狩人話譚

□ 銀白色の奇士[3] □

第25話 遺留を託す者 後編

 リククワの工房では、ヌイがナレイアーナの相棒であるアスールバスターに改造を施していた。それは武器の強化ではなく、だが狩りにおいて非常に役立つもの。

「【内蔵弾】ねぇ。初耳だけど、はじめから装填されているのは助かるわ」
「補填するにはここに持ってきてもらわないといけないのが難点かな。あと、ボウガンによって入れられる弾も違ってくる。弾切れを起こす危険性はだいぶ下がると思うよ。といっても、イアーナにはリュカたちがいるから弾切れなんてそうそう無いだろうけどね」

 ヌイは弾を装填するパーツを改造しているようだ。装填できる弾以外も撃てるようスペースがあり、改造を行えば使用が可能となる。
 アスールバスターの場合は拡散弾や貫通弾などが該当するのだが、味方を巻き込む危険性があるため改造してでも装填しようとはしなかった。ヌイはそれらとは違う弾を装填できるよう手を加えているのだ。

「それで、どんな弾が撃てるようになるの?」
「一つはこれ、【痛撃弾】。モンスターの肉質が柔らかい部位へ撃ち込むと高い威力を発揮するんだ。弱点を狙わないと威力はイマイチだけど、氷海に生息しているモンスターの肉質は大体把握できているイアーナなら使いこなせるよ」
「リュカとは違う角度から弱点を撃ち抜けそうね」
「【斬裂弾】もあるよ。尻尾の切断に使うんだけど、よほど尻尾を切らないと面倒な相手じゃない限りは出番が無いかもね。それでも尻尾への斬撃がボウガンでも使えるってのは大きい」
「ふうん」

 カチャカチャと手慣れた様子で弾を込めるヌイは、ディーンを失った後、リククワのハンターの力になりたいと一時リククワを離れて妹の住むナグリ村へ行き、この技術を習得してきたという。
 自分の持てる限りを誰かのために。ナレイアーナはポーチに手を入れ、先ほどアルから受け取った物を取り出す。チリン、と工房に鳴り響く高い音。

「鈴かい? 買ったか、それとも貰いもの?」
「……昔の知り合いから。きっと、これを付けて狩りに出てほしかったんだと思う」
「音が出たらモンスターに狙われちまうじゃないか。アンタが囮なんて……ああ、そうだったね」

 ナレイアーナの複雑そうな笑みにヌイは軽く息を吐く。かつての彼女なら、この音を有効活用できた。鈴を受け取って揺らせば、またチリンと鳴いた。

「昔はともかく、今は付けられないね。離れて攻撃しているアンタにモンスターが突進を繰り返して、リュカたちの攻撃を妨げちまう可能性が高い。どうしても付けたいのなら鈴が鳴らないように細工をしなくちゃいけないけど、どうする?」
「そうするために持ってきたのよ」
「わかった。それで、どこに付けるんだい?」
「……ここかしら」

 ナレイアーナが指したのは腰まで伸びた長い髪。狩猟の際に装備するウルクXシリーズに合わせて白い毛玉のついた髪留めを使っているのだが、これと交換したいらしい。

「任せな、うんと可愛い髪留めに付けてあげるから」
「ありがとう、ヌイ」
「いいっていいって。明日にはアスールバスターも含めて仕上げるから、あとはゆっくり休んでな」
「ええ、よろしく頼むわ」

 工房を出たナレイアーナは空を見上げる。気が付けば四年も経っていた。大事な友人だから、恋人だから。どちらもしっくりと来ない。自分を理解してくれた貴重な存在、としか言えないナレイアーナには、大切な感情が抜け落ちていた。



 エリア1やエリア3などをうろつき、ポポの群れを見つけてはトラフズクが素早く接近して攻撃を繰り出す。逃げ出す群れをよそにハビエルが動かなくなったポポを迅速かつ丁寧に剥ぎ取り、ポポノタンと生肉を手にしている。
 ここにも二人の連携が余すところなく発揮されており、リュカは自分たちに協力を要請する必要があったのだろうかと疑問を抱いた。ワカも同じことを考えていたのか、困り顔と目が合ったので思わず吹き出す。

「まったく、こんなに動かない依頼は久しぶりだぜ」
「そうだな。おっちゃん、目標の個数までもう少しか?」
「目標は達成しているけど、できればもう一つ欲しいな」
「ハビエル、あっち」

 トラフズクが指すのは現在いるエリア1からエリア2へ向かう方角だ。ポポの群れを発見したようだが、トラフズクは先ほどまでのように飛び出さず、じっと茶色の集団を見つめている。

