狩人話譚

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第24話 融解する大地 後編

銀白色の奇士[3]

 前脚を負傷させたことで粘菌の爆破は軽減されているが、それでも勢いは止まらずエリア1も徐々に地形が崩壊していく。
 盾で防いでは隙を見て消臭玉で粘菌を打ち消すクレイドに対し、リュカはブラキディオスの攻撃を身を屈めたり転がることで対応していた。

「うおっ……!」

 回避行動を見切られたのか、追撃を許してしまう。目の前に飛んできた粘菌まみれの前脚にたまらずジークムントを突き出して弾くが、べっとりと緑色の粘菌がこびり付いた。
 すかさずクリフが万能湯けむり玉を投げつけるが、これで残りはあと一つだ。そろそろ決着をつけなければならない。クリフは蒼竜火砲を構え……中央部にそびえ立つ巨大な氷柱へ撃った。

「クリフ!? アンタ、ふざけてるの?」
「ナレイアーナ、麻痺まであと何発っスか」
「……あと二発ね。それより、さっきから何の真似よ」
「今は合図を送ることだけ覚えていて欲しいっスよ」

 火炎弾が何度も氷柱の一点に何度も命中したことで、中央部にビシリと亀裂が入った。更にナレイアーナが麻痺弾をブラキディオスに撃ち込み、クリフの名を呼ぶ。
 条件は全て揃った、あとは誘導するのみ。クリフは装填されたままの火炎弾をブラキディオスへ撃つ。クレイドと向き合っていたブラキディオスが振り返り、クリフ目がけて走り込んできた。想像以上の早さにクリフが驚きの声をあげる。

「わっ、わっ、思った以上に素早いっス!」
「いかんっ……! クリフ、退け!」
「そうはいかないっス! イアーナ、頼むっス!」
「わかったわ!」

 氷柱の側に近づいたところでクリフが指示を出し、ナレイアーナがブラキディオスへ麻痺弾を撃った。計算通りブラキディオスは麻痺し、言うことを聞かない体を叱咤して動かそうとしている。

「今だぁ! いけえぇーーっ!!」

 ブラキディオスの目の前にいたクリフが後ろへ大きく飛ぶ。更に声を張り上げてもう一度後退するが、同時に弾薬をばらまいた。……ブラキディオスではなく、氷柱に向かって。
 度重なる衝撃が加わりとうとう真っ二つに折れた氷柱は、ブラキディオスを押し潰すように崩れ落ちる。ブラキディオスの悲鳴が聞こえたが、氷柱の倒壊する大きな音にかき消された。
 舞い上がる雪はまるで吹雪のようで、四人は身を屈める。ようやく視界が鮮明になったところで巨大な氷塊となった氷柱の下敷きになっているブラキディオスを討伐したことを確認できた。

「どうっスか、狩技【バレットゲイザー】! なかなかモンスターに当てるのが難しい技っスけど、こういう使い方もあるんスよ!」
「まったく、お前はいつもそうやって無茶をする。唐突に思いついた策を私たちに伝えないまま行動するんじゃない」

 腰に手を当て胸を張りながら自慢げに喋る弟に生真面目な兄は頭を抱えている。以前クレイドを殺意をみなぎらせるほど怒らせたと語ったクリフだが、こういった破天荒な行動が兄を心配させているのだろう。
 ともあれ、ブラキディオスの討伐に成功した。これで再びリククワで暮らすことができると実感がわいたリュカは安堵から空を見上げる。戻れなかったこの二ヶ月間どんな風に過ごしていたのか、イリスからたっぷりと話を聞きたいと考えながら。
 その時、ふと雪が舞っていることに気がついた。山脈へ目を向ければ、山を覆う上空も淀み始めている。天候が変わって雪が降ることなどおかしなことではないが、リュカの狩人の勘が警鐘を鳴らしている。この雪はおかしい、と。全身の血が凍える感覚がした。

「エリア5に行け、早く!」
「ど、どうしたんスか、リュカ? この通りブラキディオスは討伐できたし、あとは帰るだけじゃ」
「急に天気がこんなに荒れるかよ!」
「まさか……“また”来たっていうの!?」

 手を振りエリア5へ誘導するリュカに従い、全員が移動する。更に隣接するエリア6へ逃げ込んだ。エリア7の方角に見える空は暗く、雪が暴れるように風に吹かれている。
 突然変貌した外の景色にクレイドは困惑していた。好奇心旺盛なクリフでさえ出てはいけないと感じているようで、息を潜めるように大人しくなっている。

「すごく危険な気配がビリビリするっス」
「なんなのだ、この猛吹雪は……。これはまるで、」
「暴風野郎だ」
「…………?」
「あ、クシャル様のことね」

 リュカの呼び名にナレイアーナが補足をし、四人はエリア7の空を見守る。まるで夜のように暗くなっている外は別世界のようだ。

「以前現れたと聞いたが、再び来ようとはな。どうする、我々の力では到底及ばないぞ」
「この天候じゃ救援の狼煙もあげられるかわからないわね。ベースキャンプにいるリッシュは無事かしら。船内に避難しているといいんだけど」
「せっかくブラキディオスを討伐できたのに、古龍に乱入されるなんて災難っス」

 本来ならばこのエリア6をうろついているスクアギルやクンチュウの姿が見あたらない。古龍の再来により地中や秘境へ移動したのだろう。
 これからどうするべきかとエリア7の空をぼんやりと見つめていたハンターたちだったが、徐々に明るさを取り戻していく光景にクシャルダオラが去ったことを直感した。
 そして警戒しながらエリア1へ向かうも、目の前に広がる光景に四人は絶句する。

 氷漬けになったブラキディオスの亡骸、

 時間を巻き戻したかのように何も無かったが如くそびえ立つ氷柱、

 ブラキディオスの粘菌爆破により荒れ果てたはずが元通りに整地された氷の大地。

 これらは全てクシャルダオラがやったのか。否、こんなことができるのは古龍以外あり得ない。四人はしばらく立ち尽くしていたが、やがてリュカがぽつりと語った。

「これじゃ、この粘菌野郎を成敗して氷海を直すためだけにやって来たようなもんじゃねえか」

 大地を荒らしたブラキディオスに制裁を加え、大地を修復して立ち去る。まるでクシャルダオラがこの氷海の管理人ではないかと思われるような行動だ。
 もしその場に居合わせたら自分たちも氷漬けにされていたのだろうか。古龍という存在が如何に強大であるかを思い知らされた。

「ここから先は我々にはどうにもできまい。一刻も早く船へ戻り、ギルドへ報告をしよう」
「兄さんの言う通りっスね」

 ベースキャンプに着くと、船の傍でリッシュが帰りを待ちわびていた。天候が悪くなった時船内にいたようで嵐の影響を受けなかったが、クシャルダオラの再来を知らされると目を丸くしていた。
 停泊していた船には目もくれずに氷海の荒れ果てた大地だけに視線を向けたとも思え、益々クシャルダオラの考えていることがつかめない。あの古龍は氷海と何か関係があるのだろうか。
 こういったことは自分には不向きだ。真相の解明は書士隊やギルドに任せるとしよう。そんなことを考えながらリュカは海風を浴びていると、クレイドがふと思い出したように話を持ち出した。

