狩人話譚

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第25話 遺留を託す者 後編

 リククワの工房では、ヌイがナレイアーナの相棒であるアスールバスターに改造を施していた。それは武器の強化ではなく、だが狩りにおいて非常に役立つもの。

「【内蔵弾】ねぇ。初耳だけど、はじめから装填されているのは助かるわ」
「補填するにはここに持ってきてもらわないといけないのが難点かな。あと、ボウガンによって入れられる弾も違ってくる。弾切れを起こす危険性はだいぶ下がると思うよ。といっても、イアーナにはリュカたちがいるから弾切れなんてそうそう無いだろうけどね」

 ヌイは弾を装填するパーツを改造しているようだ。装填できる弾以外も撃てるようスペースがあり、改造を行えば使用が可能となる。
 アスールバスターの場合は拡散弾や貫通弾などが該当するのだが、味方を巻き込む危険性があるため改造してでも装填しようとはしなかった。ヌイはそれらとは違う弾を装填できるよう手を加えているのだ。

「それで、どんな弾が撃てるようになるの?」
「一つはこれ、【痛撃弾】。モンスターの肉質が柔らかい部位へ撃ち込むと高い威力を発揮するんだ。弱点を狙わないと威力はイマイチだけど、氷海に生息しているモンスターの肉質は大体把握できているイアーナなら使いこなせるよ」
「リュカとは違う角度から弱点を撃ち抜けそうね」
「【斬裂弾】もあるよ。尻尾の切断に使うんだけど、よほど尻尾を切らないと面倒な相手じゃない限りは出番が無いかもね。それでも尻尾への斬撃がボウガンでも使えるってのは大きい」
「ふうん」

 カチャカチャと手慣れた様子で弾を込めるヌイは、ディーンを失った後、リククワのハンターの力になりたいと一時リククワを離れて妹の住むナグリ村へ行き、この技術を習得してきたという。
 自分の持てる限りを誰かのために。ナレイアーナはポーチに手を入れ、先ほどアルから受け取った物を取り出す。チリン、と工房に鳴り響く高い音。

「鈴かい? 買ったか、それとも貰いもの?」
「……昔の知り合いから。きっと、これを付けて狩りに出てほしかったんだと思う」
「音が出たらモンスターに狙われちまうじゃないか。アンタが囮なんて……ああ、そうだったね」

 ナレイアーナの複雑そうな笑みにヌイは軽く息を吐く。かつての彼女なら、この音を有効活用できた。鈴を受け取って揺らせば、またチリンと鳴いた。

「昔はともかく、今は付けられないね。離れて攻撃しているアンタにモンスターが突進を繰り返して、リュカたちの攻撃を妨げちまう可能性が高い。どうしても付けたいのなら鈴が鳴らないように細工をしなくちゃいけないけど、どうする?」
「そうするために持ってきたのよ」
「わかった。それで、どこに付けるんだい?」
「……ここかしら」

 ナレイアーナが指したのは腰まで伸びた長い髪。狩猟の際に装備するウルクXシリーズに合わせて白い毛玉のついた髪留めを使っているのだが、これと交換したいらしい。

「任せな、うんと可愛い髪留めに付けてあげるから」
「ありがとう、ヌイ」
「いいっていいって。明日にはアスールバスターも含めて仕上げるから、あとはゆっくり休んでな」
「ええ、よろしく頼むわ」

 工房を出たナレイアーナは空を見上げる。気が付けば四年も経っていた。大事な友人だから、恋人だから。どちらもしっくりと来ない。自分を理解してくれた貴重な存在、としか言えないナレイアーナには、大切な感情が抜け落ちていた。



 エリア1やエリア3などをうろつき、ポポの群れを見つけてはトラフズクが素早く接近して攻撃を繰り出す。逃げ出す群れをよそにハビエルが動かなくなったポポを迅速かつ丁寧に剥ぎ取り、ポポノタンと生肉を手にしている。
 ここにも二人の連携が余すところなく発揮されており、リュカは自分たちに協力を要請する必要があったのだろうかと疑問を抱いた。ワカも同じことを考えていたのか、困り顔と目が合ったので思わず吹き出す。

「まったく、こんなに動かない依頼は久しぶりだぜ」
「そうだな。おっちゃん、目標の個数までもう少しか?」
「目標は達成しているけど、できればもう一つ欲しいな」
「ハビエル、あっち」

 トラフズクが指すのは現在いるエリア1からエリア2へ向かう方角だ。ポポの群れを発見したようだが、トラフズクは先ほどまでのように飛び出さず、じっと茶色の集団を見つめている。

「何かあったのかい?」
「いる、しろいの」
「白い毛のポポなんて……まさか、特別変異した個体なのか?」

 ワカが呟きながら双眼鏡を手にし、群れを観察する。トラフズクの言う通り、茶色の毛並みの中に若干薄汚れてはいるが、白い毛の小さな子どもが紛れ込んでいた。

「もっと近くて見てみたいもんだな。行ってみるか?」
「……いや、待ってくれ」

 考えることより体が先に動くリュカのベリオXコートを掴んでワカが制止をかける。双眼鏡から遠くを見つめる顔が、険しい。

「頭部に硬そうな殻が見える。ポポにそんなものは無いから、あれは違うモンスターだと思う」
「殻……もしかして、それは【ガムート】じゃないかな」
「ガムートって、最近発見された牙獣種か?」

 ハビエルの発言を聞いたワカの脳裏に深い青を基調とした、ローブのような装備を着ていたエイドの姿が思い浮かぶ。彼女はガムートが雪山を下りてポッケ村に危害を及ぼしていたので討伐したと話していたが、同じ寒冷地の氷海にも生息していたのだろうか。書士隊の血が騒ぐ。

「おそらくは。そしてガムートの子どもがそこにいるということは、親が近くで群れを守っているはずだよ。ポポノタンは必要数入手できているから、帰ろう。群れに近づいて親のガムートを刺激してはいけない」

 ハビエルの忠告に従い、四人は氷海を離れることにした。子を守るために立ちはだかる親の強さを、リュカたちはじゅうぶんに理解しているから。
 ベースキャンプに戻り、あとは船に乗り込んでリククワへ帰るだけなのだが、トラフズクが空腹を訴えたのでハビエルが船に積んでいた肉焼きセットを持ち出した。船内で待機していたリッシュもハビエルに呼ばれ、外へ出る。
 小さめの生肉を装置に取り付け、火に当てながらクルクルと回して満遍なく焼いていく。上手に焼けるタイミングもバッチリで、漂う香ばしい匂いにすぐに飛びつこうとしているトラフズクに待つよう話すと、ハビエルは調理セットから取り出した小瓶をパラパラと振りかけた。白い粒が肉の上に散らばり、ワカも興味ありげに覗き込む。

「おっちゃん、それは?」
「モガ村特産の岩塩だよ。様々な塩との組み合わせを試したんだけど、モガ村のが一番こんがり肉と相性が良くて」
「嬉しいです! 私、モガ村の出身なんです。故郷ではお祝いごとがあると、サシミウオの塩包み焼きを食べたりもしましたね」
「塩包み焼きか。今度試してみようかな」
「おっさん……ハンターだよな? 料理人じゃねえよな?」

 リュカの指摘に苦笑いをするハビエルの隣では、トラフズクがこんがり肉にかぶり付いている。この場にいる全員の分も焼くことにしたので、その間に話題は先ほど見たガムートの子どもに移った。

「サンキューな、おっさん。あのまま突っ込んでたら面倒なことになってたぜ」
「エイドちゃんと会った時に、ガムートの子どもの話を聞いたんだ。ポッケ村の村長に教えられたらしいんだけどね。ポポの群れに子どもを紛れこませてもらう代わりに、ガムートは群れごと子どもを守るそうだよ」
「なるほど、“共生”ってやつか」
「ワカ、きょうせいって?」
「互いに利益をもたらす生活を営むことだ。たとえばジンオウガが呼び寄せる雷光虫は、自分を食べるガーグァから身を守るためにジンオウガに取り付く。ガーグァの嘴は雷を通さないから、雷光虫にとってガーグァは天敵なんだ。だから雷光虫はジンオウガのエネルギーの源となる雷の力を与える代わりに、ガーグァを餌とするジンオウガに取り付いて身を守ってもらう。……わかるか?」
「なんとなく」
「亜種もそうなのかな?」
「ジンオウガ亜種に取り付く蝕龍虫がそもそも生態の明らかになっていない生物で確証は無いけど、恐らく同じだと思う」

 会話が弾んでいる間にこんがり肉が手際良く焼きあがっていく。リッシュの分はハビエルがナイフで細かく切り、小皿に乗せて渡す。焼きたてのこんがり肉のおいしさに、彼女も目を輝かせて感激していた。

