狩人話譚

□ 銀白色の奇士[3] □

第30話 飛び交う戈 後編

「地図にこの地形を書き加えておこう。ギルドにも報告する必要もある」
「ひとまずブルアンが作業を終えるまで休憩だ。その後は残りの一本道の調査をして帰還しよう」
「わかったッス」

 一息ついて切り株に腰掛けるクリフの隣にワカも座る。その横顔を見て、過去に自分が一目惚れした女性……彼にとっては幼馴染であり許嫁だったハンターを思い出した。

「……あのさ、ワカ。オレ、あの子の蒼火竜炎舞砲を見せてもらったことがあったッス」

 背負っていたライトボウガンを膝の上に乗せ、銃身に手を添える。その位置はバレルの裏側で、そこを擦るように撫でた。

「その時に、この辺に何か掘ったような跡を見つけて。文字っぽかったんスけど、まるで古代文字みたいな字体で全然読めなかったッス。直接聞いたんだけど、『わたしとあの人しか知らない秘密の文字』だって……心当たり、あるッスか?」
「…………。」

 ワカは何も言わなかったが、見開いた目はイエスと答えたも同然だった。

「一目惚れしただけだったとはいえ、オレじゃ敵わない相手がいるんだなって、思ったッス。……でも、死んでしまったんじゃ遺品は片付けられてしまったんスよね」
「…………ありがとう、クリフ。教えてくれて」
「今更話しても意味が無いかもしれないけど、少しでもあの子の話をアンタに伝えたかったッス」
「……ああ、十分だ」

 会話が途切れた頃にブルアンが立ち上がり、手を振った。どうやら地図の書き足しが完了したようだ。腰を上げて雪を払い、広場を去る。
 クリフの言葉を心に刻みながら、ワカは自分の部屋に保管している彼女の形見を思い浮かべていた。



(攻撃をステップで回避、直後に反撃……いわゆる“回避ランス”ってやつか)

 碇口がピッケルのように地面へ叩き下ろされる。それを身軽な足取りで後退してかわすと、ロストバベルを突き上げて弾き飛ばす。エプサの動きを見たリュカは、ふとその呼称を思い出した。
 ランス使いの立ち回りは大きく二種に分かれるという。同じ武器種を扱うクレイドの動きは防御に重きを置き、盾で防いではカウンターを与えるもので、そちらは“ガードランス”と呼ばれている。
 同じランス使いでもモンスターの攻撃への対処法が異なるのは興味深く、金色の槍がアグナコトル亜種の氷の鎧を少しずつではあるが削っていく光景を視界の隅で眺めた。

(ライトボウガンなのに、ライトボウガンでないような動き。不思議な立ち回りね)

 アグナコトル亜種の尻尾側から攻撃を仕掛ける義姉のクインもまた、クリフと違う動きを見せている。クリティカル距離を的確に捉えるために武器を背に戻しているのではとナレイアーナは思っていたが、どうしてあれほどまでに頻繁に背負うのかは理解できない。
 しかもライトボウガンを背負うタイミングは揃ってアグナコトル亜種の攻撃をいなす時だ。武器を背へ戻すことに意識を集中させながら攻撃をかわしていく。

「体当たりが来るわ、かわして!」

 長い体を大きく後退させ、尾を揺らして体を一瞬跳ね上がらせる。追尾性能の強い体当たりは、クインを狙っていた。
 本来ならば武器を背負い回避に専念するはずだが、クインは攻撃の手を止めない。いくら怯ませて攻撃を中断させられる可能性があるにしても、無謀だと驚きながらナレイアーナが叫んだ。

「…………!」

 巨体が大きくうねりながら迫ってくる。クインは再び神経を集中させて武器を仕舞う動作を見せながら突進をかわした。ふー、と大きく息を吐くとエルトライト鉱石の色を宿した紅の瞳に輝きが増す。

「そろそろ決めましょうか」

 ヴァルレギオンを構え直すクインからは闘志がみなぎっており、物腰の柔らかい女性という印象からかけ離れて見えた。
迫ってくるアグナコトル亜種へ臆することなく弾を撃ち、鋭爪がクインを裂こうと振り上げられるがくるりと身を舞うようなステップで回避しながら尚も攻撃を続ける。爪にヒビが入ったことでアグナコトル亜種が怯み、その隙にリロードを行う。
 ナレイアーナが麻痺弾を撃って動きを封じている間にエプサがアグナコトル亜種の背後に移動し、義姉妹が前後を陣取った。何か大技を繰り出す気だと察したリュカはナレイアーナと共に洞窟の壁際へ避難して行く末を見守る。

