狩人話譚

□ 銀白色の奇士[4] □

第37話 隠伏する怪竜 前編

「そう……彼がそんな事を」
「うん。二人に、すまなかったって」
「わたしたちは任務を遂行しただけ。アルヴァドに謝られる必要なんて無いよ」

 バルバレの病室で交わされる会話。カゲとミツキだ。キョウは会話に参加していないものの、ベッドに横渡ったまま耳を傾けている。
 ポッケ村に戻ったリュカたちに事の真相を告げられ、カゲは大いに悲しんだ。アルの弟を救えなかったこと、アルとも別れなければならないことを嘆いたが、これらの話を部下にも伝えなければと強く思い、バルバレで療養中の二人を訪れた。

「あの狩人は、わたしたちを見つけた途端何処かへ逃げようとしていたんだ。それを止めようと恭が迅竜の鳴き声を発した直後、踵を返して襲いかかってきたの。まるで迅竜を討伐しようとするかのように」
「モンスターの鳴き声を聞いたことで、脳が狩人のものへ転換されたのかもね。あの男は精神的にとても不安定だったらしいし、常に朦朧した意識の中で生きてきたのなら、迅竜の声に反応して狩猟本能が働いた可能性がある。……あ、恭を責めているわけじゃないからね?」
「…………。」

 無表情ではあるが、キョウから不満そうな気配を感じ取ったカゲが慌てて弁明する。二人とも頭蓋潰しの追跡という責務を必死に果たそうとしていただけなのだから。

「白土、君は任務に行かないの?」
「凍土の討伐依頼に二人駆り出されていて、僕は留守番。これから拠点に戻るよ」
「そう。わたしたちのことなら心配しないで。もうすぐ退院できそうだから。恭の場合、復帰までは時間がかかりそうだけどね」
「…………。」

 ミツキに目線を向けられ、それをかわすようにキョウが姿勢を変えて背を向ける。骨が砕けた左腕は何重にも包帯が巻かれた状態で、いつ元通りになるかはわからないという。
 長らく職務に就けないことは彼にとって屈辱だろう。その気持ちを悟られないよう、そっぽを向いた。カゲは目を合わせなくてもキョウの性格から内心を察した。

「二人とも、達者でね」
「ええ。そちらこそ」

 病院を出て、待ち合わせの場所へ。そこはリククワへ向かう道に繋がる森の入口で、青緑の髪を緩く結んだナレイアーナが立っていた。

「待たせちゃったかな」
「そうでもないわ」
「じゃ、行こうか。皆の顔を早く見たいしね」

 スタスタと歩き出す小さな背にナレイアーナは複雑な感情を抱く。ポッケ村を発って以降自分の想像した行動を一切とらないカゲを見かね、声をかけた。どうしたの?と振り向く糸目の少年はきょとんとしている。まるで二人の間に何も無かったかのように。

「ねえ、アタシに対して文句の一つや二つ言わないの? アタシ……自分勝手な考えでアンタにケガさせちゃったのよ? アタシを憎いと思わないの?」
「……あのね、レイア。あんな程度で君を心底嫌いになる程、僕は子どもじゃないよ。それにレイアを昂らせてしまったのは、僕の軽率な発言が原因だ。あと受け身を取り損ねた過誤もある」
「…………。」
「僕は君の方が心配だよ。あの男……ミゲルの死を目の当たりにした悲しみは、そう簡単には癒えない。今はリククワで心と体を休めるべきだ」

 責めるわけでもなく優しく諭すようなカゲの語調に、ナレイアーナの乱れた心が落ち着きを取り戻す。取り繕った言葉ではなく本心から気遣っている雰囲気は、自分よりもずっと大人に見えた。

「アンタって不思議な人ね。本当に十も年下だなんて思えないわ」
「ははっ、よく言われるよ。でも、これが等身大の僕さ」

 にこりと笑ったカゲにつられてナレイアーナも口元を緩ませる。あの出来事から数日経ち、微笑ではあるがようやく明るい表情を見せてくれたことに、少年は安堵した。天真爛漫な笑顔が、彼女の一番の魅力なのだから。

「リュカたち、うまくやっていればいいんだけど」
「ワカがついているから大丈夫。ちゃんと補助してくれていると思うよ」
「だといいんだけど。あの二人というか、リュカが一方的にだけど掴みかかったことがあるからね」
「へえ、僕に教えてくれる? その話」
「いいわよ」

 森を歩く男女の話題に上る、ここにはいない仲間。彼らはバルバレから遠く離れた凍土にいる。噂をされたことで二人が同時にくしゃみをしたのだが、その理由は誰も知る由もない。



 凍土のベースキャンプで身支度を整える影が四つ。凍土調査隊の護衛ハンター、クリフとエプサにリククワからリュカとワカが参加した四名が今回の依頼をこなすメンバーだ。
 本来自組織で編成できる彼らが現在二人しかいないことには訳があり、事情を聞かされたワカが鼻をすすりながら驚嘆の声を発した。