「オレら人間も、モンスターと共生できれば平和になるんだけどな。ハンターの商売あがったりだけどよ」
「家畜として飼われているアプトノスやポポは該当すると思うぞ。あとはナコたちオトモアイルーも共生関係にあると言える」
「そう言われりゃそうだな。うめぇな、このこんがり肉! 村に帰ったらモリザの母ちゃんに塩で味付けしてくれって言ってみようぜ」
「モガ村のお塩をアルに頼んで仕入れてもらいましょう! なんなら私が故郷に手紙を出して送ってもらいますから」
「気に入ってくれて嬉しいよ。おっさんなりのお礼ができて何より」

 大いに沸き立ったリククワの者たちの反応に満足そうに笑うハビエルだったが、隣でトラフズクが遠慮がちにハビエルの腕を引く。その表情はご馳走で腹を満たしたばかりだというのに不安げだ。

「……ハビエル」
「トラ君、ここからが本番だよ。しっかり渡すんだ」
「うん」
「そろそろ船を出しますから、片付けましょう」

 リッシュの操縦で船はリククワへ帰る。早めに依頼が済んだこともあり、時刻は正午。とはいえハンターたちはハビエルの焼いたこんがり肉で小腹を満たしたので、モリザには申し訳ないが今日の昼食は軽めにしてもらうつもりだ。



 船を泊めると、報告のためにリッシュは一足先に拠点へ向かった。一方ハビエルとトラフズクはこのままバルバレへ戻るはずだったが、突然トラフズクがワカの手を引きどこかへ走り去ってしまった。急なことだったのでリュカは反応ができず、トラフズクの保護者と見なしていたハビエルに向き直る。

「あのガキ、どうしたんだ?」
「そうか……気を遣ってあげたんだね、トラ君」
「何のことだよ」
「おっさんたちがここへ来た本当の目的は、ワカ君にある物を渡すためだったんだ」

 真剣な表情で言われ、リュカの眉間に皺が寄る。テツカブラの討伐もポポノタンの採取も、リククワのハンターの助力など不要ではないかと思っていた疑惑がようやく晴れた。

「もちろん君たちと会ってみたい気持ちもあったよ。でも、できれば拠点の人たちと関わらない場所で渡したかった。きっと辛い思いをさせてしまうから」
「あいつを悲しませるような物を、どうして」

 リュカが問いただすと同時にトラフズクが戻ってきた。ワカはいない。

「トラ君、ワカ君は」
「…………。」
「そうか。これで良かったんだよ。“あれ”はワカ君の生きる力になってくれる」

 静かに首を横に振るトラフズクの頭をハビエルが優しく撫でつけた。ワカは何を渡され、戻らなくなってしまったのだろう。ワカが消えた方角を見つめるリュカの肩にハビエルの大きな手が乗る。

「そっとしてあげてほしい。ワカ君なら大丈夫、気持ちの整理をしたら村に戻るから。今日はありがとう、リュカ君。また機会があったら伺うよ」
「……ああ、じゃあな」

 ハビエルとトラフズクを見送り、リュカは立ち止まって森の奥を見つめる。ワカを捜そうか考えたが、ハビエルの言う通り一人にしてやることにした。



「ナコ、ただいま」

 リュカの帰りからしばらくの時間を置いて、ワカが部屋に戻ってきた。目の辺りが赤い。また傷ついたのだろうか。主の異変に気付かないはずも無く、モーナコがすぐに駆け寄る。

「ワカ旦那さん、何があったんですニャ」
「ごめん、違うんだ。俺、嬉しくてさ」
「ニャ?」

 そう言って部屋の片隅に掛けていたライトボウガン【蒼火竜砲[烈日]】にトラフズクから受け取ったものをかける。
 ひらりと揺れたのはリボンだった。端は黄色のグラデーションがかかっており、何かの文字が記されている。だがもう一方の端は焼き切れていた。まるで火で燃やされたかのようだった。

「“形見”が増えたな」
「そのリボンは、ヒナさんの……?」

 ゆっくりと頷き、ライトボウガンに触れる。自分同様身寄りの無い彼女の持ち物は、この蒼火竜砲を除き全て処分されたと思っていた。
 だが、最期を看取ったトラフズクが偶然焼き切れたリボンを手にしたという。ワカの幼馴染だったという女性の遺品をどうしたらいいのか悩んでいたようで、ハビエルに相談した結果ワカに手渡すことを決めた。
 ワカにとって、それはとても懐かしい代物だった。子どもの頃から身に着けていた数少ない装飾品。あの頃の彼女と会えたような気がした。

「……お前の分も、生きないとな」

 小さな声で、だが強い意志を込めて呟く。再会の涙で潤んだ金色の瞳が、嬉しそうに微笑んでいた。

第25話 遺留を託す者 前編

 リュカは居心地が悪かった。原因は前を歩く三人のハンターたち。一人はギルドからの処分が解けて氷海へ足を踏み入れられるようになったワカ。残る二人は……。

「会えて嬉しいよ、二人とも。特にトラ、お前は寒い所が苦手だから、ここへ来るなんて思いもしなかった」
「ギルドから直々に依頼を渡されてしまったからね……おっさん一人じゃ不安で、トラ君について来てもらったんだ」
「ハビエル、じゅうぶん強い」
「トラ君には敵わないさ」

 リュカがリククワを離れていた頃、モーナコらオトモアイルーが氷海で遭遇したという中年と少年のハンター、【ハビエル】と【トラフズク】。ワカとは親しい仲間で、会話がとても弾んでいる。
 日が昇りわずかな温かさを与え始めた朝間に、二人は突然現れた。目的は、氷海の依頼同行。ナレイアーナはヌイの元でアスールバスターの改造を見届け、モーナコはリハビリをするべきと主の参加を促したことで残された一枠はリュカで埋められ、今に至る。

(当たり前だけど、すげえ楽しそうだな)

 ハビエルの隣にいた少年、トラフズクは初対面の時は中性的な顔をぴくりとも動かさなかったため、まるで人形のように思えた。それが二人と話している時だけは表情が和らぎ口数も増えている。ワカがまとう空気も穏やかなもので、数ヶ月生活を共にした自分たちよりも深く信頼できる相手なのだと感じた。
 久方ぶりの再会を見守りながらも疎外感を感じつつ氷海のエリア1をとぼとぼと歩いていると、目の前の巨体が振り向く。

「……あ、ごめんねリュカ君。つい盛り上がってしまって」
「構わねぇよ。最近は会ってなかったんだろ?」
「そうだね、半年ぶりかな。……色々あったんだね、君も大変だったろう」
「まあ、そうだけどよ」

 リュカと同じ目線でハビエルが話しかけてきた。高身長のリュカが目線を下に向けずに話せる相手はめったにいないため、新鮮に感じる。
 肩幅や腕の太さはリュカよりも大きく、恵まれた体格はスラッシュアックスを担ぐことで存分に生かされている。ハンターになったのはほんの数年前で、以前は肉屋を営んでいたと聞いて驚いたが。
 肉、というワードからリュカは今回の目的を思い出した。

「そういやよ、肉のギルドなんてあるんだな。ハンターズギルドしか知らなかったぜ」
「表向きはお肉の販売なんかをしているから、ただのお肉屋さんだと思われているんじゃないかな。お肉の調達や調査を行うのがギルドの本当の活動なんだ」
「それで今回の目的がポポノタンの調達のわけか」
「モンスターも」
「そうだねトラ君。テツカブラも討伐しなくては」

 ハビエルはバルバレギルド所属のハンターだが、食肉を取り扱うギルドにも籍を置いている。肉屋を営んでいた知識と経験、更にハンターの実力を高く買われ、危険度の高いモンスターの捕獲や肉の調査を任せられることもあるという。
 今回は寒冷地にしか生息しないポポから採れるポポノタンの納品依頼を受けたのだが、ポポの群れを秘境に追いやるように暴れ回っている【鬼蛙テツカブラ】の討伐も言い渡された。
 一度に二つの依頼をこなすのはG級ハンターといえど骨が折れる。そこでハビエルは相棒のトラフズクを連れてリククワのハンターを頼ることにした。その拠点には、かつて自分と共に狩猟を行った頼れる仲間がいるから。
 エリア7に着くがテツカブラの姿は見えない。だが、トラフズクが何かに気が付いて顔をしかめた。トラフズクに備わる野生の勘を知っているハビエルが尋ねる。

「トラ君、どうかしたのかい」
「あそこ、くさい」
「臭い……? 腐肉の辺りか」

 トラフズクの目線を追い、ワカが腐肉に近づく。反り返った牙でなんとかポポだろうとわかる程の、いつ朽ちたかわからない死骸だがモンスターにとっては貴重な食料だ。派手に食い散らかしたようで、肉の破片や食事の際にこぼした唾液が散乱している。

