狩人話譚

□ 銀白色の奇士[3] □

第26話 食へ飽くなき探求心を 前編

 調査が再開され、書士隊が足繁く通えるようになった氷海。だが、ある日を境に再び立ち入りができなくなってしまった。
 原因は【化け鮫ザボアザギル】の出現。それも、体が通常より数倍も大きい特異個体だ。発見したリュカたちがギルドに通達をした数日後に討伐依頼を言い渡され、環境が安定するまで調査は打ち切りとなっている。
 早速ザボアザギルを討伐するべくリククワを発とうとしたが、とあるハンターが依頼に参加したいとの申し出を受けたため、モーナコを除いた三人は拠点の入口で到着を待っていた。

「あの巨大ザボアちゃんを討伐したいなんて、変わったハンターがいたものね」
「腕試しをしたいのか、モンスターに興味があるのか……何かしら理由がありそうだな」

 風が吹き、ナレイアーナの長い髪を揺らす。不意に視線が向いたワカは彼女の些細な変化に気が付いた。

「ナナちゃん、髪飾りを変えたのか?」
「アンタが一番に気が付いたわね。リュカはアンタより先にアタシと会ってたのに」
「ああ? ……マジかよ、変わってやがる」

 ナレイアーナがリュカをからかうように笑いながら髪飾りを見せる。長い髪をまとめていたのはウルクススの毛皮と同じ、白色のリボン。
 青緑色の髪に柔らかく巻き付いたリボンに二つの小さい鈴が木の実が成るように縫いつけられているが、動かしても音を奏でることは無く静かにリボンに寄り添っている。その理由をワカはすぐに理解した。

「音が鳴らないようにしたんだな」
「モンスターを刺激しちゃダメでしょ?」
「その通りだな。あいつらと追いかけっこなんて、ごめんだぜ」

 話をしていると、飛行船を操縦していたリッシュが件のハンターが到着したと告げに来た。
 リッシュの後方を歩くハンターは女性だった。銀色の髪は耳を覆う程度の長さで、左右に分けられた前髪から覗く瞳は赤紫色。年齢はリュカたちより少し上で、すらりとした長身だ。
 黒を基調とした防具は衣服のように薄く、稲妻のようなラインがはしっている。ベルトやブーツには小さなトゲが付いており、モンスターの牙が素材に用いられたのだろう。ベルトに剥ぎ取りナイフを数本装着している理由はわからないが。
 背負っている武器はまるで巨大な包丁。刀身は赤と青のグラデーションがかかっていて、刃先は白い渦のような模様が描かれている。そんな武器の正体を見抜いたリュカが目を見開いた。どこか嬉しそうなのは、久しぶりに会う同志だからだろう。

「【蝦蟇がまの大包丁】……っつーことは、大剣使いだな」
「防具はわかる?」
「あー、デザインが知ってるのとちょっと違うが【グリードシリーズ】なのは確かだな」
「それってジョーちゃんの? すごいじゃない、かなりの腕前なのね」
「……二人とも、聞こえてると思うぞ」

 盛り上がっているリュカとナレイアーナの背後からワカが呆れながら話しかける。女性ハンターは二人の会話など気にも留めない様子で三人を一瞥すると自己紹介を始めた。

「ワシは【モルガーヌ】。ヌシらのことはハビエルから聞いておる」
「……“ワシ”?」

 少しの間を置いてリュカが気になった言葉を反芻する。目の前のハンターはどう見ても同世代の若い女性なのだが、自らを【ワシ】と呼ぶ古風な言葉遣いはリククワの者たちの脳裏に長であるムロソを彷彿とさせた。
 固まってしまった五人の反応に、モルガーヌと名乗ったハンターは慣れたような表情で腕を組む。

「故郷の長に師事しているうちに口癖がうつってしまったようでな、まあ気にするな。とにかく、此度の巨大化け鮫を裁きたくて参加を志望した次第じゃ」
「裁き……? おっちゃんと知り合いなのか」
「あの男と同じ肉のギルドに所属しておる。言うなれば料理人のハンターじゃ」
「へえ、そんなハンターもいるのね。その武器もモンスターを裁く大きな包丁って感じで似合ってるわ」
「応よ」

 お互いに自己紹介をしながら、船を停めている海岸へ向かう。海を渡る途中で、モルガーヌは依頼に参加した理由の詳細を語った。

「化け鮫が肥大化しているなら、背ビレも巨大化しているということ。ワシはあのヒレを狙う。食用になるかもしれんからのう」
「食用? モルガーヌさん、ザボアザギルの背ビレは硬くて食用に向かないはずだ。それなのに、何故」

 ワカが反論したのは、ハビエルからザボアザギルの背ビレについて聞いたことがあるからだ。一般的な生物の鮫のヒレは調理することが可能だが、大型モンスターとなると話は別。時に氷を纏い刃のように振り回す背ビレは強固で食いちぎることは困難のため、主に武器や防具に使われている。

