狩人話譚

□ 銀白色の奇士[4] □

第35話 頭蓋潰し 前編

「恭! 美月!!」

 声をあげながら病室に飛び込むと治療を終えた医師が口元に指を当てたので、前のめりになっていた体がはたと止まる。絶対安静の怪我人がいる部屋で大声を出すなど何事かとカゲは落ち着きを取り戻し、二人を一瞥した。
 医師からどちらも傷が深いものの、命に別状は無いと告げられて強ばっていた肩の力が抜ける。カゲと共に病院へやってきたアルも同様だ。詰まっていた息が安堵となって吐かれる。
 リュカたちが採ってきた雪山草と自分たちが調達した食料をウラルの村に送り届け、リククワに引き返す途中でキョウたちが頭蓋潰しに襲撃されたという報せを受けた。そのためカゲたちは拠点には戻らずバルバレへ急行し、病院へ駆け込んだ。最悪の事態も覚悟していたが、命が助かったことに心から安心した。
 医師が経緯を語る。キョウがナルガクルガの鳴き声を発したことで近くの村の住人がモンスターの出現をハンターに伝えたという。その結果、二人は森を訪れたハンターに発見してもらえた。その後応急処置を受け手早く搬送されたおかげで、二人とも命を失わずに済んだのだ。
 だが、人に対し明確な殺意を見せた頭蓋潰しの異常性を再認識する事態となった。モンスターを狩るための道具で人の命を奪おうなど、許されざる行為だと。

「なんて恐ろしいことをするのだ……頭蓋潰しという男は」
「今まではモンスターが対象だったけど、ワカが攻撃された時点でこうなる危険性を考えるべきだった。とうとう人まで襲うなんて、即座に処刑しなければならないほどの危険人物だよ」

 憤りを隠せずにはいられない。腹部を刺されたミツキは多くの血を流しており、輸血により一命を取り留めたが顔色はまるで死人のように血色が悪く、呼吸も浅い。
 そしてキョウは見た目が無惨だった。顔の左全体がガーゼと包帯に覆われ、所々血が滲んでいる。それでも頭部が無事だったのは、とっさに左腕で庇ったからだ。だがそのために左腕の骨が砕け、しばらくは動かせないという。

「酷い怪我だけど二人が生きていてくれて、本当に良かった。二人とも居なくなったら、僕……」

 語尾が涙ぐんだことで自分が泣きそうになっていると気付いたカゲが慌てて目元を拭う。いくら同僚の前といえど、弱っている姿など見せたくない。

「…………。」
「恭! 恭、大丈夫?」

 カゲの声が耳に届いたのか、ゆっくりとキョウの目が開かれた。はじめは焦点が合っていなかったが、やがて漆黒の瞳が現状確認をしようとキョロキョロと動き出す。
 だが、アルの姿を捉えた瞬間キョウは右腕だけの力で勢いよく体を起こし、その腕をアルの首へ伸ばした。

「がっ……!?」
「やめて、恭! 落ち着いて!」

 今にもへし折らんばかりの力がアルの首にかかり、悶絶の声が漏れる。すぐにキョウの手を外そうとするが、怪我人とは思えない力で抵抗されて困惑した。その間もキョウは目を見開いたまま、苦しむアルを睨みつけている。
 カゲが割り込んでキョウと無理矢理目を合わせた。彼が何を思っているのかがわかれば……。

「――――!」

 強いビジョンが流れ込み、マゼンタの瞳が驚愕に染まる。ごほっ、とアルの咳を聞いて我に返ったカゲも二人を引き離そうとしたが、突然首を絞めていた力が抜けキョウが再びベッドに沈んだ。医師が麻酔を打ったようだ。深い寝息が聞こえ始め、事態の収束に胸を撫で下ろす。
 カゲは医師に退室を促し、部屋には怪我人とギルドナイトだけが残された。首元を押さえ、呼吸を整えようとしているアルが困惑した表情でカゲを見つめている。キョウは何故自分にこんなことを、と問いかける瞳に、カゲは見た光景を告げるべきか苦悩した。だが、覚悟を決めて打ち明ける。

「アルヴァド、よく聞いて。恭は頭蓋潰しの面の一部を砕いて、素顔を見た。……君に、瓜二つだった」
「!!」
「恭は頭蓋潰しの正体が君だと思ったんだ。だから君を見つけた途端、襲いかかった。でも恭たちが頭蓋潰しと交戦していた頃は僕とウラルの村から戻る途中だったから、君が頭蓋潰しである筈なんて無い。だから……その……」
「…………そう、か」

 口ごもるカゲを遮るように固い声が響く。アルはゆっくりと立ち上がると、眠る二人のベッドに歩み寄る。その瞳は絶望に染まっていた。カゲの伝えたいことは十分理解できた。頭蓋潰しの正体、それは。

