狩人話譚

□ 銀白色の奇士[3] □

第27話 黒靄狂乱 中編

「お前ら……!」

 増援のハンターの顔ぶれを見たリュカは安堵した。駆けつけたのはカゲ、キョウ、ミツキだった。
 カゲが操虫棍【ヘイズキャスター】を地に突き、跳躍してセルレギオスの背に飛び乗る。剥ぎ取りナイフで攻撃している間にキョウとミツキが武器に何かの石を当て、石から放たれた青白い光が武器に吸い込まれていくのが見えた。武器に宿ったように見える光は、よく見るとカゲの剥ぎ取りナイフにも灯されている。
 やがてセルレギオスが倒れ、すかさずキョウが懐に潜り込む。双剣【祭囃子・幻獣ノ調】を天へ掲げ鬼人化の構えを見せると、肉質が柔らかい後ろ脚へ連続攻撃を繰り出す。

「うおっ、なんだ……!?」

 突然体内から風が吹いたようにセルレギオスを纏っていたもやが消し飛んだ。もやの消えたセルレギオスは狂竜化していない、ただのモンスターにしか見えない。キョウは更に攻撃を続け、麻痺に陥ったセルレギオスの全身が痙攣を起こす。
 身動きがとれなくなったところへ今度はミツキが【ボールドボイドウェブ】を構える。睡眠ビンを装填した矢を何度か当て、睡眠毒が体内にまわりセルレギオスが深い眠りに落ちた。

「す、すげえ……」

 たった数分でセルレギオスをあっという間に行動不能にした三人の連携に、リュカの口から感嘆の声が漏れる。カゲは武器を納めると、立ち尽くしているリュカの元へ歩み寄った。

「無事なのは君ぐらいだね。千刃竜が眠っている今のうちに撤退するよ」

 カゲの目線はベースキャンプへ向けられている。キョウはワカを、ミツキはナレイアーナを連れて行くようだが、エリアの隅で倒れているもう一人の仲間を見過ごすことなどできなかった。

「……おい、待てよ」
「なに?」
「あいつは、モーナコは」

 リュカが視線を促した先にはうつ伏せに倒れたままのモーナコ。カゲはその様子をじっと見つめ、首を横に振った。

「あのメラルーはもう駄目だ。自分で穴を掘って逃げるだけの体力が尽きているなら、僕らには手の施しようが無い」
「あいつを見捨てろってのか!?」
「残念だけど、モンスターを治療する技術を持つ人間はここにはいないよ。瀕死のメラルーにまで手を回せないし」
「……ナコ、を」

 ワカが再び意識を取り戻したようだ。空いている左手がモーナコを捜すようにさまよい、金色の瞳が小さな身体をじっと見つめる。観察眼を使っているのだとリュカが考えていると、ワカはその瞳をカゲに向けた。

「ナコを置いていかないでくれ」
「聞いていたのなら覚悟しているよね、ワカ。あのメラルーを助けることは叶わないと」
「違う、俺なら助けられる。頼む、ナコも、ナコも一緒に……!」

 直後に咳きこみ、ワカは赤く染まったマスクを下して荒い呼吸を繰り返す。ふらつくワカの体を支えながら指示を待つキョウの視線を感じたカゲはミツキとも顔を合わせ、最後にリュカに向かって告げる。

「リュカ、手が空いている君があのメラルーを運んで。あまり揺らさないようにね」

 傷ついたモーナコの小さな体を抱き上げると、微かに呼吸音が聞こえてほっとした。痛ましい姿にどうか生きてほしいと強く願う。このオトモアイルーは、リククワの大切な仲間なのだから。

「急いで白土、そろそろ千刃竜が戻る」
「了解。行くよ」

 背後を見たミツキが厳しい声色を発する。眠っているセルレギオスの体にあのもやがまとわり始めようとしていた。カゲに従ってベースキャンプへ向かうと泣きそうな顔をしたリッシュが出迎え、すぐにリククワへ舵をとった。



 体調を崩したイリスと負傷したハンターがベッドの上で寝かされている船室は、重々しい空気が流れていた。
 腹部に突き刺さった飛刃が裂傷を起こすと内臓を傷つけられるため助かる率は低いと言われている。ナレイアーナは運悪く腹部の奥にまで飛刃が到達していたらしい。だが、運良くこの場に高い医療技術を持つ者がいた。

