狩人話譚

□ 銀白色の奇士[3] □

第25話 遺留を託す者 前編

 リュカは居心地が悪かった。原因は前を歩く三人のハンターたち。一人はギルドからの処分が解けて氷海へ足を踏み入れられるようになったワカ。残る二人は……。

「会えて嬉しいよ、二人とも。特にトラ、お前は寒い所が苦手だから、ここへ来るなんて思いもしなかった」
「ギルドから直々に依頼を渡されてしまったからね……おっさん一人じゃ不安で、トラ君について来てもらったんだ」
「ハビエル、じゅうぶん強い」
「トラ君には敵わないさ」

 リュカがリククワを離れていた頃、モーナコらオトモアイルーが氷海で遭遇したという中年と少年のハンター、【ハビエル】と【トラフズク】。ワカとは親しい仲間で、会話がとても弾んでいる。
 日が昇りわずかな温かさを与え始めた朝間に、二人は突然現れた。目的は、氷海の依頼同行。ナレイアーナはヌイの元でアスールバスターの改造を見届け、モーナコはリハビリをするべきと主の参加を促したことで残された一枠はリュカで埋められ、今に至る。

(当たり前だけど、すげえ楽しそうだな)

 ハビエルの隣にいた少年、トラフズクは初対面の時は中性的な顔をぴくりとも動かさなかったため、まるで人形のように思えた。それが二人と話している時だけは表情が和らぎ口数も増えている。ワカがまとう空気も穏やかなもので、数ヶ月生活を共にした自分たちよりも深く信頼できる相手なのだと感じた。
 久方ぶりの再会を見守りながらも疎外感を感じつつ氷海のエリア1をとぼとぼと歩いていると、目の前の巨体が振り向く。

「……あ、ごめんねリュカ君。つい盛り上がってしまって」
「構わねぇよ。最近は会ってなかったんだろ?」
「そうだね、半年ぶりかな。……色々あったんだね、君も大変だったろう」
「まあ、そうだけどよ」

 リュカと同じ目線でハビエルが話しかけてきた。高身長のリュカが目線を下に向けずに話せる相手はめったにいないため、新鮮に感じる。
 肩幅や腕の太さはリュカよりも大きく、恵まれた体格はスラッシュアックスを担ぐことで存分に生かされている。ハンターになったのはほんの数年前で、以前は肉屋を営んでいたと聞いて驚いたが。
 肉、というワードからリュカは今回の目的を思い出した。

「そういやよ、肉のギルドなんてあるんだな。ハンターズギルドしか知らなかったぜ」
「表向きはお肉の販売なんかをしているから、ただのお肉屋さんだと思われているんじゃないかな。お肉の調達や調査を行うのがギルドの本当の活動なんだ」
「それで今回の目的がポポノタンの調達のわけか」
「モンスターも」
「そうだねトラ君。テツカブラも討伐しなくては」

 ハビエルはバルバレギルド所属のハンターだが、食肉を取り扱うギルドにも籍を置いている。肉屋を営んでいた知識と経験、更にハンターの実力を高く買われ、危険度の高いモンスターの捕獲や肉の調査を任せられることもあるという。
 今回は寒冷地にしか生息しないポポから採れるポポノタンの納品依頼を受けたのだが、ポポの群れを秘境に追いやるように暴れ回っている【鬼蛙テツカブラ】の討伐も言い渡された。
 一度に二つの依頼をこなすのはG級ハンターといえど骨が折れる。そこでハビエルは相棒のトラフズクを連れてリククワのハンターを頼ることにした。その拠点には、かつて自分と共に狩猟を行った頼れる仲間がいるから。
 エリア7に着くがテツカブラの姿は見えない。だが、トラフズクが何かに気が付いて顔をしかめた。トラフズクに備わる野生の勘を知っているハビエルが尋ねる。

「トラ君、どうかしたのかい」
「あそこ、くさい」
「臭い……? 腐肉の辺りか」

 トラフズクの目線を追い、ワカが腐肉に近づく。反り返った牙でなんとかポポだろうとわかる程の、いつ朽ちたかわからない死骸だがモンスターにとっては貴重な食料だ。派手に食い散らかしたようで、肉の破片や食事の際にこぼした唾液が散乱している。

「テツカブラが吐き出したガスの臭いがする。ここで食事をとって移動したばかりのようだ」
「くさいの、あっち」
「イアーナばりの嗅覚か。すげえな」

 ナレイアーナがこの場にいたら、どんな顔をしただろう。常人以上に鼻の利く彼女なら卒倒してしまうかもしれないと思いつつ、リュカは気を引き締めた。

「よし、それじゃさっさと牙カエル野郎を狩って肉の調達に移ろうぜ」
「そうだね。行こうか」

 武器の具合を確認し、ハンターたちは氷の洞窟へ進入した。



 モリザと共に食料を倉庫へ入れ終えたアルは、広げていた商品を片づけ始めた。ハンター相手の商品もあるのだが彼らは早々に来客と氷海へ向かったので、続きは依頼を終えて戻ってからだ。
 正午を過ぎる頃には戻るだろうから、それまで休ませてもらおう。そう考えながら木箱に商品を詰め戻していると、人の気配を感じて顔を上げる。一般人なら気が付かないが、ギルドナイトの称号を隠し持つアルにはすぐにわかった。振り向くと、木々の隙間から自分を見つめている人影。

