狩人話譚

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第35話 頭蓋潰し 後編

 急いでナレイアーナの後を追ったため、今の事態に役立てられるものを所持していないことにリュカはため息をついた。せいぜい腰ポーチに入っていた携帯食料とホットドリンクぐらいだ。

「さっきはすまねぇ。ぶっ叩いちまって」
「……別にいいわ。こんな程度じゃ済まされないことをしたんだもの」

 ナレイアーナは正気を取り戻したようだ。氷の壁に寄りかかり、足を抱え込んで座っている。リュカもベリオXヘルムを外し、ふうと白い息を吐いた。
 外は夜が更けたことも加わって何も見えない。天候が落ち着きしだいポッケ村へ下山したいところだが、いくら寒さに強い体といえど、いつまで我慢できるだろうか。

「ねえ、リュカ」
「どうした。どこかケガしてんのか?」
「違うわ。今から独り言を話すから、黙って聞き流してほしい」
「……おう」

 本当はきちんと耳を傾けてほしいのだろう。だがそうと言えないのは、後ろめたい内容だからだ。リュカは律儀に背を向けて座った。

「アタシの両親はモンスターの研究者だった。書士隊に近い組織にいたみたい。二人ともモンスターが大好きで、アタシの名前は【炎妃龍ナナ・テスカトリ】様と【雌火竜リオレイア】ちゃんを混ぜたものらしいわ」

 青い鱗を持つナナ・テスカトリと緑の鱗を持つリオレイア。空の青と葉の緑を混ぜたような青緑色の髪から、【ナレイアーナ】という風変わりな名前は付けられた。ワカとカゲの呼称は偶然とはいえ彼女にとって複雑な思いを抱かせたようだ。

「だけど、モンスターに夢中な二人はたまたま生まれたアタシのお世話なんてしてくれなかった。赤ちゃんの頃はお手伝いさんがいたそうだけど、お金がかかるから途中で解雇しちゃったって。アタシの最初の記憶は、用意された食事と広い部屋だけ。どんなにいい子にしていても、二人は家に戻るなりまたモンスターの本を読みふけって。私は両親にとっていらない存在だって、ずっと思ってた」

 初めて打ち明けられたナレイアーナの過去。両親の話を聞かなかったのは自分のように死別したのかもしれないと思っていたが、予想外の内容にリュカは背を向けたまま表情を強ばらせた。

「ある日、二人は戻ってこなくなった。いよいよ邪魔なアタシを捨てたのか、それともモンスターの調査中に死んだのかもしれない。正直、どちらでも良かった。それよりもこれから一人で生きていかなくちゃと思って、家を出た。でも子どものアタシは何もわからなくて、行き倒れになったのをハンターが助けてくれたわ。ハンマーを担いだ、優しい男の人。それで、ハンターになることを目指したの」

 ハンマーを使うきっかけになったハンターは話を聞く限りでは非情な行動をとる人物とは思えない。ならば、何故彼女は頭蓋潰しと呼ばれるまでになったのだろうか。ナレイアーナは静かに独り言を続ける。

「ハンマーを握って初めてモンスターを討伐した時に、アタシの中で何かが弾けたわ。アタシから両親を奪ったモンスターをこうしてやればいいって誰かが囁いた気がするの。それから一生懸命経験を積んでハンターランクを上げて、自分のありったけの力をぶつけるようになった。最後に頭を潰すようになったのもその辺りから。【頭蓋潰し】と呼ばれていることは知っていたわ。人に害を与えることは無かったからか、ギルドも強く出られなかったようだけど。アタシが興味を持っているのはモンスターだけ。人なんて気にしなかった」

 だけど。そう言ったナレイアーナの声色が変わった気がする。おそらくあの人物について語ろうとしたからだろう。外で無惨な死を遂げていた、アルによく似た男を。

「ある日討伐を終えたところに単独で調査をしていたあの人が、ミゲルが現れた。アタシのしたことを見て驚いたけど、否定も肯定もしなかった。だけど、こう言ったの」

『モンスターを憎むのではなく、慈しむ気持ちを持ってみないかい?』

「はじめは話を聞くつもりなんて無かったわ。それでもミゲルは何度もアタシにモンスターの本を見せたり、話を聞かせてくれた。街で飼育しているアプトノスの赤ちゃんがタマゴから孵った時には、その子を抱かせてくれた。……涙が出たわ。アタシは両親に愛されなかった。なのに、この子はこの世界へ生まれ落ちたことをみんなに祝福されてる。羨ましくて、妬ましいと思ったわ。だけど抱きかかえた赤ちゃんはとても温かくて、か弱い存在で……守ってあげたいって気持ちになった」

 ナレイアーナがモンスターに抱いた感情は母性愛だった。どのモンスターにも可愛いと褒めていたのは自分が両親からそう言って欲しかったのだろうかとリュカは思う。

「その日以来、アタシは頭蓋潰しをしなくなった。する気が起きなくなったの。それからはミゲルとコンビを組んで活動を続けてたけど、四年前にミゲルは樹海の調査に向かってずっと行方不明。だからアタシはロックラックからバルバレへ来た。過去の過ちを犯さないように武器をヘビィボウガンに変えてね。まさかリククワでお兄さんに会うなんて思わなかったわ」
「……あいつは、アルの弟だったのか?」

 質問をしてから独り言に反応してしまったことにしまったとリュカは背を向けたまま顔をしかめるが、ナレイアーナは構わずに答えてくれた。

「そうよ。ミゲルたちはワイラー商会長の子どもで、アルは三人兄弟の真ん中。跡継ぎじゃない二人は親から愛を注いでもらえなかったんだって。境遇が似ていたからかしらね、アタシがミゲルと仲良くできたのは」
「…………。」
「ミゲルはアタシを好きだと言ってくれた。でもアタシがミゲルを好きだという感情を持っているかは、わからなかった。アタシは誰からも愛されたことが無かったから、愛する気持ちがどんなものなのか知らないのよ」

 愛、という言葉を聞いてナレイアーナのオトモアイルーが思い浮かんだ。いつも側にいて支えてくれるオトモアイルーに【アイ】という名を付けたのは、自分にそれを与えてくれることを望んでいたからだろうか。桜色のアイルーは、それがわかっていたかのようにナレイアーナを友のように、時には姉妹のように接していたように見えた。

「リュカ……愛って、何かしら。好きになるって、何かしら。アタシは……ミゲルを愛していたのかしら?」

 これは独り言ではない。自分への問いかけだ。リュカは振り向いてナレイアーナと向き合う。とても苦しそうに悲しむナレイアーナの顔があった。しばらく考え、言葉を選び、自分なりの答えを伝える。

「オレにもわからねぇよ。けどよ……ミゲルつったか、あいつが白牙野郎に殺されたとわかって、敵討ちをしたんだろ? 許せねぇ、殺してやるって思うぐらい大切な存在だったんだろ? そういう気持ちがわいてきたんなら、間違いなくお前はあいつを好きだったんだよ」
「そう、なの……?」
「でなけりゃ、封印してたハンマーを使ってあんなことするかよ。お前、今までどんなことをされてもモンスターに酷いことしなかったろ。お前はミゲルから愛情ってやつを教わって、その気持ちに答えてやった。そんな奴の命を奪われたから、ぶち切れたんだ。……ディーンを殺された時のユゥラみたいに、な」

 ジンオウガ亜種討伐の直前にユゥラに鎮痛剤を打ってもらった際の一幕は今でもはっきりと脳裏に焼き付いている。愛する夫を殺されたユゥラはジンオウガ亜種を『殺して』と叫んだ。モンスターを尊重するのが信条の書士隊であっても、ユゥラは夫を亡くした妻としてやりきれない気持ちを訴えたのだった。

