狩人話譚

□ 銀白色の奇士[4] □

第31話 再戦、黒刃 後編

 警戒しながらエリア1に突入した途端、刃鱗が散弾のように襲いかかる。全員でそれを回避し、再びカゲがヘイズキャスターで空高く跳んでセルレギオスの背へ乗り上げた。今度は剥ぎ取りナイフを刺すことに成功したが、いくら抗竜石を使ったとはいえ心撃を使用した時ほど深くは突き刺せず、放り出されそうになるのを堪えるので精一杯だ。

「わわっ、前より凶暴性が増してる……!」
「頑張って耐えて! アタシが援護するわ!」

 抗竜石が使えなくても、通じる部位さえわかれば攻撃は可能だ。アスールバスターをしゃがみながら構え、チャンスを窺う。
 体を回転させ尾を振り回すセルレギオスは狙いをつけにくいが、背中のカゲの様子を確認しようとしたのか動きを止めたわずかな隙に通常弾を連続で発射した。
 後ろ脚に集中射撃を受けた巨体が転倒する。直後に接近したリュカが頭部へ溜め斬りを放つと、名を象徴する断刀角が音を立ててへし折れた。宙を舞った鈍い光を放つ刃が後方の海へ沈み、リュカはジークムントの仇を討った気がした。
 カゲの連続攻撃が後ろ脚に命中したことで、二度目の極限状態の解除に成功する。すると角笛の音が響き渡り、全員が音を出した主に視線を向ける。もちろん角笛を持っているのはワカだ。

「皆、こっちへ!」

 以前クリフが破壊し、クシャルダオラに修復された氷の柱を背に立つワカの足下には落とし穴が仕掛けられている。先ほどの猛攻の間に準備していたようだ。
 三人が駆け寄ると、それを追うようにセルレギオスが突撃して来る。ワカはもう一度角笛を吹いて意識を自分に集中させ、足下の落とし穴へ誘導し見事に罠にはめた。

「罠の連続使用か、やるじゃねえか」
「ナナちゃん、麻痺弾を!」
「わかったわ!」

 火薬装填は本体に負担をかけるため多用はできない。一度攻撃の手を休め補助に徹するのも悪くないと思ったナレイアーナは、通常弾から麻痺弾へ切り替えて射撃を行う。
 既に攻撃を繰り出していたリュカとカゲの連撃の合間を縫って弾を撃ち込み、麻痺毒によりセルレギオスが下半身を地中に埋めたままぐったりと動かなくなった。その間も攻撃は続けられる。

「カゲ、閃光玉の用意を頼む」
「了解!」

 麻痺が解け再び落とし穴から抜け出そうともがくセルレギオスから後退し、カゲは腰ポーチから閃光玉を取り出した。翼を大きく羽ばたかせ舞い上がった瞬間に空を白で覆い尽くす。
 突然視界を焼かれたセルレギオスが落下するが、なおも暴れる。ワカは閃裂爪に当たらぬよう気を付けながらシビレ罠を仕掛け、拘束すると麻酔用捕獲玉を地面に叩きつけた。

「二個目のシビレ罠はどこから出したの?」
「皆が攻撃している間に早急に作った」
「調合スピードすごいものね、アンタって」

 麻酔玉の煙を吸わせると、やがてセルレギオスの強ばっていた体から力が抜けていく。その後寝息が聞こえ、四人は様子を窺った。

「成功したわね……でもまた極限化して起き上がったりしないかしら」
「極限解除されたモンスターの捕獲は通常個体と同じで、しっかりと麻酔が効いているのは調査済みだから安心して。今回は特殊な依頼だったからギルドの気球も飛んでいるし、すぐに報告できるよ」
「そうだといいんだがなぁ」

 その後気球からリククワのハンターへ拠点へ戻るよう指令が出され、翌日には黒刃の捕獲成功の通達が届いた。極限化セルレギオスは研究施設へ送られたらしく、狂竜ウイルスの研究に役立てられることとなるだろう。