「……できるだけ気配を殺していたというのに、さすがギルドナイトね」
「お褒めの言葉をありがとう。誰もいないから、出てくるといい」

 やや躊躇いつつも、ナレイアーナが姿を見せる。いつものはつらつとした雰囲気は無く、緊張しているのをアルは感じ取った。どうして自分に会いに来たのかも。

「……アル、単刀直入に聞くわ。アンタ、【ミゲル】のお兄さんでしょう?」
「そうか……やはり君が」
「似てると思ってたのよね。お兄さんがいるって聞いたことがあったし。商人でギルドナイトをしているなんて知らなかったけど」
「私たちは三人兄弟なんだ。長男の【トマス】兄さんだけ商会の跡継ぎとして大事に育てられたが、私とミゲルはスペアとしての価値しか無い。だから私たちは自分の生き方を見つけるため、逃げるように国を去った」

 商会長の子でありながら、そんな事情があったとは。火の国きっての大組織の裏を知り、ナレイアーナの表情が曇る。

「私は努力の末ギルドナイトになり弟はロックラックギルドの書士隊に入ったが、更にミゲルはハンターライセンスも取得した。順序は逆だが、まるでワカのようだな。ミゲルとはよく手紙でやりとりをしていて、ある日好きな女性ができたと書いてきたんだ。空と葉の色を混ぜた髪と土色の瞳を持つ、とても美しい人だと。名前も書いてあった。間違いなく君のことだと思っていたよ」
「ミゲルは一時期アタシと行動をしたことがあるの。まさかギルドナイトに筒抜けだったなんてね。ここへ来ているのも、アタシの監視のため?」
「……え?」
「…………。」

 最も確認したかった問いに質問の意味がわからないといった表情をされ、ナレイアーナは動揺した。この男は、『あのこと』を知らない。ミゲルが兄に全てを伝えていないことを感謝するべきなのか責めるべきなのかもわからないまま、ナレイアーナは話を続けることにした。

「それじゃ、もう一つ聞くわ。ミゲルは今どこにいるの?」

 その問いを聞いた途端、アルの表情が一気に険しくなる。その反応だけでナレイアーナはいい答えが返ってくることは無いと確信できた。

「……四年前に樹海へ調査に向かったきり、行方不明だ。私も手を尽くしているが、今も情報はまったく掴めない。商会にも力を借りたくて、私は単身国へ帰ったのだが……父は捜索などしないと言い切った。しかも死亡手続きもその日中に済まされたよ」
「そん、な」
「おそらくハンターズギルドからも抹消されているだろう。悔しいが、父にとって私たちはそういう存在だと改めて思い知らされたな」
「……アタシ、ミゲルが樹海で行方不明になったと聞いて、それで樹海に近いバルバレの護衛ハンターになったのよ! こうやって書士隊と関わっていればいつか会えるかもしれないって思っていたのに、どうして商会はミゲルを死んだことなんかにしちゃったの? 自分の子どもなんでしょう?」
「イアーナ、さっきも言った通りだ。私とミゲルは跡継ぎではない。たったそれだけで、子と認められなかったんだよ」
「そんなの勝手すぎるわ、親は子どもを大切にするんじゃないの!? どうしてなのよ……」

 ナレイアーナの切実な思いを聞いてアルは目を伏せた。人に恋をしたことが無いと以前から語っていたナレイアーナのことだから、ミゲルに抱いていた好意も友情止まりだろう。
 だが、親から愛されることを知らなかった弟が一人の女性を愛することができた、そのことはアルにとって喜ばしいことだった。渡すなら今しかない。アルはそっと忍ばせていた袋に手を伸ばした。

「ありがとう、ミゲルと親しくしてくれて。これは弟の部屋から見つかったんだが、君に身分を打ち明けられなかったから、なかなか渡せなかった。受け取ってくれるか?」
「…………。」

 チリン、と乾いた音が鳴るそれをナレイアーナの手へ渡す。じっと見つめるとポーチに入れ、背を向けたままアルへ話しかける。

「アタシはミゲルが死んだなんて思っていないわ。いつか必ず会える気がするの。アルも、そうでしょう?」
「もちろんだ。その為に私は一端の商人になって世界を渡り歩いている」

 力強い返答を受け取ると、ナレイアーナは工房へ歩いて行った。チリン、チリン。可愛らしい音を聞きながら、アルはゆっくりと目を閉じる。部屋で発見されたそれは、失踪する数日前に会った時に見せてくれたものだった。その時の会話も蘇る。