「今のオレにはイリスがいてくれれば十分だ。ワカはそれを“家族愛”だと言ったことがある。愛情は家族やダチにも与えられるって。自分じゃわかってねぇんだろうけど、お前はしっかりミゲルを愛してたぜ。自信持てよ」
「…………!」

 ゆっくりとナレイアーナがリュカの胸に飛び込む。抱きつくように手を背に回すとわなわなと肩が震え、やがて嗚咽が聞こえ始めた。わああ、と子どものように泣きじゃくる姿はとても痛々しく、リュカはナレイアーナをそっと抱きしめる。その背は、華奢な妹よりも細く弱く感じられた。
 慟哭は長く長く続く。頭蓋潰しは、たった今死んだ。リュカはそう思いながらナレイアーナにしばらく胸を貸していた。



 どれくらい時間が経過しただろうか、ナレイアーナが落ち着いてきたのでそろそろ大丈夫かと体を離すと、泣き疲れたのか眠りに落ちていた。だが何かがおかしいと額に手を当てれば熱を感じ、慌てて抱き上げる。
 モンスターの討伐を行った後に寒い場所でじっとしていたため、体を冷やしてしまったに違いない。山頂で死を遂げたミゲルのことも気がかりではあったが、まずは彼女を村に連れ帰らなければならないとリュカは急いで下山した。
 まだ強風は吹いていたが、洞窟を抜けた先のエリア1で待機していたメイとパイと合流し、事情を説明する間も無くナレイアーナは二人によって部屋に運ばれ、看てもらうことになった。医療技術に詳しいパイならば安心して預けられる。
 別部屋で眠るカゲを置いたワカだけがリュカから雪山で見聞きした全てを受け取ることができた。目を閉じながら話を聞き終えると、金色の瞳がリュカを見上げる。

「……大変だったな、リュカ。ナナちゃんを助けてくれてありがとう」
「オレぁ……ただ話を聞いてやっただけだ。何もしちゃいねぇ。あいつはきっとミゲルを連れ戻したかっただろうが、それすらもできなかったしよ」
「あの天候とナナちゃんの不調では、ナナちゃんを救うことを優先する方が正しかった。その男の遺体の回収は夜が明けてからになるだろうな。だが……アルの弟が、まさか崩れハンターだったなんて」

 ワカはあの男、ミゲルを密猟者のようだと心の中で罵ったことに複雑な気持ちを抱いていた。兄のアルは誠実で勤勉なギルドナイト、その弟がハンターの道を外す行動をとるようには思えないからだ。

「カゲはミゲルの心を覗いた時に、真っ黒で何も見えなかったと話していた。既に正気ではなかったのかもしれないな」
「死んじまった相手をどうこう言うのは変だけどよ、正気じゃねぇ奴がギルドに見つからないようコソコソ動けるもんなのか? 頭がイカれちまった奴の判断力なんてガキ以下だと思うがな」
「…………。」
「おい、どうした?」

 リュカの発言を聞いたワカが手を顎に当て考え込む。何か深く思い出しているようで、しばらく返答が無かったがやがて考えがまとまったのか顔を上げた。

「もしかしたら、わずかな気力だけで生きていたのかもしれない。ハンターと書士隊の誇り、そしてナナちゃんとの思い出を理性の糸にして、自分がどうなっているのかもわからないまま、それでも何かを見つけるために」
「わからない? 自分がおかしくなったこともわかんねぇってか」
「そうだ。顔に火傷を負うような大怪我をしたんだ、もしかしたら声を発しなかったのも、素性を知られないようにするためではなく、喉も焼かれたからかもしれない。そして、その原因が行方不明になった四年前にあるのだとしたら……」
「マジかよ。それじゃあ、あの野郎は四年間もフラフラとさまよってたのか? ハンマーでモンスターを殺しながら?」
「いいや、違う。頭蓋潰しの情報が出てきたのはここ最近のことだろう? 誰かがミゲルを動かしていた。ほとんど自意識を失っているミゲルを、裏で利用した奴らがいるんだ」
「……それが、前に聞いた“裏ギルド”ってやつか?」
「おそらくは」

 ゆっくりと頷いたワカにリュカはマジかよ、と再び呟く。心も体もボロボロになったミゲルを裏ギルドが拾い、利用していたのだとしたら。四年もの間捜し続けていたアルがそれを知ったとしたら。罪人の処刑を専門とする彼が黙って見逃すはずが無い。
 もっともらしい話ではあるが、推測の域を出ない。ワカはきっぱりと自身の説を否定した。

「確証は無いから、ただの憶測に過ぎない。今のは忘れてくれ。まずは翌朝、村長に事情を話して雪山へ行こう。そしてミゲルの遺体を回収し、アルに一部始終を伝えるんだ。アルはミゲルが頭蓋潰しだということを知ったようだから。だからこの顛末は伝えなければならない」
「……そうだな」

 ふう、と息を吐くと眠気が襲ってきた。数時間の間に起こった出来事がようやく落ち着いたことで、体が疲労感を訴えてきたようだ。短時間でも体を休めるべきだとワカに言われるがままにベッドへ向かい、目を閉じた。



 夜が明け、村長に説明をしたワカはリュカとメイ、パイと共に雪山に入りミゲルの遺体の回収に向かった。
 吹雪の夜を経たことで足場が不安定だったが、洞窟の中は安全に進めたので目標地点へ到着するのにはそう時間がかからなかった。リュカが思い出すように雪壁を指し……あ然とする。

「……ミゲルが、いねぇ?」

 ドドブランゴの遺骸と共にミゲルの遺体が、跡形も無く消え去っていた。

 直後に吹いた風が、嫌な予感を四人に伝えた。

第35話 頭蓋潰し 中編

 メイとパイに教わった、エリア4を抜ける道を進む。天候が悪くとも、洞窟の中ならば影響は無い。以前見かけたギアノスやガウシカは見当たらず、どこかで身を隠しているのだろうと考えていると、研ぎ澄まされた嗅覚が強い血の臭いを嗅ぎとった。
 その血の持ち主が誰なのかはさすがの彼女にもわからない。赤の臭いを強く感じる方角を目指すと、エリア6へたどり着いた。この先は吹雪いている極寒の地域。だが、すぐ近くに臭いの正体がいると直感した。
 覚悟を決めて一歩を踏み出す。横殴りに吹く風と雪で見えづらいが、どうにか視覚は機能しそうだ。そして、雪壁の側で黒い塊が地面に横たわっているのを発見する。血の臭いも、ここから漂っていた。

「…………。」

 あの男だった。ハンマーを手放し、仰向けに倒れていた。モンスターの爪にやられたのだろう、体のあちこちが切り咲かれ、多くの血を流している。素顔を隠していた面も破壊され、ナレイアーナに答えを見せつけた。

「…………。」

 四年ぶりに会った、大切な仲間。顔の右半分は火傷を負ったのか、酷くただれている。端正な顔は豹変してしまったものの、ナレイアーナにはこの男がすぐに誰なのか理解できた。
 そんな男の濁った青色の目はぼんやりと空を見つめている。血を吐いた口元からは白い息が漏れておらず、事切れていることを示していた。それでも、名を呼びかける。

「…………ミゲル」

 黒のまつ毛がピクリと動いた気がする。あくまで気がしただけだったが、ナレイアーナの心の中に穴が開き、どす黒い何かが急激に流れ込んで埋めていく。
 顔を上げ、見渡すとドドブランゴが数匹のブランゴを連れ、隣のエリアへ移動しようとしている。依頼で討伐するはずだった対象だ。あちらも負傷している。ミゲルと交戦したのはあの個体だろう。
 ナレイアーナは、ゆっくりと禍鎚ヤドラモルテを手に取った。恐ろしいほどに体に馴染む重さ。いけないとわかっていても、今の彼女にこの気持ちを押さえ込む手段は無かった。

