狩人話譚

□ 銀白色の奇士[4] □

第38話 流離い惑う狩人 後編

「弱点は頭部、もしくは後脚を狙い転倒させるのが定石……でも」

 攻撃をかわしながらクレハを飛ばすカゲが眉を顰める。エキスを抽出できる部位、すなわちさほど肉質が硬化していない場所を探していたが、それは非常に限られた場所だった。距離をとりつつカゲとワカが様子を伺う。

「どちらも硬化している……! 攻撃が通じるのは前脚、尾の根本、そして背中。どこも狙いにくいね」
「カゲ、操虫棍の跳躍で背に乗ることができないか? 転倒させることができれば、攻撃のチャンスが生まれる」
「そうしたいのは山々なんだけど、下手をすると背に乗り上げた時に雷光虫を集めて雷撃を喰らわされる危険性が高い。僕が黒焦げになっちゃうかも」
「……手強いな」

 二人が次の一手を考えている先でジンオウガが振り下ろす右脚をリュカの狼牙大剣が受け止めたが、極限状態により箍の外れた腕力は防御態勢をとっていたリュカの体を後方へ追いやる。
 ナレイアーナが背へ通常弾を放ったことで追撃は免れたものの、大剣を通じてビリビリと伝わる力強さにリュカは驚きと興奮で二の腕を震わせた。

「やるじゃねぇかよっ……! ん、何だありゃあ」

 今度は身を翻して尾から雷光虫弾を打ち出す。雷をまとった弾は従来ならば弧を描いてゆっくりと向かってくるのだが、明らかに違う形相を見せ四人を仰天させた。
 リッシュが告げた赤い玉……まるで亜種が放つ蝕龍蟲のような不気味な光が不安定に宙を漂っている。フワフワと風に揺られるように、だが確実にリュカへ近付いている赤い玉から引き離すべく、カゲがリュカを突き飛ばした。

「リュカ、伏せて!」
「うおっ!?」

 直後にバン、と玉が弾け空中で雷がはしる。二人とも直撃を避けられたが、あの雷撃を浴びれば大きな痛手と共に麻痺させられてもおかしくはない。

「何かに似ている気がしていたけど、思い出したよ。【密林】で見かけた【大雷光虫】だ。突然変異を起こした雷光虫の集合体で、下手に接触すると麻痺するほどの強力な雷を放つんだよ。雷狼竜が極限化したことで、超電雷光虫も変異したんだろうね」
「マジかよ。……げっ、やべぇぞ! 抗竜石が」

 右手に握る狼牙大剣を見やると、既に光は失われていた。しかも、ジンオウガの極限状態は未だ解除されていないという、最悪の状態だ。
 更にジンオウガはリュカたちが距離をとっている間に超電雷光虫を集め、超帯電状態へ移行した。強化を重ねられたことで、リククワのハンターたちはより苦しい展開を迎える。

「すまねぇ二人とも、次を頼むぜ」
「任せて。ワカ、アンタは無茶しないでね。エプサから聞いたけど、あえて雷撃を浴びに行って無理矢理チャンスをつくるような真似はダメよ」
「極限状態の個体にそんなことをするわけないだろうに……」
「アンタならやりかねないから、そう言ってるのよ」
「わかった。……?」

 ナレイアーナに背を小突かれながら抗竜石を手に取ったワカがジンオウガの様子を窺う。超帯電状態になれば攻撃は凶暴性を増す。そのため抗竜石を使うほんのわずかな隙でさえも警戒しなければならないと思っていたのだが、どこか様子がおかしいことに気付き、ワカの動きが止まる。

(まるで疲れているような……いや、今のジンオウガは肉体の限界を超えた状態。疲労なんて感じないはずだ)

 低く身構えながらフーフーと息をしているのは興奮状態にあるからだと考えていたが、どうも違うようでワカは違和感を覚えながらも抗竜石に光を灯した。



 前脚を振り下ろせば雷撃が地を裂き、尾から雷光虫弾を放てば赤く光る不気味な玉が空気を裂く。全員が原種のジンオウガの狩猟は久方ぶりになるものの、攻撃を見極めギリギリのところで回避できるのはG級ハンターの賜物だ。

「いくわよ!」

 リュカとカゲが攻撃をいなす背後で火薬装填を行ったナレイアーナがアスールバスターを構える。狩技により威力を増した通常弾を前脚目がけて放つと、ジンオウガを包み込んでいたもやと超電雷光虫が飛散した。

「極限状態が解除された!」
「よっしゃ、攻めるぜ!」

 通常の状態に戻った今ならば、抗竜石の効果が切れたリュカとカゲも攻撃に参加することができる。のたうち回るジンオウガの頭部と尾に連係攻撃を仕掛けるが、すぐさま起き上がったあげく雷光虫弾を放ってハンターたちを牽制する。
 危険な雷光虫弾からは逃げることしかできない。ジンオウガがこれが相手に有効だと理解した上で活用しているように思えた。

「あんまりこいつを出されるとオレとワカはきついな……カゲは跳んで上から攻めることはできるかもしれねぇけど、尻尾をぶん回されたらまずいし」
「超帯電状態、極限状態、どちらになられても僕等には不利だ。今の内に出来うるだけの痛手を与えなくちゃ」
「そうするしかないな。……ッ!」