「美月は医師の集う隊商に在籍していたんだ。彼らから医療の知識を学び、調査中に発見した負傷者の治療に役立てている」

 カゲが説明するようにリュカに話しかける。ミツキは器具を使いナレイアーナに刺さった飛刃をゆっくりと抜き取る。腹部に潜んでいた脅威が無くなり、ナレイアーナが眠りに落ちていく。傷口の治療が済めばもう大丈夫だろう。
 ナレイアーナの隣のベッドに横たわるモーナコを誰しもが心配した。何重にも重ねられたシーツの上で弱々しい呼吸を繰り返していて、見るからに危篤だ。

「本当にこのメラルーを治せるの? モンスターの治療ができる狩人なんて、聞いたことが無いよ」

 カゲが怪訝な表情をしているのも構わず、ワカはベッドの下に隠していた引出から医療器具を取り出している。万が一――こういうことも覚悟していたのだろう――のために採っていたモーナコ自身の血液を輸血し、傷ついた腹部の治療を始めた。
 モーナコはおよそ一年前、ドスイーオスに尾を齧り取られたという。その窮地を救ったのがワカだった。何故ワカがモンスターの治療を行えるのかリュカは尋ねたことは無いが、何かきっかけがあって会得したのだろう。今はその知識だけが頼りだ。

「旦那、僕も力添えをするニャ」
「……頼むよ、雪森ユキモリ

 船に乗り込んでいたカゲのオトモアイルー、ユキモリがどこからともなく大きな壷を取り出した。アイルーを模したのか耳が取っ手のように付けられており、大きな目も描かれている。壺から溢れた生命の粉塵に似た細かな粒子が宙を舞い、この場に安らぎをもたらした。

「【ネコ式活力の壷の技】ニャ。これで自然回復力を高められるニャ。旦那、これをモーナコの傍に」
「雪森、君はこのメラルーが同胞だから助けたいの?」
「モーナコはとても慈悲深い男ニャ。そんな優しい仲間を死なせたくないニャ」

 以前モーナコと一時的に行動を共にしたユキモリは、モーナコの歩んだ道のりを聞いた。
 元は原生林に住むメラルーだったが、ワカと出会ったことで人に尽くす心を知ったという。シフレの悲しみを汲み、彼女の心を救いたいと行動する姿はまさにオトモアイルーの鑑だった。
 ワカは神経を研ぎすましてモーナコの治療をしていく。砕けた飛刃の破片を取り除き、消毒した傷に秘薬を浸したガーゼを当てると丁寧に縫合した。あまりにも的確な手さばきに、カゲが驚愕の声をあげる。

「信じられない……この適切な処置、君はモンスターの医者でも志望していたの?」

 いくら構成している器官がほぼ共通しているとはいえ、人間より小さなモーナコの体に処置を施せるなど。ここでようやくワカが口を開いた。目はまっすぐにモーナコの体へ向けられ、手の動きも止めていないが。

「……ナコは、大事な相棒なんだ。だから絶対に死なせたくない」

 包帯をモーナコの体に巻き付け、大きく息を吐く。緊急手術は無事に完了したようだ。見事な手さばきにミツキも感心している。
 か細い呼吸をするモーナコの頭を優しく撫で、『頑張ったな』と小さく呟くとワカの体が大きく揺らぐ。隣で処置を見ていたミツキが慌てて支えると、目を閉じたワカの額から大量の汗が吹き出ていた。怪我を負った体で神経を集中させて施術を行ったことで、かなり負担がかかったのだろう。ミツキは空いているベッドにワカを寝かせ、手当てを始める。
 リュカは何もできない自分に歯がゆさを感じていた。ボロボロではあるが、全員生還できたのだ。それだけは良かったと思うが、問題は山積みだ。軽くなってしまった、背の重みも。



 ナレイアーナ、そしてワカとモーナコは部屋で休んでもらい、リュカはカゲと共にムロソの部屋を訪れた。狂竜化した末に突然死したイララと、狂竜化しただけのようには思えないセルレギオスの報告をするためだ。

「刃鱗野郎には心眼の旋律が通じなくて、罠や閃光玉も効かなかったんだ。あんな奴、初めて見たぜ」
「そのようなモンスターから、よく戻ってきてくれた。無傷では済まされなかったが、命があるだけでも感謝せねばなるまい」

 ムロソは複雑な表情でリュカの肩に手を乗せる。工房に届けられた、変わり果てたジークムントが目に浮かぶ。唯一傷が浅かったリュカの心にも、深い傷が残ったのだろう。顔も疲れ果てているように見えた。

