狩人話譚

□ ボクとワカ旦那さん[2] □

ボクと剣斧使いさん【1】

 ワカ旦那さんが樹海での調査結果――シャガルマガラと遭遇したこと――をギルドに報告してから数日経った。どんな返答が戻ってくるのか気になったけれど、ワカ旦那さんはじっと静かに本を読んで過ごしていた。
 だけどギルドからの返事が来るまでの間一度も依頼を受けることが無かったのは、報せを気にかけていたからかもしれない。街に繰り出すこともご飯を食べに行く以外に無い。ただただ静かな時が流れるだけの数日間だった。

「おーい。ワカ君、だっけ? いるかい?」

 テントの外から誰かの声が聞こえる。今まで関わったことのある誰でもない声だった。心当たりの無い軽い調子の声に首を傾げながらもワカ旦那さんは中に入ることを促すと、入ってきたのは青いラインの入った白い鎧、といっても鎧というよりは裾の長いコートを着ているような装備の男の人だった。
 身長は高く、ハビエルさんぐらい大きいけれどスラッとしている。よく見れば兜に付いている二本の角は黄色から赤色にグラデーションがかっていて、ワカ旦那さんとトラフズクさんが装備していた【氷牙竜ベリオロス】のものに酷似しているけれど、こんな装備はバルバレの町中やたくさんのハンターを見かける集会所ですら見たことが無い。
 兜を被っているので顔もよく見えないし、一体この人は誰なのだろうかと思っていると、男の人は『これ、お届け物』と言って手紙を取り出した。封筒に押されているマークは、ギルドの紋章だ。ハンターのような服装であるこの人は、郵便屋さんではなくてギルドの人なのだろうか。

「内容は僕も知っているけどさ、すぐに読んでほしいんだよね」
「…………」

 男の人の『すぐに』という言葉に反応して、ワカ旦那さんが封筒を開けて中に入っていた手紙を読み始める。文面を目で追うワカ旦那さんの顔が少しずつ険しくなっていったので、穏やかな内容ではないことが見てとれた。

「俺達であいつを討伐しろと?」
「そうみたいだね」
「どうして、俺たちに」
「そりゃあ接触したのが君たちだからでしょ。報告書を出した君たちの実力なら問題無いってことじゃないかな?」
「…………。」

 浮かない表情をしているワカ旦那さんの脳裏には、あの日以来会っていないハビエルさんの姿があるのだろう。怪我をしたわけでもないのに顔を青ざめさせて、それなのにいきなりシャガルマガラに飛びかかろうとした。いつも穏やかで優しいハビエルさんとは正反対の姿にボクらも困惑してしまったほどだ。ハビエルさんもきっとこの手紙を受け取っているだろう。

「せめて俺とトラで……。」
「たぶんそれは無理だろうね」
「だから、どうしてあんたが決めつけるんだ?」

 ギルド関係者がハンターのことも調べているのかはわからないけれど、まるでボクらの素性まで知っているかのような態度にワカ旦那さんは不信感を露わにする。少し荒げたような声に男の人は『まあまあ落ち着きなよ、君らしくない』とマイペースだ。
 だけどそう返した直後、突然佇まいを一変させる。馴れなれしいほどの友好的な雰囲気が消えて、氷のような冷たい視線を感じた。兜で顔が見えない分余計に強く感じる。口調は軽いけれど、この人は間違いなく歴戦のハンターだ。

「あのシャガルマガラは、数年前から各地で暴れていたそうだよ。三年前にはある街を崩壊させている。生き残った人たちもいたけど、みんな街を離れ廃墟となってしまったらしいね」
「三年前、街を……?」

 『三年前にある街を滅ぼされた』。
 ボクはこの話を以前聞いたことがある。初めてバルバレでご飯を食べようと集会所へ向かった日。そこで、聞いたのだ。ある人のここに来るまでの経緯を。

「家族を守りきれなかったある父親はハンターになることを決意した。その男は……かつて肉屋の主人だったそうだ」
「!!」

 ワカ旦那さんもボクも言葉を失った。
 『三年前に街を滅ぼされ、家族を失った』
 『その後にハンターになった』
 『街でお肉屋さんをしていた』
 これらは全て繋がる。あの人と……。