「テツカブラが吐き出したガスの臭いがする。ここで食事をとって移動したばかりのようだ」
「くさいの、あっち」
「イアーナばりの嗅覚か。すげえな」

 ナレイアーナがこの場にいたら、どんな顔をしただろう。常人以上に鼻の利く彼女なら卒倒してしまうかもしれないと思いつつ、リュカは気を引き締めた。

「よし、それじゃさっさと牙カエル野郎を狩って肉の調達に移ろうぜ」
「そうだね。行こうか」

 武器の具合を確認し、ハンターたちは氷の洞窟へ進入した。



 モリザと共に食料を倉庫へ入れ終えたアルは、広げていた商品を片づけ始めた。ハンター相手の商品もあるのだが彼らは早々に来客と氷海へ向かったので、続きは依頼を終えて戻ってからだ。
 正午を過ぎる頃には戻るだろうから、それまで休ませてもらおう。そう考えながら木箱に商品を詰め戻していると、人の気配を感じて顔を上げる。一般人なら気が付かないが、ギルドナイトの称号を隠し持つアルにはすぐにわかった。振り向くと、木々の隙間から自分を見つめている人影。

「……できるだけ気配を殺していたというのに、さすがギルドナイトね」
「お褒めの言葉をありがとう。誰もいないから、出てくるがいい」

 やや躊躇いつつも、ナレイアーナが姿を見せる。いつものはつらつとした雰囲気は無く、緊張しているのをアルは感じ取った。どうして自分に会いに来たのかも。

「……アル、単刀直入に聞くわ。アンタ、【ミゲル】のお兄さんでしょう?」
「そうか……やはり君が」
「似てると思ってたのよね。お兄さんがいるって聞いたことがあったし。商人でギルドナイトをしているなんて知らなかったけど」
「私たちは三人兄弟なんだ。長男の【トマス】兄さんだけ商会の跡継ぎとして大事に育てられたが、私とミゲルはスペアとしての価値しか無い。だから私たちは自分たちの生き方を見つけるため、逃げるように国を去った」

 商会長の子でありながら、そんな事情があったとは。火の国きっての大組織の裏を知り、ナレイアーナの表情が曇る。

「私は努力の末ギルドナイトになり弟はロックラックギルドの書士隊に入ったが、更にミゲルはハンターライセンスも取得した。順序は逆だが、まるでワカのようだな。ミゲルとはよく手紙でやりとりをしていて、ある日好きな女性ができたと書いてきたんだ。空と葉の色を混ぜた髪と土色の瞳を持つ、とても美しい人だと。名前も書いてあった。間違いなく君のことだと思っていたよ」
「ミゲルは一時期アタシと行動をしたことがあるの。まさかギルドナイトに筒抜けだったなんてね。ここへ来ているのも、アタシの監視のため?」
「……え?」
「…………。」

 最も確認したかった問いに質問の意味がわからないといった表情をされ、ナレイアーナは動揺した。この男は、『あのこと』を知らない。ミゲルが兄に全てを伝えていないことを感謝するべきなのか責めるべきなのかもわからないまま、ナレイアーナは話を続けることにした。

「それじゃ、もう一つ聞くわ。ミゲルは今どこにいるの?」

 その問いを聞いた途端、アルの表情が一気に険しくなる。その反応だけでナレイアーナはいい答えが返ってくることは無いと確信できた。

「……四年前に樹海へ調査に向かったきり、行方不明だ。私も手を尽くしているが、今も情報はまったく掴めない。商会にも力を借りたくて、私は単身国へ帰ったのだが……父は捜索などしないと言い切った。しかも死亡手続きもその日中に済まされたよ」
「そん、な」
「おそらくハンターズギルドからも抹消されているだろう。悔しいが、父にとって私たちはそういう存在だと改めて思い知らされたな」
「……アタシ、ミゲルが樹海で行方不明になったと聞いて、それで樹海に近いバルバレの護衛ハンターになったのよ! こうやって書士隊と関わっていればいつか会えるかもしれないって思っていたのに、どうして商会はミゲルを死んだことなんかにしちゃったの? 自分の子どもなんでしょう?」
「イアーナ、さっきも言った通りだ。私とミゲルは跡継ぎではない。たったそれだけで、子と認められなかったんだよ」
「そんなの勝手すぎるわ、親は子どもを大切にするんじゃないの!? どうしてなのよ……」

 ナレイアーナの切実な思いを聞いてアルは目を伏せた。人に恋をしたことが無いと以前から語っていたナレイアーナのことだから、ミゲルに抱いていた好意も友情止まりだろう。
 だが、親から愛されることを知らなかった弟が一人の女性を愛することができた、そのことはアルにとって喜ばしいことだった。渡すなら今しかない。アルはそっと忍ばせていた袋に手を伸ばした。

「ありがとう、ミゲルと親しくしてくれて。これは弟の部屋から見つかったんだが、君に身分を打ち明けられなかったから、なかなか渡せなかった。受け取ってくれるか?」
「…………。」

 チリン、と乾いた音が鳴るそれをナレイアーナの手へ渡す。じっと見つめるとポーチに入れ、背を向けたままアルへ話しかける。

「アタシはミゲルが死んだなんて思っていないわ。いつか必ず会える気がするの。アルも、そうでしょう?」
「もちろんだ。その為に私は一端の商人になって世界を渡り歩いている」

 力強い返答を受け取ると、ナレイアーナは工房へ歩いて行った。チリン、チリン。可愛らしい音を聞きながら、アルはゆっくりと目を閉じる。部屋で発見されたそれは、失踪する数日前に会った時に見せてくれたものだった。その時の会話も蘇る。

(音を鳴らせばモンスターが反応するからさ、頭を叩くにはお誂え向きじゃないかなって。レイアの腕前なら大丈夫、モンスターの攻撃なんて簡単にかわして反撃しちゃうよ。そうなると、僕はどこを攻撃しようか……武器が同じだと狙う場所も同じだからなあ。その時は後方から挟み撃ちを仕掛けようかな)
(喜んでくれるといいな、ミゲル)
(うん、調査を終えて戻ってきたらプレゼントしようと思う。じゃあ、またね。アルヴァド兄さん)

 だが、贈り物がナレイアーナの手に渡ることは無かった。ミゲルの部屋に大切にしまわれた小さな木箱を見つけた時は心が痛んだ。弟は彼女に想いを伝えられないまま、どこかへ消えてしまったのだと。

(樹海への調査だと言っていたが、あれは間違いなく嘘だ。そうでなければ、付き添いのハンターが剛腕の者だらけになるはずが無い。ミゲル……必ずお前の足取りを追い、見つけてやるから)

 ふう、と白い息を吐き出すとアルは商品の片付けを再開する。チリン、チリンと鳴る綺麗な音は、弟との思い出と共に遠ざかっていった。



 テツカブラが自慢の牙で巨大な岩を掘り起こし、口にくわえる。力を込めるために膨らんだ白く丸い尾へすかさず駆け込んだトラフズクの双剣【封龍剣[極絶一門]】が食らいつく。
 弱点を連続で斬りつけられて怯んだテツカブラが岩を口から離し、落ちてきた大岩を横へステップすることでかわしたハビエルはすかさず斧の姿をしたディズオブアームを天へ掲げるように振り上げる。
 斧が牙に直撃し、バキリと音を立てて砕けた。テツカブラの体がゴロゴロと転がりのた打ち回ると、やがて仰向けの姿勢で動きを止める。討伐成功だ。

「ふう、お疲れさま。思った以上に早く討伐できたね」
「ふたりのおかげ」
「そうだね、ワカ君とリュカ君のおかげだ。ありがとう二人とも、本当に助かるよ」
「オレらはそんなに貢献してねえよ。なあ、ワカ」
「ああ。二人とも相変わらずいい連携をしているよ」

 パワーはあるが武器が重く大振りになるハビエルのスラッシュアックス。素早く連続で攻撃できる代わりに一撃が軽いトラフズクの双剣。お互いの短所を補いながら長所を伸ばしているのは二人のコンビネーションだ。
 トラフズクがモンスターの足止めになるように動けば生まれた隙へハビエルが強力な攻撃を放ち、ハビエルのリーチの長い攻撃でモンスターを牽制する間にトラフズクが高所からモンスターの背に飛び乗る。臨機応変に立ち回れるのは、互いをよく信頼している証拠だろう。

「トラ君がおっさんに合わせてくれているんだよ。おっさんは、がむしゃらに動いているだけさ」

 謙虚に語るハビエルだが、ワカはトラフズクが孤児でかつては誰にも心を開かなかったと聞いている。そのトラフズクが初めて気を許した相手がハビエルであることも。
 ハビエルを通じてワカを始めとするハンターたちとコミュニケーションがとれるようになり、以前より表情が豊かになった。それこそが一番の功績だ。大らかで優しい男の本当の強さを、ワカはよく知っている。