「あれは【極限状態】になった個体だったんだ」
「極限? なんだよ、それ」

 初めて聞く言葉に首を傾げるリュカの反応を見たカゲは眉をひそめる。やはり辺境の拠点は情報の伝達が遅い。それがこの悲劇を招いたと考えると、ギルドの対応に不満を抱いた。

「狂竜ウイルスを克服して自身の力にした、“極”みに“限”りなく迫りし者。その脅威は古龍種と同等といっていい。狂竜ウイルスに侵されたら治癒は不可能、長くは生きられない。だけど最近狂竜ウイルスを克服する個体が現れて、ギルドはそれを極限状態と名付けた。水蛇竜は恐らくあの形態に変化する過程で力尽きたんだと思う」
「イララか……ただの狂竜化じゃない感じがしたんだが、あれになりかけだったってことか。もし飛刃野郎と同じ姿になっていたらぞっとするぜ」
「極限に達して箍が外れた身体能力は肉質が強固になって、罠や毒といったものも通用しなくなる。もちろん攻撃力も強化されているよ」
「マジかよ、強すぎるじゃねえか。どうしてお前らの攻撃は弾かれなかったんだ? それに、狂竜ウイルスも消えちまったし」
「……これのおかげだよ」

 カゲがポーチから取り出したのは、砥石よりも小さな石だった。白と紫のマーブル模様の石は見るからに不思議な力を秘めていそうな印象を受ける。

「【抗竜石】っていうんだ。いくつか種類があって、これは【心撃】と呼ばれる極限状態の硬い肉質を貫通する力を持っている。他にも狂竜ウイルスによる攻撃を抑えたり、武器に宿る属性の力を増幅させるものもある。この石の力が宿っている間に攻撃をすると、狂竜ウイルスの動きを一時的に抑制することが可能なんだ。だけどまだ研究と生産が需要に追いついていなくて、僕らも先日ギルドから支給されたばかりだったんだ。僕らが要請に駆り出されたのは、これを所持していたからだろうね」
「そうじゃったか。礼を言うぞ」
「あの風が無かったら、間に合わなかったかもしれない。誰かが命を落としていてもおかしくない状況だったよ」

 唐突に出てきた言葉にリュカが首を傾げる。

「なんでそこで風の話が出てくるんだ?」
「千刃竜と対峙していた時に感じなかった? 吹き荒ぶ風を」

 カゲにそう言われ、リュカは懸命にあの時の状況を思い出す。ジークムントが折れた衝撃が強すぎて吹いた風などうろ覚えでしかないが、確かに何度か突風をこの身に受けた気がする。

「あの時、僕らは外にいてね。強風が吹いたと思ったら微かに狼煙の音が聞こえて、氷海の方角に昇る狼煙に気が付いたんだ。それでギルドに駆け込んだところ、緊急要請を受けて船に乗り込んだわけ」
「ああ、お前は地獄耳だったな」
「風が音を乗せたから聞こえただけだよ。普段じゃ聞こえるはずない距離だもの。そして船に乗ったら今度は追い風に変わって、ぐんぐんと船の背を押したんだ。まるで急いで氷海に来てほしいって何かの意志を感じたよ。おかげで、あの危機に間に合うことができた」
「風か……クシャルダオラが現れた時にも吹いたそうじゃのう。お前さんらは何かの加護を受けているのかもしれん」
「でもよ、結局奴は狩れなかったしこっちはズタボロだ。またあんな奴が現れちまったら、どうしたらいいんだ? オレらはその特別な石を持ってねぇし」

 リュカが拳を握りしめて悔しそうな表情を浮かべる。カゲは抗竜石をじっと見つめると、一人のハンターの名を挙げた。

「リュカ、【蒼天青爪】は知ってる?」
「我らの団ハンターの……リンフィつったか、会ったことはあるぜ」
「なら話は早いね。彼女は【千刃竜事変】を収束させた狩人だ。極限状態の千刃竜も討伐している。抗竜石を初めて手にした人物だし、彼女から極限状態の個体について情報を聞く必要があると思う」
「カゲよ、その千刃竜事変とは何か我々にも教えてほしい。どうやら、よほどの重要事項でない限りこの辺境の拠点に情報が流れてこないようでな」
「……うん。長くなるよ、覚悟してね」

 リュカは真剣な眼差しで、カゲの語るバルバレで起きた大事件の一部始終に耳を傾けた。
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