狩人話譚

□ 銀白色の奇士[3] □

第29話 そして、結成 前編

 その日、リククワは商人アルから多くのものを受け取った。日用品の他、丁寧に梱包された抗竜石、そして新たな住人が加わる通達。
 ムロソたちが作り上げた新しい部屋にその住人を案内し、新たに編成されたハンター四人が揃い踏みする。リュカが薪を暖炉に放り込みながら背後に立つ人物に声をかけた。

「マジか、まさかお前が四人目のハンターになるなんてな」
「何度も顔合わせしてる人の方が組みやすいし、アタシは大歓迎。ワカもそう思うでしょ?」
「もちろんだ。お前が力になってくれるのなら、とても頼もしいよ」
「有難う。改めて、宜しくね。ここには居ない雪森も」

 お辞儀をした紅の髪が揺れる。迎え入れられたのは、以前からリククワを定期的に訪れ見守ってきたギルドナイトの一人、カゲ。ギルドの命によって、カゲはリククワの一員として書士隊を護衛する立場へ変わった。
 オトモアイルーのユキモリも、この拠点の住人となる。今はシフレやアイたちとモーナコのお見舞いに向かっているが、住人が増えたリククワは賑やかさを増すだろう。
 彼には従者の如く常に寄り添う二人のハンターがいたことを思い出し、彼らのその後が気にかかったワカが尋ねた。

「お前がここに定住するのなら、一緒にいた二人はどうなるんだ?」
「恭と美月は別の任務を与えられた。でも二人ともリククワが好きだから、その内顔を出したいって言っていたよ」
「村を気に入ってくれたなんて嬉しいわ。たまに来てくれるなら、アンタも寂しくないわね」
「そうだね、レイア。僕らは三人で任務を行う事が多かったから」
「……“レイア”? イアーナのことか?」

 会話の中に聞き慣れない呼び名が入ったので、思わずリュカが聞き返す。そうだよ、とカゲは何の気なしに答えたが、ナレイアーナは複雑そうな笑みを浮かべた。

「皆“イアーナ”って呼ぶけど、ワカは“ナナちゃん”って呼ぶでしょ? だから僕も対抗して違う愛称を使ってみたいなと思って。……嫌だった?」
「そんなことは無いわ。好きに呼んでいいわよ」
「ありがと!」
(……たまたま、よね)

 にこりと笑うカゲからは悪意は感じられない。そもそもカゲが心を読みとるというマゼンタの瞳を自分に向けたことが無いのだから、単なる偶然だろう。ナレイアーナはざわついた己の心を落ち着かせた。

「あとね、僕の猟虫も紹介しておくよ。シナトオオモミジの【紅羽クレハ】。これからあちこち飛び回るけど、間違って攻撃しないでね。この子もそう簡単にはぶつからないと思うけど」

 話しながら左腕をそっと上げると、クレハが腕から離れて辺りを飛び交う。初めて訪れた場所に興味があるのだろう。そして、主以外の人間にも。
 六枚の紅の羽を小刻みに揺らしながらしばらく空中を旋回していたが、疲れたのか近くにいた人間の腕に止まろうと高度を下げる。ところが、相手が驚いて腕を上げて避けたため仕方なくカゲの左腕に戻った。思わぬ行動をとった人物に、全員の視線が集中した。

「なんだよワカ、猟虫にビビるなんてらしくねぇな」
「や、その……ちょっと、虫は」
「もしかして、アンタ虫が苦手なの? あっ、前にモーナコがアンタの苦手なものを言いかけた時のあれって」
「へえ、そうなんだ。君の恋人は操虫棍の使い手だというのにね」
「……情けないと思うだろう? チコ村にいた頃に原生林で狩猟笛の素材となる虫を採取しようとして、誤って握り潰してしまったんだ。手の平でグチャグチャになったキラビートルは今でも忘れられない」

 右手を開いてじっと見つめながら話すワカの表情は重く、周りが思っている以上に衝撃的でトラウマになった出来事のようだ。似た経験をよく体験しているリュカは、やや引きつった顔で同情した。

「うわぁ……お前でもそんなヘマするんだな」
「狩猟の時は恐怖心を振り払えるけど、そうでない時はちょっと、な。カゲ、クレハの餌はお前が用意してくれ」
「さてはエキスを調合したら匂いが体に纏わりついて、虫を引き寄せた事でも?」
「わかっているなら話は早い、頼むよ」
「しょうがないなあ」