「……ホント、可愛いわね」

 ドドブランゴが背後にいる気配を感じ取って振り向く。だが、その気配にブランゴたちは恐れおののくように逃げ出し、ドドブランゴもナレイアーナから目が離せなくなった。

「モンスターって、可愛いわ。可愛くて、可愛くて…………憎らしいぐらいよ」

 吹雪で巻き上げられた彼女の髪が竜の翼のように大きく広がる。ナレイアーナから放たれた殺気は、憎悪に満ちていた。



 ワカに手当てを受けたカゲは、ベッドの上で悲しそうな表情を浮かべた。背中は痛むが、それ以上に心が痛む。

「僕、数年前に上層部の噂話を聞いたことがあったんだ。頭蓋潰しは女性だって。だから、あの男は真似事をしているだけなんだと思っていた。でもその偽物はアルヴァドの弟君で、本当の頭蓋潰しは……」
「…………。」

 カゲの呟きを聞いて愕然とする。あの男は頭蓋潰しではない、その上本当の頭蓋潰しが身近にいた人物だという頭がついてこない。
 ヘビィボウガンを軽々と扱う腕力は、以前よりハンマーを担ぐことで鍛えられていたのだろう。気付くのが遅すぎた。いや、気付いたところで何ができたのだとワカの心にやり場の無い感情がこみ上げる。

「レイア自らが言ったそうだよ、“頭蓋潰しは死んだ”って。強ち間違いじゃないよね、あんな事をする狩人は確かに居なくなったんだから。なのに、何故アルヴァドの弟君がその所業を……」
「……カゲ、今は休め。きっとリュカがナナちゃんを連れて戻ってくる。話はその後、ゆっくりとしよう」

 うん、と小さく頷くとカゲは負担をかけないようゆっくりと体を丸めて大人しくなった。素直に応じたのは痛んだ体が休息を欲しているからだろう。
 外では変わらず寒風がゴウゴウと吹き荒れている。本当はついて行きたかったが、カゲの手当てをしなければならないことと、雪山の地形を把握できていない自分は足手まといだと自覚していたため、動くわけにはいかなかった。

(……二人とも、無事に戻って来てくれ)

 木製の壁に手を添え、祈るように頭を下げる。雪山で何が起こっているのかはわからない。だが、ワカには二人の帰りを信じることしかできなかった。



 強風によってランタンは早々に使いものにならなくなった。だが、かろうじてナレイアーナの足跡を見つけ、追っていく。雪山の護衛ハンターに教わった道のりをたどるように歩いて行き、エリア6に着いた瞬間、おびただしい血の臭いを感じぞっとした。

「……こいつ!?」

 真下に倒れている頭蓋潰しを見つけてリュカは目を丸くする。顔つきからアルかと思い取り乱しかけたが、火傷の痕から別人だと訂正した。
 だが血生臭いそれはこの遺体からではなく、奥から風によって伝えられている。そこにナレイアーナがぽつんと立っていることに気付き、すぐに駆け寄る。

「イアーナ、大丈夫か? ケガはしてねぇな。さっさと帰ろうぜ。そんで頭蓋潰しの報告も……」

 言葉も歩みもピタリと止まる。ナレイアーナの目前にはドドブランゴがうつ伏せに倒れていた。白い毛が真っ赤に染まり、辺りにいくつもの血溜まりができている。今もじわじわと広げているそれは、頭部から流れ出ていた。原型も留めないほど、グチャグチャにされた無惨な状態で。
 リュカにとって、これが初めて見た頭蓋潰しの所業の有様だった。あまりにも衝撃的な光景を前に、呆然と立ち尽くすしかない。

「これが……頭蓋潰しってやつなのかよ……」

 ようやく声を絞り出せたが、完全に滅入った声色になってしまった。頭部だけをこんなにも破壊するなど信じられずにいたが、とうとうその現実を目にしたのだから。

「天罰が下ってあいつは死んだみたいだな。当然の報いだろうよ」
「……違うわ」
「あ?」

 未だに背を向けたままのナレイアーナがようやく喋ったが、否定から入られたので疑問の声が出る。だが、彼女の全身を見てリュカはハッとした。頭蓋を叩き潰した凶器であるハンマーを握っているのは、ナレイアーナだ。眠っていたいくつかの疑念が蘇る。
 ハンマーを使うようなフォームで狩猟笛を叩きつけて雪に覆われたワカを助けたのは。
 頭蓋潰しを死んだと言い、話をはぐらかしたのは。



「頭蓋潰しは…………この、アタシよ」



 振り返ったナレイアーナの顔は所々返り血を浴びていて、普段見せていた笑顔も、今だけは大きく歪んで見えた。

「アタシが、ブランゴちゃんをこんな風にしたの。こうやってね」

 力強くハンマーが頭部めがけて叩きつけられ、グチャリと音を立てて血をまとった肉片が飛び散る。そんなことをしても平然としていられる女性があのナレイアーナなのかとリュカは困惑したが、再びハンマーを振りかざそうとしたため、すかさず飛びかかった。

「やめろ!!」

 パン、と音と共に頬に衝撃が走る。よろめいたナレイアーナの体はいとも簡単に崩れ落ち、へたり込んだ。その隙にリュカは禍鎚ヤドラモルテを奪い取ると、崖へ向けて放り投げた。

「お前は……こんなことする奴じゃねぇだろ!」

 両肩を強く抱き、目を合わせて叫ぶ。正気を取り戻してもらうために。ナレイアーナの体がビクリと震え、茶色の瞳が恐々とリュカを見上げる。
 その時、辺りが真っ白になるほど吹雪いた。このままでは二人共々雪の塊になってしまう。リュカは急いでナレイアーナを立たせ、洞窟の中へ避難した。

第35話 頭蓋潰し 前編

「恭! 美月!!」

 声をあげながら病室に飛び込むと治療を終えた医師が口元に指を当てたので、前のめりになっていた体がはたと止まる。絶対安静の怪我人がいる部屋で大声を出すなど何事かとカゲは落ち着きを取り戻し、二人を一瞥した。
 医師からどちらも傷が深いものの、命に別状は無いと告げられて強ばっていた肩の力が抜ける。カゲと共に病院へやってきたアルも同様だ。詰まっていた息が安堵となって吐かれる。
 リュカたちが採ってきた雪山草と自分たちが調達した食料をウラルの村に送り届け、リククワに引き返す途中でキョウたちが頭蓋潰しに襲撃されたという報せを受けた。そのためカゲたちは拠点には戻らずバルバレへ急行し、病院へ駆け込んだ。最悪の事態も覚悟していたが、命が助かったことに心から安心した。
 医師が経緯を語る。キョウがナルガクルガの鳴き声を発したことで近くの村の住人がモンスターの出現をハンターに伝えたという。その結果、二人は森を訪れたハンターに発見してもらえた。その後応急処置を受け手早く搬送されたおかげで、二人とも命を失わずに済んだのだ。
 だが、人に対し明確な殺意を見せた頭蓋潰しの異常性を再認識する事態となった。モンスターを狩るための道具で人の命を奪おうなど、許されざる行為だと。

「なんて恐ろしいことをするのだ……頭蓋潰しという男は」
「今まではモンスターが対象だったけど、ワカが攻撃された時点でこうなる危険性を考えるべきだった。とうとう人まで襲うなんて、即座に処刑しなければならないほどの危険人物だよ」

 憤りを隠せずにはいられない。腹部を刺されたミツキは多くの血を流しており、輸血により一命を取り留めたが顔色はまるで死人のように血色が悪く、呼吸も浅い。
 そしてキョウは見た目が無惨だった。顔の左全体がガーゼと包帯に覆われ、所々血が滲んでいる。それでも頭部が無事だったのは、とっさに左腕で庇ったからだ。だがそのために左腕の骨が砕け、しばらくは動かせないという。

