狩人話譚

□ 銀白色の奇士[3] □

第24話 融解する大地 後編

 前脚を負傷させたことで粘菌の爆破は軽減されているが、それでも勢いは止まらずエリア1も徐々に地形が崩壊していく。
 盾で防いでは隙を見て消臭玉で粘菌を打ち消すクレイドに対し、リュカはブラキディオスの攻撃を身を屈めたり転がることで対応していた。

「うおっ……!」

 回避行動を見切られたのか、追撃を許してしまう。目の前に飛んできた粘菌まみれの前脚にたまらずジークムントを突き出して弾くが、べっとりと緑色の粘菌がこびり付いた。
 すかさずクリフが万能湯けむり玉を投げつけるが、これで残りはあと一つだ。そろそろ決着をつけなければならない。クリフは蒼竜火砲を構え……中央部にそびえ立つ巨大な氷柱へ撃った。

「クリフ!? アンタ、ふざけてるの?」
「ナレイアーナ、麻痺まであと何発っスか」
「……あと二発ね。それより、さっきから何の真似よ」
「今は合図を送ることだけ覚えていて欲しいっスよ」

 火炎弾が何度も氷柱の一点に何度も命中したことで、中央部にビシリと亀裂が入った。更にナレイアーナが麻痺弾をブラキディオスに撃ち込み、クリフの名を呼ぶ。
 条件は全て揃った、あとは誘導するのみ。クリフは装填されたままの火炎弾をブラキディオスへ撃つ。クレイドと向き合っていたブラキディオスが振り返り、クリフ目がけて走り込んできた。想像以上の早さにクリフが驚きの声をあげる。

「わっ、わっ、思った以上に素早いっス!」
「いかんっ……! クリフ、退け!」
「そうはいかないっス! イアーナ、頼むっス!」
「わかったわ!」

 氷柱の側に近づいたところでクリフが指示を出し、ナレイアーナがブラキディオスへ麻痺弾を撃った。計算通りブラキディオスは麻痺し、言うことを聞かない体を叱咤して動かそうとしている。

「今だぁ! いけえぇーーっ!!」

 ブラキディオスの目の前にいたクリフが後ろへ大きく飛ぶ。更に声を張り上げてもう一度後退するが、同時に弾薬をばらまいた。……ブラキディオスではなく、氷柱に向かって。
 度重なる衝撃が加わりとうとう真っ二つに折れた氷柱は、ブラキディオスを押し潰すように崩れ落ちる。ブラキディオスの悲鳴が聞こえたが、氷柱の倒壊する大きな音にかき消された。
 舞い上がる雪はまるで吹雪のようで、四人は身を屈める。ようやく視界が鮮明になったところで巨大な氷塊となった氷柱の下敷きになっているブラキディオスを討伐したことを確認できた。

「どうっスか、狩技【バレットゲイザー】! なかなかモンスターに当てるのが難しい技っスけど、こういう使い方もあるんスよ!」
「まったく、お前はいつもそうやって無茶をする。唐突に思いついた策を私たちに伝えないまま行動するんじゃない」

 腰に手を当て胸を張りながら自慢げに喋る弟に生真面目な兄は頭を抱えている。以前クレイドを殺意をみなぎらせるほど怒らせたと語ったクリフだが、こういった破天荒な行動が兄を心配させているのだろう。
 ともあれ、ブラキディオスの討伐に成功した。これで再びリククワで暮らすことができると実感がわいたリュカは安堵から空を見上げる。戻れなかったこの二ヶ月間どんな風に過ごしていたのか、イリスからたっぷりと話を聞きたいと考えながら。
 その時、ふと雪が舞っていることに気がついた。山脈へ目を向ければ、山を覆う上空も淀み始めている。天候が変わって雪が降ることなどおかしなことではないが、リュカの狩人の勘が警鐘を鳴らしている。この雪はおかしい、と。全身の血が凍える感覚がした。

「エリア5に行け、早く!」
「ど、どうしたんスか、リュカ? この通りブラキディオスは討伐できたし、あとは帰るだけじゃ」
「急に天気がこんなに荒れるかよ!」
「まさか……“また”来たっていうの!?」

 手を振りエリア5へ誘導するリュカに従い、全員が移動する。更に隣接するエリア6へ逃げ込んだ。エリア7の方角に見える空は暗く、雪が暴れるように風に吹かれている。
 突然変貌した外の景色にクレイドは困惑していた。好奇心旺盛なクリフでさえ出てはいけないと感じているようで、息を潜めるように大人しくなっている。

