狩人話譚

□ 銀白色の奇士[4] □

第36話 四年の果て 前編

 びゅうびゅうと寒風が容赦無く頬を撫でつける。ここで倒れていた男の失踪にリュカたちは呆然と立ち尽くしていた。命を落としていたはずのあの男が息を吹き返して動き出したとでもいうのか。

「マジかよ……一体、どうなっていやがんだ」
「…………。」

 困惑するリュカを後目に、ワカはしゃがんで地面を調べている。指で直に触れて何かを確認していると、やがて屈んだ体勢のままゆっくりと崖側へ歩いていったのでメイがその背に声をかけた。

「ワカ、アンタ何やってるんだい?」
「誰かの足跡がある。リュカやナナちゃんのものとは異なる足装備みたいだ。吹雪で隠れているけど、血痕も見られるな」
「それは、どういう、ことですか?」
「リュカがナナちゃんを連れてポッケ村に戻った後に、何者かが雪山に登ったんだ。そして、ミゲルを回収した可能性がある。……リュカ、ドスブランゴの遺骸はどこにあった?」
「奴は確か……この辺りだ」

 リュカの指す場所は崖寄りで、そこもまた丹念に調べてみると散らばった白い毛や引きずった跡があった。その先は……崖だ。

「もし“奴ら”の仕業だったとしたら、目的はやはり密猟。ドスブランゴの討伐のためにミゲルを差し向け、双方の死亡を確認した後にミゲルだけを回収してドスブランゴの遺骸は崖下へ捨てたのかもしれない」
「……まさか、本当にあいつらが仕組んだのかよ?」
「そんな非道なことをする奴らがいるのかい? ハンターの能力を悪用して、更にモンスターの遺骸を投げ捨てるなんて信じられないよ」

 驚きと怒りを露わにしながら話すメイの声を聞いたパイがびくりと怯える。だが、彼女の目にも同じく非難の色が見えた。

「それが裏ギルドの手口。証拠をもみ消すためなら人の道を外れたことだって平気で行う……自然の調律も担うハンターの風上にも置けない奴らなんだ」
「んで、ミゲルを回収してどうすんだよ。死んじまったけど、仲間だから連れて帰りたかったのか?」
「いいや、違う。自分たちとの接点を知られないよう、遺体を人目につかない場所に葬るつもりだ。海の底、火山の火口……とにかく誰にも見つけられないような所へ」
「マジかよ。いくら悪いことをした奴でも、アルがずっと捜してきた弟だってんなら話は別だ。しかも利用するだけして死んだらポイだなんて、許せねぇぜ」
「だが、ここから先はギルドナイトの仕事だ。俺たちはただのハンター、あちらと接触することで立場を危うくする可能性が高い。そもそも裏ギルドの連中の仕業と確定できたわけではないし、情報を提供することしかできないだろうな」

 すぐにポッケ村に戻る方針を固め、四人は下山する。体調を崩したナレイアーナと療養しているカゲは村に滞在してもらうことにした。メイとパイは引き続き雪山の調査を行うためここで別れ、リュカとワカはリッシュの駆る飛行船でバルバレギルドへ飛んだ。



 一方、バルバレギルドを中心とした賑やかな地域から外れた場所で一人の男が辺りを捜索をしていた。ラングロシリーズ――経験を積んだハンターならばレプリカだとわかるだろう――を身に着けているアルが、今まで集めた情報を元に裏ギルドの居場所を特定しようとしていたのだ。だが、どこにも手がかりになるようなものは見つからず、ため息をつく。

「あれ? アンタ……」

 突然背後から声をかけられ振り向く。そこにいたのは以前アルが処刑しようとしていた青年、リュークだった。依頼を終えた帰りだったのか装備しているアロイSシリーズがやや薄汚れており、きょとん顔でこちらを見ている。外れにギルドナイトが単独でいたことを不思議に思っているからだろう。

「あの時のギルドナイトだよな。その、あれからちゃんと真っ当なハンターとして頑張ってるよ。この間、上位に昇格もできた。アンタがイリスの言葉を受けてオレを許してくれたおかげだ。感謝してるよ」
「…………。」
「えーと……邪魔しちまったかな。それじゃ、装備を修理に出して姉さんの所に行くから」

 面のようなラングロヘルムを着けているために表情が窺えず、返事も無いためリュークはアルを怒らせてしまったのではと恐々する。
 気まずさから踵を返しこの場を立ち去ろうとしたが、少し離れていたはずなのにアルの右手が自分の腕を捕まえていたのでぎょっとした。

