狩人話譚

□ 銀白色の奇士[4] □

第31話 再戦、黒刃 前編

「……よし、こんなもんでいいだろ」

 振り下ろした手斧を肩に担ぎ、リュカは独り言を零した。
 リククワから少し離れた森の一角に、生活の必需品である薪を割るために拵えた場所がある。かつてはディーンがその係を務めていたが現在はリュカとワカが交代で担当しており、今日はリュカが当番だ。
 ところどころが斜めに割れている薪を革紐で束ねる。後は拠点へ戻るだけだが、普段より早くここにやって来たのには理由があった。
 雪の地面に深く突き刺した大剣。引き抜いて構えればリュカの表情が締まり、一瞬で狩人の顔に変わる。

(まだジークムントの感覚で振っちまってる。こいつはジークムントより少し重いから、攻撃の出が遅れてんな)

 極限化セルレギオスの猛攻を受け止めた結果、真っ二つに折れ刃の先が氷海の底に沈んだジークムント。新たにつくられたジンオウガ亜種の大剣【狼牙大剣】を未だ使いこなせていないと思ったリュカは、スペースに余裕がある上に静かで集中しやすいこの場所で密かに鍛錬を重ねていた。
 柄を強く握りしめて意識を集中させる。肩に持ち上げて構えると、力を溜めきった瞬間地面へ狼牙大剣を叩き下ろした。更に大剣の刀身を殴りつけるように横に振るうとぐるりと回って背を向け、まるで刀を抜刀するような体勢で再び力を込める。
 直後半月を描く軌道で大地を割り、もう一押しといわんばかりに自らの体を回転させ大剣を振り回した。大剣使いの間では鉄板の一連の連続攻撃だ。狼牙大剣を下ろして一息つきながら先ほどの攻撃の解析を始める。

(やっぱ攻撃のリズムがまだ完全につかめきれてねぇな。最後のはもう少し早く振っても良さそうだ)
「……、……!」
(いっそのこと刀身を軽量化してもらうのも有りだな。攻撃力に影響しないぐらいにできんのかな)
「……さん、兄さん!」
「うおぉっ!? いつの間に来てたのかよ、イリス」

 大剣を構えたまま考えごとをしている最中に声をかけられ、集中していた意識が飛散する。
 振り向くと妹のイリスが立っており、隣にはリッシュもいた。私服ではなくギルドガールの衣装を纏っている立ち姿に、リュカは依頼の予感を感じ取った。

「いつまで経っても兄さんが戻らないから、迎えに来たの」
「武器練習、お疲れさまです。支度を整えしだい氷海に出発しましょう」
「依頼の受注か。話は帰りがてら聞かせてもらうぜ」

 狼牙大剣を背負い、薪をまとめた革紐を両肩にかければ全身に負荷のかかるトレーニングをしているようだ。ハンターではない女性二人にはわからないようだが。これぐらいの重さなど気にせず歩きながらリッシュに尋ねる。

「で、どいつを狩るんだ」
「【黒刃コクバ】です」
「コクバなんてモンスター、いたか?」
「これはギルドに付けられた名前ですよ」

 ギルドが呼び名を与えるモンスターは総じて危険度が高く、なかなか討伐が遂行できない凶暴な個体である。凍土で激闘を繰り広げたジンオウガ亜種も猛威を振るい、【赤黒雷】という名が付けられていた。

「氷海でリュカたちに襲いかかった【極限化セルレギオス】に“黒刃”という名が与えられました。その後も各地で暴れ回り、依頼を受けたハンターたちが討伐を試みましたが、やはり極限状態の壁を打ち破るのは容易ではなかったようで……」
「抗竜石の力でも狩れなかったってことか?」
「狂竜ウイルスに対抗できる抗竜石を所持しているハンターは少ないです。そのため解除に成功しても時間経過で再び極限化し、反撃を受けて撤退したのがほとんどでした」
「そういやそのうち戻るんだったな。面倒だぜ」

 氷海で全員が負傷する事態となった、極限化セルレギオスの襲撃。抗竜石を持っていたカゲたちギルドナイトの連携により狂竜ウイルスを一時的に鎮静化させられたものの、再びもやがまとわりつこうとしていた光景は忘れようもない。
 抗竜石という抵抗手段があっても尚、極限状態は脅威に変わりないのだと思い知らされたのだから。

「天空山でハンターの攻撃を振り切った黒刃が氷海の方角へ飛び去ったという情報が入り、リククワのハンターに迎え討つよう依頼が来ました。手強い相手ですが、リュカたちなら必ず討伐してくれると私は信じています」

 ギルドガールとして常にハンターを支えてきたリッシュの言葉に力強く頷いて応えた。彼女はリュカたちの活躍を最も間近で見てきており、リククワの力を心から信頼していた。

「リベンジマッチってやつだな。今度こそあの野郎を討伐してやる」
「他の皆さんも準備に入っているはずです。リュカも急いで」

 拠点へ戻ると、既にナレイアーナたちがハンターの装備に着替え支度を終えていた。全員の表情がいつも以上に真剣なのは、雪辱を果たしたい思いを抱いているからだろう。
 必需品である抗竜石の所持を確認し、船乗り場へ向かう。討伐のみの依頼のため、イリスやモーナコは拠点で留守番だ。

