狩人話譚

□ 銀白色の奇士[4] □

第38話 流離い惑う狩人 前編

 時刻は正午過ぎ。リククワの食堂は火の温もりと料理のいい匂いが漂っていた。ワカとモーナコ、イリスとユゥラという書士隊の面々が食事を終え、会話を弾ませている。
 リュカたちは小型モンスターの依頼を受けて氷海に向かったが、ワカは書士隊の業務を優先するために拠点に残った。ギルドに提出する書類をまとめきったところで首を軽く回すと、ゴキリと音が響く。だいぶ疲れがたまっていたようだ。

「氷海の他に凍土に雪山……調査地域が広がったことで、まとめる書類の数があんなに増えるとは思わなかった。いつも任せっきりでごめん、イリスちゃん、ユゥラさん」
「気にしないでください。ワカさんはハンターとして討伐依頼に参加することもあるんですから、時間がとれなくて当然です」
「イリスの言う通りよ、無茶をしては駄目。最近はちゃんと眠れているのかしら? 顔色があまり良くないもの」
「ワカ旦那さん、ちょっと疲れ気味ですニャ。少し休んでもいいと思いますニャ」
「いいや、大丈夫。やれるだけのことはやりたいから」

 ズズ、と音を立てて堅米茶をすするワカの隣で、モーナコは内心ため息をついた。真面目すぎて頑な主の性格は理解しているものの、やはり心配だ。
 そこへルシカが満面の笑みを浮かべながら何かを抱えてやって来た。料理ではなく、丸い物体。最近クラフトにはまっている彼女の自信作だ。

「ねえねえ、見て! このぬいぐるみ、あたしが作ったんだ。みんななら何のモンスターか、わかるよね?」
「まあ、可愛いザボアザギルね。しかも体を膨らませた形態のデザインだから、まん丸で一層可愛いわ」
「ありがとう! おじいちゃんが余った素材を好きに使っていいって言ったから、いっぱい詰め込んだよ」

 ルシカの腕に収まっていたのは、丸々としたザボアザギルのぬいぐるみだ。小さな黒真珠で表現されたつぶらな瞳、ぴょこんと跳ねた尾などデフォルメが強めなのは、少女の趣味が全面に出たのだろう。フルフルの柔皮の上にザボアザギルの厚皮を重ねたことで柔らかい手触りになっており、ぬいぐるみの頭部を撫でる手がふんわりと沈む様子から、相当柔らかいらしい。

「中にガーグァの羽毛を入れてるから、すごくフカフカしてるんだよ! リラックス効果バツグンなんだから」
「わあ、とても柔らかくて気持ちいいです。ワカさんも触ってみてください」
「いい触り心地だな。なんだか、気分が落ち着くような……」
「…………ワカ旦那さん?」

 その心地良さからぬいぐるみに鼻先を埋めたワカの言葉が途切れてしまい、モーナコが顔を見上げる。細められていた目はしっかりと閉じられ、完全に寝入っていた。

「ワカ旦那さん!? 起きてくださいニャ!」
「えっ? ワカ、どうしたの? 具合が悪いの!?」
「……ルシカ、ぬいぐるみの中に入れた素材って、他に何かあるかしら」
「えぇと、おじいちゃんが安眠効果があるからって、【睡眠袋】って袋の中に入ってる粉をちょっとだけ皮に擦り込んでくれたんだけど……」

 睡眠袋。ワカの睡眠体質を知るユゥラは昏々と眠る男の様子を見やる。モーナコが体を揺すっているが起きる気配は無い。
 ワカの体質については調査中の万が一のアクシデントに備えてイリスにも話していたため、彼女も勘付いたようだ。

「もしかして、ワカさんはその少量の睡眠成分で眠ってしまったんでしょうか」
「あり得るわ。……どうしようかしら。無理矢理起こすのは悪い気がするし、この姿勢じゃ辛そうだし」

 ワカを起こすべきか否か考えていると、廊下から足音が聞こえる。そろそろ次のグループが食事に訪れる時間だったことを思い出した。ひょこっと顔を見せたのは、褐色肌の女性と若草色の毛並みをしたアイルー。

「ん、まだ食事を済ませてなかったのかい?」
「食いしん坊さんニャー」
「それはアンタだけだよ、ハリーヤ」

 鍛冶工房でひと仕事を終えたヌイとハリーヤだ。全員の視線がワカに向けられていたため、ヌイたちもつられて顔をのぞき込む。ハンターの中でも警戒心の強い男が無防備に眠りこける姿は、とても新鮮だ。

