狩人話譚

□ ボクとワカ旦那さん[1] □

ボクとワカ旦那さん【1】

その人に近づいたのは、ただの好奇心でしかなかった。

でも、ボクはその人にあっという間に惹かれてしまった。それくらい、不思議な人だった。

これからお話するのは、薄いハチミツ色の毛並みをしたメラルーのボクと、

濃いハチミツ色の目をしたハンターさんの物語。



 身を屈めながら草むらをかき分け、慎重に歩を進める。強い緑の匂いが鼻にツンとくるけれど、お構いなし。ここ【原生林】は湿原と森からなる広い広いボクの住処。もちろんボク以外にも、たくさんのモンスターが住んでいる。
 そんな原生林にはたくさんの植物や種がある。それを求めて狩猟者【モンスターハンター】が日々訪れ、時には凶暴な大型モンスターを狩りながらどこかへ去っていく。あんな巨大なモンスターに背負っている武器を豪快に振り回して立ち向かい、道具も駆使して戦うハンターは傍から眺めていても脅威にしか感じられない。ボクらみたいなメラルーはほとんど相手にされないので、狩られる心配は無いのが救いだ。
 それでもボクらは彼らと接触を図る。ハンター達が持参してくる美味しそうなこんがり肉や元気を取り戻せる薬はとっても興味惹かれるもので、彼らに忍び寄って持ち物をくすねては仲間との間で交換物品として利用しているのだ。
 盗んだ後は上手く逃げ切れればいいのだけれど、大抵は鬼のような形相をしたハンター達に追い回され吹っ飛ばされ没収されてしまっているのが現状。

 そこで、頭にタンコブをつくりながら思いついたのが駆け出しハンターを狙うこと。初心者ハンターは見た目でわかる。
 全身を強いモンスターから剥ぎ取った鱗や殻からつくられた防具で覆っているのは、手馴れたハンターがほとんど。ハンターに成り立ての人達は支給された防具を着込んでいるから、その服装を覚えてしまえば簡単なことだ。彼らなら初めての奇襲に戸惑っている間に地面に潜り込んで逃げることができる。

 と、いうわけでそんな難易度の低い初心者ハンターが目の前にいる。
 正しくはボクに背を向けしゃがみこんで採取に夢中になっていた。

 ボクはあの服を知っている。革でつくられているため防御力に優れず、採取用に着ている人が多いという【レザー】という服だ。ボクがしっかりと足音と気配を消しているのもあるけれど、よほど真剣になっているのか気付く気配は全く無い。
 ゴソゴソと薬草を集めては腰のポシェットに押し込んでいる。剥ぎ取り用のナイフがポシェットに当たる度に揺れているのが見え、狩猟用の大きな武器を身に付けていないことに気づいた。もしかしたらハンターではなく、商人が素材を自ら仕入れに来ているのかもしれない。
 あの身体の大きさからして大人の男の人。ハンターは男女どちらも力自慢だ、それでもやっぱり男の人の腕力の方が強い気がするから気をつけなくちゃ。
 じり、じり。少しずつ距離を縮める。獲物の手は休まずにずっと足元とポシェットを行ったり来たり。そのポシェット目掛けて杖を振りかざし、同時に飛び上がる。ポシェットをベルトから叩き落して中身を転がし、手当たり次第をそれを失敬するのがボクらのやり方だから。
 だけど、突然獲物が立ち上がったためボクの杖はハンターの膝裏を直撃し、カックンと膝が折れて『うおっ!?』と驚きの声をあげて前のめりに四つんばいになる瞬間を目の当たりにしただけだった。
 片膝を立てハンターが振り向く。ああ、怒鳴られるかな殴られるかな蹴飛ばされるかな。とりあえず顔だけでも拝んでおこうと見上げると、ハチミツ色の綺麗な瞳がかち合った。
 ハンターは若い男の人で、髪は短くてツンツンとした黒土色。左右のほっぺたには赤い爪のような模様が三本ずつ付いていた。

