狩人話譚

□ 銀白色の奇士[4] □

第33話 新雪の護衛者 後編

 雪山へ向かうハンターのために鍛冶屋や道具屋が営まれているポッケ村は、同じ寒冷地ということもあってリククワと雰囲気が似ている。もっとも、拠点を囲う氷の壁など存在しないが。
 様々な施設を見て回ったワカは、やがて下界を見下ろせる丘にたどり着き、傍にあった岩に腰を下ろす。眼下に広がる森は全体的に色褪せた緑の葉に雪が覆い被さっており、風に揺られては少しずつ払い落としていく。
 凍える寒さの中にも穏やかな時間が流れているポッケ村の空気を深く吸い込んでいると、背後に人の気配を感じた。

「書士隊の君のことだから調査に積極的に参加すると思っていたけど、心外だったな。何かあったの?」
「……カゲか」
「言っておくけど、つけていた訳じゃないよ。見失ったら困るなーと思っただけ」

 ワカの隣に立ち、同じく下の世界を眺める。綺麗な雪景色だね、寒いけど。白い息を吐きながらカゲが呟くが、ワカの視線は何か違う色が乗せられているように見えた。その正体をなんとなく察し、尋ねる。

「ワカ、君は此処に来たことがあるの? 君の行動には郷愁に駆られるような、懐旧の念を感じた」
「……故郷がジンオウガ亜種に滅ぼされた後、俺はこの村に一時的に引き取られていたんだ。そんなに長くはいなかったと思うけど、いくつかの光景がわずかに記憶に残っている」
「この下界に広がる森も?」
「そうだな。高い所に移動しては故郷を探していたよ。誰もいないし何も残っていないとわかっていても、帰りたい気持ちがあったのかもしれない」

 突然吹いた強めの風がカゲの寝癖のように立っている髪の一房をふわりと撫であげる。耳元に手を当て髪が乱れないようにし、空を見上げると白い結晶がゆっくりと落ちてきた。天候の狂いやすい雪山の頂上部では更に大粒の雪が舞っていることだろう。

「僕もね、捜しているんだ」
「…………。」
「僕より先に産まれた兄弟。物心付く前にいなくなっちゃったんだって。その人が兄なのか姉なのかわからないけど、どこかに居るはずなんだ」
「…………。」

 唐突に告げられたカゲの言葉にワカは静かに森を見つめる。目を閉じ、息を吐くと立ち上がりその場を去ろうとするのでカゲは腕を強く掴んで引き留めた。今までの自分に対する態度に耐えきれず、真っ向から告げる。

「君は意地悪だね」
「…………。」
「僕が知りたいことが何か理解しているのに、答えてくれない。そこまでひた隠しにするなんて、何か理由があるんでしょ?」
「……ごめん、今は話せない」
「お願いワカ、」
「一つだけ言わせてもらう。それ以上踏み寄るな、お前でも容赦はしない」

 金色の真剣な眼差しはしっかりとカゲの薄目に追究の阻止を伝える。慧眼を使うまでもなく目の前に分厚い壁が作られ接触を拒まれていると直感したカゲは、悲しそうに顔を歪ませて俯く。

「そんな、僕は、ただ会いたいだけなのに……」

 ぽつりと呟いたカゲは、まるでわがままを咎められて落胆している子どものようだ。実際、この少年は自分より十も若いことを思い出す。

「……ごめん、ごめんな」

 ワカもここまで言いたくはなかったのだろう、俯いたままのカゲを正面から抱擁すると背を優しくトントンと叩く。その行動に驚いたカゲだったが、不思議と心が落ち着いていくのを感じ、微かに香る薬草の匂いに包まれていた。

「今はまだ話せない。だけど、時が来たら必ず打ち明ける……約束する。だから頼む、これ以上詮索しないでくれ」

 それは懇願のようだった。ワカが必死に庇っている存在に手を伸ばせないことに歯がゆさを感じるが、約束を取り付けてくれるのならばとカゲは口を噤んだ。代わりに抱擁を解く。

「抱擁は安らぎを与えると聞くけど、正直男の君にされてもねー」
「そうだろうな」
「でも僅かながら気持ちが落ち着いた気がする。ねえ、食事処に行かない? 雪山の護衛狩人の代役で雪山の地形について僕が指導するよ」
「ああ、頼む」
「君が奢ってね。指導料ってことで」
「なっ……」

 高らかな声で笑いながらカゲがワカの手を引いて施設が並ぶ場所へ向かう。その光景を目の当たりにしたポッケ村の住人は、二人がまるで兄弟のように思えたという。



 エリア6に着くと、そこにはまだ激戦の傷跡が残されていた。極限化により硬化した体は放たれた矢を弾き、振るわれた強靱な腕は護衛ハンターがまとっていた防具を容赦なく打ち砕いたのだろう。かのモンスターとの防衛戦がどれほど過酷だったのか、否が応にも伝わってくる。
 四人は目を閉じると俯き、ここで散った狩人と書士隊の冥福を祈った。

