゃん、カゲ。二人で退路の確保を。ティガレックスの行動範囲がわからない以上、確実に通らない道を確認しなければならない」
「僕の聴力とレイアの嗅覚なら、轟竜が居た形跡を調べるのは易いね。ワカ、リュカを頼むよ」
「ああ。そっちこそ、気を付けて」

 エリア5の方角へ向かう二人を見送り、ワカは辺りを警戒する。ティガレックスが暴れ回った影響で大型モンスターの気配が無い環境とはいえ、どこで遭遇するかはわからない。万が一このエリアにやって来たら、背後の通路を使うつもりでいるが。
 空に気球は見えないものの、万が一の事を想定してポーチから大きめの布を取り出して下半身に被せていると、リュカが寝転んだまま心配そうな顔でこちらを見上げていることに気が付いた。額から吹き出ている汗に嫌な予感が伝わる。

「……村に、戻るのか?」
「そうするつもりだ。長老に説明をして、これからのことを考えなくては」
「や、やめろ! 村には、村には戻らないでくれ……! あいつに、二度もこんな姿を見せちゃならねぇ。また泣かせちまう」

 フルフルXフォールドの裾を掴み、必死な表情で懇願するリュカを見てワカは直感した。失われた左足に関係のある人物――最愛の妹に違いない――が拠点にいるのだと。
 歯を食いしばって呟くリュカは、まるで痛みに耐えているかのようだ。だが、血を流した様子は無い。ならばどうして彼はこんなにも苦しそうなのだろう。その原因を推測する。

(“幻肢痛”か……?)

 既に四肢を失っているにも関わらず、幻覚のように痛みを感じてしまうという。義足を破壊されたことで、再び足を失った時の激痛に襲われているに違いない。
 息を荒くしながらも、空を見上げてリュカは口を開く。

「五年前、あいつに言われたんだ。見てみたい花があるって」
「無理にしゃべらない方がいい、傷に障るぞ」
「何か言わねぇと、意識が飛んじまいそうなんだ。それで、オレは依頼のついでにその花を採取してやろうと、【シルトン丘陵】に行った」

 痛みに震える体に必死に打ち勝とうと、リュカは過去を語り続けた。右手を差し出せば、加減できていない力で思い切り握り返される。やはり余裕は無いのだとワカは思う。
 シルトン丘稜。見たことも聞いたことも無い地名だ。以前は別のギルドに所属していたのだろうかと考えながら耳を傾けた。

「そん時の相手は火竜野郎で、だがそいつは規格外の強さだった。体がデカくて、パワーもある、ブレスの範囲も半端無ぇ。そして隙を突かれて……左足を奴に食われちまったんだ」
「…………。」
「直後に駆け寄った二人が、ブレスの爆発で吹き飛んだ。残った一人がオレの体を引きずって、一緒に崖から飛び降りて……森の中に落ちて行った。そいつは崖下に集落があることを知っていたから、どうにかオレを助けようと飛び降りたんだ。……自分の体を下敷きにまでしてな」

 森の中と聞いたワカが思い出したのは、リュカの局地的な高所恐怖症だ。足下が見えない場所に限り恐怖感を覚えていたのは、左足と仲間を失った心の傷が生み出した障害だったのだと。

「目が覚めたら、オレは集落で処置を受けていた。オレの下敷きになったあいつは体を打ちつけて死んじまって……残りの二人も、判別がつかねぇぐらい焼かれちまったらしい」

 目を閉じて無惨な仲間の最期を瞼の裏に蘇らせる。一息つくと目を開き、リュカはそっと近くに落ちていた金属の欠片を拾い上げた。五年間、自身を文字通り支えてくれた、大切な物。

「ちょうどその集落に腕利きの竜人族の技師がいてよ、無くなっちまった左足に合う義足を用意してくれたんだ。あいつらが命を懸けてオレを助けようとした気持ちが奇跡を起こしたのかもな。その時に使われた素材が【歪んだ破片】っていう、バルバレの樹海で手に入る金属だったらしい。そこからだったな、樹海で武器防具の発掘に興味を持つようになったのは」
「……その技師がいる集落は、遠いのか?」
「行ったところで意味が無ぇよ。あのジジイは……去年に病で死んだ。世話になった奴から手紙で教えられた」
「…………。」

