狩人話譚

□ 銀白色の奇士[3] □

第29話 そして、結成 後編

 エリア2から鬱蒼とした森が広がる秘境へ入ったリュカたちは、忙しなく調査をするイリスの背を守りながら辺りを見回す。
 抜け落ちた毛やフンで、どんなモンスターがここを通ったのか知ることが可能だ。木が生い茂るこの森は、ケルビやポポといった小型モンスターの棲み処となっている。現時点で、このエリアに大きな変化は見られないとイリスは判断を下した。

「この先の川沿いも調べてみましょう」

 書士隊員の言葉に従い、森を抜けて川の流れる開けた場所へ。川の向こう岸は壁があるだけだが、異変に気がついたのはナレイアーナだった。

「あっちの壁って、穴なんてあったかしら?」
「穴ですか? ……いえ、向こう岸に目立ったものは無かったはずです」

 その穴は人が立って通れる高さで奥まで続いているようだ。イリスが手帳を開き地形をスケッチしているページを見るが、そこには高くそびえ立つ氷の壁しか描かれていない。

「あんなの調べないわけにはいかねぇよな」
「気を付けて兄さん。モンスターの巣かもしれない」
「わかってるよ、行くぜイアーナ」

 川から顔を覗かせている岩を渡り歩き、洞窟の入口に立つ。傍には氷が散乱していて、この壁が崩れたことで洞窟が露わになったのだろうかと全員が思う。
 ナレイアーナが臭いを嗅ぐも、モンスターの気配は無い。たいまつに火を灯すとイリスを間に立たせるように護衛ハンターが並び、洞窟へ進入した。

「ここは……巣っぽいわね。前に見たウルクちゃんの巣みたいに、こんなにも広い」

 ナレイアーナが天井を見上げる。中はドーム状に広がっており、高さも十メートル程。中型モンスターなら群れで暮らせそうだ。周囲を見回して何かを見つけたイリスが呟く。

「もしかしたら、この巣は」
「ん? どうした」
「イララの巣だったのかも」

 イリスが見つめる先にあったのは、自然と落ちた紫色の撥水甲。更に少し離れた場所には朽ちたケルビの死骸もある。

「啄ばむように肉が千切られているのは、ガララアジャラの嘴によるものです。加えてこの広さ……最大金冠級と推測されていたイララが暮らすのに適しています」
「イララの巣か……あいつ、ここで寝泊まりしてたんだな。なんかこう、寂しい感じがするぜ」

 それはまるでユゥラの部屋を訪れた時の感覚に似ていた。あの部屋にはまだ二人分のベッドがあり、ディーンの私物も多く残されている。古文書の解析の資料に活用するためだが、ユゥラの心の支えでもあるだろう。

「兄さん、私……最近氷海でモンスターの縄張り争いが激化しているのは、イララが死んだからではないかと思うの」
「あいつが? どうしてだ」
「イララは、相当な実力を持ったモンスターだった。そして氷海のパワーバランスの上位に立ち、均衡を保っていたんじゃないかって」
「あの子が死んじゃったから、縄張りを広げようと色んな子たちが大暴れしてるってことね」
「イララは成体に近い巨体でしたが、まだ若い個体だったそうです。そんなモンスターがこの氷海を支えていたのなら、本当に残念です」

 現実を表すかのように、イリスが持ち上げた撥水甲の欠片はボロボロと崩れ落ちていく。狂竜ウイルスにもがき苦しんで息絶えた最期の姿が、否が応にも思い出された。

「つーことはよイリス、この事態はどうしたら落ち着くんだ?」
「これは自然の成り行き、私たちが下手に手を出してはいけない。被害が大きくなりそうな時は撃退または捕獲するくらいしかなさそう」
「ひとまず報告できそうな収穫はあったわね。ねぇ、この巣はどうするの?」
「このままにします。そのうち他のモンスターの棲み処になるでしょうから」

 イララの巣を出て、振り返る。今まで書士隊の目を欺いていた洞窟の入口のギミックを、イリスは彼女なりに推測した。

「川の石や撥水甲で入口を隠していたのかもしれません。水のブレスで凍らせて他のモンスターの進入も防ぐこともできますし。壁は定期的にイララが補強を行っていたので、時間の経過により崩落した可能性が高いと思います」
「なるほどね。やっぱり賢かったわ、あの子」
「今日はもう少し奥まで行きたいです。護衛をお願いします」
「おう。あんまり張り切りすぎんなよ」

 久しぶりの調査にイリスも多くを調べようと躍起だ。その妹の背をしっかりと支えるべく、兄は隣に立ち更に奥地へ向かった。



 一方エリア8、ネコの巣にたどり着いたカゲは辺りを見回す。エリア5に抜ける道しか無いはずなのに、どこから秘境へ行くのかと思っているとワカとモーナコは寒風に抗いながら川沿いの岩を渡り、地図から外れた方角へ進んで行く。

