狩人話譚

□ 銀白色の奇士[3] □

第28話 抗竜石を求めて 後編

 二の腕を地面に突き、独特の唸り声をあげて口から気光ビームが放たれる。標的にされたリンフィがそれをかわし、リュカが隙だらけのラージャンを背後から狙う。
 だが腕と比べて細身の脚に大剣が食い込むことは無く、強い反動と共に押し返された。思わぬ事態に動揺して叫ぶ。

「攻撃が通じるようになるんじゃなかったのかよ!?」
「極限状態になったラージャンの後ろ脚は硬化しているから、【心撃】の抗竜石でないと弾かれるよ。頭部と尻尾なら弾かれないで済む」
「早くそれを言えっての!」

 カゲが猟虫を飛ばしてラージャンを引きつけている間にリンフィがそっとリュカに情報を伝える。後出しであるものの突破口を教えてくれるのはありがたいが、部位を聞いて戸惑った。

「にしても、頭と尻尾かよ。角獅子野郎の前方はいくらなんでも危険すぎるだろ。尻尾は当てにくいし」
「アタシとカゲで奴をダウンさせる。そうしたらお得意の溜め斬りで角をへし折ってやればいい」

 そう言ってリンフィもラージャンに立ち向かう。剛腕がリンフィを狙うが、それを盾で受け流しつつ頭部へ剣を振りあげる。更に腹の下を滑って潜ると背後から十字に斬りつけた。

「危険だって言ったばかりなのに真っ向から突っ込んで行くとか、正気かよ」
「大胆奔放、剛毅果断。それがバルバレの英雄。リュカ、好機を逃さないでね」

 心撃の抗竜石を使った二人が慎重に攻撃をかわしながら反撃を繰り返すうちに再びラージャンの体が地に沈む。言われた通りリュカはチャンスを逃がすまいとラージャンの頭上に陣取り、狼牙大剣を握りしめて力を込めて振り下ろした。
 左角が音を立てて砕け、同時にもやが消し飛ぶ。黒い体毛ではわかりにくいが、ラージャンから放たれていたプレッシャーが和らいだ感覚がする。

「これで極限状態を解除できたってことか!」
「解除したところで弩級の金獅子であることには変わりないよ、気を付けて!」

 起きあがったラージャンの闘魂は燃え尽きておらず、三人から離れたと思いきや地面に腕を突っ込み、地中に眠っていた巨大な骨を掘り起こした。肋骨と思しきそれは、原生林のあちこちで見られる謎の超大型生物のものだろうか。
 長い骨は自分が防げても仲間を巻き込む可能性が高い。そのためエリア5の中心にある柱の陰に潜み身を守ろうとしたが、リンフィは退くこと無く真正面に立っている。どういうつもりなのかとカゲが叫んだ。

「燐飛、何してるの!? 防御を!」

 ラージャンが持ち上げていた巨大骨を投げつける。リンフィは盾を握っている右半身を軽く引いた。防御ではなく、何か攻撃を繰り出そうとするような構え。
 複雑な操作で青い炎を模した盾にブーストがかかり、高速回転を始める。その盾を前方に突き出して、同じく大きく回転する巨大骨に真っ向勝負を仕掛けた。

「……っおおおおおおお!!」

 ガリガリと火花が散る音にリンフィの雄々しい咆哮が乗り、巨大骨が真っ二つに砕けた。蒸気をあげながら盾の回転が止まり、剣と共に納める時には瓶のエネルギーのチャージも完了していた。避けずに破壊するという荒技にリュカたちは棒立ちになるが、すぐに柱の陰から飛び出し反撃に出る。
 その間にリンフィは再び盾を構え内側に何かの操作をした。キン、と高い音を立てて盾から大きな火花が起き、リュカとカゲの攻撃によりダウンしたラージャンの側に近づく。右腕を引き剣を握りしめると再び叫んだ。

「二人とも、離れな! これでおしまいにしてやるよ!」

 剣から赤色の光が放出されている光景を目の当たりにし、二人は即座に身を退く。その光は太刀よりも長く、大剣よりも厚みのある赤いエネルギーを纏った巨大な剣へ姿を変えた。