「酷い怪我だけど二人が生きていてくれて、本当に良かった。二人とも居なくなったら、僕……」

 語尾が涙ぐんだことで自分が泣きそうになっていると気付いたカゲが慌てて目元を拭う。いくら同僚の前といえど、弱っている姿など見せたくない。

「…………。」
「恭! 恭、大丈夫?」

 カゲの声が耳に届いたのか、ゆっくりとキョウの目が開かれた。はじめは焦点が合っていなかったが、やがて漆黒の瞳が現状確認をしようとキョロキョロと動き出す。
 だが、アルの姿を捉えた瞬間キョウは右腕だけの力で勢いよく体を起こし、その腕をアルの首へ伸ばした。

「がっ……!?」
「やめて、恭! 落ち着いて!」

 今にもへし折らんばかりの力がアルの首にかかり、悶絶の声が漏れる。すぐにキョウの手を外そうとするが、怪我人とは思えない力で抵抗されて困惑した。その間もキョウは目を見開いたまま、苦しむアルを睨みつけている。
 カゲが割り込んでキョウと無理矢理目を合わせた。彼が何を思っているのかがわかれば……。

「――――!」

 強いビジョンが流れ込み、マゼンタの瞳が驚愕に染まる。ごほっ、とアルの咳を聞いて我に返ったカゲも二人を引き離そうとしたが、突然首を絞めていた力が抜けキョウが再びベッドに沈んだ。医師が麻酔を打ったようだ。深い寝息が聞こえ始め、事態の収束に胸を撫で下ろす。
 カゲは医師に退室を促し、部屋には怪我人とギルドナイトだけが残された。首元を押さえ、呼吸を整えようとしているアルが困惑した表情でカゲを見つめている。キョウは何故自分にこんなことを、と問いかける瞳に、カゲは見た光景を告げるべきか苦悩した。だが、覚悟を決めて打ち明ける。

「アルヴァド、よく聞いて。恭は頭蓋潰しの面の一部を砕いて、素顔を見た。……君に、瓜二つだった」
「!!」
「恭は頭蓋潰しの正体が君だと思ったんだ。だから君を見つけた途端、襲いかかった。でも恭たちが頭蓋潰しと交戦していた頃は僕とウラルの村から戻る途中だったから、君が頭蓋潰しである筈なんて無い。だから……その……」
「…………そう、か」

 口ごもるカゲを遮るように固い声が響く。アルはゆっくりと立ち上がると、眠る二人のベッドに歩み寄る。その瞳は絶望に染まっていた。カゲの伝えたいことは十分理解できた。頭蓋潰しの正体、それは。

「全ての責任は、私がとろう。頭蓋潰しは……私が処刑する。私が……この手で、必ず」

 怒りと悲しみに震えた褐色肌の握り拳に爪が食い込み、血が滴り落ちる。
 アルは、決意した。頭蓋潰し――四年もの間捜し続けていた弟、ミゲル――を、自らの手で処刑することを。



(こんな事、皆に言える訳が無いよ)

 アルと別れ、カゲはポッケ村へ向かう。今回は雪山でモンスター討伐の依頼を受けていたが、カゲは緊急事態のため別行動をとり、先に向かった三人と村で合流する手はずとなっていた。そのため早く行かなければならないというのに、足取りはとても重い。
 頭蓋潰しがアルの弟だと知れば、全員が衝撃を受けるだろう。特にナレイアーナは彼と親交があっただけに深く傷ついてしまうと思うと、自然と歩みが鈍くなっていく。
 アルから弟、ミゲルの人となりを聞いたことがあった。真面目で、モンスターを敬愛する優しい性格。兄に似た人物がどうしてあのような凶行に走ったのか、カゲにはまったく見当がつかない。
 凍土の秘境で対峙した際に心を覗こうと見つめた、濁った青の瞳。今のアルはあの時の頭蓋潰しと同じ瞳をしている。本当に頭蓋潰しと対峙したら、捜し続けていた大切な弟であろうと処刑するのだろうか。そして、その後の彼はどうなってしまうのだろう。そう思うとカゲは今すぐにでもバルバレに引き返したくなった。

(アルヴァドが心配だ。依頼を終えたらすぐについてあげなくちゃ)

 ギルドの仲間にはアルを監視するよう指示を出しているが、カゲの心はバルバレに縛られたままだ。いつの間にか立ち止まっていることに気が付き、急ぎ足になる。
 ポッケ村に到着する頃には日が暮れていた。もともと夜の時間帯に狩猟を行う予定ではあったが、約束の時間より遅れてしまったようだ。リュカたちが外に出ており、カゲの到着を待ちわびていた。

「随分と遅かったじゃねぇか。あいつらは大丈夫だったのか?」
「うん。二人とも怪我の程度は重いけど、無事だよ」
「その言葉を聞けて安心した。皆、心配していたんだぞ」

 リュカとワカが安堵の笑みを見せる傍らで、ナレイアーナは雪山の護衛ハンターであるメイ、パイと話をしている。雪山の方角を見つめているので先の狩猟の件だと思われたが、地獄耳に届いた内容は少し違っていた。

「今夜はかなり荒れるらしい。だからモンスターも姿を見せないと思うよ」
「そうなると、狩猟は明日かしら?」
「はい、そうですね……。皆さん、村で休んでください」
「どうかしたの?」

 三人の女性ハンターの会話に割り込むように声をかけると、メイが山頂を指す。山の姿を確認することができないほどの濃い雲が雪山を包み込んでいた。

「ここは吹雪いていなくても、あの雲じゃ山は大荒れさ。だから今夜の狩りは延期だろうなって。村長に判断を仰いで、ギルドガールに結果を伝えるよ」
「行っていいかは、村長が、決めるんです」
「成る程ね。それじゃ僕の遅刻も、大した問題には為らなかったわけだ」
「アンタ、前向きにとらえるわね……」

 乾いた笑いを見せたナレイアーナにカゲも同じく笑う。メイとパイが村長のところへ相談に向かい、リュカたちは雪山に向かうハンターのために用意されている宿で待機することになった。



 外が真っ暗になった頃にノックの音が響く。部屋にいたカゲが戸を開けると、そこには深刻そうな顔をしたメイが立っていた。狩猟を行うか否かの結果を伝えに来ただけなのに、彼女の表情が浮かない理由は何だろう。

「アンタ、ギルドナイトもやっているんだったね」
「そうだけど?」
「狩猟は予想通り延期だ。だけど、まずい情報も入ってきてる」

 まずい情報、と聞きカゲの表情も曇る。部屋にメイを引き入れ、話を詳しく説明してもらった。

「村の人が、誰かが雪山に行くのを見たらしい。そいつは薄暗いローブみたいなマントを身に着けたハンターで、ハンマーを背負っていたようだ。凍土調査隊から警告が来ていた頭蓋潰しって奴じゃないかな」
「なんだって……! これから雪山の天候は悪くなる一方なのに」
「そうなんだよ。何をしでかそうとしているのかわからないけど、あまり素行の良くない奴なんだろう? そんなのがあの山を潜伏場所にしたら……調査にも影響が出るし、雪山のモンスターが理由も無く殺される可能性だってある。なんとかして止めたいところなんだけど、あの悪天候じゃあね。それで、アンタに報告だけでもしようと思ってさ」
「……もどかしいけれど、今は嵐が過ぎるのを待つしかない。視界の悪い中、無理に追いかけるのは得策では無いよ。報告有り難うメイ、すぐに村のギルド嬢を通じてギルドナイトの派遣を依頼しよう。奴の捕獲は、僕らが動きやすくなってからの方が良い」
「確かに、それが一番いいか。アタシ、早速シャーリーに伝えてくる」