 リュカの義足を作った技師の存在を知り、その人物に頼めばと希望を抱きかけたワカだったが、死亡したと言われて落胆する。だが、歪んだ破片という金属が義足の素材となったという情報は大きい。
 今一度リュカの左足を蘇らせることはできないかと必死に考えを巡らせ、一つの案にたどり着く。頼りになる義兄の顔を思い浮かべながら、再び右手を握る。

「リュカ、【ナグリ村】に行こう。土竜族は加工技術に長けているし、樹海で見つかる素材を取り扱うこともできる。きっと、アンタに合う義足を作ってくれる人も……」
「……本当か? リククワには、戻らねぇんだな?」
「約束するよ。俺たちは……“友達”だからな」
「へっ。お前の口から、そんな言葉、聞くなんて、な……」

 友という言葉に力無く笑うと、リュカは静かに目を閉じた。いよいよ気力も尽き果ててしまったようだ。それと同時に、ギャイギャイと生物の声が聞こえ始める。
 リュカにベリオXヘルムを被せ、ワカはブルートフルートを構えた。気配からして小型モンスター。攻撃範囲の広い狩猟笛で蹴散らすことは容易い。だが、現れた群れを見て顔を歪めた。

「バギィか……!」

 睡眠液を吐き出す、ワカの体質にとって天敵といえるバギィ。リーダーを失い路頭に迷っていたところを通りかかったのだろうか。あちこちを見回していたが、ワカたちを見つけると嘲笑うように鳴きながら囲う。
 深呼吸を繰り返し、両手に力を込める。そして金色の瞳がバギィたちを鋭く睨みつけ、勇ましい女性の歌声がエリア中に響いた。



 エリア5の洞窟に引き返したナレイアーナとカゲは、ティガレックスが立ち寄った痕跡が無いか調べていた。臭いや遠くの音だけではなく、目視の調査も行う。足跡や剥がれ落ちた鱗、爪の痕などモンスターが残す落とし物は意外と多い。どうやらこのエリアには見当たらないようだ。

「あの轟竜は、狂竜化とは違う雰囲気を持っていた。攻撃力や素早さが強化されていたのは勿論だけど、正気を失っている気配が無かった。とても“獰猛”な個体だったよ」
「それで撤退しようとして、ああなっちゃったのね」
「僕の所為だ。あの狭い通路はリュカにとっては簡単には通れない道だったのを失念していたよ。閃光玉で動きを封じている間にエリア4に引き返せば良かったんだ」
「起こったことはもう取り戻せないわ。今は無事に戻ることだけを考えるべきよ、カゲ」

 リュカの負傷を自身の判断ミスだと自責の念に駆られるカゲの肩を優しく撫でる。失ったのが義足の左足だったのは、不幸中の幸いかもしれない。右足であったら、彼はディーンと同じくおびただしい出血の末に命を落としていただろう。
 隣接するエリア3へ向かう。ここもティガレックスが通った形跡は無い。不意にカゲがリュカについて疑問点を口にした。

「義手や義足の狩人も少なくはない。けれど、現況のように突然四肢を失い狩猟に支障をきたす虞があるから、高難度の依頼を受注することは出来ない筈。それなのに、リュカは敏腕狩人として活動していた……組織の目を欺くなんて驚いたよ」
「前はミナガルデギルドに所属していたらしいわ。義足になった時に一度ハンターを辞めて、バルバレギルドで再スタートしたらしいの。だから気付かれずにここまで来れたってわけ」

 リュカの過去をあっさりと打ち明けるナレイアーナにカゲは目を丸くする。自分やワカより長くリククワにいることは把握していたが、彼の重大な秘密まで知っているとは。

「その言い分だと、以前から足の事を知っていたようだね」
「リククワができて割とすぐの頃に、順番を間違えてあいつの入浴時間に風呂場に立ち入っちゃって。ちょうどインナー姿で着替えてるところを見たの。左足の太股から先が金属製の防具を付けているみたいだった。お互いにびっくりしちゃったけど、説明を受けた後口止めもされて。でも、アンタやワカには知ってもらった方がいいわよね」

 風に乗って運ばれる音も臭いも、ティガレックスが辺りにいないことを教えてくれた。エリア1も安全だろうと判断し、退路を確認した二人は見合わせて頷く。
 だが、突然少し離れた場所から血の臭いがナレイアーナの鼻孔に届いた。その方角は……。彼女の顔が険しくなる。

