狩人話譚

□ 銀白色の奇士[3] □

第26話 食へ飽くなき探求心を 後編

 ワカとモルガーヌがエリア2に到着すると、ザボアザギルは何度目になるかわからない氷の鎧をまとって待ち構えていた。ハンターの姿を捉えると、まっしぐらに突進する。その速度はスタミナ切れを感じさせない。

「疲労せぬ個体か。打撃武器のヌシにとっては手痛いの」
「元々攻撃の要でもないし、俺一人の攻撃で疲労させられることはあまり無いから気にしていないよ」

 発言通りワカの攻撃頻度は低い。旋律の維持や道具の使用によるサポートが主な立ち回りのためだ。一風変わったその動きをモルガーヌも興味深く見ていたが、書士隊という身分をナレイアーナから聞かされて納得した。

「ワシは、あの二人ほどヌシをしっかりと護ってやれんぞ」
「無理はしないつもりだ」

 モルガーヌの背後に立つワカは周囲を見渡した。イビルジョーの出現により、ザボアザギルだけでなく幼体のスクアギルも避難してきたらしい。それも、普段見かけるより数が多い。ザボアザギルの狩猟を再開したモルガーヌの動きを見ながら、ワカはこちらの様子を窺っているスクアギルの討伐を試みた。
 小柄なスクアギルは獲物に食らいつき肉をかじり取り、得た養分を体内でガスに変えて体を膨らませる。そして大きくなった体はハンターといえど突進を受けたら体勢を崩してしまうほどの力を得てしまう。
 邪魔をさせるものかとワカは器用に狩猟笛を振り、モルガーヌに近づくスクアギルを弾き飛ばした。だが、あまりにもスクアギルの数が多すぎる。繁殖しすぎたスクアギルの討伐依頼を受注したのだろうかと勘違いしてしまうほど。

「モルガーヌさん!」

 一頭のスクアギルが大剣を構えて力を溜めているモルガーヌの背後から接近していた。ワカが狩猟笛を掲げた瞬間、別のスクアギルがワカ目がけて突撃し、不意を突かれたワカの体がザボアザギルの足元に転がる。
 ハッと顔を上げたワカの視界いっぱいに広がったのは、ザボアザギルの巨大な口だった。

「やめんか!」

 スクアギルの突進を避けたモルガーヌが顔色を変えて叫ぶ。一瞬で飲み込まれたワカを救出しようとこやし玉を手に取るが、巨大な体故に最も効果的な鼻や口に届かない。
 このままではワカが体内で凍らされてしまう。強烈な一撃を与えて怯ませるしか無いと考えたモルガーヌが再び大包丁に手をかけたその時、突然ザボアザギルが口を大きく開いた。それと同時に妙な臭いが漂いだす。

「うっ……なんじゃ、この臭いは」

 思わずモルガーヌは口を覆った。接近すれば刺激が目にも届きそうなほどの悪臭だ。やがてザボアザギルが咳きこんで何かを吐き出す。べちゃ、と汚い音を立てて吐き出されたのはワカだ。
 大丈夫かと声をかけるべく歩み寄ろうとしたモルガーヌだったが、悪臭の元がこのワカだと気付いて足がピタリと止まる。

「ヌシ、何をしでかした」
「ごほっ……にが虫、や……げほ、トウガラシを混ぜた特性こやし玉をぶつけたんだ。けど、うっ……さすがにザボアザギルの体内で、こやし玉を使うのは、まずかった……俺にも、臭いが……おえっ」
「……なんというものを調合しおったんじゃ」

 ワカがえずきながらも腰ポーチから消臭玉を取り出して地面に叩きつけるが、悪臭に染まったポーチの中身は使いものにならなくなったようで、似た臭いの煙が噴き出るだけに終わった。
 いくら緊急事態だったとはいえ、代償はあまりにも大きすぎた。唾液と悪臭にまみれてうずくまるワカの姿は、先ほどまで見せていた冷静沈着、チームの参謀などという印象から大いにかけ離れている。
 ザボアザギルはあまりの悪臭に参ったようで、氷を砕いて海中へ潜ると更に隣のエリア1へ移動した。スクアギルたちもイビルジョーとは違う危機感を感じたのか姿を消している。
 一時的な安全を確認したモルガーヌは持ち込んでいた消臭玉をワカの傍に投げつけた。三つもワカを煙で覆うように使ったおかげで強烈な悪臭は鳴りを潜めた。見た目は唾液で汚れているが。

