狩人話譚

□ 銀白色の奇士[3] □

第28話 抗竜石を求めて 前編

 大きな鯨を模した姿が特徴の飛行船の足取りを追うのは容易なことで、キャラバン【我らの団】がチコ村へ向かったことを聞いたリュカたちはすぐに小島を目指した。
 海に浮かぶ【イサナ船】は、さながら体を休める鯨のようだ。キャラバンの面々に声をかけ、我らの団唯一のハンター、リンフィの行き先を尋ねると村の隅に立つテントにいると教えられた。
 テント――数年前ここに漂流した若者のためにこしらえて以降原生林へ向かうハンターの準備エリアとなったが、その人物が身近にいることをリュカは知らずにいる――へ向かうと、支度を終えたのかディノSシリーズを身に着けたリンフィがテントから顔を出した。彼女の両隣にオトモアイルーのシャガートとニコも並ぶ。

「なんだい、アンタら。ん、旧砂漠で会ったハンターじゃないか」
「よう、あの時は助かったぜ」
「後ろにいる奴らは新しい仲間かい? ……いや、違うか。白蜥蜴とそのお供だね」
「僕らのことを知っているなんて光栄だよ。バルバレの英雄、【蒼天青爪】燐飛」
「その呼び名は立派すぎてアタシに合わないよ。第一、今は武器を変えているし」

 苦笑いを浮かべるリンフィの背中には防具と同じ青と赤のグラデーションが鮮やかなチャージアックス【斬竜合刃バルドレッド】が担がれている。軽く腕を組むと、リンフィは首を傾けた。

「ところで、何の用? わざわざキャラバンを訪れるということは、ちゃんと目的があるんだろう」
「ようやく本題に入れるね。ちょっと長くなるけど、いいかな?」
「構わないよ。よほど深刻な話だろう、アンタの顔を見ればわかる」

 リュカの表情から、彼の属する拠点に良からぬ問題が発生したのだとリンフィは見抜いた。四人をテントへ招き入れようとしたが、キョウとミツキに外で見張りをすると首を横に振られる。いつものことだよ、とカゲは説明をしながらリュカの手を引きテントの中へ入った。



 リュカが語る氷海で起きた出来事の一部始終に、リンフィはじっと耳を傾ける。極限という単語を聞いた途端、眉が寄せられた。

「抗竜石が全てのハンターに行き渡らない中、新たな極限モンスターが現れちまったのか。そしてアンタらのパーティは全滅した、と」
「オレ以外はみんな村で休んでる。オレも武器をへし折られたぜ」
「そう……大変な目に遭ったんだね。それで、アタシへの頼みは何だい」
「単刀直入に言うと、彼らに抗竜石を手配するために協力してほしいんだ。いくら辺境の地にあるとはいえ、調査がなかなか進まない氷海の未知なる地を切り開く貴重な人材が揃っているリククワにも支給されるべきだと思う。ギルドに直接働き掛けるべきだろうけど、千刃竜事変を収束させた貴女の力を借りればより効果的じゃないかなって」
「なるほどねぇ。だけど極限モンスターに抗竜石、どちらも希少価値の高い情報とアイテムだ。簡単に明け渡せるほど安いものじゃないよ」

 手を貸すつもりはない。そう受け取れるリンフィの返答にリュカとカゲの表情が曇る。モンスターと間近で対峙するハンターが得る経験は、書士隊が手にしているそれとは異なる価値があり、易々と教えられる代物ではない。二人は断られる覚悟も持って訪れたが、面と向かって言われると失望の念が募る。
 だが、会話が途切れたのを見計らってニコが口を挟んだ。

「リュカさん、リュカさんの仲間は村で休んでいるニャ?」
「おう、そうだぜ」
「ということは……モーナコとワカさんも大ケガしてしまったニャ?」
「…………。」

 ニコは、このチコ村で生まれ育ったアイルーだ。そしてワカはチコ村に滞在していた時期があり、その時に原生林で怪我をしていたところを助けて連れて来たのがモーナコ。ニコにとって、二人は共に暮らした家族なのだ。
 正直に答えるべきかリュカは悩んだ。どちらも命に別状は無いが、モーナコが今後オトモアイルーとして活動しないことを知ったら、ニコは悲しむのではないか。