「秘境の深層部への調査か……氷海では大掛かりな調査を行ったことは無いな」
「頭蓋潰しが仲間と合流するのに使ったと思われるあの場所を、もしかしたら新たなキャンプ地にできるんじゃないかって。うまくいけば今後の調査がはかどるから、ブルアンが張り切っていたんスよ」
「義姉さんもそんな兄の力になりたいと護衛を申し出て、クレイドさんも参加すると言ったことで、私たちは留守番になりました」

 クリフの兄クレイド、ブルアンの妻でありエプサの義姉、クインを加えた四人が凍土調査隊の護衛ハンターの中心メンバーだったが、秘境の長期調査のために別行動をとったようだ。
 そろそろ出発の時刻だ。暖をとっていた火を消し、立ち上がる。リュカたちがここに来た理由、それはもちろん護衛ではなく。

「……で、留守番が出勤になったわけだな」
「そういうことっス。まあこういう時のためにオレたちが待機していたんだけど。流石に二人だけじゃ厳しいかなって、アンタたちに協力を頼んだんだ」

 緊急時に備えてユクモ村で待機していたこの二人が凍土へ出動しなければならなかった理由。それは思わぬモンスターの出現が原因だった。

「【毒怪竜ギギネブラ】。毒を吐いてきたり天井に張り付いて拘束しようとしたり、やりにくい相手っス」
「しかもその個体は今まで数人のハンターを返り討ちにしてきた、いわゆるG級の強さを誇ります。なので準備を万全にして挑まなければと」
「紅白毒野郎は一度だけ見たことがあったな。そん時は……それどころじゃなかったけどよ」
「……ああ、そうだな」

 リュカが思い返している出来事を同じく思い出し、どこか遠くを見るような目つきになったワカにクリフは首を傾げる。ワカの脳内でナレイアーナに投げ飛ばされる光景が広がっているとは思いもしないだろう。
 それじゃあ、とクリフがギギネブラについて簡単に説明を始めた。

「雰囲気はフルフルに似てるけど、ギギネブラはとにかく毒の攻撃が厄介っス。あと卵の塊を地面に産み落として、そこから幼体のギィギが生まれてこっちを狙ってくるから、塊を見つけたらすぐに破壊しないとまずいっスね」
「卵の処理は俺に任せてくれ。小型モンスターの排除は慣れているし、解毒薬や万能湯けむり玉で補助できるから」
「前もってギギネブラの討伐とお話していたので準備してくださったんですね、ワカさん。ギルドに支給をお願いしていましたが、不要でしたか」
「いいや、持てるだけ持っていく方がいいな」
「すごい徹底ぶりっス。転ばぬ先のなんとやらをどんだけ用意するつもりなんスかね」
「オレやイアーナが考え無しで突っ込むから、こいつくらいは心配性の方がいいってカゲに言われたぜ」

 パーティの生命線を担うこともあってか、ワカの準備態勢は十分すぎるほどだ。解毒笛や解毒薬の調合素材も腰ポーチに詰め込んでいると知ったクリフはただただ驚いてばかりである。

「あと、フルフル同様火属性が弱点っス。つまり火炎弾を撃てるオレの蒼火竜炎舞砲が攻撃の要になるっスね。エプサ、攻撃を引きつけてもらえると助かるっス」
「任せてください。リュカさんはどう動きますか?」
「オレの役割はあいつらの頭に張り付いて攻撃ってところだな。大体の奴らは頭部が弱点だしよ」
「書物によればギギネブラは火属性以外に龍属性もそこそこ通じるから、リュカの狼牙大剣も効果的だ。クリフと二重で攻撃を仕掛けることで大打撃を与えることも可能だろうな。ただ、今まで幾人ものハンターも同様の作戦を練ってきたはず。それなのに討伐が達成できなかったことには、何か裏がありそうだな」
「ええ、かなりの力を持った個体なのでしょう。気を引き締めなくては」

 ギギネブラは主に暗い洞窟の中で身を休めているという。そのためエリア3を経由してエリア5へ向かおうとしたが、空に浮かぶギルドの気球から信号が発せられていることにクリフが気が付いた。点滅する光の言葉を読み、伝える。

「エリア2にギギネブラがいるらしいっス。珍しく活発に動いてるみたいっスね」

 まっすぐ北へ向かいエリア2に突入すると、白い大型モンスターが獲物を仕留めているのを見つけた。毒を浴びたバギィが横たわっており、まだ息はあるものの身動きができなくなっている。

「ギギネブラがバギィを捕食する瞬間が見られるのか」
「書士隊の血が騒ぐっスか、ワカ」
「多少はな。だが食事に夢中になっている時こそ、攻撃のチャンスともいえる。どのタイミングで仕掛けるか?」

 物陰から様子を伺っていたが、ギギネブラは突然辺りをきょろきょろと見回し始めた。数十メートルは離れているにも関わらずこちらの存在に気付いた超感覚にリュカが舌を巻く。

「こんだけ離れてたのにバレんのかよ」
「ギギネブラは目が退化していて、熱を感知することで生体反応を捉えます。この冷えた凍土では私たちは非常に見つかりやすいかと」
「目が退化、か。その点もフルフルと同じだな」
「こうなったら行くしかないっス! やるっスよ!」