「なんだ、メラルーか」

 きょとんとした雰囲気でボクを見下ろすハンターは、ちょっと待ってろと言いながら腰ポシェットに手を突っ込む。そしてずいとボクの目の前に差し出したのは実のついた草。ゆらりと葉っぱが揺れて、いい匂いがボクの鼻腔をくすぐる。

「これ、やるから巣に戻ってくれよ?」

 ボクらをメロメロにしてしまう魅惑の植物、【マタタビ】。思わずそれを受け取ってしまうと匂いに気持ちがふわふわしてきた。ああいけない、夢中になっちゃう。
 ボクがふにゃふにゃしている間にハンターは森を去ってしまい、結局今日の戦績はマタタビ一本だけだった。



 不思議なハンターと出会ってから数週間。あれからずっと件のハンターは見ていない。けど、今までのハンターとは違う雰囲気のあの人が妙に気になり続けていた。
 思い返せば、あのハンターは他の人間に比べて見かける頻度が高い。今まで手を出さなかったけど、あの頭と服装には見覚えがあった。
 この原生林の近くには村がある。だけど、そこに住んでいるのは竜人族のおばあちゃんと同胞のアイルー達だと仲間に教えてもらっていた。つまり村専属のハンターはおろか、人間は住んでいない。新しい住人なのかもしれないな、と考えながら歩いていると段差の下に真っ赤な皮を見つけた。

「何ですニャ? これ」

 思わず独り言をこぼしながらしゃがみこんで杖で赤い皮をつつく。珍しいものかもしれない。これは是非持って帰りたいと杖の先についている小さくも尖った爪で引っ掻くと、突然皮が盛り上がった。
 ゆらりと二本の脚が大地を踏んで巨体が持ち上がる。逆光で黒いシルエットが視界を覆い、ようやく正体を把握した。思わず尻尾がピンと立つ。

「ニャー!! ド、ド、ドッ……ドスイーオスだったんですニャ!?」

 そうだ、どうして今の今まで忘れてしまっていたんだろう。こんな真っ赤な鱗を持ったモンスターがすぐ近くにいたことを。
 どうやら昼寝をしていたらしいドスイーオスは無理やり起こされてご機嫌ナナメ。コブのように出っ張った鼻から出る息が荒いのは激昂している証拠だ。
 これはまずい。地面に潜る暇が無い。そんなことをしていたらお尻をガブリと噛まれてしまう。ここは走って巣に逃げ込まなくちゃ。くるりと背を向けて逃げ出す。背後からは手下のイーオスを呼んでいるであろう鳴き声が聞こえ始めた。ドスイーオスの身体は巣の入口には入らない。他の大型モンスターもそうだけど、ボクらはそうやって身を守ることができた。
 ビチャビチャと水溜りの上も走り毛が濡れることも構わずに走っていたけれど、脇から突然現れたイーオスにぶつかってしまった身体は勢いづいていたためゴロゴロと転がってしまう。
 すぐに態勢を立て直して逃げようとした瞬間、お尻の方からビシャッと嫌な音がした。じわじわと変な臭いが立ち込めて力を奪われる。イーオスの毒を浴びせられたんだとわかった。

(それでも逃げなくちゃ、食べられてしまいますニャ!)

 全身の力を振り絞り再び走り出す。
 巣に戻りさえすれば、仲間達が助けてくれる。だから、早く!
 そう自分に言い聞かせて逃げようとしたけれど、
 思った以上に逃げ足は遅くなってしまっていて。

 バツン。

 強烈な衝撃に、ハンターに尾を斬られ倒れ伏して脚をジタバタさせるリオレイアを思い出す。
 尻尾を斬られるって、凄く痛いんだな。そんな考えが頭に浮かんだ直後、ボクは目の前が真っ暗になった。



 誰かが、ボクのお尻を撫でている。消えてしまった尻尾の感覚は無く、薬草の匂いに鼻がヒクヒクと反応した。あまりにもそれが臭いので目を開けると、目の前がハチミツ色一色だった。動こうにも背中が何かにがっちりと押さえ込まれていて、唯一動かせる首を上へ向けると……。

「ニャ!?」

 声をあげてしまったのは見上げた先が人間の顔だったからじゃない。イーオスに噛まれた直後の記憶が無いからだ。いきなり居場所が変わって戸惑っていると、上から声が降ってきた。