「足を滑らせないよう気を付けてくれ」
「心配ご無用、身のこなしには自信があるんだから」
「さすがですニャ、カゲさん」

 苦もなく追いついたカゲにワカは手招きをする。飛んだ程度では越えられない高さの壁には一定の距離を置いて何本もの鉱石の棒が突き刺さっていて、これに足をかけて登るようだ。
 モーナコを背負って先に向かったワカに倣い壁を登りきったカゲの目前に広がっていたのは、木製の細い橋。人が一人通るので精一杯の、頼りない印象を受ける。下は先ほど渡った川が流れており、足を滑らせたら冷たい川へ入水することになるだろう。

「見た目はちょっとボロボロだけど、ユクモの重木を使用しているから案外頑丈なんだ」
「念のため一人ずつ渡っていますニャ」
「この橋、君が造ったの?」
「リュカが造ったらしい。今のところ壊れたことは無いぞ」

 ゆっくりと橋を渡り、洞窟へ。中は薄暗いため、ワカがたいまつに火を灯して冷たそうな青い壁を照らす。

「地図によると、ここを抜けた先は凍土の秘境なんだ。とは言え広い秘境の隅っこだし、相当歩かないと凍土の狩猟範囲に入れそうにないけどな」

 長い洞窟を抜けると、雪化粧を施された木々が道を塞ぐようにあちこちに生えている。一部だけ木を切り倒した箇所があり、ここを抜けて先へ進むようだ。
 辺りを見回しながら歩いていると、カゲがぽつりとワカの背に声をかけた。

「【アンナ】ってギルドナイト、知ってる?」
「……知っている。それがどうかしたか」
「モーナコを書士隊側に配属するよう指示したのはあの人だ。リククワに過去に関わった人が居ると聞いたけど、それは君とモーナコの事だったんだね」

 足を止め、ワカが振り返る。書類に目を通していたワカの微かな変化をカゲは見抜いていた。そして、この男になら打ち明けても大丈夫だと確信を持って伝える。

「あの人、僕らの事を“曰く付き”と言ったんだ。皆……何か事情を隠してる。君も、そうなの?」
「…………その言葉、そっくりお前に返すよ」
「……!」

 思わずカゲがマゼンタの瞳を開いてしまうが、相変わらずワカの金の瞳は沈黙している。何も語らない目に代わり、ワカが白い息と共に少しだけ過去を吐き出した。

「あの男は、俺を助けてくれた恩人だ。もし見つけてもらえていなかったら、俺は村と一緒に死んでいただろうな」
「……そう、だったんだ」
「最近、思い出したことがある。寒さと悲しみで倒れて動けなくなっていた時、温かい風を感じたんだ。冷たくない、妙な風だった。その風を受けたのが、故郷での最後の記憶だ」
「風……不思議な話ですニャ」
「アンナのことは、俺も詳しく知らない。あまり深く関わらない方がいいとは思うけどな。面倒事に巻き込まれそうだから」

 調査に戻ろうとワカが前を向こうとしたが、カゲが遠くを見つめたまま動かないので首を傾げる。険しい表情を崩さないカゲは、遠くで聞こえた何かの音を拾っていた。

「鈍器で殴るような衝撃音、モンスターの悲鳴……誰かが、モンスターを」
「ハンターですかニャ?」
「ハンターであれば尚更まずい。狩猟範囲外で狩猟を行うのは密猟と同じだ。カゲ、音はどこから」
「こっち。少し距離はあるけど、走ればすぐだよ」

 木々の生えていない歩きやすい足場を選びながらも、確実に音の聞こえた方角へ向かっていく。数分ほど駆けて行くと開けた場所に抜け、大猪ドスファンゴがひっくり返った体勢で死んでいた。
 辺りはとても血生臭く、原因はドスファンゴの頭部にあった。二本の牙は根本から欠け、頭部を覆っていた白い毛は血でべっとりと赤く染まっている。頭部はとても見れたものではなく、無惨な姿に空気が一層しんと冷えた。

「ひ、ひどいですニャ」
「これはまさか、頭蓋潰しの仕業?」
「まだ体が温かい。この辺にいる可能性が高いな。こんなこと、絶対に許されない」

 不気味なハンターの存在を感じながら、ドスファンゴの死骸に触れたワカの手が怒りに震える。足下には落とし穴の形跡があり、動きを封じた上で徹底的に頭部を破壊したのだろう。なんて惨いことをしたものだと三人は憤慨する。
 雪はしんしんと降っているが、頭蓋潰しのものと見られる足跡は残されていた。足跡をたどっていくと、禍々しい布で覆われた装備を身に着けた男の後ろ姿が見え、カゲが一気に速度を上げて飛びかかった。
 足音を消して接近したにも関わらず、背後の気配に気付いた男は振り返るとカゲの伸ばした腕を掴む。ハンマーを使うだけあって腕力はかなりのもののようで、カゲは腕を振りほどくことができない。
 しかし、この至近距離なら男の目を視ることができる。赤紫の瞳がデスギアゲヒルに隠された濁った青い瞳を覗くが、視えたのは月明かりの無い夜のような暗闇だけだった。

(真っ暗で、何も視えない……心が無いの!?)

