狩人話譚

□ ボクとワカ旦那さん[2] □

ボクと双剣使いさん【2】

 ハビエルさんのテントに入ると、装備を整えた二人が待っていた。かつてテツカブラの防具を使っていたハビエルさんは、ハンターランクを徐々に上げてフルフル亜種の素材でつくられた防具を着こなしていた。真っ赤な色がとにかく目立ち、また兜じゃなくてフードの頭防具が珍しいなと見ていると、視界に黒いアイルーがいることに気がついた。

「ニャ? キミは??」
「キミこそ誰ニャ」
「ボクは【モーナコ】ですニャ。ワカ旦那さんのオトモアイルーですニャ」
「……ボクは【カワセミ】。トラフズクのオトモニャ」

 どうやら今は不在のようだけど、ハビエルさんのオトモアイルーは真っ白な毛並みの【テッカ】だ。そうなれば消去法でトラフズクさんのオトモアイルーだとわかるものだけど、いざ話してみると主に似ている気がする。鍵尻尾なんだな、ボクもかつてはそうだったことを思い出す。

「“翡翠カワセミ”か、トラの名前といい鳥の名前ばかりだな。さっきの“黄鶲キビタキ”もだろ?」
「さすがワカ君、知っているんだね。この子は鳥が好きみたいだから」
「書物は読みふけっているからなあ」
「おれ、文字よむの、にがて」

 ワカ旦那さんとハビエルさんの会話に嫌そうな顔をして相づちを打つトラフズクさんは、ちょっと不機嫌そうに見える様子から本気で書物を読むのが苦手なようだ。

「君たちは顔も声も似ているけれど正反対なところも多いんだね。トラ君は操虫棍も扱うけれど、ワカ君は虫が苦手だろう?」
「はは、そうかもな……うわあっ、飛ばすな!!!」
「なんで、かわいいのに」
「かわ……やめてくれ、出発前にテンションが下がる!」

 トラフズクさんの命令でパタパタと飛び回る猟虫に悲鳴をあげるワカ旦那さんは相変わらず情けないけれど、かつては虫が平気だったそうだから記憶を取り戻した結果中和されて失神することは無くなっただけでもマシかもしれない。エイドさんの猟虫と一緒に飛びかかられたらどうなるかはわからないけれど。

「ボクはテッカの帰りを待ってモンニャン隊へ行くニャ。だからトラフズクを頼むニャ、ハビエル」
「任せてくれ。今回はワカ君もいるし、いい結果を持ち帰ってくるよ」
「さっきの様子を見るに不安ニャ。モーナコといったニャ、このハンターをちゃんと見てやるニャ」
「こ、こいつ……。」

 すっかりカワセミに情けない姿を見られたせいで第一印象は最悪なものになってしまったようだ。虫が苦手なのは事実なので言い返せないワカ旦那さんがなんだか哀れに見える。
 こうして、ボクらは樹海に向かった。とんでもない邂逅を果たすことも知らずに……。



 【樹海】は原生林に似ていて懐かしさを覚える場所だ。さすがに毒の沼地は無いけれど。とても長い角を生やしたケルビを見かけたり、他では見かけない種(ワカ旦那さんによるとこれは竜人問屋との交渉にとても役立つものらしいので率先して拾っている)を拾ったり、ドスランポスが入り込みそうな穴を見つけたりと探索はいつもの狩猟とは違うことばかりで新鮮だ。
 ここでしか見たことがないモンスターもそれなりにいる。ボクとしてはあの【岩竜バサルモス】が岩に擬態しているところを見られたのが嬉しかった。本当に岩によく似ていて、あやうく一休みしようと腰掛けそうだったのをワカ旦那さんに止められて、気づかれないようにそっと素通りしたぐらいだ。
 生息しているモンスターの分布や鉱石をピッケルで削り取り、そこから地層の予測などに役立てるらしく、ボクはワカ旦那さん達の邪魔をするランポスはジャギィをできたての武器で追い払うのが主な仕事だった。けたたましい鳴き声が樹海中に響くまでは。