「大丈夫か?」

 よくよく顔を見れば、ハチミツ色の目にツメの形をした模様のほっぺた。あの時のハンターだ。だけど服装がだいぶ違う。革の服じゃなくて、しっかりと鎧を着込んでいる。
 兜は外していたからすぐに顔で認識できたけれど、黄色と黄緑と赤が入り混じったこの鎧はこの原生林に生息するガララアジャラからつくられたみたいだ。
 返事ができないボクに構わず、ハンターはお尻を撫で続けている。首を後ろへ回すと包帯が下半身にぐるぐると巻きついていた。お尻を守るためだろうか。そこから薬草で一生懸命隠そうとしている血の匂いがした。
 首をぐるりと見回してみれば、ここは確かベースキャンプと呼ばれるハンター達が狩りを開始する時の拠点となる場所で、ハンターは人間が寝る時に乗っかるというベッドに腰を下ろし、ボクのお腹を鎧にくっ付けるように抱えていた。この状況は、明らかに自分を保護したというものだ。ガララアジャラに捕まっているような気もするけど。
 恐る恐る見上げると、ハチミツ色の瞳がボクを覗き込んでいる。ハンターはボクの顔から不安を読み取ったのか、それを取り除こうと静かに微笑んだ。

「どうして、助けてくれたんですニャ?」
「ドスイーオスの狩猟に来ていたんだ。そいつを捜していたらお前を見つけたから」

 さっきの質問の答えを忘れて逆にこちらから聞いてしまったけど、ハンターは丁寧に理由を教えてくれた。お尻を撫でていた手がするりと動き今度はボクの頭を撫でる。ぽんぽん、と安心させるように。

「痛かったろう。すぐに手当てをしたけど、流石に切られた尻尾は治せないな……とにかく、応急処置はしたから安静にしてくれよ」

 ハンターはボクの身体をゆっくりとベッドに移すと、近くに置いていた兜を被る。黒土色の髪の毛は隠れてしまったけど、ほっぺたの模様とハチミツ色の目は隠れずに存在感をアピールしていた。装備の締まり具合を確認すると首だけこちらに向け、ニコリと笑って見せた。

「大人しく待っていてくれ。ドスイーオスの奴を狩ったら戻るからな」

 そう言うとテントの中に立て掛けていたハンターの武器を背負った。それは大きな剣でも弓でも、最近見かけることが増えた虫を付けた長い棒でもない。
 背負っていたのは大きな楽器。あれは【狩猟笛】と呼ばれる立派な武器だ。ハンターの武器の中では、個人的にあまり見かけない部類に入る。先っぽが頭より上にあるぐらい長い狩猟笛を背負い、重さを感じさせずに走り去るハンターの後姿を見送ることしかできなかったけれど、ボクはこの時確かに感じていた。

「ボク……あの人、好きになれそうですニャ」



 疲れた身体はそう長くは意識を保てず、まどろみに沈んでいると遠くからパシャパシャと水音が聞こえてきた。さっきのハンターが無事に帰還したのだ。狩りを終えたハンターは鎧のあちこちが汚れていたけど、大きな怪我はしていないみたいだった。
 ボクの見解は間違っていた。この人は決して駆け出しではない。

「良かったですニャ、ハンターさんが無事で」
「ありがとう、気にかけてくれたのか」

 心から無事を喜んでいると、ひょいとハンターがボクの身体を抱きかかえる。このまま巣へ連れて行ってくれるのだろうか。だけど、次の一言でボクは目を丸くしてしまった。元々丸いけど。

「村に連れて行く。いいか?」

 ハンターが見つめる方向は巣とは正反対。話にしか聞いたことが無い、巣より大きなコミュニティを形成している場所……『村』にこれから向かうというのだ。

「ここじゃ適切な処置もできないし、まともに歩けるようになるまで時間がかかるだろうから」

 だって、尻尾はバランスをとる重要な部位だろう?そう続けたハンターにボクは黙って頷くことしかできなかった。故郷を離れて知らない場所に連れて行かれることになるけど、怖い気持ちは無かった。この人なら大丈夫、と思ったから。
 かろうじて動かせる手で、ハンターの鎧に軽く触れる。ハンターが剥ぎ取り損ねたガララアジャラの鱗の感触がした。