 男性陣の会話を聞きながら、ナレイアーナは気になっていた箱を手に取る。アルも丁寧に持ち運んでいた大事なもの。それが何か理解した彼女は、そっと蓋を開けた。

「これが抗竜石……不思議な色ね」
「リンフィのやつ、しっかり仕事してくれたんだな。助かるぜ」

 敷き詰められた木の葉のクッションに包まれていたのは三つの抗竜石。赤、空、橙の三色がそれぞれ白と混ざり合った淡い色合いをしている。

「手紙が入ってる。読むぞ」

 中に収められていた二通の手紙に気が付いたワカが、初めに読むよう指示されているものを広げると力強くも丁寧な筆跡で書かれた文章を読み始めた。

「“金獅子討伐依頼の協力、感謝する。こちらからも、できる限りの支援をさせてもらった。需要の高い【心撃】は入手できず、【剛撃】【属撃】【耐衝】が限界だった。各々の役割を考慮した上で、うまく使い分けてほしい。リククワに住まう者たちの未来が輝くよう、健闘を祈る。”」
「こんなに種類があるのね、色とりどりで綺麗」
「僕が持っているのは心撃だから、全種類の抗竜石がここに揃ったことになる。役割か……確かに考えた方が良いね」

 ワカが手紙の朗読をやめたのは抗竜石に目をやったこともあるが、もう一通は自分宛だったためだ。黙読し、思いがけない文面を声に出す。

「【雪山草】を入れたから、モーナコに……」
「この白っぽい草じゃねえか? ご丁寧に束ねてあるぜ」

 木の葉に紛れた色素の薄い草を見つけたリュカが拾い上げる。雪山草はその名の通り、雪山で採れる滋養にいい薬草だ。モーナコの容態を知り、忍ばせてくれたのだろう。
 ワカはありがとう、と手紙の主に呟くと雪山草を手にした。そしてもう一枚重なっていた便せんを見るが、そこに書かれていたのは文字ではなく絵だった。ナレイアーナとリュカが挟む込むように覗き、首を傾げる。

「何の図かしらね? 色も付けられているけど、アタシにはわからないわ」
「オレもだ。線もふにゃふにゃだし、リンフィが描いたってんなら、お絵描きの才能は無いみてぇだな」
「……きっと大事な情報を書き記してくれているんだ。これは後で考えてみるよ」

 自分宛の手紙をワカがしまっていると、カゲが抗竜石の箱に手を伸ばし本題に移る。リンフィが書いた『役割分担』についてだ。

「それじゃ、この抗竜石の分担を決めようか」
「剛撃の効果はリンフィから聞いたけどよ、他のはわからねぇ。カゲ、お前知ってるか」
「勿論。属撃は武器に宿る属性の威力を高め、耐衝は狂竜化モンスターからの打撃を軽減させる。誰がどれを持つかだけど……こうすると良いんじゃないかな」

 赤色の剛撃をナレイアーナ、橙色の耐衝をワカに手渡す。そしてカゲは自身の持っていた紫色の心撃をリュカに渡し、箱に残された最後の一つ、空色の属撃を手中に収めた。

「いいのかよ、カゲ。この心撃が一番役立つんだろ?」
「属撃を一番効果的に使えるのは僕だ。僕の武器はどのモンスターにも大体通じる毒属性だからね。遠距離から確実に弱点を狙えるレイアには剛撃、皆の生命線となるワカには生存率を高める耐衝。リュカ、君は最もモンスターに接近して戦わなくちゃいけない。だから、どこに攻撃が当たっても弾かれない心撃が適役だよ。大切に使ってね」
「いい案だな。俺もこの分担が最も効率的だと思う」

 それぞれが持つ抗竜石に目を向ける。新たに結成したリククワのハンターに授けられた四つの抗竜石。カゲがそっと握り拳を突き出す。他の三人も倣い、四つの拳が絆を結ぶように軽くぶつかり合った。

「僕らは別々の土地から招集されて、このリククワで揃った。それが如何なる経緯だったとしても、ここで出会う運命だったのかもしれない」
「…………。」

 紡いだ『運命』という言葉を聞いたワカが視線を落としたが、カゲは構わずに続ける。

「僕たちは不思議な縁で結ばれた“奇士きし”なんだ。……そうだね、身に着けている装備の色から準えて、【銀白色ぎんはくしょく奇士きし】ってところかな」
「キシだぁ? オレらはハンターであって、ナイトじゃねえぞ」
「その“騎士”じゃないんだけどな。ワカ、君なら理解しているよね?」
「……ああ」

 間を置いて視線を戻したワカが答える。怪訝な表情から、用いられた単語が誉め言葉ではないことをリュカたちは直感する。

「奇士とは優秀な者のことだ。だけど“変わり者”という意味もある。カゲ、お前は俺たちを“並外れた器量を持った風変わりなハンター”と称したいのか?」
「妹を大事に思うあまり過保護になっている狩人に、モンスターが好き過ぎて討伐しちゃう狩人、そしてたった今、虫が嫌いだと判明した狩人兼書士隊見習い。僕は弱冠十六歳でこの役職、優れているけど変わってるでしょ」
「自分だけマシな言い方してるわね」
「あはは! そうかなー」
「お前なぁ……」