「ボクは一緒に行けないけど、討伐成功を祈っていますニャ」
「ナコ、お前の力を借りるよ。お前の考えは絶対に間違っていない」
「ん? 何の話だ」
「移動中に説明する」

 やり取りが気になったリュカの問いへの答えは、宣言通り氷海へ向かう移動時間に示された。リンフィが抗竜石と共に送ってきた謎の紙を開いて見せる。何らかの絵を描いたようだが、はっきりとしない主線に誰もが首を傾げた代物だ。

「ナコはこれを極限化セルレギオスのスケッチだと判断した。濃く縁取られているところが恐らく抗竜石無しでも攻撃が通じる箇所だと思う」
「横向きのレギオスちゃんと見れば……頭部とお腹、後ろ脚に尻尾の先が濃くなっているわね。そこなら弾かれないで済むってこと?」
「そういや抗竜石が無くても利いたところがあったな。尻尾の先が弾かれないってのはオレも確認済みだぜ」

 ジークムントを失ったリュカは腰装備に備え付けられていた短刀で戦った。その際に短刀を尻尾の先に突き刺し怯ませた一幕もあり、手応えも感じ取っていた。肉質が硬化する極限状態にも穴があると知ったハンターたちにわずかな余裕が生まれる。

「リンフィさんは、これを他人に見られても貴重な極限化モンスターの情報と悟られないようわざと線を不定形に描きあげたんだ」
「言われてみてやっと千刃竜だと理解できたよ。モーナコはよくわかったね、書士隊の君でも気付かなかったのに」
「ああ、俺のスケッチに似たものがあったらしくて」
「……あのさ、書士隊って身分、ちゃんと弁えてる?」

 ワカのスケッチはしっかりと形を捉えようと何度も線を引く上に不器用が災いして歪んでしまうため、結果ぐにゃぐにゃした主線の絵ができあがるという。絵心の無い書士隊に呆れたのか、カゲの口から乾いた笑いが漏れた。

「兎に角、この絵に描かれている情報は今の狩猟にとても有効だよ。相手は何度も狂竜症を発症している。抗竜石でウイルスを鎮静させてもすぐに戻る可能性が高いし、抗竜石の効果には制限がある上に再使用まで時間がかかる事は忘れていないよね? その為にも攻撃が確実に通る部位を掌握しておかないと」
「そうだな。それと、俺にも考えがある」
「おっ、なんだよ言ってみろ。参謀役さんよ」

 ワカがセルレギオス討伐に向けて作戦を説明しているうちに、氷山が見えてきた。一度敗れた相手の姿が思い浮かび、再戦に臨む狩人たちの表情が一段と引き締まった。



 エリア1に到着するや否や、上空でモンスターの声が響いているのが聞こえる。ナレイアーナの嗅覚を使うことも無く居場所を特定できたが、目標のエリア3へ向かう前にワカがブルートフルートを構えた。その行動の意図を把握した全員が足を止める。

「先に旋律を奏でておく。特に【精霊王の加護】は有効だから」
「サンキュー、助かるぜ」
「極限化した事で強化された攻撃力も脅威だけど、千刃竜の刃鱗も警戒しないとね。レイアはあれで痛い目に遭ったし」

 女性の歌声が鳴り止むと、加護が全身に宿る。確実ではないが、時折攻撃の衝撃を和らげる防御系の旋律だ。更に刃鱗の破裂からも護ってくれる可能性もあることから、ワカはこの旋律を奏でたようだ。

「さて、と。それじゃワカの作戦通りに行くよ」

 壁を上りきると、ナレイアーナ以外の三人も気付くほど強い血の臭いを感じ取る。黒いもやに身を包まれたセルレギオス――黒刃という名は漆黒に染まった断刀角が由来なのだろう――がポポの一家を仕留め、一番体が大きく食べ応えがある父親の肉にかじりついていた。
 ナレイアーナ、そしてワカが腰ポーチからそれぞれの抗竜石を取り出して武器に当てる。青白い光が灯ったのを確認する横をカゲとリュカがすり抜けて坂を駆け上る。セルレギオスも彼らに気が付いたようで、ゆっくりと体を向けハンターを見下ろした。

「借りはたっぷりと返させてもらうぜ、刃鱗野郎!」

 武器を構えるとセルレギオスが威嚇行動を行い、飛び上がりながら刃鱗を飛ばす。リュカが身を転がして回避するとカゲが操虫棍で跳躍し背中へ乗ろうとしたが、硬い鱗に阻まれそのまま尻尾の先へ移動した。

「やっぱり赤のエキスが採れないのは厳しいな、背に刃を突き刺せない」
「心撃と交換するか?」
「それは駄目。君の攻撃は大振りだから、弾かれる部位に当たった時に体勢を立て直すのが不利になるよ」
「……あいつらの頑張りしだいってことか」

 セルレギオスの断刀角目がけボウガンの弾が数発放たれる。抗竜石の力を受けたアスールバスターの攻撃が直撃し、悲鳴をあげてセルレギオスが怯んだ。
 すかさずワカが足下に滑り込むと後ろ脚へ狩猟笛を叩きつけた。反撃の素振りが見えたらすぐに待避し、隙を窺っては確実に抗竜石のダメージを与える。
 リュカとカゲがセルレギオスの攻撃を一手に引き受け、ナレイアーナはクリティカル距離を保ちつつ頭部を、ワカはヒットアンドアウェイで後ろ脚を狙うのが第一の作戦だった。

(ヌイ、力を借りるわ!)