「どぉりゃああああああっ!!」

 声を張り上げ、体を傾けながら回転させて豪快に振り回す。赤い剣はラージャンの体、更には背後にあった石の柱をも貫く。右角が砕けラージャンが断末魔をあげる中、支えを失った柱は崩れ落ち、リンフィは背を向けてエネルギーが消失した剣を納めた。原生林に静寂が戻る。

「……なんだよ、今の。狩技か? 三連続でぶっ放すなんて常人じゃ真似できねぇよ」
「【チェインソーサー】、【オーバーリミット】、そして【エネルギーブレイド】。全部使いこなせるまではアタシも苦労したよ。まあそれはともかく、お疲れ! 目標は無事達成された、ありがとう」

 体に負担のかかる狩技を連続で、それも三種類も放ちながらも笑顔で答えるバルバレの英雄の実力にリュカは度肝を抜かれた。
 砕け散った巨大骨の残骸、倒壊した柱、ラージャンが掘り起こして荒れた地面。一帯はまるでゲネル・セルタスがアルセルタスの角を利用して大地を抉りながら突進を繰り返したかのような荒地と化した。凄まじい有様を眺めながら、カゲはやや呆れたようにリンフィを見やる。

「貴女一人で討伐したようなものだけどね」
「また狂竜化しそうだったから、慌てちまってさ。だけどアンタらのダメージもだいぶ入っていたし、ヘイズキャスターの毒で弱らせたのも大きかったよ」
「なるほど。ところで燐飛、約束は守ってくれるよね?」
「ああ、団長を通じてギルドに通達してみる。結構偉い立場の人だし、上の奴らを説得できると思うよ。もちろんアタシからも話をつける」
「サンキュー、リンフィ。これでオレたちも狂竜化モンスターと対等に殴り合えそうだぜ」

 借りていた抗竜石をリンフィに返し、チコ村に戻る。依頼の完了報告を聞いた村の住人とキャラバンは大喜びだ。
 宴を開くから参加しないかと村の人々に言われるも、遠く離れたリククワに戻るためにはすぐに船に乗らなくてはならない。村長からワカちゃんとモーナコちゃんによろしくねェ、と伝言を預かり、リュカたちはチコ村を後にした。



 それから数日後、リククワへ向かう商人アルの元へ狂竜ウイルス研究所から丁寧に包装された箱が届けられた。組織の名前からリククワのハンターたちのために用意されたものだと把握したアルは、荷物の中へしっかりと入れた。
 そろそろ出発しようか、そう考えていると誰かの話し声が聞こえた。ここはバルバレの郊外の森、こんな所に人がいるとは思わず、声の主を捜そうと音を立てずに歩きだす。
 話をしているのは二人、片方はやや声が高く女性か少年のようだが聞いたことがある気がする。引き続き忍び足で近づいていき、木々の隙間から見えた深紅の髪に予感が的中する。

(あれはシラトだ。隣にいるのはリュカ……いや、違うな)

 カゲと話している男は、リュカが愛用しているベリオXシリーズに身を包んでいた。だがリュカほどの体の厚みは無く、何より鎧を縁取る色が異なる。リュカは赤色だが、この男はデフォルトカラーの空色だ。
 ギルドナイトが郊外で秘密の会合とは、どういうつもりだろうか。アルは木に背を預けると目を閉じ、耳を澄ませる。聴覚に神経を集中させているうちに二人の会話が聞こえてきた。

「どうして僕が……?」
「君は選ばれたんだよ。“四人目”としてね」
「…………!」
「あの拠点に集められたハンターは皆“曰く付き”さ。君も仲間入りを果たしたってわけ」

 男は飄々とした雰囲気で話しているが、カゲの声色は強張り困惑しきっている。四人目、曰く付き。アルには何の話をしているのか予測がつかない。ややあって、カゲが動揺を振り切って声を荒らげた。