「まさか、おっちゃんが……。」

 ハビエルさんが、あのシャガルマガラに滅ぼされた町の数少ない生存者だったのだ。

「さすがは頭脳派ハンター君。すぐにわかってくれたね。仇が目の前に現れたんだ、しかも狩る機会を得ている。これ以上無いチャンスだ、仇討ちのために依頼を受けるだろうねえ」
「それでも……!」
「止めるつもりかい? そんな調子で古龍と戦えるか、って説いて。君も同じことがあったのに、そのことを棚に上げるつもりなのかな?」
「……!」

 男の人にぴしゃりと言われてワカ旦那さんの顔が強ばる。ワカ旦那さんの故郷の仇、ジンオウガ亜種の狩りのことまで知っている……?オトモアイルーのボクが言うのも変な話だけど、ワカ旦那さんは有名な腕利きハンターというほど知名度が高いわけではない。この人はただワカ旦那さんにギルドからの通達を渡しに来ただけのはずなのに、そんなところまで詳しく知っているのか信じられなかった。

「どうしてそれを!?」
「さて、そろそろ僕はお暇しようかな。健闘を祈っているよ、ワカ君。いや……【ジン】君の方が正しいかな?」
「待て、待ってくれ! アンタは一体……わあ!?」

 うろたえている間にすっとテントを去る男の人を追いかけようとしたワカ旦那さんだったけど、突然懐に何かが飛び込んできてそのままひっくり返る。ボクは来訪者の方が気にかかって男の人を追いかけることもできず、テントから出て行くのを見逃してしまった。
 ワカ旦那さんが身を起こすとお腹の上に見覚えのあるふわふわした白い頭が乗っかっていて、むくりと持ち上がった顔を確認するとワカ旦那さんは首を傾げる。

「トラ? どうしたんだ、とりあえずどいてくれ。いくら身軽なお前でも重い」
「ワカ!!」

 トラフズクさんはワカ旦那さんに体当たりをしても勢いを落とさなかった結果のしかかってしまったようだけど、体をどかす気配が全く無い。それどころか、徐々に表情が泣きそうなものに変わってきてますます嫌な予感が駆けめぐってきた。

「ワカ、ワカ! ハビエル、助けて! お願い! ワカ、死んじゃう、ワカ!」
「おっちゃんがどうしたんだ!? とにかくそっちのテントに行くから。落ち着いてくれ、トラ」

 よほど気が動転しているのか、もともとあまりお喋りが得意でないトラフズクさんの端的な言葉では何を伝えたいのかがわからず、ワカ旦那さんと一緒に二人が生活しているテントへ向かうことにした。ぐいぐいとワカ旦那さんの腕を引っ張るトラフズクさんは必死の形相で、ボクも一生懸命走って二人を追いかけた。

「おっちゃん!」

 テントに入るとハビエルさんが座っていた。見たところ具合が悪くて倒れた、という最悪の事態ではなさそうだけれど、手にはワカ旦那さんが受け取った物と同じ手紙がある。内容を知っていることは間違いないだろうけれど、トラフズクさんのあの慌てようは尋常じゃなかった。
 ボク達の来訪にハビエルさんはどこか困ったように笑っていて、歓迎しても拒んでもいない様子だ。

「おっちゃん……大丈夫、なのか? あれ以来会っていなかったけど」
「…………。」
「ワカ、ハビエル、声が出ない。あれからずっと」
「えっ!?」

 思わず大声を出してワカ旦那さんがトラフズクさんの方を向いた。確かにシャガルマガラと会った時からハビエルさんは一言も喋っていなかったけれど、声を発することができなくなっていたなんて。

「どうして早く言ってくれなかったんだ!」
「ハビエル、めいわくかけたくないって」
「迷惑って何だよ! 俺たちは一緒に狩りをしたこともある仲間だろう!」

 信じられないと怒っているワカ旦那さんに対し、ハビエルさんはあれから数日が経過しているせいか、やけに落ち着いている。その様子を見たワカ旦那さんはハビエルさんの目の前に座り込み、ハチミツ色の目でじっとハビエルさんの草色の目を見つめては何かを言おうとして言葉を飲み込むように何度か目をそらしたけれど、とうとう問いただすことにしたようだ。

「あのシャガルマガラと会ってからだよな。きっと、精神的なショックで声が出なくなったんだ。その落ち着きようからして、おっちゃんもわかっているんだろう?」
「…………。」

 黙って頷いたハビエルさんにワカ旦那さんはそうか、と静かに応えた。ハビエルさんは腰をあげると近くにあった紙とペンを取り出す。喋れないのでトラフズクさんとは筆談でやりとりをしていたみたいだ。