「珍しいじゃないか、ワカがこんなところで寝てるなんて」
「それが……」

 ユゥラが事情を説明すると、ヌイは目を丸くした。師の思いつきがこんな事態になろうとは。もちろん人体に影響の無い量を付加したはずだが、想定外であろう。

「で、どうするんだい?」
「ちゃんと部屋で寝かせてあげたいけど、さすがに私たちでは運べないわ。眠っているから余計に……」
「アタシが連れて行く。……よっ、と」

 ぬいぐるみをルシカに渡し、ワカを背負う。持ち前の腕力と日々の鍛冶で鍛えられたヌイの体は、大の男を背に担いだところでびくともしない。

「まったく、世話の焼ける“義弟”だね」
「……おとう、と?」

 聞こえてくる静かな寝息に笑いながら呟くと、その場にいた全員がヌイを見た。そういえば、この男との意外な関係を伝えていなかった気がする。四人の目が点になっている様に彼女は苦笑いを浮かべた。

「アタシの妹の旦那、ワカのお兄さんなんだ。だからアタシとワカは義理の兄弟ってわけ」
「そうなんだ! ワカ、いっぱい兄弟がいていいね」
「兄弟……そうですニャ。ワカ旦那さんの周りには、たくさんの家族がいますニャ」

 モーナコがニャフ、と笑う。主はもう天涯孤独の身ではないのだと。食堂を出るヌイにモーナコもついて行き、部屋に案内する。ヌイに礼を伝えると、ベッドにもぐり込んでワカの昼寝に付き合った。



 ヘイズキャスターがスクアギルを斬る。悲鳴をあげて倒れた獲物が動かなくなり、カゲは『これで二十』と討伐したモンスターの数を呟いた。

「依頼された討伐数を達成したよ。帰ろうか」
「おう。……に、してもこいつら、前よりもやたら増えた気がするぜ」
「繁殖期なのかしらね。増えすぎちゃうと生体バランスが崩れるから、こうして討伐もしなくちゃいけなくなるわけだけど」

 スクアギルから肉厚な厚皮を剥ぎ取る。駆除とはいえ、奪った命は受け取って生かすのがハンターの流儀だ。
 エリア6にいた彼らはまっすぐエリア3、そしてエリア1を抜けて帰る予定だったが、突然ナレイアーナが腕を伸ばして後ろを歩くリュカを制した。

「なんだよ、イアーナ」
「モンスターがいるわ。この臭い……ジンオウちゃんだと思うんだけど、何か変ね」
「獄狼竜が居るの?」
「ううん、虫の臭いがするけど黒ジンオウちゃんが連れる蝕龍蟲じゃないのよ。あり得ないはずだけど、もしかしたら……」

 気配を殺しエリア3のてっぺんから坂道を見下ろす。ナレイアーナの嗅覚が示した通り、坂の下に四つ足で闊歩する牙竜種のモンスターが見えた。だが、その光景はあまりにもおかしい。

「如何して、雷狼竜が此処に……!?」

 カゲが糸目を凝らしながら呟く。原種のジンオウガは寒さが苦手のため、氷海を含む寒冷地で発見された例は無い。しかし、確かに今、目の前にジンオウガがいる。

「迷子かしら。それとも寒いのが平気な子とか……?」
「このまま亜種になったりすんのか? なあカゲ、何かわかるか」
「悪いけど、モンスターの生態は専門外だよ。書士隊なら知っているかもしれないね。兎に角、今は接触を避けるべきだ。迂回して帰ろう」

 カゲの意見に賛同し、引き返してエリア7からベースキャンプに向かう。ジンオウガはエリア3に滞在したままだったのか、遭遇することなく無事に戻ることができた。



 拠点に帰還してワカに報告をしようとしたが、モーナコと共に夢の世界に旅立っていたので気を取り直してユゥラとイリスに説明をする。二人も驚いていたが、同時に好奇心で目を輝かせていた。これが書士隊の反応なのだろう。

「とても興味深いですね。ジンオウガが寒冷地で発見されるなんて、初めてではないでしょうか」
「アタシたちは大人の子しか見たことが無いけど、亜種って生まれた時から亜種なの? それとも途中で亜種になっちゃうのかな」
「そうね……亜種といっても、様々な種類があるわ」

 ナレイアーナの問いに対し、ユゥラが本棚から厚い本を取り出す。モンスターの生態に関する書物を卓上で開くと、いくつもの亜種モンスターのページを見せていく。

「例えば、氷海に住んでいるザボアザギルが砂漠に適応して進化した個体を【虎鮫】と呼ばれる亜種と定義付けられているけれど、【黒角竜】と名付けられたディアブロス亜種は産卵前後で警戒色として外殻が黒く染まった雌のことを指すわ。生まれもって亜種と呼べるわけでもないの」

