狩人話譚

□ 銀白色の奇士[4] □

第35話 頭蓋潰し 後編

 急いでナレイアーナの後を追ったため、今の事態に役立てられるものを所持していないことにリュカはため息をついた。せいぜい腰ポーチに入っていた携帯食料とホットドリンクぐらいだ。

「さっきはすまねぇ。ぶっ叩いちまって」
「……別にいいわ。こんな程度じゃ済まされないことをしたんだもの」

 ナレイアーナは正気を取り戻したようだ。氷の壁に寄りかかり、足を抱え込んで座っている。リュカもベリオXヘルムを外し、ふうと白い息を吐いた。
 外は夜が更けたことも加わって何も見えない。天候が落ち着きしだいポッケ村へ下山したいところだが、いくら寒さに強い体といえど、いつまで我慢できるだろうか。

「ねえ、リュカ」
「どうした。どこかケガしてんのか?」
「違うわ。今から独り言を話すから、黙って聞き流してほしい」
「……おう」

 本当はきちんと耳を傾けてほしいのだろう。だがそうと言えないのは、後ろめたい内容だからだ。リュカは律儀に背を向けて座った。

「アタシの両親はモンスターの研究者だった。書士隊に近い組織にいたみたい。二人ともモンスターが大好きで、アタシの名前は【炎妃龍ナナ・テスカトリ】様と【雌火竜リオレイア】ちゃんを混ぜたものらしいわ」

 青い鱗を持つナナ・テスカトリと緑の鱗を持つリオレイア。空の青と葉の緑を混ぜたような青緑色の髪から、【ナレイアーナ】という風変わりな名前は付けられた。ワカとカゲの呼称は偶然とはいえ彼女にとって複雑な思いを抱かせたようだ。

「だけど、モンスターに夢中な二人はたまたま生まれたアタシのお世話なんてしてくれなかった。赤ちゃんの頃はお手伝いさんがいたそうだけど、お金がかかるから途中で解雇しちゃったって。アタシの最初の記憶は、用意された食事と広い部屋だけ。どんなにいい子にしていても、二人は家に戻るなりまたモンスターの本を読みふけって。私は両親にとっていらない存在だって、ずっと思ってた」

 初めて打ち明けられたナレイアーナの過去。両親の話を聞かなかったのは自分のように死別したのかもしれないと思っていたが、予想外の内容にリュカは背を向けたまま表情を強ばらせた。

「ある日、二人は戻ってこなくなった。いよいよ邪魔なアタシを捨てたのか、それともモンスターの調査中に死んだのかもしれない。正直、どちらでも良かった。それよりもこれから一人で生きていかなくちゃと思って、家を出た。でも子どものアタシは何もわからなくて、行き倒れになったのをハンターが助けてくれたわ。ハンマーを担いだ、優しい男の人。それで、ハンターになることを目指したの」

 ハンマーを使うきっかけになったハンターは話を聞く限りでは非情な行動をとる人物とは思えない。ならば、何故彼女は頭蓋潰しと呼ばれるまでになったのだろうか。ナレイアーナは静かに独り言を続ける。

「ハンマーを握って初めてモンスターを討伐した時に、アタシの中で何かが弾けたわ。アタシから両親を奪ったモンスターをこうしてやればいいって誰かが囁いた気がするの。それから一生懸命経験を積んでハンターランクを上げて、自分のありったけの力をぶつけるようになった。最後に頭を潰すようになったのもその辺りから。【頭蓋潰し】と呼ばれていることは知っていたわ。人に害を与えることは無かったからか、ギルドも強く出られなかったようだけど。アタシが興味を持っているのはモンスターだけ。人なんて気にしなかった」

 だけど。そう言ったナレイアーナの声色が変わった気がする。おそらくあの人物について語ろうとしたからだろう。外で無惨な死を遂げていた、アルによく似た男を。

「ある日討伐を終えたところに単独で調査をしていたあの人が、ミゲルが現れた。アタシのしたことを見て驚いたけど、否定も肯定もしなかった。だけど、こう言ったの」

『モンスターを憎むのではなく、慈しむ気持ちを持ってみないかい?』

「はじめは話を聞くつもりなんて無かったわ。それでもミゲルは何度もアタシにモンスターの本を見せたり、話を聞かせてくれた。街で飼育しているアプトノスの赤ちゃんがタマゴから孵った時には、その子を抱かせてくれた。……涙が出たわ。アタシは両親に愛されなかった。なのに、この子はこの世界へ生まれ落ちたことをみんなに祝福されてる。羨ましくて、妬ましいと思ったわ。だけど抱きかかえた赤ちゃんはとても温かくて、か弱い存在で……守ってあげたいって気持ちになった」

