狩人話譚

□ 銀白色の奇士[4] □

第35話 頭蓋潰し 中編

 メイとパイに教わった、エリア4を抜ける道を進む。天候が悪くとも、洞窟の中ならば影響は無い。以前見かけたギアノスやガウシカは見当たらず、どこかで身を隠しているのだろうと考えていると、研ぎ澄まされた嗅覚が強い血の臭いを嗅ぎとった。
 その血の持ち主が誰なのかはさすがの彼女にもわからない。赤の臭いを強く感じる方角を目指すと、エリア6へたどり着いた。この先は吹雪いている極寒の地域。だが、すぐ近くに臭いの正体がいると直感した。
 覚悟を決めて一歩を踏み出す。横殴りに吹く風と雪で見えづらいが、どうにか視覚は機能しそうだ。そして、雪壁の側で黒い塊が地面に横たわっているのを発見する。血の臭いも、ここから漂っていた。

「…………。」

 あの男だった。ハンマーを手放し、仰向けに倒れていた。モンスターの爪にやられたのだろう、体のあちこちが切り咲かれ、多くの血を流している。素顔を隠していた面も破壊され、ナレイアーナに答えを見せつけた。

「…………。」

 四年ぶりに会った、大切な仲間。顔の右半分は火傷を負ったのか、酷くただれている。端正な顔は豹変してしまったものの、ナレイアーナにはこの男がすぐに誰なのか理解できた。
 そんな男の濁った青色の目はぼんやりと空を見つめている。血を吐いた口元からは白い息が漏れておらず、事切れていることを示していた。それでも、名を呼びかける。

「…………ミゲル」

 黒のまつ毛がピクリと動いた気がする。あくまで気がしただけだったが、ナレイアーナの心の中に穴が開き、どす黒い何かが急激に流れ込んで埋めていく。
 顔を上げ、見渡すとドドブランゴが数匹のブランゴを連れ、隣のエリアへ移動しようとしている。依頼で討伐するはずだった対象だ。あちらも負傷している。ミゲルと交戦したのはあの個体だろう。
 ナレイアーナは、ゆっくりと禍鎚ヤドラモルテを手に取った。恐ろしいほどに体に馴染む重さ。いけないとわかっていても、今の彼女にこの気持ちを押さえ込む手段は無かった。

「……ホント、可愛いわね」

 ドドブランゴが背後にいる気配を感じ取って振り向く。だが、その気配にブランゴたちは恐れおののくように逃げ出し、ドドブランゴもナレイアーナから目が離せなくなった。

「モンスターって、可愛いわ。可愛くて、可愛くて…………憎らしいぐらいよ」

 吹雪で巻き上げられた彼女の髪が竜の翼のように大きく広がる。ナレイアーナから放たれた殺気は、憎悪に満ちていた。



 ワカに手当てを受けたカゲは、ベッドの上で悲しそうな表情を浮かべた。背中は痛むが、それ以上に心が痛む。

「僕、数年前に上層部の噂話を聞いたことがあったんだ。頭蓋潰しは女性だって。だから、あの男は真似事をしているだけなんだと思っていた。でもその偽物はアルヴァドの弟君で、本当の頭蓋潰しは……」
「…………。」

 カゲの呟きを聞いて愕然とする。あの男は頭蓋潰しではない、その上本当の頭蓋潰しが身近にいた人物だという事実に頭がついてこない。
 ヘビィボウガンを軽々と扱う腕力は、以前よりハンマーを担ぐことで鍛えられていたのだろう。気付くのが遅すぎた。いや、気付いたところで何ができたのだとワカの心にやり場の無い感情がこみ上げる。

「レイア自らが言ったそうだよ、“頭蓋潰しは死んだ”って。強ち間違いじゃないよね、あんな事をする狩人は確かに居なくなったんだから。なのに、何故アルヴァドの弟君がその所業を……」
「……カゲ、今は休め。きっとリュカがナナちゃんを連れて戻ってくる。話はその後、ゆっくりとしよう」