 話を終えたメイが去ると、隣の部屋から物音が聞こえた。誰かが外へ出たようだ。カゲは目を閉じてその足音を聞き、行き先を推測する。そして足音が遠ざかるのを確認すると、後を追った。



 宿にはハンター用の装備をひとまとめに置いている倉庫がある。雪山へ出発する前の準備場所といった扱いだ。足を踏み入れれば、暗闇の中でうごめく一人の影を見つける。

「……メイたちが言っていたよね? 雪山はこれから荒れるから、狩猟は明日だって。それなのに、どうして防具を身に着けているのかな……レイア」

 声をかけられた影、ナレイアーナの後ろ姿がビクリとすくむ。普段の明るく爛々とした雰囲気は微塵も感じられない。息を潜め、隠れるように動いていた動作はカゲにとって初めて見るもので、いつもの彼女からは想像できなかった。

「雪山に行ってどうする積もり? モンスターだってあの天候じゃ姿を見せないだろうに。それとも……あの男を捜す心算なの?」
「…………。」

 ゆっくりとこちらを振り向くナレイアーナの表情は暗い。笑みの消えた彼女から得体の知れない気配を感じる。向かわせてはならないと、カゲは本能的に思った。

「あの男の捕縛は僕ら組織の者に任せてよ。君が行く必要なんて無い」
「……どいて」

 ナレイアーナの冷たい声と視線にカゲは背筋が凍る思いがした。だが、言われるがままに退くわけなどいかない。首を横に振って否定する。

「レイア、それは出来ない。僕は一人の仲間として君の身を案じているんだ。むざむざと危険な場所に行かせられないよ」
「…………。」
「あの男が何者なのか、知ってしまったんだね。それとも……始めから悟っていたのかな」
「……アンタこそ」
「えっ?」
「アンタこそ、最初からわかっていたんでしょう!?」

 力強く踏み込み、懐に入り込むと衣服を掴んで背負い投げる。一瞬の出来事にカゲは受け身が取れず、背中を強く打ちつけた。ズダンと鈍い音が響く。背から全身に衝撃がはしり、カゲの意識が一瞬飛んだ。

「う、うぅ、レイアッ……」
「…………!」

 痛みに呻くカゲの声を聞いたナレイアーナはばつの悪そうな表情を見せたが、直後に逃げるように倉庫から立ち去る。カゲも後を追おうと体を起こそうとするが、防具ではなく私服だったために負ったダメージは想像以上に大きく、身動きがとれない。

「おい、どうしたんだよ!?」

 派手な音を聞いたからか、リュカが倉庫に現れた。倒れたままのカゲを見つけ近寄り体を起こさせようとすると、打ちつけた体が悲鳴をあげカゲの口から再び呻き声が漏れる。
 やがてワカも姿を見せ、倉庫の中を見渡す。そして、ここにただ一人いないハンターに気付いた。

「……ナナちゃん、なんだな」
「…………。」

 カゲの体に負担をかけないようゆっくりと肩を貸し、立ち上がらせる。ワカの問いにカゲは無言で頷くと、話が見えていない様子のリュカに告げる。

「リュカ、雪山へ向かうんだ。ナナちゃんが一人で行ってしまった。今ならまだ間に合う。崖際には絶対に行くんじゃないぞ、視界の悪い中足を踏み外したら一巻の終わりだ」
「な、なんであいつが……!?」
「いいから! 今のナナちゃんを止められるのは、アンタしかいない」

 力強く言われ、リュカは急いでベリオXシリーズに着替えるとランタンを手に駆け出した。静寂が戻り、いたた、とカゲが小さく呟く。

「あの投げの構え……そうか、あの男から伝授されたんだ」
「…………。」
「アルヴァドが身の保身のために弟に伝え、それを親しい友人であったレイアに教えた。あの男がハンターであり書士隊であり、ギルドナイトのように思えたのは……」
「カゲ、部屋に行くぞ。手当てをしなくては」

 倉庫にはアスールバスターが置かれている。武器も持たずに悪天候の雪山へ向かうのは無謀に他ならない。だが、リュカならきっと彼女を見つけ、止めてくれるはず。

「…………。」

 ゴウ、と響く強い風の音に、ワカは顔を上げる。無慈悲な感情が込められているように思えた。

第34話 昵懇のギアドローム 後編

 バルバレへ向かう荷車がゴロゴロと低い音を立てて緩やかな山道を下る。マイペースに歩くアプトノスの手綱を握るアルの背後で、カゲが空になった木箱に背を預け身を休めていた。

「……シラト、もしや君は徒歩で帰るのが億劫だから私の護衛をする口実をつくったのでは?」
「あ、バレた? 偶にはいいじゃん。物の序で、ってやつだよ」
「まったく、君という人は」

 顔だけこちらを向けるアルは苦笑いを浮かべている。アプトノスは身軽な少年が一人乗るぐらいで根をあげるような非力ではなく、何食わぬ顔で歩みを進めているのだから迷惑ではないが。

「キョウとミツキは、今どこに?」
「二人ならバルバレ近辺の調査に出ているよ。その後リククワに来る予定なんだ。そうしたら霧隠れの里の人たちに村の撤去と移住を提案する。村人たちはきっと戸惑うだろうけど、レタルトムのようなこれからを生きる子のために外の世界へ出て欲しいと思っているよ」
「自然の脅威に晒され滅びる危険があるのなら、移動した方がいいだろうな。だがシラト、君だけの意見でギルドを動かせるだろうか」
「正直、自信は無い。だからその為に霧隠れの里がもう少しだけ耐えられるぐらいの食料を支給する。長が頷いてくれるまで僕は訴え続けるつもりだよ」
「そうか。私もできるだけ力になろう」
「有難う」

 会話が途切れ、再び荷車を引く音だけが響く。少しペースを早めてくれないかとアルが手綱を操ると、了解したアプトノスがやや早歩きになった。いつものようにのんびり向かうわけにはいかないという気持ちが伝わったのかもしれない。

「アルヴァド、君の捜し人はどうなった?」
「……依然、不明のままだ。四年に渡り捜索を続けてきたが、そろそろ私個人の資金が底を尽きそうだ。打ち切りを視野に入れなければならない」
「そう……」
「君の方はどうなんだ」
「僕もまだ。でも、いつか必ず会えると信じているよ。だからアルヴァドも諦めないで」

 『時が来たら必ず話す』とワカから答えを受け取っていることなど告げられるわけも無く、憂うアルの背を励ますことしかできない。彼は四年間も、大切な弟を捜しているのだから。

(僕は二十年もかかってしまったけど、アルヴァドの弟君は、早く見つかるといいな)

 バルバレに着いたら起こしてね、と軽い調子で話せばアルの『わかった』という声が返ってくる。荷物にかけていた手軽な毛布を敷いてくるまり、カゲはゴロゴロ響く荷車の音を聞きながら目を閉じた。



 大型モンスターよりパワーは劣るが、小柄な分フットワークが軽い。中型モンスターに分類されるドスギアノスに手応えのある一撃を与えられず、リュカはやきもきしていた。

「だぁーっクソッ! ちょこまかと走り回りやがって!」
「この身軽な動きを可能にしているのがあのモモ肉じゃ。こやつ、なかなかのやり手じゃのう」
「褒めてる場合かよ!」

 ギアノスをナレイアーナとワカに抑えてもらっているおかげでドスギアノスに攻撃を集中させられるが、大剣を構える前に回避されてしまう。軽量の片手剣や双剣ならば対応できそうだが、一撃の重い大剣でこのすばしっこいドスギアノスに命中させるのは一筋縄にはいかない。
 いっそのこと、シビレ罠を仕掛けて身動きを封じてしまおうか。そうモルガーヌに提案しようと彼女の方を向いたリュカの視界があるものを見つける。奥のエリア7側からやってくる、白の群れ。ギアノスをブルートフルートで追い払っていたワカも気がついた。