 ナレイアーナがモンスターに抱いた感情は母性愛だった。どのモンスターにも可愛いと褒めていたのは自分が両親からそう言って欲しかったのだろうかとリュカは思う。

「その日以来、アタシは頭蓋潰しをしなくなった。する気が起きなくなったの。それからはミゲルとコンビを組んで活動を続けてたけど、四年前にミゲルは樹海の調査に向かってずっと行方不明。だからアタシはロックラックからバルバレへ来た。過去の過ちを犯さないように武器をヘビィボウガンに変えてね。まさかリククワでお兄さんに会うなんて思わなかったわ」
「……あいつは、アルの弟だったのか?」

 質問をしてから独り言に反応したことにリュカはしまった、と背を向けたまま顔をしかめるが、ナレイアーナは構わずに答えてくれた。

「そうよ。ミゲルたちはワイラー商会長の子どもで、アルは三人兄弟の真ん中。跡継ぎじゃない二人は親から愛を注いでもらえなかったんだって。境遇が似ていたからかしらね、アタシがミゲルと仲良くできたのは」
「…………。」
「ミゲルはアタシを好きだと言ってくれた。でもアタシがミゲルを好きだという感情を持っているかは、わからなかった。アタシは誰からも愛されたことが無かったから、愛する気持ちがどんなものなのか知らないのよ」

 愛、という言葉を聞いてナレイアーナのオトモアイルーが思い浮かんだ。いつも側にいて支えてくれるオトモアイルーに【アイ】という名を付けたのは、自分にそれを与えてくれることを望んでいたからだろうか。桜色のアイルーは、それがわかっていたかのようにナレイアーナを友のように、時には姉妹のように接していたように見えた。

「リュカ……愛って、何かしら。好きになるって、何かしら。アタシは……ミゲルを愛していたのかしら?」

 これは独り言ではない。自分への問いかけだ。リュカは振り向いてナレイアーナと向き合う。とても苦しそうに悲しむナレイアーナの顔があった。しばらく考え、言葉を選び、自分なりの答えを伝える。

「オレにもわからねぇよ。けどよ……ミゲルつったか、あいつが白牙野郎に殺されたとわかって、敵討ちをしたんだろ? 許せねぇ、殺してやるって思うぐらい大切な存在だったんだろ? そういう気持ちがわいてきたんなら、間違いなくお前はあいつを好きだったんだよ」
「そう、なの……?」
「でなけりゃ、封印してたハンマーを使ってあんなことするかよ。お前、今までどんなことをされてもモンスターに酷いことしなかったろ。お前はミゲルから愛情ってやつを教わって、その気持ちに答えてやった。そんな奴の命を奪われたから、ぶち切れたんだ。……ディーンを殺された時のユゥラみたいに、な」

 ジンオウガ亜種討伐の直前にユゥラに鎮痛剤を打ってもらった際の一幕は今でもはっきりと脳裏に焼き付いている。愛する夫を殺されたユゥラはジンオウガ亜種を『殺して』と叫んだ。モンスターを尊重するのが信条の書士隊であっても、ユゥラは夫を亡くした妻としてやりきれない気持ちを訴えたのだった。

「今のオレにはイリスがいてくれれば十分だ。ワカはそれを“家族愛”だと言ったことがある。愛情は家族やダチにも与えられるって。自分じゃわかってねぇんだろうけど、お前はしっかりミゲルを愛してたぜ。自信持てよ」
「…………!」

 ゆっくりとナレイアーナがリュカの胸に飛び込む。抱きつくように手を背に回すとわなわなと肩が震え、やがて嗚咽が聞こえ始めた。わああ、と子どものように泣きじゃくる姿はとても痛々しく、リュカはナレイアーナをそっと抱きしめる。その背は、華奢な妹よりも細く弱く感じられた。
 慟哭は長く長く続く。頭蓋潰しは、たった今死んだ。リュカはそう思いながらナレイアーナにしばらく胸を貸していた。