「その……どっちも無事だぜ、安心しな」
「でもね、モーナコが酷い怪我を負ったんだ。ワカの治療のおかげで一命を取り留めたけど、今後護衛の活動はしないと告げられたよ」
「カゲ! お前……!」

 口ごもったリュカの代わりに続きを話したカゲに思わず顔を向ける。しかし、カゲは真剣な表情で言い放っていた。その発言には意味があるのだと、自信を持っているかのように。

「そんニャ……モーナコ」

 盟友の決意を聞いたニコが元から垂れていた耳をふるりと震わせ、リンフィを見上げる。シャガートも同様に顔を上げた。オトモアイルーたちに見つめられたリンフィの表情が変わったように思える。

「そっか、あの子が……。アタシたち、モーナコには世話になったんだ。さっきの話、条件を付けよう。これから向かうモンスター討伐の手伝いをしてくれれば助力するよ」
「ありがとう、燐飛。条件の討伐対象は」
「狂竜化した【金獅子ラージャン】。どうだい?」
「マジかよ、随分な相手じゃねぇか。だがその話、乗ったぜ。あいつらの為にオレはここまで来たからな」
「僕も。是非とも協力させてほしい」

 二人の固い意志にリンフィは口元を緩ませた。受付嬢に事情を説明し、オトモアイルーの代わりにリュカとカゲが討伐に参加する内容に変更してもらう。
 部外者故に離れてやりとりを見守っていたが、受付嬢が慌てた様子でリンフィとリュカたちを交互に見ている。カゲの地獄耳によると『いいんですか?』と確認をとっているようだ。
 手続きを終え、先に原生林へ入ったリンフィを二人の男も追うが、ふと気になってリュカはカゲに小声で尋ねた。

「なんでモーナコのこと詳しく話したんだよ。死にかけたことまでバラしやがって」
「白のオトモアイルー……ニコ、だっけ。僕らと初めて会った時に、目が訴えていたんだ。『モーナコがいない、ワカもいない、何かあったのだろうか』って」
「お前……まさか」
「言っておくけど、目は開けていないよ。そんなことをしたら彼女に警戒されちゃうでしょ? 目線を上げずに誰かを捜していたから、もしかして背丈が同じ同胞のモーナコと懇意にしていたのかなって。モーナコたちはチコ村にいたと聞いたことがあるし、憶測で言っただけ」

 急ぐよ。そう言って歩む速度を上げるカゲの背を見ながら、頼もしくも末恐ろしいガキだとリュカは思った。



 腹部の手当てを終えたユゥラにナレイアーナが礼を伝える。奥に突き刺さった飛刃の影響は大きく、まだベッドから降りられないが、体内で裂傷が起こらなかっただけでも良かったとユゥラは語った。

「もう数日で傷口が完治すると思うわ。それまでは暇でしょうけど、安静にしてね」
「イアーナ、痛々しいニャ。早く良くなるようアタシもできる限り手伝うニャ」
「ありがとう、アイ。何か本でも持ってきてもらえると助かるわ」
「わかったニャ」

 ベッドからやや離れたところにある本棚に近づくと、壁の向こう側で扉を開ける音が聞こえアイの耳がピクリと動く。隣はワカとモーナコの部屋だ。今はナレイアーナ同様、どちらも負傷して休んでいるはず。

「モリザさんかルシカがワカの部屋に入ったのニャ?」
「それはあり得ないわ、二人は昼食の準備をしているはずよ」
「じゃあ……まさか」
「大丈夫よ、イアーナ」

 ナレイアーナが言い切る前にユゥラが口を挟む。『話は通してあるから』と続けたので、ナレイアーナはベッドの上で首を傾げた。

「…………。」

 ムーファスーツに袖を通し、ベッドで眠る小さな体に気付かれぬよう部屋を出る。拠点の氷壁を通り抜けようとする背をしゃがれた声が引き留めた。振り向いた先に立っていたのはリククワの長、ムロソ。