「そういえば、この辺に【頭蓋潰し】が現れたらしいな」
「あ? なんだよ、それ」
「…………。」

 リュカが怪訝な顔をしてクレイドに向き直るが、ナレイアーナは海を見つめたままだ。そんな対照的な反応を気にも止めず、クレイドは続きを語る。

「数年前こちらのギルドに所属していたハンターだ。性別に年齢といった素性はほとんどわからない。だが、常に一人で高難度の狩猟をこなす者だったらしい」
「そんな腕利きハンターがどうしたんだよ? 悪い話じゃなさそうじゃねえか」

 リュカの言葉にクレイドは『いいや』と首を横に振る。アグナZヘルムを外して見せた素顔は嫌悪感を露わにしていた。

「奴の腕は本物だろう。だが、とても残虐なハンターと言われている。討伐されたモンスターの頭部はみな叩き潰されており、悲惨な状態だったという。討伐した後も攻撃を加えて頭蓋骨を粉砕していたようだ。それを見ているのは当事者とギルド関係者だけだから、我々ハンターは知る由も無い。ここ数年は姿を見せていなかったらしいが、似た手口を行ったことから奴ではないかと」

 ハンターの攻撃によりモンスターが傷を負うのは当然のことだが、討伐後もなお頭部を執拗に叩き潰す精神を問いたくなる。狩人の信条を破るような行為にリュカの顔も不機嫌なものに変わった。

「頭を潰すなんて信じらんねえな。で、そいつがここに現れたってのか? 村の連中は会ったりしてねえよな」
「誰かが襲われたとも聞いているが、被害の報告は入っていないな。だが、モンスターだけでなく人間にも武器を向けた危険人物だ。凍土にも出没するかもしれぬと隊長から連絡を受けていてな。どうやら君たちにとっては初耳だったようだが」
「マジかよ。村に戻ったらすぐに聞いてみようぜ、イアーナ」
「…………。」
「おい、イアーナ。話聞いてたかよ? やべぇ奴が出てきたんだぜ」

 そっぽを向いたままのナレイアーナにリュカが再度声をかけたところでようやく振り向く。その顔を見てリュカは思わずナレイアーナの肩に手を添えた。

「……大丈夫か? お前、なんか顔色悪いぞ」
「ねえ、クレイド。そのハンターなんだけど、別人じゃないかしら」
「何故そう思う?」
「…………。」

 ナレイアーナは再び視線を海へ投げる。しばらく答えに迷っているかのように黙り込んでいたが、やがて唇を震わせながら開いた。

「アタシ、そのハンターの話を聞いたことがあるの。もう何年も前に死んだって」
「えっ? し、死んでるんスか? それならここ数年見かけられないってのはわかるっスけど、それじゃあ噂になっているのは……」
「物好きな誰かさんが真似しているんじゃないかしら。アタシの勘違いかもしれないけどね。あー、お腹がすいたわ。久しぶりにモリザお母さんのおいしいご飯をたらふく食べたいわね」

 話を切り上げるようにそう言うと、ナレイアーナは『一休みするわ』と告げて船内へ向かった。物騒な話題を続けるのはせっかくの職務復帰に水を差す。そう考え直し、リュカもまた自分たちを温かく出迎えてくれるだろう住人たちの顔を思い描いた。



 リククワに戻るとカゲが出迎えた。今回の依頼書をリュカたちに渡したのは彼であり、また成功を信じて拠点の入口でイリスと共に帰還を心待ちにしていたようだ。

「兄さん、討伐は」
「成功っちゃ成功……かな。ちょっと色々あってよ」
「何か不慮の事態でもあったの?」
「その辺はお爺ちゃんも一緒に話を聞いてもらいましょ、カゲも来るでしょう?」

 リククワの長に全てのことを伝えるため部屋に向かうが、ムロソも報告を待っていたのかノックの直後に扉を開けられハンターたちは予想外の行動に驚いた。
 ブラキディオスの討伐とクシャルダオラの出現の報告を伝えると、長い顎髭に手をあてながら『ふむ』と小さく頷いた。

「お前さんたちが元の職務に戻れることは本当に喜ばしい。だが……クシャルダオラが再び現れるとは思わなんだ」
「砕竜が破壊した一帯の修復のために、ねぇ……。不可思議ではあるけど、あの氷海は鋼龍の縄張りなのかな?」
「また調査しなくちゃいけないことが増えたわね、これから忙しくなりそう」

 ムロソが部屋の隅にいたクレイドとクリフ兄弟に目をやる。彼らとは初対面だが、強さと優しさをたたえた、いい瞳をしているとムロソは思った。

「ブラキディオスを討伐できたのはお前さんたちの力添えのおかげじゃ。ありがとう」
「氷柱をぶっ壊して粘菌野郎を潰すなんてえげつないことしやがったけどな」
「あの一撃が無かったらクシャルダオラと鉢合わせたかもしれないんスよ? 結果オーライっス」
「……この通り弟が無茶をしましたが、我々も恩を返すことができて何よりです。これからもお互いに協力していければと思います」

 クレイドの丁寧な返事にムロソは満足そうに頷いた。こうして護衛ハンター同士が協力体制を組むことができるのは非常に心強い。

「今頃モリザとルシカが夕飯の準備をしている頃じゃ。今宵は広間で宴にしよう。お前さんたちも食べていくがいい」
「本当っスか? 嬉しいっス、オレ実はもうお腹ぺこぺこで」
「すみません、お世話になります」

 広間に向かうとリククワの住人が総出で迎えてくれた。全員が温かな笑みで、護衛ハンターたちに伝える。

“おかえりなさい”

 二ヶ月ぶりに聞いたその言葉は、ハンターたちの身も心も満たす何よりのご馳走だった。

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第24話 融解する大地 前編

銀白色の奇士[3]

「兄さんっ!」
「よう、イリス。二ヶ月ぶりだな」

 リククワに現れた人影を見た途端駆け寄って抱きついたのはイリスだ。久しぶりに兄と会えたことで嬉しさが爆発したらしい。対するリュカも華奢な妹の体をしっかりと受け止めた。

「特に変わったことは無かったかしら?」
「……まあ、色々あったよ。おかえり、ナナちゃん」
「おかえりなさいですニャ」
「ただいま」

 もう一人の訪問者であるナレイアーナにはワカとモーナコが出迎えた。ワカの含んだ言い方が気になったが、それよりも報告しなければならないことがある。

「アタシたちはまだここに帰ってきたわけじゃないの。これから氷海へ行く。そこで依頼を果たして初めて村に戻れるのよ」
「依頼? それはモンスターの討伐ですニャ?」
「ええ。彼らと一緒に行くわ」
「彼ら……あっ」