「っ……!? な、なんだよ……」
「…………。」

 困惑するリュークの瞳に対し、アルもまた反射的にとってしまった自身の行動に戸惑っていた。この青年はほんのわずかとはいえ、裏ギルドと接触したことがある。口外はしていないだろうが、何か手がかりを知っているかもしれない。
 しかし彼から情報を得ることは、万が一裏ギルドに動きを知られた場合に抗争に巻き込まれてしまう可能性がある。青年には長らく入院している姉がいて、彼女のためにハンター稼業をしていることをアルは後にイリスから聞かされていた。
 そのことを考慮すると、リュークに裏ギルドの情報を喋らせるのは危険だと頭のどこかが警鐘を鳴らした。だが……。

「君は、裏ギルドの拠点に入ったのか?」
「…………!」

 アルにはその音を聴き入れる余裕が無かった。弟が頭蓋潰しであること、そして裏ギルドと繋がっていることを知った今、すぐにでもミゲルを見つけ出し粛正しなければならない使命感に駆られていたのだ。ギルドナイトの誇りと、せめて兄の手で弟を救ってやりたいと思う優しさが、ないまぜになった感情が全てを支配していた。
 一方、初めてアルの声――無論、声色は多少変えているが――を聞いたリュークは更に驚き、固まってしまった。だが、ラングロヘルムから覗く青い瞳に必死な想いを感じ取り、ゆっくりと頷く。

「裏道でイーオスシリーズを装備した男に声をかけられたんだ。金に困っているならいい依頼を紹介しようか、って。大きな肉屋の南側の、細い裏路地だ」
「…………。」
「その後、町から離れた場所に案内された。合言葉を言っていたよ。それは……」
「…………、感謝する」
「こんなことで役に立てればいいけど。それよりそこへ行って、どうするつもりなんだ? もしかして捕まえるのか?」
「……そういうところだ」
「それじゃあ、あいつらを……処刑しちまうのか?」
「奴らは密猟を行い、自然の摂理を破壊する。それにより、場合によっては何の非も無いハンターや一般人が巻き込まれて命を落とすこともある」
「その、気を付けて。くずれとはいえ、あいつらだってハンターだから腕っ節はそこそこ強いはずだよ。もちろんアンタだって十分強いのはわかるけど」
「自分を処刑しようとしていた男を気遣ってくれているのか。やはり君をあの場で斬らなくて良かったと思う」
「…………。」

 すっと足早に立ち去るアルの後ろ姿をリュークは黙って見送るしかできなかった。たった一人で裏ギルドに潜入するなんて可能なのだろうかと不安がよぎるが、こんなことを誰に相談すればいいのかもわからない。
 とにかく今は姉の見舞いに行こう。そう思い直し、バルバレの繁華街へ向かった。



 リュークの言っていた通り、普通の人間が通りそうに無い外れの裏道に男が石壁に寄りかかかっていた。金の工面に困り疲弊しきっていたリュークは、この場所の違和感に気付かず通過したところに声をかけられたのだろう。
 あえて猫背になってとぼとぼと歩き、男の横を通り過ぎる際にわざとらしく大きなため息をつく。そうすれば自分も困っている人間と判断してくれるから。目論見通り、男が肩を落とすアルに声をかけた。

「よう、兄ちゃん。何かお困りのようだな?」
「リオレウスとの狩猟で武器を破損してしまってな。依頼にも失敗して、武器を買い直す金も無い。お先真っ暗さ」
「…………。こっちに来いよ。アンタほどの腕前ならいい仕事があるぜ」
「本当か? どうかよろしく頼む、困り果てていたところなのだ」

 大げさに喜び、窮地に陥っている無警戒な狩人を演じる。男はアルの姿を一瞥すると、すんなりと裏ギルドに通すことを決めたようだ。
 バルバレから離れ、やがて岩壁に穴をくり貫いたような洞窟にたどり着いた。中は暗くよく見えないが、奥から誰かの声が聞こえる。合言葉のようなそれに男がリュークの話していた言葉で答えると、暗闇で何かが動く音がする。岩を扉のようにして潜んでいたのだろうか。

「どうした、新入りか?」
「金に困っているそうだから連れて来た」

 そうかよ、この間一人減ったばかりだからなぁ、へへへ。品の無い笑い声にアルは密かに顔をしかめる。弟はこんな奴らと関わっていたのかと信じられない気持ちになった。
 この場にいるくずれハンターは六人。デスギアシリーズを装備したミゲルと思しき男が見当たらないことは幸か不幸か、とアルの心境は複雑だ。
 人数はやや多いが、隙をついて束縛していけば。腰ポーチに入れられている拘束力の高いネルスキュラの糸製の縄の数を思い出しながら、アルはきょろきょろと初めて見る裏ギルドの拠点に驚いているハンターのふりをした。