『あのシャガルマガラを狩らなくてはならない』
『片方の角の形 あれは間違いなく街の仇の個体だ』
『一人でも 必ず狩りに行く』

 それらを書いて見せるとハビエルさんは頭を下げる。それほどまでに、ハビエルさんにとってあのシャガルマガラは特別な相手なのだ。ワカ旦那さんとジンオウガ亜種の関係のように。
 きっと、トラフズクさんも同じように文面を見せられて判断に困った結果、ワカ旦那さんの元へ駆け込んで来たのだろうか。最悪の未来図を想像してしまい、どうすればハビエルさんを救えるのかと相談するために。

「声が出ないということは、狩りの最中にコミュニケーションをとることができなくなる。自分がどこにいるのか、何をしているのか、どうしてほしいのか、それらをモンスターと戦いながら目だけで確認することはかなり難しい。自身だけじゃなく仲間にも負担がかかるだろうな」
「…………。」

 ハビエルさんの表情は変わらず固い。それはワカ旦那さんの忠告を聞き入れつつも自分の意志は決して曲げないと強く心に決めているみたいで、同じく口元を固く結んでいたワカ旦那さんが軽くふう、と息を吐いた。

「そう言っても無駄だ、ってのはわかってるよ」
「ワカ?」
「判断を仰ぐために俺を呼んだんだろう、トラ。もうおっちゃんは何を言っても退かない、けど一人で行かせるわけにもいかない。だから一緒に行こう」
「それじゃ、ワカ旦那さん」
「この依頼は、俺たち全員で受ける。そうギルドに返事をしておくよ」
「…………!」

 声は出ないけれど、ハビエルさんの口元は『ありがとう』と言っていた。ハビエルさんが安心したような表情を見せる一方で、ワカ旦那さんは真面目な顔つきのままだ。今回の狩りについて早速策を練っているのだろうか。

「準備ができたらまた戻ってくるよ。行くぞ、ナコ」
「わかりましたニャ。ハビエルさん、トラフズクさん、またですニャ」
「うん」

 一旦別れを告げて自分たちのテントに戻ることにしたけれど、ワカ旦那さんは黙ったままだ。一体どこまで考え込んでいるのかわからない。けれど、ぽつりと一言だけ聞こえた。

『絶対に死なせない』と。



 ガララ装備に身を包んだワカ旦那さんとレックスネコ装備を身につけたボクが再びテントに入ると、二人も装備を整え準備万端だった。今回の狩猟地、【禁足地】にほど近いシナト村へ行く荷車に乗るために集会所へ向かっていたのだけれど、ずっと気になっていたことが一つ。
 ワカ旦那さんが背負った狩猟笛はいつも使っている王牙琴ではなかった。王牙琴以外の狩猟笛を何本か見たことがあるけれど、今回のは初めてだ。虹色のような筒が何本も翼のように広がっていて、正面から見るとまるでワカ旦那さんに虹色の羽が生えたように見える。
 狩猟笛のハンターは相手との相性だけでなく、笛それぞれが持っている旋律で担ぐ狩猟笛を変えるそうだから、シャガルマガラに有効な力を持っているのだろうと思う。それにしても一体何のモンスターの素材でつくられたのか、ボクが知ってる限りのモンスターに該当するものが思いつかない。
 荷車に乗ってシナト村に向かう途中の時間も貴重な狩りのための下準備に充てられる。ワカ旦那さんはボクと目線を合わせて、早速今回の狩りにおけるボクの役割を教えてくれた。

「モーナコ、今回はずっとおっちゃんの側で戦うんだ。もしおっちゃんがピンチになったら回復笛を吹くなり叫ぶなりしてくれ。お前の肺活量なら禁足地全体に響かせることができるから」
「了解ですニャ。よろしくお願いしますニャ、ハビエルさん」

 頷いてハビエルさんのところへ向かうと、にこりと微笑んで優しくボクの頭を撫でて応えてくれる。今のところは落ち着いているようだけど、またあのモンスターを目にすればこの穏やかさも消えてしまうのだろうか。そうならないようにボクが隣にいて様子を見る必要があるのだ。

「俺は奴の角を狙う。トラは後ろ足を狙ってくれ、転ばせることができればチャンスが増える。おっちゃんは尻尾を。比較的低い位置にあるから切断も容易なはず」
「わかった」
「…………。」