 坂を駆け降りる勢いを利用してジンオウガが高く飛び上がり、ワカを狙う。屈んで何かをしていたワカは爪で切り裂かれそうになる寸前で身を転がせて回避し、ジンオウガの体が突然地面に沈んだ。

「落とし穴か!」

 前脚から落ちたために尾は罠に入りきらず、鞭を振るうように振り回して応戦している。そのため頭部側へ寄り攻撃を行ったが、やがて狂竜ウイルスが再び発症するとジンオウガは黒いもやをまといながら飛び上がり、地に降り立った。黒い息を吐きながら低く身構えている。

「くそっ、もう元に戻っちまった……まだこっちの抗竜石は使えねぇってのに!」

 リュカの右手にある心撃の抗竜石の光は未だ失われたまま、ナレイアーナたちの抗竜石の効果も切れてしまう。全員の抗竜石が使用不可能になった以上、部位を的確に狙わなければ攻撃を阻まれて大きな隙を生む。四人に緊張がはしった。

「……ワカ、雷耐性上昇の旋律を吹いて」

 カゲがヘイズキャスターを構えながらワカに伝える。言われるがままワカはブルートフルートを構え、女性の歌声が見えない障壁となって四人の体を包み込んだ。
 先頭に立った少年は目を閉じ、深呼吸を繰り返す。神経を研ぎ澄ませ、操虫棍を高く振り上げると頭上で回し始めた。狩技を放つのだとリュカたちは直感し、出方を窺う。
 氷の地面にヘイズキャスターを突き刺し、ぐっと力を込めるとカゲの周囲に青く輝く小さな光が集まり始めた。それは光をまとう虫たちで、集結して一つの大きな光になるとカゲを守るようにふわふわと舞う。

「狩技、【虫纏い】! これから雷狼竜の背に乗り上げるから、レイアは援護射撃をお願いね。リュカとワカは転倒させられたら追撃を!」

 まっすぐ前を見つめ、背後にいるリュカたちに向かって叫ぶ。力強く地を蹴り、操虫棍の跳躍を行うと低めに飛び、ジンオウガの帯電毛にしがみ付いた。
 ジンオウガは抵抗するべく超雷光虫を呼び寄せてカゲにぶつけようとするが、狩技で現れた光の虫が対抗するかのように衝突し、光が弾け跳ぶ。その間にカゲは剥ぎ取りナイフでジンオウガの背を切りつけ、ナレイアーナはジンオウガの動きが止まったところを見計らって弾かれない部位を攻撃する。

「やああっ!」

 剥ぎ取りナイフを両手で持ち、深々と背に突き刺すとたまらずジンオウガが転がった。リュカとワカが駆け寄り硬化していない背を狙う。だが攻撃を行えたのもほんの僅かで、すぐに態勢を立て直されてしまう。唸り声をあげて睨みつける様子から、まだまだ戦えるようだ。
 対してリククワのハンターに残された手札は少ない。再使用まで時間を要する抗竜石は未だリュカたちの分ですら回復しておらず、攻撃は回避に専念することでだいぶ神経を消耗している。長期戦になればなるほどこちらが不利だ。カゲが呼び集めた光の虫も効力を失い、宙へ飛び去っている。
 一度態勢を立て直すべきか。ワカとカゲが目配せをしていると突然ジンオウガの体が揺らいだ。狂竜ウイルスの影響で裏返ったような声をあげ、踏ん張ったジンオウガ自身も異変に戸惑っているのか頭を振っている。その動作を目の当たりにした四人は呆気に取られていたが、ジンオウガが背を向けて坂を上りエリア9へ駆け抜けるのを見て我に返った。

「どうしたのかしら……? まるで、苦しんでるみたいだった」
「観察眼で何か見えたか、ワカ」
「…………。」
「おい、どうした」
「……あ、ああ。まだ、だと思う」
「極限状態なら見極めが難しいんだろうね」
「……そうだな」

 のんきな返答をしながらも、カゲはワカの些細な変化を見逃さない。平静を装っているつもりのようだが、微かに動揺している。一体、彼は何を視たのだろう。

「せめてもう一回罠を仕掛けて、チャンスをつくりたいところだな」
「カゲ、お前の落とし穴を俺にくれないか」
「了解。だけど罠だけじゃまだ足りない、大打撃を与える方法が必要だね……ねえ、ちょっと作戦があるんだけど、聞いてくれる?」

 何かを思いついたカゲが三人を寄せ集め、内容を伝える。聞き届けた仲間たちの反応は三者三様だ。

「すげぇことを考え付くな、お前。おもしれぇ、やろうぜ」
「いくらなんでも無茶苦茶じゃないか? もう少し安全な策を……」
「でも、今はカゲの作戦が一番効果的だわ。やろうよ、ワカ」
「……カゲ、指定の位置に」
「了解」