 ナレイアーナがリククワの入口へ視線を送ったので、ワカとモーナコもつられて顔を向ける。すると、リュカたち以上に久しぶりに見る二つの顔がリククワへ到着したところだった。
 凍土調査隊の護衛ハンター、兄のクレイドと弟のクリフ。彼らもまたリククワのハンターと同じく護衛の義務から外されていたことをワカはクインからの報せで知っていたが、まさかこの拠点に姿を現すとは思わず驚きの声をもらした。

「闇夜の赤黒雷の件以来だな。……“彼”については我々にも責任があると思っている」
「あの時は何もできなくて申し訳無かったっス。オレがやられたせいで兄さんはオレを庇いながら戦って、それで兄さんも……」

 兄弟は揃って頭を下げた。凍土の秘境調査中に現れたジンオウガ亜種により二人は傷を負い、イリスとリュカを助けるためにやってきたディーンは命を奪われる結果となった。クレイドはディーンと面識があったため、余計に辛い思いをしたようだ。

「だから、今度はオレたちが力を貸すっス! ……と言っても、ギルドの命令で来たっスけど」
「最近氷海で大きな流氷が見られたそうだな。ギルドが調べたところ、一部で崖が崩落している箇所もあるとか。その原因を引き起こしているモンスター、【砕竜ブラキディオス】の討伐が今回の目的だ。この依頼を遂行することができたら、彼らも我々も元の任務に戻ることができる。奴の討伐経験があるからギルドも我々を指名したのだろう」
「……ということなの。倉庫の備蓄はバッチリよね? 準備を整えたらすぐに出発するわ」
「倉庫の整理は日々行っているから抜かりは無い。遠慮せずに持って行ってくれ」
「ボクはリッシュさんに船の準備をお願いしてきますニャ」
「ギルドからの依頼書だ。これを彼女に渡してくれ」
「わかりましたニャ!」

 会話が終わるのと同じ頃、リュカもイリスと二ヶ月越しの対面に満足したのか倉庫へ向かう。既に支度を整えているクレイドとクリフは二人を待つことにしたが、ワカが何かを思いついたのか倉庫へ入ると何かを持って戻ってきた。玉が入っているのか、丸みを帯びた布袋をクリフに手渡す。

「クリフ、お前にこれを頼みたい」
「けむり玉っスか?」
「万能湯けむり玉だ。ブラキディオスの粘菌が起こす爆発の威力はかなりのものらしいから、この湯けむり玉で防ぎながら立ち回れば安全に狩猟を進められるはずだ。接近戦を行うリュカやクレイドにその隙は無いし、ナナちゃんは武器を背負うのに時間がかかってしまう。だから、これを使うのはお前が適任だ」
「ありがとうっス、ワカ」

 クリフに万能湯けむり玉を渡すも、ワカの表情は不安そうだ。この兄弟はG級ハンターであり、ブラキディオスの討伐経験もあるというのに。心にわだかまる不安要素が拭いきれず、ワカはぽつりと忠告した。

「それと……モンスターの乱入には気を付けて」
「ワカ、それはどういう意味だ?」
「ブラキディオスの爆破はあちこちに大きな影響を及ぼす。縄張りを荒らされたモンスターがブラキディオスがいなくなったことを確認しようと姿を見せる可能性があるんだ。だから、決して油断しないでほしい。過去に討伐後の隙を突かれて……命を落としたハンターがいたから」
「……心配いらないっス! 今回はリュカたちもいるし、大丈夫っス。ワカはのんびり帰りを待っていればいいっスよ」

 明るい声でクリフが笑いながら肩を軽く叩く。クリフはワカが言った『命を落としたハンター』が誰なのか把握した。目の前の男にとって大切な人だったという、幼馴染の女性だろう。

「お待たせ」
「こっちも準備万端だぜ」
「皆さんがよろしいのなら、すぐに船を出します」

 リュカとナレイアーナ、そしてモーナコに連れられたリッシュがやって来た。氷海へ向かう狩人たちは顔を合わせ、力強く頷く。
 過去の悲劇を変えることはできない。だが、今回の狩猟はその過去の清算だ。かつての日々を取り戻すため、リククワと凍土調査隊のハンターは氷海へ向かう。
 船が小さくなるまで、リククワの住人たちは彼らを見送る。全員が大きな怪我をすること無く帰還することを、ユゥラは一人祈った。



 寒冷地にやってくるのは久しぶりだが、氷の大地に長らく根ざした体は寧ろその寒さを喜んで受け入れているように感じられた。
 ギルドの報告通り、ベースキャンプ傍の海に浮かぶ氷の塊は以前より大きい。ブラキディオスが暴れ回った結果氷の大地が崩れ、海へ流されたのだろう。このままではこの一帯が崩壊して沈んでしまいそうだ。

「ブラキちゃんは水に弱いから、アスールバスターの水冷弾が役に立ちそうね」
「クリフ、奴のフットワークの軽さを見くびってはならない。距離をとるとはいえ気を付けるんだぞ」
「わかってるっス」

 エリア1の崖を上りエリア3に到着すると、斜面を見上げる。大きな弾のような突き出た頭部をもたげ、辺りを見回しているブラキディオスを見つけた。
 斜面のいたるところが陥没しているのはブラキディオスの粘菌が爆発したからだろう。討伐に手こずればどんどん辺りが粘菌の爆破で地形が大きく歪み、ハンターにとって不利な状況になる。

「一気にケリをつけないと、ここも崩れ落ちる可能性だってあるわけか……厄介な野郎が出てきちまったな」
「リュカ、あまり大剣で攻撃を防がない方がいい。刃こぼれに繋がる恐れがある」
「オレもそいつはやべぇなと思ってたところだ。イアーナ、クリフ、援護射撃は任せたぜ」

 陥没した箇所を避けて坂を駆けあがる。ハンターに気がついたブラキディオスも両前脚に自身の舌で粘菌をすり付け、戦闘態勢に入った。
 ブラキディオスの攻撃は主に前脚を殴りつけるように振るうというシンプルなものだが、そこに粘菌の爆破が重なることで脅威的な破壊力を生み出す。
 爆破のエネルギーは強固な装備で身を固めていようとも簡単に鎧を砕いて体内へ大きなダメージを与える恐ろしさを持っており、このモンスターに大怪我を負わされたハンターは多いという。

「この粘菌野郎といい凍土で会った青冠野郎といい、獣竜種って奴らは溜め斬りが当てにくいんだよな」
「私が攻撃を引きつける。その隙を狙ってみてくれ」

 クレイドが盾を構え、ブラキディオスの攻撃を受け止める。両足で踏ん張り衝撃を受け流すとブラキディオスは攻撃を防いだクレイドに対抗意識を燃やしたのか、標的をクレイドに定め拳を幾度となく振るった。

「兄さん、後退するっス!」

 クリフがワカから受け取った万能湯けむり玉を投げつける。クレイドは時にサイドステップで攻撃を避けながらけむりの立つ箇所へじわじわと移動し、盾にこびり付いた粘菌を落とした。
 一方のリュカはブラキディオスの背後に陣取り、尾へ斬撃を与える。通常弾の速射を行うクリフの更に後方でナレイアーナが弾を撃っているのが見えたが、水冷弾ではないことに気が付き疑問を抱いた。