「ところでよう、兄さん。アンタ、武器は何を使っていたんだ?」
「双剣だが」
「へー。そんな“偽物”の防具でよく戦えたな?」
「!」

 アルの目が見開かれる。紛い物の装備で狩猟に行けるハンターなどいるはずが無い。自分の正体を見抜かれていたことに面の下で動揺する。
 にたり顔を浮かべた男はアルの反応に正解だと把握すると腰に付けていた剥ぎ取りナイフを抜き取り、たいまつの明かりにチラチラと照らす。

「最近ギルドナイトがここを嗅ぎ回ってるって聞いたんだけどよ、アンタもその一人だろ? 目障りなんだよなあ」
「俺たちを欺くために丸腰で来るたぁ、馬鹿な奴だ。獲物が無けりゃこっちのもんだぜ」

 くずれハンターが動き、やがてアルを取り囲む。六対一。絶望的な状況の中、アルはゆっくりとラングロヘルムに手をかけた。半ば自棄になっていたが、これは大きな賭けでもあった。

「こっ、こいつ……あいつにそっくりだ」

 晒した素顔を見て一人のくずれハンターがうろたえる。漆黒の髪、褐色肌、彫りの深い顔だち、青の瞳。これらの特徴から『あいつ』と称したのは、間違いなく弟ミゲルのことだろう。

「まさか“アレ”の身内にギルドナイトがいたなんてなぁ。悪事に手を染めた兄弟を連れ戻しに来たってところか?」
「……まずはお前たちの処刑が先のようだな」
「この状況でよく言えたもんだぜ。サックリ殺してあいつの所に送ってやるから、抵抗しない方がいいぜ」

 殺して、ミゲルの所へ送る?

 ドクンとアルの中で強く心臓が脈打った。

「一緒に氷海の底にでも沈めてやろう。そろそろ腐敗が始まっちまうからな」
「いいや、地底火山の方がいいんじゃないか? 兄弟揃って顔に火傷の痕をつけたりしてよお」

 ゲラゲラと笑うくずれハンターたちの中心に立つアルの拳が震えている。真下を向いたまま動かないアルを見て男たちは観念したのだと思ったのか、死を覚悟したであろうアルの表情を覗き見て、絶句する。
 そこには鬼の顔があった。



 バルバレに到着するや否や、リュカたちはまっすぐハンターズギルドへ向かった。そしてギルドマスターに雪山で起こった事の一部始終を伝えた上でアルの所在を訪ねるも、任務に出ていると返されてしまい行き詰ってしまう。
 いくらギルドを束ねる存在でも、様々な職務を行う一介のギルドナイトの行き先までは管理できるわけもない。建物の入口で、これからどうしようかと頭を悩ませる。

「どこに行っちまったんだろうな、アル」
「任務が終われば、やがてここに戻る。そこを捕まえるしかないが、何もせずにずっと待つのは時間の無駄だと思う」
「やっぱ、そうだよなぁ。簡単な任務であってほしいぜ……ん? あいつ、もしかして」

 ワカと話していたリュカが見覚えのある姿を見つけ、名を呼ぶ。弾かれるように顔をあげたのはリュークだ。装備を修理に預け私服に着替えていたリュークはリュカの顔を見るなり駆け寄る。その形相は、必死そのものだった。

「リュカ!」
「久しぶりだな、リューク。これからセラの所に行くのか? オレも見舞いに……」
「頼む、あのギルドナイトを助けてくれ!」
「まさか……アルか!?」

 縋るようにリュカを見上げながら叫んだリュークの言葉に、ワカが驚く。二人は顔を合わせ、事が思った以上に、それも悪い方向に進行していることを直感した。

「さっきリュカだと思って声をかけた人がいたんだけど、人違いでがっかりしていたんだ。同じベリオXシリーズだったから」
「ベリオXシリーズ……?」
「だけど、その人もギルドナイトだったよ。正式な証も見せられたし、本物だと思う。部下を捜しているって言ってたから、教えたんだ。でも、二人でもあいつらを捕まえるのは……」
「リューク、オレらにもその場所を教えろ。お前はセラの所に行ってな」
「わ、わかった」

 説明を受け、二人は駆け出す。途中リュークが話していたことを思い出したリュカが一歩後ろをついて来るワカに尋ねた。

「オレとギルドナイトを間違えるなんて、あいつ相当慌ててたんだな。オレの鎧は縁が赤いって前から言ってたのによ」
「……リュカ、もしかしたら俺たちが行っても徒労に終わるかもな」
「あぁ? なんでだよ」
「そのギルドナイトは……俺の知っている男かもしれない」
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