「すごく危険な気配がビリビリするっス」
「なんなのだ、この猛吹雪は……。これはまるで、」
「暴風野郎だ」
「…………?」
「あ、クシャル様のことね」

 リュカの呼び名にナレイアーナが補足をし、四人はエリア7の空を見守る。まるで夜のように暗くなっている外は別世界のようだ。

「以前現れたと聞いたが、再び来ようとはな。どうする、我々の力では到底及ばないぞ」
「この天候じゃ救援の狼煙もあげられるかわからないわね。ベースキャンプにいるリッシュは無事かしら。船内に避難しているといいんだけど」
「せっかくブラキディオスを討伐できたのに、古龍に乱入されるなんて災難っス」

 本来ならばこのエリア6をうろついているスクアギルやクンチュウの姿が見あたらない。古龍の再来により地中や秘境へ移動したのだろう。
 これからどうするべきかとエリア7の空をぼんやりと見つめていたハンターたちだったが、徐々に明るさを取り戻していく光景にクシャルダオラが去ったことを直感した。
 そして警戒しながらエリア1へ向かうも、目の前に広がる光景に四人は絶句する。

 氷漬けになったブラキディオスの亡骸、

 時間を巻き戻したかのように何も無かったが如くそびえ立つ氷柱、

 ブラキディオスの粘菌爆破により荒れ果てたはずが元通りに整地された氷の大地。

 これらは全てクシャルダオラがやったのか。否、こんなことができるのは古龍以外あり得ない。四人はしばらく立ち尽くしていたが、やがてリュカがぽつりと語った。

「これじゃ、この粘菌野郎を成敗して氷海を直すためだけにやって来たようなもんじゃねえか」

 大地を荒らしたブラキディオスに制裁を加え、大地を修復して立ち去る。まるでクシャルダオラがこの氷海の管理人ではないかと思われるような行動だ。
 もしその場に居合わせたら自分たちも氷漬けにされていたのだろうか。古龍という存在が如何に強大であるかを思い知らされた。

「ここから先は我々にはどうにもできまい。一刻も早く船へ戻り、ギルドへ報告をしよう」
「兄さんの言う通りっスね」

 ベースキャンプに着くと、船の傍でリッシュが帰りを待ちわびていた。天候が悪くなった時船内にいたようで嵐の影響を受けなかったが、クシャルダオラの再来を知らされると目を丸くしていた。
 停泊していた船には目もくれずに氷海の荒れ果てた大地だけに視線を向けたとも思え、益々クシャルダオラの考えていることがつかめない。あの古龍は氷海と何か関係があるのだろうか。
 こういったことは自分には不向きだ。真相の解明は書士隊やギルドに任せるとしよう。そんなことを考えながらリュカは海風を浴びていると、クレイドがふと思い出したように話を持ち出した。

「そういえば、この辺に【頭蓋潰し】が現れたらしいな」
「あ? なんだよ、それ」
「…………。」

 リュカが怪訝な顔をしてクレイドに向き直るが、ナレイアーナは海を見つめたままだ。そんな対照的な反応を気にも止めず、クレイドは続きを語る。

「数年前こちらのギルドに所属していたハンターだ。性別に年齢といった素性はほとんどわからない。だが、常に一人で高難度の狩猟をこなす者だったらしい」
「そんな腕利きハンターがどうしたんだよ? 悪い話じゃなさそうじゃねえか」

 リュカの言葉にクレイドは『いいや』と首を横に振る。アグナZヘルムを外して見せた素顔は嫌悪感を露わにしていた。

「奴の腕は本物だろう。だが、とても残虐なハンターと言われている。討伐されたモンスターの頭部はみな叩き潰されており、悲惨な状態だったという。討伐した後も攻撃を加えて頭蓋骨を粉砕していたようだ。それを見ているのは当事者とギルド関係者だけだから、我々ハンターは知る由も無い。ここ数年は姿を見せていなかったらしいが、似た手口を行ったことから奴ではないかと」

 ハンターの攻撃によりモンスターが傷を負うのは当然のことだが、討伐後もなお頭部を執拗に叩き潰す精神を問いたくなる。狩人の信条を破るような行為にリュカの顔も不機嫌なものに変わった。

