狩人話譚

□ 銀白色の奇士[4] □

第34話 昵懇のギアドローム 後編

 バルバレへ向かう荷車がゴロゴロと低い音を立てて緩やかな山道を下る。マイペースに歩くアプトノスの手綱を握るアルの背後で、カゲが空になった木箱に背を預け身を休めていた。

「……シラト、もしや君は徒歩で帰るのが億劫だから私の護衛をする口実をつくったのでは?」
「あ、バレた? 偶にはいいじゃん。物の序で、ってやつだよ」
「まったく、君という人は」

 顔だけこちらを向けるアルは苦笑いを浮かべている。アプトノスは身軽な少年が一人乗るぐらいで根をあげるような非力ではなく、何食わぬ顔で歩みを進めているのだから迷惑ではないが。

「キョウとミツキは、今どこに?」
「二人ならバルバレ近辺の調査に出ているよ。その後リククワに来る予定なんだ。そうしたら霧隠れの里の人たちに村の撤去と移住を提案する。村人たちはきっと戸惑うだろうけど、レタルトムのようなこれからを生きる子のために外の世界へ出て欲しいと思っているよ」
「自然の脅威に晒され滅びる危険があるのなら、移動した方がいいだろうな。だがシラト、君だけの意見でギルドを動かせるだろうか」
「正直、自信は無い。だからその為に霧隠れの里がもう少しだけ耐えられるぐらいの食料を支給する。長が頷いてくれるまで僕は訴え続けるつもりだよ」
「そうか。私もできるだけ力になろう」
「有難う」

 会話が途切れ、再び荷車を引く音だけが響く。少しペースを早めてくれないかとアルが手綱を操ると、了解したアプトノスがやや早歩きになった。いつものようにのんびり向かうわけにはいかないという気持ちが伝わったのかもしれない。

「アルヴァド、君の捜し人はどうなった?」
「……依然、不明のままだ。四年に渡り捜索を続けてきたが、そろそろ私個人の資金が底を尽きそうだ。打ち切りを視野に入れなければならない」
「そう……」
「君の方はどうなんだ」
「僕もまだ。でも、いつか必ず会えると信じているよ。だからアルヴァドも諦めないで」

 『時が来たら必ず話す』とワカから答えを受け取っていることなど告げられるわけも無く、憂うアルの背を励ますことしかできない。彼は四年間も、大切な弟を捜しているのだから。

(僕は二十年もかかってしまったけど、アルヴァドの弟君は、早く見つかるといいな)

 バルバレに着いたら起こしてね、と軽い調子で話せばアルの『わかった』という声が返ってくる。荷物にかけていた手軽な毛布を敷いてくるまり、カゲはゴロゴロ響く荷車の音を聞きながら目を閉じた。



 大型モンスターよりパワーは劣るが、小柄な分フットワークが軽い。中型モンスターに分類されるドスギアノスに手応えのある一撃を与えられず、リュカはやきもきしていた。

「だぁーっクソッ! ちょこまかと走り回りやがって!」
「この身軽な動きを可能にしているのがあのモモ肉じゃ。こやつ、なかなかのやり手じゃのう」
「褒めてる場合かよ!」

 ギアノスをナレイアーナとワカに抑えてもらっているおかげでドスギアノスに攻撃を集中させられるが、大剣を構える前に回避されてしまう。軽量の片手剣や双剣ならば対応できそうだが、一撃の重い大剣でこのすばしっこいドスギアノスに命中させるのは一筋縄にはいかない。
 いっそのこと、シビレ罠を仕掛けて身動きを封じてしまおうか。そうモルガーヌに提案しようと彼女の方を向いたリュカの視界があるものを見つける。奥のエリア7側からやってくる、白の群れ。ギアノスをブルートフルートで追い払っていたワカも気がついた。