 ヘイズキャスターを背に戻したカゲはエリア9ではなくエリア6へ姿を消す。意を決した三人はエリア9で待ち構えているであろうジンオウガの元へ行き、再び武器を抜いた。



 死力を尽くすかのように、ジンオウガの攻撃は更に苛烈になっている。それでも隙を狙っては反撃に出る三人だったが、やがて防戦一方になり劣勢と感じ徐々に後退を始める。
 獲物を逃がすまいとジンオウガは追撃の手を止めない。雷光虫弾を放ち、自身の爪でハンターたちを狙うが、ワカが奏でる雷耐性上昇の旋律がダメージを最小限に抑えていた。身を転がしながらリュカが後ろを振り返る。まだ洞窟の入口は見えない。

「くそっ……あとどれくらいだ」
「もう少しでエリア3に入るわ」
「二人とも、持ち堪えてくれ。俺は先に行く」
「おう」

 背後を気にしつつ、牽制をし合うリュカとナレイアーナに生命の粉塵を散らして癒しながらワカが離脱する。残された二人は攻撃をいなしながら引き下がり、エリア3へジンオウガを誘い出す。

「……行くわよ、リュカ。走って!」

 ジリ、と音を立てて二人がエリア6方面へ下がっていく。そして背を向けると一目散に駆け出した。ジンオウガは二人を追うように四つ足で地を踏み、凄まじい勢いでやって来る。
 リュカたちは一足先に洞窟に戻ったワカの横をすり抜け、ジンオウガは目の前で待ち構えていた動かない獲物に標的を切り替えた。前脚を高く振りかざしながら飛び上がり、雷を纏った剛爪がワカを切り裂こうと襲いかかる。
 だがワカも決死のダイブをして攻撃を回避し、足下に仕掛けられていた落とし穴にジンオウガの体が沈むかのように思われたが、穴に落下する寸前に縁に後脚をかけて高く飛び上がった。極限状態のモンスターに罠は通じない。だが、それを利用した一手だった。

「カゲ……決めてくれよ」

 リュカが呟くと同時に、洞窟の天井から何かがジンオウガの頭上目がけ降ってきた。まるでつららが落ちるかの如く、細く鋭い刃がジンオウガの背を貫く。ヘイズキャスターの柄を下に向けたカゲが空襲を行ったのだった。
 空中で体勢を立て直せなかったジンオウガはカゲの一撃を浴び、悲鳴をあげる。抵抗されると思ったカゲは両手でしっかりとヘイズキャスターを握り、地面に落下したジンオウガの背に深々と突き刺したが、自身の周囲を飛び去って行く雷光虫に気付く。今にも絶命しようとしているのだと。
 もやも薄れていき、その後ジンオウガが立ち上がることは無かった。ようやく達成された討伐に緊張感が解けたが、カゲは納得のいかない表情を浮かべる。

「……剥ぎ取りナイフを刺した場所に、抗竜石の光を宿した一撃。正直、これだけで討伐できるとは思わなかったんだけどな」
「結果オーライってやつだ。やったな、カゲ」

 リュカが右手の親指を上げて肯定する。先にエリア6へ戻ったカゲは氷の壁を伝って巨大なつららに剥ぎ取りナイフを突き刺して張り付き、ジンオウガが真下に誘導されるのを待っていた。
 極限状態故に罠は効かないと把握した上でワカが落とし穴を仕掛けて囮となり、罠を回避した隙を狙って奇襲をするのがカゲの考えた作戦だった。

「この後オレも攻撃する予定だったが、なんつーか拍子抜けだな」
「……いや、このジンオウガは瀕死だったんだ」
「えっ? でも、アンタさっきまだ見極めができていないって」

 ゆるゆるとワカが首を横に振る。討伐を終えたというのに、表情はとても苦々しい。まるで本当は討伐などしたくなかったかのようだ。

「確証が持てなかったんだ。俺が普段視る幻影は、モンスターを食らおうと淡々と狙っている姿。でも、今回は既に幻影がジンオウガの体に食らいついていた」
「それじゃあ……あの子は、死んじゃう寸前だったの?」
「イララの最期を覚えているか? イララは極限状態を迎える前に息絶えてしまった。狂竜ウイルスに体を蝕まれ、肉体が崩壊したんだ。それと同じことが、このジンオウガにも起こった。冷気に弱いにも関わらずここで暴れ回ったことも、負担をかけたに違いない」
「そもそも、こいつがここへ来た理由って何だったんだろうな? そこからまずわかんねぇよ」

 ワカは無言のままジンオウガの遺骸に近付き、膝を付いてそっと帯電毛に触れる。その行動に、三人はワカがジンオウガというモンスターに対し特別な感情を抱いているように見えた。

「狂竜ウイルスに侵されたことで判断能力が鈍ったのか、何か目的があったのか、亜種に進化を遂げようとしていたのか、誰にもわからないさ。それでも、答えを探し求めるのが書士隊なんだろうな」

 帰ろう。立ち上がったワカはそう告げると洞窟に背を向けて歩き出す。三人は思わず顔を見合わせるが、つられるようにエリア6を去った。
 謎を残したジンオウガの氷海出没であったが、この数日後、新たな謎がリュカたちに襲いかかることを彼らはまだ知らない。
関連記事

*    *    *

Information