狩人話譚

□ 銀白色の奇士[3] □

第23話 霧隠れの里 後編

 リククワにすっかり馴染んだレタルトムだが、この年頃の子ども特有の怖いもの知らずで好奇心旺盛な性格は、油断すると再び外へ飛び出してしまいそうでユゥラは必死に少年を引き止めた。

「なんで? ぼく、ひとりでもへいきだもん」
「一昨日は偶然モンスターと遭遇しなかったし、斜面から滑り落ちても軽い怪我で済んだのよ。それにギルドナイトがすぐに君を見つけてくれた。運が良かっただけなの」
「やだ! そと、もっとみたい! そとってこんなにキラキラしてるのに、どうしていっちゃいけないの?」
「レタルトム……」

 外の世界をキラキラしていると形容したレタルトムの言葉は、少年の知る世界が村の中しか存在しないことを意味していた。世界の広さを知らずに育った不幸な境遇にユゥラは言葉を失う。
 レタルトムにとって、外の地で見た人も、ご馳走になったおいしい料理も、温かい布団も、リククワを覆う氷の壁ですら輝いて見えたのだ。知らない世界を見たエメラルドの瞳が、好奇心で満たされて始めようとしている。

「レタル、お前が外を見るにはまだ早い」
「おはよう、ワカ。エイドも」
「おはようございます」

 二人を見つけたワカとエイド、オトモアイルーたちがやって来た。ワカが不満そうに頬を膨らませるレタルトムの頭を撫でてやるが、昨日のご機嫌だった調子はどこへやら、ぷいと顔を背けられてしまった。
 ワカはその隙を突いて体を抱き上げると、両肩に足を跨らせて肩車の体勢をとる。見晴らしが良くなったので、拠点中央部に立っているクシャルダオラの氷像を見上げていた。

「……誰か来るわ。リュカたちじゃないみたい」
「氷海の依頼を誰か受けたんかな。ここを経由する必要は無いはずなんやけど」

 赤紫と青が入り交じる鎧を着込んだハンターがこちらへ向かって来ている。隣にはオトモアイルーがおり、頭装備はサークレットのため後頭部で結われた青い髪が風になびいていた。

「ニャッ! あれはリンさんですニャ」
「リンフィさん?」

 目を凝らしたモーナコがワカに伝える。我らの団ハンター、リンフィ。彼女と会ったのは旧砂漠で依頼を受けた際に救助要請を出したことがきっかけだった。オトモアイルーを連れてディアブロスを一人で討伐した腕前は【バルバレの英雄】と呼ばれるにふさわしい。
 そんな彼女が何故わざわざ辺境にある拠点を訪れたのだろうか。ワカが手を挙げると気付いたのか、ザクザクと音を立てて雪を蹴りあげながら走り出した。

「リンフィさん、どうしてここへ」
「氷海へ採取に行こうと思ってね。ついでにアンタたちの拠点にも寄ってみたかったんだ。書士隊と護衛ハンター、更に施設を営む住人もいる仮設拠点なんて珍しいからさ」

 リンフィが連れる、世間には筆頭オトモと呼ばれているシャガートとチコ村から彼女について行ったニコはモーナコと再会を喜んでいる。特にニコはモーナコがチコ村に滞在していた頃からの友人なので、互いに元気で過ごしていることが嬉しいのだろう。
 ワカの隣に立っていたエイドに気が付いたリンフィがあ、と小さく声をもらす。それはエイドも同様だった。

「アンタ、【ベルナの英雄】だよね。なんでここにいるんだい?」
「え、英雄って、そんな」
「なに謙遜してるんだ、雪山でガムートを討伐しただけでなく、龍歴院の調査隊を救ってベルナに大きく貢献したんだ。あっちじゃそう呼ばれてるそうだよ」

 リンフィの口角が上がり、頬につけられたフェイスペイントも持ち上がる。英雄と呼ばれたエイドは自分には不釣り合いだと首を横に振った。
 リンフィが着ている鎧もまたエイドと同じく近年存在が顕著になった【斬竜ディノバルド】の素材からつくられた【ディノシリーズ】だ。