「ニャ、ハンターさん」
「どうした? やっぱり嫌か?」

 違いますニャ、と首を振る。ハチミツ色の目が丸く、子どもみたいに不思議そうにボクを見つめた。

「ハンターさんの名前が知りたいんですニャ」

 命の恩人の名前を知らないというのは失礼だ。だから尋ねると、ハンターは少しううん、と唸って応えてくれた。

「【ワカ】。それが“今の”俺の名前だ」



 ボクを助けてくれたハンター、【ワカ】さんに連れられて来たのは海に隣接する【チコ村】だった。
 ワカさんはここの専属ハンターのようで、ボクを抱えたワカさんを見るなりアイルー達がどうしたニャ、と詰め寄ってきた。驚いてワカさんの腕の中で身を強張らせていると、まずは村長に説明しなくちゃな、とワカさんは日向に足を折り曲げて座るお婆ちゃんの元へ向かう。この人が村長のようだ。
 ワカさんはボクが原生林でドスイーオスに尻尾を噛み千切られたことを説明し、具合が良くなるまでここで保護したいと話すと日向で作業しているせいかやたら日焼けしているアイルーや竜人族の村長さんはメラルーのボクをすぐに受け入れてくれた。
 長い尾は丸い尾になってしまったけれど、命があるだけずっとずっと有難いと思う。ここならゆっくりリハビリもできるし、敵を恐れる心配も無い。近くにあるぽかぽか島ではたくさんの魚を釣り上げることができるので食料の確保もできる。
 あと管理人さんがとても可愛い。だけど『ボクらのマドンナだから迂闊に手を出しちゃダメニャ』と腕っ節の強そうなアイルーに釘を刺されてしまったので、決して口には出さないことにした。

 数日経ち、ボクは以前のようにトコトコと歩けるようになった。四つんばいになって走るのはまだお尻が痛むけど、ワカさんはボクの怪我の回復を喜んでくれていた。元気になったら原生林の巣に帰る、と約束されていたものの、チコ村の住人やワカさんにすっかり絆されてしまったボクは故郷に帰る気がしなかった。話でしか聞いたことがなかった『村』という場所がこんなに心地良いとは思わなかったからだ。
 やがて走ることもできるようになったボクに、ワカさんがいよいよ原生林へ戻るよう話を告げてきた。だけど、どうにか恩返しがしたくて、ボクはこの話をしてくるだろうと踏んでいた数日前からある決心をしていたのだ。村の出口で、先を行くワカさんを止めて話しかける。

「ワカさん、ボクをアナタのオトモアイルーにしてほしいですニャ」

 ワカさんはすぐに返事をくれなかった。ワカさんもハンターだ、ボクがこう言い出すのもわかっていたはずだろうけど、どこか迷っている風に見えた。

「いいのか? 今度は尻尾だけじゃ済まされないぞ」

 ハンターとして数々の場を見てきたのであろうワカさんはボクを脅かすような言葉を投げつける。きっとドスイーオスに尾をかじられてしまう程ドジなボクを心配しているからだろう。
 でも、そんな程度じゃボクの覚悟は揺るがない。ボクはワカさんに恩義を感じているんだから。そう強く言い聞かせてぺこりと頭を下げる。

「ボク、ワカさんに恩返しがしたいですニャ。ワカさんの隣にいさせてくださいニャ」

 ちょっと眉を下げて困ったような顔をするワカさん。ボクはその表情につられないようにキッと強く口元を結んだ。そんなボクを見てワカさんはふう、と軽く息を吐き、右手を差し出してきたので同じように右手を出す。
 きゅ、とワカさんはボクの右手を包んだ。そして優しく笑うと、ハチミツ色の瞳をボクに向けるのだった。

「わかった。よろしくな、相棒」

 この日、ボクはワカさんのオトモアイルーになり、ワカさんはボクのワカ旦那さんになった。
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