「ドスギアノスが、もう一体!?」
「挟み撃ちにされちゃったみたいね。でも、この子たちの縄張りが一緒なら喧嘩になるんじゃないかしら。その隙を狙えれば……」
「いいや、イアーナ。そうはならぬ」
「モルガーヌ、どうして?」

 ナレイアーナがモルガーヌに問いかけると同時にリュカたちと対峙していたドスギアノスが新たに現れたドスギアノスの元へ向かう。
 するといがみ合いをすること無く二頭が横に並び、そろって雄叫びをあげた。それを聞いたギアノスたちが駆けだして二頭のドスギアノスの背後に並ぶという光景を目の当たりにしたリククワのハンターたちは、驚きを隠せない。

「マジかよ。群れが倍になっちまった」
「ドスギアノスはドス一族の中でも社交的じゃ。奴らは違う群れと遭遇しても諍いを起こすことなく、群れを統合させる。いくら中型モンスターとて、これは分が悪いのう」
「統率力の上昇によってギアノスが更に増加か……気を引き締めないと、雪山草を入手することもできなくなりそうだ」

 行け。まるでそう言うかのようにドスギアノスが同時に吼えると、ギアノスの群れが一斉にリュカたちに襲いかかる。こうなってはドスギアノスより先に取り巻きを追い払うことを優先しなければならない。
 幸い攻撃範囲の広い武器種が揃っているので、ギアノスの撃破は容易だ。だが、あまりにも数が多い。ドスギアノスが号令をかければ、どこからともなくわいて出てくるかのようだ。
 そうなると不利になるのが、ナレイアーナだった。彼女の使用するヘビィボウガンは弾を装填しなければならず、その隙を突かれてしまう。

「くっ!?」

 弾丸の入ったポーチに目を配った一瞬のうちに一頭のドスギアノスがナレイアーナに飛びかかった。かろうじて寸前で体をよじり直撃を避けるが、態勢を崩しアスールバスターから手を離してしまう。視界の隅にもう一頭のドスギアノスが宙にいるのが見え、再び体を転がして回避した。
 どうやらギアノスの群れは数で攻めてリュカたちを一人ずつ倒すことにしたらしい。体を起こしたナレイアーナは、あっという間に雪の大地の隅に追いやられていた。このまま崖下へ落下したら、まず命は無い。そして抵抗する武器は群れの奥に置き去りだ。やむなく剥ぎ取りナイフを抜き、構える。

「させるかよっ!」
「ナナちゃん!」
「そのような所業、ワシが許さぬぞ!」

 三人がギアノスの群れをかき分けようとするが、攻撃は止まらない。飛び上がったドスギアノスが鋭く尖った足の爪を振り下ろす。空を睨みつけながら、ナレイアーナが叫んだ。

「ここでやられるアタシだと思わないでよね!」

 すんでのところで身を捩り、剥ぎ取りナイフを思い切りドスギアノスの脇腹に突き刺す。深くは刺さらなかったが、驚いたドスギアノスが飛び上がり後退しようと跳躍する。……だが。

「あっ!」

 ナレイアーナが声をあげる。後方の確認を怠ったためにドスギアノスの両足は宙を蹴り、翼を持たない体が真っ逆さまに落ちていく。目前の光景に驚愕していると、ハンターたちの横を何かがすり抜けた。

「お、おいっ!」

 思わずリュカが声をかけた相手は、まるで助けようと走って行くもう一体のドスギアノス。そして崖下へ消えゆく仲間を追い、飛び降りたのだ。
 リーダーを見失ったギアノスが慌てふためくような鳴き声を発し、散らばって移動を開始する。ナレイアーナがそろりと下界を覗くが、広大な森へ吸い込まれた二体のドスギアノスの行方などわかりようもない。

「大丈夫かよ、イアーナ」
「アタシは平気。でも、ギアノスちゃんが」
「落下する仲間を助けようと身を投げる……奴らは昵懇の間柄だったのかもしれぬ。あくまで想像でしかないがのう」

 後先考えずに飛び込んだのか、一人だけで逝かせまいとしたのか。モンスターの感情を把握することはできないが、モンスターにも仲間を意識する心があるのなら、とハンターたちはこの顛末をそう推測する。

「討伐対象のドスギアノスを失ってしまった……任務は失敗したことになるのだろうか」
「そうなるかもしれんのう。空が一部始終を見ておるから、多少は見てくれるとは思うが。気を取り直して次へ行くぞ。雪山草を探すのじゃろう?」

 ワカの問いに対しモルガーヌが指を天へ向けて答える。そこにはギルドの気球が空を漂っており、先ほどの様子を見ていたに違いない。
 気持ちを切り替え、四人は雪山草の採取に臨んだ。必要個数を入手したところで引き返し、リククワへ戻る。別れ際にモルガーヌがリュカと握手を交わしながらこう告げた。

「肉のギルドからも食料を支給しよう。ワシの懐から出すから問題は無い」
「マジかよ。アンタ、いい人だな。あいつらもきっと喜ぶぜ」
「ワシなりのヌシらへの感謝のつもりじゃ。じゃあの」
「うおっ!?」

 にこりと笑うと突然リュカの肩を掴み、回転させて背を向けさせて尻を強く叩く。驚いて大きな体が飛び跳ねるが、モルガーヌはうむ、と右手をじっと見つめていた。どこか高揚しているような、嬉々とした笑みをしている。

「やはりいい弾力をしておる。今後も鍛錬を続けるように」
「何のだよ!?」

 困り果てて叫ぶリュカをよそに、モルガーヌはリッシュの駆る飛行船に乗り込む。青空へ飛び立つ船を複雑そうな顔で見つめるリュカの後ろでは、ナレイアーナとワカが顔を合わせて肩をすくめていた。



 夜の森に刃が交差する音が響く。片や闇に溶けるようなナルガシリーズをまとった男、片や死神のようなデスギアシリーズをまとった男。
 前者……キョウは、この男を始末するつもりでいた。少し離れたところで凶刃に倒れた仲間、ミツキがいる。すぐに処置をしなければ命を失ってしまうだろう。
 捜索を続けた結果、遂に謎の男……頭蓋潰しと接触することに成功した。二人がかりで捕獲しようと試みたが、木々の生い茂る森の地形を利用しながら攻撃をかわしつつ逃げようとする頭蓋潰しを追ううちに、ミツキの腹部に男のナイフが深く突き刺さった。それきり彼女は動かない。一瞬だけ様子を見たが、まだ息はある。だから、一刻も早くこの男を捕獲、もしくはギルドから命令されていた最後の手段――処刑――をしなければ。
 仲間を傷つけたことへの憤りと、自身に与えられた任務に対する強い思いからナルガクルガの雄叫びをあげ、木を蹴り上方へ身を隠す。頭蓋潰しは闇に消えた相手を警戒しながらも、未だ逃亡をしようと移動を始める。キョウもガサガサと木々の葉を鳴らして後を追うと、やがて狙いを定め急降下して襲いかかった。

「!」

 短刀が骨の仮面を掠め、衝撃で背けられた頭蓋潰しが顔を向けると同時にキョウの動きが止まる。左手の剥ぎ取りナイフが頭蓋潰しの喉元を捉えようとする寸前のことだった。

「――!?」

 仮面のようなデスギアSゲヒルの一部が砕けたことで素顔が露わになり、それが目に入ったキョウの黒い瞳が驚きに染まる。誰が見ても彼が大きく動揺してるのがわかるほどだった。
 頭蓋潰しは剥ぎ取りナイフを投げ捨て腰に下げていたハンマー、禍鎚ヤドラモルテを手に取ると勢いのまま振り上げる。反応が遅れたキョウの視界いっぱいに骨で作られた握り拳がグンと迫り……