「エリア6……リュカたちが!」
「僕が先に行く、援護射撃をお願いね」

 駆け出すナレイアーナに続いてカゲも走る。素早さはカゲの方が上だ。エリア6でモンスターに襲われているのであれば、早急に救助をしなければ。二人の無事を願いながら、懸命に駆けた。



「ぐうぅっ……!」

 堪えるような声を絞り出したのはワカだ。膝をつき左腕から血を流している。その原因は、自らが刺した剥ぎ取りナイフだ。
 バギィの群を狩猟笛で追い払っていたワカだったが、避けきれなかった睡眠液が体に付着し、即座に意識がまどろんでいった。ここで眠ってしまったら、リュカが。そう思ったワカは襲いかかる睡魔に必死に抵抗しながら剥ぎ取りナイフを抜き、左腕に思い切り突き刺したのだ。
 痛覚に敏感なハンターは、体が痺れていようが眠っていようが痛みを感じて自らの命を守るために即座に意識を取り戻すことができる。それはワカも例外ではない。
 全身に伝わるジクジクとした痛みに耐えながら今度はたいまつに火を灯す。この腕では重い狩猟笛を振り回せないため、モンスターが苦手とする火で立ち向かおうとした。

(まだ、数が多い……なんとしてでも追い払わなくては)

 クラクラした眠気が吹き飛んだ代わりに痛みが全身を包み込むが、眠りに落ちて無防備な姿を晒すよりはマシだ。まるで片手剣を振るうかのようにバギィに火をぶつけて退散させていく。

「ワカ!」

 遠くから少年の声が鋭くはしる。クレハがシュンと音を立ててバギィたちの頭上を飛び回り撹乱させている間にカゲは跳躍で瞬時にモンスターの懐に飛び込む。ヘイズキャスターで数匹のバギィを倒すと、群れはようやく散り散りになった。
 安心感からか再び膝を付いたワカにカゲが近寄る。血の出所、そして地面に転がっている剥ぎ取りナイフを見たことで負傷の経緯を悟った。

「なんて無茶な事を……!」
「ごめん、無我夢中で。それより、リュカは無事か。途中で意識を失ってしまったんだ」
「……リュカは大丈夫。レイアもそろそろ来る、彼女と合流したらベースキャンプへ向かうよ」

 ワカが回復薬グレートを流し込んでいると、ナレイアーナが駆けつけた。左腕の傷を見てカゲと同じく叱咤したが、二人が無事であることに安堵し表情を和らげる。
 ナレイアーナがリュカを抱きかかえ、カゲとワカで狼牙大剣を持ち運ぶ。その間リュカが目を覚ますことは無く、またティガレックスとも遭遇せずにベースキャンプに移動した。



 リュカの姿を見たリッシュの顔が一瞬で青ざめたが、事情を聞きなんとか気持ちを落ち着かせて飛行船の舵を取る。全員でナグリ村へ移動しようとした時に、ワカは一人リククワへ戻ると言い出した。

「取りに行きたいものがあるんだ。それに、ナコの力も借りたい」
「勘付かれないようにね。特にイリスには」

 アンタ自身もよ、とナレイアーナが左腕を指していてワカは腕の傷が思った以上に深いことにようやく気が付いた。今もまだ痛む腕は、狩猟笛を担ぐことなどできそうにない。装備も変えなくてはと考えを改める。
 リククワに向かうワカをバルバレで降ろし、リッシュはナグリ村へ飛行船を飛ばした。船室で寝かされたリュカに目を覚ます気配は無い。

「ナグリ村に住む土竜族は鍛冶に長けている。だけど、突然来訪した僕らの頼みを聞いてくれるのかな。ましてや、義足の作成依頼なんて」
「行ってみなくちゃわからないわ。村に戻れない以上、他に頼れる所が無いもの。それに」
「それに?」
「確か、ヌイの妹さんがナグリ村にいるはずよ。リュカは妹さんと面識がある。あの人に頼んでみれば、協力してくれるかも」
「……一縷の望みを賭けて、か」

 椅子に腰掛けたまま、ベッドの上で眠るリュカを見やる。時々うなされており、誰かの名前を呼んでいる。それは妹でもなければリククワのハンターでもなく、遠い過去に失った仲間のものであることを二人は知らない。

「リュカ、絶対に君を助けるよ。それが僕に出来る唯一の償いだから」

 飛行船は、多くの不安とほんの少しの希望を載せて海を渡って行った。
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