「拠点に戻る前に水浴びが必要じゃな」
「そうだな。それよりあのザボアザギル、ようやく捕獲できそうだ。予兆が見えた」
「なんじゃと?」

 先ほどの特性こやし玉が影響したのかもしれないが、巨大なザボアザギルを頭から喰らおうとしている黒龍の幻影が浮かんでいた。
 すぐに捕獲して因縁の相手を討伐したいモルガーヌはワカを連れてエリア1へ向かう。ワカがシビレ罠を仕掛けると、飛びかかったザボアザギルはすんなりと罠に引っかかった。

「……モルガーヌさん!?」

 捕獲玉を持ったワカが驚く。捕獲すると思っていたモルガーヌが突然大剣を構えたからだ。
 持っているのが大剣とは思えないほど豪快に振り回し、勢いを借りて更に跳躍する。中空でも円を描くように振られた蝦蟇の大包丁は、ザボアザギルの頭部に直撃した。
 狩技の一種だと直感したが、この一撃でザボアザギルにとどめを刺した破壊力に唖然としてしまう。そんなワカを気に留めることもなく、モルガーヌは大剣を背負うと数本あった剥ぎ取りナイフの一本を手にした。

「どうして捕獲ではなく、討伐を?」
「今はすぐに剥ぎ取らねばならん。ヌシは皮を頼む」
「あ、ああ」

 言われるがままに剥ぎ取りをするが、モルガーヌの動作に目を奪われた。見るからに鋭そうなナイフを背ビレに迷わずに入れ、無駄の無い動きで切り落とす。ワカが知る剥ぎ取りの上手いハンターの一人、ハビエルよりも更に的確な技術に料理人ハンターの真骨頂を見た気がした。剥ぎ取りナイフを数本所持していたのも、剥ぎ取る部位に合わせて使い分けるためだろう。
 背ビレの一部を手にしたモルガーヌは満足そうに笑ったが、直後に険しい表情に変わる。その理由をワカも把握した。地中から再び現れる、深緑の巨体。リュカとナレイアーナも慌てて追いかけて来た。

「悪い、そっちに行った……ん、鮫野郎は討伐したのか」
「それじゃあ、次はジョーちゃんの討伐かしら」
「いいや、その気は失せたわい。今はこの背ビレを新鮮なうちに研究所へ届けたいのでな。……鱈腹食うがいい、貪食の恐王め」

 イビルジョーがエリア1までやって来たのは、ザボアザギルの捕食のためだった。既に死骸となっているが、イビルジョーは構わずに食べきるだろう。腹を満たすには十分すぎる巨体のため、この食事を済ませたら氷海を離れるので環境も安定する。そう考えたモルガーヌは剥ぎ取りを即座に行える討伐を選択した。
 ザボアザギルの討伐には成功したものの亡骸を全てイビルジョーに奪われるため完全な成功とは言い難いが、モルガーヌの目的を果たすことができたとリククワのハンターたちは結果に満足する。
 ベースキャンプに隣接していたエリアだったため、すぐに船へ戻ることができた。リッシュと合流し一安心したのも束の間、ナレイアーナがワカに怪訝な顔を向ける。敏感な彼女の嗅覚は、しっかりと異臭を感知したようだ。

「ワカ、アンタなんか臭いんだけど」
「やっぱりナナちゃんにはわかるか。ザボアザギルに捕食されかけたんだ」
「うへえ、マジかよ。村の近くの川で汚れを落としてから来いよ」
「そうする」



 進言通り装備を洗うことにしたワカを森に置いていき、リュカたちはモルガーヌが乗る飛行船のある広場へ戻った。すると学者のような出で立ちの男が待っており、モルガーヌにお辞儀をしたことから彼女の知り合いだと理解する。

「お疲れさまでした、剥ぎ取りはできましたか」
「こやつらのおかげで無事に採れたぞ。ほれ」
「……これは見事な背ビレですね。研究にもさぞかし役立つかと」

 眼鏡の下の瞳がにこりと笑う。受け取った背ビレを専用のケースに入れ、リククワのハンターたちにも丁寧に頭を下げた。

「この方のわがままに付き合っていただいて、ありがとうございました。私たち研究員からもお礼を言わせてください」
「お礼を言われるほどのことはしていないわ。頼もしかったわよ」
「そうですか。我々も拠点へ戻ります。行きますよ」
「これ、そう急かすでない。協力に感謝する、リククワの狩人たち。縁があったら、また会おうぞ」
「ああ、じゃあな」