 パラリと乾いた音を立ててページがめくられ、とあるモンスターのスケッチを見たリュカは顔をしかめる。原種には毒に苦しめられたが、亜種は雷撃という別の攻撃に苦戦を強いられた。

「兄さんたちが先日凍土で遭遇したギギネブラ亜種は、卵塊を生まないことから生殖能力を失っていると言われています。全てのモンスターの亜種が子孫をつくれるかどうかも、明確にすることはできません。それほど、亜種モンスターの生態は解明されていない部分が多いんです」
「その様子だと、雷狼竜、並びに獄狼竜についての情報は更に少ないという事なんだね?」

 カゲの問いに対し、書士隊の女性二人は頷いて答える。ジンオウガは渓流の奥地にある霊峰に住んでいた。ところが古龍の出現により住処を追われ、結果渓流に姿を見せてギルドに存在を認知されたのは近年の出来事だ。そのため、未だ生態に関して不明な点が多いという。

「今回発見されたジンオウガが果たしてどのような変貌を遂げるのかは気になるところだけど、氷海の生態バランスを崩すようなことになれば討伐依頼が下るのは易いでしょうね。ギルドもきっと、その個体について詳しく調べようと捕獲を命じるはず」
「捕獲……となると、あいつの力が必要になるわけだな。部屋で昼寝してたからそのままにしてきたけどよ」
「……ワカは、ゆっくり寝かせてあげて。なんだか疲れているみたいだったから」
「そうしようか。ワカもこの話を聞いたら食いつくだろうね」

 その日はこのまま活動が終了し、ジンオウガの発見から数日後、ハンターズギルドからリククワに氷海に出現したジンオウガの討伐依頼が届いた。予想していた捕獲ではなく討伐という依頼内容に書士隊は驚いたが、リッシュが理由を告げる。

「討伐対象のジンオウガは、【極限状態】を遂げた原種の個体と判明しました。黒ずんだ体や赤い玉を放っていたことから亜種ではないかとの報告もありましたが、狂竜ウイルス研究所が提供して下さった極限個体の特徴と一致したそうです」
「極限……燐飛が口にしていた極限化したモンスターの中に挙げられていたな。捕獲なんて悠長なことはしていられそうにないね」
「この数日間だけで、数人のハンターが負傷しています。皆さん、気を付けて」

 氷海のベースキャンプに船を寄せ、支度をしながら呼吸を整える。ジンオウガは先日発見したエリア3にいるようだが、エリア1の壁をよじ登るルートは奇襲を受ける可能性があるため、エリア6の洞窟から進入することにした。
 エリア6にたどり着いたところで、ワカがブルートフルートを奏でた。目に見えない旋律が鎧となって身を包む不思議な感覚は、主にフルフルの狩猟時に使われるものだ。

「雷耐性を高めておけば、雷撃で気を失う危険性も低くなる。この旋律と精霊王の加護の維持を中心に立ち回るから、攻撃は任せた」
「サンキュー、ワカ。狩猟はオレらに任せとけって」

 エリア3に立ち入ると、先日発見した姿と同じく原種のジンオウガがいた。ナレイアーナがスン、と鼻を鳴らし以前との違いに気付く。

「……あの子から狂竜ウイルスの臭いがするわ。この間はわからなかったのに」
「発症したのが、あの後ってことか。まだ極限状態にはなってねぇみたいだな、今のうちに仕掛けるか」
「極限状態になったら、先ず僕とリュカが抗竜石を使う。リュカは弱点の頭部を、僕は攻撃の通じる部位を狙おう」

 カゲの指示に従い、リュカは腰ポーチに入れていた抗竜石をたぐり寄せる。極限を越えたモンスターの脅威は何度も思い知らされている、対応が少しでも遅れれば一気に窮地に追い込まれることも。
 接近したことによりジンオウガがこちらに気が付くが、同時に呻き声をあげて体を横たえた。じわじわと全身を浸食していく黒のもや。リュカとカゲはすぐさま抗竜石を各々の武器に当てた。

「チッ、もう始まりやがった!」
「リュカ、リッシュちゃんが言っていた赤い玉に気を付けてくれ! 雷光虫が異常を起こしているに違いない」

 氷海や凍土で対峙するのは亜種のジンオウガであり、原種のジンオウガの討伐経験はだいぶ前のこととなる。四人はそれぞれの経験を振り返り、攻撃に備えた。
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