狩人話譚

□ ボクとワカ旦那さん[2] □

ボクと操虫棍使いさん【2】

 エイドさんの使う操虫棍はガララアジャラと相性が良いみたいで、素早い動きで攻撃を回避しながら背中への攻撃を仕掛けて動きを鈍らせることができた。体が大きいこともありタフだったけれど、時間をかけて攻撃している内にやがて根負けしてきたのか長い体をずるずると引きずって移動を始めた。
 いよいよ捕獲をする頃になったということだけど、ポーチの中を漁るエイドさんの顔色が優れない。

「エイド、どうしたニャ。あとは捕獲するだけニャ。シビレ罠と麻酔玉は持ってきていたはずニャ」
「う、うん……それがね、エール」

 一時的に狩りの空気じゃなくなったからか、いつものエイドさんに戻っている。とてつもなくしょんぼりとしている様子から、とんでもないことが起こったのだと把握した。

「麻酔玉……落としちゃったみたいなんよ」
「……はああぁ!?」
「さっき何度かガララアジャラの攻撃を受けたりかわしたりしたやん、あの時にポーチをやられちゃったみたいで……他にもいくつか落としちゃった」

 エイドさんの言う通り、ポーチに鋭い牙が当たったようで底の一部が裂けてしまっていた。そこから比較的小さいもの……麻酔玉やペイントボールが落ちたようだった。
 そういえばガララアジャラが動いたときに白い煙を見た気がする。あの時の煙は、ガララアジャラの巨体に潰されて麻酔玉が破裂したものだったのだろうか。

「アタシ、ほんとドジやね。ワカにいちゃんに代わってチコ村のために頑張ろう思って来たのに、これじゃ捕獲できないやん」

 うな垂れて自分を嘲笑するように切なく呟くエイドさんにボクも心が痛んだ。捕獲できるのはだいぶ弱らせた今しか無い。シビレ罠で動きを封じても眠らせる麻酔玉が無ければ意味は無く、このままでは体力を回復されて時間切れとなりこの依頼に失敗してしまう。どうしよう、何かできることは無いか、何か……。

(えっ?)

 そのときボクが見た光景を話せば、きっとエールに怒られると思う。夢でも見たんだ、と。だけど、あの時のボクには見えたのだ。

(ワカ旦那さん??)

 しゃがみこんで草むらの辺りを漁っているたのは後ろ姿でもすぐにわかった。

 ワカ旦那さんだ。

 半透明に見えたことからあくまで幻なのだと言い聞かせることができたけど、どうしてこんな時に見えてしまったのか。思わず目をそらしたけど、今度はその先にあった鉱石をピッケルで削り取っている幻まで見えた。驚いて首を振り、もう一度目をこらした時にはもう見えなくなっていたけれど、どうして突然ワカ旦那さんの幻が見えたのかさっぱりわからなかった。

「(でもあの動き、どこかで見たことがありますニャ。確か、あれは……)そうですニャ!」

 思わず声に出てしまっていたようで、エイドさんとエールが何事かとボクの顔をじっと見つめていた。そんな二人に、ボクは提案をする。

「麻酔玉を作ればいいんですニャ!」
「作るって、まさか【調合】!? でもアタシ麻酔玉の調合材料なんてわからないよ……。」
「大丈夫ですニャ。前にワカ旦那さんも同じことをしましたニャ。そのときのことをまだはっきりと覚えていますニャ。材料は全部揃えられますニャ」

 草むらで何かを探していたのも、ピッケルで鉱石を削り取っていたのも、本当にあったワカ旦那さんの行動。だから、あの幻はかつてボクが見たワカ旦那さんだ。そこで何を手に入れたのか、落ち着いて思い出す。