「行きますよ、エプサ!」
「はい、義姉様!」

 二人の女性が呼吸を揃えて狩技を放った。クインはヘビィボウガンのしゃがみ撃ちのようにリロードをしながら片膝をつく。そしてその場で貫通弾を高速発射し、アグナコトル亜種の長い胴へ連続攻撃を与えた。
 同時にエプサがロストバベルを後ろ手に引く。力を込めた槍を突き出すと、螺旋状の衝撃波がアグナコトル亜種に襲いかかる。その旋風はクインが撃った貫通弾を跳ね返してアグナコトル亜種の体へ反射するほどで、前後の強烈な攻撃を受けた巨体が転倒してもがく。
 狩技を使用した二人が武器を背負うと、体を起こしたアグナコトル亜種は地面へ潜り姿を消す。氷を纏えない胸部に付けられたペイントを追うと、ナレイアーナもまたアスールバスターを背に戻し、撃退に成功したことを示した。

「お疲れさまでした。ご協力に感謝します、イアーナさん、リュカさん」
「ほとんど二人がやってくれたじゃない、礼をするのはこっちよ。すごい合体技だったわね」
「義姉様の【ラピットヘブン】と私の【スクリュースラスト】の連携ですか? 海竜種のような骨格のモンスターにはとても効果的なんです」
「前からはランスの衝撃波、後ろからは高速連射……喰らった側はたまんねぇだろうな」

 撃退完了にほっと一安心した四人のハンターはベースキャンプへ帰還する。環境の安定した帰路の間も会話が弾んだ。

「イアーナさんが麻痺弾で動きを封じてくれたので、狩技をエプサと同時に発動させることができました。ありがとうございます」
「麻痺はアタシの役割でもあるからね」
「リュカさんの攻撃はずっと私の攻撃範囲と重ならずに放たれて驚きました。まるで私の立ち回りを把握しているかのようで」
「ワカたちが来るまで氷海の討伐依頼はギルドに補填要請を出してたからな。色んな武器の奴らと手を組んだから自然と各々の陣地がわかるんだよ」
「どのようなハンターとも力を合わせられるのは、素晴らしいことですね」
「お、おう……なんか面と向かって言われると照れるぜ」
「はいはい、粋がらないの。あのねクイン、こいつは気の合わない人とケンカしたこともあるから」

 ベースキャンプに着くと、既に調査を終えた書士隊チームが暖をとっていた。二つの依頼を成功させられたことに凍土のハンターと書士隊は揃って頭を下げて礼を伝える。

「秘境の新たなエリアの発見、アグナコトル亜種の撃退。両方を同時にこなせたのは君たちのおかげだ、ありがとう」
「オレたちの力が必要な時は、いつでも頼ってほしいッス!」

 兄弟が握手を求め、リククワのハンターが応えていると義姉妹の手も加わる。

「私は今後もエプサと共に凍土調査隊に関わる依頼を受注します。夫のためにもなりますし」
「クインたちが護衛ハンターになるのなら、とても頼もしいと思うわ。頑張ってね!」

 リッシュがリククワのハンターに招集の号令をかけ、飛行船が飛び立つ。空に吸い込まれる飛行船の姿が見えなくなるまで、クレイドたちは手を振り続けた。



 移動している間に夕暮れを迎え、このままではリククワに帰る頃には夜が更けてしまうのでユクモ村で一泊することにした。
 観光が主要産業のこの村の一押しである集会浴場は今も改装中のため、訪れている人は少ない。薄暗くなってきたこともあり、足湯を利用しているのはたったの二人しかいなかった。

「はあー、極楽極楽。流石はユクモ村、たかが足湯と思っていたけど、これだけでも十分気持ちが安らぐよ」
「そうだな」

 カゲとワカが足を浸からせ、酷使した二の足を休ませていた。温泉の沸く硫黄とたいまつが燻ぶる匂いに包まれ、ひと時の休息を堪能している二人は鎧を脱いで私服に着替えたこともあり、ただの観光客に見えるだろう。