「何かあったのかい?」
「いる、しろいの」
「白い毛のポポなんて……まさか、特別変異した個体なのか?」

 ワカが呟きながら双眼鏡を手にし、群れを観察する。トラフズクの言う通り、茶色の毛並みの中に若干薄汚れてはいるが、白い毛の小さな子どもが紛れ込んでいた。

「もっと近くて見てみたいもんだな。行ってみるか?」
「……いや、待ってくれ」

 考えることより体が先に動くリュカのベリオXコートを掴んでワカが制止をかける。双眼鏡から遠くを見つめる顔が、険しい。

「頭部に硬そうな殻が見える。ポポにそんなものは無いから、あれは違うモンスターだと思う」
「殻……もしかして、それは【ガムート】じゃないかな」
「ガムートって、最近発見された牙獣種か?」

 ハビエルの発言を聞いたワカの脳裏に深い青を基調とした、ローブのような装備を着ていたエイドの姿が思い浮かぶ。彼女はガムートが雪山を下りてポッケ村に危害を及ぼしていたので討伐したと話していたが、同じ寒冷地の氷海にも生息していたのだろうか。書士隊の血が騒ぐ。

「おそらくは。そしてガムートの子どもがそこにいるということは、親が近くで群れを守っているはずだよ。ポポノタンは必要数入手できているから、帰ろう。群れに近づいて親のガムートを刺激してはいけない」

 ハビエルの忠告に従い、四人は氷海を離れることにした。子を守るために立ちはだかる親の強さを、リュカたちはじゅうぶんに理解しているから。
 ベースキャンプに戻り、あとは船に乗り込んでリククワへ帰るだけなのだが、トラフズクが空腹を訴えたのでハビエルが船に積んでいた肉焼きセットを持ち出した。船内で待機していたリッシュもハビエルに呼ばれ、外へ出る。
 小さめの生肉を装置に取り付け、火に当てながらクルクルと回して満遍なく焼いていく。上手に焼けるタイミングもバッチリで、漂う香ばしい匂いにすぐに飛びつこうとしているトラフズクに待つよう話すと、ハビエルは調理セットから取り出した小瓶をパラパラと振りかけた。白い粒が肉の上に散らばり、ワカも興味ありげに覗き込む。

「おっちゃん、それは?」
「モガ村特産の岩塩だよ。様々な塩との組み合わせを試したんだけど、モガ村のが一番こんがり肉と相性が良くて」
「嬉しいです! 私、モガ村の出身なんです。故郷ではお祝いごとがあると、サシミウオの塩包み焼きを食べたりもしましたね」
「塩包み焼きか。今度試してみようかな」
「おっさん……ハンターだよな? 料理人じゃねえよな?」

 リュカの指摘に苦笑いをするハビエルの隣では、トラフズクがこんがり肉にかぶり付いている。この場にいる全員の分も焼くことにしたので、その間に話題は先ほど見たガムートの子どもに移った。

「サンキューな、おっさん。あのまま突っ込んでたら面倒なことになってたぜ」
「エイドちゃんと会った時に、ガムートの子どもの話を聞いたんだ。ポッケ村の村長に教えられたらしいんだけどね。ポポの群れに子どもを紛れこませてもらう代わりに、ガムートは群れごと子どもを守るそうだよ」
「なるほど、“共生”ってやつか」
「ワカ、きょうせいって?」
「互いに利益をもたらす生活を営むことだ。たとえばジンオウガが呼び寄せる雷光虫は、自分を食べるガーグァから身を守るためにジンオウガに取り付く。ガーグァの嘴は雷を通さないから、雷光虫にとってガーグァは天敵なんだ。だから雷光虫はジンオウガのエネルギーの源となる雷の力を与える代わりに、ガーグァを餌とするジンオウガに取り付いて身を守ってもらう。……わかるか?」
「なんとなく」
「亜種もそうなのかな?」
「ジンオウガ亜種に取り付く蝕龍虫がそもそも生態の明らかになっていない生物で確証は無いけど、恐らく同じだと思う」

 会話が弾んでいる間にこんがり肉が手際良く焼きあがっていく。リッシュの分はハビエルがナイフで細かく切り、小皿に乗せて渡す。焼きたてのこんがり肉のおいしさに、彼女も目を輝かせて感激していた。