「どうやら何かが来たようだね、トラ君」
「うん」
「逃亡する手もあるけど、今回は無理そうだな」

 鳴き声を聞いたワカ旦那さんは交戦することにしたようだ。ライトボウガンの弾は装填済みなので、ゆっくりと下ろして構える。その先に大きな影が映り、羽ばたきと共に鳴き声の主が上空から降り立った。
 全身が真紫の鳥のモンスター、【黒狼鳥イャンガルルガ】。古い傷も新しい傷もある、常にあちこちで暴れ回る凶暴なモンスターだ。臆病なイャンクックなら少し戦えば逃げ出してしまうのでそれで十分なのだけれど、今回の相手は逆にこちらを逃がしてくれそうにはない。

「……イャンガルルガか」
「大丈夫ですニャ? ワカ旦那さん」
「いや、なんでもない。大丈夫」

 兜で目は隠れていたけれど、ワカ旦那さんから何かを悲しむような気配を感じ取ったのでつい聞いてしまった。確かチコ村に来る前まで使っていた防具がイャンガルルガのものだったから、ガララアジャラと同じく狩り慣れたライバルだと思っていたのだけれど。

「今回は遠距離から攻撃する。ナコはおっちゃんとトラのサポートを頼むぞ」
「わかりましたニャ!」

 ワカ旦那さんの指示に従い、既に武器を抜いて走り出したハビエルさんとトラフズクさんを追いかける。イャンガルルガの振り回す尻尾を伏せてかわしながら舞うように攻撃をしかけるトラフズクさんは双剣を両手に持っていた。逆手に握っているように見えたけれど、こちらの方が斬りつけやすいのだろうか。新しい武器と戦い方に見とれてしまいそうだけど今は命の奪い合いをしているところだ、余所見は禁物。
 イャンガルルガとは何回か戦ったことがあった。好戦的な性格から動きはアグレッシブで、とても素早い。気を付けつつ攻撃を繰り出していると、ワカ旦那さんが撃ったらしい弾が遠くからチュイン、と音を立ててイャンガルルガの翼を撃ち抜いていた。当たった箇所から煙が少し出ていたのが気になるけれど、頭はハビエルさんが狙っているし足下はトラフズクさんが攻撃しているから誰も狙っていない箇所を遠くから狙ったのだろうか。
 四方八方からの攻撃はモンスターにとってさぞかし脅威だろう。その分こちらもお互いを意識しなければ武器が当たってしまい隙が生まれてしまうので、経験と信頼関係からできる連携攻撃だ。ハビエルさんの長いスラッシュアックスはイャンガルルガに必ず命中させ、トラフズクさんもハビエルさんの攻撃範囲に近づくとわかると軽い身のこなしで距離を空ける。

「ハビエル、下がって」

 突然トラフズクさんがそう言いながら地面を強く蹴り、蔦の天井に掴まるとそのまま勢いづけて跳躍した。とてつもない身体能力だと驚かされる。まるで野生児みたいだ、とも。
 トラフズクさんはそのままイャンガルルガの背中に跨り、片手でたてがみにしがみつつもう片方の手に握っていた双剣を突き刺した。背中への攻撃にイャンガルルガも暴れて振り落とそうとするけれど、トラフズクさんも必死に食らいつく。
 下手に刺激を与えて更にイャンガルルガを暴れさせるのは危険なので様子を伺っていると、背後からワカ旦那さんの声が聞こえてハッと振り返った。

「このっ、離れろ!」

 一人距離をおいていたのが災いしたのか、数匹のランポスがワカ旦那さんの攻撃の邪魔をしていた。小型モンスターの力は大型モンスターに比べれば大した威力ではないものの、それでも攻撃を封じられてしまうのは非常に厄介だ。
 しかも弾は無限でないのでライトボウガンで殴りつけるのが精一杯の抵抗だったけれど、狩猟笛とは違い殴る武器ではないのであまり効き目が無い。

