狩人話譚

□ 銀白色の奇士[3] □

第24話 融解する大地 前編

「兄さんっ!」
「よう、イリス。二ヶ月ぶりだな」

 リククワに現れた人影を見た途端駆け寄って抱きついたのはイリスだ。久しぶりに兄と会えたことで嬉しさが爆発したらしい。対するリュカも華奢な妹の体をしっかりと受け止めた。

「特に変わったことは無かったかしら?」
「……まあ、色々あったよ。おかえり、ナナちゃん」
「おかえりなさいですニャ」
「ただいま」

 もう一人の訪問者であるナレイアーナにはワカとモーナコが出迎えた。ワカの含んだ言い方が気になったが、それよりも報告しなければならないことがある。

「アタシたちはまだここに帰ってきたわけじゃないの。これから氷海へ行く。そこで依頼を果たして初めて村に戻れるのよ」
「依頼? それはモンスターの討伐ですニャ?」
「ええ。彼らと一緒に行くわ」
「彼ら……あっ」

 ナレイアーナがリククワの入口へ視線を送ったので、ワカとモーナコもつられて顔を向ける。すると、リュカたち以上に久しぶりに見る二つの顔がリククワへ到着したところだった。
 凍土調査隊の護衛ハンター、兄のクレイドと弟のクリフ。彼らもまたリククワのハンターと同じく護衛の義務から外されていたことをワカはクインからの報せで知っていたが、まさかこの拠点に姿を現すとは思わず驚きの声をもらした。

「闇夜の赤黒雷の件以来だな。……“彼”については我々にも責任があると思っている」
「あの時は何もできなくて申し訳無かったっス。オレがやられたせいで兄さんはオレを庇いながら戦って、それで兄さんも……」

 兄弟は揃って頭を下げた。凍土の秘境調査中に現れたジンオウガ亜種により二人は傷を負い、イリスとリュカを助けるためにやってきたディーンは命を奪われる結果となった。クレイドはディーンと面識があったため、余計に辛い思いをしたようだ。

「だから、今度はオレたちが力を貸すっス! ……と言っても、ギルドの命令で来たっスけど」
「最近氷海で大きな流氷が見られたそうだな。ギルドが調べたところ、一部で崖が崩落している箇所もあるとか。その原因を引き起こしているモンスター、【砕竜ブラキディオス】の討伐が今回の目的だ。この依頼を遂行することができたら、彼らも我々も元の任務に戻ることができる。奴の討伐経験があるからギルドも我々を指名したのだろう」
「……ということなの。倉庫の備蓄はバッチリよね? 準備を整えたらすぐに出発するわ」
「倉庫の整理は日々行っているから抜かりは無い。遠慮せずに持って行ってくれ」
「ボクはリッシュさんに船の準備をお願いしてきますニャ」
「ギルドからの依頼書だ。これを彼女に渡してくれ」
「わかりましたニャ!」

 会話が終わるのと同じ頃、リュカもイリスと二ヶ月越しの対面に満足したのか倉庫へ向かう。既に支度を整えているクレイドとクリフは二人を待つことにしたが、ワカが何かを思いついたようで倉庫へ入ると何かを持って戻ってきた。玉が入っているのか、丸みを帯びた布袋をクリフに手渡す。

「クリフ、お前にこれを頼みたい」
「けむり玉っスか?」
「万能湯けむり玉だ。ブラキディオスの粘菌が起こす爆発の威力はかなりのものらしいから、この湯けむり玉で防ぎながら立ち回れば安全に狩猟を進められるはずだ。接近戦を行うリュカやクレイドにその隙は無いし、ナナちゃんは武器を背負うのに時間がかかってしまう。だから、これを使うのはお前が適任だ」
「ありがとうっス、ワカ」

 クリフに万能湯けむり玉を渡すも、ワカの表情は不安そうだ。この兄弟はG級ハンターであり、ブラキディオスの討伐経験もあるというのに。心にわだかまる不安要素が拭いきれず、ワカはぽつりと忠告した。

「それと……モンスターの乱入には気を付けて」
「ワカ、それはどういう意味だ?」
「ブラキディオスの爆破はあちこちに大きな影響を及ぼす。縄張りを荒らされたモンスターがブラキディオスがいなくなったことを確認しようと姿を見せる可能性があるんだ。だから、決して油断しないでほしい。過去に討伐後の隙を突かれて……命を落としたハンターがいたから」
「……心配いらないっス! 今回はリュカたちもいるし、大丈夫っス。ワカはのんびり帰りを待っていればいいっスよ」

 明るい声でクリフが笑いながら肩を軽く叩く。クリフはワカが言った『命を落としたハンター』が誰なのか把握した。目の前の男にとって大切な人だったという、幼馴染の女性だろう。