「おなか、すいた」

 くう、とトラフズクの腹の虫が訴え、発言とほぼ同時に足がクンチュウの死骸へ向かっていく。暴れ回ったテツカブラにぶつかり死んだようだ。
 何をするつもりだろうとリュカはぼんやり見つめていたが、両隣にいた二人が慌てて駆けだしたので目を丸くする。

「トラ! お前まだその癖直っていないのか、そいつは食えたものじゃないぞ!」
「おいしいのに」
「もう少し我慢してね、トラ君。そうしたらおいしいお肉を焼いてあげるから」

 両腕をがっちりと捕まれ頬を膨らませるトラフズクと、必死の形相で止めに入ったハビエルとワカ。ワカの発言からどうやらクンチュウを食べようとしたようだが、さすがに虫はまずいだろう。
 モンスターの特濃は例えようの無い味がする。何故リュカが知っているかというと、ワカをからかい過ぎた結果回復薬にモンスターの特濃を入れられたからだ。有言実行を地でいったワカの恐ろしさを垣間見た出来事は強烈すぎて忘れられないが、今は味を思い出したことを後悔した。

「次はポポノタンだろ。あいつらがどの辺で群れをつくっているかはオレらの方が詳しいから、任せな」
「助かるよ。行こう、トラ君」
「うん」

 休憩もそこそこに、茶色い毛の集団を探す第二の依頼が始まった。日はまだ真上に昇っていない。群れをすぐに見つけることができれば、こちらの依頼も早めに果たせられそうだ。リククワのハンターに先導され、バルバレのハンターは氷海を駆けた。

第24話 融解する大地 後編

 前脚を負傷させたことで粘菌の爆破は軽減されているが、それでも勢いは止まらずエリア1も徐々に地形が崩壊していく。
 盾で防いでは隙を見て消臭玉で粘菌を打ち消すクレイドに対し、リュカはブラキディオスの攻撃を身を屈めたり転がることで対応していた。

「うおっ……!」

 回避行動を見切られたのか、追撃を許してしまう。目の前に飛んできた粘菌まみれの前脚にたまらずジークムントを突き出して弾くが、べっとりと緑色の粘菌がこびり付いた。
 すかさずクリフが万能湯けむり玉を投げつけるが、これで残りはあと一つだ。そろそろ決着をつけなければならない。クリフは蒼竜火砲を構え……中央部にそびえ立つ巨大な氷柱へ撃った。

「クリフ!? アンタ、ふざけてるの?」
「ナレイアーナ、麻痺まであと何発っスか」
「……あと二発ね。それより、さっきから何の真似よ」
「今は合図を送ることだけ覚えていて欲しいっスよ」

 火炎弾が何度も氷柱の一点に何度も命中したことで、中央部にビシリと亀裂が入った。更にナレイアーナが麻痺弾をブラキディオスに撃ち込み、クリフの名を呼ぶ。
 条件は全て揃った、あとは誘導するのみ。クリフは装填されたままの火炎弾をブラキディオスへ撃つ。クレイドと向き合っていたブラキディオスが振り返り、クリフ目がけて走り込んできた。想像以上の早さにクリフが驚きの声をあげる。

「わっ、わっ、思った以上に素早いっス!」
「いかんっ……! クリフ、退け!」
「そうはいかないっス! イアーナ、頼むっス!」
「わかったわ!」

 氷柱の側に近づいたところでクリフが指示を出し、ナレイアーナがブラキディオスへ麻痺弾を撃った。計算通りブラキディオスは麻痺し、言うことを聞かない体を叱咤して動かそうとしている。

「今だぁ! いけえぇーーっ!!」

 ブラキディオスの目の前にいたクリフが後ろへ大きく飛ぶ。更に声を張り上げてもう一度後退するが、同時に弾薬をばらまいた。……ブラキディオスではなく、氷柱に向かって。
 度重なる衝撃が加わりとうとう真っ二つに折れた氷柱は、ブラキディオスを押し潰すように崩れ落ちる。ブラキディオスの悲鳴が聞こえたが、氷柱の倒壊する大きな音にかき消された。
 舞い上がる雪はまるで吹雪のようで、四人は身を屈める。ようやく視界が鮮明になったところで巨大な氷塊となった氷柱の下敷きになっているブラキディオスを討伐したことを確認できた。

「どうっスか、狩技【バレットゲイザー】! なかなかモンスターに当てるのが難しい技っスけど、こういう使い方もあるんスよ!」
「まったく、お前はいつもそうやって無茶をする。唐突に思いついた策を私たちに伝えないまま行動するんじゃない」

 腰に手を当て胸を張りながら自慢げに喋る弟に生真面目な兄は頭を抱えている。以前クレイドを殺意をみなぎらせるほど怒らせたと語ったクリフだが、こういった破天荒な行動が兄を心配させているのだろう。
 ともあれ、ブラキディオスの討伐に成功した。これで再びリククワで暮らすことができると実感がわいたリュカは安堵から空を見上げる。戻れなかったこの二ヶ月間どんな風に過ごしていたのか、イリスからたっぷりと話を聞きたいと考えながら。
 その時、ふと雪が舞っていることに気がついた。山脈へ目を向ければ、山を覆う上空も淀み始めている。天候が変わって雪が降ることなどおかしなことではないが、リュカの狩人の勘が警鐘を鳴らしている。この雪はおかしい、と。全身の血が凍える感覚がした。

「エリア5に行け、早く!」
「ど、どうしたんスか、リュカ? この通りブラキディオスは討伐できたし、あとは帰るだけじゃ」
「急に天気がこんなに荒れるかよ!」
「まさか……“また”来たっていうの!?」

 手を振りエリア5へ誘導するリュカに従い、全員が移動する。更に隣接するエリア6へ逃げ込んだ。エリア7の方角に見える空は暗く、雪が暴れるように風に吹かれている。
 突然変貌した外の景色にクレイドは困惑していた。好奇心旺盛なクリフでさえ出てはいけないと感じているようで、息を潜めるように大人しくなっている。

「すごく危険な気配がビリビリするっス」
「なんなのだ、この猛吹雪は……。これはまるで、」
「暴風野郎だ」
「…………?」
「あ、クシャル様のことね」

 リュカの呼び名にナレイアーナが補足をし、四人はエリア7の空を見守る。まるで夜のように暗くなっている外は別世界のようだ。

「以前現れたと聞いたが、再び来ようとはな。どうする、我々の力では到底及ばないぞ」
「この天候じゃ救援の狼煙もあげられるかわからないわね。ベースキャンプにいるリッシュは無事かしら。船内に避難しているといいんだけど」
「せっかくブラキディオスを討伐できたのに、古龍に乱入されるなんて災難っス」

 本来ならばこのエリア6をうろついているスクアギルやクンチュウの姿が見あたらない。古龍の再来により地中や秘境へ移動したのだろう。
 これからどうするべきかとエリア7の空をぼんやりと見つめていたハンターたちだったが、徐々に明るさを取り戻していく光景にクシャルダオラが去ったことを直感した。
 そして警戒しながらエリア1へ向かうも、目の前に広がる光景に四人は絶句する。

 氷漬けになったブラキディオスの亡骸、

 時間を巻き戻したかのように何も無かったが如くそびえ立つ氷柱、

 ブラキディオスの粘菌爆破により荒れ果てたはずが元通りに整地された氷の大地。

 これらは全てクシャルダオラがやったのか。否、こんなことができるのは古龍以外あり得ない。四人はしばらく立ち尽くしていたが、やがてリュカがぽつりと語った。

「これじゃ、この粘菌野郎を成敗して氷海を直すためだけにやって来たようなもんじゃねえか」

 大地を荒らしたブラキディオスに制裁を加え、大地を修復して立ち去る。まるでクシャルダオラがこの氷海の管理人ではないかと思われるような行動だ。
 もしその場に居合わせたら自分たちも氷漬けにされていたのだろうか。古龍という存在が如何に強大であるかを思い知らされた。

「ここから先は我々にはどうにもできまい。一刻も早く船へ戻り、ギルドへ報告をしよう」
「兄さんの言う通りっスね」

 ベースキャンプに着くと、船の傍でリッシュが帰りを待ちわびていた。天候が悪くなった時船内にいたようで嵐の影響を受けなかったが、クシャルダオラの再来を知らされると目を丸くしていた。
 停泊していた船には目もくれずに氷海の荒れ果てた大地だけに視線を向けたとも思え、益々クシャルダオラの考えていることがつかめない。あの古龍は氷海と何か関係があるのだろうか。
 こういったことは自分には不向きだ。真相の解明は書士隊やギルドに任せるとしよう。そんなことを考えながらリュカは海風を浴びていると、クレイドがふと思い出したように話を持ち出した。