「イアーナは何を撃ってやがるんだ? あんな距離じゃ威力もイマイチだってのに」

 リュカの発掘ジークムントは炎の力を宿しており、ブラキディオスには通りが悪い。水冷弾を撃てるナレイアーナのアスールバスターが唯一大ダメージを期待できるのだが、彼女は何かを数発撃ってはすぐに装填を繰り返している。
 装填のペースの早さから、それが通常弾ではないとリュカにはすぐわかった。麻痺弾といった、何か特殊効果のある弾なのかもしれない。

「クリフ、そっちへ行くぞ!」
「わかってるっス!」

 どうやら今度は速射を放っていたクリフをターゲットにしたようで、ブラキディオスがドシドシと音を立てて斜面を下る。右の前脚を高く降りあげたのを見たクリフは前転することでブラキディオスの脚の間からすり抜けた。

「イアーナ! お前も離れておけ!」
「アンタこそさっさとこっちに来なさいよ、そろそろチャンスになるんだから」
「ああ? どういう意味だよ」

 ブラキディオスを追うようにランスを突き出して駆け降りて来たクレイドの一撃にブラキディオスが怯んだ。その間にナレイアーナはアスールバスターを背負い、射程範囲へ移動する。
 反撃に出ようとしたブラキディオスが振り向くが、構えるように持ち上げていた前脚は力無く地へ下ろされ、その場で口をだらしなく開けて荒い呼吸を繰り返している。盾で防御態勢をとりながらクレイドはアグナZヘルムの下で怪訝な表情を浮かべた。

「……? 動きが鈍い」
「ようやく【減気弾】が効いてきたようね。脚を狙えば転ばせられるわ!」
「連撃ならオレに任せるっス!」

 ハンターが砥石を使って武器の切れ味を回復させるようにブラキディオスも粘菌を増やそうと前脚に舌を這わせるが、その動作すら疲労からかゆっくりだ。
 クリフの放った速射が後脚に命中し、宣言通りブラキディオスの体がとうとう崩れ落ちた。ハンターたちにようやく訪れた好機。

「イアーナ、頭は譲ってやるからしっかり決めろよ!」
「ええ、任せて!」

 リュカの狙いは脅威となる前脚の部位破壊。更にナレイアーナが弱点となる頭部をしゃがみ撃ちで撃ち抜く。流れるようなコンビネーションにクレイドは感心した。
 攻撃の起点となっていた右前脚の殻が欠け、更に特徴的だった頭部の先もへし折れたがブラキディオスの闘志は消えておらず、立ち上がると全身が黄色へ変色する。興奮したことで粘菌が活性化したのだ。

「チッ、ブチ切れやがったな」
「アンタもこんな感じになるわよね、色は赤だけど」
「うっせえ!」

 しゃがみ撃ちの態勢を解除したナレイアーナの一言にリュカが吠えるが、意識はしっかりとブラキディオスに向けられている。体を前のめりにして前脚を地面に突き刺すと同時に爆発が起き、ヒビが入った。
 怒り状態になったブラキディオスの攻撃は苛烈そのもので、頭部を地面へ押し込むとそのまま抉るように突進を繰り出す。しかも一度では終わらず、後退して軸を合わせると再び前進させては爆音が響く。
 地中で爆破の連鎖が発生したことで地面は掘り返されたような荒い地形に変化し、リュカはぎょっとした。

「おいっ、あんまり暴れんじゃねぇよ! 崩れちまうだろうが!」

 思わず抗議の声をあげるが、そんな言葉など通じるわけもなくブラキディオスは暴れ続ける。猛攻をかわしていくうちに、斜面の下部へ追い詰められてしまった。
 するとブラキディオスが地面へ頭部と両前脚を突き刺す。地中で粘菌が時間差で辺りを爆発させる、ブラキディオスの大技だ。足元から爆破が起こるため大剣や盾の防御は無意味。そうなると、逃げ道は一つしか無い。

「飛び降りるぞ!」

 クレイドの号令に全員が下のエリア1へ向けて飛んだ。頭上で爆発音が鳴り響き、粉砕して細かくなった岩が落ちてくる。着地直後四人はすぐに散らばり、ブラキディオスを迎え撃つ態勢を整えた。
 上を見上げれば闘志をみなぎらせたブラキディオスがハンターを追って飛び降りてくる。後ろ脚でザリザリと地を蹴る姿は、まだまだやる気だと体現しているようだ。

「ダメージはそこそこ与えているはずっスよね」
「そうね。ワカがいてくれれば弱っているか見通してくれるのに」
「彼は観察眼の使い手なのか、それは頼もしいな」

 パラパラとエリア3から氷の粒が落ちてくる中、狩猟は再開される。ブラキディオスの軽いフットワークを封じるため、ナレイアーナはポーチから麻痺弾を取り出す。それに気が付いたクリフがブラキディオスの動きを注視しながら尋ねた。

「ナレイアーナ、あいつが何発で麻痺するかわかるっスか」
「レベル2を二発、更にレベル1を五発といったところね」
「それじゃ、麻痺する寸前になったら教えて欲しいっス」
「えっ? ええ、いいけど」
「ありがとうっス!」

 そう答えながらクリフは火炎弾の装填を始めた。リオレウス亜種の素材で作成されたこのライトボウガンは通常弾の他に火炎弾の速射も可能で、寒冷地に生息するモンスターに特に有効だ。今回の相手であるブラキディオスには相性が悪いのだが、それにも関わらずクリフは火炎弾を選んだ。
 ライトボウガンの速射は連続で弾を撃つため狙いを変えることができない上、リュカとクレイドとの応戦で暴れているため、ブラキディオスの体をかすめ背後の氷柱へ命中する。反動もあるため、モンスターの動きを見ながら立ち回らないとこちらが隙を晒すことになってしまう。不可解な行動にナレイアーナは首を傾げた。

「クリフ、通常弾が切れたの? 調合する余裕が無いならアタシの分をあげるわよ」
「心配ご無用っス。オレなりに考えがあるんスから」

 何か案があるのか、構わずに蒼竜火砲を構えている。ナレイアーナにはクリフの考えている案が想像できないが、ブラキディオス討伐に有利にはたらいてくれるものだと信じて麻痺弾を装填した。

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第23話 霧隠れの里 後編

銀白色の奇士[3]

 リククワにすっかり馴染んだレタルトムだが、この年頃の子ども特有の怖いもの知らずで好奇心旺盛な性格は、油断すると再び外へ飛び出してしまいそうでユゥラは必死に少年を引き止めた。

「なんで? ぼく、ひとりでもへいきだもん」
「一昨日は偶然モンスターと遭遇しなかったし、斜面から滑り落ちても軽い怪我で済んだのよ。それにギルドナイトがすぐに君を見つけてくれた。運が良かっただけなの」
「やだ! そと、もっとみたい! そとってこんなにキラキラしてるのに、どうしていっちゃいけないの?」
「レタルトム……」