「ドスギアノスが、もう一体!?」
「挟み撃ちにされちゃったみたいね。でも、この子たちの縄張りが一緒なら喧嘩になるんじゃないかしら。その隙を狙えれば……」
「いいや、イアーナ。そうはならぬ」
「モルガーヌ、どうして?」

 ナレイアーナがモルガーヌに問いかけると同時にリュカたちと対峙していたドスギアノスが新たに現れたドスギアノスの元へ向かう。
 するといがみ合いをすること無く二頭が横に並び、そろって雄叫びをあげた。それを聞いたギアノスたちが駆けだして二頭のドスギアノスの背後に並ぶという光景を目の当たりにしたリククワのハンターたちは、驚きを隠せない。

「マジかよ。群れが倍になっちまった」
「ドスギアノスはドス一族の中でも社交的じゃ。奴らは違う群れと遭遇しても諍いを起こすことなく、群れを統合させる。いくら中型モンスターとて、これは分が悪いのう」
「統率力の上昇によってギアノスが更に増加か……気を引き締めないと、雪山草を入手することもできなくなりそうだ」

 行け。まるでそう言うかのようにドスギアノスが同時に吼えると、ギアノスの群れが一斉にリュカたちに襲いかかる。こうなってはドスギアノスより先に取り巻きを追い払うことを優先しなければならない。
 幸い攻撃範囲の広い武器種が揃っているので、ギアノスの撃破は容易だ。だが、あまりにも数が多い。ドスギアノスが号令をかければ、どこからともなくわいて出てくるかのようだ。
 そうなると不利になるのが、ナレイアーナだった。彼女の使用するヘビィボウガンは弾を装填しなければならず、その隙を突かれてしまう。

「くっ!?」

 弾丸の入ったポーチに目を配った一瞬のうちに一頭のドスギアノスがナレイアーナに飛びかかった。かろうじて寸前で体をよじり直撃を避けるが、態勢を崩しアスールバスターから手を離してしまう。視界の隅にもう一頭のドスギアノスが宙にいるのが見え、再び体を転がして回避した。
 どうやらギアノスの群れは数で攻めてリュカたちを一人ずつ倒すことにしたらしい。体を起こしたナレイアーナは、あっという間に雪の大地の隅に追いやられていた。このまま崖下へ落下したら、まず命は無い。そして抵抗する武器は群れの奥に置き去りだ。やむなく剥ぎ取りナイフを抜き、構える。

「させるかよっ!」
「ナナちゃん!」
「そのような所業、ワシが許さぬぞ!」

 三人がギアノスの群れをかき分けようとするが、攻撃は止まらない。飛び上がったドスギアノスが鋭く尖った足の爪を振り下ろす。空を睨みつけながら、ナレイアーナが叫んだ。

「ここでやられるアタシだと思わないでよね!」

 すんでのところで身を捩り、剥ぎ取りナイフを思い切りドスギアノスの脇腹に突き刺す。深くは刺さらなかったが、驚いたドスギアノスが飛び上がり後退しようと跳躍する。……だが。

「あっ!」

 ナレイアーナが声をあげる。後方の確認を怠ったためにドスギアノスの両足は宙を蹴り、翼を持たない体が真っ逆さまに落ちていく。目前の光景に驚愕していると、ハンターたちの横を何かがすり抜けた。

「お、おいっ!」

 思わずリュカが声をかけた相手は、まるで助けようと走って行くもう一体のドスギアノス。そして崖下へ消えゆく仲間を追い、飛び降りたのだ。
 リーダーを見失ったギアノスが慌てふためくような鳴き声を発し、散らばって移動を開始する。ナレイアーナがそろりと下界を覗くが、広大な森へ吸い込まれた二体のドスギアノスの行方などわかりようもない。

「大丈夫かよ、イアーナ」
「アタシは平気。でも、ギアノスちゃんが」
「落下する仲間を助けようと身を投げる……奴らは昵懇の間柄だったのかもしれぬ。あくまで想像でしかないがのう」