 リククワの護衛ハンターと別れ、二人は飛行船に乗り込む。浮上する途中、男がぽつりと呟いた。男が見ていたのは、手を振るナレイアーナ。

「あの女性ハンター、ヘビィボウガンを背負っていましたね」
「知り合いか?」
「いえ。ですが、書士隊だった頃の同僚が特注で作った鈴を身に付けていましたので」
「聞いてみれば良かったろうに」
「彼は数年前に行方不明になりましたから。恋人であれば尋ねるのは不謹慎かと」
「そうじゃったか。書士隊も時には命の危険に晒されるからのう」
(……ミゲルさんは、その女性がハンマーの使い手だと言っていた。鈴のデザインが偶然同じだったのか、それとも武器を変えたか、どちらかだろう)

 飛行船が空へ飛び立つのを見送ったリュカたちは、ちょうど戻ったワカと共に依頼の報告を伝えにリククワへ帰った。鍛冶屋の者たちがワカの装備を念入りに洗浄したのは言うまでも無い。



 報告から数日後。あるモンスターが狂竜化していることを告げられたハンターたちは、調査のためにイリスも連れて氷海へ向かった。
 四人は気が気でなかった。何故なら、狂竜化したとされるモンスターは、モンスターでありながらハンターと馴染みがあったからだ。

「まさか、あいつが狂竜化しちまうなんてな……ああなった以上は討伐するしかねぇだろう」
「……そうだな、俺は捕獲より討伐を選びたい。捕獲したところでギルドの研究材料にされるだけだから。自由気ままに生きていたあのモンスターを、そんな目に遭わせたくない」
「ワカ旦那さん……」
「アタシもワカに賛成。あの子を実験体になんてしてほしくないわ。イリスは討伐が終わるまでリッシュと一緒にベースキャンプで待機しててね」
「わかりました」

 ベースキャンプを発ち、エリア1へ到着すると同時に響くけたたましい咆哮。どこか悲鳴のようにも聞こえる声の源が待ちかまえるエリア2へ走った。
 氷板の上でとぐろを巻いた青紫色の巨体がゆっくりとこちらを向く。紫の煙に身を包んだ姿は、まさに狂竜化を遂げた状態だった。

「イララ……」

 寂しそうな声でナレイアーナが名を呼んだ。ガララアジャラ亜種の【イララ】。数ヶ月前より氷海で気ままに生き、時に調査の邪魔をするが、人間を敵というより遊び相手と見なす不思議な個体故に名前を付けられ、観察されていた。
 狂竜ウイルスに侵された体は正気を失い、暴れ回る。かつて氷の壁を咆哮で崩落させた彼女をこのまま放置したら、以前ここで暴れたブラキディオス以上の被害が出てしまうだろう。
 モンスターに愛着がわいた、とは考えていない。だが、このイララを今一度狩らなくてはならないと思うとハンターたちの胸が痛んだ。

「……やるぞ」
「了解ですニャ」

 リュカがジークムントの柄に手を添え、モーナコが頷く。イララはこちらを見ると、長い体をズルズルと引きずりながら接近した。口から漏れる紫色の煙が毒々しい。

「――――!」

 だが、再びイララがリュカたちの目の前で悲鳴をあげながらのたうち回った。巨体がところ狭しと暴れ、リュカたちは一歩退いて様子を窺う。

「イララッ!!」

 ワカが叫ぶ。この言葉が自分に付けられた名だと学習した聡明なこのモンスターは、名前を聞くと顔を向けることがあった。しかし今のイララにそんな余裕など無く、体を蝕む狂竜ウイルスに苦しみもがいている。あまりの暴れように、近づくこともできない。
 イララの尻尾が当たりそうになったのでジークムントで防ぐが、普段なら踏ん張って耐えきれるはずがよろけてたたらを踏んだ。一撃の重さにリュカの眉間にしわが寄る。

(なんだ、今の……狂竜化したモンスターは力が増すっていうが、そんなもんじゃねぇ)

 やがて、もがいていた長い体の動きが緩慢となる。自ら頭を氷に叩きつけ、傷ついたクチバシから弱々しい鳴き声が漏れた。助けを求めるような目に動揺するハンターたちの姿が映ったが、それを最期に動かなくなる。イララの命が尽きた瞬間だった。

「イララ、おいイララ……死んじまった、のか?」

 静寂に包まれたエリア2にリュカの戸惑う声が響く。狂竜化したモンスターが息絶えたのを初めて目の当たりにした四人は、とてつもなく恐ろしい予感を感じ取った。
 直後、背後から自分たちを覆う巨大な影と、上空で響く翼をはためかせる音。振り向いて空を見上げた狩人たちは、新たな来訪者のその姿に慄く。

「――なっ!?」

 氷海に再び混沌がもたらされようとしていた。
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