「で? ワカ、その子はアンタの子ども? ……ああ! なるほど、アンタら夫婦だったんだね」
「えっ!?」
「ちがうよ。ぼく、かあさんいないもん」

 レタルトムの純粋な返答によりリンフィの勘違いは一瞬で終わったが、色素の薄いワカの頬が赤くなっているのを見て親しい関係であることは把握したようだ。
 もしかしたらと思いワカはリンフィにこの地域のことを尋ねてみたが、やはり彼女も詳しくないようで首を傾げられた。しかし外の世界を知りたくて飛び出した勇気ある、だが無謀な少年を気に入ったみたいでリンフィはとんでもない発言をした。

「坊や、アンタも一緒に氷海に行くか?」
「いいの!?」
「リ、リンフィさん! いくら採取ツアーといってもただの子どもを連れて行くなんて……! それに、気球がハンターの動向を監視している。そんなことできるわけが」
「アタシに考えがある。オトモアイルー用の装備をつくれる腕のいい鍛冶屋はいるかい?」

 どんどん話のペースを引っ張っていくリンフィにワカの反論は無意味だった。レタルトムは突如現れた女性ハンターの案が気になるらしく、そわそわしている。

「アタシに任せなって! そんなに心配ならアンタもついて来ればいい」
「そうしたいところだけど、今は氷海に行けないんだ。ギルドから処分を受けているから」
「……ふーん。じゃあ、エイドがアタシを見張って。オトモアイルーも一緒にパーティを組もうよ。ソフィアにはアタシから説明するから」
「アタシとエールが?」
「旦那さん、ボクたちは留守番ニャ?」
「そうなるね。よし、鍛冶屋に案内して」

 強引で剛胆。リンフィに相応の言葉を脳内に並べながら、ワカはエイドと共に鍛冶工房に向かうしかなかった。



 鍛冶アイルーのハリーヤに材料を手渡し、一時間も経たないうちにそれは完成した。大タルから白い毛に覆われた足だけがひょっこりと出ていて、目のある位置だけ板が外されている。タルの中は暗く、外側からはよく見えない。

「これで完璧だね! 行くよ、“ニコ”」
「うん」
「おかしいなあ? ニコはアイルーなんだけど?」
「にゃ、にゃー」
「よろしい」
「会心の出来ニャー」
「ブーツに白く染色したガウシカの毛を貼り付けてアイルーの足に見せかけるなんて、無茶苦茶だな」

 リンフィの考えとは、レタルトムを【タルネコボディ】に閉じこめることだった。背丈がアイルーに近い子どもだからできる芸当だ。完成品を見てハリーヤは満足げだが、ワカはリンフィの斬新すぎて奇抜と呼べるアイデアに呆れていた。

「気球から見るあいつらの目からすればわからないもんだよ。この防具は実在するから怪しまれることも無いし」
「レタルトム、本当に大丈夫?」
「へいき、すごくワクワクする!」
「何かあったらこいつを担いですぐに逃げるから、心配しないでいいよ。そろそろ氷海に向かう船が到着するかな、行くよ」
「エドちゃんも気を付けて」
「ボクがいるから大丈夫ニャ」

 心配するユゥラやワカをよそに、リンフィはエイドとエール、そしてニコに扮したレタルトムと共に氷海を目指した。拠点を出る前にレタルトムにホットドリンクを飲ませ、氷海を動き回れるように下準備を完了させながら。



 レタルトムは海も初めてだったようで、タルの中から忙しなく目線が動いている。それは風を切る船へ、海の水平線へ、そして徐々に近づいてきたそびえ立つ白き山々へ。落ち着かない目線を止めるべく、リンフィはタルを軽く小突いた。