 外の世界をキラキラしていると形容したレタルトムの言葉は、少年の知る世界が村の中しか存在しないことを意味していた。世界の広さを知らずに育った不幸な境遇にユゥラは言葉を失う。
 レタルトムにとって、外の地で見た人も、ご馳走になったおいしい料理も、温かい布団も、リククワを覆う氷の壁ですら輝いて見えたのだ。知らない世界を見たエメラルドの瞳が、好奇心で満たされて始めようとしている。

「レタル、お前が外を見るにはまだ早い」
「おはよう、ワカ。エイドも」
「おはようございます」

 二人を見つけたワカとエイド、オトモアイルーたちがやって来た。ワカが不満そうに頬を膨らませるレタルトムの頭を撫でてやるが、昨日のご機嫌だった調子はどこへやら、ぷいと顔を背けられてしまった。
 ワカはその隙を突いて体を抱き上げると、両肩に足を跨らせて肩車の体勢をとる。見晴らしが良くなったので、拠点中央部に立っているクシャルダオラの氷像を見上げていた。

「……誰か来るわ。リュカたちじゃないみたい」
「氷海の依頼を誰か受けたんかな。ここを経由する必要は無いはずなんやけど」

 赤紫と青が入り交じる鎧を着込んだハンターがこちらへ向かって来ている。隣にはオトモアイルーがおり、頭装備はサークレットのため後頭部で結われた青い髪が風になびいていた。

「ニャッ! あれはリンさんですニャ」
「リンフィさん?」

 目を凝らしたモーナコがワカに伝える。我らの団ハンター、リンフィ。彼女と会ったのは旧砂漠で依頼を受けた際に救助要請を出したことがきっかけだった。オトモアイルーを連れてディアブロスを一人で討伐した腕前は【バルバレの英雄】と呼ばれるにふさわしい。
 そんな彼女が何故わざわざ辺境にある拠点を訪れたのだろうか。ワカが手を挙げると気付いたのか、ザクザクと音を立てて雪を蹴りあげながら走り出した。

「リンフィさん、どうしてここへ」
「氷海へ採取に行こうと思ってね。ついでにアンタたちの拠点にも寄ってみたかったんだ。書士隊と護衛ハンター、更に施設を営む住人もいる仮設拠点なんて珍しいからさ」

 リンフィが連れる、世間には筆頭オトモと呼ばれているシャガートとチコ村から彼女について行ったニコはモーナコと再会を喜んでいる。特にニコはモーナコがチコ村に滞在していた頃からの友人なので、互いに元気で過ごしていることが嬉しいのだろう。
 ワカの隣に立っていたエイドに気が付いたリンフィがあ、と小さく声をもらす。それはエイドも同様だった。

「アンタ、【ベルナの英雄】だよね。なんでここにいるんだい?」
「え、英雄って、そんな」
「なに謙遜してるんだ、雪山でガムートを討伐しただけでなく、龍歴院の調査隊を救ってベルナに大きく貢献したんだ。あっちじゃそう呼ばれてるそうだよ」

 リンフィの口角が上がり、頬につけられたフェイスペイントも持ち上がる。英雄と呼ばれたエイドは自分には不釣り合いだと首を横に振った。
 リンフィが着ている鎧もまたエイドと同じく近年存在が顕著になった【斬竜ディノバルド】の素材からつくられた【ディノシリーズ】だ。

「で? ワカ、その子はアンタの子ども? ……ああ! なるほど、アンタら夫婦だったんだね」
「えっ!?」
「ちがうよ。ぼく、かあさんいないもん」

 レタルトムの純粋な返答によりリンフィの勘違いは一瞬で終わったが、色素の薄いワカの頬が赤くなっているのを見て親しい関係であることは把握したようだ。
 もしかしたらと思いワカはリンフィにこの地域のことを尋ねてみたが、やはり彼女も詳しくないようで首を傾げられた。しかし外の世界を知りたくて飛び出した勇気ある、だが無謀な少年を気に入ったみたいでリンフィはとんでもない発言をした。

「坊や、アンタも一緒に氷海に行くか?」
「いいの!?」
「リ、リンフィさん! いくら採取ツアーといってもただの子どもを連れて行くなんて……! それに、気球がハンターの動向を監視している。そんなことできるわけが」
「アタシに考えがある。オトモアイルー用の装備をつくれる腕のいい鍛冶屋はいるかい?」

 どんどん話のペースを引っ張っていくリンフィにワカの反論は無意味だった。レタルトムは突如現れた女性ハンターの案が気になるらしく、そわそわしている。

「アタシに任せなって! そんなに心配ならアンタもついて来ればいい」
「そうしたいところだけど、今は氷海に行けないんだ。ギルドから処分を受けているから」
「……ふーん。じゃあ、エイドがアタシを見張って。オトモアイルーも一緒にパーティを組もうよ。ソフィアにはアタシから説明するから」
「アタシとエールが?」
「旦那さん、ボクたちは留守番ニャ?」
「そうなるね。よし、鍛冶屋に案内して」

 強引で剛胆。リンフィに相応の言葉を脳内に並べながら、ワカはエイドと共に鍛冶工房に向かうしかなかった。



 鍛冶アイルーのハリーヤに材料を手渡し、一時間も経たないうちにそれは完成した。大タルから白い毛に覆われた足だけがひょっこりと出ていて、目のある位置だけ板が外されている。タルの中は暗く、外側からはよく見えない。

「これで完璧だね! 行くよ、“ニコ”」
「うん」
「おかしいなあ? ニコはアイルーなんだけど?」
「にゃ、にゃー」
「よろしい」
「会心の出来ニャー」
「ブーツに白く染色したガウシカの毛を貼り付けてアイルーの足に見せかけるなんて、無茶苦茶だな」

 リンフィの考えとは、レタルトムを【タルネコボディ】に閉じこめることだった。背丈がアイルーに近い子どもだからできる芸当だ。完成品を見てハリーヤは満足げだが、ワカはリンフィの斬新すぎて奇抜と呼べるアイデアに呆れていた。

「気球から見るあいつらの目からすればわからないもんだよ。この防具は実在するから怪しまれることも無いし」
「レタルトム、本当に大丈夫?」
「へいき、すごくワクワクする!」
「何かあったらこいつを担いですぐに逃げるから、心配しないでいいよ。そろそろ氷海に向かう船が到着するかな、行くよ」
「エドちゃんも気を付けて」
「ボクがいるから大丈夫ニャ」

 心配するユゥラやワカをよそに、リンフィはエイドとエール、そしてニコに扮したレタルトムと共に氷海を目指した。拠点を出る前にレタルトムにホットドリンクを飲ませ、氷海を動き回れるように下準備を完了させながら。



 レタルトムは海も初めてだったようで、タルの中から忙しなく目線が動いている。それは風を切る船へ、海の水平線へ、そして徐々に近づいてきたそびえ立つ白き山々へ。落ち着かない目線を止めるべく、リンフィはタルを軽く小突いた。