「ワカ旦那さん!」
「ごめん、ナコ。この武器、小型モンスターの掃除は難しいな」

 すぐにワカ旦那さんの元に飛び込んで邪魔をしていたランポスを追い払うと、ワカ旦那さんはすぐに弾の装填を始めた。再び狙いをイャンガルルガに向けながら何かの弾の残り数を数え、『よし』と小さく呟く。

「計算上でいけば、次でいけるはずだ」

 何の計算をしているのだろう、と思っていると同時に乗り勝負にトラフズクさんが競り勝ってイャンガルルガが倒れ込むのが見えた。すぐさまハビエルさんが追撃を与え、クチバシに大きなヒビが入る。

「二人とも、離れてくれ!」

 そう言うと同時にワカ旦那さんが放った弾はイャンガルルガに命中し、痛みに暴れていたイャンガルルガの動きが突然鈍くなった。緩やかに動きを遅くした翼はやがて止まって、ヒビの入ったクチバシから寝息が漏れる。眠っているようだ。

「よし、成功だな。もう捕獲しても大丈夫だ」

 ライトボウガンを背負うとてきぱきとイャンガルルガのお腹の下にシビレ罠を設置し、捕獲玉で更に深い眠りに落とすワカ旦那さんの手際の良さにトラフズクさんは何事かと眺めている。イャンガルルガのように怒濤の攻撃を仕掛けていたトラフズクさんは、補助を中心に動くワカ旦那さんとは狩りにおける立ち回りも正反対なんだなと思う。

「【睡眠弾】かい、ワカ君」
「その通り。このボウガンじゃ睡眠弾しか撃てないけど、ボウガンによっては麻痺させたり毒にさせたり様々な弾が撃てる。狩猟笛とは違うサポートができるんだ」
「へえ、すごいな」
「だけどモンスターによって耐性が異なる。ボウガンは知識も一つの重要な武器だ、まだまだ俺も勉強不足だけどな」

 ぐうぐうと眠るイャンガルルガの頭上で二人が会話をしていたけれど、トラフズクさんだけは一人遠い空を見つめている。じっと、何かを感じ取るかのように。

「どうかしたんですニャ?」
「……来る」
「何がですニャ?」
「大きな、敵」

 イャンガルルガの捕獲を確認して仕舞った双剣を再び抜き、空の一転を睨みつけるトラフズクさんに気づいた二人も駆け寄る。二人には何も感じられない、ボクも何もわからないけれどトラフズクさんは野生の勘で不吉なものを感じ取っていた。

「……あれは!?」

 目を凝らしたワカ旦那さんが叫ぶ。やがて見えてきた影が先ほどのイャンガルルガと同じく大きな音を立てて着陸した。白い鱗に、大きな翼。頭からは黒い角が生えていた。距離があるせいかボクらに気づいていないようだ。

「【天廻龍シャガルマガラ】……ん? なんだ、あの個体」

 背負っているブリザードカノンに手を添えつつもワカ旦那さんはどこかを凝視しているようで、武器を構える気配は無い。あのモンスターの気になるところ?ボクも同じく初めて見るシャガルマガラとやらを眺めて気づく。

「角が、片方変ですニャ」
「ああ。ハンターと戦って折れたようには見えないな」

 二本の角は左右非対称で、片方が途中から折れてしまっていた。だけどそれは斬られたようにも叩き壊されたようにも見えず、細いながらも先は尖っていて成長が遅れているかのようだ。

「どこかで破壊された角が時間を経て修復しようとしているのか? 古龍だからこそできる芸当なのかもしれないな。奴も古龍の一種だし」

 興味深そうに様子を伺うワカ旦那さんは、ハンターじゃなかったら学者になっていたのかもしれないと思える。今もどんどんモンスターや植物、更にボウガンの弾など様々な知識を蓄えているみたいだから。

「ハビエル!」

 そんなのんきな思考をトラフズクさんの悲鳴が引き裂いた。何事かと振り返ると、呆然と立ち尽くして動かなくなっているハビエルさんの両腕を掴んで揺さぶるトラフズクさんの姿があった。顔を青ざめさせてじっとシャガルマガラを見つめているハビエルさんは、心ここにあらずといった感じだ。