「お待たせ」
「こっちも準備万端だぜ」
「皆さんがよろしいのなら、すぐに船を出します」

 リュカとナレイアーナ、そしてモーナコに連れられたリッシュがやって来た。氷海へ向かう狩人たちは顔を合わせ、力強く頷く。
 過去の悲劇を変えることはできない。だが、今回の狩猟はその過去の清算だ。かつての日々を取り戻すため、リククワと凍土調査隊のハンターは氷海へ向かう。
 船が小さくなるまで、リククワの住人たちは彼らを見送る。全員が大きな怪我をすること無く帰還することを、ユゥラは一人祈った。



 寒冷地にやってくるのは久しぶりだが、氷の大地に長らく根ざした体は寧ろその寒さを喜んで受け入れているように感じられた。
 ギルドの報告通り、ベースキャンプ傍の海に浮かぶ氷の塊は以前より大きい。ブラキディオスが暴れ回った結果氷の大地が崩れ、海へ流されたのだろう。このままではこの一帯が崩壊して沈んでしまいそうだ。

「ブラキちゃんは水に弱いから、アスールバスターの水冷弾が役に立ちそうね」
「クリフ、奴のフットワークの軽さを見くびってはならない。距離をとるとはいえ気を付けるんだぞ」
「わかってるっス」

 エリア1の崖を上りエリア3に到着すると、斜面を見上げる。大きな弾のような突き出た頭部をもたげ、辺りを見回しているブラキディオスを見つけた。
 斜面のいたるところが陥没しているのはブラキディオスの粘菌が爆発したからだろう。討伐に手こずれば辺りがどんどん粘菌の爆破で地形が大きく歪み、ハンターにとって不利な状況になる。

「一気にケリをつけないと、ここも崩れ落ちる可能性だってあるわけか……厄介な野郎が出てきちまったな」
「リュカ、あまり大剣で攻撃を防がない方がいい。刃こぼれに繋がる恐れがある」
「オレもそいつはやべぇなと思ってたところだ。イアーナ、クリフ、援護射撃は任せたぜ」

 陥没した箇所を避けて坂を駆けあがる。ハンターに気がついたブラキディオスも両前脚に自身の舌で粘菌をすり付け、戦闘態勢に入った。
 ブラキディオスの攻撃は主に前脚を殴りつけるように振るうというシンプルなものだが、そこに粘菌の爆破が重なることで脅威的な破壊力を生み出す。
 爆破のエネルギーは強固な装備で身を固めていようとも簡単に鎧を砕いて体内へ大きなダメージを与える恐ろしさを持っており、このモンスターに大怪我を負わされたハンターは多いという。

「この粘菌野郎といい凍土で会った青冠野郎といい、獣竜種って奴らは溜め斬りが当てにくいんだよな」
「私が攻撃を引きつける。その隙を狙ってみてくれ」

 クレイドが盾を構え、ブラキディオスの攻撃を受け止める。両足で踏ん張り衝撃を受け流すとブラキディオスは攻撃を防いだクレイドに対抗意識を燃やしたのか、標的をクレイドに定め拳を幾度となく振るった。

「兄さん、後退するっス!」

 クリフがワカから受け取った万能湯けむり玉を投げつける。クレイドは時にサイドステップで攻撃を避けながらけむりの立つ箇所へじわじわと移動し、盾にこびり付いた粘菌を落とした。
 一方のリュカはブラキディオスの背後に陣取り、尾へ斬撃を与える。通常弾の速射を行うクリフの更に後方でナレイアーナが弾を撃っているのが見えたが、水冷弾ではないことに気が付き疑問を抱いた。

「イアーナは何を撃ってやがるんだ? あんな距離じゃ威力もイマイチだってのに」

 リュカの発掘ジークムントは炎の力を宿しており、ブラキディオスには通りが悪い。水冷弾を撃てるナレイアーナのアスールバスターが唯一大ダメージを期待できるのだが、彼女は何かを数発撃ってはすぐに装填を繰り返している。
 装填のペースの早さから、それが通常弾ではないとリュカにはすぐわかった。麻痺弾といった、何か特殊効果のある弾なのかもしれない。

「クリフ、そっちへ行くぞ!」
「わかってるっス!」

 どうやら今度は速射を放っていたクリフをターゲットにしたようで、ブラキディオスがドシドシと音を立てて斜面を下る。右の前脚を高く降りあげたのを見たクリフは前転することでブラキディオスの脚の間からすり抜けた。

「イアーナ! お前も離れておけ!」
「アンタこそさっさとこっちに来なさいよ、そろそろチャンスになるんだから」
「ああ? どういう意味だよ」

 ブラキディオスを追うようにランスを突き出して駆け降りて来たクレイドの一撃にブラキディオスが怯んだ。その間にナレイアーナはアスールバスターを背負い、射程範囲へ移動する。
 反撃に出ようとしたブラキディオスが振り向くが、構えるように持ち上げていた前脚は力無く地へ下ろされ、その場で口をだらしなく開けて荒い呼吸を繰り返している。盾で防御態勢をとりながらクレイドはアグナZヘルムの下で怪訝な表情を浮かべた。