 何が出てくるかわからない樹海のモンスターとは違い、今回は狩る相手がはっきりとしているのでこうして打ち合わせをして役割分担をしておけば動きやすくなる。モンスターの肉質や弱点を見通して策を練るのがワカ旦那さんの得意分野で、役割だ。
 ボクにとっては初めてだけど、三人は既に狩ったことのある相手なので立ち回りは把握している。その動きをしっかり見切ることができれば狩れない相手ではない、とワカ旦那さんは説明をしてくれたけれど『ただ』と少し表情を曇らせて続ける。

「あの妙な角の形……、普通のシャガルマガラでないのなら不安だな。【強化個体】の可能性もある。樹海で見せた捕食行動のこともあるし、何より数年前から暴れておきながら、なかなか禁足地に戻ることが無かったのが気にかかる」
「ワカ、どういうこと?」
「シャガルマガラがゴア・マガラの成体なのはトラも知ってるだろう? ゴア・マガラは誰の目に付かないところで脱皮をしてシャガルマガラに姿を変え、そして禁足地に戻ってくる。それなのにあのシャガルマガラは禁足地になかなか戻らず、あちこちの街に移動しては破壊の限りを尽くしてきた。片方の角が削れていることと関係があるかはわからないけれど、普通のシャガルマガラじゃない可能性が高い。樹海で見た時は体格にそこまでの違いは見られなかったけどな」
「強いかもしれないんですニャ?」
「おそらくは。気をつけて戦わないと、何を仕掛けてくるかわからないな」

 話をしているうちに、やがてシナト村に着いた。チコ村の村長さんと同じく耳の尖った竜人族が暮らすこの村は、天空山の近くにあるため禁足地にもほど近い。だから今回の騒動にも巻き込まれていて、ボクらがもし狩りに失敗した場合を想定して安全に避難できるよう支度を整えていた。
 そんな時に見覚えのあるハンターとオトモアイルーを見つけた。あちら側も気づいたみたいで、手を振ってやって来る。

「みんなー!」
「エイド、誰かいたのニャ……モーナコたちニャ??はぅ、ハビエルまで……!」
「エドちゃんにエールじゃないか、まだシナト村に?」
「うん、依頼を受けたリオレウスが突然狂竜化しちゃって。捕獲した後にギルドに報告したら禁足地にシャガルマガラが現れた影響やって。……あれ? もしかして」
「俺たちが受注したんだ。これからあいつを狩りに行く」
「そうなん……あ、おっちゃんも久しぶり! ええと、隣の子は? ワカにいちゃんに兄弟っていたん?」
「……?」
「あ、え、えっとですニャ、エイドさん」

 エイドさんはトラフズクさんに気づいたようで、深い空色の目を向ける。どうやらハビエルさんに聞いているようだけれど、ハビエルさんは口が使えない。気づかれまいと曖昧な笑みを浮かべるハビエルさんを見てどこから説明しようかと思った時、ワカ旦那さんが間に入った。

「ごめんなエドちゃん。おっちゃん、今ちょっと喉やられちゃっていて。でも大丈夫、俺たちがカバーしていくから。それで、こいつはトラ、【トラフズク】。俺と似てるけど兄弟じゃなくて、おっちゃんのテントで一緒に暮らしてたらしいんだ」
「へー、そうなん。ハビおっちゃん、シナト村は高所だから寒いし気をつけてな。えっと、トラフズク君? アタシに近い肌の色で親近感がわくやん、よろしくね」
「……うん」

 トラフズクさんのぎこちない反応はハビエルさんが気にかかっているからだろうか。ワカ旦那さんのフォローは少し無理があったけれど、エイドさんは信頼できる仲間の言葉だから本当のことだと信じてくれているみたいだ。
 村長さんやクワを担いだ男の人に励ましの言葉をかけてもらい、いよいよボクらは禁足地に出発した。



 着いたのは天空山のベースキャンプ。ここならボクも来たことはあったけれど、向かうのはいつもの天空山へ行く道ではなく、その逆。行き止まりのそちらに注目したことが無かったので気が付かなかったけれど、よく見ればそれは大きな扉だった。
 いつもは閉じられている扉が開き、ボクらが通過した後に閉められる。シャガルマガラを狩ることができれば、禁足地にある変化が見られるそうなので、それを見て再び扉が開かれるそうだ。つまりボクらが狩りに失敗すれば、扉は二度と開かないのかもしれない。そう思うと急に緊張してきた。