 ライトボウガンを構え、クリフが駆け出す。それを追うように、三人もギギネブラの元へ向かった。
 対峙したギギネブラはティガレックスのように前脚を力強く踏み込んで近付き、頭をもたげて不気味な声をあげる。リュカとエプサはガードで咆哮を防ぐが、ワカとクリフは耳を塞ぎやり過ごす。

「さっき言った通り、頭部が弱点っス! オレは長い首を狙うから、リュカは頭を頼むっス」
「おう!」

 ギギネブラの真正面にリュカが立ち、側面にクリフとエプサ、リュカの背後にワカが構える。この陣形を崩さずに立ち回ることができればとワカは思っていたが、狼牙大剣を抜いたリュカが顔をしかめた。

「あのよぉ……こいつの頭、どっちだ?」

 ギギネブラの特徴として挙げられるのが、頭と尻尾が非常に似ている点だ。どちらも先端に同じ模様があり、更に口と思しき穴が尻尾にもある。
 尻尾の肉質は固く、弱点である頭部を守るために硬化したのだろうと推測されている。そのため、ギギネブラはまるで尻尾が頭部であるかのように誤認させるトリッキーな動きを見せるという。
 今回が初めての狩猟となるリュカとワカにとって、この特徴は非常に厄介だ。なんとかサポートをしなければとクリフは自分との距離を離さないようリュカに進言した。

「オレたちはギギネブラを狩り慣れてるから、どっちが奴の頭部かわかるっス。だからオレが狙う方を頭部と思って構わないっス」
「悪ぃな、助かるぜ」

 クリフがペイント弾を撃つと、反応したギギネブラが飛びかかってくる。即座にクリフが横へ逃げ、追いついたリュカが頭部へ溜め斬りを放った。
 攻撃を受け止めつつもギギネブラの尻尾が膨らみ地面に密着させる。鳴き声をあげながら尻尾を離すと、そこには卵の塊があった。ここからギィギが産まれ、獲物を求めハンターに襲いかかる。即座にワカが接近し、ブルートフルートを振るって破壊した。
 その後も攻防が続き、やがてギギネブラが怒りに身を震わせ大きな咆哮を放つ。白色の体がみるみる黒ずんでいき、見るからに毒々しい姿へと変貌した。

「怒り状態に移行しました! 今度は尻尾の肉質が柔らかくなります」
「次は尻尾だぁ? ヘンテコな野郎だな」
「大丈夫、このままオレに続いてほしいっス!」

 クリフの火炎弾の速射が直撃し、ギギネブラの体がひっくり返った。不気味なほど鮮やかな深紅の腹部はまるで切り開かれた内蔵のようでリュカは内心ぎょっとしたが、攻撃のチャンスを逃すわけにはいかずクリフが弾を撃つ尻尾めがけ狼牙大剣を振りおろす。
 ギギネブラが体を起こし、再び黒ずんだ背を見せる。そして四肢を地面に付いたまま腹部を膨らませ、紫色のガスが吹き出した。

「やべっ……!」

 回避が間に合わず、毒ガスを浴びたリュカが膝をつく。ギギネブラが口を大きく広げて動かない獲物を飲み込もうと首を伸ばしたが、すかさずクリフが火炎弾を撃ち阻止した。そして気を引かせるように通常弾も放ちリュカから距離をとらせる。
 その隙に解毒薬を飲もうとしないリュカの下にワカが駆け寄り、万能湯けむり玉を叩きつけた。どうにかベリオXヘルムの口元を開かせると、ようやくリュカが浄化の煙を吸い軽く咳き込んだ。

「ごほっ……やべぇぞ、あの野郎の毒。手が震えてポーチに届かなかったぜ」
「【猛毒】か。身動きがとれなくなるほどとは脅威だな。今まで討伐を果たせなかったのは、この毒のせいかもしれない」

 回復薬を飲み干し体力を取り戻したリュカが立ち上がる。少し離れた場所でエプサが攻撃を引き受ける一方で、クリフが弱点の尻尾に火炎弾を撃ち続けていた。
 ギギネブラの頭部はエプサに喰らいつこうと首を伸ばして振り回し、尻尾は紫色の毒爆弾を産み落として後方からの攻撃を牽制している。なんとも器用な戦いをするものだと、ワカはその動きに注視した。
 再び毒ガスが噴射されたのでエプサが飛び退くが、運悪く風向きが変わり彼女に襲いかかる。盾を構えながら解毒薬を口にしてなんとかやり過ごすが、ほんの僅かでも体に支障をきたす猛毒の強さにエプサも驚きを隠せない。

「なんという強い毒……!」
「ワカは絶対近付いちゃダメっスよ! 生命線のアンタがやられたら、オレたちの負けっス」

 怒りが収まったのか、黒ずんだ体が徐々に元の白色に戻っていく。そうなれば肉質の柔らかい部位は頭部に切り替わる。クリフがボウガンを頭に向けるが、ギギネブラは飛び上がると翼膜のある前脚を羽ばたかせながら別エリアへ移動した。
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