「坊や、アタシの傍から絶対に離れないんだよ。言うこと聞かないならすぐに帰るからね」
「はーい」
「返事、違うよ」
「にゃー」
「本当にムチャクチャニャ」
「でも、リンフィさんはあの子に何かを考えがあって連れて来たんやと思うんよ。アタシたちは周りを警戒しとこ、エール」

 レタルトムの状況と歩幅を気遣ってゆっくり歩くリンフィにさりげない優しさを見出しながら、四人はベースキャンプを出た。
 エリア1で仲良く闊歩するポポの親子を発見し、レタルトムは緊張と興奮から息を荒くしながらじっとしている。こちらが刺激しなければ大丈夫だと伝えれば、呼吸を整えて瞬きもせずにポポを見つめていた。

「アンタが羽織っていた毛皮のマント、何度も縫って修復されているけどあのポポの毛からつくられているんだよ。毛は衣服に、肉は飯に、骨は素材に。アタシたちはあいつらからたくさんのものをもらっている」
「ころしちゃうの?」
「そうだね。だから全てを活用する。そうやってアタシたちは自然に感謝して、受け取った命を大事に使っているのさ」

 やがてポポの親子がエリア2方面へ歩いて行ったので、リンフィはエリア5へ向かう。レタルトムが小股でついて行き、エイドは釣りカエルを採取してから二人の背を追った。



「本当に旦那さんは破天荒な人ニャ」

 ぬるくしてもらったお茶をすすり、シャガートはぼやく。バルバレの英雄と呼ばれる彼女は頭が良いが豪快な性格であることをモーナコは知っていた。

「英雄、か。ポッケ村とモガ村の英雄なら俺も知ってるよ」
「ニャんと!? 旦那さんはモガ村の英雄と一緒に依頼を受注したことがあるそうニャ。あっちの英雄は落ち着いていてハンターらしかったニャ。それに比べて旦那さんは……」
「シャガート。リンフィさんは腕の立つハンター、それは事実だろう? あの性格だからあちこちの人とすぐに打ち解けて、どんなモンスターにも立ち向かう姿勢を崩さない。俺はリンフィさんのそういうところを素直に尊敬しているよ」
「ワカさんも旦那さんと付き合ってみればわかるニャ。本当にムチャクチャニャ」

 留守を命じられたリンフィのオトモアイルーたちはワカの部屋で談話をしていた。雇用主として理解はしているものの時折見せる暴走っぷりに頭を抱えているようで、久しぶりに会った同胞に思いの丈をぶちまけている。

「旦那さんはギルドナイトの家系の人らしいニャ。だけどギルドナイトになるのが嫌で家を飛び出して、ハンターになろうと船に乗ったらあの【豪山龍ダレン・モーラン】と遭遇したニャ。そこで団長と出会って、キャラバンに勧誘されて今に至るニャ。この時点で色々とぶっ飛んでるニャ」
「……由緒正しい血脈なんだな」
「ワカ旦那さん?」
「なんでもない」

 妬みを含んだような声色にモーナコが主の様子を窺うが、ワカは書物に視線を落とした。文字を読んでいるふりをして本当は物思いにふけっているのだろう。こうなると周りの声など聞き取ることはできない。モーナコは二人の積もる鬱憤を聞くことにした。



 エリア5に着き、リンフィは本来の目的である採取を開始した。ピッケルを持つと岩に挟まった鉱石を取り出すべく周りの岩を削り始める。エイドもドスヘラクレスを虫網で捕らえ、小型のカゴに詰めた。その様子をレタルトムが不思議そうに観察していたので、エールはタルの中に話しかけた。

「鉱石や虫はハンターの武器や防具の素材になるニャ。ボクらは自然からたくさんの恵みを受けて生きているニャ」
「へえー」
「隣、行くよ」

 採取を終えたリンフィが立ち上がり、隣接するエリア6へ向かう。ここにもピッケルで採掘できそうな鉱石が見えるが、一匹のスクアギルがこちらに気が付くと氷上を滑走して向かって来た。
 すぐさまエイドがレタルトムを守るように立ちはだかるが、その前に立つリンフィは武器を抜かずに膝をついた。スクアギルが飛び込んでくるのを待ち構えているようだった。そして……

「リンフィさん!」
「なにやってるニャ!」

 小型モンスターとはいえ鋭く生え揃った牙がリンフィの左手に食らいつく。スクアギルは獲物を食いちぎろうと自身を回転させて肉を切り裂こうとしたが、直後に右手で剥ぎ取りナイフを抜いたリンフィに体を貫かれ、氷の地面に磔にされた。
 一瞬とはいえかじられた左手の傷口から血が滴り落ちる。それを見たレタルトムはタルの中ですくみあがった。少年が見た、初めての流血。

「今の、見たろう。こういう奴らもいる。もっとデカい奴らはこんな程度じゃない。下手にぶつかれば骨が折れたり、最悪死んじまったりする。これがモンスターの脅威。自然の洗礼だ」
「……こわくないの?」
「怖いと思ったら、ハンターはできないさ。とはいえ、こいつらを狩るだけがハンターじゃないけどね。副業としてハチミツを採取して金を稼いだり、モンスターの肉を試験的に調理するハンターもいる。ハンターは一概にこういう奴、とは言えないのさ」

 回復薬を取り出し、瓶を傾けると左手にかける。残りは飲み干すと息絶えたスクアギルから剥ぎ取りを行う。そうしてから立ち上がり、レタルトムと向かい合うように再び膝をついた。

「だけどね……アンタが父親から聞いたハンターは感謝していい英雄なんかじゃない。モンスターを必要以上に狩ることは、この大自然の掟を破ることだ。村の近くから脅威が去って平和になったかもしれない。でもね、どこかで自然の摂理は乱れたんだよ」
「…………。」
「今はこの言葉の意味がわからなくていい。だけど、いつかはこの意味を理解してほしい。そうしたらアンタは村を出な。今度こそ自分の足だけで外へ飛び出すんだ」
「……うん」

 エメラルドの瞳は戸惑っていたが、リンフィの言葉を懸命に心に刻もうとする必死さも感じられた。それを見たリンフィは納得し、帰ることを促したのでまっすぐベースキャンプへ戻った。
 リンフィは飛行船が待っているからと言いリククワを起ったが、レタルトムにとって忘れられない出来事となったことだろう。



 それから更に一日が経過し、カゲたちが戻ってきた。レタルトムの故郷が判明したという。

「驚いたよ。あの斜面の向こう側、一里ほど歩いた先に里があったんだ。ドンドルマギルドの管轄地域だったからバルバレギルドでも把握されていなかったみたい。大老殿に便りを出して良かった」
「カゲ、レタルがいた里というのは」
「【ウラルの村】。近くに大きな湖があって、頻繁にそこから霧が発生して村を覆い隠すようになるとか。だから【霧隠れの里】とも呼ばれているんだって。地図も受け取ったから、場所は把握している。僕らが案内するよ。彼らもギルドナイトなら信頼してくれるだろうし」
「お願いするわ。……レタルトム、元気でね」