「兄さんの、矢……」
「持って帰るのかい、パイ」
「お守りに、します。自分を、励ますためにも」

 パイは地に突き刺さっていた一本の矢を抜き、『兄さん』と小さく呟いて祈るように額を当てると腰ベルトに差す。辺りを調べていたメイも、姉が使っていた剥ぎ取りナイフを拾い上げてポーチに入れた。

「そういや、お前らは抗竜石を持ってんのか?」
「アタシは耐衝、パイは剛撃。どっちもここへ来る前に支給されたよ」
「それは良かったわ。極限化だけでなく狂竜化した子たちにも有効だから、もらっている方がいいもの」

 極限化モンスターが猛威を振るった直後なので新たな護衛ハンターに抗竜石が支給されるのは至極当然のことだろうが、自分たちが極限化セルレギオスに全滅させられたことがきっかけでギルドが素早く手配したのかもしれない。口には出さないが二人ともそうではないかと思いながら調査を続けた。
 ラージャンは翼を持たない牙獣種でありながら、自らの肉体だけで跳躍し宙を飛ぶほどの身体能力を誇る。そのため、ここからどこへ去ったのか足取りがつかめない。
 それでも何か手がかりはあるかもしれないと隣接するエリア8へ。雪山の狩猟範囲で最も高所に位置するこのエリアは寒さも一層強く、パイが体を縮ませる。リュカも長時間の滞在はホットドリンクが必要になりそうだと感じていた。

「そうだ、キミたちにいい所に案内させてあげるよ」

 メイが二人を手招きする。彼女の背後の岩壁には屈めば通れそうな穴が開いており、抜けた先は狭い足場と新たな岩壁。それが階段のように何度か続き、最後に柱状にそびえ立つ壁を登りきると見晴らしのいい山頂部に到着した。
 雲海に浸るフラヒヤ山脈を一望し、ナレイアーナが目を輝かせた。どこを見回しても山々しか見えず、いかにこの山脈が広大であるかを体感する。

「すごい……!」
「でしょう? 夜空の下でここを眺めるとロマンチックじゃないかな。まあ、そんな余裕は無いんだけどさ」
「ここは飛竜種以外のモンスターの攻撃が、届かないです。なので、身を潜めてやり過ごすことも、できるかなと……」
「確かにここはだいぶ高いから、あいつらも手を出せないみてぇだな」

 下ではギアノスがこちらを見上げギャイギャイと鳴き声をあげているが、パイとリュカの言った通り何もできないと悟ったのか、やがて顔をそらして歩きだした。
 ふとリュカが右手で握っていた棒の存在に気がつく。何の気無しに掴んでいたが、これは一体何だろう。棒を凝視していると、メイが正体を告げる。

「それは【ギルドフラッグ】を設置するポールさ。そいつをここで掲げることでこの雪山を制覇する……なんて言われてるけど、実際は狼煙をあげるのが主な用途らしいよ。ギルドにも見える標高らしいからさ、ここ。そこから煙が出るって、前に姉さんから聞いたことがある」

 ちょうどナレイアーナが立っていた傍に噴出口のような岩があった。旗を掲げるだけで狼煙があがる理由をこの時二人は尋ねずに終わってしまうのだが、後々そのことを後悔することとなる。

「メイ……そろそろ、帰りましょう。調査の、続きを」
「そうだね。あ、もう一つ見せたいものがあるからついて来て」

 段差を下りる途中の足場で立ち止まったメイが『こいつだよ』と地面に落ちている何かを指す。それを見たリュカたちはぎょっとした。

「キミたちなら、これが何かすぐにわかるよね?」
「これは……! “暴風野郎”の!」
「ぼうふう、やろう?」
「あー、ごめんね。こいつ変な呼び方ばかりするから。“クシャル様”のことを言っているのよ」
「古龍を様付けするキミも変わってるよ、イアーナ」

 独特な呼び方をする二人に苦笑いする雪山のハンターだったが、すぐにこの物体の正体を口にしたことには素直に感心する。
 それは、クシャルダオラの抜け殻だった。氷海のエリア4にあったものと同じく、原型を止めた背格好でエリア8を見下ろしている。氷海にあったそれは高所にあったため手を伸ばすことが叶わず、観察をすることしかできないままクシャルダオラが出現した頃に消えてしまった。
 だが、この抜け殻は地面に無造作に置かれている。イリスやワカにとっては直に触れられるほどの場所にあるなど大興奮ものだろう。

「氷海に現れたって聞いたからね。ちなみに、こいつはだいぶ前からあったそうだよ」
「抜け殻といっても古龍のだからひと味違うわね。まるで鉱石じゃない」

 試しに触れてみたナレイアーナがその硬さに驚く。一般的な抜け殻……虫のそれのような感触を想像したのだろう、あまりの違いに軽く拳で小突いてみたほどだ。

「クシャルダオラは、【鋼龍】とも呼ばれています。抜け殻は、鋼鉄のように硬いんです」
「へー、こいつから何か素材になるようなものは採れねぇのか?」
「せいぜい【朽ちた龍鱗】や【さびた塊】程度だね。いくら古龍でも、抜け殻程度じゃいい素材にはならないよ。万が一優れた素材になるなら、とっくの前にハンターたちに剥ぎ取られて無くなってるだろうさ」
「言われてみればそうね、メイの言う通りだわ」