「頭を潰すなんて信じらんねえな。で、そいつがここに現れたってのか? 村の連中は会ったりしてねえよな」
「誰かが襲われたとも聞いているが、被害の報告は入っていないな。だが、モンスターだけでなく人間にも武器を向けた危険人物だ。凍土にも出没するかもしれぬと隊長から連絡を受けていてな。どうやら君たちにとっては初耳だったようだが」
「マジかよ。村に戻ったらすぐに聞いてみようぜ、イアーナ」
「…………。」
「おい、イアーナ。話聞いてたかよ? やべぇ奴が出てきたんだぜ」

 そっぽを向いたままのナレイアーナにリュカが再度声をかけたところでようやく振り向く。その顔を見てリュカは思わずナレイアーナの肩に手を添えた。

「……大丈夫か? お前、なんか顔色悪いぞ」
「ねえ、クレイド。そのハンターなんだけど、別人じゃないかしら」
「何故そう思う?」
「…………。」

 ナレイアーナは再び視線を海へ投げる。しばらく答えに迷っているかのように黙り込んでいたが、やがて唇を震わせながら開いた。

「アタシ、そのハンターの話を聞いたことがあるの。もう何年も前に死んだって」
「えっ? し、死んでるんスか? それならここ数年見かけられないってのはわかるっスけど、それじゃあ噂になっているのは……」
「物好きな誰かさんが真似しているんじゃないかしら。アタシの勘違いかもしれないけどね。あー、お腹がすいたわ。久しぶりにモリザお母さんのおいしいご飯をたらふく食べたいわね」

 話を切り上げるようにそう言うと、ナレイアーナは『一休みするわ』と告げて船内へ向かった。物騒な話題を続けるのはせっかくの職務復帰に水を差す。そう考え直し、リュカもまた自分たちを温かく出迎えてくれるだろう住人たちの顔を思い描いた。



 リククワに戻るとカゲが出迎えた。今回の依頼書をリュカたちに渡したのは彼であり、また成功を信じて拠点の入口でイリスと共に帰還を心待ちにしていたようだ。

「兄さん、討伐は」
「成功っちゃ成功……かな。ちょっと色々あってよ」
「何か不慮の事態でもあったの?」
「その辺はお爺ちゃんも一緒に話を聞いてもらいましょ、カゲも来るでしょう?」

 リククワの長に全てのことを伝えるため部屋に向かうが、ムロソも報告を待っていたのかノックの直後に扉を開けられハンターたちは予想外の行動に驚いた。
 ブラキディオスの討伐とクシャルダオラの出現の報告を伝えると、長い顎髭に手をあてながら『ふむ』と小さく頷いた。

「お前さんたちが元の職務に戻れることは本当に喜ばしい。だが……クシャルダオラが再び現れるとは思わなんだ」
「砕竜が破壊した一帯の修復のために、ねぇ……。不可思議ではあるけど、あの氷海は鋼龍の縄張りなのかな?」
「また調査しなくちゃいけないことが増えたわね、これから忙しくなりそう」

 ムロソが部屋の隅にいたクレイドとクリフ兄弟に目をやる。彼らとは初対面だが、強さと優しさをたたえた、いい瞳をしているとムロソは思った。

「ブラキディオスを討伐できたのはお前さんたちの力添えのおかげじゃ。ありがとう」
「氷柱をぶっ壊して粘菌野郎を潰すなんてえげつないことしやがったけどな」
「あの一撃が無かったらクシャルダオラと鉢合わせたかもしれないんスよ? 結果オーライっス」
「……この通り弟が無茶をしましたが、我々も恩を返すことができて何よりです。これからもお互いに協力していければと思います」

 クレイドの丁寧な返事にムロソは満足そうに頷いた。こうして護衛ハンター同士が協力体制を組むことができるのは非常に心強い。

「今頃モリザとルシカが夕飯の準備をしている頃じゃ。今宵は広間で宴にしよう。お前さんたちも食べていくがいい」
「本当っスか? 嬉しいっス、オレ実はもうお腹ぺこぺこで」
「すみません、お世話になります」

 広間に向かうとリククワの住人が総出で迎えてくれた。全員が温かな笑みで、護衛ハンターたちに伝える。

“おかえりなさい”

 二ヶ月ぶりに聞いたその言葉は、ハンターたちの身も心も満たす何よりのご馳走だった。
関連記事

*    *    *

Information