 漆黒の闇を視たカゲが狼狽する。その隙に男はカゲの腕を引くと肩に乗せ背負い投げの構えをとったが、直前に飛び上がったクレハが男の眼前を舞ったことで手元が狂い、カゲは地面ではなく宙に投げ出された。空中で体を捻ると足から着地し、体勢を整える。

「有難う、紅羽。……その投げ技、ギルドナイトが使う型なんだけどどういうことかな? 不気味な狩人さん」
「…………。」
「この男に質問は無意味だ。三人で囲むぞ!」

 ワカが腰に装着していたロープを手に取る。人間を捕縛するために使いたくないが、今は凶行に走るハンターを止めることに最適な道具だ。
 カゲとモーナコが男を左右から挟むように移動し、ワカが駆け出すのを合図に二人も飛びかかった。その瞬間、男が足下に煙玉をぶつけ視界を真っ白に染められる。

「ニャウッ!?」
「紅羽、風を起こして!」

 クレハが舞い上がり、六枚の羽を大きく動かす。大型モンスターの起こす風圧のように強烈なものではないが、何度も羽ばたくことで煙をかき消した。

「……また逃げられた。何なんだろ、アイツ……あれ? 二人ともどうしたの!?」

 返事が無いことに気付いたカゲが振り返ると、ワカとモーナコが地面に倒れていた。驚いて駆け寄り、体を揺するが反応は無い。
 頬面で口元を覆っている自分は煙を吸わずに済んだが、この二人は体内に取り込んでしまったようだ。毒が含まれていたのなら緊急事態だと思い、慌てて傍にいたモーナコの脈拍を測る。

(脈拍は正常。苦しんでる様子も無い。ということは、睡眠状態かな)

 モーナコの柔らかい毛に覆われた頬を手加減してつねると、丸い瞳がパチリと開く。瞬きを繰り返していたが、やがて主の異変に気づき体を揺する。
 静かな寝息を立てて眠るワカの様子にモーナコはひどく困ったような顔をしたが、安心させるようにカゲが現状を説明した。

「恐らくネムリ草を混ぜたけむり玉の煙を吸って眠っただけだよ。さて、どうやって起こしてやろうかな」
「ワカ旦那さんの眠りはとても深いんですニャ。ほっぺたをつねったぐらいじゃ起きませんニャ」
「耳元で大声を出したり針で突いても?」
「簡単には起きてくれませんニャ」
「眠狗竜と絶対に遭っちゃ駄目だね。それじゃあ、奥の手だ」

 ワカの右腕を取ると、肘を曲げて『この辺かな』と言いながら腕の一点を狙って力強く押した。すると全身がビクリと跳ねあがり、金色の目が開かれた。即座に右腕を見て、その後カゲとモーナコに視線を向ける。

「おはよう、ワカ」
「……何をした? 腕に激痛がはしったぞ」
「疲労回復のツボを押したんだ。ただ、痛みを伴うから本来はゆっくり押すんだけどね」
「すごいですニャ、何をされても起きないワカ旦那さんが起きましたニャ」
「狩人は痛覚に敏感だからね。的確に突けば肩こりに効くから、今度場所を教えてあげるよ」
「いや、遠慮しておく……起こしてくれてありがとう。けど、あいつには逃げられてしまったな」

 立ち上がり、周囲を見渡す。足跡は途中で茂みの中へ消えており、どこへ逃げたのか検討がつかない。

「地図の無い秘境を歩き回れるのは書士隊か護衛ハンターぐらいだ。あの男、一体何者なんだろうか」
「狩人なのは間違い無いけど、他の職業の特徴も兼ね備えてる。得体の知れない奴だね」
「早く捕まえないと、今度はもっと大きなモンスターが何も理由も無いのに狩られてしまいそうですニャ」

 モーナコの指摘にハンターたちも頷く。リククワ近辺で目撃した時はケルビ、今回はドスファンゴ。徐々に行動がエスカレートしているように見える。しかもギルドの依頼無しに行われる密猟であり、ギルドナイトのカゲにとって見逃すわけにはいかない。必ず裁かなくてはと強く思った。

「調査はこの辺で終了だな。向こうもそろそろ引き上げているだろう」
「了解ですニャ」

 ベースキャンプで合流したメンバーは、互いが得た情報を伝える。これらを報告書としてギルドへ提出するため、話し合いはリククワに到着してからも行われた。
 その夜、一度深い睡眠に落ちたことでなかなか寝付けないワカはベッドの上でひたすらエイドが教えてくれたムーファを数え、どうにか夢の世界へ旅立ったらしい。
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