「坊や、アタシの傍から絶対に離れないんだよ。言うこと聞かないならすぐに帰るからね」
「はーい」
「返事、違うよ」
「にゃー」
「本当にムチャクチャニャ」
「でも、リンフィさんは何か考えがあって連れて来たんやと思うんよ。アタシたちは周りを警戒しとこ、エール」

 レタルトムの状況と歩幅を気遣ってゆっくり歩くリンフィにさりげない優しさを見出しながら、四人はベースキャンプを出た。
 エリア1で仲良く闊歩するポポの親子を発見し、レタルトムは緊張と興奮から息を荒くしながらじっとしている。こちらが刺激しなければ大丈夫だと伝えれば、呼吸を整えて瞬きもせずにポポを見つめていた。

「アンタが羽織っていた毛皮のマント、何度も縫って修復されているけどあのポポの毛からつくられているんだよ。毛は衣服に、肉は飯に、骨は素材に。アタシたちはあいつらからたくさんのものをもらっている」
「ころしちゃうの?」
「そうだね。だから全てを活用する。そうやってアタシたちは自然に感謝して、受け取った命を大事に使っているのさ」

 やがてポポの親子がエリア2方面へ歩いて行ったので、リンフィはエリア5へ向かう。レタルトムが小股でついて行き、エイドは釣りカエルを採取してから二人の背を追った。



「本当に旦那さんは破天荒な人ニャ」

 ぬるくしてもらったお茶をすすり、シャガートはぼやく。バルバレの英雄と呼ばれる彼女は頭が良いが豪快な性格であることをモーナコは知っていた。

「英雄、か。ポッケ村とモガ村の英雄なら俺も知ってるよ」
「ニャんと!? 旦那さんはモガ村の英雄と一緒に依頼を受注したことがあるそうニャ。あっちの英雄は落ち着いていてハンターらしかったニャ。それに比べて旦那さんは……」
「シャガート。リンフィさんは腕の立つハンター、それは事実だろう? あの性格だからあちこちの人とすぐに打ち解けて、どんなモンスターにも立ち向かう姿勢を崩さない。俺はリンフィさんのそういうところを素直に尊敬しているよ」
「ワカさんも旦那さんと付き合ってみればわかるニャ。本当にムチャクチャニャ」

 留守を命じられたリンフィのオトモアイルーたちはワカの部屋で談話をしていた。雇用主として理解はしているものの時折見せる暴走っぷりに頭を抱えているようで、久しぶりに会った同胞に思いの丈をぶちまけている。

「旦那さんはギルドナイトの家系の人らしいニャ。だけどギルドナイトになるのが嫌で家を飛び出して、ハンターになろうと船に乗ったらあの【豪山龍ダレン・モーラン】と遭遇したニャ。そこで団長と出会って、キャラバンに勧誘されて今に至るニャ。この時点で色々とぶっ飛んでるニャ」
「……由緒正しい血脈なんだな」
「ワカ旦那さん?」
「なんでもない」

 妬みを含んだような声色にモーナコが主の様子を窺うが、ワカは書物に視線を落とした。文字を読んでいるふりをして本当は物思いにふけっているのだろう。こうなると周りの声など聞き取ることはできない。モーナコは二人の積もる鬱憤を聞くことにした。



 エリア5に着き、リンフィは本来の目的である採取を開始した。ピッケルを持つと岩に挟まった鉱石を取り出すべく周りの岩を削り始める。エイドもドスヘラクレスを虫網で捕らえ、小型のカゴに詰めた。その様子をレタルトムが不思議そうに観察していたので、エールはタルの中に話しかけた。

「鉱石や虫はハンターの武器や防具の素材になるニャ。ボクらは自然からたくさんの恵みを受けて生きているニャ」
「へえー」
「隣、行くよ」

 採取を終えたリンフィが立ち上がり、隣接するエリア6へ向かう。ここにもピッケルで採掘できそうな鉱石が見えるが、一匹のスクアギルがこちらに気が付くと氷上を滑走して向かって来た。
 すぐさまエイドがレタルトムを守るように立ちはだかるが、その前に立つリンフィは武器を抜かずに膝をついた。スクアギルが飛び込んでくるのを待ち構えているようだった。そして……