(音を鳴らせばモンスターが反応するからさ、頭を叩くにはお誂え向きじゃないかなって。レイアの腕前なら大丈夫、モンスターの攻撃なんて簡単にかわして反撃しちゃうよ。そうなると、僕はどこを攻撃しようか……武器が同じだと狙う場所も同じだからなあ。その時は後方から挟み撃ちを仕掛けようかな)
(喜んでくれるといいな、ミゲル)
(うん、調査を終えて戻ってきたらプレゼントしようと思う。じゃあ、またね。アルヴァド兄さん)

 だが、贈り物がナレイアーナの手に渡ることは無かった。ミゲルの部屋に大切にしまわれた小さな木箱を見つけた時は心が痛んだ。弟は彼女に想いを伝えられないまま、どこかへ消えてしまったのだと。

(樹海への調査だと言っていたが、あれは間違いなく嘘だ。そうでなければ、付き添いのハンターが剛腕の者だらけになるはずが無い。ミゲル……必ずお前の足取りを追い、見つけてやるから)

 ふう、と白い息を吐き出すとアルは商品の片付けを再開する。チリン、チリンと鳴る綺麗な音は、弟との思い出と共に遠ざかっていった。



 テツカブラが自慢の牙で巨大な岩を掘り起こし、口にくわえる。力を込めるために膨らんだ白く丸い尾へすかさず駆け込んだトラフズクの双剣【封龍剣[極絶一門]】が食らいつく。
 弱点を連続で斬りつけられて怯んだテツカブラが岩を口から離し、落ちてきた大岩を横へステップすることでかわしたハビエルはすかさず斧の姿をしたディズオブアームを天へ掲げるように振り上げる。
 斧が牙に直撃し、バキリと音を立てて砕けた。テツカブラの体がゴロゴロと転がりのた打ち回ると、やがて仰向けの姿勢で動きを止める。討伐成功だ。

「ふう、お疲れさま。思った以上に早く討伐できたね」
「ふたりのおかげ」
「そうだね、ワカ君とリュカ君のおかげだ。ありがとう二人とも、本当に助かるよ」
「オレらはそんなに貢献してねえよ。なあ、ワカ」
「ああ。二人とも相変わらずいい連携をしているよ」

 パワーはあるが武器が重く大振りになるハビエルのスラッシュアックス。素早く連続で攻撃できる代わりに一撃が軽いトラフズクの双剣。お互いの短所を補いながら長所を伸ばしているのは二人のコンビネーションだ。
 トラフズクがモンスターの足止めになるように動けば生まれた隙へハビエルが強力な攻撃を放ち、ハビエルのリーチの長い攻撃でモンスターを牽制する間にトラフズクが高所からモンスターの背に飛び乗る。臨機応変に立ち回れるのは、互いをよく信頼している証拠だろう。

「トラ君がおっさんに合わせてくれているんだよ。おっさんは、がむしゃらに動いているだけさ」

 謙虚に語るハビエルだが、ワカはトラフズクが孤児でかつては誰にも心を開かなかったと聞いている。そのトラフズクが初めて気を許した相手がハビエルであることも。
 ハビエルを通じてワカを始めとするハンターたちとコミュニケーションがとれるようになり、以前より表情が豊かになった。それこそが一番の功績だ。大らかで優しい男の本当の強さを、ワカはよく知っている。

「おなか、すいた」

 くう、とトラフズクの腹の虫が訴え、発言とほぼ同時に足がクンチュウの死骸へ向かっていく。暴れ回ったテツカブラにぶつかり死んだようだ。
 何をするつもりだろうとリュカはぼんやり見つめていたが、両隣にいた二人が慌てて駆けだしたので目を丸くする。

「トラ! お前まだその癖直っていないのか、そいつは食えたものじゃないぞ!」
「おいしいのに」
「もう少し我慢してね、トラ君。そうしたらおいしいお肉を焼いてあげるから」

 両腕をがっちりと捕まれ頬を膨らませるトラフズクと、必死の形相で止めに入ったハビエルとワカ。ワカの発言からどうやらクンチュウを食べようとしたようだが、さすがに虫はまずいだろう。
 モンスターの特濃は例えようの無い味がする。何故リュカが知っているかというと、ワカをからかい過ぎた結果回復薬にモンスターの特濃を入れられたからだ。有言実行を地でいったワカの恐ろしさを垣間見た出来事は強烈すぎて忘れられないが、今は味を思い出したことを後悔した。

「次はポポノタンだろ。あいつらがどの辺で群れをつくっているかはオレらの方が詳しいから、任せな」
「助かるよ。行こう、トラ君」
「うん」

 休憩もそこそこに、茶色い毛の集団を探す第二の依頼が始まった。日はまだ真上に昇っていない。群れをすぐに見つけることができれば、こちらの依頼も早めに果たせられそうだ。リククワのハンターに先導され、バルバレのハンターは氷海を駆けた。
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