「全ての責任は、私がとろう。頭蓋潰しは……私が処刑する。私が……この手で、必ず」

 怒りと悲しみに震えた褐色肌の握り拳に爪が食い込み、血が滴り落ちる。
 アルは、決意した。頭蓋潰し――四年もの間捜し続けていた弟、ミゲル――を、自らの手で処刑することを。



(こんな事、皆に言える訳が無いよ)

 アルと別れ、カゲはポッケ村へ向かう。今回は雪山でモンスター討伐の依頼を受けていたが、カゲは緊急事態のため別行動をとり、先に向かった三人と村で合流する手はずとなっていた。そのため早く行かなければならないというのに、足取りはとても重い。
 頭蓋潰しがアルの弟だと知れば、全員が衝撃を受けるだろう。特にナレイアーナは彼と親交があっただけに深く傷ついてしまうと思うと、自然と歩みが鈍くなっていく。
 アルから弟、ミゲルの人となりを聞いたことがあった。真面目で、モンスターを敬愛する優しい性格。兄に似た人物がどうしてあのような凶行に走ったのか、カゲにはまったく見当がつかない。
 凍土の秘境で対峙した際に心を覗こうと見つめた、濁った青の瞳。今のアルはあの時の頭蓋潰しと同じ瞳をしている。本当に頭蓋潰しと対峙したら、捜し続けていた大切な弟であろうと処刑するのだろうか。そして、その後の彼はどうなってしまうのだろう。そう思うとカゲは今すぐにでもバルバレに引き返したくなった。

(アルヴァドが心配だ。依頼を終えたらすぐについてあげなくちゃ)

 ギルドの仲間にはアルを監視するよう指示を出しているが、カゲの心はバルバレに縛られたままだ。いつの間にか立ち止まっていることに気が付き、急ぎ足になる。
 ポッケ村に到着する頃には日が暮れていた。もともと夜の時間帯に狩猟を行う予定ではあったが、約束の時間より遅れてしまったようだ。リュカたちが外に出ており、カゲの到着を待ちわびていた。

「随分と遅かったじゃねぇか。あいつらは大丈夫だったのか?」
「うん。二人とも怪我の程度は重いけど、無事だよ」
「その言葉を聞けて安心した。皆、心配していたんだぞ」

 リュカとワカが安堵の笑みを見せる傍らで、ナレイアーナは雪山の護衛ハンターであるメイ、パイと話をしている。雪山の方角を見つめているので先の狩猟の件だと思われたが、地獄耳に届いた内容は少し違っていた。

「今夜はかなり荒れるらしい。だからモンスターも姿を見せないと思うよ」
「そうなると、狩猟は明日かしら?」
「はい、そうですね……。皆さん、村で休んでください」
「どうかしたの?」

 三人の女性ハンターの会話に割り込むように声をかけると、メイが山頂を指す。山の姿を確認することができないほどの濃い雲が雪山を包み込んでいた。

「ここは吹雪いていなくても、あの雲じゃ山は大荒れさ。だから今夜の狩りは延期だろうなって。村長に判断を仰いで、ギルドガールに結果を伝えるよ」
「行っていいかは、村長が、決めるんです」
「成る程ね。それじゃ僕の遅刻も、大した問題には為らなかったわけだ」
「アンタ、前向きにとらえるわね……」

 乾いた笑いを見せたナレイアーナにカゲも同じく笑う。メイとパイが村長のところへ相談に向かい、リュカたちは雪山に向かうハンターのために用意されている宿で待機することになった。



 外が真っ暗になった頃にノックの音が響く。部屋にいたカゲが戸を開けると、そこには深刻そうな顔をしたメイが立っていた。狩猟を行うか否かの結果を伝えに来ただけなのに、彼女の表情が浮かない理由は何だろう。

「アンタ、ギルドナイトもやっているんだったね」
「そうだけど?」
「狩猟は予想通り延期だ。だけど、まずい情報も入ってきてる」

 まずい情報、と聞きカゲの表情も曇る。部屋にメイを引き入れ、話を詳しく説明してもらった。

「村の人が、誰かが雪山に行くのを見たらしい。そいつは薄暗いローブみたいなマントを身に着けたハンターで、ハンマーを背負っていたようだ。凍土調査隊から警告が来ていた頭蓋潰しって奴じゃないかな」
「なんだって……! これから雪山の天候は悪くなる一方なのに」
「そうなんだよ。何をしでかそうとしているのかわからないけど、あまり素行の良くない奴なんだろう? そんなのがあの山を潜伏場所にしたら……調査にも影響が出るし、雪山のモンスターが理由も無く殺される可能性だってある。なんとかして止めたいところなんだけど、あの悪天候じゃあね。それで、アンタに報告だけでもしようと思ってさ」
「……もどかしいけれど、今は嵐が過ぎるのを待つしかない。視界の悪い中、無理に追いかけるのは得策では無いよ。報告有り難うメイ、すぐに村のギルド嬢を通じてギルドナイトの派遣を依頼しよう。奴の捕獲は、僕らが動きやすくなってからの方が良い」
「確かに、それが一番いいか。アタシ、早速シャーリーに伝えてくる」