 うん、と小さく頷くとカゲは負担をかけないようゆっくりと体を丸めて大人しくなった。素直に応じたのは痛んだ体が休息を欲しているからだろう。
 外では変わらず寒風がゴウゴウと吹き荒れている。本当はついて行きたかったが、カゲの手当てをしなければならないことと、雪山の地形を把握できていない自分は足手まといだと自覚していたため、動くわけにはいかなかった。

(……二人とも、無事に戻って来てくれ)

 木製の壁に手を添え、祈るように頭を下げる。雪山で何が起こっているのかはわからない。だが、ワカには二人の帰りを信じることしかできなかった。



 強風によってランタンは早々に使いものにならなくなった。だが、かろうじてナレイアーナの足跡を見つけ、追っていく。雪山の護衛ハンターに教わった道のりをたどるように歩いて行き、エリア6に着いた瞬間、おびただしい血の臭いを感じぞっとした。

「……こいつ!?」

 真下に倒れている頭蓋潰しを見つけてリュカは目を丸くする。顔つきからアルかと思い取り乱しかけたが、火傷の痕から別人だと訂正した。
 だが血生臭いそれはこの遺体からではなく、奥から風によって伝えられている。そこにナレイアーナがぽつんと立っていることに気付き、すぐに駆け寄る。

「イアーナ、大丈夫か? ケガはしてねぇな。さっさと帰ろうぜ。そんで頭蓋潰しの報告も……」

 言葉も歩みもピタリと止まる。ナレイアーナの目前にはドドブランゴがうつ伏せに倒れていた。白い毛が真っ赤に染まり、辺りにいくつもの血溜まりができている。今もじわじわと広げているそれは、頭部から流れ出ていた。原型も留めないほど、グチャグチャにされた無惨な状態で。
 リュカにとって、これが初めて見た頭蓋潰しの所業の有様だった。あまりにも衝撃的な光景を前に、呆然と立ち尽くすしかない。

「これが……頭蓋潰しってやつなのかよ……」

 ようやく声を絞り出せたが、完全に滅入った声色になってしまった。頭部だけをこんなにも破壊するなど信じられずにいたが、とうとうその現実を目にしたのだから。

「天罰が下ってあいつは死んだみたいだな。当然の報いだろうよ」
「……違うわ」
「あ?」

 未だに背を向けたままのナレイアーナがようやく喋ったが、否定から入られたので疑問の声が出る。だが、彼女の全身を見てリュカはハッとした。頭蓋を叩き潰した凶器であるハンマーを握っているのは、ナレイアーナだ。眠っていたいくつかの疑念が蘇る。
 ハンマーを使うようなフォームで狩猟笛を叩きつけて雪に覆われたワカを助けたのは。
 頭蓋潰しを死んだと言い、話をはぐらかしたのは。



「頭蓋潰しは…………この、アタシよ」



 振り返ったナレイアーナの顔は所々返り血を浴びていて、普段見せていた笑顔も、今だけは大きく歪んで見えた。

「アタシが、ブランゴちゃんをこんな風にしたの。こうやってね」

 力強くハンマーが頭部めがけて叩きつけられ、グチャリと音を立てて血をまとった肉片が飛び散る。そんなことをしても平然としていられる女性があのナレイアーナなのかとリュカは困惑したが、再びハンマーを振りかざそうとしたため、すかさず飛びかかった。

「やめろ!!」

 パン、と音と共に頬に衝撃が走る。よろめいたナレイアーナの体はいとも簡単に崩れ落ち、へたり込んだ。その隙にリュカは禍鎚ヤドラモルテを奪い取ると、崖へ向けて放り投げた。

「お前は……こんなことする奴じゃねぇだろ!」

 両肩を強く抱き、目を合わせて叫ぶ。正気を取り戻してもらうために。ナレイアーナの体がビクリと震え、茶色の瞳が恐々とリュカを見上げる。
 その時、辺りが真っ白になるほど吹雪いた。このままでは二人共々雪の塊になってしまう。リュカは急いでナレイアーナを立たせ、洞窟の中へ避難した。
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