「で、報酬がこれなわけね」

 氷海から帰ってきたナレイアーナが興味深そうに眺めているのは、紫色と鈍色の鉱石だ。
 大型のモンスターの体内で生成された希少価値のある結石、【竜玉】。それが狂竜ウイルスの影響で変異したのが【極竜玉】と【大極竜玉】と呼ばれる二種類の竜玉である。
 今回の極限化セルレギオス【黒刃】の討伐の報酬とのことでギルドから送られたが、これらをどうすればといいのかとリククワのハンターは頭を悩ませた。

「竜玉は武具の強化に用いられる代物だけど、狂竜ウイルスが混ざったやつなんて使ったら危なくないかい? お師匠さん」
「ふむ……」

 そこで加工ならば鍛冶工に頼るべきと考えた四人は鍛冶工房を訪れ、ムロソとヌイに相談を持ちかけた。二人ともやはり初めて見る代物、それも狂竜ウイルスに侵されたモンスターから抽出されたという曰く付きに訝しんでいたが、やがてムロソが極竜玉を手に取る。

「皆のもの、各々が持つ抗竜石を貸してくれぬか」
「なんでだよ?」
「リュカ、長老の指示に従うんだ。竜人族の知恵は俺たちの比じゃない」

 ワカに従い、全員が抗竜石を手渡す。工房の主が何をしようとしているのかはヌイやハリーヤにもわからない。だが、今はムロソに全てを託しできる限りの助力をするつもりでいた。

「白を黒で塗り潰し、白でまた覆う。光と闇の共存を果たせるやもしれぬ」
「白と黒? おじいちゃん、何をするつもりなの?」
「お前さんたちはギルドから休暇を与えられておるのじゃろう。その間に終わらせようぞ」
「頼んだぜ、ジジイ。楽しみにしてるからな」

 ムロソが零した言葉の真意は掴みかねるが、武器の強化をしてくれることに期待しながらハンターは工房を去った。
 夕飯をたらふく食べた後は各自の部屋に戻り、以後数日は拠点で体に休息を与える。といっても、全員何かしらやることはあるのだが。



 その日の夜、リククワの倉庫に明かりが灯っていた。その中でワカが今回の狩猟で消耗した罠の調合を行っている。絵の才能は無いが、調合は経験を積んだおかげかトラップツールの工具をてきぱきと使いこなしていた。

(シビレ罠、落とし穴に麻痺を加え、飛び上がったところに閃光玉、そして再びシビレ罠……隙を与えさせない連携は効果的だったな)

 装置の中に雷光虫を入れながら思考を深めていく。もしハンマー使いがいれば麻痺の上に目眩を起こさせて更に長く拘束することが可能だろう。拘束時間が長くなるほど、ハンターに攻撃のチャンスが生まれ討伐の成功率も上昇する。

(……罠を使うことは人間の武器である知識を駆使した戦略であって、決してモンスターの自由を奪い一方的に蹂躙する意図は無い。だけど、こういった行動は俺の中では容認できない)

 人より遙かに強大な力を持つ大型モンスターに対抗するための知恵という力。それをフル活用してモンスターを完全に封じ込めるあの連携は、ワカにはどこか受け入れられないものがあった。
 シビレ罠を作り終え、回復薬の調合に移る。くしゃりと薬草を潰しながら、ワカは時間が経つのも忘れて黙々と作業をこなしていく。

(あの男……頭蓋潰しがとった行動を彷彿とさせるからだろうか。それとも、俺が……)

 凍土の秘境で見つけた、ドスファンゴの死骸。落とし穴を仕掛け、動けなくなった頭部を徹底的に破壊したくずれハンター。あんな密猟者のような男とは違う、そう頑なに思っても自分の中に流れる血がそれを許してはくれない。

「随分と遅くまでやっているんだねぇ、感心するよ」
「!? ……モリザさん?」

 突如女性の声が響き驚いて瓶を落とし損ねる。振り向くと、モリザが立っていたので先ほどまでの思考も停止してしまう。ハンター用の道具を保管しているこの倉庫に来る人物ではないからだ。

