狩人話譚

□ 銀白色の奇士[4] □

第32話 アイルーたちの慰労祭 前編

 【黒刃】と名付けられた極限化セルレギオスの討伐に成功した翌日、リククワのハンターはギルドから数日間の休暇を与えられ拠点で体を休めていた。
 ハンターの一人、ナレイアーナは部屋でベッドの上で寝そべって雑誌を眺めている。何を読んでいるのか気になったのか、オトモアイルーのアイがベッドによじ登るとナレイアーナの懐に潜り込んで同じ態勢になり、目の前の紙面を見つめた。
 そこに描かれていたのはモンスターの鱗や殻でつくられたハンターの装備ではなく、軽い布生地のスカートを着こなす複数の女性の絵。彼女が読んでいたのはファッション雑誌だったようだ。桜色の毛に覆われた腕を伸ばし、一人の女性の絵を指す。

「この服、イアーナに似合いそうニャ」
「そう?」
「アタシのファッションセンスを信じるニャ。イアーナの髪の色とマッチして鮮やかに映えるニャ」
「へえ、いつか街に行けたら探してみたいわね」
「…………。」

 いつか。その『いつか』がなかなか訪れないことをアイは知っている。ギルドナイトのカゲや書士隊のイリスとワカは任務の為に拠点を離れることが度々あるのだが、ナレイアーナにはリククワを出る理由が無い。それを不憫に思っていたアイだったが、今の状況を思い出して口を開く。

「イアーナ、チャンスニャ。今なら村を離れてもお咎めナシニャ、出かけてくるといいニャ」
「あー……そういえば、そうね。久しぶりに街に行こうかしら」
「そうするべきニャ! せっかくだしイリスたちと一緒に買い物を楽しむべきニャ。アタシは長老に話をしてくるから、その間にみんなを誘うといいニャ」

 パタパタと部屋を出て行ったアイの突発的な挙動にナレイアーナはしばらく呆気に取られていたが、主思いからの行動なのだろうと思い直す。
 ユゥラやモリザは断るかもしれないが、イリスやリッシュ、特に賑やかな故郷に思いを馳せていたルシカは喜んで同行するだろう。リッシュが来てくれるのなら飛行船の手配もしてくれるかもしれない。
 そうと決まれば、すぐに動くべきだ。ナレイアーナはベッドから降りるとクローゼットから外出用の衣服を取り出し、着替え始めた。心が弾むのは、やはり街に出向くことを望んでいたからのようだ。



(うまくいったニャ、大成功ニャ、パーフェクトニャ!)

 ムロソにナレイアーナたちの外出を申し出た後、アイは浮き立つ気持ちを抑えて廊下を歩いていた。気分転換も兼ねて街に出てほしいのはもちろん本心だが、実はそれ以外の目的もあったのだ。
 向かうのは自分の部屋ではなく、カゲとユキモリの部屋。カゲは別任務にあたっているキョウとミツキに会うべくドンドルマへ向かっており、今はユキモリしかいない。扉を開ける音に真っ白な毛に覆われた耳がピクリと動いた。

「アイ、首尾はどうだったニャ」
「完璧ニャ、これでイアーナもいなくなるニャ。あとはリュカニャ、どうするニャ」
「僕の推測だと、イリス殿は誘われたなら必ず兄のリュカ殿にも話をするニャ。女性だけで心配だからという建前でリュカ殿も同行するはずニャ」
「ニャニャッ!? オンナの買い物にオトコは不要ニャ」
「買い物における男の役割、ご存じかニャ?」
「……荷物持ち、ニャ?」
「ご名答ニャ」

 ユキモリの細目がにたりと更に細められるのを見て、アイは中身まで主そっくりだと思った。割を食うかもしれないが、リュカも雪に閉ざされたリククワを離れ気持ちをリフレッシュできるいい機会になるだろうと前向きに考えることにする。
 トントン、と控えめなノックが聞こえる。この叩き方をするアイルーは一人しかいない。

「入っていいかニャ、モーナコも一緒ニャ」
「どうぞニャ」

 シフレとモーナコも部屋に入り、リククワのハンターのオトモアイルーが勢揃いする。主を拠点から追い出した彼らの真意はこうだ。

『リククワのために頑張っている旦那さんを労ってあげたい』

 そのため主たちを拠点から引き離し、サプライズで喜ばせようと考えたのだった。察しのいいワカや地獄耳のカゲがいることもあり、拠点を出てもらわなくては困る理由も含まれているが。ちなみに言い出したのはアイである。

「あとはアタシたちがサプライズを成功させるだけニャ」
「装備の修理は鍛冶工房の人たちがやっているし、道具の買い足しはワカ殿が調合で補充しているから効果的では無いニャ。大掛かりな宴をするには僕らだけじゃ人手不足、さてはてどうしたことかニャ」
「難しいニャ。旦那さんが何をしてほしいのかわからないなんてワタシ、オトモアイルー失格ニャ」
「シフレ、落ち込んじゃダメですニャ。みんなで知恵を出し合えば、きっといい考えが浮かびますニャ」