「リュカとレイアも来れば良かったのに。お店の営業時間ってのもあるだろうけどさ」
「明日の朝までは自由行動だから好きにさせたらいいだろう。リッシュちゃんとナコは先に部屋で休んでいるし」
「まあ、そりゃあねぇ」

 チャプン、と水音を立ててカゲが右足を上げる。そして隣で寛いでいるワカの右脚に視線を向けた。
 ワカの右脚は露出している膝下からつま先まで薄暗い赤に染まっている。左脚が日に焼けていないのと地肌が白いため余計に目立って見えた。

「ねえ……その脚って、火傷したの?」
「アグナコトルの熱線を浴びてしまったんだ」
「どうして暑い所が苦手な君がわざわざ炎戈竜の依頼を受けたのさ、誰かの手伝いだったとか?」
「……そんなところだな」

 カゲへ向けていた目線を温まっている脚に下ろす。ふーん、と間の抜けた声を出しながらカゲも自身の右足を足湯に戻した。

「いつ火傷を負ったかはわからないけど、今でもそんなに色濃く残ってるなんて炎戈竜程度じゃあり得ないよ。まるで【黒龍】の呪詛の如く纏わり付いてるみたい」
「!?」

 驚いたワカが顔を上げる。金色の眼がワカの反応に驚いて開いてしまったカゲの赤紫色の眼にとある光景を見せつけた。

 ジンオウUシリーズに身を包み、太刀を振るうグリフィス。

 バリスタの弾を装填しては必死に撃つモーナコ。

 大タル爆弾を設置している手はワカだろうか。

 爆発に視界を覆われた直後、瓦礫の山から這い出ると右のガララSグリーヴは焼け焦げ、どす黒い肌が露出している。

 視線は石壁の上にある巨大な槍へ向けられ、右足を引きずりながらゆっくりと作動させるスイッチへ歩いていく。

 ピッケルを手にし、こちらへ向かってくる黒いモンスターを睨みながら念じる思いが声となって聞こえた。

“奴を、狩るんだ。ここなら、運命に準ずることはない”

「……そんな、君は本当に、」

 冗談のつもりで言っただけだったのだ。それなのにワカはその時の記憶を強く思い出したために、カゲの慧眼に光景さえも映し出した。
 カゲの呟きを聞いたワカが我に返り、続きを告げさせないよう薄く開かれた口を右手で塞ぐ。その手は震えていて、戸惑いと怒りの感情が篭っていた。

「楽しいか……? 隠している人の心を暴いて、楽しいのかよ!?」

 声を荒らげつつも表情を悲しみに染めながら怒るワカの瞳は先ほどからカゲの眼に本心を訴えている。図星を突かれたためだろうか、普段隠している心の声が剥き出しのまま何かのビジョンと共に伝わった。

(どうして力をこんな風にしか扱わない! “あの人”は……そんなことはしなかった!)

 ワカの心の中に現れた人影は逆光を浴びてよく見えないが、長い髪の女性だ。

(誰……? 君が思い浮かべているその人は、誰なの??)

 自分と同じ力を持つと思しき人物が気になり口を押さえられながらもワカの眼を覗き込もうとしたが、背後から暢気な調子の声がかかった。

「お前ら、なにケンカしてんだよ」

 リュカがユクモ温泉たまごを頬張りながら、きょとんとした顔でこちらを見ていた。遠くにはリククワの住人へ土産を買ったのであろう、いくつかの荷包みを両手に抱えてナレイアーナが歩いて来る。

「や、やだなぁ、喧嘩なんてしてないよ? ホラ僕たち、仲良しなんだから」

 カゲは咄嗟にワカの腕を取って肩を組ませ、自分もワカの肩に手を乗せて左手の親指を上げる。ワカも同意するように頷き、どうにかその場を取り繕った。

「いつまで浸かってんだよ、足がふやけちまってんじゃねえか?」
「あはっ、本当だ! ゆっくりし過ぎちゃったね、ワカ。僕たちも宿に戻ろうよ」
「そ、そうだな」

 足湯から上がり、ナレイアーナとも合流する。何事も無かったかのように振る舞うワカとカゲだが、先の出来事は二人の間に蟠りを残ってしまった。

(ワカは、僕と同じ血筋の人を知っている。一体誰なんだろう、もしかして……僕の捜している家族?)
(安定期に入ったと聞いたけど、まだ知られるわけにはいかない……ごめんな、カゲ)
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