「エイドさんはピッケルでそこの石を削り取ってくださいニャ。【石ころ】か……確か【鉄鉱石】でもいいはずですニャ。エールは【ネンチャク草】と【マヒダケ】を見つけてほしいですニャ。ネンチャク草はここにあるし、マヒダケは巣を抜けた先にあったはずですニャ」
「わかったニャ。モーナコはどうするのニャ?」
「ボクは、賭けの材料を探しに行きますニャ」
「賭け……うん、やろう! このまま何もしないでいるよりずっとええやん!」

 エイドさんもエールも賛同してくれた。ワカ旦那さんも以前に捕獲用麻酔玉をうっかり忘れてきたことがあったのだ。どうしようかと悩んだ結果、『あるもの』があることを条件に狩猟を続行した。その『あるもの』とはアイルーの巣にこっそり隠されていたものだった。

(前はこの辺にありましたニャ。もし使われていなければあと数本あったはずですニャ……!)

 ガサガサと荷物置き場をかき分ければ、希望はまだあった。エールと同じ淡い水色のそれ――【ネムリ草】――と、念のために投げナイフ、そして空きビンを二本ポーチに入れてボクは巣を去った。出口では既に見つけてきたらしいエールが待っていた。

「モーナコ、探し物は見つかったニャ?」
「バッチリですニャ。エールは?」
「ボクをバカにするんじゃないニャ。ほら」
「マヒダケに、ネンチャク草。オッケーですニャ」
「あとはエイドさんが石を持ってくれば……。」

 ピッケルで石を削ってはしゃがんでこぼれ落ちた鉱石を確認しているエイドさん。時間がかかっているということは、なかなかお目当てのものが出てきていないということだ。やがて石は削りすぎて小さくなってしまいピッケルではもう削れなくなったので諦めたのか、エイドさんが戻ってくる。

「ごめん、鉄鉱石一個しか見つけられなかった」
「一個でもあれば十分ですニャ、調合をお願いしますニャ」

 ボクらの手はヒトのように長くないから、細かな作業は向かない。だからエイドさんにやってもらうしかなかった。ワカ旦那さん離れをしなくてはと思っていたけれど、今はそのワカ旦那さんとの経験に頼るしかない。材料を集めた後のワカ旦那さんの行動を思い出しながら、エイドさんに指示を出す。

「空きビンにマヒダケとネムリ草を入れて、木の棒で潰しますニャ。マヒダケは丸々一個じゃなくて少し量を減らした方が睡眠成分が強くなる、ってワカ旦那さんが言っていましたニャ」
「モーナコちゃん……。」
「時間がありませんニャ、エイドさん! 今もガララアジャラは体力を取り戻している最中ですニャ!」
「う、うん」

 近くに落ちていた木の棒をビンの中に突っ込み、一緒に潰すように突っついたりゴリゴリとすり潰す。もう一つ用意した空きビンにも同じように入れて作り、【捕獲用麻酔薬】を二本作った。

「石ころに少し叩いて粘り気を出したネンチャク草を巻き付かせて、できあがった【素材玉】を空きビンの中に入れて下さいニャ。もう一本の空き瓶はこの投げナイフに塗れば【捕獲用麻酔ナイフ】として使えるはずですニャ」
「そっか、投げナイフも調合に使えるんやったね。あんまし支給されないから気づかんかった」

 素材玉を空きビンの中で転がすのはエールの役目になり、その間エイドさんは原生林に生えている大きな葉を使って麻酔薬を投げナイフに塗っていた。これらがきちんと機能を果たせるかはわからない。でも、今はこの即興の麻酔玉と麻酔ナイフに賭けるしかなかった。

「変な色ニャ。でも麻酔薬の成分で石が柔らかくなっているのがわかるニャ」
「それが完成の証ですニャ。麻酔ナイフもそろそろ刃にしみ込んだはず……。」
「うん、そうみたいやね。だいぶ乾いてきた」

 これで準備は万端。ペイントの臭いを追えば、まだガララアジャラは寝床から動いていない。つまり捕獲のチャンスはまだ残されている。ボクらは目を合わせ、力強くうなずいて、ツタの崖を上る決心を固めた。