 攻撃を引きつけるリュカの背後で、ナレイアーナはアスールバスターに特殊な火薬を装填した。構え直すと銃口から炎が吹き出す。装填成功のサインだ。
 フェイから学んだヘビィボウガンの狩技、【火薬装填】。弾と溶岩石を間違えて装填した新米ガンナーの失敗から発案された狩技で、そのエピソードを聞いたヌイはナグリ村に住む妹から溶岩石を送ってもらい高威力の火薬の調合をしてくれた。
 通常弾に火薬がコーティングされ、発射音にも変化が起こったためカゲが驚いて振り向くがお構い無しだ。とにかく今は一刻も早く狂竜ウイルスを押さえ込まなくては。剛撃と火薬装填、二つの力が合わさればかなりの威力を発揮するはず。
 回避が遅れたワカがセルレギオスの尻尾に弾き飛ばされる。追撃を仕掛けようと背を向け高く振り上げられた絶槍尾の先端に通常弾が直撃し、黒いもやが消し飛んでその場に崩れ落ちた。金色の鱗が露わになった姿にワカが驚き、カゲが歓喜する。

「もやが消えた……極限状態が解除されたのか?」
「そういうこと。待ちわびていたよ、紅羽お願い!」

 倒れているセルレギオスの尻尾へリュカが溜め斬りを放つ。今朝の練習の成果もあり、その一撃に手応えを感じた。一方のカゲはクレハを飛ばし器用に全てのエキスを回収し自身を強化させる。更に頭部からもう一度赤のエキスを奪わせるとクレハを空中に待機させた。
 極限化から解き放たれたセルレギオスだが、攻撃の苛烈さは弱体化することなく四人へ襲いかかる。飛び上がって蹴りを繰り出し、空中から刃鱗を放つ。空を自在に飛び回る飛竜種の多彩な行動にやきもきしてしまう。

「ちょろちょろしやがって……これじゃ大して攻撃できないうちにまた極限化しちまう」
「そうさせないための、これだろう?」

 しゃがみ込んで何かをしていたワカが立ち上がる。その足下にはシビレ罠が仕掛けられていた。極限化したモンスターに罠や閃光玉が通じないのは身をもって知ったが、解除された今なら効くはず。
 斜面を下り、ワカは角笛を取り出し息を大きく吸い込む。プアップアー!と角笛が割れんばかりの音量が氷海じゅうに響き、セルレギオスの気を引いた。
 かつてのモーナコにしたように地を這うように後ろ脚を滑らせワカに襲いかかろうとしたが、途中シビレ罠を踏み電撃が全身を縛り上げる。

「チャンスだ! 一気に行くぜ!!」

 駆け出しながらリュカが吼える。数少ないチャンスをものにするために、四人は一斉に攻撃を仕掛けた。集中攻撃で大ダメージを与えたものの、突如セルレギオスの体がもやに包まれる。極限化した肉体はシビレ罠の拘束を強引に振りほどき飛び上がると、そのまま翼を大きく羽ばたかせて移動した。張りつめていた緊張感が解け、四人は詰まっていた息を吐く。

「下のエリア1へ降りたようね。次はアンタたちの番よ」

 そう話すナレイアーナのアスールバスターからは抗竜石の淡い輝きが消え失せていた。ワカのブルートフルートも同様で、ポーチから抗竜石を取り出すも薄暗くなった石には狂竜ウイルスを鎮圧させられる力が宿っているようには見えない。

「再使用まで時間がかかるのがネックだな。俺たちの抗竜石が回復するまでにセルレギオスの極限化を解除できなければ一気に不利になる。今は二人の抗竜石が頼りだ」
「わかってるっての。カゲ、お前は大丈夫か? エキスがそろそろ切れるんじゃねえのか」
「それを見越して紅羽に赤エキスを保持してもらっていたよ」

 砥石で大剣の切れ味を回復させているリュカの隣でカゲは左腕にクレハを留めてエキスを注入させた。そして今度はこの二人が狂竜ウイルスに対抗する。二人ずつ交互に抗竜石を使用することで波状攻撃を絶やさないのが、第二の作戦だ。

「討伐しきれなかったら、またどこかへ移動しちゃいそうね。被害が広がる前にここで狩るわよ」

 四人は一斉に飛び降りるが、上ってきた崖下のエリア1ではなく、エリア2の方角だ。相手は極限状態のモンスター、空中で迎撃されたら一溜まりもない。そのためエリア2へ降りてからエリア1へ向かうことにした。
関連記事


BACK|目次NEXT
*    *    *

Information