「ワカ、どこへ行くつもりじゃ」
「薬草の採取に、森へ。遠くはありません」
「モーナコのためにか。お前さんだってまだ傷が癒えておらんじゃろうに。数日後にアルが来る、それまで休んでおれ」
「この短期間で備蓄していた薬草を消耗してしまいました。ナコの治療には回復薬より直接患部に当てられる薬草の方が向いていますし、薬草の群生地を知っているのは、今は俺だけです。どうか行かせてください、長老」
「あの不審な男がまた現れたらどうする。その体では太刀打ちできまい」
「ですが……!」

 モーナコの容態は落ち着いたのだが、心配性が災いして何かできることはないかと行動したようだ。ゆっくりと近づき、左腕に手を添える。少しだけ力を込めて握れば腕が震え、ワカの顔も引きつった。

「まだ痛むのじゃろう、やせ我慢をするでない。お前さんが傷ついたら、一番悲しむのはモーナコじゃ。お前さんの献身的な治療はモーナコを確実に快方へ向かわせておるから安心せい。ワカよ、もう一度言う。まずは体を休ませるのじゃ」
「…………。」

 やがて観念したようでわかりました、と短く呟かれる。ユゥラからワカの動向に注意するよう聞かされていて良かった。誰かのために無茶をするところが亡き夫に似ている、と語った彼女はワカが外へ出ることを予測していたのだ。
 ワカを説得できたことに安堵し、ムロソは部屋に戻ろうと背を向ける。数歩ばかり歩いたところで声をかけられたが、自分の名ではないことを不思議に思いながら振り返る。
 どうしてその言葉を口にしたのか自分でも理解できないようで、ワカも呆気にとられた顔でこちらを見ていた。

「【ズサマ】? その者は誰じゃ」
「……あ、な、なんでもないです。それより長老、提案があるのですが」
「ほう、提案とな。部屋の増築ならば既にヌイとハリーヤと共に取りかかっておるぞ」
「部屋を増やせるのは地上だけではありません」
「……地下室か。面白い、増築を終えたら設計をするかのう。壕のようにしてみよう」

 ワカが口にした名は、亡き故郷にいた竜人族の長。無意識のうちに、かの人物を自分を子のように心配してくれるムロソの背に重ねてしまったようだ。
 子どもの頃、幼馴染と外の世界を見てみたいがために村を出ようとして大人に見つかり、こっ酷く叱られた記憶が瞬時に蘇った。そして故郷を襲った悲劇がどうしてかこのリククワにも起こりそうな気がして、ワカは滅びた故郷で唯一無事だった場所をここにも作らなければと思った。
 新たに生まれた大切な『故郷』に災厄が降りかかっても、皆を守れるように。



 原生林の中央部、エリア5に今回の討伐対象となるモンスターがいた。発達した太くたくましい二本の前脚で力強く大地を踏みしめる黒毛に覆われた後姿を遠巻きに見つけた三人は一度身を隠し、リンフィが指示を出す。

「白蜥蜴、まずはアンタが……」
「燐飛、待って。それは別称であって僕の名前じゃないから。僕の名前は【影】、蜥蜴って何度も呼ばれると人間じゃないみたい感じがして嫌だ」
「悪い悪い。カゲは赤のエキスを採ったらすぐに乗りな。その間にアタシとリュカは抗竜石を使って待機、転ばせたらアタシらが攻撃するから他のエキスはその時に採るといい」
「抗竜石……って、オレは持ってねぇぞ」