「明日から休めるってのに、無理してやらなくてもいいんじゃないかい?」
「調合は習慣みたいなものだから、いつもやっていないと落ち着かないんだ。……モリザさん、それは?」

 厚手の毛皮のコートを羽織る彼女の手には赤褐色のお椀と中の具を掬うためのスプーンが収められていた。ふわりと甘い匂いが漂い、調合に集中して空腹になっていたワカの胃を刺激する。

「いくら寒さに強いアンタでも、ずっとここにいたら風邪を引くよ。こいつはアタシからの差し入れ、【灼熱しるこ】。名前だけ聞くと熱そうに感じるけど、適度に冷ましてあるからすぐにお食べ」
「いただきます」

 スプーンであんこがとろりと溶けた汁をすすり、白玉を口に入れる。もちもちした食感に『おいしい』と素直に感想を述べると、モリザは腰に手を当てて笑顔を見せた。

「遅くまでやって、大変だねぇ。他の子らにも手伝わせればいいのに」
「リュカとナナちゃんは調合が苦手だし、カゲはギルドナイトの職務もあるから俺がやるのが妥当なんだ。俺自身調合は好きだから苦でもないよ」
「それなら別にいいんだけど。……前から思っていたけど、アンタって甘え下手だよねぇ」
「えっ?」

 スプーンを動かす手が止まる。顔を上げれば、まるで息子を心配する母親のようなモリザの表情。幼い頃に故郷ごと家族を失ったワカは、あの襲撃さえ無かったら母の皺の増えた顔を拝めたのだろうかと思ったこともあった。

「しっかりしているようだけど実は脆くて、危なっかしく見えるんだよ。全部自分で背負い込んで、無茶をして転んでケガしちゃいそうでね」
「…………。」
「人を頼ることは、決して迷惑じゃないよ。この村をご覧よ。みんな、自分のできることを生かして支え合ってる。アンタもこうして協力してくれているけど、どこか一歩距離を置いている感じがあるんだよねぇ」
「そんなつもりは」
「適度な距離は必要だよ、あまり近すぎても息苦しいからね。でもアンタはもう少し歩み寄る方がいいと思うよ」
「……心配かけてごめん、モリザさん。ご馳走様」

 再びスプーンを持ち、しるこを飲み干す。甘さと温かさが全身を包み、ふうと息を吐くと立ち上がった。そのまま倉庫を出て行きそうだったのでモリザが慌てて呼び止める。

「お椀とスプーンを寄越して」
「でも、ご馳走してもらったし片付けぐらいはしないと」
「これはアタシからの差し入れだって言っただろう? 片付けはこっちでやるから、アンタは早いとこ調合を終わらせて部屋に戻るんだよ。モーナコがずっと待っているんだからね」
「ごめん」
「本当に謝るところから入るねぇ、アンタって子は」

 くすくすと笑われ、面目無さそうにワカは頭部をかいた。改めて『ありがとう』と告げればモリザは満足そうに頷いて倉庫を去って行った。

(“母さん”、か)

 実の娘であるルシカ以外にもモリザのことを親しみを込めて母と呼ぶ者は多い。つい最近リククワの仲間入りを果たしたばかりのカゲまでもが『モリザ小母おばさん』と呼んでいるのに対し、ワカは今でも彼女の名を呼ぶだけに留まっている。
 自分の中の母親が子どもの頃の記憶で止まってしまったからだろうと自覚しているが、人との交流に遠慮がちなワカは距離を詰められず、また自身の母親と区別ができずにいた。

「……おっかあ」

 故郷が滅びてからほとんど発することが無くなった、亡き母の呼称をそっと口にする。
 するとじわじわと顔が火照ってきた。灼熱しるこの効果に違いない。モリザの言う通り、調合を終えてすぐにモーナコの待つ部屋へ向かおう。

(いつかは、“母さん”と呼んでみようか)

 そう思いながら、ワカは中断していた調合を再開させた。その手際は先ほどよりずっと手早いのは、モリザの夜食と優しい気持ちの差し入れのおかげだろう。
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