「おっちゃん?」
「…………。」

 ワカ旦那さんも心配そうにハビエルさんを見上げたけれど、口元がわずかに動いているだけでそこからは何も聞こえない。けれど突然動き出したと思ったらシャガルマガラ目掛けて駆け出そうとしたので、反射的にワカ旦那さんが腕を掴んだ。その力の強さにワカ旦那さんの顔が歪む。

「おっちゃん! どうしたんだ、おっちゃん!?」
「…………!」

 ハビエルさんの様子がおかしい。歯を食いしばり、シャガルマガラを睨み続けている。右手はスラッシュアックスに手を伸ばして抜刀寸前だし、ワカ旦那さんが必死に止めている左腕も、離してほしいと言わんばかりに力比べをしていた。

「くっ、おっちゃん、どうしたんだよ……!」

 狩猟笛を扱うワカ旦那さんの腕力はかなりのものだけど、剣と斧2つの武器をしまい込んでいるスラッシュアックスを使う上に元々の体格もあってハビエルさんの腕力はそれ以上だ。これ以上は危険だと悟ったのか、空いていた左手でポーチから白い玉を取り出すと地面に強く叩きつけつつ必死に食い止めた。

「駄目だ、おっちゃん! そんな、そんな状態であいつと真っ向から戦えるはずが無い!」
「ハビエル、だめ!」

 立ちはだかるようにハビエルさんの目の前にトラフズクさんが両手を広げる。ワカ旦那さんが投げつけたのは煙玉だったようで、もうもうと煙が立ちこめる。これでシャガルマガラから騒ぎ立てる自分たちを視界から一時的に隠すつもりみたいだ。

「ハビエル……。」

 ハビエルさんの目線は、トラフズクさんの奥にいるシャガルマガラへ向けられたままだ。不安のあまりか細くなったトラフズクさんの声にようやく反応したのか、ワカ旦那さんが必死に掴んでいた腕の力が緩んだ。その隙を狙ってもう一度話しかける。

「おっちゃん、撤退するんだ。ここら辺の調査はあらかた済んだし、モンスターも捕獲している。それにあいつはここで今すぐ狩る相手じゃない、まずはギルドに報告を上げるべきだ。戦うにも俺の手持ちはほとんど尽きている。頼むよおっちゃん、今は退こう」
「…………。」
「ワカ。あいつ、近づいてくる」
「わかった。さあ、早く」

 説得に応じてくれたハビエルさんは、黙って頷く。煙玉も万能ではなく時間が経てば煙は消えてしまうし、近づきすぎればボクらの姿も見えてしまう。ドシドシと歩いている音が近づいてきたので、慌てて立ち去った。
 ここまでくれば大丈夫だろう、と思えるほど距離をあけたところでイャンガルルガの断末魔がいきなり樹海中に響く。潰れたような鈍い鳴き声に、ワカ旦那さんも顔を青ざめて振り返った。

「どうして……。」
「ワカ旦那さん?」
「古龍が、捕食なんて」
「…………。」

 先ほどの鳴き声からワカ旦那さんは何が起きたのか理解したみたいだ。シャガルマガラがあの時ボクらに近づいていたのは、イャンガルルガの血の臭いをたどっていたのだろうか。捕獲したのに食べられてしまっては、報告しようが無さそうだ。それよりも見慣れないモンスターの出現の報告が重要になるだろう。



 その後調査ルートの先にある荷車を見つけたボクらはすぐに乗り込んでバルバレへ戻ったけれど、その間誰も一言も喋ることは無かった。
 シャガルマガラを見てから様子のおかしいハビエルさん、ハビエルさんを心配そうに見ているトラフズクさん、そして無言で床を見つめて座ったままのワカ旦那さん。
 どうして、こんなことになってしまったのだろう。ボクも不安で胸が押しつぶされそうだった。
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