 先の会話は部屋の前を通る誰かに内容を知られる可能性を危惧し、アイルーの言葉で話している。実際に通りかかったユゥラはニャーニャーという声を聞き、アイルーたちだけで秘密の打ち合わせをしているのだろうと素通りした。作戦が完全に裏目に出ているが、ユゥラの気遣いに救われたことを四人のアイルーは知らない。
 案を出し合うこと数十分、痺れを切らしたアイが立ち上がると腕を組み三人を見下ろす。

「あれこれ考えていたけど、ちっともまとまらないニャ。こうなったら奥の手ニャ」
「奥の手? アイ、それは何ニャ」
「一度根っこから考え直すニャ、あの人たちの本質はハンターニャ。ハンターに必要不可欠の、長時間モンスターに立ち向かう強靱な肉体と精神力。これら維持するために必須なもの、わかるニャ?」
「……食事ですかニャ?」
「モーナコ、正解ニャ! アタシたちは見てきたはずニャ、ハンターが特盛のご飯をぺろりと平らげる姿を! 色気より食い気、彼らにはおいしい飯が一番なのニャ!!」
「力説したところ悪いけど、オトモアイルーの僕らに料理の経験は無いニャ」
「ユキモリは知らなかったかニャ? アタシは元キッチンアイルーニャ。イアーナに料理の手ほどきをしたのは、このアタシニャ」

 えっへん!とふんぞり返ってしたり顔を見せたアイに『それならいいけどニャ』と返すユキモリにやや疲労感が見えたが、シフレは気付かなかったことにしてアイに尋ねる。

「手料理にするのはワタシも賛成ニャ。でも、何の料理にするのニャ? ワタシでも手伝えるものがいいニャ」
「さすがにフルコースみたいなのは難しいニャ。かといって簡素な料理じゃ手応えが無いし、ここは作戦がバレるのを承知でモリザに相談するのも手だと思うニャ」
「料理人のモリザさんならいいレシピを教えてくれそうですニャ、早速話してみましょうニャ」

 ニャー、と大合唱が響いたところで部屋を出ると、目の前に誰かがいたので全員の尾がぶわりと膨らんだ。機密情報を知ろうとした輩に違いないと思いきや、よくよく見れば同胞のハリーヤとレンテだ。

「こんなところで何してるニャ、ハリーヤ。レンテも」
「それはこっちが言いたいニャー。話し声が聞こえたからどうしたんだろうってレンテと一緒に来たところだったニャー」
「なんのはなし、してたのニャ?」
「人員補給ニャ。確保!」
「ニャワーッ!?」

 巻き添えを食らった二人も、事情を聞かされると協力すると答えてくれた。アイルーの手も借りたい大仕事になるのだから、万々歳である。



 以前から街に行きたいと願っていたルシカは、ナレイアーナの誘いに二つ返事で応じリククワを出たようだ。部屋にはモリザしかおらず、突然押し寄せてきた六人のアイルーに彼女は目を丸くしたが、経緯を聞いてなるほどね、と頷いた。

「あの子たちを喜ばせられる豪勢な料理ねぇ。それもアンタたちでも仕込みができそうなものかい」
「モリザだけが頼みニャ。お願いニャ、力を貸してほしいのニャ」
「アイ、アンタのイアーナを大切に思う気持ちは十分伝わった。アタシもあの子たちの笑顔が見たいから、もちろん手助けするよ」
「ありがとうございますニャ、モリザさん」

 頭を下げたモーナコに倣い五人もお辞儀をする。その丸い後頭部を見ていたモリザがふと思いついた料理、それは……。

「そうだね、“ピッツァ”はどうだい」
「ぴっつぁ?」
「レンテは食べたことが無いニャ? 丸くて平ったい生地の上にトマトソースとチーズを乗せて焼いた料理ニャ」
「想像するだけでお腹がすいてきたニャー」
「アンタが食べるんじゃないニャ、ハリーヤの食いしん坊! モリザ、トッピングはどうするニャ」
「そこがオトモアイルーのアンタたちの真骨頂だよ。それぞれの旦那さんの好きなものを乗せるのさ。四分割でトッピングして焼けば一度に全員がおいしく食べられる。いい案だろう?」
「名案ニャ、素晴らしいニャ」

 目を輝かせるアイルーたちにモリザも満足そうだ。オトモアイルーたちは普段の食事風景を振り返りながら主の好物をそれぞれ口にする。

「ワカ旦那さんは、お魚や海の食べ物が好きですニャ」
「カゲの旦那はキノコが好物ニャ。ちょっと爺臭いニャ」
「旦那さんはお肉の料理が出ると、とても喜んでいたニャ」
「イアーナはヘルシー嗜好で野菜を好むニャ。見事に種類が異なったニャ、豪華なピッツァになりそうニャ」
「生地はアタシが準備しておくよ。あれは手間がかかるからね。食材は倉庫にあるけど、できればアンタたちが街に出て調達する方がいいだろうね。お金はあるのかい?」
「資金なら心配不要ニャ。僕らはアイルー、物々交換が主流ニャ」
「そうかい。それじゃ皆が帰ってくる二日後までに揃えるんだよ」
「ニャー!」