「そういえば、この辺に【頭蓋潰し】が現れたらしいな」
「あ? なんだよ、それ」
「…………。」

 リュカが怪訝な顔をしてクレイドに向き直るが、ナレイアーナは海を見つめたままだ。そんな対照的な反応を気にも止めず、クレイドは続きを語る。

「数年前こちらのギルドに所属していたハンターだ。性別に年齢といった素性はほとんどわからない。だが、常に一人で高難度の狩猟をこなす者だったらしい」
「そんな腕利きハンターがどうしたんだよ? 悪い話じゃなさそうじゃねえか」

 リュカの言葉にクレイドは『いいや』と首を横に振る。アグナZヘルムを外して見せた素顔は嫌悪感を露わにしていた。

「奴の腕は本物だろう。だが、とても残虐なハンターと言われている。討伐されたモンスターの頭部はみな叩き潰されており、悲惨な状態だったという。討伐した後も攻撃を加えて頭蓋骨を粉砕していたようだ。それを見ているのは当事者とギルド関係者だけだから、我々ハンターは知る由も無い。ここ数年は姿を見せていなかったらしいが、似た手口を行ったことから奴ではないかと」

 ハンターの攻撃によりモンスターが傷を負うのは当然のことだが、討伐後もなお頭部を執拗に叩き潰す精神を問いたくなる。狩人の信条を破るような行為にリュカの顔も不機嫌なものに変わった。

「頭を潰すなんて信じらんねえな。で、そいつがここに現れたってのか? 村の連中は会ったりしてねえよな」
「誰かが襲われたとも聞いているが、被害の報告は入っていないな。だが、モンスターだけでなく人間にも武器を向けた危険人物だ。凍土にも出没するかもしれぬと隊長から連絡を受けていてな。どうやら君たちにとっては初耳だったようだが」
「マジかよ。村に戻ったらすぐに聞いてみようぜ、イアーナ」
「…………。」
「おい、イアーナ。話聞いてたかよ? やべぇ奴が出てきたんだぜ」

 そっぽを向いたままのナレイアーナにリュカが再度声をかけたところでようやく振り向く。その顔を見てリュカは思わずナレイアーナの肩に手を添えた。

「……大丈夫か? お前、なんか顔色悪いぞ」
「ねえ、クレイド。そのハンターなんだけど、別人じゃないかしら」
「何故そう思う?」
「…………。」

 ナレイアーナは再び視線を海へ投げる。しばらく答えに迷っているかのように黙り込んでいたが、やがて唇を震わせながら開いた。

「アタシ、そのハンターの話を聞いたことがあるの。もう何年も前に死んだって」
「えっ? し、死んでるんスか? それならここ数年見かけられないってのはわかるっスけど、それじゃあ噂になっているのは……」
「物好きな誰かさんが真似しているんじゃないかしら。アタシの勘違いかもしれないけどね。あー、お腹がすいたわ。久しぶりにモリザお母さんのおいしいご飯をたらふく食べたいわね」

 話を切り上げるようにそう言うと、ナレイアーナは『一休みするわ』と告げて船内へ向かった。物騒な話題を続けるのはせっかくの職務復帰に水を差す。そう考え直し、リュカもまた自分たちを温かく出迎えてくれるだろう住人たちの顔を思い描いた。



 リククワに戻るとカゲが出迎えた。今回の依頼書をリュカたちに渡したのは彼であり、また成功を信じて拠点の入口でイリスと共に帰還を心待ちにしていたようだ。

「兄さん、討伐は」
「成功っちゃ成功……かな。ちょっと色々あってよ」
「何か不慮の事態でもあったの?」
「その辺はお爺ちゃんも一緒に話を聞いてもらいましょ、カゲも来るでしょう?」

 リククワの長に全てのことを伝えるため部屋に向かうが、ムロソも報告を待っていたのかノックの直後に扉を開けられハンターたちは予想外の行動に驚いた。
 ブラキディオスの討伐とクシャルダオラの出現の報告を伝えると、長い顎髭に手をあてながら『ふむ』と小さく頷いた。

「お前さんたちが元の職務に戻れることは本当に喜ばしい。だが……クシャルダオラが再び現れるとは思わなんだ」
「砕竜が破壊した一帯の修復のために、ねぇ……。不可思議ではあるけど、あの氷海は鋼龍の縄張りなのかな?」
「また調査しなくちゃいけないことが増えたわね、これから忙しくなりそう」

 ムロソが部屋の隅にいたクレイドとクリフ兄弟に目をやる。彼らとは初対面だが、強さと優しさをたたえた、いい瞳をしているとムロソは思った。

「ブラキディオスを討伐できたのはお前さんたちの力添えのおかげじゃ。ありがとう」
「氷柱をぶっ壊して粘菌野郎を潰すなんてえげつないことしやがったけどな」
「あの一撃が無かったらクシャルダオラと鉢合わせたかもしれないんスよ? 結果オーライっス」
「……この通り弟が無茶をしましたが、我々も恩を返すことができて何よりです。これからもお互いに協力していければと思います」

 クレイドの丁寧な返事にムロソは満足そうに頷いた。こうして護衛ハンター同士が協力体制を組むことができるのは非常に心強い。

「今頃モリザとルシカが夕飯の準備をしている頃じゃ。今宵は広間で宴にしよう。お前さんたちも食べていくがいい」
「本当っスか? 嬉しいっス、オレ実はもうお腹ぺこぺこで」
「すみません、お世話になります」

 広間に向かうとリククワの住人が総出で迎えてくれた。全員が温かな笑みで、護衛ハンターたちに伝える。

“おかえりなさい”

 二ヶ月ぶりに聞いたその言葉は、ハンターたちの身も心も満たす何よりのご馳走だった。

第24話 融解する大地 前編

「兄さんっ!」
「よう、イリス。二ヶ月ぶりだな」

 リククワに現れた人影を見た途端駆け寄って抱きついたのはイリスだ。久しぶりに兄と会えたことで嬉しさが爆発したらしい。対するリュカも華奢な妹の体をしっかりと受け止めた。

「特に変わったことは無かったかしら?」
「……まあ、色々あったよ。おかえり、ナナちゃん」
「おかえりなさいですニャ」
「ただいま」

 もう一人の訪問者であるナレイアーナにはワカとモーナコが出迎えた。ワカの含んだ言い方が気になったが、それよりも報告しなければならないことがある。

「アタシたちはまだここに帰ってきたわけじゃないの。これから氷海へ行く。そこで依頼を果たして初めて村に戻れるのよ」
「依頼? それはモンスターの討伐ですニャ?」
「ええ。彼らと一緒に行くわ」
「彼ら……あっ」

 ナレイアーナがリククワの入口へ視線を送ったので、ワカとモーナコもつられて顔を向ける。すると、リュカたち以上に久しぶりに見る二つの顔がリククワへ到着したところだった。
 凍土調査隊の護衛ハンター、兄のクレイドと弟のクリフ。彼らもまたリククワのハンターと同じく護衛の義務から外されていたことをワカはクインからの報せで知っていたが、まさかこの拠点に姿を現すとは思わず驚きの声をもらした。

「闇夜の赤黒雷の件以来だな。……“彼”については我々にも責任があると思っている」
「あの時は何もできなくて申し訳無かったっス。オレがやられたせいで兄さんはオレを庇いながら戦って、それで兄さんも……」

 兄弟は揃って頭を下げた。凍土の秘境調査中に現れたジンオウガ亜種により二人は傷を負い、イリスとリュカを助けるためにやってきたディーンは命を奪われる結果となった。クレイドはディーンと面識があったため、余計に辛い思いをしたようだ。

「だから、今度はオレたちが力を貸すっス! ……と言っても、ギルドの命令で来たっスけど」
「最近氷海で大きな流氷が見られたそうだな。ギルドが調べたところ、一部で崖が崩落している箇所もあるとか。その原因を引き起こしているモンスター、【砕竜ブラキディオス】の討伐が今回の目的だ。この依頼を遂行することができたら、彼らも我々も元の任務に戻ることができる。奴の討伐経験があるからギルドも我々を指名したのだろう」
「……ということなの。倉庫の備蓄はバッチリよね? 準備を整えたらすぐに出発するわ」
「倉庫の整理は日々行っているから抜かりは無い。遠慮せずに持って行ってくれ」
「ボクはリッシュさんに船の準備をお願いしてきますニャ」
「ギルドからの依頼書だ。これを彼女に渡してくれ」
「わかりましたニャ!」

 会話が終わるのと同じ頃、リュカもイリスと二ヶ月越しの対面に満足したのか倉庫へ向かう。既に支度を整えているクレイドとクリフは二人を待つことにしたが、ワカが何かを思いついたのか倉庫へ入ると何かを持って戻ってきた。玉が入っているのか、丸みを帯びた布袋をクリフに手渡す。

「クリフ、お前にこれを頼みたい」
「けむり玉っスか?」
「万能湯けむり玉だ。ブラキディオスの粘菌が起こす爆発の威力はかなりのものらしいから、この湯けむり玉で防ぎながら立ち回れば安全に狩猟を進められるはずだ。接近戦を行うリュカやクレイドにその隙は無いし、ナナちゃんは武器を背負うのに時間がかかってしまう。だから、これを使うのはお前が適任だ」
「ありがとうっス、ワカ」