「……? 動きが鈍い」
「ようやく【減気弾】が効いてきたようね。脚を狙えば転ばせられるわ!」
「連撃ならオレに任せるっス!」

 ハンターが砥石を使って武器の切れ味を回復させるようにブラキディオスも粘菌を増やそうと前脚に舌を這わせるが、その動作すら疲労からかゆっくりだ。
 クリフの放った速射が後脚に命中し、宣言通りブラキディオスの体がとうとう崩れ落ちた。ハンターたちにようやく訪れた好機。

「イアーナ、頭は譲ってやるからしっかり決めろよ!」
「ええ、任せて!」

 リュカの狙いは脅威となる前脚の部位破壊。更にナレイアーナが弱点となる頭部をしゃがみ撃ちで撃ち抜く。流れるようなコンビネーションにクレイドは感心した。
 攻撃の起点となっていた右前脚の殻が欠け、更に特徴的だった頭部の先もへし折れたがブラキディオスの闘志は消えておらず、立ち上がると全身が黄色へ変色する。興奮したことで粘菌が活性化したのだ。

「チッ、ブチ切れやがったな」
「アンタもこんな感じになるわよね、色は赤だけど」
「うっせえ!」

 しゃがみ撃ちの態勢を解除したナレイアーナの一言にリュカが吠えるが、意識はしっかりとブラキディオスに向けられている。体を前のめりにして前脚を地面に突き刺すと同時に爆発が起き、ヒビが入った。
 怒り状態になったブラキディオスの攻撃は苛烈そのもので、頭部を地面へ押し込むとそのまま抉るように突進を繰り出す。しかも一度では終わらず、後退して軸を合わせると再び前進させては爆音が響く。
 地中で爆破の連鎖が発生したことで地面は掘り返されたような荒い地形に変化し、リュカはぎょっとした。

「おいっ、あんまり暴れんじゃねぇよ! 崩れちまうだろうが!」

 思わず抗議の声をあげるが、そんな言葉など通じるわけもなくブラキディオスは暴れ続ける。猛攻をかわしていくうちに、斜面の下部へ追い詰められてしまった。
 するとブラキディオスが地面へ頭部と両前脚を突き刺す。地中で粘菌が時間差で辺りを爆発させる、ブラキディオスの大技だ。足元から爆破が起こるため大剣や盾の防御は無意味。そうなると、逃げ道は一つしか無い。

「飛び降りるぞ!」

 クレイドの号令に全員が下のエリア1へ向けて飛んだ。頭上で爆発音が鳴り響き、粉砕して細かくなった岩が落ちてくる。着地直後四人はすぐに散らばり、ブラキディオスを迎え撃つ態勢を整えた。
 上を見上げれば闘志をみなぎらせたブラキディオスがハンターを追って飛び降りてくる。後ろ脚でザリザリと地を蹴る姿は、まだまだやる気だと体現しているようだ。

「ダメージはそこそこ与えているはずっスよね」
「そうね。ワカがいてくれれば弱っているか見通してくれるのに」
「彼は観察眼の使い手なのか、それは頼もしいな」

 パラパラとエリア3から氷の粒が落ちてくる中、狩猟は再開される。ブラキディオスの軽いフットワークを封じるため、ナレイアーナはポーチから麻痺弾を取り出す。それに気が付いたクリフがブラキディオスの動きを注視しながら尋ねた。

「ナレイアーナ、あいつが何発で麻痺するかわかるっスか」
「レベル2を二発、更にレベル1を五発といったところね」
「それじゃ、麻痺する寸前になったら教えて欲しいっス」
「えっ? ええ、いいけど」
「ありがとうっス!」

 そう答えながらクリフは火炎弾の装填を始めた。リオレウス亜種の素材で作成されたこのライトボウガンは通常弾の他に火炎弾の速射も可能で、寒冷地に生息するモンスターに特に有効だ。今回の相手であるブラキディオスには相性が悪いのだが、それにも関わらずクリフは火炎弾を選んだ。
 ライトボウガンの速射は連続で弾を撃つため狙いを変えることができない上、リュカとクレイドとの応戦で暴れているため、ブラキディオスの体をかすめ背後の氷柱へ命中する。反動も強く、モンスターの動きを見ながら立ち回らないとこちらが隙を晒すことになってしまう。不可解な行動にナレイアーナは首を傾げた。

「クリフ、通常弾が切れたの? 調合する余裕が無いならアタシの分をあげるわよ」
「心配ご無用っス。オレなりに考えがあるんスから」

 何か案があるのか、構わずに蒼竜火砲を構えている。ナレイアーナにはクリフの考えている案が想像できないが、ブラキディオス討伐に有利にはたらいてくれるものだと信じて麻痺弾を装填した。
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