 幸いにもまだガララアジャラは起きていない。これならば罠を仕掛けるのも簡単だ。とぐろを巻いている体にギリギリ引っかかるようにシビレ罠を設置し、寝相で少し動いた体が触れた途端ビリビリとガララアジャラの体が電撃に縛られる。それと同時にエイドさんはポーチから麻酔玉と麻酔ナイフを取り出した。

「お願い!」

 麻酔弾を地面に叩きつけると白い煙がもうもうと立ち込める。更に麻酔ナイフを痺れて動けない体に突き刺す。麻酔効果の煙と、直接体内に取り込ませた麻酔。これでもし動きを止めなかったら調合にも、依頼にも失敗したことになる。

「…………!」

 一歩引いて様子を窺っていたけれど、やがて麻酔が効いてきたのかゆっくりと長い体が地面に崩れ落ち、グウグウと寝息をたて始めた。捕獲に無事成功したようだ。

「やっ……たあぁー!!」
「危うく捕獲を諦めて帰るところだったニャ。モーナコ、キミのおかげニャ」
「うんうん、モーナコちゃんが調合レシピを知っていてくれたから本当に助かったよ! ありがとう!」

 喜びを爆発させてボクに抱きつくエイドさん、そしてにっこりと笑うエールにボクもとても嬉しくなった。自分の力を発揮できた、と。でもこれはボクの力ではなかったとすぐに考え直した。

(ボクの力じゃないですニャ。ワカ旦那さんのおかげですニャ……。)

 今の旦那さんはエイドさんなのに、こんな時にもワカ旦那さんのことを思ってしまうボクはやっぱりオトモアイルー失格だ。ボクはただワカ旦那さんがやっていたことをそのままそっくり真似ただけ。ボクの側にはいつもワカ旦那さんがいた。

「ワカ旦那さん……。」

 心の声がいつの間にか声となって出てしまった。しまったと思うもそれを聞き逃すまいとエイドさんはボクを強く抱きしめた。ああ、エイドさんも心配してくれていたのだろうか。未だにワカ旦那さんから離れられないボクのことを。

「大丈夫、必ずワカにいちゃんは戻ってくる。だからそれまで頑張ろう、モーナコちゃん」
「ボクも一緒ニャ。先輩として後輩を寂しくなんかさせないニャ」

 ワカ旦那さんと同じように、優しく抱きしめてくれるエイドさんにすがるように頭を押しつける。エールもそれに気づいたのか、背中をさすってくれた。とっても嬉しくて涙が出そうだったけれど、感情とは逆に涙腺はぴくりとも動いてくれなかった。

「えーと、気球はどこかな。捕獲完了したから報告せんと」

 しばしの間を経てエイドさんが立ち上がり、空を見渡す。ギルドの関係者が乗っているらしい気球に合図を送って狩猟を終えるまでが狩りの流れだ。ぷかぷかと気持ちよさそうに空に浮かんでいる気球をみつけると、エイドさんは『おーい!』と声を出しながら手を降る。すると向こうからもチカチカと明かりを点灯させていた。どうやら気づいてくれたみたいだ。

 こうして金冠級かと思ったら意外とそうでもなくて、それでも銀冠級だったガララアジャラの捕獲劇は幕を下ろした。この調子で頑張らなくちゃ。



 それなりの時間が過ぎたある頃、ボクはエイドさんにあるお遣いを頼まれた。
 ギルドストアでちょうど半額セールをやっているそうで、今度氷海へ向かうのに必要なホットドリンクを買ってきてほしいとのことだった。ボクがオトモアイルーに加わったこともあって、きっとエイドさんの生活費はかさんでいるはず。だから少しでも役に立てれば、とボクは集会所へ向かった。

 そして、心の奥底に隠していた『あの人』を見つけることになったのだった。
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