 クリフに万能湯けむり玉を渡すも、ワカの表情は不安そうだ。この兄弟はG級ハンターであり、ブラキディオスの討伐経験もあるというのに。心にわだかまる不安要素が拭いきれず、ワカはぽつりと忠告した。

「それと……モンスターの乱入には気を付けて」
「ワカ、それはどういう意味だ?」
「ブラキディオスの爆破はあちこちに大きな影響を及ぼす。縄張りを荒らされたモンスターがブラキディオスがいなくなったことを確認しようと姿を見せる可能性があるんだ。だから、決して油断しないでほしい。過去に討伐後の隙を突かれて……命を落としたハンターがいたから」
「……心配いらないっス! 今回はリュカたちもいるし、大丈夫っス。ワカはのんびり帰りを待っていればいいっスよ」

 明るい声でクリフが笑いながら肩を軽く叩く。クリフはワカが言った『命を落としたハンター』が誰なのか把握した。目の前の男にとって大切な人だったという、幼馴染の女性だろう。

「お待たせ」
「こっちも準備万端だぜ」
「皆さんがよろしいのなら、すぐに船を出します」

 リュカとナレイアーナ、そしてモーナコに連れられたリッシュがやって来た。氷海へ向かう狩人たちは顔を合わせ、力強く頷く。
 過去の悲劇を変えることはできない。だが、今回の狩猟はその過去の清算だ。かつての日々を取り戻すため、リククワと凍土調査隊のハンターは氷海へ向かう。
 船が小さくなるまで、リククワの住人たちは彼らを見送る。全員が大きな怪我をすること無く帰還することを、ユゥラは一人祈った。



 寒冷地にやってくるのは久しぶりだが、氷の大地に長らく根ざした体は寧ろその寒さを喜んで受け入れているように感じられた。
 ギルドの報告通り、ベースキャンプ傍の海に浮かぶ氷の塊は以前より大きい。ブラキディオスが暴れ回った結果氷の大地が崩れ、海へ流されたのだろう。このままではこの一帯が崩壊して沈んでしまいそうだ。

「ブラキちゃんは水に弱いから、アスールバスターの水冷弾が役に立ちそうね」
「クリフ、奴のフットワークの軽さを見くびってはならない。距離をとるとはいえ気を付けるんだぞ」
「わかってるっス」

 エリア1の崖を上りエリア3に到着すると、斜面を見上げる。大きな弾のような突き出た頭部をもたげ、辺りを見回しているブラキディオスを見つけた。
 斜面のいたるところが陥没しているのはブラキディオスの粘菌が爆発したからだろう。討伐に手こずればどんどん辺りが粘菌の爆破で地形が大きく歪み、ハンターにとって不利な状況になる。

「一気にケリをつけないと、ここも崩れ落ちる可能性だってあるわけか……厄介な野郎が出てきちまったな」
「リュカ、あまり大剣で攻撃を防がない方がいい。刃こぼれに繋がる恐れがある」
「オレもそいつはやべぇなと思ってたところだ。イアーナ、クリフ、援護射撃は任せたぜ」

 陥没した箇所を避けて坂を駆けあがる。ハンターに気がついたブラキディオスも両前脚に自身の舌で粘菌をすり付け、戦闘態勢に入った。
 ブラキディオスの攻撃は主に前脚を殴りつけるように振るうというシンプルなものだが、そこに粘菌の爆破が重なることで脅威的な破壊力を生み出す。
 爆破のエネルギーは強固な装備で身を固めていようとも簡単に鎧を砕いて体内へ大きなダメージを与える恐ろしさを持っており、このモンスターに大怪我を負わされたハンターは多いという。

「この粘菌野郎といい凍土で会った青冠野郎といい、獣竜種って奴らは溜め斬りが当てにくいんだよな」
「私が攻撃を引きつける。その隙を狙ってみてくれ」

 クレイドが盾を構え、ブラキディオスの攻撃を受け止める。両足で踏ん張り衝撃を受け流すとブラキディオスは攻撃を防いだクレイドに対抗意識を燃やしたのか、標的をクレイドに定め拳を幾度となく振るった。

「兄さん、後退するっス!」

 クリフがワカから受け取った万能湯けむり玉を投げつける。クレイドは時にサイドステップで攻撃を避けながらけむりの立つ箇所へじわじわと移動し、盾にこびり付いた粘菌を落とした。
 一方のリュカはブラキディオスの背後に陣取り、尾へ斬撃を与える。通常弾の速射を行うクリフの更に後方でナレイアーナが弾を撃っているのが見えたが、水冷弾ではないことに気が付き疑問を抱いた。

「イアーナは何を撃ってやがるんだ? あんな距離じゃ威力もイマイチだってのに」

 リュカの発掘ジークムントは炎の力を宿しており、ブラキディオスには通りが悪い。水冷弾を撃てるナレイアーナのアスールバスターが唯一大ダメージを期待できるのだが、彼女は何かを数発撃ってはすぐに装填を繰り返している。
 装填のペースの早さから、それが通常弾ではないとリュカにはすぐわかった。麻痺弾といった、何か特殊効果のある弾なのかもしれない。

「クリフ、そっちへ行くぞ!」
「わかってるっス!」

 どうやら今度は速射を放っていたクリフをターゲットにしたようで、ブラキディオスがドシドシと音を立てて斜面を下る。右の前脚を高く降りあげたのを見たクリフは前転することでブラキディオスの脚の間からすり抜けた。

「イアーナ! お前も離れておけ!」
「アンタこそさっさとこっちに来なさいよ、そろそろチャンスになるんだから」
「ああ? どういう意味だよ」

 ブラキディオスを追うようにランスを突き出して駆け降りて来たクレイドの一撃にブラキディオスが怯んだ。その間にナレイアーナはアスールバスターを背負い、射程範囲へ移動する。
 反撃に出ようとしたブラキディオスが振り向くが、構えるように持ち上げていた前脚は力無く地へ下ろされ、その場で口をだらしなく開けて荒い呼吸を繰り返している。盾で防御態勢をとりながらクレイドはアグナZヘルムの下で怪訝な表情を浮かべた。

「……? 動きが鈍い」
「ようやく【減気弾】が効いてきたようね。脚を狙えば転ばせられるわ!」
「連撃ならオレに任せるっス!」

 ハンターが砥石を使って武器の切れ味を回復させるようにブラキディオスも粘菌を増やそうと前脚に舌を這わせるが、その動作すら疲労からかゆっくりだ。
 クリフの放った速射が後脚に命中し、宣言通りブラキディオスの体がとうとう崩れ落ちた。ハンターたちにようやく訪れた好機。

「イアーナ、頭は譲ってやるからしっかり決めろよ!」
「ええ、任せて!」

 リュカの狙いは脅威となる前脚の部位破壊。更にナレイアーナが弱点となる頭部をしゃがみ撃ちで撃ち抜く。流れるようなコンビネーションにクレイドは感心した。
 攻撃の起点となっていた右前脚の殻が欠け、更に特徴的だった頭部の先もへし折れたがブラキディオスの闘志は消えておらず、立ち上がると全身が黄色へ変色する。興奮したことで粘菌が活性化したのだ。

「チッ、ブチ切れやがったな」
「アンタもこんな感じになるわよね、色は赤だけど」
「うっせえ!」

 しゃがみ撃ちの態勢を解除したナレイアーナの一言にリュカが吠えるが、意識はしっかりとブラキディオスに向けられている。体を前のめりにして前脚を地面に突き刺すと同時に爆発が起き、ヒビが入った。
 怒り状態になったブラキディオスの攻撃は苛烈そのもので、頭部を地面へ押し込むとそのまま抉るように突進を繰り出す。しかも一度では終わらず、後退して軸を合わせると再び前進させては爆音が響く。
 地中で爆破の連鎖が発生したことで地面は掘り返されたような荒い地形に変化し、リュカはぎょっとした。

「おいっ、あんまり暴れんじゃねぇよ! 崩れちまうだろうが!」

 思わず抗議の声をあげるが、そんな言葉など通じるわけもなくブラキディオスは暴れ続ける。猛攻をかわしていくうちに、斜面の下部へ追い詰められてしまった。
 するとブラキディオスが地面へ頭部と両前脚を突き刺す。地中で粘菌が時間差で辺りを爆発させる、ブラキディオスの大技だ。足元から爆破が起こるため大剣や盾の防御は無意味。そうなると、逃げ道は一つしか無い。