 名残惜しそうにユゥラがレタルトムを抱きしめる。生まれてすぐに母を亡くしたレタルトムは、不思議な温もりを感じていた。
 カゲたちが出発の準備をしている間に、ワカがそっとレタルトムの耳元に告げる。氷海から帰ってきたエイドからリンフィがレタルトムに伝えたことを聞いたことを思い出しながら。

「お前が大きくなって村を出たら、ここに来るといい。だけどもし、ここが無くなっていたら……その時はバルバレギルドを目指すんだ。そしてギルドマスターにこう伝えてくれ。“ナバケのジンが身柄を保護する”と」

 そっとリククワやギルドへの道筋を記した地図をポーチに入れる。別れの挨拶として頭を軽く撫でると、レタルトムは『バイバイ』と言ってカゲたちの元へ走り去って行った。



 その後、リククワを二人のハンターが訪れた。来訪を願っていた、あの二人だった。

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第23話 霧隠れの里 前編

銀白色の奇士[3]

 リククワ近辺の森を二人のハンターが周囲を見回しながら歩いている。ギルドナイトの称号を持つG級ハンター、キョウとミツキだ。二人はカゲの指示により森の調査を行っていた。
 数日前にワカが遭遇した謎の男。非狩猟地域で野生のケルビの頭部をハンマーで叩き潰し、更にワカにも襲いかかった奇行はギルドへ即座に伝えられ、その凶暴性から被害が広がる前に捕らえなければならないとの判断が下された。
 あれから男の姿は見えない。カゲはここを離れただろうと考えていたが、何か手がかりを残した可能性もあることから探索を命じたのだった。

「特に気になるものは見当たらないね。もう少し探そうか?」
「…………。」

 ミツキの問いに対し、キョウはふいを顔をそらす。無視したのではなく、まだ探したいという意思表示だ。付き合いが数年に及ぶミツキにとって、キョウの無言の行動が何を意味するのか手に取るようにわかるのだ。
 リククワは氷海に近い大陸の最北部に位置し、しばらく南下すると現在のバルバレギルドのある中心部にたどり着く。森が広がるこの地域は気候が厳しく、人が住むには適していない。氷海の調査のための拠点としてつくられたリククワが唯一の例外だ。それがこの地域を知る者たちにとっての見解だった。
 だが、それは間違いだったと知る。

「…………。」
「キョウ、どうしたの?」

 茂みに視線を注ぐキョウが固まったまま動かない。普段より目つきが鋭いのは目を凝らしているからのようだ。やがて茂みに近づくとガサガサと雑な音を出しながら草をかきわける。

「こ、子ども!?」

 ミツキが驚愕の声をあげた。草むらに隠れるように、子どもが倒れていた。



 ユゥラの手当てを受けた子どもはベッドで身を横たえて静かに眠っている。幸いにも軽い擦り傷しか負っておらず、体がやや衰弱しているだけだ。休めばじきに目が覚めるだろう。
 子どもの柔らかい純白の髪を撫でながら、ユゥラはベッドを挟んだ向かいに立つカゲと目を合わせた。

「この子はどこから来たのかしら? ここに一年以上いるけど、近くに村があるなんて聞いたことが無いわ」
「僕らもこの拠点のことしか聞かされていないから、周辺の地理は詳しくないんだ。美月の話だと、この男児が倒れていた近くに上から滑り降りてきたような急斜面があったそうだから、どこかに居住地があるんだと思う」
「そう……。あのまま誰にも見つけてもらえなかったら凍え死んでしまうところだったわ。この子を見つけてくれた二人に感謝しないと」
「そうだね、後で伝えておくよ」

 その後、話を聞いたワカとエイドが様子を見にユゥラの部屋を訪れたが少年は一向に目を覚まさず、その日は静かに夜を迎えた。



 翌朝、カゲがキョウとミツキを連れてユゥラの部屋を訪れたが不在だったため、今の時間帯ならと食堂へ向かうと賑やかな声が聞こえてきた。
 その中に聞き慣れない声が混じっているのを確認したカゲは、あの子どもが目を覚ましたのだと安堵する。そして中へ入れば、案の定ユゥラをはじめとするリククワの者たちが食事を平らげた子ども――少年だったようだ――を囲うように立っていた。

「やあ、おはよう皆」
「おはよう、カゲ。キョウとミツキも、昨日はお疲れさま」
「ありがとう」
「…………。」

 ユゥラが労いの言葉をかけながら身を退いたので、そこへカゲが入る。椅子に腰掛けている少年を見やるが、特に警戒することも無く不思議そうにカゲを見つめ返していた。輝竜石の別名を持つドラグライト鉱石のような、鮮やかな緑色の瞳だ。

「名前、言えるかな?」
「【レタルトム】」
「歳は?」
「ごさい」
「どこから来たの?」
「むら」
「村の名前は?」
「……わかんない」

 少年こと【レタルトム】は自分の住んでいる村の名前を知らないようだ。せめて名前がわかればギルドに確認して細かな位置を知ることができるのだが。

「僕らは一度ギルドへ戻って、周辺の集落について調べてみるよ。数日間この男児を保護してほしいけど、いいかな?」
「食料はたっぷりあるから問題無いよ」
「ベッドはディーンのを使わせるわ。誰かが傍にいる方が安心できるでしょうし、客人用の部屋はエイドが使っているから。レタルトム、私と一緒の部屋でいいかしら」
「うん」

 モリザとユゥラに確認をとったカゲたちはすぐにリククワを発とうと思ったようだが、モリザが『待ちなよ』と三人を止めた。そしてキョウの前にレタルトムを連れ出す。
 自身の太股くらいの背丈しかないレタルトムを見下ろすキョウだが、少年は彼の放つ威圧感など全く感じていないようだ。

「レタルトム、この人がアンタを見つけて助けてくれたんだよ。お礼を言ってあげな」
「うん! ありがとう、“おじさん”」

 レタルトムがとびきりの笑顔でお礼を述べたが、キョウの表情に変化はまったく見られない。だが付き合いの長いカゲとミツキには、僅かながらキョウが動揺したことに気が付いた。
 殺意をみなぎらせるモンスターと対峙しても怯むことの無いG級ハンター、しかもギルドナイトでもある男が『おじさん』と呼ばれて衝撃を受けたという事実にカゲは堪えきれず吹き出した。

「ぷっ、くく……おじさんだって! 二十七でおじさん呼ばわりなんて可哀想にねえ、恭」
「…………。」
「えっ? 残念でした、僕は十六だから“おにいさん”だもんね」

 キョウがカゲを睨んだので、カゲも薄めていた目を開いて心を読みとる。想像通り抗議の思いをため込んだようで、カゲは手をひらひらと振って自分は問題無いとからかった。以前から思っていたのか、モリザも追撃を放つ。

「アンタ、仏頂面だからねぇ。老けるように見られたんじゃないかい?」
「…………。」
「さてと。ギルドまでの道のりは長いから、すぐに出発しないと。戻るまでこの子の面倒をお願いね。行くよ、美月、恭おじさ……痛いっ!」