 何かが潰れる音とナルガクルガの悲鳴が、夜空の静寂を切り裂いた。

第34話 昵懇のギアドローム 前編

 少年はひた走る。視界の悪い霧の道は過ぎた、後は陽光に照らされた森を突っ切るだけ。数ヶ月前の記憶を頼りに、どこを見回しても木々しかない大地を必死に駆け抜けて行く。

「……たしか、ここ」

 白い息を何度も吐きながら、ぽつりと呟く。足を滑らせた跡が残っている向こうで、自分は氷の壁に閉ざされた拠点に住む心の温かい人々に助けられた。
 その人たちに、再び助けを求めなくては。腰に下げていた角笛を手に取り、崖の下に向かって息を吹き込む。拙い音が響くが、反応は無い。ここはあの場所から離れている。偶然誰かが近くを通りかからない限り、この音を聴く者はいないだろう。

「…………。」

 自分を助けてくれた人々の顔を思い浮かべる。誰かがこの音を聴いてくれることを信じて、再び口を添える。息を吐きすぎてくらくらする頭を押さえながらも、少年は何度も角笛で叫び続けた。誰か、誰か助けてと。

「おい! そこで角笛を吹いているのは誰だ!」

 その願いが通じたのか、下から声が聞こえる。きっとあそこに住んでいた誰かだ。落ちないようにおそるおそる崖に近づき覗きこむと、薄紫色の短い髪の男がこちらを見上げている。

「……おじさん、だれ?」
「あぁ!? オレはおじさんって呼ばれる歳じゃねぇぞ!」

 狼牙大剣を背負ったおじさんことリュカはこめかみに青筋を立てて上方にいる少年、レタルトムに怒りの握り拳を突き上げた。



「驚いたよ。霧隠れの里の子がまた此処へ来るなんて」
「鍛錬をしていたリュカが角笛の音を聴いて、出所を探していたら崖の上にいるレタルを見つけたそうなんだ。……どうした、リュカ」
「うっせぇ」

 部屋の主であるユゥラに世話を焼かれているレタルトムをカゲとワカが遠巻きに眺めている。今回の功労者であるはずのリュカが壁に寄りかかって不貞腐れている姿を見て、カゲは何があったのか察した。彼もキョウと同じ扱いをされたのだろうと。

「村で過ごしていたんじゃなかったの?」
「……、けて」
「えっ?」
「とうさんを、たすけて」

 ホットミルクを渡し、肩を優しくさすりながらユゥラが尋ねると、温かい飲み物を得たことで心も体も落ち着いてきたレタルトムが訪問の理由をぽつりと口にする。助けて欲しいという願いに、良からぬ事態が起きているのだとリククワの者たちは直感した。

「怪我? それとも病気?」
「ベッドのうえで、ずっとねてる。あとね、むらがずっとさむいんだ。ひをつけても、さむいの」
「火を灯しても寒い……? 確かにここ連日は真冬日が続いたけど、どういう意味かしら」

 ナレイアーナの疑問を聞いたワカが顎に手を当て考え込む。レタルトムが住む村に関する情報を脳内でまとめ終えると、カゲに尋ねた。

「……カゲ、ウラルの村の近くには湖があると言っていたな」
「うん。そこから霧が発生して村を隠してしまうんだ」
「で、あれば……恐らくその湖は今“冷気湖”になっている」
「れいきこ?」

 首を傾けるレタルトムにそうだ、とワカが頷く。何かの専門用語だと悟ったリュカはこれから語られる説明が気の遠くなるほど長くなりそうだと覚悟した。この男の話は、とにかく細かい。

「村の近くは窪んだ地形になっているらしいな。そういう場所は山から吹いた冷たい風が留まり、放射冷却が発生しやすい。その冷気が溜まった状態を冷気湖というんだ。設備が整っていなければ、極寒の日々に耐えられないかもしれない」
「此処はさほど寒くはないと感じるけど?」
「リククワは平坦な場所にあるし、海も近い。だからウラルの村よりは寒さが和らいでいる。とにかく、このままだとレタルの村が氷に閉ざされてしまうな……」

 ウラルの村に迫っている危機が想像以上に手強いとわかり、ユゥラの表情が不安に染まった。早急に手を打たなければ、レタルトムの父親どころの話ではない。
 腕を組んで口を挟んでいたカゲが少し時間を置いて『よし』と呟く。腰に左手を添え、右手は自身の胸に当てて主張する。

「僕は一度バルバレに戻るよ。上層部にこの件を伝えて、疎開先を見つけてもらう」
「疎開……って、村人全員を?」

 思いがけない言葉にナレイアーナが驚いた。果たしてそのようなことを一端のギルドナイトが実現させられるのかと。だが、カゲはそんな疑問を気にせずに持論を続けた。

「以前訪れた時から思っていたんだ。いくらモンスターの危機が無い土地で細々と生活できているとはいえ、気候の厳しい場所に住む必要は無いんじゃないかって。これを機に、彼らは外の世界に出るべきだ。受け継がれた知識と経験を生かせば農業の仕事に従事することも可能だし、彼らも社会の一員に成れる」
「外の世界……そうだな、俺はカゲに賛成だ。いつまでもしきたりに縛られる必要なんて無い」

 カゲの意見にワカが賛同し、残りの面子も納得する。リククワは安全を確認の上でつくられ、定期的に生活用品を支給される恵まれた環境だが、ウラルの村はそうではない。
 大型モンスターの脅威は無くとも、今回のように自然という大きな存在にいとも簡単に振り回されてしまう。ならばいっそのこと極寒の地を離れ温かい新天地を目指すのはどうかと、カゲは考えていたのだった。
 一つの考えがまとまったところで、モーナコが部屋に入ってくる。身を屈めたワカが少し冷えた相棒の体を優しく撫でた。

「ワカ旦那さん、お客さんが来ましたニャ」
「お客さん?」
「前にもここに来たハンターさんですニャ!」
「取り込み中であったか、すまんの」
「お前は……モルガーヌか」
「応。久しいのう」

 モーナコの説明の途中で部屋に入ってきたのは、数ヶ月前にリククワを訪れた料理人ハンターの女性、モルガーヌだ。
 氷海に出現した巨大ザボアザギルの背ヒレを手に入れるために共に狩猟に参加した彼女が再びここを訪れたということは、今回も食材絡みなのだろうとリュカたちは察する。

「フラヒヤ山脈での活動を許可されたと聞いたからの、雪山でひと狩り行かぬかと誘いたかったのだが……タイミングが悪かったようじゃな」
「雪山? モルガーヌってバルバレのハンターじゃなかったの?」

「ワシは龍歴院に所属しておる。肉のギルドにも登録しているから、バルバレにもよく足を運んでいるがの。幅広い地域を行き来して様々な食材を探し回っていたところよ」
「それは初耳だったな……雪山、そうか。レタルの父親の治療に雪山草はどうだろうか」
「いい案だね、ワカ。あれは怪我にも病気にも効果を発揮する。アルヴァドも共にバルバレに向かわせるよ。村の備蓄を一部支給するから、補填が必要になるしね。君たちはこの女性と雪山の依頼をこなしながら雪山草を入手して欲しい。双方の目的が果たせたら霧隠れの里へ行こう」
「そうと決まれば準備を始めるか。ユゥラ、子守りは頼んだぜ」
「ええ。任せて」

 方針が固まったハンターたちが部屋を出て行く。最後に出ようとしたカゲが不意に振り向くと、レタルトムがきょろきょろと忙しなく頭を動かしているのが気になって、少年の元へ戻った。

「誰かを捜しているのかな?」
「ぼくをたすけてくれたおじさん」
「ああ、恭“おじさん”ね。別の仕事をしているから違う場所にいるんだ。近々此処へ来る予定だから、君の村に行く時に合流できそうかな。それまで待てるかい?」
「うん!」