 リンフィはポーチから抗竜石を取り出すと、一つをリュカに手渡す。カゲが持っていたものと似た形だが、ピンクに近い赤と白のマーブル模様をしている。

「言っとくけど、貸すだけだからね」
「お前のが無くなっちまうだろ」
「アタシは二種類の抗竜石を持ち歩いているから心配無用さ。そいつは【剛撃】の抗竜石。狂竜化したモンスターに抜群の威力を与えられるようになる。狂竜ウイルスの鎮静にも効果的だよ。アンタみたいな攻撃重視のハンターにピッタリだ」
「サンキュー。こいつがあれば狂竜ウイルスを止められるんだな」
「石の効果はやがて切れてしまうし、また使うには時間を置かないといけない。しかもウイルスも免疫がつくから、再び狂竜化されると解除に手間取っちまう。一気に決めなきゃこっちが不利になるよ」

 便利であっても万能な道具ではないらしい。長所と短所を教えられ、リュカは抗竜石を握りしめる。短期決戦、破壊力のある大剣とヘビィボウガンなら達成できるだろう。

「作戦会議は終了だね。それじゃ、先手を打つよ!」

 カゲが風のように駆ける。走りながら猟虫に指示を出すと、左腕からふわりと飛び立った。オレンジ色の六枚の羽が広がった姿は、まるで紅葉のようだ。様々な種類が存在する猟虫の中でも素早さに特化した【シナトオオモミジ】だ。
 カゲを見つけ戦闘態勢に入っている隙にラージャンの右腕から赤のエキスを掠め採り、定位置である左腕へ舞い戻る。エキスが体内に行き渡り全身に力がみなぎったことを確認すると、カゲはクルクルと操虫棍を回しながら地面に突き刺し跳躍したのだが、その動きにリュカは目を見開いた。

「なんだ、あのジャンプ!?」

 操虫棍独自の跳躍の高さが、氷海で見せたものより低めになっている。しかも体を捻るように回転させることで前方へ素早く飛んでいて、宙を駆け抜けているかのようだ。そのスピードを生かしラージャンの黒毛にしがみつくと、剥ぎ取りナイフを手に取った。
 華麗な一連の流れに目を奪われていたリュカだが、隣にいたリンフィに肩を小突かれて我に返る。今は狩猟の真っ最中だ、気を引き締め直す。

「抗竜石を武器に当てな。奴が倒れたら追撃を仕掛ける」
「おう」

 背負っていた新たな大剣、狼牙大剣に受け取った抗竜石を当てる。砥石のように刀身を削る必要は無いようで、近づけるだけであっという間に青く輝く不思議な光が大剣に宿った。
 その後、ラージャンが体を転がせた。一気に接近して狼牙大剣を引き抜き力を溜める。ジークムントと異なる感触に違和感を拭えないが、早く慣れなくてはとリュカは考え直した。
 弱点である後ろ脚へ振り下ろすも、この程度ではまだ狂竜化を解除できるようには思えない。ところが、突然暴れていたラージャンの太い腕が地面へ力無く落ちた。
 まるで意識を失ったような動きにリュカは大剣を構えたまま様子を伺う一方で、カゲは顔をしかめる。口元を覆う頬面の下で『やられた』と小さく呟きながら。

「操虫棍の立ち回りを熟知してるとはいえ、先にエキスを採ることを勧めてきた理由がわかったよ。酷い人だね、貴女は」
「そうかい? これくらいの条件じゃなきゃ割に合わないだろう」

 くつくつと笑うリンフィの視線の先、うつ伏せに倒れたラージャンをもやが覆っていく。その色は先日氷海で見た黒そのもので、かの惨劇を思い出させた。原生林で受付嬢がリンフィに頻りに確認をしていたのは、このためだった。

「この依頼の環境は【生体未確定】でね。今までアタシがこの目で見て討伐してきたのは千刃竜、雷狼竜、恐暴竜、轟竜、角竜、水蛇竜、そして……」

 黒いもやを振りまきながらラージャンがゆっくりと起きあがる。全身を漆黒に包まれた姿は、異形の生物のようだ。

「この金獅子さ。気合い入れな、どんな攻撃でも喰らったらひとたまりもないよ!」

 リンフィの構えたバルドレッドは既に青い光を放っていた。
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