 話を終えたメイが去ると、隣の部屋から物音が聞こえた。誰かが外へ出たようだ。カゲは目を閉じてその足音を聞き、行き先を推測する。そして足音が遠ざかるのを確認すると、後を追った。



 宿にはハンター用の装備をひとまとめに置いている倉庫がある。雪山へ出発する前の準備場所といった扱いだ。足を踏み入れれば、暗闇の中でうごめく一人の影を見つける。

「……メイたちが言っていたよね? 雪山はこれから荒れるから、狩猟は明日だって。それなのに、どうして防具を身に着けているのかな……レイア」

 声をかけられた影、ナレイアーナの後ろ姿がビクリとすくむ。普段の明るく爛々とした雰囲気は微塵も感じられない。息を潜め、隠れるように動いていた動作はカゲにとって初めて見るもので、いつもの彼女からは想像できなかった。

「雪山に行ってどうする積もり? モンスターだってあの天候じゃ姿を見せないだろうに。それとも……あの男を捜す心算なの?」
「…………。」

 ゆっくりとこちらを振り向くナレイアーナの表情は暗い。笑みの消えた彼女から得体の知れない気配を感じる。向かわせてはならないと、カゲは本能的に思った。

「あの男の捕縛は僕ら組織の者に任せてよ。君が行く必要なんて無い」
「……どいて」

 ナレイアーナの冷たい声と視線にカゲは背筋が凍る思いがした。だが、言われるがままに退くわけなどいかない。首を横に振って否定する。

「レイア、それは出来ない。僕は一人の仲間として君の身を案じているんだ。むざむざと危険な場所に行かせられないよ」
「…………。」
「あの男が何者なのか、知ってしまったんだね。それとも……始めから悟っていたのかな」
「……アンタこそ」
「えっ?」
「アンタこそ、最初からわかっていたんでしょう!?」

 力強く踏み込み、懐に入り込むと衣服を掴んで背負い投げる。一瞬の出来事にカゲは受け身が取れず、背中を強く打ちつけた。ズダンと鈍い音が響く。背から全身に衝撃がはしり、カゲの意識が一瞬飛んだ。

「う、うぅ、レイアッ……」
「…………!」

 痛みに呻くカゲの声を聞いたナレイアーナはばつの悪そうな表情を見せたが、直後に逃げるように倉庫から立ち去る。カゲも後を追おうと体を起こそうとするが、防具ではなく私服だったために負ったダメージは想像以上に大きく、身動きがとれない。

「おい、どうしたんだよ!?」

 派手な音を聞いたからか、リュカが倉庫に現れた。倒れたままのカゲを見つけ近寄り体を起こさせようとすると、打ちつけた体が悲鳴をあげカゲの口から再び呻き声が漏れる。
 やがてワカも姿を見せ、倉庫の中を見渡す。そして、ここにただ一人いないハンターに気付いた。

「……ナナちゃん、なんだな」
「…………。」

 カゲの体に負担をかけないようゆっくりと肩を貸し、立ち上がらせる。ワカの問いにカゲは無言で頷くと、話が見えていない様子のリュカに告げる。

「リュカ、雪山へ向かうんだ。ナナちゃんが一人で行ってしまった。今ならまだ間に合う。崖際には絶対に行くんじゃないぞ、視界の悪い中足を踏み外したら一巻の終わりだ」
「な、なんであいつが……!?」
「いいから! 今のナナちゃんを止められるのは、アンタしかいない」

 力強く言われ、リュカは急いでベリオXシリーズに着替えるとランタンを手に駆け出した。静寂が戻り、いたた、とカゲが小さく呟く。

「あの投げの構え……そうか、あの男から伝授されたんだ」
「…………。」
「アルヴァドが身の保身のために弟に伝え、それを親しい友人であったレイアに教えた。あの男がハンターであり書士隊であり、ギルドナイトのように思えたのは……」
「カゲ、部屋に行くぞ。手当てをしなくては」

 倉庫にはアスールバスターが置かれている。武器も持たずに悪天候の雪山へ向かうのは無謀に他ならない。だが、リュカならきっと彼女を見つけ、止めてくれるはず。

「…………。」

 ゴウ、と響く強い風の音に、ワカは顔を上げる。無慈悲な感情が込められているように思えた。
関連記事

*    *    *

Information