「何を知っているの!? 答えなくても視させてもらうよ!」

 視るという言葉からカゲが慧眼を使ったのだと思ったが、直後に悲鳴が森に響きアルは驚いて目を開けた。

「は、離して! 痛いっ……!」
「無闇に人の心を詮索するのは感心しないなぁ、カゲ君?」

 木々の隙間から見えたのは、男が片手で両目を覆うようにカゲの顔を掴んでいる姿だった。カゲは手を振り解こうと必死に抵抗しているが、男の腕力はよほどなのかびくともしない。
 このままではカゲが傷ついてしまう。同僚の窮地にアルは自らの身を省みずに飛び出したが、それよりも素早く男の元に立つ人物がいた。気配で正体がわかったカゲが慌てるように叫ぶ。

「駄目だよ、恭! この人は僕らの上司、それに僕らが敵う相手じゃない!」
「キョウ・ブシン……君を護衛するコンビの片割れだったね。ちょっとおふざけが過ぎたからお仕置きしただけさ、だからその物騒な武器を仕舞ってくれないかな?」
「…………。」
「恭、言う通りにして。僕も目を閉じたし、突然慧眼を使ったことは謝るよ。だから離して、【アンナ】」
「うん、いい子だ。……いや、そういう年頃じゃなかったね」

 名を呼ばれた男が右手を離すと、キョウも男の兜と鎧の隙間の首元に喰い込ませるように突きつけていた短刀を下ろす。そして無言でギロリと睨みつけ、大きく跳躍して木々の中へ消えた。
 あっという間の出来事にアルは動けないでいた。茫然と立ち尽くしていたので二人に簡単に見つかり、男の方から軽い調子で声をかけられる。

「火の国ワイラー商会長の次男、アルヴァド君だね。ギルドナイトと商人の掛け持ち、ご苦労さま」
「どうして貴方ほどの方が、こんな所でシラトと密会を?」
「僕が前に関わりを持った人物がリククワにいてね。それで近況をギルドマスターから聞いていたら重要な言伝を頼まれたんだけど、この子だけに伝えようと思った結果がこれ。まさか護衛が直に攻撃してくるなんてねぇ。ここを離れるまで兜は外せそうにないな」
「…………。」

 ギルドナイト【アンナ】。ギルドナイトの中でも上位に位置する男で、アルもその存在を知っていた。ハンターライセンスも所持しており腕前はG級、かの英雄に匹敵するとも言われる。アンナという明らかな女性名は仮のものだと誰しも勘付いているが真の名は知られておらず、尊敬と畏怖の念を込めて【名無しの怪物】と呼ばれている。

「さて、用件は済んだから僕はお暇しようかな。さっきから殺気がビリビリ感じて落ち着かないしね」

 アンナが見つめる先は木の上。恐らくそこにキョウが隠れているのだろう。くるりと背を向け森を去ろうとしたアンナだったが、ふと立ち止まって振り返る。兜を被ったままだが、アルは目が合ったと思い緊張で体に力が入った。

「四年前から行方不明の弟君を捜しているようだけど、あまり深入りしない方がいい。得られる真実が幸福だけだとは限らないよ」
「どういう意味だ? ……まさか、ミゲルの行方を!?」
「忠告はした、二度は言わない」

 ベリオXヘルムの下で赤い瞳が恫喝するように一瞥する。直後に先ほどの調子に戻り明るい声で『それじゃあね』と手を振り再び歩き出すアンナの背を、二人は止めることができなかった。
 アンナが去ったことでキョウの殺意も薄れ、ようやく楽に呼吸ができるようになる。姿を見せていないが、ミツキもどこかに隠れながら胸をなで下ろしていることだろう。

「シラト、すまない。盗み聞きをしてしまって」
「……いいよ、別に」
「何の話をしていたんだ? 私が知っていいことでないのなら、この出来事は無かったことにする」
「…………。」

 カゲは困った表情で黙っている。その表情を見てアルは聞いてはいけないのだと判断して荷物をまとめに戻ろうとしたが、小さな声が聞こえて足を止める。草木が風に揺れてざわざわと騒ぎ立てた。

「シラト、今……何と?」
「僕なんだ。モーナコの枠に入る、四人目の狩人」
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