 いい子だね、とレタルトムの頭を撫でて立ち去ったカゲの後ろ姿は実年齢より大人びた印象を受ける。しっかりした少年だとユゥラが考えていると、レタルトムはユゥラの部屋に詰まっているたくさんの書物に興味を持ったのかあちこちを見回している。

「君に教えてあげられる知識はたくさんあるわよ。どれから読みたい?」



 晴天の下、リッシュの操縦する飛行船はフラヒヤ山脈を目指す。冷たい風が頬を撫でるが、寒さに強い彼らには大したものではない。
 空に拠点があるという龍歴院所属のモルガーヌは飛行船の移動にも慣れており、のんびりと景色を堪能していた。そこへナレイアーナとワカが近づく。リュカは船室にいるようだ。

「モルガーヌ、雪山の依頼って何かしら」
「【ドスギアノス】のモモ肉じゃ。高低差の激しい雪山を駆け回る奴の脚は非常に発達していての、煮ても焼いても旨い。先の話、あの童の故郷にゆゆしき事態が起こっていると見た。モモ肉を入手できたなら一部を支給しよう。うまい肉の味を教えてやりたいしのう」
「ありがとう、モルガーヌさん。雪山草採取の手伝いをしてくれるのだから、俺たちも依頼に協力するよ」
「うむ」

 頷いて答えながらモルガーヌが不意に歩きだし、ワカの背後に立つ。顔を向けどうかしたのか、と尋ねるワカの声を聞き彼女は我に返ったかのように目を見開き、首を横に振る。

「いかんいかん、ヌシには相手がいるのじゃったな」
「えっ?」
「ベルナの英雄が愛している男、それがヌシであろう? 相手がいる男には手出しはせんよ」

 ベルナの英雄、つまりエイドのことを話しているのはわかる。だが手出しとはどういうことか。怪訝な表情を見せたワカに対しモルガーヌはカラカラと笑った。

「氷海で見たヌシの腰つきが忘れられなくての。狩猟笛を担ぐことで鍛えられた上半身と、生まれ持った細い腰とのバランスが完璧なのじゃ。できれば素の肉体を眺めてみたかったが……同胞の怒りを買うわけにはいかぬ」
「モルガーヌ、アタシにはちょっと意味が伝わってこないわ……」
「大丈夫だナナちゃん、俺もどう反応したらいいのかわからない」

 優れた実力を持ち食材に関する知識も十分に兼ね備えている熟練のハンターなのだが、どうも風変わりなところがある。二人はモルガーヌをそう評価した。もし男性だったら間違いなくギルドナイトに通報していたかもしれない。彼女の場合、通報したところでギルドナイトも巻き込まれる可能性もあるが。

「ところで、ドスギアノスだが……他のドス一族と同じく群をなす鳥竜種じゃ。奴らは氷液を吐き出し身動きを封じようとしてくる。子分どもにも注意を払わねばならん」
「雪だるまにされちゃうのは困るわね。アタシは散弾でギアノスちゃんを追い払うわ。小柄で動き回るから弱点を狙いにくいし、モルガーヌたちにも当たるかもしれないから」
「俺もナナちゃんのサポートをするよ。囲まれたりしたら大変だ」
「残りのあの男とワシでドスギアノスを討伐するとしようかの。……彼奴はどこじゃ?」
「ああ、リュカなら部屋の中よ。高所恐怖症とは違うんだけど、あまり外に出たがらないの」
「あやつの尻を叩いた時の弾力も良かったのう。大剣を支える強い足腰をしておる。叩くだけではわからんから、次は揉んでみたいものじゃ」
「…………。」

 モルガーヌの船室へ向けられた視線は獲物を狙うイビルジョーに似たものを感じ、意味が無いにも関わらずワカは手を後ろに回す。そして船室からはリュカの豪快なくしゃみが聞こえた。彼もハンターの直感で何かを察したのかもしれない。



「なあ、移動中にオレの噂でもしてたか? いきなり寒気がしたんだけど」
「ドスギアノス討伐に向けて役割分担をしただけだ。他は何も話していない」
「そうね、それだけよ」
「二人とも頑なじゃのう」
「はぁ?」

 ポッケ村を通り抜け雪山のベースキャンプでリュカが三人に尋ねるが、結託したかのような返答をするワカとナレイアーナに間の抜けた声が出た。
 二つの依頼をどちらからこなすのかを移動中に話し合った結果、ドスギアノスの討伐を先に行うことにした。採取中に襲われてしまったら態勢を立て直すのに苦労するからだ。雪山に住むモンスターの中では危険度の低いドスギアノスだが、モルガーヌが語った統率力の高さを侮ってはならない。
 ナレイアーナが嗅覚でドスギアノスの居場所を特定しようと試みる。標高の高い場所にいるのか微かな臭いしか嗅ぎ取れないが、地図に添えた指先はエリア6を指した。

「恐らくこの辺りね」
「見事な嗅覚じゃのう。キノコ探しにも役に立ってくれそうじゃ」
「気性の荒いドスモスってことか、傑作だな!」
「ワシは素直に褒めただけなんだが」
「わかってるわよ、モルガーヌ。こいつはわざと言ってるのよ」

 ジロリとベリオXヘルムを睨むとリュカはおー怖い怖いと笑いながらワカの後ろに隠れた。こういうやり取りに慣れきったワカは軽くため息をつく。このやり取りに和まされることもあるので止めもしないが。

「雪山草は寒い場所で育ったものほど効力が強いらしい。そしてドスギアノスはエリア6から8の標高の高いエリアを移動しているから、都合がいいな」
「詳しいのう、ワカ。バルバレのハンターでありながらよう知っておるな」
「この間カゲに教わった。高い授業料を支払わされたけどな」
「あー、あの時のカゲがおいしいご馳走を食べたって、やたら上機嫌だったのはそういうわけね」

 納得したようにナレイアーナが笑う。彼女がリュカと共に雪山の護衛ハンターであるメイとパイと出会っていた頃、ワカはカゲとポッケ村にいた。村に戻ってきた時にカゲの細目が嬉しそうに見えたのは気のせいではなかったようだ。
 先日通ったルート、エリア4、5の洞窟を抜けてエリア6へ。悲劇の痕跡は全て撤去されており、何事も無いような静かな時間が流れている。
 やがて、数頭のギアノスを連れる一回り体の大きいドスギアノスを見つけた。こちらに背を向けているため、まだ気づかれてはいない。奇襲を仕掛けることも可能だろう。

「一気に攻めるか?」
「待て、移動をするようだ」

 大剣の柄を握るリュカをワカが制止する。ドスギアノスは隣接するエリア8に体を向けており、号令のようにひと鳴きすると雪の大地を蹴って走り去った。
 群れを追いエリア8に入るが、後方にいた一匹のギアノスがこちらを見て鳴き声を発する。それを聞いたギアノスたちが向き直り、彼らを守ろうとドスギアノスが立ちはだかった。鮮やかな空色のトサカが日光に反射し、まるで氷結晶のように透ける。

「こうなれば奇襲はできんか。作戦通りいくぞ」
「わかったわ!」

 ナレイアーナとワカがギアノスの駆除を担い、リュカとモルガーヌでドスギアノスを討伐する。長を守ろうとギアノスが集まるが、ナレイアーナがアスールバスターを構え散弾を放って撃退した。

「ここんとこ大型モンスターの狩猟ばかりだったから、群れを相手にするのは久しぶりだぜ」
「油断してやられるんじゃないわよ?」
「ハッ、お前こそな!」

 雪山の山頂で混戦が続く。だが、この時リュカたちは気付いていなかった。遠くから新たな足音が近づいていることに……。
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