 リュカが呆れて頭を掻く。モーナコに代わって参入したこの四人目のハンターは、かなりのマイペースなようだ。だが頭の回転の早さは本物で、頼りになることは確か。存分に活躍してくれるだろう。

「それから、モーナコについてだけどね」
「ナコがどうかしたか?」
「護衛には今後参加しないことになっているけど、彼のオトモアイルーとしての能力がギルドから高く評価されたんだ。それで、書士隊と一緒に調査員として活動したらどうかって打診が来ているんだ」
「そうか、…………。」

 ギルドから渡された書類をワカに見せる。カゲの言った通りの文面の最下部に書かれている提案者の名前を見て一瞬だけ眉を寄せたが、何も無かったかのように書類を返し、ワカは全員を一瞥する。

「ひとまず、挨拶はこれくらいにしておくか。そろそろ夕飯の時間だ」
「あの美味しい料理をこれから毎日食べられるのか、嬉しいな」
「しっかり働いたらね。アンタも村の住人なんだから、手伝いもしてもらわないと」
「ええー、僕重たいもの運べないよ」
「操虫棍を振り回しておいて、そんな見え見えの嘘を吐くんじゃねぇよ!」

 その夜はカゲを歓迎するためか、東国風の料理が並べられた。リククワの者たちは普段とは違う料理に、迎え入れられたカゲは懐かしさに舌鼓を打った。



 数日後、リククワの入口でルメッサ装備を身に着けたワカの隣にモーナコが立っていた。マフモフネコ装備を着込んだ姿はしゃんとしており、数週間前に死の淵を彷徨っていたとは思えない快復ぶりを見せている。

「良かった、元気になって。やっぱりモーナコはワカの隣が一番よ」
「心配をかけてすみませんでしたニャ。ボクはもう大丈夫ですニャ」

 身を屈めて微笑むナレイアーナにモーナコが深々と頭を下げた。そんなことしなくていいわよ、と言いながら頭を撫でると隣から一回り大きな手が乗る。

「別行動になることが増えちまうけど、これからも力になってくれるのはありがたいぜ」
「リュカの言う通りだ。お前の居場所はここだ、ナコ」
「ありがとうございますニャ」

 ニャフ、といつも見せていた笑みがこぼれリククワの者たちも安堵した。この笑顔を失わずに済んで本当に良かった、と。
 セルレギオスの襲来以降氷海の調査は中断されていたが、モーナコも含め全員の復帰を認められた書士隊と護衛ハンターは数週間ぶりに向かう。移動中に今後の予定をイリスが説明する。

「極限状態のセルレギオスが去ってから、度々大型モンスターが出現し多くのハンターが討伐に駆り出されました。そのおかげで現在の環境は安定しています。今のうちに調査を進めましょう」

 一ヶ月もしない間に、氷海は姿を変えたようだ。その異変の原因、そして解決方法を探るのが今回の目的だ。

「イリスちゃんはリュカとナナちゃんと一緒に。カゲ、お前は俺とナコとチームを組むぞ」
「了解、しっかり護衛させてもらうよ」
「気を付けてくださいね、カゲさん」
「有難う、イリス」
「リュカ、眉間に皺が寄ってるわよ」
「……うっせぇ」

 年齢が近いこともあってか、カゲはイリスとも打ち解けてた。同性のナレイアーナやリッシュは構わないようだが、ワカやカゲが最愛の妹の傍にいるのはどうも気に食わないらしい。

「酷い顔してるよ? あっ、元から険悪な顔つきだっけ」
「目つきが悪いのは生まれつきだ!」
「落ち着けリュカ、カゲも煽るな。調査する前から体力を消耗してどうする」
「はーい、大人しくしてまーす」
「くそっ、このガキ……」
「はいはい、実際アタシらより子どもなんだから、アンタもムキにならないの」

 騒ぎ立てる二人をワカとナレイアーナが諫め、船上は海風の音に包まれる。遠くから見る分には普段の氷海と変わらず、数日前まで大型モンスターが引っ切り無しに現れては縄張り争いを繰り返していたとは思えない。

「今回は秘境も調べる必要があるな。俺たちはエリア7方面を調べる、イリスちゃんはエリア2方面を頼む」
「わかりました。そちらの地形は危険なので気を付けてください」

 危険と聞いたカゲが驚いてワカに振り向く。進言したワカは至って緊張した様子も無い。隣のモーナコも同様だ。

「危険なんだ、僕らが向かう秘境って」
「そこそこ高い崖を登ったり、安定しない橋の上を渡る程度だぞ」
「いやあのね、じゅうぶん危険だよ」

 いくらギルドナイトといえど地図に無い不安定な地形を歩く経験は少ないようで、カゲはにが虫を潰したような顔をした。その反応にワカがくすりと笑う姿を見て、ひょっとしたら彼は弟のような存在ができて嬉しいのではとナレイアーナは思った。
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