「飛び降りるぞ!」

 クレイドの号令に全員が下のエリア1へ向けて飛んだ。頭上で爆発音が鳴り響き、粉砕して細かくなった岩が落ちてくる。着地直後四人はすぐに散らばり、ブラキディオスを迎え撃つ態勢を整えた。
 上を見上げれば闘志をみなぎらせたブラキディオスがハンターを追って飛び降りてくる。後ろ脚でザリザリと地を蹴る姿は、まだまだやる気だと体現しているようだ。

「ダメージはそこそこ与えているはずっスよね」
「そうね。ワカがいてくれれば弱っているか見通してくれるのに」
「彼は観察眼の使い手なのか、それは頼もしいな」

 パラパラとエリア3から氷の粒が落ちてくる中、狩猟は再開される。ブラキディオスの軽いフットワークを封じるため、ナレイアーナはポーチから麻痺弾を取り出す。それに気が付いたクリフがブラキディオスの動きを注視しながら尋ねた。

「ナレイアーナ、あいつが何発で麻痺するかわかるっスか」
「レベル2を二発、更にレベル1を五発といったところね」
「それじゃ、麻痺する寸前になったら教えて欲しいっス」
「えっ? ええ、いいけど」
「ありがとうっス!」

 そう答えながらクリフは火炎弾の装填を始めた。リオレウス亜種の素材で作成されたこのライトボウガンは通常弾の他に火炎弾の速射も可能で、寒冷地に生息するモンスターに特に有効だ。今回の相手であるブラキディオスには相性が悪いのだが、それにも関わらずクリフは火炎弾を選んだ。
 ライトボウガンの速射は連続で弾を撃つため狙いを変えることができない上、リュカとクレイドとの応戦で暴れているため、ブラキディオスの体をかすめ背後の氷柱へ命中する。反動もあるため、モンスターの動きを見ながら立ち回らないとこちらが隙を晒すことになってしまう。不可解な行動にナレイアーナは首を傾げた。

「クリフ、通常弾が切れたの? 調合する余裕が無いならアタシの分をあげるわよ」
「心配ご無用っス。オレなりに考えがあるんスから」

 何か案があるのか、構わずに蒼竜火砲を構えている。ナレイアーナにはクリフの考えている案が想像できないが、ブラキディオス討伐に有利にはたらいてくれるものだと信じて麻痺弾を装填した。

第23話 霧隠れの里 後編

 リククワにすっかり馴染んだレタルトムだが、この年頃の子ども特有の怖いもの知らずで好奇心旺盛な性格は、油断すると再び外へ飛び出してしまいそうでユゥラは必死に少年を引き止めた。

「なんで? ぼく、ひとりでもへいきだもん」
「一昨日は偶然モンスターと遭遇しなかったし、斜面から滑り落ちても軽い怪我で済んだのよ。それにギルドナイトがすぐに君を見つけてくれた。運が良かっただけなの」
「やだ! そと、もっとみたい! そとってこんなにキラキラしてるのに、どうしていっちゃいけないの?」
「レタルトム……」

 外の世界をキラキラしていると形容したレタルトムの言葉は、少年の知る世界が村の中しか存在しないことを意味していた。世界の広さを知らずに育った不幸な境遇にユゥラは言葉を失う。
 レタルトムにとって、外の地で見た人も、ご馳走になったおいしい料理も、温かい布団も、リククワを覆う氷の壁ですら輝いて見えたのだ。知らない世界を見たエメラルドの瞳が、好奇心で満たされて始めようとしている。

「レタル、お前が外を見るにはまだ早い」
「おはよう、ワカ。エイドも」
「おはようございます」

 二人を見つけたワカとエイド、オトモアイルーたちがやって来た。ワカが不満そうに頬を膨らませるレタルトムの頭を撫でてやるが、昨日のご機嫌だった調子はどこへやら、ぷいと顔を背けられてしまった。
 ワカはその隙を突いて体を抱き上げると、両肩に足を跨らせて肩車の体勢をとる。見晴らしが良くなったので、拠点中央部に立っているクシャルダオラの氷像を見上げていた。

「……誰か来るわ。リュカたちじゃないみたい」
「氷海の依頼を誰か受けたんかな。ここを経由する必要は無いはずなんやけど」

 赤紫と青が入り交じる鎧を着込んだハンターがこちらへ向かって来ている。隣にはオトモアイルーがおり、頭装備はサークレットのため後頭部で結われた青い髪が風になびいていた。

「ニャッ! あれはリンさんですニャ」
「リンフィさん?」

 目を凝らしたモーナコがワカに伝える。我らの団ハンター、リンフィ。彼女と会ったのは旧砂漠で依頼を受けた際に救助要請を出したことがきっかけだった。オトモアイルーを連れてディアブロスを一人で討伐した腕前は【バルバレの英雄】と呼ばれるにふさわしい。
 そんな彼女が何故わざわざ辺境にある拠点を訪れたのだろうか。ワカが手を挙げると気付いたのか、ザクザクと音を立てて雪を蹴りあげながら走り出した。

「リンフィさん、どうしてここへ」
「氷海へ採取に行こうと思ってね。ついでにアンタたちの拠点にも寄ってみたかったんだ。書士隊と護衛ハンター、更に施設を営む住人もいる仮設拠点なんて珍しいからさ」

 リンフィが連れる、世間には筆頭オトモと呼ばれているシャガートとチコ村から彼女について行ったニコはモーナコと再会を喜んでいる。特にニコはモーナコがチコ村に滞在していた頃からの友人なので、互いに元気で過ごしていることが嬉しいのだろう。
 ワカの隣に立っていたエイドに気が付いたリンフィがあ、と小さく声をもらす。それはエイドも同様だった。

「アンタ、【ベルナの英雄】だよね。なんでここにいるんだい?」
「え、英雄って、そんな」
「なに謙遜してるんだ、雪山でガムートを討伐しただけでなく、龍歴院の調査隊を救ってベルナに大きく貢献したんだ。あっちじゃそう呼ばれてるそうだよ」

 リンフィの口角が上がり、頬につけられたフェイスペイントも持ち上がる。英雄と呼ばれたエイドは自分には不釣り合いだと首を横に振った。
 リンフィが着ている鎧もまたエイドと同じく近年存在が顕著になった【斬竜ディノバルド】の素材からつくられた【ディノシリーズ】だ。

「で? ワカ、その子はアンタの子ども? ……ああ! なるほど、アンタら夫婦だったんだね」
「えっ!?」
「ちがうよ。ぼく、かあさんいないもん」

 レタルトムの純粋な返答によりリンフィの勘違いは一瞬で終わったが、色素の薄いワカの頬が赤くなっているのを見て親しい関係であることは把握したようだ。
 もしかしたらと思いワカはリンフィにこの地域のことを尋ねてみたが、やはり彼女も詳しくないようで首を傾げられた。しかし外の世界を知りたくて飛び出した勇気ある、だが無謀な少年を気に入ったみたいでリンフィはとんでもない発言をした。

「坊や、アンタも一緒に氷海に行くか?」
「いいの!?」
「リ、リンフィさん! いくら採取ツアーといってもただの子どもを連れて行くなんて……! それに、気球がハンターの動向を監視している。そんなことできるわけが」
「アタシに考えがある。オトモアイルー用の装備をつくれる腕のいい鍛冶屋はいるかい?」

 どんどん話のペースを引っ張っていくリンフィにワカの反論は無意味だった。レタルトムは突如現れた女性ハンターの案が気になるらしく、そわそわしている。

「アタシに任せなって! そんなに心配ならアンタもついて来ればいい」
「そうしたいところだけど、今は氷海に行けないんだ。ギルドから処分を受けているから」
「……ふーん。じゃあ、エイドがアタシを見張って。オトモアイルーも一緒にパーティを組もうよ。ソフィアにはアタシから説明するから」
「アタシとエールが?」
「旦那さん、ボクたちは留守番ニャ?」
「そうなるね。よし、鍛冶屋に案内して」

 強引で剛胆。リンフィに相応の言葉を脳内に並べながら、ワカはエイドと共に鍛冶工房に向かうしかなかった。



 鍛冶アイルーのハリーヤに材料を手渡し、一時間も経たないうちにそれは完成した。大タルから白い毛に覆われた足だけがひょっこりと出ていて、目のある位置だけ板が外されている。タルの中は暗く、外側からはよく見えない。

「これで完璧だね! 行くよ、“ニコ”」
「うん」
「おかしいなあ? ニコはアイルーなんだけど?」
「にゃ、にゃー」
「よろしい」
「会心の出来ニャー」
「ブーツに白く染色したガウシカの毛を貼り付けてアイルーの足に見せかけるなんて、無茶苦茶だな」

 リンフィの考えとは、レタルトムを【タルネコボディ】に閉じこめることだった。背丈がアイルーに近い子どもだからできる芸当だ。完成品を見てハリーヤは満足げだが、ワカはリンフィの斬新すぎて奇抜と呼べるアイデアに呆れていた。