「甘いのう。如何に頑丈なヒレといえど、組織を酸で一度解体させた後に塩とミョウバンに浸して再び固定することで、柔らかくすることが可能になるのじゃ。まだ研究中ではあるが、化け鮫の背ヒレが食卓に並ぶ日もそう遠くはないぞ」
「組織を解体……なるほどな」
「おいイアーナ、何言ってたかわかるか?」
「全然」

 納得したような表情のワカの隣でリュカとナレイアーナは真顔で顔を合わせた。二人ともハンターとしての腕はG級だが、こういった知識はからっきしだ。理屈はわからないが、とにかくすごいことをしているということで片付けた。

「ワシは奴の背ビレを貰いたい。攻撃がよく通る部位だが、できるだけ傷を付けぬように頼む」
「背ビレの部位破壊は禁止、ということね。わかったわ」
「ちょっと面倒だが、やってみるしかねえな。ワカ、お前も気を付けろよ」
「似たようなことを前にやったことがあるから大丈夫だ」
「ほう? 一体どのモンスターの肉を狙った」
「リオレイア亜種の桜ロースを。でも、あの時は……」

 ワカが何かを言いかけたところで船が氷海に到着したため、話の続きはうやむやになってしまった。リッシュに見送られ、四人はザボアザギルが潜むエリア2へ移動した。



「これはこれは、なんと巨大な化け鮫じゃのう」

 巨大化した特殊個体のザボアザギルを見上げたモルガーヌは目を輝かせた。最大金冠級の図体のてっぺんに生える背ヒレも巨大で、報酬で得られる一部だけでも実験を何度も行えるだろう。実に研究にお誂え向きだ。

「気を付けろよ。体がデカくなった分スピードは落ちたが、パワーが半端無ぇ。氷のブレスも範囲が広いぜ」
「狩り応えのある獲物じゃ。腕が鳴るわ」
「麻痺弾を撃つから、動けなくなったら一気に攻撃してちょうだい」

 ナレイアーナが麻痺弾を装填する間に三人のハンターがザボアザギルの元へ向かう。体が巨大化したことで肺活量も増したのか、咆哮の音量も通常の数倍となり本来なら聞き流せる距離にいるはずのナレイアーナまでもが耳を覆う程だ。

「なんて声量だ、隣接するエリアどころか秘境にまで届きそうだな……!」

 咆哮が収まり、ワカが耳を押さえていた手を離しながら苦々しい表情を浮かべる。遠くでまだザボアザギルの声が響いている気さえした。
 一しきり吼えた後に氷をまとうとザボアザギルの体は更に大きくなり、より圧迫感を受ける。しかし、その程度で怯むハンターではない。飛びかかるザボアザギルの巨体をかわし、振り向いた瞬間を狙ってリュカとモルガーヌが大剣を振り下ろす。溜め斬りを放ち、身を転がして離脱するタイミングまで一緒だったのでワカは感心した。

「熟練した大剣使いは同じタイミングで攻撃と回避を行うと聞いたことがあるけど、本当なんだな」
「なかなかの手練のようじゃの、若造」
「誰が若造だよ、大して違わねぇだろうが……ッ来るぞ!」

 茶化されて文句を口にしたリュカだったが、ザボアザギルが身を低くして獲物を定めるような姿勢になっていることを指摘する。
 突進か、冷凍ブレスを吐き出すか。すぐに回避できるようハンターたちも身構えるが、構えの時間が長いことからこの後の行動を咄嗟に判断したモルガーヌがワカの背を地面へ伏せるように強く押した。
 直後、ザボアザギルが体をゆっくりと回転させながら氷のブレスを吐き出す。ほぼ一周する勢いで体がぐるりと回るが、巨大化したザボアザギルのブレスの位置が高くなったため身を伏せることで回避することができた。このために自分の背を押したのだと気付き、ワカは背後で身を屈めていたモルガーヌに顔を向ける。

「ありがとう、モルガーヌさん」
「礼には及ばん。いい眺めを見させてもらったしのう」
「…………?」
 
 モルガーヌの視線は這うような姿勢になっていたワカの腰へ向けられていた。いい腰つきじゃ、と続けて言われたのでワカは頬をフェイスペイントに似た色に染めながら慌てて立ち上がる。

「い、今はそんなこと言ってる場合じゃないだろう!?」
「真に受ける反応をしながら何を言うか」
「あのワカを振り回すなんて、モルガーヌ……やるわね」
「冗談言ってるのもここまでだぜ。反撃だ!」

 体を起こしたザボアザギルが次の攻撃に移る前にリュカが背に戻しながらモルガーヌと反撃に向かう。ワカもザボアザギルの動きに注意しながら二人の後を追った。

「次で麻痺するわ、一気に攻めてちょうだい!」

 距離をとっていたためブレスを放っていた間も麻痺弾を撃ち込んでいたナレイアーナが号令をかけた。そして最後の一撃を放つと、計算通りザボアザギルの体を縛りつける。
 駆け込んだ三人がすかさず一斉に攻撃を仕掛けた。弱点の頭へリュカとモルガーヌが左右から溜め斬りを決め、ワカは前脚にブルートフルートを叩きつける。氷の鎧は粉々に砕け散り、氷結晶がキラキラと日光に反射して輝きながら宙を舞った。
 その後も攻防が続いたが、やはり巨大化したことで体力も増強されたのか一向に弱る気配が無い。ワカが観察眼を使用しても兆候が見られず、目を凝らしては首を横に振った。