 こうしてオトモアイルーたちによるクエスト『豪華トッピングピッツァで旦那さんを労おう作戦』が決行されたのだった。



 魚介類の具材を求めるモーナコは、肉を求めるシフレと共にバルバレを目指した。ワカとテント生活を送っていたモーナコにとってバルバレはそこそこ地理に詳しい場所だからだ。

「ワカさんに会ったりしないニャ?」
「ワカ旦那さんはエイドさんのいるベルナ村に行きましたニャ。イアーナさんたちが向かった街はここから離れた場所だし、カゲさんはドンドルマに行ったから誰にも見つかりませんニャ」
「それなら良かったニャ。モーナコ、まずはどこへ行くのニャ」
「お肉のギルドですニャ!」

 肉のギルドの表の顔は精肉店だ。リュカが好みそうな脂ののったおいしい肉も提供しているだろう。アイルー同士の物々交換ができない場所だが、モーナコはワカに金銭の扱いも教えられたので買い物は容易だという。

「ワカ旦那さんは脚をケガして動けない時期があったんですニャ。その時にお金の使い方を勉強して、ご飯を買いに行っていましたニャ」
「モーナコはすごいニャ。人と同じ生活を送れそうなくらい知識が豊富ニャ」
「て、照れますニャ」

 照れ隠しからかヒゲをちょいちょいと引っ張るモーナコの反応を見てシフレが笑う。肉のギルドの中を覗くと、見覚えのある大きな後ろ姿を見つけた。もちろん隣には小柄な後ろ姿も。

「ハビエルさん、トラフズクさん!」
「モーナコ、どうしてここに? それに、リュカ君のオトモアイルーも一緒じゃないか」
「めずらしい」

 ワカと親交のあるハンター、ハビエルとトラフズクだ。肉のギルドに所属しているハビエルは頻繁にここに顔を出すようで、相棒のトラフズクも同行しているという。
 モーナコたちの訪問理由を聞き、ハビエルの表情が一層晴れやかになった。料理の話となると、やはり料理人の血が騒ぐらしい。

「たくさんの具材が乗ったピッツァか、素晴らしいね」
「おいしそう、食べたい」
「そうだね、あとでつくってあげるよトラ君。ここに来たということは、もちろんお肉の調達が目的だよね」
「ハビエルさん、ピッツァに乗せるお肉はどんなのがいいんですニャ?」

 そうだね、と言いながらハビエルは大きな背を屈めてショーケースに並べられた新鮮な肉を眺める。どの肉でも相性は良いが、アイルーたちが材料をさばくというのなら小さめの具材の方が切りやすそうだと考えた。

「“七味ソーセージ”と“ワイルドベーコン”なんてどうかな。七味ソーセージはピリリとアクセントの効いた辛みが濃厚なチーズと合うし、窯で程良く焼けたワイルドベーコンのカリカリした触感はピッツァのもちもちした生地と相性抜群だよ」
「聞いてるだけでお腹がすいてくるニャ」
「はらへった」

 ハビエルの具体的な説明を聞いたシフレとトラフズクが同時に呟く。リュカが大喜びで食べる姿も安易に想像できた。ハビエルが店員に先ほどの二種類の肉を注文したのでモーナコが腰ポーチに入れていた財布を取り出そうとすると、ハビエルの大きな手がその手を制止させる。

「おっさんが奢るよ。あ、あと“キングターキー”も追加で」
「そ、そんなダメですニャ、ハビエルさん! お金を支払わせてしまうなんて、悪いですニャ」
「ハビエル、みんなでつくるピッツァ」
「あ、そうだったね。おっさんがお金を出したらみんなでつくったピッツァということにはならないか。モーナコ、お金は足りるかい?」
「キングターキーの金額を入れても大丈夫ですニャ」
「良かった。それじゃあ、買ったらキングターキーの袋だけ貸してくれないかな」

 支払いを済ませ、食材を受け取る。そしてキングターキーの入った袋を手渡すとハビエルは店員に話をして奥の厨房に行った。何をするつもりなのだろうと三人は顔を見合わせる。数分後戻ってきたハビエルの手にある袋の数が増え、一つを見せられるとモーナコは目を丸くした。

「少量で買ったとはいえ、ピッツァには不要な骨があるから取り除いたんだ。小袋に分けたから、リククワの料理人に使ってもらうといいよ」
「ありがとうニャ、ハビエルさん」
「おっさんたちの依頼を手伝ってくれたお礼がしたかったからね。シフレも喜んでくれるのなら、おっさんたちも嬉しいよ」
「モーナコ、シフレも、がんばって」
「ハイですニャ、トラフズクさん! ボクたち、そろそろ次のお店に行きますニャ」

 肉のギルドを後にしたアイルー二人に手を振っていると、トラフズクの腹の音が聞こえた。無言で訴える視線にハビエルは笑顔で答える。

「今晩のメニューは決まりだね。彼らに負けないような、おいしいピッツァをつくるよ」
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