「リンフィさん!」
「なにやってるニャ!」

 小型モンスターとはいえ鋭く生え揃った牙がリンフィの左手に食らいつく。スクアギルは獲物を食いちぎろうと自身を回転させて肉を切り裂こうとしたが、直後に右手で剥ぎ取りナイフを抜いたリンフィに体を貫かれ、氷の地面に磔にされた。
 一瞬とはいえかじられた左手の傷口から血が滴り落ちる。それを見たレタルトムはタルの中ですくみあがった。少年が見た、初めての流血。

「今の、見たろう。こういう奴らもいる。もっとデカい奴らはこんな程度じゃない。下手にぶつかれば骨が折れたり、最悪死んじまったりする。これがモンスターの脅威。自然の洗礼だ」
「……こわくないの?」
「怖いと思ったら、ハンターはできないさ。とはいえ、こいつらを狩るだけがハンターじゃないけどね。副業としてハチミツを採取して金を稼いだり、モンスターの肉を試験的に調理するハンターもいる。ハンターは一概にこういう奴、とは言えないのさ」

 回復薬を取り出し、瓶を傾けると左手にかける。残りは飲み干すと息絶えたスクアギルから剥ぎ取りを行う。そうしてから立ち上がり、レタルトムと向かい合うように再び膝をついた。

「だけどね……アンタが父親から聞いたハンターは感謝していい英雄なんかじゃない。モンスターを必要以上に狩ることは、この大自然の掟を破ることだ。村の近くから脅威が去って平和になったかもしれない。でもね、どこかで自然の摂理は乱れたんだよ」
「…………。」
「今はこの言葉の意味がわからなくていい。だけど、いつかはこの意味を理解してほしい。そうしたらアンタは村を出な。今度こそ自分の足だけで外へ飛び出すんだ」
「……うん」

 エメラルドの瞳は戸惑っていたが、リンフィの言葉を懸命に心に刻もうとする必死さも感じられた。それを見たリンフィは納得し、帰ることを促したのでまっすぐベースキャンプへ戻った。
 リンフィは飛行船が待っているからと言いリククワを起ったが、レタルトムにとって忘れられない出来事となったことだろう。



 それから更に一日が経過し、カゲたちが戻ってきた。レタルトムの故郷が判明したという。

「驚いたよ。あの斜面の向こう側、一里ほど歩いた先に里があったんだ。ドンドルマギルドの管轄地域だったからバルバレギルドでも把握されていなかったみたい。大老殿に便りを出して良かった」
「カゲ、レタルがいた里というのは」
「【ウラルの村】。近くに大きな湖があって、頻繁にそこから霧が発生して村を覆い隠すようになるとか。だから【霧隠れの里】とも呼ばれているんだって。地図も受け取ったから、場所は把握している。僕らが案内するよ。彼らもギルドナイトなら信頼してくれるだろうし」
「お願いするわ。……レタルトム、元気でね」

 名残惜しそうにユゥラがレタルトムを抱きしめる。生まれてすぐに母を亡くしたレタルトムは、不思議な温もりを感じていた。
 カゲたちが出発の準備をしている間に、ワカがそっとレタルトムの耳元に告げる。氷海から帰ってきたエイドからリンフィがレタルトムに伝えたことを聞いたことを思い出しながら。

「お前が大きくなって村を出たら、ここに来るといい。だけどもし、ここが無くなっていたら……その時はバルバレギルドを目指すんだ。そしてギルドマスターにこう伝えてくれ。“ナバケのジンが身柄を保護する”と」

 そっとリククワやギルドへの道筋を記した地図をポーチに入れる。別れの挨拶として頭を軽く撫でると、レタルトムは『バイバイ』と言ってカゲたちの元へ走り去って行った。



 その後、リククワを二人のハンターが訪れた。来訪を願っていた、あの二人だった。
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