「みんな、気ぃ付けて。エールと一緒に村で待ってるからね」
「ありがとう、エドちゃん。必ず全員で戻るよ。な、おっちゃん、トラ」
「うん」

 エイドさんとシナト村の村長さん、あと何故か畑を耕していた男の人が見送りに来てくれた。男の人はボクらにはわからない言葉で激励の言葉を贈り、扉を開く。そしてボクらが通過するとゆっくりと扉が閉まり始めた。まるで、世界とお別れするような不思議な感覚がする。

「――ワカにいちゃん!!」

 突然辛そうな声でエイドさんが叫んだので驚いて振り向くと、扉が閉まる寸前だった。隙間から悲しそうな表情のエイドさんが見えたけどそれは一瞬のことで、直後重い音を立てて扉が閉じられてしまい、言葉の続きを聞くことはできなかった。
 呼ばれたワカ旦那さんはというと、扉に手を当てている。どこか申し訳なさそうな、寂しそうな顔をしていた。

 エイドさんはハンターの家系の血を継いでいる人だ。そのためか、ハンターとしての勘がとても鋭い。ペイントボールを当てなくてもモンスターの移動先を高確率で当てるし、地図を見なくても迷わずに動くことができる。最も強く感じたのが『身の危険』で、エイドさんと一緒に狩りをしていた時に何度もそれを見てきた。そのおかげで狩りを優位に進められたり時には危険を回避できたこともある。
 だから、先ほどエイドさんが慌てるように叫んだのはきっとワカ旦那さんに何か危険がふりかかる予感を感じ取ったからに違いないと思い、ボクは焦りを感じた。

「大丈夫だ、ナコ。大丈夫」

 どうしてだろうか。いつもあれほど信頼しているはずのワカ旦那さんのハチミツ色の瞳が、どこか歪んだ光を帯びているように見えた。

 ハビエルさんとトラフズクさんは武器の具合を確認している。ワカ旦那さんは狩猟笛を構えると、何度か笛を振るい旋律を溜める。渦巻く光は黄色とオレンジ色と紫色。この組み合わせの狩猟笛は見たことが無い。ますますこの笛はいつつくられたのかわからなくなった。
 トラフズクさんの双剣の攻撃は素早く、時には回転して刃で攻撃する様はまるで舞を踊っているような動きをするけれど、ワカ旦那さんの狩猟笛の旋律を集めて演奏するまでの一連の動きもゆっくりな舞に見える。ぶつからないよう遠くからよくエイドさんやハビエルさんと眺めていたものだ。
 そのハビエルさんは、じっと手入れをしたスラッシュアックスを見ていてどこか寂しい気持ちになった。演奏が終わると、全身を優しい風がふわりと包む感覚がする。目には見えない鎧をまとったみたいだ。

【聴覚保護・風圧完全無効】

「よし、これで咆哮と風圧は防げる。一瞬の隙が命取りになるからな」
「ありがと、ワカ。笛、すごい」
「こっちが俺の本業だからな、旋律援護は任せてくれ」

 演奏が終わりワカ旦那さんが狩猟笛を背負うと、二人も武器を背負い禁足地へ移動を開始する。奥に進むにつれて少しずつ空が暗くなってきた。まだ夜ではないのに、どうしてなのだろう。しかも暗いのは空だけで、足下に広がる草や目の前に見える大きな岩は太陽を浴びているように明るい。幻想的とも不気味ともいえる。

「いた」

 気づかれないようにか、トラフズクさんが控えめに声をあげる。樹海で見たままのシャガルマガラだ。大きな翼がばさりと舞うたびに、紫色の細かい何かが散っている。これは何だろうと思っていると真上から焦るような声が聞こえた。

「こいつ……まき散らしている鱗粉の量が凄まじいな。やっぱり、ただのシャガルマガラじゃない」
「どうする、ワカ」
「決まってるだろう、速攻で狩るんだ。ウチケシの実で狂竜ウイルスの侵食を遅らせることを忘れないでくれ」

 ワカ旦那さんが角笛を取り出し、息を吹き入れると同時にボクたちは一斉に駆け出した。角笛の音色に反応している間にボクらはそれぞれのポジションに陣取る初手の作戦だ。ボクとハビエルさんは後方から尻尾を、トラフズクさんは横から腕を、そして真正面に立つワカ旦那さんは頭を狙う。

 シャガルマガラが挨拶代わりに巨大な咆哮を放つけど、ワカ旦那さんの旋律のおかげで怯むことは無い。むしろこちらがカウンターを仕掛けるチャンス。四つの武器が同時にシャガルマガラに襲いかかった。
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