「気球から見るあいつらの目からすればわからないもんだよ。この防具は実在するから怪しまれることも無いし」
「レタルトム、本当に大丈夫?」
「へいき、すごくワクワクする!」
「何かあったらこいつを担いですぐに逃げるから、心配しないでいいよ。そろそろ氷海に向かう船が到着するかな、行くよ」
「エドちゃんも気を付けて」
「ボクがいるから大丈夫ニャ」

 心配するユゥラやワカをよそに、リンフィはエイドとエール、そしてニコに扮したレタルトムと共に氷海を目指した。拠点を出る前にレタルトムにホットドリンクを飲ませ、氷海を動き回れるように下準備を完了させながら。



 レタルトムは海も初めてだったようで、タルの中から忙しなく目線が動いている。それは風を切る船へ、海の水平線へ、そして徐々に近づいてきたそびえ立つ白き山々へ。落ち着かない目線を止めるべく、リンフィはタルを軽く小突いた。

「坊や、アタシの傍から絶対に離れないんだよ。言うこと聞かないならすぐに帰るからね」
「はーい」
「返事、違うよ」
「にゃー」
「本当にムチャクチャニャ」
「でも、リンフィさんはあの子に何かを考えがあって連れて来たんやと思うんよ。アタシたちは周りを警戒しとこ、エール」

 レタルトムの状況と歩幅を気遣ってゆっくり歩くリンフィにさりげない優しさを見出しながら、四人はベースキャンプを出た。
 エリア1で仲良く闊歩するポポの親子を発見し、レタルトムは緊張と興奮から息を荒くしながらじっとしている。こちらが刺激しなければ大丈夫だと伝えれば、呼吸を整えて瞬きもせずにポポを見つめていた。

「アンタが羽織っていた毛皮のマント、何度も縫って修復されているけどあのポポの毛からつくられているんだよ。毛は衣服に、肉は飯に、骨は素材に。アタシたちはあいつらからたくさんのものをもらっている」
「ころしちゃうの?」
「そうだね。だから全てを活用する。そうやってアタシたちは自然に感謝して、受け取った命を大事に使っているのさ」

 やがてポポの親子がエリア2方面へ歩いて行ったので、リンフィはエリア5へ向かう。レタルトムが小股でついて行き、エイドは釣りカエルを採取してから二人の背を追った。



「本当に旦那さんは破天荒な人ニャ」

 ぬるくしてもらったお茶をすすり、シャガートはぼやく。バルバレの英雄と呼ばれる彼女は頭が良いが豪快な性格であることをモーナコは知っていた。

「英雄、か。ポッケ村とモガ村の英雄なら俺も知ってるよ」
「ニャんと!? 旦那さんはモガ村の英雄と一緒に依頼を受注したことがあるそうニャ。あっちの英雄は落ち着いていてハンターらしかったニャ。それに比べて旦那さんは……」
「シャガート。リンフィさんは腕の立つハンター、それは事実だろう? あの性格だからあちこちの人とすぐに打ち解けて、どんなモンスターにも立ち向かう姿勢を崩さない。俺はリンフィさんのそういうところを素直に尊敬しているよ」
「ワカさんも旦那さんと付き合ってみればわかるニャ。本当にムチャクチャニャ」

 留守を命じられたリンフィのオトモアイルーたちはワカの部屋で談話をしていた。雇用主として理解はしているものの時折見せる暴走っぷりに頭を抱えているようで、久しぶりに会った同胞に思いの丈をぶちまけている。

「旦那さんはギルドナイトの家系の人らしいニャ。だけどギルドナイトになるのが嫌で家を飛び出して、ハンターになろうと船に乗ったらあの【豪山龍ダレン・モーラン】と遭遇したニャ。そこで団長と出会って、キャラバンに勧誘されて今に至るニャ。この時点で色々とぶっ飛んでるニャ」
「……由緒正しい血脈なんだな」
「ワカ旦那さん?」
「なんでもない」

 妬みを含んだような声色にモーナコが主の様子を窺うが、ワカは書物に視線を落とした。文字を読んでいるふりをして本当は物思いにふけっているのだろう。こうなると周りの声など聞き取ることはできない。モーナコは二人の積もる鬱憤を聞くことにした。



 エリア5に着き、リンフィは本来の目的である採取を開始した。ピッケルを持つと岩に挟まった鉱石を取り出すべく周りの岩を削り始める。エイドもドスヘラクレスを虫網で捕らえ、小型のカゴに詰めた。その様子をレタルトムが不思議そうに観察していたので、エールはタルの中に話しかけた。

「鉱石や虫はハンターの武器や防具の素材になるニャ。ボクらは自然からたくさんの恵みを受けて生きているニャ」
「へえー」
「隣、行くよ」

 採取を終えたリンフィが立ち上がり、隣接するエリア6へ向かう。ここにもピッケルで採掘できそうな鉱石が見えるが、一匹のスクアギルがこちらに気が付くと氷上を滑走して向かって来た。
 すぐさまエイドがレタルトムを守るように立ちはだかるが、その前に立つリンフィは武器を抜かずに膝をついた。スクアギルが飛び込んでくるのを待ち構えているようだった。そして……

「リンフィさん!」
「なにやってるニャ!」

 小型モンスターとはいえ鋭く生え揃った牙がリンフィの左手に食らいつく。スクアギルは獲物を食いちぎろうと自身を回転させて肉を切り裂こうとしたが、直後に右手で剥ぎ取りナイフを抜いたリンフィに体を貫かれ、氷の地面に磔にされた。
 一瞬とはいえかじられた左手の傷口から血が滴り落ちる。それを見たレタルトムはタルの中ですくみあがった。少年が見た、初めての流血。

「今の、見たろう。こういう奴らもいる。もっとデカい奴らはこんな程度じゃない。下手にぶつかれば骨が折れたり、最悪死んじまったりする。これがモンスターの脅威。自然の洗礼だ」
「……こわくないの?」
「怖いと思ったら、ハンターはできないさ。とはいえ、こいつらを狩るだけがハンターじゃないけどね。副業としてハチミツを採取して金を稼いだり、モンスターの肉を試験的に調理するハンターもいる。ハンターは一概にこういう奴、とは言えないのさ」

 回復薬を取り出し、瓶を傾けると左手にかける。残りは飲み干すと息絶えたスクアギルから剥ぎ取りを行う。そうしてから立ち上がり、レタルトムと向かい合うように再び膝をついた。

「だけどね……アンタが父親から聞いたハンターは感謝していい英雄なんかじゃない。モンスターを必要以上に狩ることは、この大自然の掟を破ることだ。村の近くから脅威が去って平和になったかもしれない。でもね、どこかで自然の摂理は乱れたんだよ」
「…………。」
「今はこの言葉の意味がわからなくていい。だけど、いつかはこの意味を理解してほしい。そうしたらアンタは村を出な。今度こそ自分の足だけで外へ飛び出すんだ」
「……うん」

 エメラルドの瞳は戸惑っていたが、リンフィの言葉を懸命に心に刻もうとする必死さも感じられた。それを見たリンフィは納得し、帰ることを促したのでまっすぐベースキャンプへ戻った。
 リンフィは飛行船が待っているからと言いリククワを起ったが、レタルトムにとって忘れられない出来事となったことだろう。



 それから更に一日が経過し、カゲたちが戻ってきた。レタルトムの故郷が判明したという。

「驚いたよ。あの斜面の向こう側、一里ほど歩いた先に里があったんだ。ドンドルマギルドの管轄地域だったからバルバレギルドでも把握されていなかったみたい。大老殿に便りを出して良かった」
「カゲ、レタルがいた里というのは」
「【ウラルの村】。近くに大きな湖があって、頻繁にそこから霧が発生して村を覆い隠すようになるとか。だから【霧隠れの里】とも呼ばれているんだって。地図も受け取ったから、場所は把握している。僕らが案内するよ。彼らもギルドナイトなら信頼してくれるだろうし」
「お願いするわ。……レタルトム、元気でね」

 名残惜しそうにユゥラがレタルトムを抱きしめる。生まれてすぐに母を亡くしたレタルトムは、不思議な温もりを感じていた。
 カゲたちが出発の準備をしている間に、ワカがそっとレタルトムの耳元に告げる。氷海から帰ってきたエイドからリンフィがレタルトムに伝えたことを聞いたことを思い出しながら。

「お前が大きくなって村を出たら、ここに来るといい。だけどもし、ここが無くなっていたら……その時はバルバレギルドを目指すんだ。そしてギルドマスターにこう伝えてくれ。“ナバケのジンが身柄を保護する”と」

 そっとリククワやギルドへの道筋を記した地図をポーチに入れる。別れの挨拶として頭を軽く撫でると、レタルトムは『バイバイ』と言ってカゲたちの元へ走り去って行った。



 その後、リククワを二人のハンターが訪れた。来訪を願っていた、あの二人だった。
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