「他のエリアに行こうとしないわね。体が大きいからかしら、そもそも膨らまないし」
「膨張させて更に肥大化させたら身動きがとれなくなるのかもしれないな」
「随分と太っちまったんだな、こいつ。一体何を食ったんだか」

 背ビレへの攻撃を避けたことで攻撃が集中した頭部や前脚、そして尻尾は傷だらけだ。それにも関わらず暴れ回る体力があることに四人は長期戦を覚悟したが、突然新たな危機を感じ取った。真っ先に声をあげたのはナレイアーナだ。

「モルガーヌ、離れて! 下から出てくるわ!」

 足下が揺れると同時にモルガーヌが走り出し、突如氷の大地に現れた亀裂から離れる。地中を突き破るように出現した暗い緑色の体に、ワカは息を飲んだ。

「そんな、また……」
「マジかよ、こんな時に“顎牙野郎”の登場か!」

 リュカが形容した、顎を突き破るほど発達した牙で地面を掘り氷海へ現れたのは【恐暴竜イビルジョー】。今回の依頼で環境不安定と書かれていたのは、このモンスターの出現を予期されていたためか。もしくはザボアザギルの巨大な咆哮に引き寄せられたのかもしれない。リククワのハンターたちは思わぬ来訪者に顔をしかめる。
 極寒の地にも関わらず、食料を求めるためにはるばる氷海へやってきたのだろう。貪食なイビルジョーにとってはザボアザギルもただの食料だ。ましてや、体の大きいこの特殊個体はさぞかし食いでがあるだろう。
 だが、それを望まないハンターが一人、低い声で呟いた。

「貴様……ワシの獲物に手を出す気じゃな」

 ほどばしる強い殺気。モルガーヌが今にも抜刀しそうな威圧感を放ちながら、イビルジョーと対峙していた。イビルジョーも反応したのか、大きな図体に対し小さめの頭がゆっくりと向けられる。

「モルガーヌ、まさかジョーちゃんを狩る気なの!?」
「奴の狙いはあの化け鮫よ。だが巨大背ビレを採れる折角の好機、こちらとて逃がすつもりは毛頭無い。邪魔者には退いてもらわねばな」
「食材を守るために狩ろうってのか。料理人の執着心ってすげえな」

 ザボアザギルが萎縮しているのは間違いなく強い殺気に押されているからだろう。それがモンスターなのかハンターなのかはわかりかねるが。リュカの声色も困惑に染まっていた。
 その隙にワカが至近距離でこやし玉をザボアザギルにぶつけた。それが引き金になったかのようにザボアザギルが我に返り、地面へ潜って移動を始める。臭いの行き先は隣接するエリア2だ。

「イビルジョーと分断できている今のうちにザボアザギルの狩猟をしよう」
「ええ、そうね」

 ワカの指示に従い移動を開始しようとした三人だったが、モルガーヌはイビルジョーの前から動かない。彼女の視界に入るように、そして守るようにリュカが立ちはだかる。

「おい、こいつに用は無ぇだろ。行くぞ……痛ぇ!?」
「ワシにはあるんじゃ、馬鹿者」

 バシン、と音を立ててリュカの尻に衝撃が与えられ思わず叫んだ。背を向けていたため反応が遅れたが、強烈な平手打ちが入ったらしい。驚くリュカを横目にモルガーヌは態度を崩さないまま歩き出す。

「この恐暴竜どもはこれまで散々ワシらの研究を邪魔してきおった。突然現れては獲物を食い破り、台無しにされた数など片手では足りん」
「一人じゃ危険よ。相手は古龍並の扱いをされる子なんだから」
「ここで仕留めておかぬと、後で泣きを見るぞ」
「……じゃあよ、こうすりゃあいい」

 再びリュカがモルガーヌの前に立つ。その隣にはナレイアーナ。そしてワカがモルガーヌと並んで護衛ハンター二人に告げた。

「イビルジョーの相手は任せる。無理はしないでくれ」
「おう。そんじゃ、メインディッシュをとっとと調理しろよ」
「なんじゃヌシ等、勝手に決めるでない」
「アタシとリュカは護衛ハンター、書士隊を守るための時間稼ぎも得意なのよ。ワカは危険度の低いザボアちゃんにあてるわ。書士隊でもあるから無茶はさせられないし、観察眼で捕獲の見極めもできる。今のベストの役割がこれってわけ」
「こういうことなんだ。行こう、モルガーヌさん」
「……背ビレを手に入れたら、すぐにこやつの元へ戻るからな」

 強い殺気を放っていたモルガーヌがエリア2へ消えた後に、イビルジョーの視線は残された護衛ハンターへ向けられた。既に二人は武器を抜いて構えている。イビルジョーは迷わず目の前の二人に襲いかかり、大地を揺らした。
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