 談笑をしていると、パイが何かを見つけて悲鳴をあげた。三人は驚いてモンスターがいたのかと辺りを警戒するが、パイの目線はリュカの足に向けられていた。

「リュ、リュカさん、【フルフルベビー】が……!」
「…………あぁ?」

 屈んだ体勢でいたリュカが足下を見ると、左脚の膝上に白い何かが引っ付いていることに気が付く。防具にかじりついているそれは【フルフルベビー】と呼ばれる、名の通りフルフルの幼体だ。
 フルフルのように翼も無ければ足も生えていない。だが口元だけは既に成体と同じ形状になっており、口内には尖った牙が生え揃っている。
 リュカの左脚に噛みつき肉を食い千切ろうとしているようだが、防具に阻まれているのかリュカは無反応だ。フルフルベビーが懸命に食らいついている様子を暢気に眺めているほど。

「おー、必死に噛みついてやがんな」
「凍土にいたネブラちゃんの幼体に似てるわね。この子も血を吸い取ろうとしているのかしら?」

 ナレイアーナも無傷を確信しているのか、初めて見たフルフルベビーを観察している。捕食しようと躍起になって跳ねている体を指で突くと、想像以上の弾力があって感激した。

「わあっ柔らかいわ、この子! やっぱりまだ子どもなのね」
「あ、あの、はやく」
「マジかよ。オレも触ってみるかな」
「リュカさん!」
「うおっ!?」

 能天気な対応をしている二人に割り込むようにパイが鋭い声をあげてフルフルベビーの体を剥ぎ取りナイフで貫いた。ビクビクと痙攣した体はやがて動かなくなり、白の地面に赤い液体が広がっていく。

「大丈夫ですか! すぐに手当てを!」
「い、いや平気だぜ。防具のおかげで全然痛くなかったし」
「ダメです! 万が一のこともあります! 防具を外してください!」
「おっおい、やめろって!」

 先ほどまでの消極的な口調はどこへやら、芯のある声が響き渡る。パイが必死の形相で左のベリオXグリーヴを外しにかかったのを見てメイが背後から引きはがした。

「ちょっとパイ、やめなよ。リュカは嘘をついていない。噛まれていたなら、すぐにわかるはずだよ」
「でも、メイ」
「キミが心配するのはわかるけどね。……リュカ、本当に大丈夫かい?」
「マジで痛くねぇから、安心してくれよ。ふざけて悪かった」
「…………。」
(“ここ”を噛んだって、何も無ぇしな)

 落ち着いたのか、パイがその場にへたりこむ。突然の豹変に驚いたリュカだったが、念のため左脚を撫でて異変が無いことを確認する。幸か不幸か、どう受け止めたらいいのか困りながら。

「パイこそ大丈夫? ビックリしたわよ、あんなに大きな声が出せるなんて」
「ご、ごめんなさい……わたし、前は医師のいるキャラバンにいたんです。それで、よく手当てもしていて、些細な怪我でも、時間差で発症する毒ということも、ありましたから」
「ちょっとパニくっちまったようだけど、パイの医療技術は本物だよ。回復薬を使った治療が回復薬グレートを使うぐらい的確に効果を出す。アタシも何度も助けられたものさ」
「マジかよ。すげえ技術だな」

 医療が得意なハンターという異色の存在に面食らったリュカだったが、そんな人物の話を聞いたことも思い出した。彼女は軽傷の自分やナレイアーナ、ワカも命を救われた恩人だ。

「待てよ……そういや、カゲの仲間の女ハンターもそんなキャラバンにいたな」
「……! もしかして、ミツキ、ですか?」
「そうそう。ということは、一緒のキャラバンだったのね」
「はい、わたしが医療技術を、教えました。一応、後輩にあたります」

 思わぬ共通の知人を知り話が盛り上がる。調査はひと段落ついたので、下山しながら四人は会話を続け親睦を深めた。

「同じバルバレギルドだからとはいっても、知り合いの知り合いがすぐ近くにいるなんて世間は狭いわね。他にも誰かいたりして」
「あー、それじゃバルバレの英雄、燐飛はどう? 今もあちこちを飛び回っているそうじゃないか。アタシたちと同じ故郷の生まれで、一緒に依頼をこなしたこともあるよ」
「えっ、そうなの?」
「もしかして、燐飛とも、知り合いですか?」
「マジかよ……ついこの間、討伐に行ったぜ。そうだ、その時に極限化した角獅子野郎を討伐したんだ」
「ちょっと、その話詳しく聞かせてよ! アタシたちにとっちゃ超有力情報じゃないか」

 雪山の寒さに負けない、ヒートアップする会話。ガウシカの群れは雪山を下りていく四人を物珍しそうに見つめていた。
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