 後先考えずに飛び込んだのか、一人だけで逝かせまいとしたのか。モンスターの感情を把握することはできないが、モンスターにも仲間を意識する心があるのなら、とハンターたちはこの顛末をそう推測する。

「討伐対象のドスギアノスを失ってしまった……任務は失敗したことになるのだろうか」
「そうなるかもしれんのう。空が一部始終を見ておるから、多少は見てくれるとは思うが。気を取り直して次へ行くぞ。雪山草を探すのじゃろう?」

 ワカの問いに対しモルガーヌが指を天へ向けて答える。そこにはギルドの気球が空を漂っており、先ほどの様子を見ていたに違いない。
 気持ちを切り替え、四人は雪山草の採取に臨んだ。必要個数を入手したところで引き返し、リククワへ戻る。別れ際にモルガーヌがリュカと握手を交わしながらこう告げた。

「肉のギルドからも食料を支給しよう。ワシの懐から出すから問題は無い」
「マジかよ。アンタ、いい人だな。あいつらもきっと喜ぶぜ」
「ワシなりのヌシらへの感謝のつもりじゃ。じゃあの」
「うおっ!?」

 にこりと笑うと突然リュカの肩を掴み、回転させて背を向けさせて尻を強く叩く。驚いて大きな体が飛び跳ねるが、モルガーヌはうむ、と右手をじっと見つめていた。どこか高揚しているような、嬉々とした笑みをしている。

「やはりいい弾力をしておる。今後も鍛錬を続けるように」
「何のだよ!?」

 困り果てて叫ぶリュカをよそに、モルガーヌはリッシュの駆る飛行船に乗り込む。青空へ飛び立つ船を複雑そうな顔で見つめるリュカの後ろでは、ナレイアーナとワカが顔を合わせて肩をすくめていた。



 夜の森に刃が交差する音が響く。片や闇に溶けるようなナルガシリーズをまとった男、片や死神のようなデスギアシリーズをまとった男。
 前者……キョウは、この男を始末するつもりでいた。少し離れたところで凶刃に倒れた仲間、ミツキがいる。すぐに処置をしなければ命を失ってしまうだろう。
 捜索を続けた結果、遂に謎の男……頭蓋潰しと接触することに成功した。二人がかりで捕獲しようと試みたが、木々の生い茂る森の地形を利用しながら攻撃をかわしつつ逃げようとする頭蓋潰しを追ううちに、ミツキの腹部に男のナイフが深く突き刺さった。それきり彼女は動かない。一瞬だけ様子を見たが、まだ息はある。だから、一刻も早くこの男を捕獲、もしくはギルドから命令されていた最後の手段――処刑――をしなければ。
 仲間を傷つけたことへの憤りと、自身に与えられた任務に対する強い思いからナルガクルガの雄叫びをあげ、木を蹴り上方へ身を隠す。頭蓋潰しは闇に消えた相手を警戒しながらも、未だ逃亡をしようと移動を始める。キョウもガサガサと木々の葉を鳴らして後を追うと、やがて狙いを定め急降下して襲いかかった。

「!」

 短刀が骨の仮面を掠め、衝撃で背けられた頭蓋潰しが顔を向けると同時にキョウの動きが止まる。左手の剥ぎ取りナイフが頭蓋潰しの喉元を捉えようとする寸前のことだった。

「――!?」

 仮面のようなデスギアSゲヒルの一部が砕けたことで素顔が露わになり、それが目に入ったキョウの黒い瞳が驚きに染まる。誰が見ても彼が大きく動揺してるのがわかるほどだった。
 頭蓋潰しは剥ぎ取りナイフを投げ捨て腰に下げていたハンマー、禍鎚ヤドラモルテを手に取ると勢いのまま振り上げる。反応が遅れたキョウの視界いっぱいに骨で作られた握り拳がグンと迫り……

 何かが潰れる音とナルガクルガの悲鳴が、夜空の静寂を切り裂いた。
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