 どれくらい時間が経過しただろうか、ナレイアーナが落ち着いてきたのでそろそろ大丈夫かと体を離すと、泣き疲れたのか眠りに落ちていた。だが何かがおかしいと額に手を当てれば熱を感じ、慌てて抱き上げる。
 モンスターの討伐を行った後に寒い場所でじっとしていたため、体を冷やしてしまったに違いない。山頂で死を遂げたミゲルのことも気がかりではあったが、まずは彼女を村に連れ帰らなければならないとリュカは急いで下山した。
 まだ強風は吹いていたが、洞窟を抜けた先のエリア1で待機していたメイとパイと合流し、事情を説明する間も無くナレイアーナは二人によって部屋に運ばれ、看てもらうことになった。医療技術に詳しいパイならば安心して預けられる。
 別部屋で眠るカゲを置いたワカだけがリュカから雪山で見聞きした全てを受け取ることができた。目を閉じながら話を聞き終えると、金色の瞳がリュカを見上げる。

「……大変だったな、リュカ。ナナちゃんを助けてくれてありがとう」
「オレぁ……ただ話を聞いてやっただけだ。何もしちゃいねぇ。あいつはきっとミゲルを連れ戻したかっただろうが、それすらもできなかったしよ」
「あの天候とナナちゃんの不調では、ナナちゃんを救うことを優先する方が正しかった。その男の遺体の回収は夜が明けてからになるだろうな。だが……アルの弟が、まさか崩れハンターだったなんて」

 ワカはあの男、ミゲルを密猟者のようだと心の中で罵ったことに複雑な気持ちを抱いていた。兄のアルは誠実で勤勉なギルドナイト、その弟がハンターの道を外す行動をとるようには思えないからだ。

「カゲはミゲルの心を覗いた時に、真っ黒で何も見えなかったと話していた。既に正気ではなかったのかもしれないな」
「死んじまった相手をどうこう言うのは変だけどよ、正気じゃねぇ奴がギルドに見つからないようコソコソ動けるもんなのか? 頭がイカれちまった奴の判断力なんてガキ以下だと思うがな」
「…………。」
「おい、どうした?」

 リュカの発言を聞いたワカが手を顎に当て考え込む。何か深く思い出しているようで、しばらく返答が無かったがやがて考えがまとまったのか顔を上げた。

「もしかしたら、わずかな気力だけで生きていたのかもしれない。ハンターと書士隊の誇り、そしてナナちゃんとの思い出を理性の糸にして、自分がどうなっているのかもわからないまま、それでも何かを見つけるために」
「わからない? 自分がおかしくなったこともわかんねぇってか」
「そうだ。顔に火傷を負うような大怪我をしたんだ、もしかしたら声を発しなかったのも、素性を知られないようにするためではなく、喉も焼かれたからかもしれない。そして、その原因が行方不明になった四年前にあるのだとしたら……」
「マジかよ。それじゃあ、あの野郎は四年間もフラフラとさまよってたのか? ハンマーでモンスターを殺しながら?」
「いいや、違う。頭蓋潰しの情報が出てきたのはここ最近のことだろう? 誰かがミゲルを動かしていた。ほとんど自意識を失っているミゲルを、裏で利用した奴らがいるんだ」
「……それが、前に聞いた“裏ギルド”ってやつか?」
「おそらくは」

 ゆっくりと頷いたワカにリュカはマジかよ、と再び呟く。心も体もボロボロになったミゲルを裏ギルドが拾い、利用していたのだとしたら。四年もの間捜し続けていたアルがそれを知ったとしたら。罪人の処刑を専門とする彼が黙って見逃すはずが無い。
 もっともらしい話ではあるが、推測の域を出ない。ワカはきっぱりと自身の説を否定した。

「確証は無いから、ただの憶測に過ぎない。今のは忘れてくれ。まずは翌朝、村長に事情を話して雪山へ行こう。そしてミゲルの遺体を回収し、アルに一部始終を伝えるんだ。アルはミゲルが頭蓋潰しだということを知ったようだから。だからこの顛末は伝えなければならない」
「……そうだな」

 ふう、と息を吐くと眠気が襲ってきた。数時間の間に起こった出来事がようやく落ち着いたことで、体が疲労感を訴えてきたようだ。短時間でも体を休めるべきだとワカに言われるがままにベッドへ向かい、目を閉じた。



 夜が明け、村長に説明をしたワカはリュカとメイ、パイと共に雪山に入りミゲルの遺体の回収に向かった。
 吹雪の夜を経たことで足場が不安定だったが、洞窟の中は安全に進めたので目標地点へ到着するのにはそう時間がかからなかった。リュカが思い出すように雪壁を指し……あ然とする。

「……ミゲルが、いねぇ?」

 ドドブランゴの遺骸と共にミゲルの遺体が、跡形も無く消え去っていた。

 直後に吹いた風が、嫌な予感を四人に伝えた。
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