 供を連れ発とうとしたが余計な一言を足したためにキョウに肩を強く叩かれたカゲを見てモリザが笑う。ワカとエイドは三人に道中気を付けて、と見送った。



 ユゥラは棚から数冊の本を取り出した。モンスターの生態について記載された書だ。書士隊により集められた情報がぎっしりと詰められたこの本は、大型モンスターを実際に目にする機会が滅多に無い子どもの強い関心を引く。
 ワカとエイドもレタルトムと話をしたいと訪れ、部屋は一気に賑やかになった。

「レタルトムはどんなモンスターが好き? 飛竜種? 牙獣種? それとも古龍かしら」
「もんすたー、ってなに?」
「えっ?」

 きょとんと首を傾げて尋ねたレタルトムの質問に三人は怪訝な表情を浮かべてしまった。いくら幼い故に村の外に出たことが無いとはいえ、モンスターの存在を知らないとは信じられないからだ。
 ワカは傍にあった本に手を伸ばし、ケルビやガウシカなど草食種のモンスターが載っているページを開いた。スケッチされたモンスターの絵を見ても、レタルトムは興味津々な反応を見せる。

「今回以外に村の外に出たことはあるのか?」
「ないよ。むらからでちゃダメだって、とうさんがいってた」
「その理由は」
「そとにはなんにもないって。なんにもなくて、アンゼンだからずっとここにいるのがいいんだって」
「ワカにいちゃん、どういうことなんかな」
「……村の外に脅威が、モンスターが存在しないってことだろうか」

 言葉足らずな子どものメッセージの意図を読みとるのは難しい。どうにか真意を理解しようとワカは頭をフル回転させ、そう推測したようだ。
 リククワの近辺で生息しているのはケルビなどの脅威と見なされることの無い小型モンスターのみ。厳しい気候のこの地は外界と交流を持つよりも自給自足を確立させて慎ましやかに暮らす方が安泰なのかもしれない。ユゥラはそう考えた。
 レタルトムは他のページもぺらぺらとめくっては目を輝かせている。本当にモンスターという存在を知らないようだ。この気候では他の野生動物を見かける機会も無いだろう。

「とうさんがいってた。むかしむかし、むらのちかくにこわいいきものがたくさんいたけど、”はんたー”ってひとがタイジしたんだって」
「ハンター……!?」
「はんたーは、しろくてキラキラしたたからものをまもっていて、こわいいきものをタイジしたから、むらのまわりにはなんにもなくなったって。はんたーのおかげでこわいいきものがいなくなったことをはんたーにカンシャしなくちゃいけないって、とうさんにおそわったんだ」
「……どういう意味かしら」

 饒舌に語ったレタルトムの村の話はモンスターを討伐したハンターといった内容で、まるで村に伝わるおとぎ話。レタルトムはハンターが狩人ではなく人の名前と受け取っているようだが。
 何か思い当たったのか、ワカは『レタル』と名を縮めて少年の名を呼ぶ。金の眼と翡翠の眼が交錯した。

「その“はんたー”はどこへ行ったのかは聞かされていないのか?」
「ゆきやまの、とおいとおいむこう。たからものはおそらにきえた」
「……そうか」
「ワカにいちゃん、何かわかったん?」
「そのハンターは……【密猟者】だ」
「!!」

 エイドの血の気が一気に引いた。ワカも表情を強ばらせており、ユゥラは二人の反応に驚く。何か良からぬことを知ってしまったかのように思えた。

「怖い生き物とはモンスターのことだろうな。そしてハンターがモンスターを根こそぎ討伐した結果……この一帯からモンスターが姿を消したんだ。やがて木々が生い茂るようになり、一部の小型モンスターが戻ってきた。この辺が狩猟指定区域だった話は聞いたことが無い。白く輝く宝物が何を指すのかはわからないけど、何らかの目的があってハンターはこの地域のモンスターを不当に絶滅させたんだ。その後、ギルドから追放されて雪山の向こうへ逃げ延びた」
「レタルトムの村の周りからモンスターがいなくなって、安定した環境になった代わりにモンスターの存在を知らないまま時が流れてしまったってこと?」
「恐らくは。自給自足で生活できるのなら村から離れる必要も無いし、かえってこの地域から出る方が危険だと伝えられているのかも」

 ユゥラがワカの推測の続きを述べ、ワカは頷いてそれを肯定する。レタルトムに二人が話している内容を理解することはできなかったが、『はんたー』について話していたのでワカの服の裾をつかむとすがるように見上げた。

「はんたーのこと、しってるの?」
「昔の人だから知らないさ。レタルも知る必要は無い。……知らない方がいい」
「ワカにいちゃん……」
「なあレタル、どのモンスターに興味があるんだ? 俺たちができる限り話をしてあげよう」

 話を切り上げるようにワカが他の書物にも手を出すが、古ぼけた書類の山を見つけて動きが止まる。

「ユゥラさん、これは?」
「【古文書】」よ。あの人が、ディーンが書士隊の先輩から継いで解読していたの。今は私が引き継いでいるわ」

 古文書は古代人が記した暗号のような古い書体で書かれているために、解読は書士隊が何十年、延べ何十人にもわたって続けられている。全部で十一冊あるうちの一冊がリククワにあることにワカは驚いた。
 過去に解読されたものでは強大な力を持つモンスターの出現を予言した内容が記されていたことがあり、被害が発生する前に食い止めるべく、書士隊はそれらの解読も行っているという。
 本来ディーンが死亡した時点でギルドへ返還されるはずだったが、ユゥラがそれを拒んだ。亡き夫の遺志を継ぎたいとムロソに告げ、ムロソがギルドに懇願の手紙を送ったことでユゥラは古文書の解読を行う使命を受け継いだ。
 イリスが氷海の誕生の謎を探っているように、ユゥラもこの古文書の解読を目標としていた。

「先代たちの努力の結果、寒冷地帯にまつわる伝承だと判明しているんだけど、まだ細かな内容にはたどり着いていないの」
「すごい……書士隊ってそんな難しそうなお仕事もするんやね」
「ハンターだって立派よ。強大な力を持つモンスターに立ち向かうんですもの。だから、私たちも頑張ってハンターに役立つ情報を伝えられるよう戦っているわ」
「ねえ、それなに?」
「これはお仕事の書類よ。レタルトムが見ていいのはこっち」

 卓上に乗せられていた古文書と資料に手を伸ばしかけていたレタルトムを抱き上げ、ユゥラの太股の上へおろす。レタルトムの目の前にモンスターの書を開けばわあ、と歓喜の声をあげた。
 こうして見るとまるで親子のようだ、とワカは微笑ましく思ったが、すぐさまその考えを撤回した。ユゥラがどんなに強く願っても、叶わない希望なのだから。

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ご感想お礼置き場(4.17更新)

*はじめに

作品にいただいたご感想へのお礼置き場です。大変励みになります、ありがとうございます!
心当たりのある方はドラッグ&ドロップでご覧ください。
(最終更新日:2017/4/17)

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