「オレら人間も、モンスターと共生できれば平和になるんだけどな。ハンターの商売あがったりだけどよ」
「家畜として飼われているアプトノスやポポは該当すると思うぞ。あとはナコたちオトモアイルーも共生関係にあると言える」
「そう言われりゃそうだな。うめぇな、このこんがり肉! 村に帰ったらモリザの母ちゃんに塩で味付けしてくれって言ってみようぜ」
「モガ村のお塩をアルに頼んで仕入れてもらいましょう! なんなら私が故郷に手紙を出して送ってもらいますから」
「気に入ってくれて嬉しいよ。おっさんなりのお礼ができて何より」

 大いに沸き立ったリククワの者たちの反応に満足そうに笑うハビエルだったが、隣でトラフズクが遠慮がちにハビエルの腕を引く。その表情はご馳走で腹を満たしたばかりだというのに不安げだ。

「……ハビエル」
「トラ君、ここからが本番だよ。しっかり渡すんだ」
「うん」
「そろそろ船を出しますから、片付けましょう」

 リッシュの操縦で船はリククワへ帰る。早めに依頼が済んだこともあり、時刻は正午。とはいえハンターたちはハビエルの焼いたこんがり肉で小腹を満たしたので、モリザには申し訳ないが今日の昼食は軽めにしてもらうつもりだ。



 船を泊めると、報告のためにリッシュは一足先に拠点へ向かった。一方ハビエルとトラフズクはこのままバルバレへ戻るはずだったが、突然トラフズクがワカの手を引きどこかへ走り去ってしまった。急なことだったのでリュカは反応ができず、トラフズクの保護者と見なしていたハビエルに向き直る。

「あのガキ、どうしたんだ?」
「そうか……気を遣ってあげたんだね、トラ君」
「何のことだよ」
「おっさんたちがここへ来た本当の目的は、ワカ君にある物を渡すためだったんだ」

 真剣な表情で言われ、リュカの眉間に皺が寄る。テツカブラの討伐もポポノタンの採取も、リククワのハンターの助力など不要ではないかと思っていた疑惑がようやく晴れた。

「もちろん君たちと会ってみたい気持ちもあったよ。でも、できれば拠点の人たちと関わらない場所で渡したかった。きっと辛い思いをさせてしまうから」
「あいつを悲しませるような物を、どうして」

 リュカが問いただすと同時にトラフズクが戻ってきた。ワカはいない。

「トラ君、ワカ君は」
「…………。」
「そうか。これで良かったんだよ。“あれ”はワカ君の生きる力になってくれる」

 静かに首を横に振るトラフズクの頭をハビエルが優しく撫でつけた。ワカは何を渡され、戻らなくなってしまったのだろう。ワカが消えた方角を見つめるリュカの肩にハビエルの大きな手が乗る。

「そっとしてあげてほしい。ワカ君なら大丈夫、気持ちの整理をしたら村に戻るから。今日はありがとう、リュカ君。また機会があったら伺うよ」
「……ああ、じゃあな」

 ハビエルとトラフズクを見送り、リュカは立ち止まって森の奥を見つめる。ワカを捜そうか考えたが、ハビエルの言う通り一人にしてやることにした。



「ナコ、ただいま」

 リュカの帰りからしばらくの時間を置いて、ワカが部屋に戻ってきた。目の辺りが赤い。また傷ついたのだろうか。主の異変に気付かないはずも無く、モーナコがすぐに駆け寄る。

「ワカ旦那さん、何があったんですニャ」
「ごめん、違うんだ。俺、嬉しくてさ」
「ニャ?」

 そう言って部屋の片隅に掛けていたライトボウガン【蒼火竜砲[烈日]】にトラフズクから受け取ったものをかける。
 ひらりと揺れたのはリボンだった。端は黄色のグラデーションがかかっており、何かの文字が記されている。だがもう一方の端は焼き切れていた。まるで火で燃やされたかのようだった。

「“形見”が増えたな」
「そのリボンは、ヒナさんの……?」

 ゆっくりと頷き、ライトボウガンに触れる。自分同様身寄りの無い彼女の持ち物は、この蒼火竜砲を除き全て処分されたと思っていた。
 だが、最期を看取ったトラフズクが偶然焼き切れたリボンを手にしたという。ワカの幼馴染だったという女性の遺品をどうしたらいいのか悩んでいたようで、ハビエルに相談した結果ワカに手渡すことを決めた。
 ワカにとって、それはとても懐かしい代物だった。子どもの頃から身に着けていた数少ない装飾品。あの頃の彼女と会えたような気がした。

「……お前の分も、生きないとな」

 小さな声で、だが強い意志を込めて呟く。再会の涙で潤んだ金色の瞳が、嬉しそうに微笑んでいた。
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